死ぬかと思った。
死ぬことはないけれど、それでも死んでもおかしくない戦闘であった。
なんでだよ。おかしいだろ。
俺の戦い方とか魔力量とかわかってる筈だから長期戦にもつれ込むと思ってたのに。
なんで最初からフルスロットルなんだよ。ビックリだよ。お陰で必死だったわ。
負ける気はなかったし、負けるとも思ってなかったけれど、それは俺の想定通りに戦闘が進めばの話であった。
想定通りに進まないからこそ、いいのだけれど。
戦闘後、目を覚ましたリヨースは満足気に笑って、「また戦おう」とか言っていたけれど、勘弁してほしい。
戦闘狂に付き合える程、俺の実力はない。鍛えても追いつけないだろう。
負けはしないけど、循環魔術ありきである。
「お前が男であったなら真名を教えていたんだが」とも言われたけれど、性別が条件内に含まれているのも意味がわからない。
それならシャリィ先生の真名を教えられている意味がわからない。
詳細を聞こうとも思ったがシャリィ先生が慌ててリヨースの口を塞いだので、結局わからずじまいである。
「身体に異常……痛いところはあるかしら?」
俺の問いに対して首をフルフルと横に振るモルナ。
握った手は少しばかり冷たいし、感情をどこかに落とされたように無表情であるし、多く言葉を交わす事もない。
そうなるように躾けられてしまった。
それを悪い、と俺は言えない。俺だってアレと同じ貴族である。
モルナの綺麗な紫銀の髪へと手を伸ばせば、少しだけ萎縮もされるけれど、無視して撫でる。
アマリナがしっかり面倒を見てくれているのか、サラサラとした髪で手触りがいい。
こうして定期的に身体も確認しているけれど、成果は芳しくない。
俺の内部魔力が多ければ、できることもそれなりにあるだろうけど。循環魔術を使いながら無理矢理直す手もあるにはあるが、それが良い方向に転ぶとも思えない。
まあゆっくり直していこう。
俺に撫でられているモルナは幼い頃のアマリナによく似ている。美人に育つのだろう。助かる。
「……ご主人様、は、どうして、わたしを、拾ったの?」
撫でられながら聞かれた言葉に手を止める。
モルナを掬い上げた理由。
ただ拾える立場に自分があった。そして他の貴族に渡ることを良しとしなかった。
後天的なものにしろ、先天的なものにしろ、何らかの才能があるかもしれない。
「理由は色々とあるわ。一番は私が貴女に価値を感じたからかしら」
「……かち?」
「ええ。私にとって、宝石よりも貴女の方が欲しかった」
ボロボロの魔力路が直れば。魔力の使い方を学べば。それはきっと力になるだろう。
俺のように世界と契約をし、外部魔力と接続した経歴と同じように。
他者の魔力を無理矢理に通されたモルナも。
「……わからない」
「そう。今はそれでいいわ。また不安になったらお聞きなさい」
「……ふあん?」
「その時はまた撫でてあげますわ」
モルナの頭を改めて撫で、額に唇を落とす。
残念なことに、悪役令嬢にもなれなかった俺では祝福のへったくれもないけれど。
今は、沢山のことを学べばいい。
「主様、よろしいですか?」
「入っていいわ」
扉を叩いて、了承を得てから開かれた扉から入ってきた車椅子。
長い白銀の髪のシエナは俺とモルナを見て、少しだけ目を細め、すぐに笑みを浮かべる。
「お楽しみでしたか?」
「ただの診察ですわ。どうかしたのかしら?」
「少しお聞きしたい事がありまして」
「……モルナ。ヘリオやレイ、エメのところに水を届けてくれるかしら? そうね。アマリナに伝えれば一緒に動いてくれますわ」
「……わかり、ました」
モルナへと指示を出して、俺は自分の影を二度踏んだ。
影からアマリナが移動したのを感じながら、モルナの背中を見送る。
とてとてと歩いて、とても愛らしい。
「……ああいうのがご趣味ですか?」
「愛らしいものは好きよ。貴女も撫でてあげましょうか?」
「……はぁ」
溜め息はやめようね!
ジト目でこっちを見るのもやめてほしい。
愛らしいものが好きなのは嘘ではないし、シエナも俺にとっては愛らしいものになる。
それ以上に身内であるし、俺の奴隷であり、所有物であるから愛でることに躊躇はない。
「それで、まずは報告を聞こうかしら?」
「カチイは問題ありません。アレク様が拙いながら上手く動かしております」
「それは嬉しい報告ね」
「……私が主様に呼ばれたので、恐らく今頃は仕事に押し潰されているかと」
「それは嬉しい経験になるでしょうね」
これで押し潰されるようなら、押し潰されないように工夫すべきだし、カチイの政務官はそれなりに育てもしたから最悪の事態にはならないだろう。
シエナもこうは言っているけれど、アレクに対してのトゲは少し丸くなった。
「なにか?」
「いいえ。嬉しい報告を
「……はぁ」
溜め息はやめようね!
何にしてもカチイは問題ないだろう。それは嬉しい報告であるし、魔術卿となってしまった俺がお父様の領地の一角を預かってしまっているのも変になってしまう。
その辺りはお父様が上手く動かしてくれるだろう。政治は俺よりも上手いだろうし。
「……主様。あの二人をなぜ拾ったのですか?」
「気まぐれ、と言って誤魔化されてくれるかしら?」
「気まぐれで殺しにくる相手を育てていると?」
「私なら、しそうでしょ?」
「……だから否定してほしいのですが」
「安心なさい。死ぬつもりはありませんわ」
「今のところ、ですよね」
よくご存知で。
だからシエナには答えない。
ある程度、先でエメに殺されてしまう未来も無くはない。エメが化物のように強くなり、復讐心のままに行動し、俺だけを殺す未来。
可能性は否定しないし、できない。あり得はする。
「それで、実際の理由は?」
「エメに関しては、彼女の大切な人からの約束よ」
「約束、ですか」
「ええ」
「……」
「何か言いたげですわね」
「いえ、主様が面倒事を抱え込むのはいつもの事ですので」
そんなに面倒事を抱えた覚えはない。
普段から抱え込んでもないし、無理も無茶もしていない。
だからジト目でこっちを見るのはやめるんだシエナ。傷つくだろ。
「その大切な人とやらは? 主様に任せてどこに?」
「殺したわ」
「……主様が?」
「ええ。私自ら。この手で。だからエメには私を恨む理由がありますわ」
「だからといって……。そういうことですか」
「ええ、そういうことよ」
エメは俺にとっての罪の形である。
貴族であるが故に殺した。
彼女の大切な存在を奪った。
それらは全て事実である。だからこそ、俺はエメを側に置き続ける。
殺されるその日まで。
「許されるとも思っていないし、あの娘が生きる目標に丁度よかったのも理由かしら」
「ヘリオさんやアマリナさんがよく何も言いませんね」
「言わなかったと思う?」
「いえ。言っても止まるとも思ってません」
俺のことをよく理解している。賢いシエナである。
エメにも俺を許せとは言わない。恨めとは言うけれど。
許してほしいとも思わない。恨み続けてほしいとは思うけれど。
「モルナの方は?」
「……二人きりの方がいいわね」
「……窓を開けましょうか?」
「勝手に開くわ」
少しだけ間をおいて、窓がキィと鳴いて、風が入り込む。
相変わらず、仕事熱心ではある。普段は眠たそうにしているけれど。
姿もなく出ていった猫を思わせる暗殺者を確認してから、窓を閉める。
「監視が多いようで」
「少なくはあるよ。給仕で雇ってる人や組合にもいるだろうけど、ちゃんとした監視はクロジンデだけだし」
「……それで、ディーナ様は何をご存知で?」
「勇者を崇める宗教に関してな」
陛下にも報告していないことはある。
俺が気付いているだけで、陛下が知れば動くしかない情報でもある。
「便宜上、勇者教として。モルナは勇者召喚に使われた」
「……ディーナ様の悪い癖ですが、話を短くしすぎです。何もわかりません」
「それは、すまん」
「まあいいですが……」
「勇者はわかるな?」
「シルベスタの初代国王がそうだとは。初代国王を召喚しようと?」
「正確には転移者だな」
「……てんい者?」
「異世界から来た者だな。莫大な魔力と稀有な能力、素晴らしい人格者とも言える。勇者召喚に関してはな」
そういう人間を選別する為に、召喚陣はあった。
想像魔法という奇跡は世界にそれを与えることができる。できてしまう。
相応の代償として、膨大な魔力が不可欠ではあるけど。
「……続きを」
「勇者は貴族を救うそうだ」
「……随分と身勝手で都合のいい宗教ですね」
「まあ最初はそうではなかったんだろうなぁ」
言葉通り、貴族を救う為のものじゃなくて、人を救う為のものだっただろう。詳細はわからないけれど。
「最初は?」
「単なる約束だったらしい」
「……は?」
「契約でもなく、命令でもなく、ただの約束」
「……ディーナ様は何を知っているのです?」
「推測でしかないよ。突然宗教が生えるよりも説得力はあるけど」
彼女がそう感じて、見守る為に、彼との約束を守る為に作った。
それが年月を経て、貴族に踏み荒らされて、変質してしまった。
怒り狂うこともせず、彼女はただ見守るだけにした。それが愉悦によるものなのか、ただの諦観なのかはわからない。
「まあ、直接聞いてもないし、聞いて答えは返ってくるかもわからん。俺の想像でしかないよ」
「……私にそれを話した理由は?」
「お前が彼女に俺を紹介したんだろ」
「……なるほど。ボーグルでしたか……」
「あれでもそこらのエルフよりも強いぞ」
「あれでも、ですか?」
「ああ。少なくとも、機嫌を損ねたら文字通り王都は蒸発するだろうな」
エフィさんとボーグル二人を従えていた初代国王はやはり勇者だったのだろう。プレイボーイでもあるけど。
英雄色を好む、とも言うから間違ってはいないか。
「まあ、今のボーグルは勇者教とは関係は薄いかな。思想が違いすぎる」
「……ディーナ様はその勇者教をどうしようと?」
「どうもしないよ」
俺自身と勇者教には因縁らしい因縁はない。
因縁があった所でそれは俺の感情でしかないし、それで動くこともしない。
わざわざ敵対であると断じる意味も薄い。
ノール伯は明確に敵であったけれど、所属している組織も含めて敵と判断はできない。
思想としては真逆だから嫌悪はしているけれど。
「……ディーナ様なら問答無用で潰す判断を下すと思っていました」
「そこまで苛烈に見えるか? 俺が」
「はい」
「なんでシャリィ先生もお前もそう思うのかなぁ」
これでも平和を願っているし、それほど荒事が得意というわけでもない。
溜め息を吐き出しながら頭を抱えてしまう。
「相手は俺に何もしていないし、手を出す必要もない。国が動いてるし」
「……なるほど。彼らがディーナ様の身内に手を出せば?」
「文字の一つすら残さずに歴史ごと消す」
有無など言わさない。
徹底して潰す。塵の一つも、文字の一つすら歴史上から消し去る。
思想の一片は残るだろうけど、手出しなど考えられないようにする。
こちらに手を出した時点で対話の余地もない。
害する理由があったとしても、あちらにとって正当性があったとしても。
その手段を取った時点で、代償は支払ってもらわなければならない。
「私やシャリィ先生は間違っていないようです」
「まあ今回の一件で、ノール伯を潰したのが俺というのは情報としてあるから、変に俺に手を出すこともないだろ」
「逆にディーナ様を潰そうとする動きもありそうですが」
「その時はその時に考えるかな。人がどう動くかなんて想像の域を出ないし、俺の想像なんて軽く越えるだろうしな」
向こうの動きを予想はするけれど、その通りになるとは思っていない。
変に身構えて身動きが取れなくなるよりも、ある程度の余白を残しておいた方が動きやすい。
相手の行動待ちであるし、その行動も不確かであるし。
それこそ国益に関わるなら、陛下から命令されるだろう。動くのはその時でもいい。
「それで、モルナは勇者召喚とやらに使われたと?」
「人数はわからないけど、ノール伯曰く、彼女しか生き残らなかったらしい」
「……なるほど。それで拾ったと」
「魔力路の修復も研究にはなるからな」
「建前は理解しましたし、ディーナ様の本心も理解しているつもりです」
「建前でもなく本心なんだけどなぁ」
好奇心でしかない。それ以外にモルナを拾った理由はない。
拾ったからには責任もあるからちゃんと育てる気もあるけれど。それは拾った理由にはならないだろう。
「私やレイを拾った時と同じでしょう」
「まあ優秀な人間は幾らでも抱えたいからな」
「私やレイと同じように育てるのでしょう」
「拾ったからには責任があるからな」
「……本当に無自覚ですか?」
「何がだよ」
「……はぁ」
なんで溜め息になるんだよ。俺の問いには答えろよ。
何も変なことは言っていない筈なんだけど。
シエナやレイも優秀だから拾ったし、拾ったからには育てるし、育てるのなら相応の教育も施す。それこそ俺という貴族の隣で給仕や従者として立てるぐらいには。
「いいです。ディーナ様のそれはいつもの事ですので」
「えぇ……酷くないか?」
「ディーナ様がでしょう」
「俺がお前に何かしたか? 身に覚えはあるが……」
「その覚えのある全ては関係ありませんし、何かもされていますが、ディーナ様はお気付きにならないでしょう」
「? 意味がわからん」
「ディーナ様にとって当然の事は、誰かにとっては特別な事というわけです」
「……?」
「……はぁ。ディーナ様がこれ以上誰も拾わないことを祈ります」
捨て猫を見つけたら拾ってくる人みたいに言いやがって。
当然の事は特別なことではないだろう。
何を言っているんだ、シエナは。
「モルナとエメの件は理解いたしましたが、私やレイを呼んだのはその為に?」
「まあな。アマリナやヘリオだとどうにも追い詰めすぎる」
「それはそうでしょう。私も追い詰める側です」
「お前は追い詰めないよ。エメの恨みの先が俺であろうと、シエナはそれを否定しないだろ」
シエナの原動力もそうであるのだから。
シエナはエメを否定する事ができない。たとえ、矛先が俺に向けられようと。
少しだけ目を細めてから、シエナは何度目かの溜め息を吐き出した。
「上手くいくかはわかりませんよ」
「その時はその時に考えるさ。拾った時のレイを思い出すよ」
「レイはもっと可愛かったです」
「お、おう。そうだな」
俺から見れば、どちらも可愛く映るのだけれど。
確かにレイよりもエメの方が攻撃的であるし、反抗的でもある。
仕方のないことだから俺は納得しているんだけれど。エメ自身は納得できていないだろう。
シエナは少しだけ考えるような素振りをして、ちらりと確認するようにこちらを見る。
「……ディーナ様。何かありましたか?」
「なんか最近みんな聞いてくるんだけど? 特に何もないんだよなぁ」
「そうですか。私たちにとってはいい傾向です」
「わからないんだけど?」
「ディーナ様はお気になさらず。私たちを頼っていただければ」
「……前から結構頼っていた気もするんだけどなぁ」
「ええ。そうですね」
じゃあ何なんだよ。わからん!
シエナに関してはずっと頼りっぱなしだし、シャリィ先生にも、アマリナもヘリオにも頼ってばかりではある。
変化らしい変化はしていないとは思う。
自分の事だけれど、わからん。
「では、ディーナ様。私も不安ですので抱きしめていただいてもよろしいですか?」
「聞いてたのかよ」
「勿論。アマリナさんにも後でお伝えしておきます」
「ヘリオにはどうした、ヘリオには」
「……ディーナ様は自意識が男である筈なのに酷なことを言いますね」
「意味がわからんのだが」
「…………まあいいでしょう。ヘリオさんにもお伝えしておきます。眉間に皺を寄せて困った顔をしそうですが」
そんなに嫌われているのか、俺は。
いや、流石に嫌われてはないと思う。思いたい。
ヘリオの気持ちはヘリオにしかわからないし、直接聞いたら「嫌いではないですよ」ぐらいしか言わなさそうだし。
不安を拭うように立ち上がって、車椅子に乗るシエナを抱きしめる。
白銀の髪が鼻を擽り、いい香りがする。以前も嗅いだ俺の好きな香りである。
抱きしめながら、シエナの魔力の通りを確認する。
仕込んでいる魔術は問題なく動くようだし、何度か発動させた形跡もある。
忙しくさせてはいたが、研鑽は積んでいたようだ。
「まだ知らないのか?」
「ええ。伝えてませんので」
「そっか。お互い納得できる選択であればいいな」
「……」
俺の背中に回った腕の力が強くなるのを感じる。
計画している俺が言うのも問題かもしれないが、お互いに納得する為には必要なことなのだ。
そこで折れるようならそれまでであるし、折れずに立ち向かうのならば覚悟は必要なのだ。
「ディーナ様は、どちらの味方ですか?」
「両方だよ。だから両方ともに肩入れをするし、両方ともに課題を与えている」
「その天秤が釣り合っていると?」
「元々傾いていた天秤を釣り合いがとれるようにしてるだけだよ」
「……そうですか」
「ああ」
ぽんぽんと背中を優しく叩いて納得させる。
天秤の釣り合いが取れていないのは、シエナ自身の選択でもある。
俺としては別にバレた所で構わないけれど、シエナはそれを秘匿した。だから俺も秘匿し続けている。
それ以上に、天秤が傾かないように。
「ありがとうございます。少し、落ち着きました」
「この程度で良ければいつでも。アマリナなんて毎晩来てるぞ」
「私は甘えるのが下手ですので」
「まあ気が向いたらでいい。変に溜め込むなよ」
「……ディーナ様にそれを言われるのは釈然としませんが、わかりました」
なんかトゲがあるんだけど?
おかしいな……シエナは丸くなったと思ったんだけど。
何にせよ、エメのことはシエナとレイに任せよう。
俺が何を言っても聞かないだろうし、納得もできない。
仇敵の言葉など、聞き入れたくもないだろう。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
-
騎士ディーナ様
-
シャリィ先生
-
エフィさん