「西部では麦の値が下がっていますわ。一方、王都では上がっているわね」
組合の定例会でディーナ・ゲイルディアは淡々と資料を眺めながら言葉を吐き出す。
定例会では日常の風景である。グォル・イシュナーはその様子を観察し続ける。
「運搬費を考えれば、その差は当然でしょう」
「それにしては大きく無いかしら?」
「誰かが買い占めている可能性があると?」
「……組合長殿はどうお考えか?」
「可能性があるならば調査はすべきですわ。後手に回るのは癪だけれど」
小さく溜め息を吐き出してからディーナは右手でコツコツと机を叩く。
これもまた変わらない彼女である。
珍しいとグォルは感じてしまう。付き合いは長くもなく、深い関係とも言えない。
「これは突拍子もない話だけれど、現在の組合の規模で一次産業者……農民を流通網に組み込む。と言ったら反対するかしら?」
グォルを含めた評議員の顔つきが険しくなる。それこそ、評議長であるディーナの思考が読み取れずにいる。
農民に対して優位となる構想。組合に対する利益と損益。頭の中で弾き出される結果。
「夢想家の方がマトモな事を言うでしょう」
「組合を作った貴族が夢想家ではないと?」
「現実に則した物言いをなさる貴族だから組合をお作りになったのでは?」
カロリナ・カレントの冷たい瞳と言葉がディーナへと向けられるが、ディーナは少しだけ悩む素振りをするだけで咎めることもしない。
「現実問題として、組合の経済状況でそこまでは余裕は無い筈だ」
「そうね。否定はしないわ、グリュン殿。だからこれは世迷言でもありますわ」
「……他に頼れる財源があると?」
「あれば変わるかしら?」
「……現実的では無い」
「そう。なら今は諦めますわ」
エルノ・グリュンの言葉にもあっさりとディーナは身を引く。
普段であったならば、これらの意見に対してしっかりと反論を持ち合わせているにも関わらず、今のディーナはその反論を受け入れている。
「人手も足らんだろう。人手を募るにしても金が必要になる。組合長殿はそんな事もわからないと?」
「理解はしているわ。構想を提示しただけですもの」
「組合長は、その……将来的にその構想を視野に入れると?」
「問題がなければ。長期的に見れば利益が出ると判断していますわ」
「我々をその沈む船に乗せるつもりか?!」
「今は沈むかもしれない船をどうすれば沈まない船とするかを聞いていますわ」
ベルデン・ドレトスの怒鳴り声が部屋に響くが、ディーナは変わらずに言葉を吐き出していく。
グォルはふむ、と思考へと意識を傾ける。
やはり珍しい。ディーナという人間……組合長として冷徹で冷静であった筈のディーナ・ゲイルディアが変化をしている。
或いは元の性質がそうであったかはグォルにはわからないが、少なからず、知っている組合長であったディーナよりも柔和であった。
「財源も、人手も、他の理由も否定材料は無数にあるわ。それこそ農民を……言葉に選ばずに言うなら買い取るなら、領主達からの反感もあるでしょうし」
「なら何故、今ここで構想を?」
「貴方達からはどういう意見がもらえるかと思って。視点や意見は多い方が考えやすいでしょう?」
元から通るとは思っていない構想であった。
けれどもディーナが構想を語る事で、評議員であるグォル達は否定と意見をしなくてはならない。
突拍子もないことをする組合長であるが、そこには理由があった。しかし、今回は理由もない。それこそ、ただ単純に評議員達を頼る形となった。
「まあ、この構想はまだ暫く掛かりそうね。わかったわ。ありがとう」
「……組合長殿は農民に有利となる構想をするのか?」
「農民が肥えれば自然と組合の利益は増える。自国での経済循環はそれほど褒められたことでは無いでしょうけど」
果たしてこの組合長がどれほど先を見据えているのか。グォルにはわからない。
夢想とも言える構想が叶うのならば、安定した利益を得ることはできることは理解できる。
不足となる部分が多すぎる故に夢想なのであるが。
「それでフィアデル領の交易はどうかしら?」
「ふん。報告書は上げている筈だが?」
「貴方の口から聞きたいのよ、ドレトス殿」
「……問題なく利益を上げておる。組合長の予想通り……いや、それ以上の利益を得ておる」
ベルデン・ドレトスは自身で書いた報告書を言葉にする。
その発言にディーナは笑顔を浮かべた。柔らかい、微笑みとも言える笑みを浮かべ、頷く。
「私の想定よりもドレトス殿が努力した結果ですわ」
「ふん。当然だ。おだてた所で私からは何も出せんぞ」
「ええ。それも理解しておりますわ。貴方が書いてもいない利益を得ている、なんて思ってもいませんもの」
「……ふん。咎められる所以はない」
「想定以上の利益は出し続けていますもの。ただ、目に余れば。おわかりですわね?」
「……」
柔らかい笑みであったが、出てきた言葉だけは鋭くドレトスを突き刺さる。
莫大な利益を出していることは報告書に書かれている。それ以外にもドレトスが利益を享受しているのならば、咎められて然るべきである。
「その利益は組合へと還元すべきではありませんか? ゲイルディア様」
「あら。メース殿はドレトス殿が不正をしている証拠をお持ちなのかしら?」
「それは……」
「ドレトス殿は愚かではありませんわ。そもそも、単なる私の予想でしかありませんもの。ねぇ、ドレトス殿」
「……」
証拠を残すほど愚かであれば罰していた。
証拠も残さない程度には愚かではなかったドレトスを罰しはしない。
ベルデンの無言が何よりの証拠であったが、それをディーナは咎めはしない。
ただ一度だけ見逃す。
カルダ・メースはそんなディーナを睨めつける。
まるでドレトスを庇うような動きだからこそ、ドレトスを嫌うカルダにとっては不快にも思うだろう。
グォルにしてみれば、ディーナの判断は甘いが正しい。
不正を見逃す判断でもあるが、今のドレトスを咎めた時の不利益が大きい。加えて言えば、不正の証拠も無い。
ただの感情としての処理はしない。しかしながら、釘は刺している。
「それを言うなら、お前はどうなのだ? カルダ・メース殿?」
「アタシが不正をする筈がない」
「ふん、口ではどうだって言えるだろう。私を突くほど貴様は潔白か?」
「帳簿の提出はしているわ。潔白なのはディーナ様が保証してくださるわ」
「ええ。どちらも潔白と言えますわ。帳簿上は」
含みを持って答えたディーナにカルダは目を少しだけ見開いて、躊躇しながらも言葉を漏らす。
「……ディーナ様はアタシを疑うと?」
「信じていますわ。ただ、そうね。私に黙って組合所有のベリル人達を引き抜こうとしているのはいただけませんわ」
「それは……」
「ええ、貴女が彼らのことを考えて行動している、というのは理解しておりますわ。私も、するな、とは言ってませんもの」
咎めるには十分な理由はある。
それもディーナにしてみれば些事なのか、それとも想定通りなのか。
善意からの行動である。ディーナはそう判断していると口に出し、カルダを咎めはしない。
「組合を作った時にも言いましたが、貴方達は組合を上手く利用すればいいですわ。私も貴方達を利用しているのだから」
「珍しく、急な構想でしたな」
「そうかしら?」
定例会も一段落し組合長室というには質素な部屋でグォルは紅茶を飲む。
部屋の主であるディーナも自分好みの渋い紅茶を飲みながら微笑む。
「普段の組合長であるなら、既に答えを得た物を出しておられたでしょう」
「アレは急ぐ必要もなければ、今から準備をする物でもないわ」
「ならば言う必要もなかったのでは?」
「乗る船の図面は見たいでしょう?」
図面がわかる者ならば。と続けたディーナにグォルは「ふむ」と呟く。
図面は理解できる。同時に利益が出ることも。
「それにしては杜撰な図面でしたな」
「完成品を見せて、乗れと命令するのは簡単ですわ。全てを考慮すれば、問題も出ないでしょう」
「……けれど、ディーナ殿はそうしなかった」
「私だけで決定すれば評議会の意味も無ければ、組合という組織が私を支柱にしすぎますわ」
「まるでご自身がいなくなる、とも言いたげですな」
「可能性の話ですわ。いつでも組合長や評議長の椅子から私を退かせるのもできますもの」
「今のディーナ殿を退かす意味も薄いでしょうな」
少なくとも、この話のわかる貴族を追い出そうとする人間は少ないだろう。
グォルから見ても、やりやすい長である。話のわかる貴族は数少ないし、その上で商人にとって有利になるように動いてもいる。
規則はあるが緩める部分は緩めている。同時に厳しく取り締まる部分もある。
規律を重んじているが、それを強制はしていない。
厳格な組合長であり、柔和な貴族。
そんなディーナ・ゲイルディアを見ながら、定例会中にも抱いていた疑問を投げかける。
「……装飾品はお嫌いだと思っておりましたが?」
「これでも女よ。装飾品の一つぐらいするのはおかしい事ではないでしょう?」
「ほっほっ、そうでしたな」
左手薬指に着けられた銀製の指輪をディーナは右手で撫でる。
着飾ることよりも実益を求めるような人間であることはグォルもわかっている。
特別な指輪であるのはディーナの柔らかい表情が物語り、彼女自身が実益よりも優先した指輪なのだろう。
金の匂いがした。商人として長く生きた感覚がグォルを刺激する。
論理的な何かが在るわけではない。ただ単純な直感。自身の直感をグォルは信じている。
「何か良いことでもございましたかな?」
半歩だけ踏み込む。
普段のように当たり障りのない笑みを浮かべながら、探りを入れる。
ディーナは少しだけキョトンとして、右手で自身の頬をムニムニと触る。
「……そんなにわかりやすいかしら?」
「普段のディーナ殿ならばこの問いも上手く躱していたでしょうな」
「これでも腹の探り合いは嫌いなのよ」
まるで女のようにムッと感情を表に出すディーナを見ながらグォルはニッコリと笑う。
この化け物にも可愛げというものがあったのか。と錯覚してしまう。
だから、グォルはもう一歩を踏み込もうとする。
「──内容を聞きたいかしら?」
背筋に嫌な感触が走った。
踏み出そうとしていた足が強制的に止まる。
目の前にいる女は笑顔である。探り合いは嫌い、と言いつつも苦手ではない。
そして、これは警告でもあるのだろう。
冷や汗を隠しながら、グォルは笑みを貼り付ける。
「ほっほっ。止めておきましょう。女性が言う良いことの内容など、老商人には堪えますな」
「確かにそうですわ。それが貴族なら尚更」
「……笑えませんなぁ」
「あら、笑ってもいいのよ。貴方の目には珍しく隙の多い組合長として映っていたようですし、私もそれを否定はしませんわ」
女であり、貴族でもあるディーナ・ゲイルディアはクスクスと笑う。
確かにグォルの目には以前までの完璧たる化け物ではなく、隙のある組合長として見えていた。
完璧ではなくなった。隙もある。だからこそ、厄介にもなった。
理で解けば納得する化け物が感情を得た。
油断ではなく、余裕を得た。
自身がどういう風に見えているかを正しく理解しながらも、取り繕おうともしなかった。
「……末恐ろしいですな」
「世辞は嫌いだけれど、受け取っておきますわ」
柔らかく笑うディーナは悪の令嬢とは程遠い女に見える。
隙だらけで、完璧でもない存在。
同時に、底が見えなくなった。
「ディーナ殿が組合長であって、これほど安堵したことはありませんな」
「それも世辞かしら?」
「まさか。本心です」
なら、それも受け取っておきますわ。
ディーナは笑って紅茶を一口飲み込んだ。
「さて、陛下は私に謝罪する事があると思いますわ」
「まあ、聞け。俺も知らなかった」
「……どこからが陛下の筋書き通りでしょうか?」
王の執務室で眉間に皺を寄せながら盛大に溜め息を吐き出したディーナはシリウス・シルベスタ王へと視線を向ける。
シリウス王からすれば、おおよそ全てが筋書き通りであった。幾つかの想定外はあったが、自分の思った通りの帰着でもあった。
「おおよそ全てだが。お前がベガをアルタイルと認識していなかったのは驚いたな」
「……アルタイル殿下に会ったこともない私に看破は不可能だと思いますが?」
「オーべの奴は知っていただろうに。聞かなかったのか?」
「……シャリィ先生が?」
「オーべはあれでも長く関わっているからな。愛弟子を政治に関わらせたくなかったのだろうよ」
王族と長く関わりがあるくせに、準男爵である自身の師を思い浮かべ、地位のちぐはぐさを感じたが、自分も似たようなものなのでディーナは無視することにした。
「俺としてはお前が男の格好でそこらの酒場にいる事のほうが驚きなんだが?」
「組合の視察ですわ」
「女に言い寄ることもか?」
「それは趣味ですわ」
あっさりとディーナは自身の趣味だと言い張った。
シリウス王は片眉を上げながら、何かを言おうとして諦める。
他者の好みまでは命じる義務はない。
「……ま、俺としては上手くいっているようで安心した」
「王として、でしょうか?」
「親として、だな。アレには不自由を強いてしまった」
「……陛下。その役割故に、私とアルタイル殿下は結ばれました」
「……」
役割として。
ディーナ・ゲイルディアという役割があったからこそ。
アルタイル・シルベスタという役割があったからこそ。
自分たちは結ばれた。それは王が望む結末であった。そしてシリウスが願ったものでもあった。
「……そうか」
「ただ、私に何も知らせなかったこととは話が別ですわ」
「お前なら知っていると思ってもおかしくはないだろう」
「それにしては、ベガの件を聞いた時にもはぐらかしていたと記憶しておりますが?」
「……さて、忘れてしまったな」
シリウス王は視線をディーナから逸らした。
言わなかった理由はあるが、言えない理由でもなかった。
ディーナ嬢なら気付くだろう。とも思っていたのも事実である。
少しばかり面白がって言ってなかったのも事実である。シリウス王はその事実を口にする事はない。
「……何にしても。俺はお前の私的な願いも叶えたぞ」
「愛人を囲う必要もなくなりましたが?」
「そう言うな。それで、お前は俺の期待に答えるのか?」
シリウス・シルベスタはディーナ・ゲイルディアへと瞳を向ける。
臣下へ向ける視線ではない。王としての視線ではない。
そんな視線を受けて、ディーナは微笑む。
「ご安心下さい、陛下。裏切りは致しませんわ」
「……ディーナ嬢、これは独り言だが、よろしく頼む」
「承知いたしました」
ディーナは華麗に頭を下げる。
シリウスの独り言を真摯に受け取り、笑みを浮かべる。
金色の髪がふわりと動いて、執務室を後にする。
コツコツと足音を鳴らしながら、ディーナは歩く。
どうしようもない自身への妬みや恨みの声を無視しながら、口元に笑みを携える。
左手の薬指に嵌まる指輪へと軽く視線を向けて、笑みを深める。
どうしようもない自身の感情を自覚する。
自覚して、おかしくなって笑い声が喉から漏れてしまう。
一つの扉の前に立ち、軽く叩く。
中から聞こえた声に少しだけ心が踊って、それもおかしくなって笑ってしまう。
「ごきげんよう、エルタ。今日も街に行きましょう」
ディーナ・ゲイルディア攻略tips
・ディーナ・ゲイルディアを認知しない。
・ディーナ・ゲイルディアに認知されていない。
・上記二項を達成しながらディンと出会い、実在を証明する。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
-
エフィさん