誰もが同じ制服を着ていた。その人物がどの学年に属するかを示すようにタイの色が違い、性別の違いによりデザインも差異程度に違う。スカートとズボンも、相違点であろうか。
この学校において、身分の貴賎はない。全てが平等であり、誰との間にも壁は存在しない。それは、理想にしか過ぎない事を、この世界で生きてきた俺はよく知っている。
その内情に小さく息を吐き出す。清濁併せ呑む事も必要であるし、何より自分は濁っている立場の人間である。
「ディーナも緊張するんだな」
「あら、リゲル様は私を何だと思っているのかしら?」
「リゲルやめとけって。女は怒らせると厄介だぞ」
「……レーゲン。貴方、リゲル様にイラナイ事を教えていないでしょうね」
おっと怖い怖い、と肩を竦めたレーゲンを睨めつける。マジでリゲルが女遊びとか面倒な事を覚えたら全部お前の責任にするからな。お前のせいか知らないけどリゲルの口調がちょっと男らしくなってるのも責任追及してやろうか?
いや、女遊びを覚える事は構いやしない。男だもんな。許嫁として、未来の嫁としてそれは目を瞑ろう。何より世継ぎを作らなくてはならないし。しかし、リゲルの子か、可愛い子になるんだろう。俺が母親じゃなければ満点だし、女の子であったなら最高だろう。
俺が男と子作りをするなんてさっぱり理解できないけれど。後宮作り上げて妾でも引き立てるか? いや、それは未来の事であるし、今は考えないでおこう。うん。
何より今はこの学校の掌握をしなくてはいけない。見える外敵に関してはレーゲンに任せるにしても、見えもしない脅威を防ぐならば必要な事だろう。
王族を特別扱いしない、なんていう初代王の理想を破るのが初代王の日記を正確に読める俺とは皮肉が効いてる。
カリキュラムを確認する限りは学校で学ぶような事は全て履修済みな俺には余裕があるし、復習も怠らなければ問題も出てこないだろう。
三年間、リゲルを影から守る。許嫁として近い位置に立てる俺なら容易いだろうし、ゲイルディアという悪名も上手く使えるだろう。
ある程度の危険はレーゲンに任せるにしても、水際で止める事は必要になるだろう。
……うん。よし。決意した。
「どうかしたのか?」
「少し、お花を摘みに行ってまいりますわ」
「便所か?」
「シュタール家は紳士教育はしていませんの?」
「男所帯だからな」
「……はぁ、まあいいですわ。躾は得意ですわ」
なるべく冷たい視線をレーゲンへと向けてから小さく息を吐き出してリゲルに頭を下げて足を早める。決して漏れそうとかそういう理由ではない。
校舎の影へと入り込んでから、誰も居ない事を確認する。魔法式へと魔力を送り出して微風を俺を中心にして流す。人は居ない。
「ヘリオ」
誰も居ない空間で従者の名前を呼ぶ。
俺の影から波紋を立てて深い藍の髪が浮かび上がり、褐色の肌をした青年が顔を出す。
「お嬢、俺はトイレじゃないぞ?」
「顔が踏まれたいならそう言えばよろしくてよ?」
「そりゃ勘弁」
俺の足よりも速く、スッと逃げるように校舎の影へと移動して姿を現したヘリオ。キチンと制服を着せているし、立ち振舞も精練されている。筋骨隆々という訳でもないが、その体は確りと絞られているし、扱き上げた。
「で?」
「この学校でその影魔法を使う事を禁止しますわ」
「……そりゃぁまた」
「不必要な疑いを持たれるのは動きにくくなるわ。今は順調であろうと未来を見れば悪手ね」
「了解。それで? 俺は何をすればいい?」
「――そうね。男子生徒の情報と掌握を」
別に普通に過ごしてくれればそれでいいのだけれど。申し出てくれるのならヘリオを頼ろう。男達の情報など調べたくもない。俺は女の子だけに集中できるな! なんて完璧な計算だッ! 女の子の弱みを握って「げへへ、この情報をバラされたくなければ、わかってるダルルォ?」ができる訳である。悪役ムーブすぎるな。もうちょっと考えておこう。
「おいおい、これでもベリル人で奴隷だぜ?」
「成績と力で捻じ伏せなさい。それだけの教育はした筈よ」
この学校において正面切って戦うにしてもレーゲン以上の存在は知られていないだろう。居るのならばその人物に護衛が任されていた筈だ。いや、それこそシュタールの家名の
尤も、知られているのは、という枠組みがあるだけだ。ヘリオならば勝てるという自信はある。ウチの騎士団でも上から数えた方が早いもんな……。よく育てたものである。棚ぼたである。
俺の言葉をどこかむず痒そうにして首筋に手を当てたヘリオであるが、どうやら納得してくれたらしい。
「それに貴方は誰の奴隷だと思っているのかしら?」
「ゲイルディア家の奴隷だ。負けねぇよ」
「――
――違いますわ。貴方はディーナ・ゲイルディア――私の奴隷よ。自信を持ちなさい」
「そりゃぁ、負けられねぇな」
ニッと笑った俺の奴隷は自信に満ちあふれて野性味を溢れ出してた。これはモテますね、間違いない。だからお前は女の子の調査をするんじゃないぞ! 俺がするからな!
三ヶ月の期間を経てようやく学校を掌握する事ができた。思ったよりも時間が掛かってしまったのはリゲルにバレないように動いていたからに他ならない。リゲル達にバレてもよかったのならば一月で終わらせる事も出来ただろう。
掌握してわかったことはゲイルディアという悪名が思った以上に使えた事だ。よもや貴族ではない商人の家系ですらゲイルディアの名前を知っているとは思わなかった。まあ俺に気安く話し掛けてくれた可愛らしい女の子が次の日にはどうしてか敬語になっていた時は驚いたけどな! 何言われたんですかね……。
意図した行動ではあったけれどカーストの上位へと座ることのできた俺は通っている女の子達がどの家系かを調べ上げた。女の子同士の噂話というべきか、カースト上位に居ると自然と他の子達を蹴落とさんばかりに情報が集まってくるのは中々に堪えた。更にこの学校という閉鎖空間には癒やし成分がまったく無いのである。俺は……死ぬのか?
「カァーッ! 聞いてただけだったけど、思った以上に美味いな」
そんなストレスの溜まる作業も大凡の目処が立ち、現在俺は学校を囲むようにできた街で飲酒している訳である。冷えてないエールが喉を潤すぜ!
現実世界でいえば未成年である俺であるがこの世界の法律では飲酒してもなんら問題ない年齢に達している。俺は止まらないからよ……。
学生がまばらに居て、他にも酒場には学校に所属していない大人達もいる。
「ん? どうした、ヘリオ」
「……おじょ……あー、アンタが楽しそうで何よりだ」
実に呆れ顔、というべきか溜め息を吐き出してエールへと口を付けたヘリオを見ながら俺は素に近い言葉使いで酒場の椅子に座っている。
着ている服は女生徒用の制服ではなく男子生徒用の制服であり、髪も縛っているし、胸も布で潰して声も魔法式で低くしている。風が特性でよかった。思ったよりも簡単だった。毎日喋っていると言ってもいい女の子とすれ違ったけれど俺という事は気付かれなかった。気付いていたのならばたぶんゴマスリにくるだろうし。嬉しいのか悲しいのか、変装が上手くいってる事を喜んだ方がいいのだろう。
「で、何してんだ?」
「エールを飲んでる以外に見えるか?」
「そうじゃなくて……」
しかし、中々に肉が美味い。普段の生活だとこんな料理は全く口にできないしな。やっぱ異世界なんだよなぁ。テーブルマナーも守らなくてもいいし、随分気が楽だ。ヘリオが告げ口しなければ俺は無罪であるのだ。
口に付いたタレを指で拭って唇で掬う。うーん、香辛料だろうか? 舌がピリつく感じが実にエールを進ませる。
テーブルを乗り出して他の人に聞かれないように小さな声でヘリオが喋る。
「アンタがこんな所に来るなんてそれなりに理由があるんだろ?」
「ねぇよんなもん」
「あ゛?……自分の立場は理解してんだろ?」
「当たり前だろ。これも目的の一環だよ」
「…………で、本心は?」
「昔からこうやって酒場で飲食ってのを体験してみたかったんだよ。思ったよりもいいから継続しようと思う」
ニッと笑ってやればヘリオは疲れたように溜め息を吐き出した。それに建前の理由も正しい。尤も、集めているのはディーナ・ゲイルディアという女の評価であるが。
「アルコールは人の口を軽くするからな。ディーナ・ゲイルディアが居なけりゃ出てくる言葉もあるだろう?」
「……そういう所だぞ」
「? 何がだ?」
「何でもねぇ。それで……俺はアンタの事はなんて呼べばいい?」
そういえば名前なんてまったく考えてなかった。俺もどこかで浮ついていたのだろう。だって、束縛するものが何もないんだぜ? テンションが上がっても仕方ないだろ?
考えようとしても酒の入った脳はそれほど働かず、考えるのも面倒になってきた。
「ディン、とでも呼んでくれ」
「はいはい……アマリナが知ったらなんて言われるか……」
「俺には何も言ってこないぞ?」
「俺にだよ!」
なるほど、アマリナはヘリオに対してはちゃんと言葉を吐き出してくれているんだな。それはいい。
新しく注文したエールを呷りながらヘリオの話を肴にストレスを発散していく。あぁ^~アルコールが沁みるんじゃぁ^~。