悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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16.悪役令嬢は怒りたい!

 学校での生活というのは俺にとってそれほど不自由のない物であった。他人から見ればそれはヘリオが居たからであると、リゲルが居た為であると、そう思われるかもしれない。

 ゲイルディアとして成績も上位を維持しているし、学校の掌握も完了している。あとは小さな噂も聞き逃す事をせずに、不穏分子をリゲルに近づけなければ実に平和な学校生活を送れる事だろう。間違いない。

 

 十と五……いや、六年になってしまったが令嬢としての生活が体に染み付いたとしても心だけはそれほど変化がなかった。価値観は……それなりに変わってしまっただろうけど。

 変わってしまった価値観は確かに俺の価値観である。元々好きだったものは変わらず好きだし、新しく好きになった物が増えただけ、そう考えれば前世を生きていた時とそれほどの変化はないのかもしれない。

 

 さて、学校というからには長期休暇というなんとも懐かしい言葉があるのである。2日も休んでいいのか!? おかわりもあるぞ! と言った具合に月の満ち欠けが一周する分ほどの日数が休みとなる。貴族となればその休みの間に実家に戻ったり、社交界に出たり、まあ色々と面倒な事が目白押しであり、俺もその例に漏れない。何よりスピカ様に会わなければいけないのである。使命感……感じるんでしたよね?

 

 魔法式の方はそれほどの進捗はない。当然というべきか、学校では想像魔法の事を教わる……いや、あれを教わると言ってもいいかわからないが、少なからず学業として昇華もされていない訓練である。自身の危険値を体に覚えさせ、より想像を確固とした物とする。その程度の物であった。意味がないとは言わないけれど、魔法式を教わっている俺から見れば無意味にも見える訓練である事は間違いない。

 それは、まあ、いい。

 

 長期休暇という理由でゲイルディアに居座ってもらっているシャリィ先生と無意味さを語る事もないし、魔法式の研鑽において想像魔法という対抗馬の事を知る必要はある。全く以って無意味という訳ではない……数学をしている自身に小学生並の足し算を教わっている感じがしたし、そこに理論も何もない。「想像して出力するとこうなる!」みたいな感じである。魔法ってスゲー、である。

 

「それで、魔法式の研鑽を怠っていたと?」

「全くそんな事はありませんわ。ただ学業や他の行動が少し立て込んでいただけですわ」

「教育課程を調べましたが、貴女なら余裕であると思ったのですが」

「過分な評価ですわね。私はそれほど優れてなどいませんわ」

「……結構。相変わらずのようで安心しました」

「一年程度で人は変化しませんわよ?」

「皮肉です」

 

 あ、そうですか……。

 紅茶を飲んでいるシャリィ先生も相変わらずの容姿で安心した。可愛いままである。身長は既に俺の方が高いけれど抱きしめて撫でるとたぶん怒るんだろうなぁ。そもそもシャリィ先生を抱きしめるという機会が全く無い。この人、おっぱい以外は完璧だからな……。いや、そこも含めて完璧なんだろうけど。

 

「それで、想像魔法を学んで何かありましたか?」

「そうですわね。思った以上に消費魔力が酷いですわ。簡単な灯火であっても魔法式を通さなければ安定もしませんし」

 

 わかっていた事であるが、実際に確り学んでみてわかった事である。それが普通になっているのだから、俺自身の総魔力自体がどれほど低いかがよくわかる。皆なんで普通にポンポン魔法使えんだよ。オカシクない?

 加えて言えば無駄な式が多い。魔力の消費から発生までの間にラグがある。「想像力が 足りないよ」で終わればいい話であるが魔法式であるならば先に式を編んでいれば魔力を通すだけでよくなる。効率も、速度も、正確性も魔法式の方が圧倒的ではある。想像魔法の方が容易くはあるのは間違いないし、想像を先にしていれば、という前提条件があればまた変わってしまうのだろうけど。

 

「ただ……ああそうですわ。先生、魔法行使の速度を上げる事は可能なのでしょうか?」

「? 計算を素早くすれば簡単な事でしょう?」

「……相変わらず素敵な頭の出来のようで安心しましたわ」

「……貴女に言われると照れてしまいますね」

 

 絶対嘘だゾ……。

 先程言われた言葉を咀嚼して皮肉を言い返したのにこの天才には通用しないらしい。どこかぎこちなく笑っているけれど、実際の所はどうだかわからない。人物鑑定眼無くも表情も読み取れない俺の精進が足りないのでは? いや、他人ならある程度わかるのだけれど、シャリィ先生とかスピカ様は本当にわからない。可愛い! しか頭に無くなるんだ……。顔がいいのが悪い。

 逆に顔は良くてもリゲルの考えている事は大体わかる。いや、合っているかはわからないけれど。レーゲンはよくわかる。というか胸に視線が行き過ぎなんだよ。わかる。

 ヘリオはまだわかりやすい方だし、アマリナは表情に乏しいけどわかりやすい。

 お父様とお母様? あんなのわかる奴いるかよ。

 

 ともあれ、人間計算機になど成れる訳もないのでどうにか速度を上げる方法を考えていた方がいいかもしれない。一瞬で魔法を行使するのはカッコいいからである。間違いない。

 

「最初から仕込む事は可能でしょうか」

「そもそもの通り道を防ぐ事になりますね。一から組み上げた方が効率的ですね」

 

 先生はそうでしょうよ。誰もがシャリィ先生並の頭脳を持ってると思うなよ!

 溜め息を吐き出して頭を切り替える為に紅茶を飲もうとしてカップが空っぽな事に気付く。普段はアマリナがすぐに気付いて淹れてくれるのだけれど……。

 

「アマリナ」

 

 呼んでみても彼女は来ない。珍しい……。この屋敷には居るはずだけれど……。何かあったのか? 影の中にも居ないのだろうか。

 少しばかり思考を飛ばしていると扉がノックされて許可を出せばアマリナが入ってくる。確かにアマリナであるが本当に珍しくメイド服ではない。どういう理由か学校指定の制服を着ている。

 

「おや、似合っていますね」

「ありがとうございます、シャリィ先生」

 

 制服を着ているアマリナを褒める言葉は俺の口からは出なかった。いや確かに可愛い。可愛いんだよ。もう撫でたい。抱きしめたい。やっぱり俺のアマリナ可愛すぎない? いや、それは、いい。いや、よくない。良い訳があるか。

 アマリナが不安そうに俺を見ている。天井を向いて瞼を閉じる。小さく深呼吸をして、表情を作る。

 

「ええ、可愛いわ。アマリナ」

 

 ああ確かに可愛いんだ。間違いない。俺の頭の中には学校生活でアマリナと一緒に通うような輝かしい妄想が確かに出来た。けれど、それはおかしいのだ。

 抱えたくなる頭をどうにか騙す。ちゃんと笑顔が作れていると思うのだけれど、なんでアマリナは怯えていてシャリィ先生も若干引き気味なんですかね? まあ今はそれどころではない。

 

「シャリィ先生、申し訳ありませんが私すべき事を思い出しましたわ」

「え、ええ、結構」

「アマリナ。シャリィ先生と魔法式の勉強をしてなさい」

「は、はい」

「では御機嫌よう」

 

 アマリナにシャリィ先生の事を任せておく。これでアマリナは俺を追いかけてこれないだろう。

 決して駆ける事はなく、確りとした足取りで笑顔のまま部屋を出て廊下を歩く。こうして表情を作っておかなければ素の俺が出てきそうだ。

 確かに、新しく入ってくる生徒達のリストを見た時にアマリナの名前は無かった筈であるし、リストの人物の九割ぐらいは出自を調べ終わっている。残りの一割も大凡は判明していたし、入学してから調べても問題はなかった筈であった。

 

 クソが。

 

 

 

 

「お父様!」

 

 ぐぉらぁぁあ! クソ親父ィ!! どういう了見じゃおらぁぁああ!

 ノックすらせずに扉を開く。蹴破りたかったけれどそれをすれば残りの休日は淑女教育へと早変わりした事だろう。

 相変わらず悪役顔のお父様が悪巧みでもしてそうな顔で書類へとペンを走らせており、俺を一瞥した後にまた書類へと視線を落とす。

 

「……ディーナか。ノックぐらいしなさい」

「あらそれは大変申し訳ございません! けれどお父様は私に何か言う事があるのではなくて!?」

 

 机に手を叩きつけてる。

 アマリナは俺の所有物だぞ! それを無断で学校に入学させやがって! アマリナが騎士号取得して俺から離れたらどうするつもりだ!

 

「手をどけなさい」

「えぇ、納得できる理由が聞ければすぐにでも!」

 

 溜め息を吐き出しながらペンを端に置いたお父様は椅子に深く掛けて俺へと鋭い視線を向ける。こっちとらテメェの娘なんだよ! 慣れてんだよぉ、そんな視線はなぁ!

 

「……アレクの為だ」

「アレクの? 世話役なら他のメイドでも雇えばよかったでしょうに」

「都合のいい人間が居なかったものでな」

 

 来年確かに弟のアレクが入学するけれど、それの世話役にならアマリナでなくてもよかった筈だ。顔を顰めて怒りを鎮める。お父様が無駄な事をしない事は理解しているし、アマリナの為に入学させた、という事も無いだろう。

 

「……建前はいいですわ」

「学校では随分好き勝手やっているではないか」

「……何の事ですの?」

 

 やっべ酒場に入り浸ってる事がバレてんのか? いやそんな訳がない。俺の変装を見破ってるのはヘリオしかいないし……。ヘリオがバラしたなんて事もないだろう。

 

「リゲル様の護衛の件だ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたお父様に内心で安堵の息を吐き出す。バレてるかと思った。お父様ならバレてそうなのも怖いんだよなぁ。このヴィランどこに情報網あるか未だにわかんねぇし。実際怖い。

 

「あら、お父様は知ってましたのね」

「古い記憶だ。陛下にはバレていないと思っていたが……それはいい」

「ええ。今はアマリナの事ですわ」

「アレが居ればお前も自由に動かすだろう」

「……私の為ですか」

「表向きはアレクの世話役だ。学校自体は自主性を重んじている……形だけだがな」

「私もヘリオを連れ込んでいますし、ありがたい事ですわ」

 

 他の貴族達も学校に所属させていないだけで自身の世話役としてメイドや執事を雇い入れていたりする。商人の娘達はある程度の事は自分でできるようなので雇ってもいないけれど。

 理由は納得した。あまり認めたくはないけれど。

 

「……それでもアマリナを使うのなら私に一言有ってもよかったのではなくて?」

「お前も入れるつもりだっただろう。その手間を省いてやったんだ」

「大きなお世話ですわ。入れるのならば勝手にしていました」

「よく言う。小娘に何ができるというのだ」

「学校の掌握ですわ。それに小娘にでも出来た事を驕らないでいただけます? 親ながら底が見えてしまいますわ」

「ほう。この程度を底と見誤る娘を持った覚えはないが?」

「あら、これは失礼しましたわ。その程度が底の男だと思ってましたので」

 

 売り言葉に買い言葉というか、スラスラと出てくる嫌味であるが俺の口が勝手に出している訳で別にそんな事を考えて喋っている訳ではない。この口が悪いんだ。ゲイルディアってやつが全部悪いんだ!

 

「……まあいい。貸しにしておけ」

「四つぐらい足しておけばよろしくて?」

「一つだ馬鹿娘」

「あらそれは残念」

 

 毟り取ってやろうと思ったけれど当然の様に無理である。まあ貸し借りなどと言っているけれどお父様は頼めばある程度の事はしてくれるし、俺も頭は上がらない。唾は吐いてるが。

 問いただしも終わったし、俺の気持ちも納得したのでアマリナを愛でないといけない。

 

「ディーナ」

「はい?」

 

 部屋を出ようとした俺を呼び止めたお父様は既に書類へと視線を落としてペンを手にしている。

 

「あの酒場は俺もよく通っていたぞ」

「……どうやら血は確りと繋がっているみたいですわね」

 

 ニヤッと口角を上げたお父様に肩を竦めて返事をしてやる。なんでバレたんだろうね……。ヘリオが言ったのだろうか? いや、無いな。言わないように厳命してるし。

 

「イザベラには黙っておいてやる。ヘリオが近くにいなければバレなかっただろうな」

「……貸し借りは無しでいいですわ」

 

 ヘリオが漏らした訳ではないだろう。この人の情報網にヘリオが引っかかって、男装している俺がバレたのだろう。本質がアッチである事はバレてない筈だ。筈だよな?

 くぉぉん……お父様こえぇ……。というか、俺も含めるとゲイルディアの密偵が学校都市に潜みすぎでは? 俺がリゲルの護衛務める意味ある? 大丈夫?

 

「あ、あの……お嬢様」

「あら、シャリィ先生はよろしくて?」

「は、はい。その、お嬢様の方へと向かえと、話? も終わってるだろうから、と」

「……そうですわね」

 

 何が起こっていたのかも知らないだろうアマリナが疑問符を頭に浮かべる。

 シャリィ先生は今回の事を知っていたのだろうか。いや知らんな。お父様がそういった事を客であるシャリィ先生に漏らすとは思えないし。俺の失態である。

 溜め息をグッと我慢してアマリナの頭を撫でる。クシャクシャと髪を撫でて、頬を撫でて、顎の下を撫でると気持ちよさそうに目が細められる。犬かな? いや俺の飼い犬である事は間違いじゃないけど。

 

「よく似合っているわ。アマリナ」

 

 ようやく心の底から言えた言葉で俺は作る事もなく顔を緩めた。

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