悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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18.悪役令嬢は酩酊したい!

「ぁぁぁぁ……まったくわからん」

 

 思わず机に突っ伏してしまう。飲み込んだアルコールが臓腑を火照らせて脳を蒸していく。

 自棄酒である。これを飲まずしてどう発散しろというのか。

 

 斯くして、アサヒ・ベーレントの調査を開始して一月。ベーレントの情報を含んだ物はある程度集めたという自負はある。それこそ財布の中身が軽くなることに比例して情報が集まるのだから、推して知るべし、である。

 自分だけの諜報部隊が欲しくなるが、それは身に過ぎた力になるだろう。今は、まだ。

 既に俺の任務を知っているお父様にも掛け合って情報を集めてみたけれど、手応えらしい手応えはない。いや、情報自体は集まったのだけれど。

 わかった事として、アサヒ・ベーレントという存在が突然現れた事だ。まあ、それは納得できる。俺の仮定とも一致するし、予想していた事だ。

 問題はベーレントがアサヒを学校へとねじ込んだ意図である。それは全くわからないし、ベーレントにそこまでする財力はないし、転移者であるアサヒに入れ込む価値はそれほど無いだろう。日本人……黒髪黒目という特徴から何かを察したとしても、学校に入れる必要はない。それこそを御しきれなかった時の保険として備えるべきだ。

 思考し、思案し、それら全てが水泡のように弾けて消える。

 結果として言えば、不明だった。何もかもが、不明だ。

 

 どこからともなく現れた黒髪黒目の少女が、まるでそれが当然かのように学校にいる。それだけである。

 

「ディン、飲み過ぎじゃないか?」

「これが飲まずにやってられるか。今日まで飲んでなかったんだ。飲む。今日は飲む」

「はぁ……」

 

 これは俺の意思である、と明確に示せばヘリオは溜め息で返してジョッキを傾ける。その中身はこの酒場でいっとう高い酒である。因みに二杯目。

 そんなお酒をパカパカ開けやがって……。ヘリオを尻目に安酒の苦味を舌で転がして喉を通す。

 

「で、男共の評価は?」

「評判はいいな。ちょろちょろ動く姿が小動物的で人気だ」

「鼠だったら殺すだけでいいんだけどな」

「怖い怖い」

 

 まだ毒婦であったならばその本意が見抜けただろう。けれど、全くわからないから問題なのである。

 或いは彼女本人は本当に何も知らず、何かが糸を引いているのか。その糸すら掴めていないのも、また問題なのであるが。

 

「そっちはどうなんだ?」

「ほどほどだよ。成績も優秀とは言えないし、何より魔法がてんでダメだな。俺の昔みたいだ」

「……それは……優秀って意味か?」

「ヘリオも皮肉が言えるようになったのか」

 

 これは驚きだ、と付け加えてカンラカンラと笑う。

 それはイイ成長だろう。何よりその皮肉がまるで俺が優秀かのような物言いもいい。そしてわかりやすいのも、また素晴らしい。シャリィ先生はバッサリと俺を斬るからな……。

 笑う俺が不満なのか眉を寄せながら酒を呷ったヘリオは中身を飲み干したジョッキを机に置いた。

 

「……暴行に関しては?」

「……事実か?」

「目撃したからな」

「それで?」

「あっさりとやられてたが、王子様が近くを通って蜘蛛の子さ」

「…………ふむ」

 

 今日もニコニコと笑顔を浮かべていた彼女を思い出しながら可能性を考える。貴族の娘達だろう。或いは商人連中も絡んでいるかもしれない。原因らしい原因は……。

 

「王子様か」

「いや、お嬢だと思うぞ」

「お……ゲイルディア嬢が?」

 

 危なく口から出そうになった一人称を飲み込んで家名を口にする。俺が原因って、なんだよ。なるほど、彼女は俺に恋をしていてそれに嫉妬した女の子達が俺を求めて彼女をイジメたと。

 我ながら、モテてしまったしかたないぜ。

 ニヤニヤと口元が歪んでいたのだろうか、ヘリオが呆れた顔をしている。

 

「お嬢が王子様に近づいた彼女を威嚇しただろ」

「ああ、アレは向こうが悪いだろ」

「……それは置いとくとして。それが原因でお嬢が命令してるらしい」

「…………はぁ?」

 

 たっぷりと、ヘリオの言葉を理解してから唖然としてしまった。全く身に覚えない。むしろそこまで表立って彼女を除外できるのなら願ったり叶ったりであるが、俺は裏でコソコソと動いているだけである。

 リゲルにバレてはいけない事も考えれば、比較的表に近い裏で動くのは悪手すぎるんですが、それは……。ああ、だから()()()()なのか。ヘリオとアマリナ以外に命令したことないけど。

 

「ゲイルディア嬢がする訳ないだろ」

「ゲイルディアが怖いんだろ」

「……ゲイルディアの敵を倒せば、少なからず恩は売れるし、悪いようにはされない、か」

 

 馬鹿馬鹿しい。頭が痛くなってきた。お酒飲まなきゃ……。

 しかし、それはマズイ。非常に、マズい。俺の命令……ではないけれど、俺の命令だと知れればリゲルへの心象も悪くなるだろう。イジメ主犯格の女など、近くには置きたくはない。全く以て! 身に覚えがないけど!

 リゲルと離れるとどうなるか? お父様の計画も破綻し、更には後宮でのんびり暮らす事もできず、更に更にスピカ様の近くにいれないのである! それは、避けたい……。

 

「……主犯は?」

「複数って事だけ」

「調べろ」

「あいよ。それで、もう一杯飲んでいいか?」

「……はぁ。俺も飲む…今日は飲むんだ……」

 

 最近、溜め息が増えてきた気がする。気のせいではないだろう。

 ヘリオが声を出して店員を呼べば、店の中を慌ただしくちょろちょろと動いていた店員がニコやかな笑顔を携えてやってきた。

 

「ご注文でしょうか?」

「一番いい酒を2つ。おすすめの肴を適当に。

     ――それと君の時間かな?」

 

 ナンパをするように気軽に言えば店員の制服を着こなしたアサヒ・ベーレントはキョトンとしてから困ったように笑ってから、しっかりと自分の時間を省いた注文を繰り返してカウンターへと戻っていった。

 俺は溜め息を吐き出した。

 

「ヘリオ、俺は笑えてるか?」

「そりゃぁもう」

「そうか」

「まるで生娘を拐かす悪漢だ」

 

 ソレを笑顔と言うのは無理があるんじゃないですかね?

 ムニュリと両頬を手で持ち上げて表情筋を解しておく。それで笑顔がどうなるかはわからないけれど、ある程度マシになるかもしれない。

 爽やかな笑顔とか人当たりのいい笑顔を思い浮かべながら笑ってみる。どうよ。ヘリオ、なんで首を横に振ってんの? アルコールで表情柔らかい筈なんだけど? なんで?

 

「おまたせしましたー!」

 

 持ってこられた料理と酒を見ることもせずに彼女の顔を見る。間違いなくアサヒ・ベーレントである。なんでこんな所にいるんだ? しかも店員として。

 

「それで、ここらじゃ見ない顔だね。噂の転入生かな?」

「そうですけど……噂ってなんです?」

「王子様を誘惑する黒髪の転入生」

「あれは! その……」

「理由ありかな。これでも学園の事はなんでも知ってると自負してたんだけど……君の事は全くわからないからね。いや、あのゲイルディアも全くわからないけれど」

「ゲイルディアさんを知ってるんですか?」

「知らないわけがないだろう?」

 

 本人だぞ。とは言わない。したり顔で言ってみればヘリオが肩を竦めているが、その口元は笑いが浮かんでいるから状況自体は楽しんでいるのだろう。

 

「ゲイルディア家は侯爵でね。貴族界でも武闘派で名が通ってるよ。ま、表では、だけど」

「表では?」

「……ゲイルディアの事を知らないなんて君は本当に貴族かい? 社交界に出ていれば嫌でも耳にすると思うけれど」

「え、あ、えっと、ついこの間まで病気で」

「おっと、それは失礼。それで、君は貴族で更に言えば病み上がりだろう? どうしてこんな所で働いてるんだい?」

「その……あんまりお金が無くて……」

「……アッハッハッハッ。なるほど、確かに働くには正当な理由だ。しかし、そうか、金がないか、ククッ」

「そんなに笑わなくたっていいじゃない!」

「いや失礼。くくっ、ならこれを貰っておいてくれ」

 

 懐から銀貨を一枚、机の上に置けばベーレントはギョッとしたような表情で慌てて大げさに首を振る。

 

「い、いりませんよ」

「貰ってくれ。いや、正確には君の時間を買った対価だね」

「それでも、その」

「おや、これ以上を求めてたかな? それは失礼な事をしたね」

「そ、そんなに貰えないよ!」

「そっちが素かな。そっちの方がさっきまでのかしこまった態度よりも魅力的だね」

 

 銀貨を彼女の手に握らせて手を被せて封をする。

 顔を少し赤らめながら困ったような表情をしているけれど、銀貨はどうやら貰ってくれるらしい。こちらの顔を立ててくれたのだ。

 俺と彼女の会話中に自分の酒を飲み干したのかヘリオが彼女に注文を伝えてハッとしたベーレントが慌てたように厨房へと消えていく姿を見ながら笑いが漏れてしまう。

 小動物的で可愛い、という男性陣の気持ちがよく分かる。

 

「それで?」

「……俺が思ってるよりゲイルディアって悪評が無いのでは?」

「本気で言ってます?」

 

 やめろ。ちょっとぐらい現実逃避させてくれ。その真面目なトーンで敬語で俺の正気を疑うのはやめろ。やめてくれ……それは俺に効く……。

 現実を流すように酒を飲み込んでチラリと彼女が消えた厨房の方へと視線を向ける。

 この酒場自体がお父様の息が掛かった酒場っぽいから、ベーレントを雇った事で詳しく調べるつもりだろう。彼女自身の調査は打ち切っていい。為人に関してはディンとしてここに通って俺からもアプローチは仕掛けれる。

 これは仕方のない事なのだ。決してお酒を飲みに通いたい訳ではなく、ベーレントの調査として必要だからお酒を飲むのだ。いやー! 仕方ないなー!!

 

「冗談はさておき。どうするんです?」

「彼女自身は無害だよ。それに……」

「それに?」

「アイツの好みだしな」

 

 ジョッキを傾ける。実際、彼女が来てからリゲルの行動が少し変わった気がする。わかりやすい変化ではないけれど、気がつけば彼女へと視線を向けているというか……。

 まあ、ベーレント自身は無害っぽいから別にいいんだけどさ。リゲルは王族だし、俺とは元々仮面夫婦でいいし。それで俺は納得できるし、ベーレント自身は俺も可愛いと思う。

 将来として考えるなら、俺はなるべくベーレントとも仲良くしなければならない。それに対して苦とは思えないし、可愛いのでむしろばっちこいな訳だけど。

 今はダメだ。リゲルにも近付けさせてはならない。その辺り、上手くレーゲンが立ち回ってくれればいいけれど、あの戦闘狂には無理かもしれない……。王様はなんでアイツに護衛頼んだの? いや、その為の俺か?

 

「ディンは……それでいいのか?」

「いいも悪いもないさ。今まで積み上げた事が無くなる訳じゃないしな」

 

 正室でなくてもいいし、愛を一番に受けたい訳でもない。俺が何番目であろうが、むしろ愛されてなかろうが、その辺りは別にどうでもいいのだ。

 その分、沢山今までを積み上げてきた。俺はそれで満足しているし、今からも積み上がるだろう。そこに誰かが加わるだけである。そこに何の不満があるというのだ。

 

 ……よくよく考えるとリゲルが側室を囲い込む度に俺は毎回こんな調査をするの? 心労やばくない? 胃が保つのか? 癒やしと諜報部隊がほしい……今欲しい。

 あぁ~……お酒が沁みるぅ……。

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