悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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21.悪役令嬢は甘えさせたい!

 頭が、グラグラする。

 どれほど深く呼吸をしても上手く空気が吸えずに自分の中の空気が漏れていく。いいや、上手く機能していないのは身体の機構ではない。

 魔力の欠乏である事は経験として知っている。俺の魔力の無さは自分が一番知っている。それでも思った以上に消費していたのは、昂ぶった感情のまま魔法を垂れ流してアレクの所に向かったからである事も想像に難くない。

 後ろを黙って着いてくるアマリナを構うことも出来ず、ただ部屋を目指す。無理、死ぬ。いや、死にはしない。死ぬんだっけか。まあ、死ぬつもりはない。

 笑みを顔に貼り付けて、重い足をしっかりと踏みしめて、背筋を伸ばして、余裕と不敵さを纏わりつかせて部屋へと向かう。

 

 幾人かの同級生とすれ違った時も普段を装い、ようやく到着した部屋の扉をアマリナが確りと閉めた所で膝から力が抜ける。

 

「ディーナ様っ」

「大、丈夫ですわ……そこの椅子に……」

 

 部屋に備え付けられた椅子までアマリナの肩を借りて移動し、腰を下ろす。あ゛ぁ……シンド……。

 引き出しに仕舞っていた石の連なるブレスレットを手に取って、右手首に着ける。淀んで、グラグラする頭を回転させてブレスレットと自身のパスを繋ぎ合わせる。

 ブレスレットから流れ込む魔力がまるで足りなかった酸素を補うように身体を満たしていく。深く、深く呼吸を再開する。

 漏れていた空気がようやく身体に満たされる。気怠さが減って、汗が吹き出るのがわかる。

 心配そうに俺を見るアマリナに軽く手を上げるだけで応え、何度か深呼吸を繰り返す。

 

 魔力タンクとしてのブレスレットを作り、日がな魔力の余った日にちまちまと蓄えていてよかったと本気で感じた。珍しく自分を褒めてやりたい。出来る事ならば、数時間前に戻って殴って冷静にしてやれば、この消費もなかったのだけれど……、時間移動とか、どれだけ魔力を使うんだ? 少なくとも俺には不可能だろう。間違いない。

 その分の魔力タンクを準備するにしても、巨大な宝石が必要になるか……大量の魔石が必要になるだろう。そもそも時間関係に触れる計算なんて頭が痛くなって仕方ない。無理無理。

 

「ふぅ……」

「ディーナ様……申し訳ありません」

「……謝らないでちょうだい。今回の事は私の不足ですわ」

 

 アマリナの事に気付けなかった事もそうであるし、アレクが()()()()()()()()()()を持っていた事を知らなかった。あるいはアマリナ個人にか。何にしても、それを知る術を俺は所持していたのにも関わらず、それを怠った。

 自分の事に精一杯、と言ってアマリナを蔑ろにする理由にはならない。

 それにあの時点でアレクを殺そうとしたのも事実だ。そうすべきだとも思っていた。ゲイルディアとして、弱みを公にする理由もない。だから、後悔はない。

 けれど、反省すべき点は沢山ある。ありすぎてげんなりするぐらいある。

 アマリナの役目をヘリオに任してしまうべきか。対象が変わるだけで根本的な解決になっていないな。それでも今回の事で釘を刺せただろうアレクが逆上する可能性があるからアマリナを俺の近くに置く事は確定として。

 

 どうにもアレクの感情がわからない。考えれば考える程『なんで?』が溢れてくる。ベリル人との確執も、アマリナに対しての恨みも、抱く部分が謎過ぎる。何? 俺の知らない所で大切なモノでも壊されたか? アマリナがそんな事をする訳ないし、国の潰れたベリル人達がアレクに近づくなんて事できないし、近付いたならお父様やお母様か俺が気付く筈だ。

 わっかんねぇ……。

 

 俺に対してコンプレックス抱いてるとか? ねぇよ。マジで。才能の塊だぞ、アイツ。

 なんだよ、最後の移動……。詳しい方法とかさっぱりわからないけど、雷属性の魔法で無理矢理加速して移動してんだろ、たぶん。少年漫画かよ。しかも、ソレを最初から出さなかったって事はアレが初めてか、手札として残してたんだろ……。俺がちまちましてる事を一瞬で抜いて行ったんだぞ。やんなるね……。

 こっちも手札温存してたけど、たぶん初っ端からアレされてたら倒れてたのは俺だね。常在で軽い風魔法流してたから反応出来たけど、速度で追いつけないからジリ貧だし。何より力が違う。魔力の量も違う。全部俺が劣ってるだろうし。

 ゲイルディアとして考えれば殺す方が正しい。けれどアレクが生きている事に対して安堵しているのも事実である。生きてしまったアレクを今更どうこうするつもりはない。いや、俺以外に負けられるとゲイルディアの外聞もあるんだけど……。アイツが簡単に負けるとか相手を化物認定するしかないんですがそれは……。

 アレクを連れて医務室に向かっただろうヘリオに任せてしまおうか……。いや、ベリル人に確執持ってたらヤバイな……。剣術の訓練という枠組みだけヘリオに任せるか? いや、アイツの負担が多すぎるな……。流石にアマリナに俺のフォロー頼むか……。

 

 何にしろ、今考えられる事は少ない。材料も揃ってないし、アレクがどう動くかもわからない。

 アサヒの調査を打ち切るか? 裏側は不透明のままだけれど、ベーレント自身は限りなく白い。今回の事で確信したけれど、彼女は貴族としての教育を受けていない。

 貴族同士が決闘をして、その間に入るなどと常軌を逸した行為だ。それこそ彼女に利点が無いのも、また判断材料になるだろう。あるいはベーレントの頭が吹っ飛んだ思考をしているだけか。少なからずお花畑であることは間違いない。

 彼女が白くても、後ろが不透明すぎるんだよなぁ……。将来的に考えて、リゲルの近くに置くのなら漂白した方がいいに決っている。彼女自身から漏れるのが手っ取り早いが、そこまで馬鹿じゃないだろう。たぶん……。

 

 

 まあ、今考えても仕方ない事だ。決定は即決が好ましいけれど、判断材料が無い状態で決めたり、感情に任せて動くとどうなるかはアレクとの決闘でよくわかった。ちゃんと考えてから動こう……。考えて動いた所で良い方に転がるかは別として。

 

 アマリナを見ればそわそわとしながら、コチラを見ている。可愛い。可愛いけど、ちょっとは怒っとかないとまたこういう事が起きる可能性もある。アマリナを怒る……? この可愛い生物を叱れと? いや、むりぃ……。

 

「……はぁ、アマリナ。無理はしないでちょうだい」

「…………はい」

 

 なんですっごい溜められたの? 言い方悪かった? 不服そうってワケでもなさそうなんだけど、なんだ? なんだこのアマリナの表情は! 読み取れねぇぞ! 俺を騙すのか!? アマリナ!?

 いや、そもそもアマリナも女の子だから護身術程度は修めさせてるんだ……。だから頭の中で襲われないだろ、なんて甘い事が念頭に置かれてたわけなんだけど。それが、ああなっちゃったから……。

 

「貴女の立場はわかっているつもりだけれど、抵抗しないにしても、逃げるぐらいは出来たでしょう」

「……」

「ごめんなさい。今回の事を責めている訳じゃないの。その、貴女が襲われたら――」

 

 アレクでも頭に血が昇ったって事は他なら俺はどうしていたんだろうか……。アマリナが襲われるなんて、という考えはさっき置いてきただろ!

 見も知らぬクソ野郎がアマリナを? は? 殺すが?

 いや、いけない。冷静にならなければ。天井を見上げて深呼吸を一つ。

 さて、屠殺される事が決定した畜生以下の存在をどうするか、という話である。私はとても優しいので一瞬で殺すだなんて、決闘で殺すだなんて、そんな事はしない。優しいので。全部潰して、醜く這いつくばってうわ言しか言えない状態に追い込んでも、優しいので生かしてあげよう。ああ、なんて私は優しいのだろうか。

 

「ディーナ様?」

「――とにかく、逃げるぐらいはしなさい」

「はい、わかりました」

「約束ですわよ」

 

 アマリナの小指を小指で絡め取る。頼むよぉ、マジで……。約束だぞ……。

 指を切ってみせればアマリナは自分の小指をまじまじと見つめて、握り込んで、大切そうにもう片方の手で包んで胸に抱く。ホント、この約束は大切にしてくれ……。俺が気が気じゃないんじゃぁ……。

 

「さて、傷の治療をしますわよ」

「あ、いえ、大丈夫です」

 

 あんだけ痣作って、抱きしめたら顔を歪める癖に何いってんですかね? この娘。そんな娘に育てた覚えはありませんわよ。

 悲しい事に俺も打撲痕は多いのだ。軟膏には詳しいのである。任せろバリバリー。まあ同じぐらいアマリナも俺の治療とヘリオの治療をしているから知識はあるんだけどな!

 

「アマリナ、来なさい」

「……はぃ……」

 

 心なしか小さい声で、頭の上に垂れてしまった犬耳が幻視できる程しょんぼりしたアマリナが俺の命令に観念してトボトボと服を脱いでいく。相変わらず綺麗な肌である。触り心地も良いときた。最高だよなぁ!

 それほど育っていないおっぱいもまた素敵である。スレンダーで、括れていて、足も長い。その肌は打撲痕が残っているのだけれど。

 

 軟膏を指で取り、打撲痕に優しく塗り込んでいく。触れた瞬間にビクリと震えるけれど今はそれを無視する。痕が残っても気にはしないけれど、痛みは早く引いたほうがいいだろう。

 その一つひとつが俺の不足である。

 回復魔法の使えない俺でも、祈るぐらいはできるので「治れー、治れー」と心の中で呟きながら塗り込んでいく。

 治れー。治れー。

 

 

 


 

 僅かな痛みと共に浮上した意識が薬品の臭いを感知した。緩やかに瞼を開いてアレク・ゲイルディアは知らない天井を見上げる。

 記憶を手繰り寄せながらそこが学校の一室であり、自分に宛てがわれた部屋ではない事を認識する。薬品の臭いも、嗅ぎ慣れたもので治療用の薬である事が頭にぼんやりと浮かび、ここが治療室である事を理解した。

 

「お、起きましたか。坊ちゃん」

 

 意識が戻ったのを確認したのは、褐色肌の男であった。深い青の髪をした、あの奴隷に似た男だ。あの奴隷と違うのは精々表情が豊かな所であろうか。何にしろ、彼もまた、奴隷でしかない。

 起き上がろうとしたアレクは全身の痛みに顔を歪める。

 

「寝てた方がいいですよ。お嬢様のアレを食らったんですから」

 

 男は何か思い出したように口を歪ませて自身の項を撫でる。果たして過去に叩きつけられた事があるのか、それとも別の事が要因であるかはアレクにはわからない。

 アレクは、この奴隷の名前を知らない。知る必要がなかった、と言えばそうであるが覚える必要もなかったと言えば正しいのだろうか。ただ幾度か、まだ自分が姉へと追いつこうとしていた時に剣で手合わせをした覚えはある。あの時は――確か、自分が勝った。辛勝ではあったけれど、確かにこの男は降参したのは覚えていた。

 

「アレは、なんだ?」

「――ちゃんと記憶があるようで何よりです」

「はぐらかすな」

「はぐらかしてなんか、滅相もない。俺がアレを受けた時は前後の記憶が飛んでますからね」

 

 いやぁ、あの時は驚いた。と戯けて言ってみせる男にアレクは目を細める。

 一度、深呼吸をして記憶を辿る。負けた記憶。何も出来ずに、無様に膝を突いた自分。見下す姉。殺気。黒髪の誰かが自分を守った。確か、何度か話した事のある……そう、アサヒ・ベーレント、であったであろうか。

 守られた。それも自分の家よりも位の低い家の者に。頭が痛くなる。父のお小言を想像して眉を寄せてしまう。

 それで、何だったか。頭が真っ白になった。何かを考えるよりも早く、身体が動いた。自分でも驚く程、早く、速く、疾く。他の動きすら遅く見えた。あの姉ですら、振り向く事が出来なかった。

 振り下ろした剣は、何かに阻まれた。姉と自分の間に壁が出来ていた。見えない壁が、恐らく一瞬で出現した。

 そして自分は、意味もわからず、姉の所作一つで地に伏した。岩か何かを上から押し付けられたような重さが全身に叩きつけられ、意識を失って、今に至る。

 あの姉に、魔法も使わせた。きっとそれは――。

 

「お嬢様は手加減をしてましたよ」

「――ッ」

「坊ちゃんもわかっている事でしょう」

 

 それは、アレクも理解している事である。けれど、しかし、砕けた矜持がソレを認めてはくれない。どうにか寄せ集めて形にしたプライドが奴隷を睨む。

 奴隷はその睨みに対して態度を崩すこともなく、坦々と事実を突きつけた。

 

 姉は、天才であった。

 そんな事はアレクはわかっていた。それでも、その一端も理解していなかった。まるで絵本を読んだように、ただ漠然とした姉という影を恐れていた。今は、確りとその影を見ることが出来た。だからこそ、姉は天才であった。

 それでも、悔しかった。あの時、姉から向けられていた失望の瞳が脳裏にチラつく。そんな顔をさせたかったわけではない。

 それでも、アレクはディーナに勝てると思った。いや、勝ちたかったわけではない。負けたかったわけではない。

 姉と決闘するに至った理由など、アレクにとっては既にどうでもよかった。

 後ろにいる姉様ではない。ただ真っ直ぐに自分を見てくれた。ゲイルディアではなく、ディーナではなく、アレクを見てくれた。

 あの姉様が、自分を、確りと俺を見てくれた。才能を、力量を、技術を、努力を、その結果を。乾きは潤い――そして穴が開く。いいや、その穴はアレク自身が開けてしまっていた穴である。

 

「ちゃんと鍛錬を続けていたのなら、こうはならなかったでしょう」

「……それでも、姉様には勝てなかった」

「そんな事はありません。坊ちゃんはお嬢様よりも剣の才能がお有りだ」

 

 何か気付いたように男は「奴隷の賛辞で申し訳ないですが」とおかしそうに付け加えた。

 この男が――奴隷が世辞を言っている事はわかる。それでも彼は今もあの姉の側に居続ける存在であり、自分と姉との距離を最もわかっているであろう存在でもある。

 

「本当に……姉様に勝てるのか?」

「勝てますよ。俺との鍛錬に着いてくることができれば、ですが」

「……わかった。今から――」

「まずは傷を治しましょう。焦っても、お嬢様は逃げやしませんよ、坊ちゃん」

「……その坊ちゃんというのはやめてくれないか?」

「おっと。これは失礼。アレク様」

 

 やはりどこか戯けたように言ってのけた男は立ち上がり、部屋を後にしようとする。

 その背中を視線で追いながら、アレクは男を呼び止める。

 

「おい」

「はい?」

「……お前、名前は?」

「俺の名前はヘリオです。大切な、俺の名前です」

「……そうか。わかった。ヘリオだな。鍛錬の時は呼んでくれ」

「ええ。勿論。今は安静にしてくださいよ?」

「わかってる」

「本当ですか? お嬢様と一緒でアレク様も変な所で無茶をしそうですし」

「姉様に追いつく為だ……本当に追いつけるんだな?」

「それはアレク様の頑張り次第ですよ」

 

 ニッと笑いかけてヘリオは医務室の扉を閉めて、一つ息を吐き出した。

 

 

 

 

 

「――と、まあ、そんな感じに運びましたが、いいですかね?」

「ええ、よくやったわヘリオ」

 

 事細かにアレクとのやり取りを主へと報告したヘリオは軽く剣を振るい、しっかりと防御された事を確認する。

 客観でしか見ていないけれど、アレクと主との力量差はそれほど無い。剣の技術という面であればという話だが。

 主であるディーナには魔法もある。当然、アレクにも備わった技術であるが、その研鑽の質が違いすぎる。もしも魔法も込みで考えれば、こうして夜に鍛錬をしているディーナに追いつく事は難しいだろう。

 難しいだけで、不可能ではない。

 アレク程の才能とディーナ並に努力を重ねれば、いい勝負をするのも近いだろう。

 

「……で、殺さなくてよかったんですか?」

「ええ。アレクにはゲイルディアを背負ってもらいますわ」

「あれだけ醜態を晒したのに?」

「あれだけ醜態を晒したのに、よ」

 

 少しばかり攻撃の速度が上がって慌てて防いだディーナの顔には僅かに汗が浮かび非難するようにヘリオを見ている。

 

「不満そうですわね」

「そんな事はありませんよ」

「確かに、アマリナに手を上げたのは許せないけれど」

「……はぁ」

「なにかあるなら言ってくれるかしら?」

 

 「なんでもありませんよ」と言いながら剣を振るうヘリオは溜め息を吐き出してしまった。自身の主の勘違いは今に始まった事ではないし、自分も相当に慣れていたつもりであるけれど、まだまだであったらしい。

 

「そのアマリナは?」

「今は私の部屋で眠っていますわ」

「そりゃぁ羨ましい」

「代わりませんわ、よっ!」

「そりゃぁ、残念です」

 

 ディーナの鋭い攻撃もあっさりと防御してみせたヘリオはムッとしたディーナにまた睨まれる。

 ムキになったのか、それともあっさりと防御されたのが悔しかったのか、ディーナの激しい攻勢が始まるも、その全てはあっさりとヘリオに防がれる。

 幾つも響く剣戟の音と火花。

 

 ヘリオが何かに気付いたように、ディーナの剣を大きく払って一歩下がる。ディーナはそこまで余裕があったのか、とまた一瞬だけムッとした表情をしてから、すぐに表情を戻してヘリオの視線の先である自身の後ろへと振り返る。

 そこに居たのは女生徒である。今日、自分の目の前に立ち塞がり、アレクを守った女であった。

 

「あら、こんな時間に外出だなんて。危ないわよ、ベーレントさん?」

「その……ゲイルディアさんとお話をしたくて」

「私に話す事はありませんわ。早く寮に戻りなさい」

「どうして、弟さんを殺そうとしたの?」

 

 取り付く島も用意しないようにバッサリと距離を置いたのだけれど、アサヒはそれすら乗り越えようと、答えるまでずっと訊き続けるぞと言わんばかりの視線をディーナへと向けた。

 

「……ゲイルディアの為ですわ」

「それでも弟さんなんだよ?」

「そうね。それでもあの時に殺しておけば、将来の憂いがなくなったわ」

「そんなの……悲しすぎるよ」

「あの選択に悔いもありません。ゲイルディアとして、間違った判断ではなかったと自負しています」

 

 それでも、と小さく口にするアサヒにディーナは目を背ける。後頭部で簡単に纏めただけの馬の尻尾のような髪先を指で弄り、モゴモゴと口を動かす。

 

「ベーレント。ゲイルディアとして、と言っただろ?」

「え?」

「お嬢だって、本心じゃどう思ってるんだか」

「ヘリオ! 黙りなさい!」

「それって……」

「ああ、もう! 早く寮に戻りなさいベーレント! 鍛錬の邪魔ですわ!」

「ご、ごめんね!」

 

 慌てて逃げるように、けれども「頑張ってね!」と残して去ったアサヒを溜め息混ざりで見送ったディーナは後ろからの視線を返すように睨む。

 

「何か?」

「いえ、素直じゃねぇなぁ、と」

「……演技ですわよ」

「ええ、そうですね。演技ですね。ベーレントを前にすると氷も溶けるようだ」

「魔法を受けたいのならそう言ってくれればいいのよ、ヘリオ」

 

 「おお怖い怖い」と両手を上げたヘリオに相変わらずの怖い笑顔のディーナは夜空を向いて、一つ深呼吸をしてから顔を下げる。

 

「――そうね。私が強ければアレクが侮られる事もありませんわね……。戦争でも起こらないかしら?」

「お嬢、その思考はどうなんです?」

「冗談ですわ。……半分ね。手っ取り早いのは騎士号かしら……。なるべく早く取りに行くべきね。その時は着いてきなさい。貴方もアレクを教えるにあたって必要になるでしょう」

「へいへい。お嬢の御意のままに」

 

 必要無いから、と取りに行く事もしなかった称号をディーナが取得しようとしている事にヘリオは人知れず肩を竦めた。直近の受験者はディーナの力を誇示する為の土台となる事だろう。それがゲイルディアの為であるのならば、なんの躊躇もなくしてのける事をヘリオは知っている。

 ソレを止めないのは、その主の為に何の躊躇もなく行動するのが自分だからである。

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