悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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02.悪役令嬢は魔法を使いたい

 魔法と聞いて心が躍らない訳がなかった。当然である。魔法という言葉だけで男はいつだって瞳を輝かせる事ができるのだ。

 一度だけでも「僕は魔法使いなんだ」とか言いたいものである。尤も、この世界では魔法使いがそれなりに存在するらしいので、魔法使いを自称した所であっさりとした反応をされるだろう。

 そんな俺が魔法を学ぼうとするのは当然の結果であり、ありがたい事に貴族である我が家には蔵書がそれなりにあり、そしてその中に魔法関係の本もあった。あるにはあったのだが。

 

 

 読んでいた本を閉じて溜め息を吐き出す。学問としての本を求めている自分にとってこの偉人らしき魔法使いが尊大に自己の素晴らしさを耽美に飾った文章群を読むのは辛い。いいや、確かに読み終わりはした、目の滑る偉業の数々に眉間を寄せながら、全くもって無意味な時間を過ごしたと……ああ、いや、文字を学ぶという事に関しては実に有意義な時間であった。それ以上の価値はない時間でもあったが。

 魔法の秘匿、という事を最初に考えた。あまりにもここに存在する魔法の教本が似たような、まるで物語宜しくな、いかに自分という魔法使いが素晴らしいのかを綴った物が多すぎたからだ。

 魔法の秘匿であったのならば、この無意味の本塔はまさしく錬金術師のメモのようなものなのかも知れない。まだ料理のレシピであったならばその謎解きに俺は躍起になっただろう。

 

 魔法の基礎的な部分を理解していない事は確かだ。体内に存在する魔力という物が俺には理解できていない。それはディーナとして生きているにも関わらず『俺』という部分が邪魔をしているのだろう。

 こういう時、よくある転生者はあっさりと自身の中に違和感を覚えて「なるほど! これが魔力なんだ!」とか言ってのけるのだけれど、さっぱり俺にはその兆候はない。

 いくら自身の中へと集中した所でそれはさっぱり感じない。違和感などない。流れる何かや、宙に何かを感じる訳でもなく、両手を向かい合わせた所でその中空に何かが浮かぶわけでもない。魔法ってなんだよ……、魔力ってどんなのだよ!

 それでも俺が魔法を求めてしまうのは魔法という魅力に取り憑かれてしまっているからだろう。魔法って言うのはね……夢みたいなもんなんだよ。だからこそ追い求めてしまう。この自尊心をインクにした文章だって読もう。読んでやろう。読んでやったぞ。ちくしょうめ。

 いくら読んだ所で自尊心や矜持以外にはこの魔法使い殿の偉業しか頭の中に入ってこない。使われた魔法の名称はあるけれど、それだけだ。どのような法則で、どのような理論で、どのような過程を経て、結果が出力されているのかはわからない。つまり、俺の、欲しい所が、ないって事だ!

 本を投げつけたい気持ちをグッと抑える。癇癪を起こすほど子供ではない。子供だけれど、俺はお嬢様であり、誇り高きゲイルディアの娘である。

 

「……そう、私はゲイルディアの娘なのよ」

 

 口から漏れた言葉と同時に口元が釣り上がる。なんて簡単な事に気付かなかったのだろうか。そう、俺は貴族令嬢なのだ。それも侯爵家である。この地位を使わずにどうする。

 そうと決まれば今まで読んだ本の塔にも意味が出てくる。その中の一冊。尤も、そこに出てくる自尊心の持ち主ではなく、そのバーターとして登場した偏屈で嫌味な()

 

 あとは接点ができるかどうかである。いいや、接点など作ればいい。それだけの力が私の家名にはある。あると思う。あると信じてる。頼む。俺はこんな自尊心の塊のオッサンに教えられたくない。できれば美人なお姉さんに教えてもらいたいんだ。手取り足取り、教わりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はじめまして、ディーナお嬢様。私はシャリィ・オーベと言います」

 

 自分の猫なで声に嫌気がさして数週間。我が父は俺の願いを叶えてくれた。果たして、どのようにして目の前の女性をこの場に呼んだかは俺にはさっぱりわからない。なんで顔が真っ青なんですかね……。

 確かに魔法を学びたい事とどうしてもシャリィ・オーベという人物から学びたい事を父に言った。言ったよ。それこそ猫なで声で言ったさ。お父様は我が子には甘いのである。同時に厳しくもあるけれど。

 何? 実は政敵だったのだろうか? いいや、あの自尊心が綴られた文章から彼女が男爵の位であるが、魔法の研鑽に没頭している筈だ。ものの見事に厭味ったらしい文章で紹介されていたのだから、そうなのだろう。

 

「はじめまして。シャリィ・オーベ様。ご気分が優れないようですが……」

「ああ、いえ、その……長く馬車に揺られていたので」

 

 まるで売られた家畜の気分でした。と小さく漏れた言葉は聞かなかったことにしよう。うん。外聞は知らないけれど、きっと我がゲイルディア家に招かれて地位の差に緊張しているのでしょう。そういう事にしよう!

 と言っても、こちらは所詮三歳の少女である。そんなに緊張されても困る。シャリィにしてみれば「魔法の教育者」として呼ばれたが蓋を開けてみれば「子守」である現実の差もあるだろう。けれど俺にはそれほど時間がないのだ。無いことはないけれど、俺は百合ハーレムの為に頑張ると決断しているのだ。

 だからこそ、俺は目の前にいるシャリィに魔法を学びたい。コレは真摯な気持ちだ。下心もあるけれど。

 

「オーベ様はどのような魔法が扱えるんですか?」

「……ええ、そうですね。私が扱う属性は……水が主ですね」

「まあ! 先生、嘘はいけませんわ」

 

 俺の言葉にピクリとオーベが反応する。三歳と侮る事なかれ、中身はオッサンだぞ。それにこの無意味な塊をまるで錬金術のレシピの如く読破してしまった人間でもあるんだぞ。

 自尊心の塊を見せてやれば、シャリィは顔を見事に顰めてしまった。せめてもう少し隠してほしかった。

 

「この本にはオーベ様が――」

「その中に私が書かれているようですが、()()()()に私は嫌味で偏屈な存在ですので――」

「では、本当に属性魔法のすべてが扱えるのですね」

「……」

 

 そう、目の前のシャリィという人物だが紛れもない天才である。魔法の天才なのである。尤も、彼女自身は本など一切出していないし、この本の中に登場したのも見事に数行である。その数行の中に如何にこの女が狂った研究をしているかが書かれているのだ。

 シャリィは目を見開いて、細めて俺を観察する。どうやらようやく俺を見てくれたようである。

 

「たった数行ではさっぱりわかりませんが、他の本では属性魔法というのは各個人によって定められているとのことでしたが……」

「何を馬鹿な。確かに各個人により属性魔法の得意不得意はありますが定められているという事はありません。確かに現在魔法を扱う者が単一、或いは二重属性を扱い、それに属性を定めて研鑽するのは正しい姿であるように思えます。けれどその研鑽方法も魔力と思考能力、想像力に重点を置いた非効率極まりない方法であることはご存知でしょう? ならば効率的な方法とは何か、そもそも魔法とは何か、魔力とは、それらに疑問すら持てずに他人をこき下ろし、自身の栄誉と功績に腰を落ち着けた愚鈍な魔法使いにはわからないでしょう。ええ、そう、理解などできるわけがない。魔法式も世界への通貨も何もかもがわかろう筈がない。現に私は魔法式を知り、扱い、故に大凡全ての属性を扱えるというのにそれを私がハーフエルフだという理由だけで否定したあの馬鹿達には――」

 

 苛立たしげに、そして自身の理論が如何に正しいかを早口で延々と吐き出す彼女を見ながら俺はどこか懐かしさを感じてしまう。いや、こういった学術的な事に対して親しみを持つ程俺は知性を持ち合わせていなかったが、同時にこれだけ好きな事をまあ飽きる事もなく延々と喋り続けてしまう存在はよく知っている。

 悲しい事に、いつだって気付くのは延々と好きな事を喋り終わってから相手の反応を見てからなのだ。よく、知っている。悲しいことに。

 

 しかし、ハーフエルフか。女性に魔法を手取り足取り教わりたいという実に下心だらけの願いであったけれど、思わぬ利点であった。つまり、目の前にいる彼女は俺が大人のレディになっても目の前の姿であるのかもしれない。

 淡い金色の髪に少女よりも少し年を帯びた童顔と身長。慎ましい胸もまたそのおさな……若さを印象づけるものなのだろう。うん、実に、良い。

 記憶のドコかに存在していた嗜虐心が擽られるが、今の俺にそれは必要ない。今は力を蓄えなければいけない。

 

 延々と喋り続ける魔法がようやく解けたのか、シャリィは息を整えて、用意されていた紅茶に口をつける。そしてようやく落ち着いたのか、見事なまでに感情的でありながらも学術的で専門的な発言を延々としてしまっていた事に気付く。

 手に取るようにシャリィの気持ちがわかってしまう。確かに好きなことは喋り続けちゃうよな。それで引かれるんだよな。わかるよ。特有の早口とか散々揶揄されたからな。でも喋ってる時は気持ちいいもんな。相手がわからなくても、喋ってしまうんだよな。わかるよ。わかる……。

 だからこそ、俺はシャリィの為にニッコリと笑みを浮かべる。

 

「なるほど。専門的な事はよくわかりませんでしたが、その……魔法式? でしたか、それを学べばよろしいのですね?」

「……」

「えっと、オーベ様?」

 

 目を見開いて停止したシャリィを見つめる。おいおい、たぶん、恐らく好かれるだろう発言をしたんだけど、間違ってたか? いいや、合っている筈だ。俺の経験に基づいた発言だ。……うっ……ぐす。

 シャリィは瞼を閉じて、仕切り直すように目を緩りと開いた。

 

「ああ、いえ。そうですね。家名で呼ばれ馴れてませんので、シャリィで構いません」

「わかりましたわ、シャリィ先生」

「先生。そう、先生です。ええ、ええ、そうです」

 

 先生と一言言った途端ニヤける顔すら隠す事なくシャリィは何度も「シャリィ先生」と呟いてる。ちょっとだけ不安になってきた。いいや、それでも傲慢で文字を書いている世の魔法使い殿よりはマシな筈だ。たぶん、きっと。

 いや……ホント、頼むぞ……。

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