悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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些細な部分ですが、重要な部分を修正致しました。
この話での結末に変化はありません。
この話の結末は変化しました。


29.悪役令嬢を罰したい!

 叙任式はアッサリと終わった。散々陛下と打ち合わせなどをしていたし、今更とやかく言う存在もいないのは目に見えていた。それでも緊張はするもので、陛下から剣を受け取る時にお腹が痛くなったのは俺だけの秘密にしておこう。

 叙任式も終えて、次は舞踏会という事で俺はせかせかと王都にある屋敷へと戻って着替えを行わなくてはいけない。騎士としての格好で出てもいいのだけれど、それが許されないのが俺の立場である。ドレスとかよくないです? 俺は男装の方が楽なんですけど……。

 それでも許されないのである。騎士という立場よりも先にリゲルの婚約者という立場が前に出てしまうのだ。俺だってスピカ様と踊りたいの! その為だけに男側の踊りも覚えたの! まだ公式の場で踊ったこと無いけどな!!

 

「アマリナ、準備は出来ていて?」

「はい、お嬢様」

 

 静静と頭を下げたアマリナは相変わらずのメイド服である。別に着いてくる理由も無かったのだけれどアマリナが俺を一人にしたくないらしい。いやー、モテる男は辛いなぁ! げへへ。

 実際の理由は目を離すと無茶をしでかす、という事を俺は知っている。アマリナの上司であり執事長であるリヒターからの命令でもあるし、シャリィ先生からの言いつけでもある。なんで知ってるかって? 俺の目の前で言われたんだよ……。シャリィ先生にぶーぶーと文句を言えば「こうして言えば貴女は無茶をしないでしょう」とか言われるし……。なら直接言えば良かったんじゃないんですかね……。

 俺がいつ無茶をしたって言うんですか! はい、ごめんなさい。やめてそんな目で見ないで。確かに目と腕と一つずつ持っていかれたけど、守ったモノを考えれば安くない? 実際安い。

 ともあれ、普通のメイドでは俺が無茶をやらかす可能性を考えてアマリナに任命されたお目付け役である。都合のいい事にアマリナは王城に入る許可を得ている。舞踏会には出さないけれど。

 可愛いアマリナがクソみたいな害虫に寄って集られる心配は無いって事だな! そんな害虫が居たのならば吹き飛ばしてやるが、その心配は限りなく少ない訳である。

 

 騎士としての男装からいつもよりも綺羅びやかなドレスで着飾った俺はそれなりに綺麗である。まあ俺よりも綺麗で可愛い女の子など舞踏会には腐る程存在するので比べる意味もないけれど。その女の子の大半は相変わらず俺に近づいてくれないし、近づいてくる女の子達は腐ったような思惑が見え隠れするのだから考え物だけれど。

 そんな中、心の清涼剤たるスピカ様もきっと参加なされるし。俺はもう死んでもいいかもしれない……。いや、もう少しは生きるんだけれど。

 更に言えば、参加者の名簿を事前に確認したけれどアサヒも呼び出されているらしい。ベーレントとして出てくるのか、それとも誰かに呼ばれたのか。それは俺にはわからない。大丈夫? あの娘、舞踏会とか初めてでしょう? 俺が手取り足取り何取り教えてやるからなぁ。うぇへへ。

 

 さて、問題はアサヒを呼んだのは誰か、である。

 リゲルが呼んだのであれば、俺が上手く立ち回ってアサヒと俺との仲の良さをアピールしておかなければならない。そうしなければアサヒが面倒極まりない政治に巻き込まれるだろうし、後々を考えても仲が悪いなどと噂が立てば面倒だろう。

 ベーレントとして来るのならば、それほど気にしなくても良い。尤も、彼女もリゲルもたぶん周りを見てくれないのである程度のテコ入れは必要になるだろう。胃が痛くなってきた。

 問題はそれ以外の場合である。

 表としてはリゲルとアサヒのフォローは前提条件である。無視しても俺は構わないのだけれど、後々絶対に響く。正妻に子供がいないとか、俺の死亡理由とか。その辺りは未来の俺が上手く動いてくれるだろうけれど、それでも今打てる手は打っておくのがいいだろう。

 裏を考えれば、アサヒへの報奨が無い事への非難。これは可能性がそれほどない。オークの討伐に関してはアサヒが混じった所で俺の報奨に変化がないし、誰かがアサヒを通じてその報奨を使うとしてもアサヒにそういった繋がりはなかった。俺が知らないだけの可能性もあるけれど、それはあまり無いだろう。あの天然太陽娘が腹黒などとはあんまり考えたくない。

 二つ目としてはアサヒとリゲルの関係を露呈したい人物。これに関しては俺も賛成である。この人物としてはアサヒを前に持っていって俺を蹴落としたいのだろうけれど、残念ながらそうはいかないのである。俺とアサヒは仲いい……仲いいよね? 俺が勝手に思ってるんだけど……。ともかく、それなりの仲である事を知らずに、噂を信じて俺の対抗として押し上げたか。無駄である。俺はアサヒと戦うつもりなど無いのである。むしろ推してる。

 三つ目。俺と思惑が合致している人物。であるが、そんな人物は陛下しかいない。お父様ですら俺の本心は知らないだろう。陛下も俺がスピカ様をちゅっちゅっしたいとは思ってないだろうけど。なのでこれも除外である。

 

 

 馬車に乗り込んで、アマリナが対面に座る。カタカタと揺れながら走り出した景色を見ながら口を開く。

 

「それで、こちらを調べている人物は掴めたのかしら?」

 

 王都に到着して、叙任式の打ち合わせの最中に裏で動かれる事は面倒極まりなかったけれど、ゲイルディアとして王都に来れば毎回の事なのでいい加減に慣れている。

 それでも叙任式の邪魔などを考えれば早期に調べるしかなく、アマリナには無理をさせてしまった。

 

「はい。随分と杜撰でしたので」

「あら、珍しい事もあるのね。誰かしら?」

「レーゲン様でございます」

「……へぇ」

 

 レーゲン・シュタールが。なんとも柄に無いことをするものだ。あの脳筋そんな事も出来たんですねェ……。

 あのレーゲンが個人として俺を調べるとは思えないから、リゲルからの命令かな? 気付かれるにしては早かったな。やっぱりオーク討伐で動いちゃったのが問題だったのだろう。陛下から許可を貰っていてよかった。

 レーゲンを選んだ事はいい事だろう。彼が脳筋であろうがなかろうが、騎士家系という事もあり横の繋がりも多く情報が集まりやすい。いや、リゲルとしてはレーゲンしか手が無かったのかな。

 ニヤニヤしている俺をジッと見るアマリナに気付いてコホンと一つ咳払いをする。

 

「まだ何かあるのかしら?」

「いえ。それにしてもよかったのですか? 情報を幾つか渡して」

「必要な事よ」

 

 それを有用に使えるかは、リゲルの力量に依るけれど。今渡している情報だけでも俺の立ち位置に行き着く事は可能だろう。それでも情報は足りないから、もう暫くは情報を小出しにしていくべきだろう。

 さて、彼はいつ俺の事に気付くだろう。卒業までに気付いてくれれば、嬉しいけれど。

 

 

 

 城に到着した俺を待ち受けていたのは祝辞の嵐であった。ものの見事に普段は俺に近付きもしない奴らが俺へと寄ってくるのである。歯が浮くような言葉と一緒に空々しい見え透いたお世辞が並べられて陳列されれば疲労を感じてしまうのも仕方のない事だろう。尤も、表情には出さないけれど。

 これでもゲイルディア家という家名のお陰で表情筋は鍛えられているのだ。お前ら、俺の事を綺麗だのなんだの言ってるけど、向こうにいるお嬢様達の方が綺麗だからな? もっとちゃんと見ろ?

 頭の中でヤバそうな誘いをしてきた馬鹿達をリストに上げていく。裏取りして、何かありそうならお父様に報告しておくべきだろう。またお父様が悪巧みしていると思われるけれどソレは世の常なので気にしない事にする。あの悪役は悪い事を考えているのだ。間違いないね。

 

「これは、ディーナ嬢。いえ、ゲイルディア卿と言った方がよろしいか?」

「イワル公爵。騎士号を得ても、私は未だに若輩ですので……」

「ハッハッハッ、オークを単独で撃破した者にしては謙虚なお方だ。ではディーナ嬢、改めておめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 ひょろ長い体と糸目。人懐っこい笑みを浮かべるイワル公爵。軍事国家たるシルベスタには珍しい文官気質の人物……だった筈。あまりこうした舞踏会には出ていなかったから詳しくはわからない。

 陛下のお気に入り、というには少し語弊があるけれど国になくてはならない存在である事は間違いなく、現在の俺の地位で言っても、お父様の地位としても歯向かえば面倒な相手である事は間違いない。当たり障りのない笑顔を浮かべておく事に間違いはないであろう。

 

「しかし、殿下も果報者ですな。ディーナ嬢のような美しく強い女性が婚約者とは」

「……私など、ありふれた娘でしかありませんわ」

「おや、謙遜も行き過ぎれば嫌味に聞こえますな」

「そんなつもりはありませんわ。それに――」

「それに?」

「いえ、なんでもありませんわ。少し疲れたので涼んで来ますわ。失礼いたします」

 

 続く言葉は、ありふれているだろうアサヒにリゲルを取られてしまったのだから、婚約者としては二流であろう。そんな皮肉は今は言う必要はないし、これから先も無いだろう。

 二流であろうと、リゲルもアサヒも守れるし、何も問題はない。それにスピカ様も愛でれるし、アサヒとも仲良くできる。むしろ良しなのでは?

 

 バルコニーへと逃げて一つだけ息を吐き出す。頭の中のリストに書き込まれた数人を思い出し、危険度別に分けていく。取り留めのない馬鹿達はどうでもいいとして、問題はイワル公爵である。政治関係に強く出る事が出来る彼がどうして俺なんかに声を掛けたのだろうか? たぶん、ゲイルディアへの釘刺しが目的だろうか。別に悪いことはしていないというのに。

 表立って政敵という訳ではないけれど、彼と繋がっている貴族達の幾つかはゲイルディアに対して悪感情を抱いた筈だ。それを言い始めればイワル公爵の繋がりが多すぎるのも問題なのだけれど。

 

「アマリナ、冷たい飲み物を持ってきてくれるかしら?」

「承りました。お嬢様」

 

 誰もいないバルコニーからアマリナの声が響き、トプンッと影が波打つ。メイドという立場である彼女に舞踏会を楽しめ、というのは酷な話ではあるけれどそこまで俺を監視しなくてもいいと思う。俺は不発弾か何かなのか? ほっとくと爆発するように見えてるのか? 見えてるんだろうなぁ……。辛い。

 それでも不発弾なりにその存在が危険であるとわからせる必要もある。撤去されるのは御免被りたいけれど。

 

「それで、リゲル様も私に祝辞を言いに来たのかしら?」

「……気付いていたか」

「ええ。うんざりする程聞いた祝辞よりもリゲル様の視線の方が気になりますわ」

 

 カーテンの影から出てきたリゲルに笑い掛ける。

 だってさー、リゲルが会場に来てからずっと俺の方を見てるんだぜ? 気付かない方が無理がある。尤も、俺に話しかけるのは躊躇していたので祝辞で無い事はわかっているのだけれど。

 ありふれた祝辞を言うなら会場でも構わないし、俺がこうして一人になるのを待たなくてもよかった。

 

「何を悩んでいますの?」

 

 悩んでいる、と言うべきか俺に掛ける言葉が見つからないのか。どちらにせよ、彼は悩んでいる。これでもそこそこ長い付き合いであるし、彼が悩んでいる表情なんてどれだけ隠してもわかる。その中身はわからないけれど。

 悩む理由、俺に対して言葉を選んでいるという事はアサヒの事だろうか? それなりに負い目は感じてくれているようだけれど、俺としてはむしろ仲良くしてほしい。そんな俺の気持ちは隠すのだけれど。

 それとも、俺がリゲルに隠れて動いていた事に行き着いたのだろうか? もしも、そうであるならば少ない情報で行き着いた事を褒めるべきだろう。もしくは探りを入れに来たか。

 ふわりと、冷たい夜風が髪を揺らした。彼が口を開いてくれるまで、もう少しだけ待とう。

 

「……ディーナ、約束は覚えているか?」

「当たり前ですわ」

「そうか」

 

 幼い時にした約束は俺の誓いである。それはいつの間にか変質してしまっているけれど、俺の中に確かに根付いた誓いに他ならない。だからこそ、忘れる訳がない。

 俺が一方的に結んだ約束が今この場に何の意味があるのかはわからない。他者の思考を読むなんて芸当はできないから、彼の言葉から推察するしかないのだけれど判断材料は少ないな。

 

「お前は……お前が裏で動いていた事は事実か?」

「どういう事かしら?」

「お前の事を少しだけ調べさせた」

「あら。言ってくれれば私の事なんて教えて差し上げたのに」

「惚けないでくれ、ディーナ」

 

 真摯に俺を見つめる彼はどこか泣きそうで、揶揄(からか)うには少しだけ申し訳なく感じてしまう。

 クスクスと笑いながら考える。

 俺が裏で動いていた事。与えた事実。他から集めた情報。それら全てを加味して、半信半疑か六割程俺の事を信じてくれているのだろう。だからこそ、約束の話を持ち出したのか。

 それでも四割の疑いがあったからこそ、慎重に探りを入れに来たのだろう。慎重、というにはお粗末だけれどそれは追々に教えていけばいい。

 及第点。とリゲルを評価できるほど俺自身に力はないけれど、それでも情報に関しては俺に一日の長がある。

 それにしてもやっぱりオークの討伐で動きすぎたのが問題だったか。体が勝手に動いちゃったから後悔も反省もしてない。これを言うとシャリィ先生とアマリナに怒られるから口にはしないけれど。

 

「誰かに聞いたのかしら? それとも自分で気付いたのかしら?」

「答えてくれ、ディーナ」

「ええ、それは事実よ」

 

 俺は微笑んで答えた。事実は事実である。彼の推理が正しいと俺は答えなくてはいけない。ここではぐらかして変に拗れるのも問題であるし。それなら全てを彼に伝えた方がいいだろう。

 これで俺が表立って彼を脅威から守る事もできるし、何より彼の無茶を止める事ができる。今まで助言しか与えられなかったけれど、忠告と警告を出せるのだ。

 

「何故、あんな事を……」

「何故? 全て貴方の為ですわ。そうでなければ必要もありませんもの」

「アサヒの事も……、そうなのか?」

「あら、そんな事まで調べられていたなんて。だって、彼女。簡単にリゲル様に近づいたでしょう?」

 

 だから身辺調査も仕方ない事である。結果だけ言えばまったくの無害だったけど。

 それにしてもアサヒの身辺調査まで調べられていたのか。俺の情報収集能力はやっぱりまだまだである。網はある程度広げたつもりだったけれど、隙間が空いていれば価値が無い。

 

「お前が、アサヒを虐げていた原因なのだな……ッ」

「――なにを」

 

 息を飲み込んだ。自分の中で緩んでいた空気が一気に冷たいモノになる。どうして、何故リゲルは俺に敵愾心を視線に込めて向けている? なぜ、どうして。

 

「惚けるな! 俺の為だと!?」

「待って、待って下さい! それは誤解ですわ!」

「黙れッ!」

 

 なんで、どうして……。いや、そんな事を考えるのは後でいいことだ。今は否定をしなくてはいけない。

 とりあえずリゲルを落ち着けて、なんとか話を聞いてもらえる状態にしなくてはいけない。ああ、もう、どういう事だ。落ち着け、落ち着け。頭を回転させろ。

 

「リゲル様、少し落ち着いて下さい」

「落ち着け? 落ち着いてなどッ、()()は自分が何をしたかをわかっているのか!?」

「私は――」

「リゲル……? それにディーナさんも……何か、あったの?」

「アサヒ! ディーナに近付くな!」

 

 なんてタイミングの悪い! どうしてこのタイミングでアサヒが来た! 誰かが呼んだ!? 何故!? 仕組まれていた!? どうして!? なんで――いや、俺が混乱してどうする。頭を落ち着けろ。冷静になれ、ディーナ・ゲイルディア。お前が思考を乱してどうする。

 考えろ。考えるしかないのだ。

 状況は最悪だ。アサヒを守るリゲルも、リゲルに守られているアサヒも。そして追い詰められている俺も。何もかもが最悪である。どうしてこんな事になったのかが理解できない。いいや、原因の究明など事が終わってからいくらでも出来る。今はこの場を脱しなくてはいけない。どうやって?

 リゲルは既に俺に疑いを持っている。俺が何を言った所で彼は俺を否定するだろう。それが真実であろうと、そんな事はどうでもいい。意味がない。彼を納得させる材料にはなりはしない。

 王命であった事を告げるのも、また悪手だ。それは俺がした事への弁明に成り得ない。さらには陛下とリゲルの関係に罅が入る可能性もある。

 

 リゲルに隠されたアサヒの視線がぶつかる。疑い、であるけれど否定の色が強い。けれど、だからこそ、この時点で俺を信じればリゲルとアサヒとの関係にも溝ができるかもしれない。

 否定すれば、きっと頭お花畑のアサヒは俺を信じてくれるだろう。けれど、既に遅い。今この場でアサヒを味方に着ければ、アサヒの立場が弱くなってしまう。それは何の解決にすらなっていない。

 最初からこの場にアサヒがいたのならば、変わったのかもしれない。けれど、この場には居なかったのだ。

 

 

 俺は、詰んでいる。

 どの手を打った所で何かしらの悪影響があり、それは後々まで響いてしまう。

 信じられなかった。信じられてなどいなかった。

 呼吸が詰まりそうになる。空を向いて無理やり空気を通す。熱くなる目頭も、見せてはいけない。顔を両手で覆い隠す。

 何が、どこを間違えた。答えをくれる存在などいない。最初からわかっていた事である。この世界に神様などいないのだ。

 だからこそ、俺は考えなくてはいけない。自身で選択をしなくてはいけない。

 

「くふ、ふふははははははははははははははははははッ!」

 

 両手の隙間から嗤いが溢れた。瞳が熱い。鼻の奥がツンとする。それでも、それでも全てを無視しなくてはいけない。

 俺はリゲルの婚約者であり、ディーナ・ゲイルディアであり、この国の未来を考えなくてはいけない。だからこそ、貴族として、ゲイルディアとして、私は選択しなくてはいけない。

 自身の弟であるアレクに下した判断の様に、非情に成りきらなくてはいけない。

 その結果が何を示すか、わかっていても。

 

「ああ、もう少しだったのに。もう少しでそこの小娘を貶めれたのに」

「ディーナさん……本当、なの?」

「喋らないでくださる? 貴女が悪いのよ。リゲル様に近付くから、全部狂ってしまいましたわ」

 

 アサヒが無駄な事を喋らないように睨んで封殺する。これ以上、拗れた場合の方が面倒に違いない事はわかっている。だからこそ、少しだけ黙っていてほしい。

 視線をアサヒからリゲルへと向ければ、俺を睨んでいる。そんな表情も出来たんだな。

 

「アサヒを虐げた理由は……俺の婚約者になった理由は地位か」

「さあ? 私の目的なんて、もうリゲル様には関係のない事でしょう?」

「……そうだな」

 

 それは最早意味のない問いである。偽りであっても、既に彼には関係のない事でしかない。だからこそ、迷わせる必要はない。

 既に詰んだ盤面である。それを考えうる最善で終着させる必要だけがある。それだけなのだ。

 

「それで、私をどうするのかしら? 貴方に出来る事は、精々婚約の解消でしょうけれど」

「……」

「ああ、それとも針千本でも飲み込みましょうか?」

「その必要はない」

「あら、残念。少しでも貴方の心を蝕む事ができると思ったのに」

 

 リゲルはやはり俺を睨んでいて、俺はそれから逃れるようにクスクスと笑みを浮かべてみせる。

 

「……ディーナ。お前を愛していたぞ」

「ええ、リゲル様。私も愛していましたわ」

 

 これは本心である。それは恋愛ではないことは確かであるが、俺はリゲルを愛していた。

 それだけだ。それだけが言えればいい。後処理を考えるのも、もう無理だ。表情を作り続ける事も危ういかもしれない。地震でも起こったように足元が揺れる。それでも俺はしっかりとこの場に立っていなくてはいけない。

 掠れて、出そうにない声を無理やり出す。

 

「それでは殿()()。お幸せに」

「ああ、()()()()()()()。二度と俺に顔を見せてくれるな」

 

  息が詰まりそうになる。頭を下げて、揺れる床を真っ直ぐに歩く。背筋も確りと伸ばして、顔には余裕の笑みを浮かべる。まだ公共の場であるから、油断など見せない。

 アサヒの横を通り抜けたけれど、こちらを恐ろしいモノを見るように怖がっていた。申し訳ない気持ちが湧いてきた。もっと上手く出来ていたならば、と考えてしまう。

 きっと。

 それでも。

 どうして。なんで。どうして……。

 引き攣る喉に無理やり力を入れて呼吸を正す。歯を食いしばり、溢れ出そうになる感情を抑え込む。

 

「お嬢様」

 

 ようやく、俺の後ろに居たらしいアマリナに気がついた。心配そうに俺の顔を見るアマリナであるけれど、それでも俺は気を緩めない。きっと緩めてしまえば止めどなく溢れてしまう事が容易にわかってしまう。

 

「アマリナ。私は、上手く笑えていたかしら?」

「……はい。馬車の準備を急がせます。陛下にはメイド伝いで伝えておきます」

「ありがとう。……なぁ、アマリナ」

「はい、ディーナ様」

「俺はどこで間違えたんだろうな」

 

 もはや瞳から流れ出てきた熱い液体を止める事は出来なかった。それを隠すように俺を抱きしめたアマリナに俺は縋り付くしかなかった。

 

 俺は、この日。この人生においての全てを失った。

お竹先生へのご依頼(許可貰ってるので大丈夫です)

  • ディーナ様(近衛騎士)
  • スピカ様
  • シャリィ先生
  • アサヒ

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