一年の準備期間を経て、ようやく街道整備に着手できるようになった。俺の予定ではもう暫く掛かってしまう目算であったけれど、フィアとベガがかなりフォローしてくれた。
ベガは何のツテかわからない商人連中との間を取り持ってくれたし、フィアは頭の回転が物凄く良いので非常に有用である。教えた端からちゃんと実行できているし、今も政務関係で俺の補佐に置ける程度には重宝してる。何より出生や元々の所属が明らかになっているのもよかった。
ベガに任せる事もできるけれど、アレはあくまでお父様から遣わされた存在であるし、上手く使おうにも扱いが難しすぎる。それでもカチイの発展においては尽力してくれているのはわかるので、ある程度俺が自重していれば勝手に動いてくれる。赴任当初にあったゲイルディアの利得になるように動く事も無くなったので俺を見定める期間は終わったようで安心である。
口には出さないけれど、フィアとレイを身内に入れたことで街の犯罪率が下がった事も俺にとっては嬉しい出来事である。反面、今まで起こっていたスリ被害の半分以上がフィアとレイが行っていた事である証明でもあったので頭を抱えたけれど。
フィアは俺につけて政務を教えているが、生意気極まりないレイはといえば。
「おい、茶を淹れたぞ」
「……貴女は一年経っても相変わらずの口調ですわね」
「なんだよ。アンタが別にいいって言ったんだろ」
「またアマリナに怒られますわよ」
「っ……」
ツンツンだった赤毛は撫でつけられ、ここ一年で少年ではなく少女に見えるようになってきたレイはメイドの格好をさせている。レイの扱いはそれはそれは非常に、非常に、力を入れた。
そつなく熟すフィアと違って、レイは俺に対してこんな態度であるし、それはもうアマリナが激怒した。激怒と言っても表情で言えば珍しくわかりやすい笑顔を浮かべていたのだけれど、それはもう怖かった。ヘリオなんてその時点で「おっと、警邏に行ってくるかな」と非番の癖に逃げ出す程であった。俺も逃げたかった。逃げられなかった。
ともあれ、メイド教育はアマリナに託して俺はフィアの教育を行ったのだけれど、翌日会った時のレイがガタガタ震えながら「オジョウサマ、ワタシハオジョウサマノメイドデス」と言っていたのは怖かった。
アマリナが鞭になっていた分、レイが適度に甘くしている俺に懐くのは早かった。懐いた、と言っても主従としての関係であったし、この娘はこの娘で器用なのである程度はすぐに覚えてくれた。お茶はアマリナの方が美味しいけれど。
器用さや敏捷な身のこなしをメイドとして使うには勿体無い。
更に言えば、二人は危うさがある。相手の為に自分の身を犠牲にしようとするのはいいが、如何せん弱すぎる。意思だけでは守れる物も守れない。
彼女には日中はメイドとして、夜にはヘリオと俺の訓練を積ませた。理論として理解してくれるフィアとは違い、レイは理解はしてくれるが納得はしてくれない。自分なら、という意思があった。それを叩き折った。倒れ伏すレイに「相手だけじゃなく自分も大切ですわよ」って説教したらヘリオからどうしてか生暖かい目で見られたのもいい思い出である。
一年という鍛錬の期間は短いけれど、それでもミッチリと叩き込んだのである程度の有事には足が不自由なフィアとレイ自身を守れるぐらいは対処できるだろう。
「まだアマリナの方が美味しいわね」
「はいはい、わかりましたよーっだ」
「私はレイのお茶も好きよ」
「さっすがフィア!」
車椅子に乗りながら微笑むフィアは一年前まではスリを首謀していたとは思えない。貴族としての教育はしていないけれど、俺の右腕として側に着けるとなれば教育もしておいた方がいいだろう。
フィアはフィアで俺以外に対して牙を剥くことが多い。レイよりも多いが表情として見せていない分フィアの方が問題児だろう。有能に甘い蜜を吸わせて手綱を握っている俺とは違い彼女は清廉を求めたし、不祥事を纏めた資料を俺に提出してそいつらに対しての罰を求めた。
フィアの感情もわかる。なんせ元々平民であった自分達が収める税金の行方がわかってしまったのだ。それでも俺はソレを罰する事は出来ない。同情ではなく、慈悲でもなく、単純な利益の都合だ。
彼らが居なくなればその仕事は滞るし、何よりお父様の派閥以外から遣わされているのだから上手く使ってやればいい。顔だけで選んだメイド達もそうである。
壊死していない腕を切り捨てる気にはならない。自分の言うことを聞かない腕も、必要はない。金さえ与えればまともに働いてくれるのだから、マシだろう。
彼女の物覚えの良さはこういう俺の部分が原因なのだろう。彼女が使えるようになれば、更に出費が減る事だろう。
何にせよ、その時には俺は死んでいるだろうし。俺の全てはお父様に還元され、優秀であるのならばアレクも支えてくれるだろう。レイも付けて渡してやればアレクもこの面倒な政戦を耐え抜く事もできるはずだ。たぶん。
その辺りはアレクの成長具合によるし、いっその事フィアに政戦関係も教えておくか? 詰め込みすぎても覚えるだろう事はわかるが……。俺が死ぬまでに教えきれるだろうか。残りはベガとお父様に任せるか……。負担を押し付けるようで申し訳ないが、俺にどれだけ時間が残されてるのかもわからないしな。
「主様は私達二人を見る時、よくそうやって遠くを見てますね」
「そうかしら?」
表情に出てしまっていたか。なるべくバレないようにしていたつもりだったし、それなりに人を騙せている表情筋であるが、フィアには無駄らしい。
「はい。いつだってお作りになられてる表情より人間らしいです」
「……フィアも大概ね」
「恐れ入ります」
溜め息混じりにフィアに言ってやればニコニコと笑みを貼り付けて頭を下げやがった。隣に居たメイドのレイは首を傾げていて何かわかっていないようだ。
この娘はホントそういう所は容赦しないな。たぶん俺相手だからしてるのだろうけど、ベガ相手ならちゃんと自己制御してるだろうし。他の部下達にもそうであろう。
街の基盤は俺が居なくてもあとは勝手に進むだろう。商人連中をこちらに向かわせる事が簡単にはなったけれど、それでも餌が無い。現状であるならば行商達の商売に僅かに税を課してるけど、行商が好んで買う物品が少なすぎる。街道整備である程度の利益は出るが、やっぱり特産品が欲しい。
お金が無ければ魔法式の研究もできない。魔法石だってタダではない。やりたい公共事業もまだある。魔法石を売ろうにも俺の力量では足りなさすぎる。リゲル殿下やスピカ様に贈ったような魔法式を刻んだ魔法石を売ろうにも一般人どころか宮廷魔法使いにだって装飾品扱いである。かと言って装飾品扱いであるのならば価値がそれほどない。元手を割る。
「ディーナ様、シャリィ先生がお目見えです」
「先生が? 客間に通してくださる」
マズイな。何がバレたんだ……。
最近は事情の知らないレイを誘って魔法実験をしていたから怒られる要因はないと思うんだけれど。よもやアマリナにバレて伝わったか……? いや、アマリナが俺に不利な事をする筈がない。いや、魔法に関しては叱ってくるから可能性はある。
先程の声も少しだけ嬉しそうな感情が混ざっていたし、あのアマリナが嬉しそうとなれば……なんだろうか。カフスを贈った時も喜んではいた気がするけど、シャリィ先生関係だとわからないな。
事務をフィアに任せて客間へ移動する間にも心当たりを考えたけれど多すぎて特定できない。うーん……。
「お久しぶりです、ディーナ様」
「久しぶりですわ。シャリィ先生。それで、私が何かしましたか……」
安心してくれ。もう俺は謝る態勢だぞ……! 初手謝罪によって俺は心のダメージを軽減するぜッ!
「何かされたんですか」
呆れた目で返された。もしかしてバレてないのでは……? これは勝ったな。風呂入ってくる。
アマリナに視線を向ければこちらはこちらで首を傾げていた。やはりバレてないな。
意識を誤魔化す為に眼鏡の位置を直す。
「冗談ですわ。シャリィ先生もお変わりないようで」
ハーフエルフだからか、出会った時からあまり成長していないシャリィ先生は相変わらず小さくて可愛い。お肌もすべすべだし、たぶんもちもちしてる。
今となっては俺の方が身長も高いし、並べば姉妹のように見えるかもしれない。いや、シャリィ先生はゲイルディアのように悪い顔はしていないし、理知的な表情が似合う。
「それでどうかなさいましたの?」
「近況報告と貴女の確認です」
「私は変わりませんわ。眼鏡も眼帯もありますし」
「それでも確認は必要でしょう。見た所、予想よりも進行している様ですね」
シャリィ先生の予想は恐らく俺が魔法を行使していない場合の予想であろう。だから、彼女の予想よりも進行している。まあそれは別にいい。俺が死んだ所で世界は回るし、その準備もしている。
それでも魔法を使っている事を言外に叱られた気がする。両手を軽く上げて降参を示してからアマリナの淹れた紅茶を一口飲む。やっぱりアマリナの紅茶は美味しい。
「今はカチイの発展で手一杯ですので、片手間ですわよ」
「私は使うな、と言いませんでしたか?」
「……はて、愚かな教え子なので忘れましたわ」
「結構。結構。いつか躾しますのでご安心ください」
ヒェッ……。ニッコリと笑っているけどシャリィ先生が怖いです。デレ期はどこに行ったんだ!
「そ、それで、近況報告とは?」
「ええ。カチイにエルフの織物を卸しませんか?」
「……エルフとの交流はありませんわよ」
「その辺りは私が繋ぎました」
エルフの織物ならあの愚鈍な魔法使い達でもわかる程魔力を保有しているのだろう。俺も実物は見ていないし、
あちらに得がある? 今まで人と接する事を避けていたらしいエルフ族が? 歴史を紐解いてもちゃんとした交流が多かったのは初代シルベスタ王の時代だけで、死去した際に交流が少なくなった筈だ。シルベスタ王の日誌で仲良くなったらしいエルフの女王の話も幾つかあった。
それがハーフエルフであるシャリィ先生が繋げたのは、何故だ? カチイの状況を見て、というのならばシャリィ先生は直接財政に関わっていない。
教え子の助け、というのが一番可能性はあるけれど……。シャリィ先生の弟子として言えば、この人が魔法の事以外で動いているのが違和感しかない。
「……わかりませんわね」
「何がですか? いい話でしょう」
「シャリィ先生が持ってきた話だからこそ、意味を考えてますの」
「私が信じられませんか?」
「その問いかけは卑怯ですわ」
信じている。俺の優先順位的にも上位である。だからこそ納得出来ない。けれど裏は読めない。或いは本当に善意だけで動いたか……?
それにシャリィ先生を通じて繋げられたエルフ達にも何か思惑はあるだろう。それもわからない。
「ディーナ様、これは王命です」
「……余計にわかりませんわね」
シャリィ先生の懐から取り出された封書。蝋印には王族の家紋がハッキリと押されている。
王命ならば熟す、けれどこうしてシャリィ先生越しに渡されるという事は密書でもあるのだろう。王命、というのは俺を退かせない為か。
開けば淡々と命令が書かれ、エルフとの交流を密にしろという命令である。だからこそのシャリィ先生なのだろう。
シャリィ先生だけに下賜されるのならばわかるけれど、俺まで含まれている理由がわからないな。陛下の配慮だろうか。リゲルの事で迷惑を掛けたから俺の方が申し訳ないんだけれど。
「わかりましたわ。王命であるのならば是非もありません。ただ、エルフ布の正確な見積もりは私では出来ませんから……そうですわね。ベガも連れていきますわ」
アレはそういう事も得意だろう。それにお父様も一枚噛ませていた方がゲイルディアとしても利益が出る。王命であるからベガ自身も嫌とは言えない筈だ。
それにしてもエルフか……。シャリィ先生を見てわかるけれど、美形に違いない。ちょっと楽しみだ。
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん