悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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41.悪役令嬢は圧倒したい!

「戻って来てみれば、ディーナ殿は何をされているんですか……」

「ごめんなさい、ベガ。交易には必要な事らしいわ」

「はぁ……」

 

 商談とも言えない喧嘩の安売りを買い叩いて外に出れば騒ぎを聞き付けたらしいベガが戻ってきていた。見事にこの女顔の優男は深い溜息を吐き出して頭を抱えた。

 それでも交易に必要であるのならば、ベガは俺を止める事はないだろう。俺を止めようとするのはシャリィ先生だけだけれど、そのシャリィ先生はエフィさんに拘束、というか抱きつかれてる。眼福か?

 

 さて、と気を取り直して眼前の敵を見る。

 戦闘前だと言うのにさっぱり何もせず、ただこちらを睨めつけている、いや、余裕の笑みを浮かべる耳長。エフィさんにとっては当て馬であるが、それは彼女自身が気付いていない。

 眼鏡をベガに渡し、大きく深呼吸をしてから世界を視る。

 

 ……えぇ、あのエルフ様と戦うのか……マジ? 単純な魔力量で言ったら百倍ぐらいありそうなんだけど……?

 大魔法打ち合いしようぜ! とか言われたら負けるが? エフィさん本当に人間とエルフの関係賛成派なの? 族長自身が反対派なら即時撤退も視野に入るんですけど。

 冷や汗を流しながらエフィさんへと視線を向ける。にっこり。俺もニッコリ。これ、マジだ。

 

「どうしたヒューマン。逃げ出すなら今のうちだぞ」

 

 さて、どうしたものか。エフィさんはコレを"試練"と言っていた。交易の事を考えるなら、徹底して潰す事は愚策。よくて引き分けに持っていきたい。負けは論外。辛勝、は許されるだろうか。

 エルフ達を見れば人を見下している、というか生物のレベルとして自身達が上位である認識なのだろう。こうして決闘などと形は保っているけれど、精々認識はペットがじゃれついている程度だ。

 そういうエルフの意識改革がエフィさんの望みである。と思う。実際の所はわからないけれど。凡そこちら側に傾いていると仮定したい。

 そうでなければそもそも人間との交易などと言い出さないだろう。娘であるシャリィ先生の言葉だから、という面もあるだろうけれど……。シャリィ先生は俺の治療が第一目的だろうし、交易自体はエフィさんの目的か。

 シャリィ先生が俺の治療を目的にしている、というのも自惚れかもしれないけれど、それはそれで嬉しい事だ。自分の治療、という名目ではなく、それをシャリィ先生が推し進めてくれた事が。

 なんせ王命までもぎ取って、こうして大義名分まで使って俺を動かしたのだ。王都での、というか貴族でのディーナ・ゲイルディアの評価を考えれば、苦労はわかる。

 

「おい! ヒューマン!! 聞こえてないのか!」

「貴女のように戯言を聞ける耳をしてませんの」

「ッッ! ヒューマンッ!」

 

 自分の耳を触りながら煽ってみる。見事に顔が赤くなってしまった。血が昇って冷静になっていなければそれでいいけれど、それでも油断はしない。

 耳長が言う「上から数えた方が」というのは事実だろうし。冷静でなくなれば御の字であるけれど、心のどこかでまだ冷静な部分があるのだろう。馬鹿のように開始の合図を待たずに特攻してこないのがその証拠だ。

 

「難しいですわね」

「なんだヒューマン。私とお前の差がようやく理解できたか」

「あら独り言に反応してくれるなんて、随分と私を警戒していますのね。その程度の差なら埋められそうで安心できましたわ」

「減らず口をッ!」

 

 呟いただけの言葉に反応されてしまったから、つい煽り返してしまった。そのまま冷静さがなくなれば良しであるが、無理だろう。彼女もエルフの戦士である。

 さて、どうした物かな。

 

 

 


 

 

 この戦いは結果が決まっている。

 そう言った族長である母をシャリィは見つめる。確かに力量差は圧倒的だ。ディーナが劣勢という意味で。

 それでも相変わらずニコニコとしながら母は向かい合う二人を見つめてシャリィを抱きしめている。まるでどこにも行かないように。

 

「族長様」

「いやん、ママって呼んで」

「……お母様、どういうお考えですか?」

 

 頭の中で深くため息を吐き出しながら妥協点を口にしたシャリィ。対して妥協点であろうと自身を母と呼んでくれた事を喜ぶように笑みを深めたエフィはシャリィを強く抱きしめる。

 

「あらぁ、特に考えなんてないわよぉ」

「……試練、と言っていましたが?」

「人族との断交は思ったよりも選民思想が根付いちゃってねぇ、意識改革かしらぁ」

「アナタの力なら強行で出来たでしょう」

「ソレに何の価値も無いわぁ。そもそもエルフが優良種である、っていう思想は私にもあったしぃ」

 

 だからその思想を理解はできる。根本の部分で、エルフは人を見下している。

 それは仕方のない事である。なんせ人は魔法という物を理解できていない。世界へ語りかける事もしない、野蛮で、無知で、そして醜く、心が澱んでいる。

 そんな動物と自身達が同じ生命であるなどと、どうして思えるだろうか。

 けれど、そうでは無い人間も存在している。それはある種当然の事であるが、そんな事は上位種であるエルフにしてみれば些事でしかない。そして断交した事により、その思想は実に歪んでしまった。

 その事を、エフィは否定しない。否定など出来なかった。エフィの愛しい人は人によって殺されている。

 語弊のある言葉であるが、あの時、私と一緒に来てくれていれば、と考える事は何度もあった。百と六十と数年前の話であった。

 決して人が殺した訳ではない事をエフィは知っている。けれど、それでも、エフィは……エルフは人があれほど容易く、短い時間で死んでしまうなんて思わなかった。

 

「だから、これはエルフにとっての試練なのよぉ」

「それでも、ディーナ様が不利な決闘に変わりはないです」

「不利? ……あらあら、まぁまぁ! そうね、だってシャリーティアは瞳を持っていないもの、仕方のない事だわ」

 

 馬鹿げた事を言い出した娘に母は微笑みを笑いへと変えて、窘める。

 むっとした表情にエフィは更に笑みを深める。人に触れて――あの娘に触れてこの娘は変化した。

 ハーフヒューマン、ハーフエルフであるシャリィはエルフの瞳を持ち得ていない。それが原因で様々な事が起こった。それもまた上位種である、という証へとなってしまった事は言うまでもない。

 もしも、瞳を持っていたのなら、彼女は助けを求める事はしなかっただろう。瞳を持っていたのなら、そもそも出ていくこともなかっただろうか。

 

 エフィは改めてこんな森であるのに場違いな赤のドレスを纏った少女へと視線を向ける。

 少女は実にちぐはぐであった。それこそハイエルフなどと呼ばれている自身でしかわからない程、僅かであるが。自身と同じ位置まで寄ってきた、人間。

 確かに娘が言う通りに、そのまま放っておけば死ぬ。それこそ世界へと溶け、解け、跡形すらなく、消える。

 

「それもきっと幸せな事かしらぁ」

 

 けれどソレは否定される。エフィの生きていた中で二度目の否定。

 最初は本人から、そして次は娘から。散々に自分によく似たと思った娘はやはり彼にも似てしまったようだ。決して、娘には言ってやらないけれど。

 

 

 

 

 

「おい、ヒューマン。今ならば降参を受け入れてやるぞ」

「あら、何度も降伏勧告だなんてお優しいこと。それとも頭が足りないだけかしら?」

「ハッ、抜かせ。ハーフヒューマンに教えを請うた奴に最後の機会を与えてやっている」

 

 その言葉にディーナは微笑みを浮かべる。他人が見れば見惚れるような綺麗な笑みである。穏やかに、優しく、慈愛を感じ取れる笑みであった。

 その笑みを見てしまったシャリィは思わず口を引き攣らせる。ベガも見ていたのなら頭を抱えていただろう。

 

「ああ、なるほど。自分が負けるとわかっているのだから、私に降参してほしいのかしら?」

「私が負ける? 面白い冗談だな。お前が魔法を使ったところで私に勝てはしないというのに?」

「随分な自信ですわね」

「自信ではない。事実だ。お前の魔力量はこの場にいるエルフの子供にすら劣る。それで負けろという方が無理がある」

 

 確かにそれは事実である。

 ディーナ自身がわかっている事であった。どのエルフの子供を見たところで、自分よりも魔力が多いのだからディーナは内心で溜め息を吐き出し続けているし、目の前にその何倍も大きな魔力を保有するエルフが存在し、相対しているのだ。

 

「先手を譲ってやろう。所詮はヒューマンの魔法だ。その程度で私は崩せない」

「お優しい事。負けた時の言い訳かしら?」

「安い挑発だな。お前の生まれた国の教育か? ヒューマンの国は下劣だな」

「……わかりましたわ。その挑発を受けて差し上げます」

 

 耳長と呼ばれ続けたエルフ――リヨースはほくそ笑む。族長が言い始めたヒューマンとの交易など反吐が出る。

 自身達は崇高なエルフであり、下等なヒューマンと交わる意味などない。交易などした所で何の意味がある。

 これで自身が圧倒すれば、族長も考えを改める筈だ。意味のない事であると。そうすれば、次の族長は自身かもしれない。

 現在の族長であるエフィが退くまであと百数年はあるだろうが、その程度しかない。その程度であるのならば、待つことなど容易い。

 

「さて、先手をいただけましたし、どうしようかしら」

「お前の最大の魔法で来てみろ。それすら意味はないがな」

 

 リヨースはディーナを睨めつけはするが、警戒などしていない。する必要などない。なんせディーナはこの村の戦士よりも、子供よりも劣る存在である。悪戯で放たれる魔法よりも、弱い。

 ふむ、とディーナは悩むように瞼を閉じて、()()()()。その音だけを聞くように、自身を集中させる手順のように。

 四度、指を鳴らして、ディーナは瞼を上げる。それでもリヨースは警戒などしない。

 

「三つ言いたい事がありますわ」

「ほう?」

「どうやら自分に関わる存在を悪く言われる事に苛立ちますの。アナタが先程から言うシャリィ先生への言葉も……まあ交渉先ですもの。我慢してさしあげます。

 二つ。これでも私は我が国の誇りを背負ってこの場に立っていますの。安い挑発であろうと、我が国を侮辱した事は許される事ではありませんわ。

 この二つで、私、かなり怒っていますの」

 

 ディーナは笑みを浮かべる。自身の感情を隠すように、慣れた仮面を被り、まるで悪役の如く、冷酷な笑みを浮かべる。

 自身の魔力を開放して、耳鳴りがする程の風を巻き起こす。けれどそれはディーナ如きの魔力である。リヨースからしてみれば威嚇にすらならない。

 

「ではどうする? その陳腐な魔力で私を倒してみせるか?」

「……私が怒っている、というのは単なる事実確認ですわ。貴女に言いたい事はこれで最後」

「言ってみろ」

「跪け」

 

 リヨースの体に衝撃がぶつかる。

 空からの巨大な何かを押し付けられ、耐えられずに、ディーナの言うように膝を地面につく。

 何が起こったかなど、リヨースには理解出来ない。ただ()()()が魔法を行使し、それが自身に降り注いでいる事だけはわかった。それがいつ行われたか、どれほどの魔力が込められたかなど、理解出来る訳がない。

 自身を襲うこの魔法は明らかに目の前にいるヒューマンの魔力量を越えている。そうなれば、この魔法は他の誰かが行使しているに違いない。下劣で下等なヒューマンが考えそうな事だ。

 

「いい姿ですわね。無抵抗で魔法に当たってくださるなんて、お優しいこと。反撃してもいいんですわよ?」

「卑怯、者がッ!」

「卑怯? 貴女が許可した事でしょう。それともソレすらも忘れる鳥頭なのかしら?」

「ヒューマン如きがッ、お前程度の魔力の畜生がッ! これだけの魔法を使える筈が無いだろうッ!」

 

 その一言にディーナは目を一瞬だけ細める。たったその一言だけでディーナは目の前にいたエルフへの脅威や尊敬という念を失わせた。

 溜め息を一つ。ディーナの口から吐き出されたのはそれだけであった。失望、という感情を抱くには目の前のエルフへと感情を向けていなかった。ただ純粋な才能を尊敬していた。それを脅威だと思えた。

 けれど、その程度だった。

 わかりやすく、ディーナが指を弾けばリヨースを支配していた圧は霧散し、ようやくリヨースは自由を手にした。

 

「阿呆にわかるように言って差し上げますわ。この場で貴女に魔法を行使しているのは私だけ。貴女が跪いたのは、私の魔法ですわ」

「抜かせッ、あのハーフヒューマンがしたのだろう!」

「そう。そう思うのなら、私に魔法を撃ってみなさいな。私は貴女がしたように、後手を譲ってさしあげますわ。貴女がしたように跪く事はないでしょうけれど」

 

 さぁどうぞ。と言わんばかりにディーナは胸の下で腕を組む。

 リヨースにとって、それは最大の侮辱であった。下等なヒューマン如きがエルフを挑発している。さらには勝とうとしているのだ。そんな馬鹿げた話があるだろうか。

 だからこそ、リヨースは自身の持てる魔力を最大限に操り、風を手繰り寄せ、圧縮し、刃を作り上げる。巨大な樹木すら切断する不可視の刃。

 

「死ぬぞ?」

「脅しは聞き飽きましたわ」

「なら死ねッ! ヒューマンッ! "ラミーナ・ヴェントス"!!」

 

 エルフの口から発せられた言葉は世界を介してそれを具現させる。想像魔法の上を生きているだけで歩くエルフにだけ許された魔法。

 

 そして()()()()()()()()であった。

 

 どんな想像魔法よりも、綺麗で、美しく、正しく、世界へと語りかけ、正しい対価を支払う。()()()()()()に他ならない。

 不可視の魔法であっても、絶死の魔法であっても、それが魔法であるのならば――

 

「ああ、素晴らしい魔法ですわ」

 

 シャリィと積み上げた研鑽があれば、途方も無い論理を組み上げていたディーナであるなら、世界と繋がり正しく魔法式を認識できるディーナであるのならば。

 ()()()()()()()()()()()

 ふわりとディーナの金髪を揺らすだけとなった不可視の刃は何も傷つけてはいない。ディーナの髪すら切断する事なく、単なる風へと成り下がった。

 

「……は?」

「さて、譲った事ですし、私も反撃をしようかしら」

「なにを、した……?」

「貴女が馬鹿にし続けたシャリィ先生の研究成果ですわ」

 

 意趣返しのようにディーナが口にした所でリヨースは理解できる訳がない。

 ディーナが行うワンアクションでの魔法行使も、シャリィが行うリアルタイムでの魔法式演算も、わかる訳がない。そんなモノは理解の範囲外に他ならない。

 ただ、異常な出来事が目の前で起こった。ただそれだけなのだ。

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! "ラミーナ・ヴェントス"ッ! "ラミーナ・ヴェントス"ッ!!」

「あらあら」

 

 放たれる魔法の刃。それは先の刃とは随分と杜撰で乱れていた。けれどやはりエルフから出てくる魔法なのだ。それは何よりも正しく、そしてディーナにしてみれば簡単な式でしかない。

 ディーナが一歩進み、指を鳴らす。エルフが魔法を唱え、ディーナが更に一歩進み、指を鳴らす。

 唱え、弾かれ、唱え、弾かれ、唱え、弾かれる。それは異様な光景であった。上位種であるエルフが下等生物であるヒューマンに怯え、後退し、そして追い詰められる。

 片方が手を伸ばせば届くような距離にまで詰め寄ったディーナは笑みを浮かべる。エルフが浮かべていた慢心や自尊心による笑みではない。ただ冷酷に、獲物をいたぶる捕食者のように、純粋な悪がそこには浮かんでいた。

 まるで()()()()()()()()()()()()ように呼吸が上手くできない。頭痛が酷く、魔力の消費が多いのか手が震える。

 後退する足が縺れ、尻もちを突いてしまう。足に力も入らず、ただ震え、怯えているリヨース(獲物)ディーナ(捕食者)が見下す。

 絶対的な上位種だと信じていたエルフ(自分)が劣等種であるヒューマン(彼女)に屈した。

 すでに声すら出ない。パクパクと動くだけになった口は降参を宣言する事も、命乞いも何も出来ない。

 

「ねぇ、エルフ。私と貴女との差は理解できたかしら?」

 

 まるで意趣返しのようにディーナはそう言い放ち、指を鳴らした。

 けれど魔法は発動しない。正しく魔法式を編み上げた筈であるのに。

 ディーナは目を細め、気絶したリヨースを一瞥した後に魔法を打ち消してみせた犯人を睨めつける。

 

「族長自ら手出しするのかしら?」

「あらぁ? 勝敗の決定権もわたしにあると思うのだけれどぉ?」

「……従いますわ。蛇を殺してドラゴンを相手する気にはなりませんもの」

 

 息を一つ吐き出し、ようやく体から力を抜いたディーナは肩を竦める。

 痛む右目を瞼で蓋をして世界との繋がりを解く。オークを相手した時よりも消耗していないのは瞳の力に他ならないが、オークよりも精神がすり減る勝負であった事には間違いない。

 あの時のように大規模の魔法を使う事もできたが、その時自身がどうなるかなど想像に難くないし、それによってシャリィが怒る事も理解できた。

 

 今にしても涙目で心配と怒りを二分したシャリィを見て、ディーナはそれを強く理解する事ができた。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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