王城にいる知っているメイドさんから空いている部屋を借りて、諦めたのか抵抗もしなくなったアサヒをソファに座らせておく。
呆然と、床だけしか見ていないアサヒを一瞥してメイドさんには退出してもらうように言ってようやく二人きりになれた。こういう時にこの悪役顔はとても役に立つな。メイドさんの顔は引き攣っていたけれど。
「ベーレント」
俺が彼女の家名を言えばビクリと震えるだけで、決して顔をこちらに向けない。俺が別れてから彼女に何があったかなどわからない。わからないけれど、ある程度は予測が立てられる。
俺が側に居たのなら、なんて事も考えたけれど、それは過去でしかないし、悔やんだところで意味の無い事である。
彼女の前に膝をついて、手を取り、どうにか目を合わせてもらう。
「もう一度謝りますわ。ごめんなさい。こうでもしないと貴女を連れ出せなかったの」
どうにも面倒な事に。俺とアサヒが不仲である事を願う馬鹿野郎もいる。対外的に不仲であり続けた方が何かと便利だろうという俺の思惑にアサヒを無理やり乗せてしまった形になるのだ。
冷たい手をしっかりと握り込んで、空いた手で人肌よりも少し暖かい程度の熱風を起こして彼女を乾かす。黄色のドレスが汚れてしまったけれど、その辺りは影の中でぶうぶうと言っていそうなアマリナに任せる。
「貴女との不仲を願う人も何人かいますの」
「……ディーナさん、は……敵なの?」
「……難しい質問ですわね。世間的に敵である方が都合は良さそうですわね」
震える声で確認をしたアサヒに対して俺はそうとしか言えない。味方である、とは決して言えないのが俺の辛い立場である。今は二人しかいないけれど、それでも彼女の立場として俺を味方として扱うのは考えものである。
燻り出しとして俺を扱っている方が国の為でもあるし、けれどアサヒにとってはそれは関係の無い話であった。これから先に関係がある話だ。俺を重宝するのは、問題だろう。
俺の手が強く握られて、アサヒの瞳が潤む。
「よかった、ディーナさんだ……ッ!」
「……それで私の認定をされても、私としては複雑ですわね」
ありがたい事だけれど、それでも複雑は複雑である。彼女の中でのディーナ・ゲイルディア像はいったいどうなってるんだ? 小一時間ぐらい聞き出してみたい。
涙が瞳から溢れて、喉の奥から心が零れるように、震えた声が出てくる。
「あの日から、何がなんだかわからなくなっちゃって……! みんなディーナさんが悪いって、でもそう思えなくてっ。ずっと、ずっと、ワケがわからなくて!」
「……ありがとう、アサヒ」
彼女は彼女で悩んでいたのだろう。その原因があの日から始まっていて、それでも彼女は俺を信じてくれた。
きっと彼女がそんな人物だからこそ、周りはソレを許さなかった。俺との関係を悪くしたいであろう誰かはソレを許せる訳がない。
彼女は俺が居なくなった後も、虐められたのだろう。それはきっと俺が原因と言われるモノで、けれども一切俺の痕跡の無いものだ。理由なんて幾つもある。俺からリゲルを奪った、なんて恰好の理由だ。
それでも彼女は俺を信じてくれた。
溢れた俺の感謝の言葉も、アサヒは首を横に振って心がまた転げ落ちる。
「ごめん……ごめんなさいッ、ごめんなさい、ディーナさん」
涙や嗚咽でぐちゃぐちゃになりながら彼女は俺に謝り続ける。どうしようもない貴族間の諍いに巻き込まれた単なる少女なのだ。
俺よりも心の準備などできていなかった筈だ。それでも彼女は日常を振る舞ったのだろう。縋り付き、必死に立ち、笑みを浮かべ、壊れないように。
いっそのこと「ディーナ・ゲイルディアが悪い」という言葉を信じてしまえば彼女は楽であっただろうに、それをしなかった。
俺は謝り続ける彼女の頭を抱きしめて、頭を撫でる。これ以上の謝罪は必要ない。元から必要など無い。
けれど、彼女は俺に許してほしかったのだろう。俺がどう思っているかわからないからこそ、俺が恨んでいると思っているからこそ、自分が俺の場所を奪ったから。けれどソレは自分ではもうどうしようも出来ないのだ。
自分の心を許す為に。きっとソレが自己満足である事もわかっている。けれども、彼女は。
「虐めなんてもの、さっさと駆除してしまいなさいな」
「えぇ……」
「今のアサヒにはその地位と権力を持っていますわ。だからこそ、もう虐めなんて手には出ないでしょうけど」
泣き止んだアサヒの隣に座って話を聞きながら改善策を提示してやれば困ったようにアサヒは眉尻を下げた。
お前はもうリゲル殿下の婚約者なのだから、馬鹿の相手をしている暇はないんだぞ。面倒なら引き受けるけど、アサヒが断ち切る方がいい方向に転がるだろう。付け入る隙を見せるのはいいけれど、それでも穴の空きすぎは問題だ。
「それに、貴女は治癒魔法が使えるのでしょう? どうして自分の傷は治してませんの?」
「えへへ……バレた?」
「バレますわよ。動きがぎこちないですし、」
「リゲルにもバレなかったんだけどなぁ」
うーん、と愛らしく悩みだした馬鹿娘だけれど表面の傷だけは治して必死に取り繕っていたのだろう。というか、治癒魔法を使えるのだからさっさと治せばいいものを……。
……まあ、さっきの事を考えれば自罰とかそういう気持ちもあったんだろう。彼女が自覚していたかはわからないけれど。
「治癒魔法も自分には効きづらいらしくて」
「言ったでしょう。想像魔法は感情と思いに強く結びついていますのよ。今なら大丈夫ですわ」
「……おぉ! ホントだ!」
あっさりと治癒魔法とかなり多い魔力を消費したというのに相変わらずの笑みを浮かべて俺を見つめる。
「やっぱり、ディーナさんはすごいねっ」
「……はぁ」
「どうして溜め息!?」
「気が抜けましたわ」
「むぅ、酷いなぁ」
むずむずと心を擽るアサヒに対して誤魔化すために溜め息を吐き出すのはいつぶりだろう。ここ一年が俺にとって内容が濃すぎたのだろう。一年? 嘘だろ……。
カチイの政務、フィアとレイ、エルフとの交友……濃い気がする。いや、一つ一つがやたらと大きいだけで実際はそれほどか? 英雄譚と比べているのが問題だろう。よし、俺はまだ平凡なお嬢様に違いない。
「……ディーナさんは、本当に虐めの主犯じゃない?」
「後ろに私が居たとして、その質問を肯定はしませんわよ」
「そうだよね。でも、それが聞けてよかった。ディーナさんがする筈がないもん」
「わかりませんわよ。リゲル殿下との仲を奪われましたもの」
「それでも、わたしはディーナさんだとは思わない」
相変わらず、瞳が真っ直ぐである。思えば真っ直ぐ、というのは美点であるけれど、少しぐらいは融通の利く性格になってもいいと思うぞ。
こういう瞳には、俺は負けてしまうのだ。仕方ない事である。
「好きになさいな」
「うんっ! それに、ディーナさんが本当に主犯なら、もっと怖い事をされてたと思うし!」
「アサヒ?」
「えへへぇ」
本当に、この娘は……。
溜め息を一つ吐き出して、彼女の指に嵌っている木製の指輪が目につく。あの時のまま、変わらずに嵌っている指輪。どうして彼女が持っているかがわからない指輪。
「ねぇ、アサヒ。その指輪。誰から貰ったのかしら? リゲル殿下?」
「ううん。これは
「そう……。なるほど、なるほど」
随分と面倒になりそうな事が頭をよぎったけれど、今は置いておく。重要であるけれど、彼女を前にして考える事でもないだろう。
「アサヒ、何か困った事があれば私を頼りなさい。リゲル殿下に説教するぐらいはして差し上げますわ」
「うーん……リゲルが可哀想になるから。でも、ありがとう」
「カチイの場所はわかります?」
「大丈夫! 謝ろうと思って何回か行こうとしてリゲル達に捕まったから!」
「……殿下達の苦労が知れますわね」
目下の悪人である俺の所に行こうとするアサヒを止めようとするリゲルとレーゲンがありありと想像できる。よくこの直情お日様娘を捕まえられたモノである。
俺のように手回しして遅延した訳ではないからすぐに捕まえられたのだろう。
さて、そろそろ時間か。
「アサヒ、そろそろ迎えが来ますわ」
「……ディーナさんは大丈夫なの?」
「貴女と一緒にしないでくださる? 貴女の信じる私はそんなヤワな女かしら?」
「……うーん、ヤワじゃないけど傷つきはするし、それを我慢するでしょ? ディーナさん」
「……さぁ? 我慢なんてしたことありませんわ」
「もう……。またね、ディーナさん。話せてよかった」
煩い足音を鳴らして近づいてくる気配に小さく息を吐き出しながら影を二回足でノックする。
ズッと出てきた褐色肌の手にはカップに入った紅茶が出され、それを受け取る。香りをのんびりと楽しむ猶予もなく、扉は音を立てて乱暴に開かれた。
「アサヒッ!」
「リゲル……」
紅茶を一口飲んで、心を落ち着ける。うん、何も問題はない。
そこでようやく扉にいるリゲル殿下とレーゲンへと視線を向ける。
「随分と遅いご到着ですわね」
「……ゲイルディア嬢、なぜここに居る」
「あら招待状を貰いましたもの。準男爵の私に無視する、なんて選択肢ありませんわよ」
「それもアンタが裏で手を回してた事じゃねぇのか?」
「さて。ご想像にお任せしますわ」
レーゲンの言葉に対しても崩さずに応える。本当に俺は知らない事なのだけれど。
「リゲル、ごめんね。ドレス替えてくるね」
「ああ……一人で大丈夫か?」
「うん。メイドさんもいるし、大丈夫」
「そうか……」
俺に少しだけ申し訳なさそうな視線を向けるアサヒを無視する。俺は大丈夫だから早くドレスを着替えてきなさい。
一人で、と口にしたリゲルはメイドと一緒に出ていったアサヒを見送った後に俺の前に腰掛ける。その後ろにはレーゲンが控えている。帯剣までして、随分な警戒だこと。
俺はさらに紅茶を一口。
「それで、目的はなんだ」
「さて、何の事やら」
「お前がどうしてここに居る?」
「先程も言ったでしょう? 招待状が送られてきた、それ以上の理由はありませんわ」
「俺は送っていない」
「……しかし、私の手には招待状があった」
「おいおい、偽造は重罪だぞ」
「あら。そうなら私はここに入る前に捕まっていますわ。それとも、鑑定官が悪かったのかしら?」
クスクスと笑いながら答えをはぐらかす。俺だってどうして送られたきたかわからない。
リゲルが送っていなかったとすれば、誰が送ってきた……? アサヒでもない。陛下とも考えづらい。
「さっさと答えろよッ」
「やめろ、レーゲン」
剣へと手を掛けようとしたレーゲンを左手を上げて抑えたリゲル。まあ武力行使は悪手だよな。それは理解出来て…………ん?
リゲルの左手首が目に入る。不格好極まりない小石の連なったブレスレット。いいや、あれは元々彼が首に巻くために作っていた物だ。そして俺が送った物でもある。
俺に関わる物なんて全部捨てたと思っていたけれど、そうか、ある程度の魔除けであるソレは残していたのか……。まあ効力は一応あるからな……。
けれど
王家の鑑定官だって「子供の作り物」と評価し、魔法使い達からは「鑑定官へ見せろ」と言われた物だ。
だから、誰も知らない。俺とシャリィ先生、そしてエルフ達だけしかその効力を知る事は出来ない。
俺が彼に送ったのも、公的な場所ではなくスピカ様だけに送って拗ねた彼の為にこっそりと作り、送った物だ。
だから、
「ふふっ、あはははは!」
「何を笑っている」
「失礼。随分滑稽だったので」
それはレーゲンへの煽りであり、そして自分への嘲笑だ。
ああ、そうか。そうか!
約束、ああ、そうだ。俺は彼に約束したのだ。
「リゲル殿下、早くアサヒの元に行ったほうがいいのではなくて?」
「おい、アサヒにまだ何かをしたのかよッ!?」
「さぁ? 私は知りませんわ。ただの助言ですわよ」
「……ゲイルディア嬢。もう俺の前に姿を見せるな」
「……さあ? 私、これでも強かな女ですので。それに
「ふん……。行くぞ、レーゲン」
鼻を鳴らして俺を一瞥し、レーゲンを連れて行くリゲルを見送り、扉が閉まる。
遠のく足音を感じながら、大きく息を吐き出す。
「ディーナ様……」
「ごめんなさい、アマリナ。悲しくて泣いている訳じゃないの」
そう何が悲しい事があるような物か。
ああ、これは歓喜だ。
積み上げ、崩れたと思っていた思い出達が、確かにそこには残っていた。
きっと、俺とリゲル、スピカ様以外気付かない。
だからこそ、リゲルは俺を王城から離したのだろう。
繋がりだけは残して。繋がっていると俺に示して。
馬鹿らしい。実に、馬鹿らしい。自分が守ろうと思っていた相手に守られるなんて。
そしてソレに気付かなかった自分に。積み上げた物が崩れてしまったと、ただ泣いて、ただ落ち込んで。けれども、それは違っていた。
思い違い、と考えそうになるほど希薄な繋がり。誰が見ても切れた筈の糸であった。
けれど、それでも、それだけで十分であった。
彼の思惑もわかった。
優しくて、少しだけ抜けていて、それでも自分で立つ強い彼は何も変わってなどいない。
「ねぇ、アマリナ。私は私を信じてもいいのかしら?」
「……私はディーナ様に着いていくだけです」
「そう。なら地獄の果てまで追い詰めに、
この感情は正しく歓喜であり。
そして――怒りだ。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん