どうして、という思考は解決などされない。
半狂乱にすらなれない倉嶋朝日は充てがわれた自室のベッドに腰掛けて思考する。未だに信じられない。信じられる訳がない。
イワル公爵が裏切っていた事など、全て仕組まれていた事など、そしてそれにレーゲンが加担していた事など、信じられる訳がなかった。
けれどそれは事実だ。そしてその事実を知っているのは恐らく自分しかいない。
否定したい。こうして事実を知ったとしても、否定をしたい。
記憶が吐き出される。リゲルと笑い合うレーゲンも、自分に対してよくしてくれたイワル公爵も、何もかもが嘘であった。そう、嘘なのだ。
あぁ、そうか。リゲルがディーナを捨てたのも、きっとソレが原因なのだ。リゲルはレーゲンを信じたからこそ、ディーナを捨てた。
けれど、それは間違いであった。間違い、なのだ。
どうして、という思考はどうすればいいへと変化する。
筆を取り、文字を書いた所でそれは全てこの世界では見たこともない日本語である。誰も、その文字を読み解く事など出来ない。
口に出す言葉すら、今の自分からは日本語が出てくる。その言葉は誰も知ることはない。
彼が何を言っているかも、朝日にはわからない。
「アサヒッ!」
音を立てて扉を開いたリゲルの声に朝日は顔を上げる。
リゲルの後ろに居るレーゲンは悲痛な顔をしていたが、それが仮面である事を朝日は知っている。知ってしまった。知らなければ、どれほどよかっただろうか。
幾ら後悔しようが、現実は変化しない。もう遅い。何もかもが後手である事が朝日だけにしかわからない。
「―――――」
「……本当に、本当に……」
彼の名前を呼んでみた。何も伝わらない。
ただ悲しそうなリゲルの瞳が、朝日へと向けられる。感情は伝わるというのに、思考の一切は伝わる事はない。
「一体何が、あった……」
「オレにもわかんねぇよ。廊下で座り込んだアサヒを見つけたら、コレだった」
頭を掻きながら何かを言うレーゲンに対してもリゲルはやはり唇を噛むだけで反応はしなかった。
きっと、ありもしない事実を伝えているのだろう。どこか遠い物を感じるように、朝日はそう判断できた。
「呪いの類か……何かわかんねぇ。ただ、ゲイルディア嬢はそういうのにも強そうだ。最近、エルフとの交友も結んだみてぇだしな」
「……そうか」
何を言っているかはわからない。けれどリゲルが朝日の手を強く握りしめた、それだけでレーゲンが何かを言っている事はよくわかる。
歯を食いしばり、朝日は立ち上がってレーゲンへと手のひらを振りかぶる。
「やめろ、アサヒ!」
けれどそれを止めたのは他ならぬリゲルである。アサヒの腕を掴み、レーゲンが庇われる。
レーゲンは肩を竦め、怖い怖い、といつものように呟いた。その様子は朝日にも理解できた。
どうすれば、伝えられる……。どうすればいい。
目に涙を溜め込んだ所で、何も思いつかない。文字も、言葉も、伝える事が出来ない。きっとボディランゲージですら、都合よく解釈される。そして間違いを指摘する事も出来ない。
一から文字を習得するにしても、イワルが言う通りにそれは遅い。
王様の容態が悪いからこそ、リゲルは政務に追われている。きっとタイムリミットは、近い。急がなくてはいけないのに、どうする事も出来ない。
目元が熱くなる。嗚咽で浅くなった呼吸が、自分を責め立てるように肺を締め付ける。
「レーゲン、すまない。少し出ていてくれ……」
「……外に居るからな。何かあれば呼んでくれ」
「ああ」
リゲルとの短いやり取りの後にレーゲンが部屋から退出する。その顔を睨めつけていた朝日に対して皮肉げに笑みが浮かんだ。
扉が閉まり、朝日は力尽きたようにその場にへたり込む。実力的にも、敵対者であるレーゲンに向かって平手を撃とうとした事がようやく自覚できた。同時にどうしようもない現実が自分の身に降りかかる。
リゲルはそんな朝日の背中を撫でながら、ベッドへと座らせる。
「……お前は、巻き込まれた側だったのだな」
通じない事を理解していても、思わず呟いてしまった。
恋をした相手であった。好いた相手であった。愛した相手であった。ディーナではなく、選んだ相手であった。
自分の中のもしかしてを全て疑う必要があったリゲルにとって、アサヒ・ベーレントという存在は信じたい存在であった。信じたい、けれども疑わなければいけない。その両面を有した少女。愛した女。自分が選んだ人。
ディーナを蹴落とす為の存在。そう考えれば実に見事な仕事をした。なんせリゲル自身で選んだのだから。
けれどもしも、彼女が敵であったのならば。
そうであってもいい、と思ってしまう自分がいる事も否定しない。そこまでリゲルは彼女を愛していた。
けれどそれは許されない。ただ冷徹に、判断しなくてはいけなかった。
それが、ようやく判断できた。
彼女は、敵ではない。
「……すまない」
自分が好きになってしまったこと。きっとそれが原因で巻き込んでしまったこと。今まで疑っていたこと。
通じない相手に卑怯であるとは思いながら、それでもリゲルは言わなくてはいけなかった。
震える手で朝日の手を握りながら、言葉で通じなくとも、通じるように。言葉を吐き出した。
リゲルの頭に朝日の手が乗る。優しく、黒髪が撫でられ、リゲルは顔を上げれば眉尻を下げている朝日の顔が見えた。
目頭が熱くなり、鼻の奥がひりつく。言葉はない。言葉を理解してなどいないかもしれない。けれど、それでも自分は許されたかもしれない。それだけがリゲルを救った。
泣くわけにはいかなかった。男であるから、という理由もあったけれど好きな女性に弱い部分を見せたくはないという身勝手な欲求が涙を塞き止めた。
「ありがとう、アサヒ」
リゲルの言葉に、朝日は首を傾げる。なんせ何を言っているかはわからない。ただ、リゲルがそれを求めていると思ったから、という単純な理由で朝日の手は動いた。
お互いに詰んでいるからという諦めではない。同情でもない。ただ悔しくて、それでもきっと抗おうとしているリゲルを撫でた。
自分がこうなってしまったのはある意味タイミングがよかったのかもしれない。口封じだと思ってくれるのなら、ディーナの事を喋ろうとしていた自分を封じた事を切っ掛けにリゲルがディーナの事をもう一度考え直してくれるかもしれない。
それは淡い期待で、幾つものもしかしたらを重ねた結果かもしれない。
それでも、朝日は願わずにはいられない。
「約束しよう。今度こそ、お前を守ろう」
言葉だけの誓い。自分がこの先でどうなろうと、朝日だけはどうにか安全な場所に向かわせる。最悪の未来を思い浮かべながら、その回避方法もわからずにいるリゲルはそれでも誓いを口にした。
言葉は通じない。その誓いが朝日に伝わる事もない。
だからこそ、リゲルは朝日の小指を取る。
かつて、誰かが誓ってくれたように。小指を絡めて、改めて誓いを口にしようとした。
「――――、――――」
「……は?」
言葉はわからない。朝日の口から出た言葉の一つすら、意味など通じない。
けれど、しかし、それでも朝日は子供のような約束の仕方に少しおかしく思いながら、童歌のように音を口から出した。
そんな音が幼い誰かの音と重なる。幼い誓い。忘れられなかった誓い。そして自分が裏切った、誓い。
リゲルの中に一つの可能性が過る。頭の中で何度も考え、可能性を追う。
アサヒがこうなった原因が何かしらの口封じだとすれば。
アサヒは何かを知ってしまった、と考えれば。
レーゲンへと平手を打とうとした理由も、理解できる。わかっていた事であり、その更に先を求めたからこそ、今に至っている。
少しでもアサヒが知っていれば。
立ち上がり、盤面に自身を置いた彼女がいれば。
都合が良すぎる。けれど、その
「――?」
「……ああ、すまない」
きっと呼ばれたであろう名前に反応して、リゲルは首を振る。あまり時間を掛けては全てが無意味になるだろう。
問題はアサヒをどうやってここから脱出させるか、である。
喋れないアサヒを出す、という行為を自分の立場では出来ない。何かに感づいたと思わせるのは得策ではない。彼女を連れてくるのも、また悪手であろう。
結局、巻き込む事になってしまった事。不甲斐ない自分に嫌気が差す。けれど、もしかしたら、を重ねる。いつかの様に。彼女を信じたあの日の様に。
「これを受け取ってくれ」
リゲルは自分の手首に巻いていた不格好な石が連なるブレスレットを解く。長く連なる石は、元々ブレスレットではなくネックレスとして設計されていた物だ。
朝日の首にそれを掛けて、賭ける。
朝日はネックレスを少し持ち上げて、首を傾げはしたけれど、それをいつだってリゲルがしていた事は知っている。だから、大切な物を預けてくれた、とそう思う。
現状の打破など、できるかわからない。それでも足掻かなければいけない。
言葉の理解などされないにしろ、リゲルに心配は掛けれない。だから朝日は微笑んだ。いつものように、笑みを浮かべてみせる。
一つだけ息を吐き出して、リゲルは立ち上がり、踵を返す。
扉を開けば目の前で腕組をして待機していたレーゲンが顔を上げる。
「どうだ?」
「さっぱりわからん」
「そうか。けど、アサヒがこんな状態なのを他に知られるのはマズいな」
「誰が知っている?」
「オレの他には近くにいたメイドだけだ」
「……そうか。アサヒには悪いが、軟禁のような状態にしよう」
「ああ、それが得策だ」
何が得策だというのか。
リゲルは内心で舌打ちをして、けれどもソレを決して表情に出さずに淡々とアサヒの処遇を決めていく。
都合のよい王子として。そして、真実を手探りで求める一人として。
幾ら書いた所で文字は日本語でしかない。
けれどそれをやめる事など出来はしない。自身の記憶している事を記録として残せば何かが変化するかもしれない。
変化などしないかもしれない。それでも書かなくてはいけない。自分が出来る事をしなければ、そうしなければいけない。
日が落ちる。日が昇る。
日が落ちる。日が昇る。
食糧はメイドが運んでくれた。誰もの目が朝日を憐れむような視線を向け、二日とも来たリゲルとレーゲンだけは変わらない目で見てくれた。
レーゲンの目を誤魔化す必要などない。なんせレーゲンとて書かれた文字は読めないのだ。
変わらず爽やかに笑うレーゲンを朝日は睨めつける。心の中の冷笑へと見えない刃を向け続ける。
誰もにとって無意味であるこの日本語が反撃の刃となるように。
二日間、朝日の生活というのに変化は無かった。記憶を記録にして、メイドから憐憫の視線を浴び、言葉のわからないリゲルに慰められ、心のわからないレーゲンへと視線を向けた。
「……お兄様から呼び出しで急いで戻ってきましたけれど」
「――?」
三日目になりようやく変化が起こる。
いつもであるならば、メイドが料理を運んでくる時間に部屋へと入ってきた黒髪の少女が普段の様に冷ややかな視線を向けて来たからだ。
スピカちゃん、と彼女の名前を呼んだ所でそれはスピカ自身には通じない。
いつもアサヒにしていた様にアサヒへとニコリと笑みを貼り付けた顔を向ける。
「ごきげんよう、アサヒ・ベーレント。お兄様との婚約、わたくし以外は嬉しく思うでしょう」
カーテシーで頭を下げたスピカであったけれど、その言葉には棘が含まれている。少し兄妹愛の強さを感じる言葉であるけれど、事実は違う。
そんな言葉に対して、朝日は苦笑もする事なくスピカと同じように躾けられた綺麗な、けれどぎこちない礼をしてみせる。
「……なるほど、こちらからの言葉も貴女の言葉も通じない。捨てられたのですね。いい気味です」
ニッコリと笑みを浮かべてスピカは朝日へと毒を吐き出す。本当は言葉の通じる時に言ってやりたかった言葉を、言葉が通じないことを盾にして口にする。
当然言葉の通じていない朝日は首を傾げてみせ嫌味すら通じない事を示す。
「……はぁ、今の貴女にこんな事を言った所で実りはないですか」
「――?」
「しかし、お兄様がわたしを呼んだ理由は……貴女との会話でしたか」
会話すら出来ない状態であるとは聞かなかった。
現状を知ってほしい、という王族としての恥部の共有。或いはお姉さまと慕う彼女の言いつけ通りに仲良く振る舞ってみせた事が起因しているのだろうか。
どちらにせよ、スピカはこうして朝日の目の前に立っている。
兄の立ち位置を理解しているスピカからすれば、兄の目的が恥部の共有や現状の理解を促すものでは無いことを理解出来た。
あのブレスレットはお姉様が兄に送ったものであったからこそ、兄の想いは理解できる。
だからこそ、手放したあの瞬間こそがスピカにとっては僥倖であった。それは言葉にしないけれど。
「さて、お兄様は何を考えているのかしら」
朝日を目の前にして顎に手を置くスピカ。
その前には何が何かわからないけれど、とにかく饗さなければいけないとどうにか椅子を引いたり、準備されていたお菓子を準備する朝日の姿がある。
このお気楽娘が何かを握っている。だからこそ捨てられた。それは予想出来る。何故言葉が不明になったかの原因はさておき。
それを自分であるならば理解できるかもしれない。だから兄はわたしを呼んだ。
もしくは本当に頭がおかしくなってしまった兄が恥部の共有や仲が良かったという理由で呼んだかもしれないが、それは可能性としては薄い。
「……あら?」
そこでようやくスピカの視線に何かの文様が描き連なった紙を見つける。一見、何を書いているかはわからない形であるけれど、確かに見覚えはあった。
所々にある形が、スピカの知識と合致する。
「……初代勇者と同じ?」
お姉様と慕う
内容も、意味も、何もかもが理解出来ない古文書を既に解読されたと言われている翻訳書と見比べて何度も読み直した。全てはお姉様が教えてくれる時に褒めてくれると思ったから。
実に、皮肉である。そうスピカは深く、深く溜め息を吐き出した。
姉の居場所を奪った女を姉の為に学んだ事で救うなど。皮肉でしかない。
「ああ、なるほど。なるほど……」
「――――?」
そこでようやくスピカは朝日の首に掛かるネックレスの意味を理解した。
あの兄はまたお姉様を盤面に引き出すつもりである事も、理解した。それは横暴であるとも思う。
好いた女の為に、捨てた女を使うなど。愚かな行為でしかない。
自分の腕にいつも着けているブレスレットを撫でて、スピカは瞼を閉じる。
いつだって、お姉様と一緒であると感じるブレスレット。兄も持っていたソレが今はこの女の首に掛かっている。
解読不可能と思える初代勇者の古文書と同じ文字。
その写しを手にしているディーナお姉様。
「ああ、嫌になるほど正しい」
その正しさが発揮されるのが些か遅すぎるというだけの話であったが。
兄がお姉様の学びの内容を知っていたとは思えないけれど、結果として見ればソレは確かに正しい。
ここで彼女を捨てれば、自分の父の状況からしても辛い。
父の死は辛い。けれどいつかは訪れる物であり、覚悟はしている。それ以上の悲しみが自分を襲う事も、理解している。
アサヒ・ベーレントを捨てる事は至極どうでもいい事である。いっそのこと、このまま勝手に死んでくれればとも思う。誰も彼女の言葉がわからないのだから、孤独と後悔をして、是非とも死に至って欲しいとも思う。
父の死は同時に兄の即位になる。長兄であるアルタイルは自分が幼い頃から別所で療養していると言い聞かされ、姿すら見たこともない。
兄が王となる。その事に不満は無い。いいや、不安はあるけれど何かと上手く周りが動いてくれるであろう事もわかる。
けれど、しかし、である。
父とした、お姉様を貰うという約束は守られない!
それは断固として避けなければいけない未来である。
何より、兄を裏で操っていると思い込んでいる人間は大層ゲイルディア家を忌み嫌っている。そんな存在が王に近しい立場に入ればお姉様がどうなるかなどわからない。
「わたしがすべき事、わたしが出来る事。……最後に運任せというのは気に食いませんけど、最後まで確率は追うべきですね」
スピカは一度頷いてから、部屋を見渡して壁に掛けられている地図を机の上に広げる。広げる際に置かれていたお菓子の小山は朝日の手元に持ち上げられた。
言葉は通じない。恐らく彼女は文字すらわかっていない。わかるのならば、書ける筈であるからという予想でもあるが。
スピカは先程まで朝日が使っていたであろう羽根ペンにインクをつけて、王城を指し示す。
何度か羽根先で叩いて、それがこの場所である事を示す為に指で床を指す。これで伝わっているかという不安はあるが、朝日が頷いた事で伝わった事を把握する。
もしも伝わっていなければ、この能天気娘が悪い事にしてお姉様に慰めてもらおう。
スピカは羽根先をそのまま別の街へと一直線へ動かし、何周も街の名前を囲む。インクの軌跡が地図に残り、それが彼女の道程となる。そして囲んだ街の名前こそ、この辺境の街こそが彼女がいま行くべき場所である。
そして朝日はその場所を地図上で何度も見た。
いつかは行こうと思っていた場所。そして思い描いていた通りの道程が、インクで示されている。
「あとはここからどう脱出するか、ですか」
「スピカ様、食事を持ったメイドが来ました」
「ああ、ちょうどいいところに来ましたね」
スピカはニッコリと笑みを浮かべる。人が好みそうな、素敵な笑顔だ。
扉を開けてその笑顔を見た騎士見習いの女は口角を歪めた。自身の主となっているこの可憐なな少女は女でありながら騎士を目指している自分を躾けた主なのだ。
「服を脱ぎなさい、これは命令です」
「……はい」
嫌などとは決して言えない上下関係など、学校に入った瞬間から覚えさせられた事を騎士見習いの女はよく理解していた。
鳩先生からの頂き物ですっ!!
【挿絵表示】
みてみて!!アマリナがあまりなでぽんぽんしててくっそ可愛いし、ディーナ様ばちくそカッコいいので見ろッ!!
好き!!!
お竹さん先生からの頂き物ですっ!!!!!
見てくれ!!! 見て、見ろ!!!!!
【挿絵表示】
レイが出来たんだッ!
見てくれこの生意気加減!! 好き!! 愛してる!!!
あ、あと絵に関してのアンケも設置しておくから投票おなしゃす!!
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん