許してくださいなんでもしry
「スピカ!」
「あら、お兄様。随分と慌てておいでで。どうかしましたか?」
焦った様子で自身を訪ねてきた兄に対してカップを傾けながらスピカは微笑む。兄の後ろにいるレーゲンを確認して、一層に笑みを深めた。
スピカの後ろには彼女が従士として重宝している女の騎士見習いが佇み自らの主の素知らぬ態度に若干表情を引き攣らせている。
「どうした、ではない。どういう事だ」
「あら、本題を言ってくださらないとわたしはわかりません」
「アサヒをどこにやった」
「アサヒ様が消えたのですか?」
まあそれは大変。と口を手で覆い隠して驚いてみせる。後ろにいる従士は更に顔を引き攣らせた。
王子の婚約者をどこかに向かわせたのは彼女本人である、ということは犯行に加担させられた従士もわかっている事である。当然のように悪事である事は間違いない行動であったけれど、自分には主を疑うという事はできなかったし、何より反抗した所で言いくるめられるのは目に見えていた。
リゲルは舌打ちをして、頭を抱える。一度、大きく息を吐き出して、改めて口を開く。
「どこに向かったかわからないか?」
「はて……。アサヒ様はお知り合いが多いようですし」
「おい、リゲル。もっと手っ取り早くいこうぜ」
レーゲンがリゲルの前へと出て、スルリと剣を抜いて切っ先をスピカへと向ける。その行動に対して反応したのはスピカの後ろに控える従士であり、その手はいつでも動けるように帯剣している柄に置かれた。
対して切っ先を向けられているスピカは変わらずにカップを傾け、微笑む。
「……レーゲン・シュタール。こうして切っ先を向ける意味を理解していますか?」
「スピカちゃんがしたって事はわかってんだ。王子の婚約者を放逐した罪とどっちが重いかな?」
「わたしがアナタを罰する方が幾分も早いですね」
「レーゲン、やめろ」
「……チッ」
剣を収めるレーゲンを見て従士も溜め息を吐き出して僅かに警戒を緩める。それでもいつでも動けるようには体を意識させているが。
その様子を見ながらスピカはクスクスと鈴を転がしたように笑う。こうして渦中へと入ってようやく理解できる。今までは単なる予測と疑念でしかなかった物が、僅かばかりの確信へと変化する。
「……なんだよ」
「思ったよりも焦って見えてしまったので」
滑稽だな、とはスピカは口にせずに喉で鈴を転がす。
なりふり構っていられない、というべきか。それとも別の思惑があるのか。どちらにせよ自分に剣を向ける程にレーゲンが焦っているのはスピカにとっては実に面白く写った。
「それで、本当に知らないのか?」
「さぁ、わたしにはわかりませんよ。先程も言いましたけれど、お友達が多いようでしたし」
「……わかった。すまなかったな」
「お力になれず、申し訳ないです。一つだけ助言致しますけど、あまり大掛かりな捜索はやめておいた方がいいですよ。アサヒ様はあんな状態でしたし、国を不安にさせる事も無いでしょう」
「ああ。わかっている」
そう、あまり大きく動いてしまえば今のアサヒの状態が知れ渡ってしまう。そうなればアサヒを陥れようとする存在も出てくるだろう。
次期国王の婚約者が――というのは好ましくない。だからこそ、リゲル自身で連れ戻さなくてはいけない。精々、今は『婚約者に逃げられた』という小さな傷がつくだけである。
リゲルとレーゲンの出ていった扉を見ながらスピカは溜め息を吐き出す。
これで少しの時間稼ぎはできるだろう。自分が言わなくても兄が似たように動いたであろうが、違和感は払拭される筈だ。
逃した彼女が到着するまで、もっと言えば義姉と慕う彼女の準備が整うまで。
カップに口を付けて、中身が無いことに気づいたスピカは口角を少しだけ上げる。
焦っている、と他人を称してみせたが思った以上に自分も焦れている。けれどそれを表情や所作として出すことはない。
「スピカ様……。アサヒ様は大丈夫でしょうか?」
「さぁ? どうなるかしら。未来は見えませんよ」
それでも一定の未来を予測することはできる。何より、自身が動いた過程だ。
自分であったのならば――いいや、彼女と自分では立場も能力も違う。想像など無駄の極みだ。
兄達の行動を考えれば、追いつかれ捕まる事はないだろうが、猶予はそれほどない。
賽は既に自分の手から離れた。ある程度、いい目が出るように操作はしたつもりであるけれど、結果はわからない。それこそ、未来など見えないのだから。
「どう転がろうが、お義姉様はわたしのモノなのだけれど」
小さく吐き出した言葉は空になったカップに溜まり、スピカは笑みを浮かべた。
「灯れ」
集めた枝に火を灯して朝日は溜め息にも似た空気を吐き出して地面に座る。持たされた麻袋から乾物の肉を取り出して少しだけ囓る。
不思議と、食欲は無い。けれど食べなくては翌日の移動に響くことを朝日はわかっているし、近くの木に手綱を留めた馬も食事をしている。
あと何日も繰り返されるであろう行為はきっと慣れることは無いだろう。
火が近くにあるというのに、その温もりは確かにあるというのに、朝日は身を縮こませて寒気を耐える。
方角は、たぶん合っている。学校で習ったことを思い出しながら、朝日は残りの道程を考える。
言葉は通じない。合っているかもわからない道。もしも合っていなければ――。
頭を振って思考を振り払う。それでも自分は進むしかない。
カチイに到着さえすれば、ディーナに会えさえすれば。きっと。
腹部に鈍い痛みが広がる。明確な痛さではない。ジワジワと広がる寒気が朝日の思考を支配してく。
もしも、自分が捕まれば……きっと次は逃げれないだろう。スピカも二度は自分を逃がすことはできないかもしれない。
首に掛けてくれた不格好な小石のネックレスに触れる。リゲルがどうしてコレを渡してくれたのかはわからない。けれど、コレがリゲルにとって大切なモノであることを朝日は理解している。
けれど、そのリゲルは――きっと自分を逃してはくれない。いや、リゲルが朝日を逃したとしてもレーゲンがそれを容易く許すとは朝日も思えなかった。
どうしてレーゲンがリゲルを裏切ったのか。
あれだけ仲がよかった二人なのに。それでも、レーゲンには裏切るだけの理由があったのかもしれない。それは朝日にはわからないことである。
どうしてを重ねてみても、何もわからない。仲良く笑い合っていたあのレーゲンは――。もしも、それすらも嘘であったのならば。
呼吸が浅くなる。歯を食いしばって空気をどうにか飲み込む。
事実として、レーゲンはリゲルを裏切っている。そのレーゲンの後ろにはイワル公爵がいる。それはイワル公爵側の人間以外では朝日しか知らないことだ。
自分でもわかる未来だ。
国の良し悪しはわからない。けれど自分を含めた周辺にとってそれは悪い未来に成り得るだろうことは朝日にはただ漠然とわかる。
だから、どうしてを重ねる。
あのレーゲンが裏切ったことが、朝日には理解できない。
何度考えても、何を考えても、どう考えても。もしかしたら、レーゲンは二重スパイで、などということも考えてみた。けれど、それを証明することが出来ない。
それに、カチイに無事に到着したとして、ディーナに頼ったとしても、自分が喋るのはこの世界の言葉ではない。
『それは遅い。全てが終わった後だ。君は全てを知りながら、無力で、孤独で、何も出来ない』
あの時のイワル公爵の言葉が朝日を圧迫する。
誰も、日本語を喋ることが出来ない。けれど、スピカの反応を見る限り、もしかしたらディーナであれば通じるかもしれない。
――もしも通じなければ?
ディーナはきっと自分を保護するだろう。
言葉がわからないにしろ、彼女はきっと何があったかを調べて、逃げ出した自分に対して疲れたように溜め息を吐き出してリゲルに渡すかもしれない。
あの二人は喧嘩をしている――というよりは、一方的にリゲルが避けているし、それをディーナが良しとしている。
そんなリゲルに自分を引き渡すだろうか。偶然見つけたと言うにしろ、自分の元に来たと言うにしろ、それをリゲルは許さない。
匿うとして、長くは匿えない。マントを被って顔が明確にわからないにしろ、自分がカチイに向かっていたことはいずれわかることだろう。
そうなれば――。
「ぅっ、お゛ぇぇ……」
喉が引き攣って嘔吐する。けれど出てきたのは嫌悪感だけで、ただ辛さだけが喉を圧迫する。上手く呼吸が出来ない。苦しさだけが込み上げ、また喉を締め付ける。
浅い呼吸を繰り返し、朝日は震える自分の身体を握る。強く腕を握り、痛みで思考を逸らさせる。
まだ身体は震える。火が近くにあるというのに、寒い。
「……大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫」
思ってもいない言葉を吐き出す。自分に言い聞かせる。
自分がどうしてこんな目に合うのかがわからない。
唐突に異世界に放り出され、気がつけば学校での生活が始まり、そして王子様にアプローチをされて、そして今は国を救うために――大切な人を助けたい為に奔走している。
普通の、単なる学生だった自分が、気がつけば悪意の渦中に居る。
「ハハ……」
なんて夢なのだろうか。
なんて幻なのだろうか。
なんて現実なのだろうか。
笑ってみせた朝日であったけれど、頭の中では未だに不安が巡り圧迫してくる。歯を食いしばって、身体を横に倒して、瞼を閉じる。
瞼を開く。
眠ることはできなかった。灯っていた火が消えるまで、そして消えてから日が昇るまで。記憶も、意識もハッキリしていた。
悪寒も、不安も、何も拭えてはいない。まだ腹部は冷えたように鈍い痛みを広げている。
息を大きく吸い込んで、少しだけ留めて、細く、長く吐き出す。
「……行こう」
小さく呟いた言葉は自分に言い聞かせた言葉だ。
頭の中で考えて、縋るように吐き出した言葉だ。
倉持朝日には選択肢など、もはや残されてはいない。
くぅ~疲れました!!! お仕事完了です!!!
と言っても俺の仕事は終わりが見えないので、一区切りついてベガやフィアや他の政務官に押し付けてきただけなのだけれど。
街道の整備もある程度目処がついたし、商人達との契約も問題はない。カチイの街も少しは潤うだろう。
領地で出来ることは着手するけれど、それ以外のことも考えることは多い。
リゲルやアサヒのこと、そして問題となっているレーゲンのことである。
あまり考えたくはないけれど、レーゲンがリゲルを裏切っている可能性も考慮しなくてはならない。あのレーゲンが? とも考えてしまうけれど。
大本の原因は不明のままだ。
陛下の状態を考えても、最悪な結果は容易く導かれる。
賭けている、と言われたのだから微力は尽くす。幸いなことに俺は自由に動けるし。何より、手札が増えた。
フィアが紹介してきた実に胡散臭い糸目の美女の情報屋であるが、上手く使えるかどうかがわからないし、何より信じていいかがわからない。
なんせフィアのカチイ乗っ取りに助力していた様な人間である。カチイ側の人間である俺が信用しろというのが無茶である。
それでも使えるモノは使わなければどうしようもない事態だ。
俺がいない間の王都の動きも気になる。この辺り、俺の情報収集能力の不出来さがよくわかる。
金で動く人間であるが、まあ情報の整合性などコチラで判断すればいい。今は手を広げておくべきだ。
そんな情報屋から今朝届いた情報は見事に俺の頭を悩ませているのだけれど。
アサヒが王城から脱走した。そしてリゲルがアサヒを探しに王都から出立した。
何やってんだアイツら……。
ちょうど来ていた王都からの商人にそれとなく聞いてみたら数日前にアサヒらしき人物が王都から出ていったことと、その一日後にリゲルがレーゲンを連れて出ていったのは本当らしい。
リゲルに嫌気が差したとかなら、たぶんもうちょっと大事になってるし、アサヒはリゲルに対して不満なことがあれば直接言うような人間である。
けれど、逃げ出した、となると……どういうことだよ……。
アサヒが逃げている理由はさておき。リゲルはアサヒを探すだろう。自分の面子もあるし、リゲル本人が逃したにしては理由がないし、俺を捨てたようにしたほうが安全は確保される。
けれど、それをしなかった。
「わかんねぇな」
男装をしながら街でパンを買い食いしながら呟く。
執務室に籠もって考えることもできるけれど、仕事が押し寄せてくるしそっちに思考が取られてしまう。
街を自分の目で確かめるという意味でも、歩きながら考えている方が何かがわかるかもしれない。何もわからんが?
アサヒが脱走したとして、一番最初に調べられる場所はベーレント領だろう。「実家に帰らせていただきます」貴族社会で王族の婚約者がする胆力があったのなら自分で虐めぐらい突破していたことだろう。いや、アサヒは貴族社会に関して疎かったわ……。
それでも可能性としては低い。
それにアサヒが逃げ出すような理由も見つからない。
逆にアサヒが脱走、ではなく追い出されたのなら。
アサヒを追い出した理由は?
貴族達との軋轢……腹芸だけはしっかりとしている王都の貴族達ならばアサヒは上手く騙されるだろう。肝心な所は頑固そうだけれど。
裏で動いている何かを掴んだ、とか? いや、都合が良すぎるし、そんなことならばアサヒを殺した方が手っ取り早い。死体をゲイルディアにでも送りつければ罪も被せられる。
アサヒの脱走に関しての情報は逃げ出しているアサヒらしき人物の目撃情報からである、恐らく正しい。情報自体が操作されている可能性もあるからお父様に頼んでゲイルディアで飼っている情報屋との整合性も取らなければいけないが。
なら、どうしてアサヒは逃げ出した?
ディーナ・ゲイルディアという毒になりえるだろう存在を捨てて、扱いやすそうなアサヒを据えたのに。なぜ逃がす必要がある?
「情報が足りない」
今暫くは情報収集に動くしかないが、あまり大手を振って行動するのは拙い。
裏側にいるであろう誰かの目には届かない位置にいるというのに、リゲルの理に成り得るだろう行動をするのは俺を視界に収める可能性も出てくる。
結果として俺は静観するしかない。いや、ヘリオや雇っている兵達の訓練という名目で動かすのはいけるか? それでもあまり大きく動くことは出来ないか。
エルフ達に貸しを作るのも良くはない。というか、エルフが俺の願いを聴いてくれるとは思えないし。
手詰まり、ではあるけれど、アサヒの逃走に何かしらの意図があるのなら動いた方がいいだろう。
どうするかな……。
「おじょ……あー、ディン。ちょっといいか?」
「どうかしたか? ヘリオ」
「いや、なんでこんな所にいるんだよ」
「見てわかんねぇか?」
溜め息混じりに俺へと声を掛けたヘリオに向いて、疑問に対しては手に持っているパンを少し持ち上げてみせる。
もう一度溜め息を吐き出された。
「お前もなんでいるんだよ。確か警邏の途中だろ」
「どっかの誰かがいなくなったって館から報せが届いたんだよ」
「ちゃんとアマリナには言ったぞ?」
「他にも伝えろよ……」
俺がいなくてもちゃんと回るような仕組みにしてるから別に問題ないだろ。
俺が必要な時なんて、何かしらの面倒事か緊急での判断ぐらいだろうに。他の仕事? 俺の机に積み上がるんだよ……。
それに俺がフラッと消えることはわかられていることだろう。男装して街に来るようなことは一部しか知ってないが。
「それで、何かあったのか?」
「アンタはちょっとぐらい自分の立場を考えろよ」
「替えの利く領主だろ。いなくなってもどうにかなる」
「はぁぁ…………」
思いっきり深い溜め息を吐き出された。なんでだよ。
むっと睨んで見てもヘリオには効かず、既に護衛をするように近くにいることを決めたようだ。
俺が必須なことなどあまりない。確かにヘリオやアマリナと俺は切っても切れない関係ではあるけれど、カチイの領主という面では俺でなくてもよい。
というよりも、俺がカチイの領主である時期などそろそろ終わるのだ。来年にはアレクが卒業してカチイに来るだろう。ある程度の引き継ぎ業務はするが……それでも長くてももう一年ぐらいだし。
そこから先の俺は……どこかに嫁ぐにしても王族からフラれたからな。それに俺自身が嫁ぐつもりなど毛頭ない。
それでも金は必要だし、研究もしたいし……そもそも現状を鑑みればそんな未来にゲイルディア自体が存在しないだろう。
リゲルが俺を離したのは、誰かの思惑も絡んでいるだろうし。ゲイルディアを嫌ったか、それとも俺が邪魔になったか。アサヒが都合がよかったのか。
……全部ありそうだな。
ゲイルディアに敵が多すぎて絞りきれない、というのは実に面倒だ。俺自身にはそれほど敵が……いなくないか。
「それで、お前の方はどうなんだ? リヨースと随分仲がいいじゃないか」
「…………はぁ」
「なんで溜め息を吐いた」
「いや、アンタはたぶんこれからも変わらんと思うと」
これでも成長している。身長だって伸びたし、胸もそれなりに大きくなってる。いや、比較対象にエフィさんをもってこられると大多数の人間は貧乳扱いであるが。
それに鑑定眼に関してもそれなりに養われている。フハッハッ、お前の気持ちなど手に取るようにわかるぞ。
「リヨースとは……まあ、いい鍛錬が出来るからな」
「あんな美人を捕まえて鍛錬の話か」
「あんな美人の口から試合の話しか出てこないのも悪い」
「確かに」
わかる。
執務中に外を見たらリヨースはだいたい鍛錬をしている。もっと淑女としての教育を受けてくれ。主に俺の為だが……。
試合相手は結構多方である。兵達に始まり、ヘリオもそうだし、レイも相手をしてもらっている。俺としても嬉しいことだけれど、それよりも淑女教育を受けてくれ。ホント、次の王都に行くまでに身に着けろよ? お母様から凝縮されて詰め込まれるぞ……。
「さて、じゃあそろそろ行くか」
「お、帰るのか?」
「何を言ってるんだ? そろそろ酒場が空く時間なんだよ」
「なんでアンタがそれを把握してんだよ……」
「フッ、この街のことを俺以上に知ってるヤツなんていないからな」
そりゃぁそうだろうよ、というヘリオの言葉をニヤッと笑って流してみせる。
ヘリオにはもう暫くは頑張ってもらわないといけないし、リヨースとの戦闘訓練をもうちょっと増やせるように時間割り当てるか。最悪は
今のままでも負けるとは思えないけれど、勝てるとも思えないし。
さて、酒場に行こう。帰ったらお仕事が積み上がってるだろうから、たぶんそれほど飲めないけど。それでもアルコールは人生の潤滑油なのだ。
『ディン!』
誰かの声が聞こえた。
確かに、しっかりと、そしてその声の主を俺は知っていたし、咄嗟に聞こえた
ボロボロになったフード付きのマントを羽織った同い年の女。カチイにいるとは思えなかった人。
「……ヘリオ、今すぐ帰って俺とアレがこっそり帰れるように道を作ってろ」
「了解」
ちゃんと歩いて帰っていくヘリオには見向きもせずに影を踵で叩いて反応を待つ。数秒もしない内に俺の影が波打った。
「アマリナ、風呂の準備をしておけ。あと栄養のある食事の準備も」
指示だけを言葉に出して返事は聞かない。聞く必要がない。
俺が命令すれば、二人とも十全に俺の願いを叶えてくれる。そう育てたし、そう信じている。
俺は小さく息を吐き出して、改めて前を見据える。
いくら瞬きしても、相変わらず少女は存在するし、ボロボロだし、日本語を喋るし、何より泣きそうな顔をしていた。
「おいおい、どういうことだい? 君は王都にいる筈だろう?」
近付きながらいつかのように少し軽薄に言葉を吐き出してみせる。笑顔だって忘れない。
『お願い、ディン。わたし、ディーナさんに会わないといけないの』
「……まったく、何を言っているかわからないね」
はて、とわかるように首を傾げてようやく手の届く距離まで詰めれた。
そうすれば彼女は俺に縋り付いて、しっかりと俺の目を見つめた。揺れている癖に、しっかりとした視線が俺に突き刺さる。
何? ホントにリゲルと喧嘩でもしたの? 困ったら来いって言ったけど、早くない?
と冗談はさておき。俺がこの場で反応するのは面倒である。なんせ他の人の目があるのだ。どこに何があるかわからないから、ある程度は配慮すべきだろう。既にアサヒがいる時点で問題ではあるが、幸いにしてフードを被って髪を隠しているし、今は変な言葉を吐き出している謎の少女である。
俺に会わないといけないってどういうことだ? なんだ、敵さんが真面目に俺を貶めに来たか? アサヒはその尖兵? そうなると本格的にリゲルが拙いんだが……。
『お願い、リゲルが危ないの……』
嗚咽が混じりそうな程の声が、揺れる瞳から溢れた液体と一緒に零れ落ちる。
俺は顔を寄せて、アサヒにだけ聞こえるように
『黙って着いてきなさい。話を聞きますわ』
『――え』
顔を離して、ディンであるように軽薄に笑みを浮かべる。そして彼女の腰へと手を回してなるべく歩きやすいようにエスコートをしてみせる。
アサヒが脱走した理由は恐らくわかった。日本語しか喋れないのも、理解できる。だからこそ、どうして俺の元に来たのかがわからない。
とりあえず保護はすべきだ。
話はそこからである。
次挿絵のキャラは誰がいい?
-
リヨース
-
騎士ディーナ様
-
シャリィ先生
-
エフィさん