悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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遅くなりました。
書いていたら、勝手にディーナ様がキャラを増やしやがりました。私は悪くありません。この悪役令嬢が悪いです。ワタシ、ワルクナイ。


52.悪役令嬢は死にたい!

 確保した十日間はある程度の余裕がある。

 そもそもアサヒ自身は今も目の前にいるのだから、このままリゲルの元に連れて行けいいのだから十日という日数も必要ではない。

 

「それで、こちらの言葉はわかるかしら?」

『えっと……?』

『難しいわね』

 

 頭を抱えながらアサヒに渡していたネックレスを受け取る。

 二日ほど徹夜をして元々持っていたネックレスの石に術式を刻み付けたのだけれど、どうにも上手くいかない。

 答えは知っている筈の術式。この世界(こちら)の言葉を朝日の世界(あちら)の言葉へと変換する為の術式であるけれど、問題点すら突き付けられずに否定されていく。

 魔力が足りない、という事はないだろう。アサヒの魔力は右目で見たらエルフ顔負けの魔力を保有しているのだからそれは問題ではない。

 そうなると術式自体が問題なのだけれど、あの指輪に刻まれたであろう術式と似た術式を刻んだ筈であるが、それでも問題が生じている。

 何がおかしいのかもわからない、ちゃんとした答えを観察、観測できればその問題も解決するだろうけど。今答えを保有しているのはエルフの王であるエフィさんと王都にいるイワル公爵だ。

 イワル公爵は指輪を持っている事を隠すだろうし、エフィさんは貸してくれないだろうし、俺がエフィさんの所に向かう時間もなければエフィさんがこちらに来ることもない。

 これは詰んだな!

 

 と、すっぱりと一つの選択肢を諦める。時間があればまた手を付けよう。

 それほど重要な選択肢ではない。それこそ出来れば飛躍する程度のものだ。なので問題はない。半分以上俺の趣味である。

 彼女の言葉がリゲルに伝われば牽制になるだろうし、動きを封じて追い詰めることも可能であるけど。魔法の力で簡単に、というのはなかなか難しい。

 

「……ディーナ様、また無理をなされましたね?」

「嫌ですわ、シャリィ先生。ちょっとだけ寝ていないだけですわ」

 

 ほら、こう、研究と実験に没頭して睡眠時間を忘れたのだ。仕方ない仕方ない。

 座っている俺の隣に立っているシャリィ先生のジト目から逃げるように目を逸らして、目の前にいるアサヒの手元へと向ける。

 彼女の手元には教材用の絵本があり、絶賛この世界の言葉を勉強中である。

 

「あー、あ、まけ?」

「赤」

「あか、あか、あか……赤?」

『よくできました』

 

 アサヒの発音を矯正しながら顔を軽く横に向けて再びシャリィ先生の方へと視線を向ける。まだジト目である。

 こう、手心というものはないのだろうか。ないのだろう。アマリナにも向けられたし。

 降参するように両手をあげて頭を振る。

 

「無理をするな、とは言いません」

「お優しいこと」

「言っても聞かないことは知っていますので」

 

 そういう所は成長してくれない、と溜め息混じりに吐き出してくれたまったく成長しないシャリィ先生である。

 俺は無理も無茶もした覚えはない。いや、オークの時ぐらいは無茶をしたなぁ、とは思う。でもあれは仕方なかったことだし、罪には問われない筈だ。たぶん。凄く怒られたが。

 現状、無理も無茶もしたことのない俺としてはその視線は非常にいたたまれない気持ちになる訳ですよシャリィ先生。やめてれないですか? やめてくれないですか。

 

「……それで、次の無茶は何ですか?」

「シャリィ先生は私が無茶をし続けるような生物だと思っていらっしゃる?」

「無茶をしない生物だと? 結構、結構。アナタと過ごして幾つ無茶をしたか数えて差し上げます」

「きっと片手で足りますわ。両手を準備することもないですわね」

「こちらの手は二桁目の為に必要なので」

 

 そんなにしてない。してないゾ? ホントダヨ。

 右手の指が数往復して、左指が幾つか立てられるのを見ながら、思い出す。

 

「シャリィ先生」

「……なにか?」

「左側を一つ追加しておいてくださいます?」

 

 凄い顔を顰められた。既に動き出していることだけれど少なくともシャリィ先生の言う無茶を十回はするであろう事への不満だろう。

 ニッコリ笑いながら次は目線を逸らさない。これは自覚している無茶なのだから、逸らす必要はない。

 

「はぁ……ディーナ様は何故無茶をなされるので?」

「必要なことだからですわ」

「それはこの女の為に?」

「随分と辛辣ですわね」

「私はこの女にいい感情を持ってはいないので」

「あら。先生はアサヒの事は知らないでしょう?」

「ええ、ええ。貴女を蹴落とした、という事以外は」

 

 それで悪い感情を抱いている、というのは自惚れてもいいのかもしれない。

 自身の敵対者であっても愚痴は言いはしても根本的には興味の欠片すらないシャリィ先生にここまで言わせている理由が自分なのだ。

 にやけそうになる口を手で隠す。バレたらたぶんシャリィ先生はムスッとしてしまうのだ。

 

「アレは私も悪いのよ」

「貴女は自分が悪くなくとも悪いと仰るでしょう」

「そうかしら?」

「逆に悪いと思っている事は悪くない、と仰ります」

「……そんなことありませんわ」

「結構、結構。ディーナ様がお変わり無いことがわかりました」

「嫌味かしら?」

 

 ニッコリされた。

 言わなくてもわかっているだろう、と言わんばかりの笑顔である。可愛いなぁ。口に出すとスッとジト目になるのだけれど。

 

「それで、ディーナ様は次はどういった無茶をなさるので?」

「そうね。悪い予感があたるのなら()()()()()()()()

「…………なるほど、なるほど。私にこの女を王都に連れていけと」

「スグに答えられると自信を無くしますわ」

 

 ホント、なんでコレだけでわかるんですか? 俺の計画とか、もしかしてバレてるんです? 筒抜けだとそれはそれで対処方法も考えないとダメなんですが……。

 

「私が貴女の考えをわからないでどうするんですか」

「頼りになりますわ、シャリィ先生」

「ですが、私はこの女が嫌いです」

「……ん?」

「ええ、ええ。とても嫌いです。もしかしたらディーナ様の()()()では私は秘密裏にこの女を害するかもしれません」

「んんんん?」

 

 そんな事はしない。シャリィ先生はそういった行動をしない。するにしてもこうして俺に宣言するようにする事はない。

 それにシャリィ先生と一緒にリヨースにも頼むのだから、そういう行動ではできない。させない。

 そんな事はシャリィ先生もわかっているのだ。俺にわかっているのだから、シャリィ先生がわからない訳がない。

 シャリィ先生に目を向ければ相変わらずのジト目である。

 

「……シャリーティア先生、頼めますか?」

「ええ、ええ。仕方ありませんね。ディーナ様の頼みですので、ええ、ええ!」

「あと、契約更新もしますか?」

「……あまり調子に乗らないでください」

 

 すみません。いや、ほら、数日ぐらい会えないし。

 それに俺も魔法を使うかもしれないので、ある程度は余裕をもっておきたい。

 されないならされないで想定して動ける。少しぐらい、魔法を使っても、バレへんか……!

 

 と、考え事をしていたら頬に柔らかい感触が当たり、シャリーティア先生の髪が少し視界に揺れる。

 視線を向ければ、耳先を赤くしたシャリーティア先生がソレを隠すようにフードを被った。どうして写真とかないんですか?

 

「では、私はこれで」

 

 こちらの返事を聞くことなく、クルリと踵を返して部屋から出て行ったシャリィ先生を見送る。

 よし! 楽しく話せたな!

 

『あー、えっとディーナさん?』

『あら、何かわからない事でもあったかしら?』

『あ、いや、ん? ちょっと待ってね、今頭の中を纏めてるから』

『どうせ纏まらないのだから、さっさと言えばいいわ』

『む……えっと、さっきの人はディーナさんの先生なんだよね?』

『そうね。軽く紹介したけれど、私が幼い頃からの先生ですわ』

『……つまり、えっと、ディーナさんは女の子の事が好きってこと?』

『何をどう考えてそうなったかよくわからないのだけれど』

 

 女の子が嫌いな人などいるのだろうか。否、いない。あんな可愛い先生が嫌いなわけないだろ!

 先生が俺のことをどう思っているかはわからないけれど、たぶん心配とかされているので、手間の掛かる教え子であり、研究仲間であり、支援者で、そして研究対象である。

 キスして真っ赤になるぐらい初心な先生だからな……。

 

『ディーナさんはリゲルの婚約者だったよね?』

『そうね。誰かのお陰で"元"が付くけれど』

『それは、うん、ごめんなさい……』

『気にしていないわ。貴女が悪い、というよりリゲル様が悪いのだし』

『……ディーナさんはリゲルと付き合ってて、それで女の子が好きで、ん? つまり、リゲルは女の子だった?』

『……休憩にしましょう』

 

 あれが女の子な筈ないだろ。

 小さい頃なら女の子の可能性もあったけど、今のリゲルはちゃんと男である。見た目も、声も。

 もしも女の子だったのなら、もれなくアサヒに奪われる前にどうにかしていたかもしれない。いや、どうだろう。どうせこの選択をしている気がしてきたな。

 

 座っている状態のまま足で影を叩きアマリナに合図をしておく。

 すぐにアマリナが紅茶を持ってきてくれる筈だ。

 

『ああ、そうだ』

『?』

『貴女に少し危険が及ぶけれど、私が守りますわ。その危険も私が招くものですけど』

『…………ディーナさんって誑し?』

「何言ってんだこいつ」

 

 呆れるように溜め息を吐き出すだけで言葉の意味はわかってくれたらしいが、キャンキャンと抗議の声が聞こえる。あー、異世界言語ワカラナイナー。

 初歩的な単語を覚えさせたりする時間はまだあるけれど、それでも必要な単語だけは教えておくべきだろう。

 例えば、彼の名前とか、彼への気持ちとか。朝日は目眩ましにも使える、大事な切り札である。。

 だからこそ、先んじてその一手を指す。相手に攻撃などさせないように、逃げ出す時間を消す為に、徹底して潰していく。

 

 

 故に、俺は死のう。

 

 

 

 

 


 

 割のいい仕事というのはいつだって転がっている。

 誰だって自分の手は汚したくはない。誰だって自分は綺麗なままでありたい。

 そしてその割のいい仕事というのは、手を汚す仕事である。

 当然、その者の中でも矜持は存在する。或いは金銭がどれほど高く積みあがるか、であるが。

 

 

 夜半、静まりかえる街に黒の影が蠢く。目標はこの街を納める女である。

 集めた情報では、単騎でオークを討伐したなどという眉唾な物と、彼女自身の性格である。

 正しく悪女と言ってもいい女であるが、所詮は女であるし、供回りも騎士として名のある存在はいない。

 

 暗殺者である女は息を殺す。

 身に染みた歩法は音を殺す。

 標的を見つけ次第すぐ殺す。

 

 

 心臓が少しだけ騒めく。何度も手を汚してきた女にしてみれば、殺しに対する忌避感などない。

 今回、同じ依頼を受けているであろう暗殺者達――と呼ぶべきかも迷うごろつき達の人数分で割られる報酬。それでも自分の生活を豊かにするには十二分にある。

 この館にいる標的の行動は何度も頭の中で思い返した。それこそ恋する女とてそこまではしないであろう。

 何度も、何度も繰り返し、頭の中で何度も標的を殺してみせた。

 眠る女を突き刺した。起きた女の後ろから首を切った。逃げる女に追いついて胸を穿った。

 小さく、音も鳴らさずに息を吐き出して、女は扉を開く。

 貴族らしい、豪奢な部屋である。調度品の幾つかはきっと自分が稼ぐ金銭よりも高価であろう。

 それには目もくれない。標的はベッドで眠っている。

 他には誰もいない。

 

 ザワリと、頬に風が触れる。

 女は自分の頬を撫でて、違和感を拭う。

 手は震えていない。嫌な予感もしない。幾度か出会った事のある強者のような重圧もない。

 床の音を立てずに、衣服の擦れる音もさせずに、女は腰にある短剣を静かに抜いた。

 

 ベッドの中。盛り上がる布団を見下す。

 神に祈ることもない。ただ、殺す。

 音と一緒に。音を鳴らさないように。標的から音を奪う。

 

 

 

 

――

 

 ()は剣を布団へと突き刺した。

 馬乗りになったまま布団を捲りあげる。一度刺しただけならばまだ息があるはずだ。

 殺す前に貴族の女を抱ける楽しみ、そして殺した後も持ち帰って楽しめる。

 報酬と性欲を満たせる依頼のなんと素晴らしいことか。

 

 捲った布団を見下す。きっと貴族のご令嬢の顔が驚きに染まっている筈だ。筈だった。

 

「あ?」

「ごめんあそばせ」

 

 誰も眠っていない枕が男の視界に映り、思わず声が出てしまう。

 後ろから聞こえた声は女の声であった。刃の滑る音が男の耳を揺らす。

 どうして、などと言いもできず、男は疑問を浮かべたまま頭をベッドの上へと転がし、赤を広げる。

 落とした首の行方を探すように赤が噴き出る体をベッドへと倒して、標的であるディーナ・ゲイルディアは溜め息を吐き出した。

 

 僅かに聞こえる剣戟の音に眉を寄せて近くにあった鈴を鳴らす。

 

「誰か! 誰か近くにいませんの!?」

 

 鈴を鳴らして来たのはメイドである。茶毛を首元で切りそろえたメイドが頭を下げて扉を開けた。

 慌てた様子であったディーナは安堵の息を吐き出してメイドに問いかける。

 

「ああ、よかった。アナタ、名前は?」

「クロジンデ」

「そう、クロジンデ。私に着いてきなさい」

 

 そう言ってディーナはクロジンデの横を通り抜けて足早に歩きだす。

 足音を鳴らさずに、ディーナを追いかけるクロジンデは目を細める。

 

 自身の予感を信じてよかった。

 あのまま短剣を振り下ろしていれば自分の首が落ちていたに違いない。

 複数聞こえる剣戟の音は手を組んだごろつき達と標的であるディーナの従者の戦闘であろう。

 その戦闘にこの女は参加しない。貴族だから、自身を危険に晒すわけがない。メイドの名前すら覚えられない貴族のお嬢様だ。

 頭の中でディーナの力量を修正する。不意打ちとはいえ男の首を落とすだけの力量はある。

 危険度を少しだけ上げる。けれど、まだ問題はない。彼女は安心しきっている。

 

 ディーナの後ろについていけば近くの部屋の扉をノックもせずに開き、眠っている少女を叩き起こした。

 

「――――――!!」

「うるさいですわ!」

 

 寝起きながら赤を被ったディーナを一目見て叫んだ黒髪の女は頭を叩かれた。

 黒髪。追加報酬の標的である事にクロジンデは内心喜んだ。この黒髪の女を生きたまま連れて行けば、さらに報酬が貰える。

 

「―――――」

「――! ――!」

 

 何語かわからない、言葉同士のやり取りを見ながら、クロジンデは黒髪の女がどういう女かを手持無沙汰ながら考える。

 異国の誰か。依頼主を考えれば要人か、あるいは愛人か。それとも落胤か。何にしろ自分には関係のない事であるし、考えるだけ無駄に違いない。

 

「さて、ここから逃げますわ」

「……入口は無理」

「そうですわね。隠し通路から逃げますわ」

 

 クロジンデは小さく「ほぅ」と漏らす。調べたけれど、そんな物はなかった。もっと調査すべきだった。

 後の自分の修正点として心に書き記して、クロジンデはディーナと黒髪の女に追従する。

 

 ディーナは自室へと向かい、ベッドに横たわる体だけの男に黒髪の女が卒倒しそうになるのを抱きとめて本棚へと向かう。

 本棚に並べられた本を抜き差しして、ガコリ、と音が鳴って本棚が動く。

 

「クロジンデ。先導しなさい」

「……わかりました」

 

 暗闇へと続く道である。自分だけならばランタンすら必要ないが、だからといって何も持たずに入るのは怪しまれるだろう。

 近くにあるランタンを手に取って、灯りを点して闇を照らす。長い下り階段が照らされて二人を連れて降りる。

 

 コツン、コツンと石畳を靴で鳴らす後ろの二人とは違い、クロジンデの足元からは音が鳴らない。

 何語かクロジンデはわからない言葉が交わされる。意味を理解することも、何を言っているかもわからない。

 けれど、そんな物は関係ない。

 このまま奥へと向かって、出口が見えればディーナを殺して、黒髪の女を攫ってこの依頼は終わりである。

 割のいい依頼であった。これでかなりの間、仕事をせずに暮らす事ができる。

 

「クロジンデ、そこの奥の石を動かせば出口への道が繋がりますわ」

 

 幾つか分れた部屋。部屋と言っても鉄格子で囲われた部屋であるが。

 貴族らしい悪趣味だと思ったし、噂通りの悪女である再認識にもなった。

 鉄格子の中へと自ら入り、ディーナが言った通りに壁の石へ跪いて、触れる。何も起きない。

 

「……何も起きない」

「ええ。そうでしょうね」

 

 クロジンデが振り返れば、鉄格子の向こうにディーナと黒髪の女が見えた。

 目を細め、肩を落とす。

 

「いつから気づいた?」

「最初から。私、雇っている人間の名前は家族まで覚えていますの」

「……驚き」

 

 本当に驚いた。何も知らない貴族の娘だと思っていた。

 けれど、まだ警戒が足りない。まだ殺せる。殺して、彼女から鍵を奪い、開ければ何の意味もない。

 クロジンデは自身の影になっているスカートをたくし上げ、太ももに忍ばせていた短剣を握る。順手で握り、体を捻って射出する。

 

 鉄格子の間をすり抜けて、ディーナの胸元へと向かった切先は彼女のドレスに沈むこともなく、弾かれる。

 誰も動いていない。見えない何かに防がれた。

 

「――魔法」

「当たりですわ」

「ずっと?」

「ええ」

「……わたしの負け」

 

 打つ手なしである。ここまで警戒されて、鉄格子越しに殺す術をクロジンデは所持していない。

 何度も殺してきて、自分の番が回ってきた。クロジンデにしてみればそれだけである。

 

「幾つか聞きたい事がありますわ」

「依頼主は言わない」

「自分の命との天秤でも?」

「うん」

「……まあ、それはいいですわ。他にも生け捕りにして拷問でもすれば吐くでしょうし」

 

 他のごろつきの事を考えれば、何人かは吐くかもしれない。暗殺者としての不文律を守る事はないだろう。

 

「さて、クロジンデ……いえ、これも偽名かしら。貴女、名前は?」

「無い」

「通称もありませんの?」

「“音無し”」

「確かに、私の部屋に最初に入ってきたときにも音はありませんでしたわね」

「……驚き」

「言ったでしょう? 最初から、と」

 

 なら、本当に打つ手がなかった。幾度も繰り返した思考の方法でも、この金色の女を殺すことはできなかったのかもしれない。

 無警戒の時なら殺せただろうか。その無警戒の時を見つけるのが難しいか。

 

「……殺す?」

「命乞いはあるかしら?」

「無い」

「なるほど……。私に雇われるつもりはない?」

「…………正気?」

「ええ。腕はいいですし、それに拷問は好きではありませんの」

 

 先ほど「拷問でもすれば」と言っていた人間の言葉とは思えないし、何よりこの女の噂を鑑みれば嘘である事はすぐにわかる。

 “音無し”は目を伏せて、少し思考する。

 

「依頼者は言わない」

「ええ。それは貴女の矜持でしょう? ならば、尊重しますわ」

「なら、わたしを雇う意味がわからない」

「? 貴女が欲しい以外に必要かしら。私、才能ある人間は好きですの」

 

 自分を殺しに来た存在であろうと、『才能がある』というだけの理由で雇う。

 

「……変人?」

「失礼ですわね。それで、ここで死ぬか、私に拾われるか。選んでいただきますわ」

「……雇われてから殺すかも」

「貴女の矜持に反するでしょう?」

「……」

 

 “音無し”は目を伏せる。

 この金色の悪魔は自分の才能を買っている。そして雇われたら彼女を殺さないというのも的を得ている。

 自分の矜持がそれを許さない。失敗した依頼の主には義理を果たす。料金を得ることができない事は悲しむべき事だけれど、それでも目の前の女に雇われれば問題はない。

 自分にとって負の要素はない。

 

「依頼内容は?」

「終身雇用。衣食住は私が保証しますわ。私の依頼をしていない時は自由にしていただいていいですし、その時でも一定の給金を与えますし、依頼の時は別途料金を支払いますわ」

「……やっぱり変人?」

「使える人間を手放す趣味はありませんの」

 

 金色の悪魔は嗤う。

 自分が既に陥落していると断言するように、悪魔は口を開く。

 

「私のモノになりなさい、“音無し”」

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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