悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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遅れました。


55.悪役令嬢は駆除したい!

 もう既に空には月が雲に乗り浮かぶ。

 うすぼんやりと雲に隠された光が緩やかに王都から少しだけ離れた舗装されていない道を照らす。

 王都では騒がしく騎士達が警備をしていることだろう。

 

 見渡しのいい草原にポツンと生えた樹に立ったまま凭れて、深呼吸をする。

 

 どうしようもなく、自分が上手くいっているなんてことはない。

 先のイワル公爵を追い込んだのも、彼の意表を突くことができた。それだけなのだ。

 彼の頭がいいからこそ、俺があの場にいた事での効果は絶大であった。

 

 全てを封鎖した。彼の手段を全て潰した。そう思わせる事に成功した。

 事実として、イワル公爵が取るであろう手段は思いつく限り潰した。本当の彼であったのならば、俺が想像を超えた行動を取ったであろう。

 それは彼の慢心に違いない。慢心していたからこそ、警戒してくれていたからこそ、俺があの場にいる意味があった。

 陛下に全て伝えていたことも。彼は全てを理解した上に絶望してくれて、詰みに繋がった。

 

 もしも、俺が言った通りに彼があの場から逃げていたのならば――。

 それも防ぐための手段は講じていた。それこそ音を遮断する風の壁を張り、徹底した行動をした。

 ソレを越えていたのならば――。

 そんな物を考えても仕方がない事だ。

 

「それで、公爵家は軟禁してくれているのね」

 

 読んでいる手紙は簡易的に報告書としてフィアが作ってくれたものだ。とても読みやすくて助かるぅ……。

 陛下への伝手自体はベガが行ったことであるし、裏付けは裏側に詳しいボーグルがしてくれている。……最初に調べた時にお父様が「だいたい全部の犯人です!」ってなってた時は本当に笑ったけどな!

 依頼料もそこそこの値段であったけれど俺の財布が痛んだだけで追い込めたのなら御の字である。

 陛下達も協力的だったのも俺にとっては追い風になったのも間違いではない。

 

 自分は上手くいっている。なんて言葉など言える筈もない。

 運がよかった。それこそイワル公爵の言っていた“運命”というモノを信じる程である。あんなモノを信じる意味もないけれど。

 

 イワル公爵自身も、王城で軟禁状態にあるだろう。もしくは、牢に入れられているか。

 出来る事ならば牢に入れられていてほしい。その辺りの判断は俺にはできないし、俺の責任でもないし、俺の権利もない。

 

「だから、出来る事なら守ってほしかったのだけれど」

「んぉ? よぉ、ゲイルディア嬢じゃねぇか」

 

 ようやく来た待ち人に視線を向けて、凭れていた樹から背を離す。

 ()()通りに郊外に繋がるこの道を歩いてきてくれた。

 

 まるでついこの間の剣呑さなど欠片もない、相変わらず爽やかな笑顔で挨拶が彼の口から吐き出される。息を少し飲み込んで平静を保つ。

 

 赤髪を短く刈り揃えた男。

 俺たちの幼馴染でもある男。

 

 幼馴染を容易く裏切り通した男。

 レーゲン・シュタール。

 

 今もまだ、少しだけ、ほんの少しだけ、この男の事を信じてしまっている自分がいる。俺としても、私としても、信じれる欠片もない。

 持っていた手紙を影へと落とす。

 小さく、彼にはわかるであろうけど溜め息のように息を吐き出して、呆れたように彼を睨めつける。

 

「レーゲン。先に二つほど聞きますわ」

「おう。俺もゲイルディア嬢に聞きたい事があるんだよ」

「イワル公爵は殺しましたの?」

「ああ。ちーっとばかし面倒だったけどな。邪魔なヤツは消しとくべきだろ?」

「ええ。御尤も。まったく、反吐が出るぐらいに」

 

 ちょっと面倒だった、と口に出来る程度の労力で王城にいる騎士たちを搔い潜り、或いは潜り込み、軟禁されているであろうイワル公爵を殺した。

 殺したことは、まあいい。最悪な展開の一つであるし、まだイワル公からは聞くことがあったけれど。

 アサヒが何故この世界に召喚されたのか。彼なら手掛りの一つぐらいは持っていただろう。たぶん。やっぱりあの時に聞いておけばよかったな。

 額に指を当てて呆れたように振舞う。彼がもっている“ゲイルディア嬢”という印象を崩さないように。

 

「さて、次は俺の番だな。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「あら。気が付くのね」

「ゲイルディア嬢は無能が嫌いだろ? まあ、思ったよりも歯応えが無くて残念だったけどな」

 

 知っている。尤も、知ることになったのは今になってであるが。

 王城で完璧なまでに、徹底して兵力の差で彼を圧し潰す事もできた。当然、それが正しい方法であることも知っていた。知っていたし、陛下やリゲル達も俺に協力してくれただろう。

 結果として、この男は騎士達と戦う道を選択しただろう。そして死体を積み上げる。そんな人的資源の無駄遣い――いや、変に理由を付ける意味などない。

 ただ、俺が陛下とリゲルの間に禍根を残したくはなかった。それだけである。

 陛下は納得するだろうし、リゲルも現状を鑑みればそれが正しい選択であった事を理解するだろう。けれど、小さくても、どれほど小さくても禍根となる可能性があるのならばソレは廃した方がいいに決まっている。

 完璧主義者、という訳ではないけれど。

 

「俺を逃がした理由は?」

「あら、幼馴染を逃がすのに理由はありまして?」

「……ゲイルディア嬢の事だから、俺を止めようとすると思ったんだがね」

「止めても止まらないでしょうし、私が貴方を止められるとでも?」

 

 圧倒的な力量差がある。

 もしも俺一人が彼を止める、或いは王城に連れ戻すという事をするとしても無謀の一言だろう。そんな事は俺だってわかっている。

 

「それに言葉で言い負かして連れ戻すにしても、貴方に待っているのは死刑でしょうし」

「ハッハッハッ、だろうな」

「だから、私は貴方を見送りに来たのよ」

「へぇ、見送りねぇ」

 

 レーゲンが俺を頭の天辺から足先までを見る。

 こうして令嬢がドレスを着ている事に違和感など無いだろう。彼も見慣れた赤いドレスだ。

 尤も、彼はこれで納得をしないだろう。納得されるなんて考えも無い。

 

「二つ目の質問ですわ」

「――どうしてリゲルを裏切ったか、か?」

「裏切りの理由よりも、貴方の目的がわかりませんの」

「別に、特別な事はねぇよ」

 

 ならば、まだ庇えるかもしれない。レーゲンがイワル公に乗ったのはそうせざるを得ない状況であった。そうに違いない。

 ――否定する。そんな事など無い。

 もしも、そうであったのならば。彼はイワル公を殺してこの場にいない。粛々と罰を受けていただろう。

 けれど、そうはしなかった。

 彼自身が否定した。()()()()()()()()()()()、と。

 

「生まれた時代が悪かった」

「それが目的ですの?」

「いいや、これは単なる切欠(キッカケ)に過ぎねぇよ。足りねぇんだよ。そこらの雑魚じゃ」

「……貴方、戦争がしたいのね」

「戦争……? ああ、そうだな。俺は証明してぇんだよ。俺の強さをッ! 俺の存在をッ! 俺の意味をッ!」

 

 だからレーゲン・シュタールはイワル公に乗った。今の平穏としたシルベスタよりも、殺伐とした世界を生きる為に。

 イワル公はこの男のどこまでを知っていたのだろうか。きっと上手く使うだけ使って、あとは捨てるつもりだったのかもしれない。そこまで、俺は推し量ることもできないけれど。

 レーゲン・シュタールが言う通り、生きる時代が遅すぎた。

 一昔前、それこそまだ初代シルベスタ王が生きていた頃ならば、未だに王が勇者と呼ばれていた時代ならば。彼はきっと正常に生きれていた。

 彼の気持ちはわかる。わかってしまう。俺自身が転生者であるからこそ。

 強大な力に憧れた事があるからこそ。

 等身大以上の自分を夢見たからこそ。

 

「そう。それでこのまま逃がせば、貴方は戦火を持って、またこの地を踏むのでしょうね」

「ああ。楽しもうぜ、戦争ってやつをよ」

「嫌ですわ」

 

 そんな事が許される筈がない。少なくとも、そんな理由を聞かされて逃がす程に俺は自分という存在の事を過信していない。

 予想していた最悪の言葉であった。けれど、予想していた範囲内である。本当なら「なんとなく裏切った」なんて言ってくれると思っていた。淡い期待だ。

 

「嫌っつてもな。ゲイルディア嬢は俺を止めれないだろ?」

 

 肯定するしかない。それは力量を考えた結果だからだ。

 溜め息を一つ零す。もうどうすることも出来ない。それは客観的な感想でしかない。

 レーゲン・シュタールが口をへの字に曲げて、つまらなさそうに足を進める。

 俺の横を通り過ぎ、樹に縛られている手綱へと手を伸ばす。

 このまま何もしなければレーゲン・シュタールは他国へと出向き、戦火を持ちこむだろう。

 

 ディーナ・ゲイルディアには防げない。圧倒的な力量の差があるからこそ、ディーナという女は、理知的で、計算高いこの女は自分に手出しが出来ない。

 だからレーゲン・シュタールは俺などもう眼中にはない。 

 

 

 だからこそ。

 

 だからこそ。

 それでイイ。

 

 ()から柄を掴んで剣を一息に抜き、レーゲン・シュタールの背中へと突きを放つ。

 たった一瞬の為に、演じきった。

 

 甲高い金属音と同時に手が痺れる。握った細剣を取りこぼす事はなく、強く握りしめる。

 

 いつの間にか抜かれていた肉厚の両刃の剣が月光を僅かに反射する。

 ああ、クソがよ。これだから才能とかいうヤツが堪らなく憎く思う。

 

「見送りじゃぁなかったのか?」

「ええ。友人であったのなら、見送るつもりでしたわ」

 

 レーゲン・シュタールが獰猛に笑う。先ほどまで見せていた爽やかな人懐っこい笑みではない。

 まるで飢えから解放されるように。目の前に馳走があるように、口角が歪んだ。

 

 本当は最初から殺すつもりであったし、今の一撃で決まればいいとも思っていた。

 限られた手札の一枚であるし、切り札の一つでもあった。

 これで終わると甘い考えも、確かにあった。呆気なくそれは覆されたが。

 しくじった、という感情は表情で隠す。冷や汗も止めてみせる。

 

「獣になった存在を友人と呼ぶつもりはありませんわ」

「ひでぇ言いようだ」

「その割には笑ってますわね」

「当たり前だろ?」

 

 無謀である事は理解している。

 けれど、目の前の猛獣は俺が殺さなくてはならない。

 殺すべきだから、殺す。

 

「強い存在と戦える事が俺の証明になるんだからよォ!」

 

 これは俺の慢心に違いない。慢心してしまったからこそ、警戒していたからこそ、俺は今この場で相対している。

 

「来なさい、畜生風情(レーゲン・シュタール)(ワタクシ)が殺してあげますわ」

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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