悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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お竹先生(@taketi)

シャリィ先生

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メガネの差分もあるぞ!!

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遅くなって申し訳ございません。


56.悪役令嬢は勝利したい!

 薄ぼんやりと見えていた視界は既に闇へと染まった。

 僅かばかりの風切り音と草原の音。雲に隠れた月からの光も無い世界ではあるが、ディーナ・ゲイルディアは眼前に迫る切先を受けてみせた。

 ギリギリと金属の擦れあう嫌な音と散る火花の先に見えた強敵の顔。耳元に流れる空間を切るように鳴る剣。

 

「ハハッ! 今のは惜しかったなぁ!」

「ええ! 残念、ねっ!」

 

 剣を持ち、痺れる左手とは違い空いた右手で指を弾く。

 魔力を正確に通し、ようやく杜撰ではなくなった式へと流し、空気の壁を作り上げレーゲン・シュタールを弾き飛ばす。

「うおっと、危ない危ない」などと口にしながら軽やかに、そして余裕を見せながら後方へと回避してみせたレーゲンにディーナは内心で舌打ちをする。

 

 予想以上。いいや、剣の腕は予測の範囲内ではあった。それこそ頭の出来も――いや、これは予想よりも残念が証明されたのだけれど。

 

「おいおいせっかくの()()だぜ? 楽しもうぜ」

「……二人きりの()()だなんて、片腹痛いですわ」

 

 決闘であったのならば、常に保険として張っている風の壁を容易く貫きやがって。などと文句を言ってやりたい気持ちが溜め息として吐き出された。

 

「ゲイルディア嬢も、こんなもんじゃねぇんだろ?」

「さぁ、どうかしら?」

 

 引きつりそうになる顔をどうにか闇に隠す。

 表面上は取り繕っているディーナであるが、その実、余裕など無い。

 普段よりも思考を回さなくてはいけないし、自身の奴隷よりも膂力の強いこの男の攻撃を受けるのに精一杯であるし、何より魔法を使用しなくてはすぐに地面に伏していたことは容易に想像がついた。

 改めて指を弾き、風の壁をより強固に張る。

 

「俺はゲイルディア嬢がオークを倒した時から、ずっと戦いたかったんだぜ?」

「そこらのオークで満足しておきなさいな」

「誰があのオークを持ってきたと思ってんだ?」

 

 最悪を重ねるようにディーナの舌の上に苦汁が広がる。

 きっとイワル公爵と繋がりのある騎士団が頑張ったのだろう、という予想を簡単に覆してくれる。

 

「試しには十分だった。ま、アサヒが急に駆け出した時はビビったけどな」

 

 狂気に帯びた笑みが僅かばかりの過去を滲み出す。

 懐かしむように、笑みを堪えるように、けれど同時に『その時から』という証明に他ならない。

 

「あの場で二人とも死んでたら、もっと早くに計画は進んでただろうよ」

「あら、そうかしら。今もリゲル様に看破されていたのに?」

「それもビビったけどな。ハハッ、まあアンタが死ねばきっと上手くいくだろうさ」

 

 ケタケタと獣は嗤う。誰かに教えられた事を十全に熟す為に。

 愚かしい、とはディーナは思わない。それこそ彼がその選択をした事を否定などは出来ない。非常に苛立たしいし、何よりも才能を捨てるのも唾棄すべき行為だ。

 

「それで、私の左手の痺れが取れるまで待ってくれるのかしら?」

「もう取れてんだろ?」

 

 自身の言葉が終わる前に薬指を弾き、鋭い風の刃を一閃する。

 予備動作は指が弾く僅かな行為のみ。暗闇でなくても不可視の刃。けれど、それは悠々とレーゲンの剣によって断たれた。

 刃が形を保てずに霧散した事をこの場で理解できるのはディーナにしかいない。

 

「化け物ね」

「お、獣から昇格か?」

「人には程遠いですわ」

 

 スッパリとレーゲンの言葉を切り捨てたディーナであるが、その顔は笑みを浮かべている。自身の欲求でもある才能という玉石が目の前に存在している。なんと素晴らしい才能なのだろうか。

 極めた剣技という意味ではないその()()にだ。

 彼自身が理解しているかどうかはわからない。けれども、手中に収められるのなら収めておきたい。

 鎌首を擡げる欲望を捻じ伏せて、ディーナは静かに息を吐き出す。

 

 

 想像魔法の極地と言ってもいい才能をここで殺さなくてはならない。

 

 

 短く、思考を断つ。

 考察は生きて戻ってからにすべき事だ。

 

「ああ、本当に、残念ですわ」

「そうか? 俺はアンタと戦えて嬉しいが」

「黙ってくださいます? それとも喋る余裕を消してあげましょうか?」

 

 僅かに目が慣れたと言えど周囲は暗闇である。耳を澄ませば彼女が指を弾く音が明確に聞こえる。万華鏡のように灯る右瞳で彼女の居場所がわかる。

 レーゲンにとってそれだけの情報だけで問題など無い。

 魔力という不可視の物。風という不可視の物。暗闇という不可視にする物。

 そのどれもが彼にとって障害とは成り得ない。

 

「――ッシ!」

 

 指の弾かれる音と共に迫る威圧感。肌を触れる風の流れ。

 その数、三。正面に一つ。自身の左から一つ。背後から、いいや、斜め上からか。

 あらゆる方向から迫る()()を、僅かな誤差のあるソレらを剣で切り裂く。

 自身は最も強い。だからこそ、斬れない道理は無い。

 純粋なる自意識と狂気にもとれる自己陶酔。そして、それらは自己暗示として形成された。

 

「ハハッ!」

 

 口から嗤いが溢れ零れる。

 どうしようもなく自身を追い詰めてくれる存在が目の前にいる。渇きとして認識できなかった日常をそうであると自覚できる程の好敵手であり、そして強者である。けれど、それであっても、何があろうとも。

 風を全て斬って、無傷のジシンこそが証明である。

 

「俺の方が強い」

「ええ、そうね。アナタは強いですわ」

 

 ディーナにしてみれば目の前に存在するのは化け物に違いはない。凡そ、彼が行っている魔力運用から当たりはつけた。

 これが純然たる魔法――エルフが使うような魔法――であったならば、あの時のように反転させてしまえばいい。けれど、見たところソレは否定されている。

 

 なんと美しい才能であろうか。

 なんと羨ましい才能であろうか。

 なんと妬ましい才能の塊であろうか。

 

「――ふぅ」

 

 息を一つ吐き出す。油断ではなく、肩と頭を弛緩させる。

 自身に灯る魔力を循環させ続ける。アサヒよりも圧倒的に少なく、シャリーティアなど比べる事すら烏滸がましい。

 目の前にいる化け物と比べる事も、また馬鹿らしく感じてしまう。

 そんな少量の魔力と、右手に嵌った不揃いな石のブレスレット。自身の手札を確認し続け、頭の中で戦略を練り、諦める。

 

 目の前の化物は魔法を切断する。

 何故その様なことが起こるのか、はディーナにしてみればさっぱり理解すら出来ない事柄であったが、何故出来るのかは推測できた。

 だからこそ、ほんの少しだけ憧れ、多大なる呆れを化け物へ向けた。

 

 そんな呆れの視線を受けて尚、レーゲンは嗤ってみせる。なんせ楽しいのだ。

 子供が新しい玩具を見つけたように。重ねた積み木を壊すように、証明へと足を進める。

 踏み込み、土が鳴る。同時に指が弾かれる。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 迫ってきた“何か”を断する。

 振り下ろしにて一つ、振り上げた剣でもう一つ。足を軸にクルリと回転し、後方から迫っていた一つを剣で撫で斬る。

 刹那的に感じた何かに準じて、膝を曲げて身を屈める。頭上を通り過ぎた“何か”が樹にぶつかって大きく弾けた。

 

「あら、惜しい」

「何回やっても俺には通用しないぜ」

「どうかしら」

 

 試してみるまで分からない、と口にはせずに指は弾かれる。

 二度。四度。六度――。弾かれる度に増える威圧感。草を騒がせる狂風。笛のように耳を劈く音。

 六つ――いいや、それ以上の何かが迫っている事だけはレーゲンには理解できる。それだけしか理解が出来ない。

 舌打ちなどしない。自身に絶望などもってのほかだ。

 これほど楽しい時間を無駄になど出来ない。

 

 一際大きく。少しだけ水音を混ぜたように、弾かれた音がレーゲンの耳を打った。

 

 実際は鳴り損ないの音である。今までの音よりもいっそうに、聞こえ辛い音である。剥けた指先の痛みを無視した攻撃である。

 けれどレーゲンはソレに気付いた。瞬間に自身の直観ともいえる感覚に信号が奔る。

 逃げろ、と。周囲は不可視の刃がある。まだ距離はあるにしても、逃げ道を選択する余裕はそれほど無いであろう。

 だからこそ、レーゲンは大きく後ろへと跳ぶ。態勢をなるべく崩さず、決して灯る瞳を見逃す事もせず。

 

 耳が切り裂かれる。痛みなど感じない。

 その光がブレる。先ほどまで自身がいた場所の草原に“何か”が圧しつけられる。

 そして舞った草が次々と粉微塵へと変化していく。

 

 不可視の刃が獣のように爪を立てる。

 けれど、それも回避してみせた。

 後方に下がった事で背中には樹が立っている。背中に感じる樹に切れ込み。

 先ほど弾けた“何か”。その結果が残っていた。

 

「ハハッ、惜しいな」

「――いいえ、詰みですわ」

 

 淡々と告げられた冷たい言葉と同時に指は弾かれる。

 ディーナ・ゲイルディアはいつかのように、空に向かって腕を上げて指を弾いた。

 

「貴方はとても強かったですわ」

 

 レーゲン・シュタールの――彼が背を預ける樹を中心として風が踊る。

 空高くへと、廻り、舞い、昇り、完成された。

 土埃を巻き上げ、千切れた草を巻き込み、周囲の風をも取り込み、空へと向かう。

 

 自身の危機察知能力が盛大に反応している。これ以上足を進めれば自身も草と同じ運命を辿るだろう。

 けれど、同時にそれはディーナにも言える事だ。

 お互いに手を出せない。いいや、ディーナには不可視の刃がある。

 

 しかし、その程度であったのならば、問題なく防げる。

 防げる。問題なく。全てを叩き斬ることは可能だ。自分ならばできる。

 

「元々虫のいい話でしたもの。何の代償も無く、貴方を殺すなんて」

 

 ディーナ・ゲイルディアは細く、細く息を吐き出し続ける。

 肺の中に存在する全てを吐き出し。自身を研ぎ澄ませていく。

 空気を吸い込み、自身の中にある炉を灯す。

 

 あの時よりも滞ることはない。

 あの時以上に足りもしない。

 あの時よりも正確に。

 あの時以上にハッキリと。

 

 ディーナ・ゲイルディアは()()と契約を果たす。

 

「私の最大火力で――()()

 

 これは()()()()()()()()()()()()()()である。

 頭の奥。胸の奥。炉の中心からガチンと音が震えた。

 痛みらしい痛みは無い。

 ディーナは正しく(まさしく)、人知を越えた。

 ディーナは正しく(ただしく)、人理を越えた。

 ディーナは悲しくも、役割を得た。

 

 ブリキの音もしない。ネジは締め付けられてなどいない。

 ディーナ・ゲイルディアは右手を彼へと向ける。

 

 

 

 暴風の檻の中。レーゲン・シュタールは息を吐きだす。

 どうしようも逃げる道を塞がれているというのに、その顔には笑みを携えている。

 明確な殺意。明確な力量。明確な運命。

 そのどれもが彼にしてみれば楽しむ要素にしかなっていない。

 勝利は確信している。だからこそ楽しむ事ができる。

 強敵であろうが、好敵手であろうが、何であろうが。自身の方が優れているのだから。

 

 だからこそ、勝利を疑わない。自身は負ける筈がない。

 笑みはソレを覆さんばかりのディーナへの賞賛に違いはない。

 檻の向こう側。今までよりもハッキリと映える、右目の発光も。自身の危機感知が未だに反応している事も。なんと楽しく、嬉しい事なのか。

 

「ハッ、ハハハハッ!!」

 

 檻の中心で、声を上げて笑う。ワラう。嗤う。

 次に自身を襲うのは、今までの比ではない攻撃である。同時にそれはディーナ自身が言った彼女の最大火力に他ならない。

 だからこそ、嗤う。

 右手に握った剣を改める。

 ――ああ、とても気持ちがいい。

 空を見上げる。唯一、この檻で封鎖される事の無かった空の蓋。

 攻撃はそこから来る。必中。必殺。必死。

 故に――レーゲンは声を上げて笑う。自身の証明がよりハッキリとする。

 

「来いよッ!」

 

 彼の声に反応したのではない。ただ、声と重なった。

 ディーナの指が弾かれ、魔力が奔る。

 暴風の天頂で、奔った魔力が形を成す。

 発生させた気流を人為的に集中させて、落とす。同時に威力を損なわないように、全てを与える為に空気膜で保護をする。

 子供を楽しませる為の雲の塊などではない。自身を奮わせ立ち上がる為の風ではない。

 自然が起こしうる、天からの槌。ソレをただ研ぎ澄ませ、削り、剣へとする。

 

 空を向くレーゲンの頬に白の結晶片が付着する。

 天からの剣を予兆させるように。同時にレーゲンの瞳には映る。

 淡い筈の月明りをも巻き込むように、輝く極白の鋒が。

 

 絶望などとは程遠い感情が、レーゲンの肉体を染める。

 肉体を循環する興奮が、レーゲンの精神を染める。

 これこそが待ち望んでいた証明である。これこそが越えるべき壁である。

 けれど、それであっても――俺は強い。

 

 

 

 竜巻を上から割くように、剣は大地へと突き刺さる。

 刺さった端から竜巻によって白は巻き上がり、空へと舞う。

 暫くして、檻が解ける。

 白が世界へと広がり、地面に白の絨毯を広げる。

 その中で金と赤の女がただその中心を睨めつける。

 自身の魔力は既に空っぽである。意識を保てるギリギリ。グラスの中に残る一滴程度は残っている。

 

 白に装飾された樹は乱雑にその腕を折り、けれど存在を保持している。

 それに背を預けていた獣も、また白に装飾されている。

 

「……――俺の勝ちだ」

 

 獣が口を開く。

 吐き出した言葉を白く染め、けれどもギラギラとした瞳を金へと向ける。

 自身の肉体を白に染め、けれども心だけは勝利は疑わなかった。

 

 耐えられた。必殺であった筈の攻撃を耐え凌がれた。

 ()()()自分では届かなかった。

 

「ええ――私の()()ですわ」

 

 ディーナ・ゲイルディアは負けを認める。

 自身だけではもう打つ手はない。努力をしても至れぬ才能の極地であった。

 自身の努力が足りなかった。自身が至るにはまだ遠い存在であった。

 ()()は自身の負けである。間違いなく、負けである。

 だから――ディーナ・ゲイルディアは手を彼へと伸ばす。

 

 指を弾けるように、ではなく。彼を指差す。

 もう指を弾ける力もない。

 もう指を弾いても魔法を行使できない。

 もう指を弾く必要など無い。

 

 ディーナの行動に、レーゲンは警戒する。

 必殺必中の攻撃を凌ぎ切った。けれども油断などしない。

 月を背にしているディーナの動きは、暗闇よりもよく見える。

 戦闘での興奮か、それとも既に力など無いのか。

 緩慢とも言えるその一切を、一挙手一投足の全てを見逃すことは無い。

 

 

「――影ができているわよ」

 

 

 短い言葉。

 忠告のように、自然の摂理を説くように。地面に何かが落下する事を証明するように。ディーナは当然の言葉を吐き出した。

 

「あ?」

 

 反応が遅れたわけではない。凍り付いた肉体が反応などできる筈がなかった。

 痛みも、無い。鈍った痛覚が頭に信号を送らない。

 ジワリと熱が広がる。自身の心が肉体に染み出る。

 赤く。赤く。赤く。白い自身の肉体に熱を灯すように、広がる。

 

 理解などできない。

 自身の肉体に剣が生えていた。

 背から貫かれ、胸から抜けた剣。背には樹がある。だからこそ、背後からの攻撃は無いと確信していた。

 なにせ、ディーナ・ゲイルディアは目の前にいるのだから。

 

「なん、で……」

 

 肉体は未だに貫かれ、レーゲンは自身に起っている現象を否定する。

 否定する。自身は勝ちである。自身は負けない存在である。けれど、何故、自身は貫かれている?

 

「もう足りませんわ」

 

 月を背負う女は短く、そう言い捨てた。

 

 客観的に、理知的に。ディーナはそう確信していた。

 自身の魔力量。凡そ、目の前にいるレーゲンの魔力量も推測できる。同時に、それ以上は無いという事象を叩きつけた。

 詰みである。そう宣言したのも、ディーナであった。

 

「俺は、負けて、ねぇ」

「ええ、()()は貴方の勝ちですわ。レーゲン・シュタール」

 

 それは認めよう。認めざるを得ない。自身では追いつく事ができなかった事を、ディーナは悔いているが恥じずに宣言できる。

 彼は強かった。それが間違った強さ、とも言わない。強さという単純な物差しで善悪など計らない。

 

「けれど――()()は私が貰いますわ」

 

 手段の選択はあった。それこそ潔白な決闘で、戦闘であったのならば。

 そう考えながら、ディーナは頭痛のする頭の振る。

 

「ひ、きょう、も……」

「ええ。その謗りも受けますわ。レーゲン」

「お、れは……」

 

 負けてなどいない。彼はそう口にすることもできず、白を赤へと染めていく。

 トクリ、トクリと、広げていく。

 

 その赤を見ながら。ディーナは鋭くレーゲンを見つめる。

 命と魔力の灯を両の瞳で見る。

 まだ、生きている。僅かながら、その灯火は消えてなどいない。

 緩やかに、穏やかに、先ほどまで煌々と猛り狂っていた炎を――今は僅かばかりとなった灯火を見つめ続ける。

 

 ――まだ、助けることができる。

 

 彼の意思が、未だにソレを願っているのならば。ディーナの頭にある予測が正しいのであれば。

 その灯火に薪をくべる事は可能だ。

 だからこそ、ディーナは何もしない。自身が救える命を、捨てる。

 

 友人であった。少なくとも、ディーナ・ゲイルディアにとって数少ない友人であった。

 信じていた存在でもあった。裏切られた悲しみも、憤りも、失った希望もある。

 

「――お嬢、大丈夫か?」

「ええ、怪我は少なくはないけれど、今は痛くありませんわ」

「…………そうか」

 

 自身の影が波打ち、淡々と自身の状態を伝える。

 何かを言いたそうな従士は、主に何も言えなかった。

 

 選んだ事を後悔などしていない。それは選択した事への責任である。

 だからこそ、ディーナ・ゲイルディアは今の感情を吐き出す口を持ち合わせていない。

 左手で乱暴に()()()()を拭い、瞳に出来た氷晶を払う。

 氷晶がこれ以上作られないように。

 

 

 レーゲンの命が彼の足元を赤く染め始めた頃。

 彼の命が失って少し。けれども、今にも襲い掛かってきそうな幻覚がディーナは抱き続けてしまう。

 同時に、自身の役割は未だに終わっていない事を彼女は理解していた。なんせ、そこまで組み込んだのは自身でもある。

 

「ようやくね」

 

 短く毒吐いてみせたのは、馬の駆ける音が耳に届いたからだ。

 自身の魔法と仕込みを考え、王都からの距離を考えれば早い到着と言えた。ディーナの体感時間にしてみれば長く感じてしまった。

 ディーナはやってきた馬――馬上の主に頭を下げる。

 

「ごきげんよう、シュタール卿」

「――ゲイルディア卿」

 

 赤毛を短く切り揃え、顔に古傷を残す偉丈夫。先ほどまで対していた獣によく似た騎士。

 騎士は幾人かの騎士を後ろに従え、ディーナの前に立った。

 きっと、あの友人が年を重ねたのならば、このような大人になったのだろう。そんな場違いな感想をディーナは抱いてしまう。

 

「レーゲンは?」

「処理しましたわ」

「……そうか」

 

 その声には確かに失意が見えた。だからこそ、ディーナはその言葉を聞かなかった事にした。

 

 非常に面倒な事であったけれど。これを口にしなければ、役割を果たせない。

 ディーナには彼が自分の意に沿わなかった場合の事も考えてはいる。それが上手くいくかどうかなど、わからないけれど。

 小さく息を飲み込んでから、ディーナは口を開く。

 

 

 

「シュタール卿――、レンベルト・シュタール。私と取引をしましょう?」

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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