悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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60.第二王女は語りたい!

 スピカ・シルベスタは恵まれた娘である。

 王族の血筋であり、何不自由もなく生きてきたという自覚もある。

 現在スピカのお付きになっている従士から街の様子を聴けば、その想いは強くなる。

 そんなスピカが思う。

 世界は不公平である。公正さなど欠片しかなく、平等などという言葉など塵芥の価値すらない。

 

 どうして、と心の中で唱え、扉を開けた先にあった光景を否定する。

 赤のドレスを纏い、自身が義姉と慕う金髪のディーナは問題ない。むしろ、ここに居て然るべき人間である。王城に拘留されてしまった義姉が存在する部屋であるからこそ、それは自然である。

 そして彼女が雇い入れたであろう下女がなぜか雇い主であるディーナのベッドで寝転がっている。それも、まあ、許せはしないが許容しよう。スピカは心の広い人間である。とても心が広いのだ。許しはしないけれど。羨ましくて発狂しそうであるが、許容しよう。

 問題はただ一つ。スピカと同じ黒髪がスピカの目の前にいた。その黒髪は王族でもなければ、血族ですらない。赤の他人である。

 

「ようこそ、スピカ様」

 

 部屋の主であるディーナ・ゲイルディアがニッコリと笑う。人によってはその笑みが恐怖の対象である。スピカにしてみればある程度付き合いがあればこの笑顔が歓迎の笑顔である事など容易くわかってしまけれど。

 それだけでスピカは頬が緩みそうになるのがわかる。けれど、それはちゃんと受け取ってしまっておくとして。

 

「お義姉様? どうして、この――んんっ……アサヒ様がいるのですか?」

 

 危なく出てしまいそうになった言葉を咳きをして誤魔化し、口にするのも嫌な名前を呼ぶ。

 呼ばれたアサヒ・ベーレントはギロリというには可愛すぎるスピカからの睨みも、含まれた嫌悪感もサラリと受け流しながらスピカに笑顔を向けてみせる。

 笑顔を向けられたスピカも「嫌味も解さないのか」とは口には出さずにニッコリと笑ってみせた。

 

「彼女には実験に付き合ってもらっているのよ」

「実験?」

「ええ。魔法――思考魔法の極地に関して」

 

 机を指で軽く二度叩いてアサヒの意識をスピカから自身へと注がせたディーナは顎を使って彼女の手元へと戻す。そんなアサヒに吊られてスピカも彼女の手元を見れば、子供の学習で使うような筆記教材。その近くにはこれまた児童学習用の絵本が数冊積みあがっている。

 こんな児童学習が思考魔法の極地研究? 目を細くして口元に指を置いて思考を巡らせる。スピカが最初に思いついたのはディーナによる大義名分である。世間と貴族から悪の女などと呼ばれている義姉がお人好しで甘すぎ、そして面倒を抱え込んで面倒見がいい事はよく知っている。

 そんな義姉だからこそ、この売女への教育を買って出たのだろう。という事はすぐに理解できる。

 

 しかし、と否定する。

 義姉の言葉を否定などはできない。精査する余地はあるにしても、まんざら嘘ではないのだろう。何より、義姉は魔法に関しても素晴らしい知識を持っている。その義姉の言葉を鵜呑みにはしないけれど、全てを否定することもない。

 ……あと、この優しい想い人は自身に嘘を吐くときは重要なことでなければ少し困ったような顔をするのだ。

 

「詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」

「どうぞお座りください。少し苦い紅茶の茶請けにでも」

「……そこのメイドに淹れさせればよいのでは?」

「だ、そうよ。クロジンデ」

「契約外」

 

 短くスッパリと、体も顔も上げることも手すら上げる事もなく足を振り、声で切り捨てたメイドはグルリと布団の中に丸まった。

 なんと、なんと羨ま――許せない事を! スピカは憤りを感じたが義姉が淹れてくれた紅茶を一口飲み込んで憤りを流した。確かに少し苦いがディーナが淹れてくれたという事実があればなんのその。

 

「それで、その思考魔法とは?」

「ん? あぁ、そうでしたわね。私と先生が勝手に呼んでいるだけで、世にある魔法の事を指していると思っていただければ」

「……シャリィ・オーベ卿ですか」

 

 ディーナの交友関係は頭の中に入っているスピカは容易く異端の魔法使いの名を挙げる。異端、とは言うが世の魔法使い達がそう称しているだけであり、オーベ自身の能力などはさっぱりとわからない。自分を露出しない事で有名な魔法使いである事は知っているが。

 懐疑的な印象は持っていたがディーナがこうして『先生』と呼んでいるのだから能力だけは確かであろう。

 

「難しい話はしませんけれど、魔法が全て意思によって決定されている事はご存じでしょうか?」

「はい、学園の座学で少し」

「では改めた説明になりますが、今の魔法は意思、想像――言ってしまえば思い込みによって決定しておりますわ。だからこそ彼らは自身の結果を他へと示し、その尊厳を守り、自身の想像を確固たる物とする為に自伝を書いているわけですし」

「あの本にはそういう意味もあったのですね」

「私がそう思いたいだけですわ。実際は自身の権威をひけらかしているだけかもしれません」

 

 彼らが書いた本を思い出したのかディーナは冷笑して鼻を鳴らす。

 スピカもそれらの書は読んでいる。ディーナのように『自尊心の見せつけ』と断じるほどでないが、彼らの業績に関しても思う事はある。面倒極まりない貴族間のやり取りや矜持を探るつもりもないけれど。

 

「アサヒにさせているのは極端な話、思考魔法の限界値を知る為の試料ですわね」

「思い込みでの魔法行使、という事ですか?」

「察しが良くて助かりますわ。今、アサヒには『ディーナ・ゲイルディアが教えているから学びは早い』と思ってもらっています」

「意識的に思えば逆の事も思うのでは?」

「ええ。だから、彼女に圧を掛けてそう信じさせましたわ」

 

 ニッコリ、というには無理がある口角が上げた悪辣な笑みがディーナの顔に浮かべた。

 

「――えー、っと……もしかして、わたしの話?」

 

 手近に置いていた指輪を握り込んだアサヒがようやく理解の出来る言葉を吐き出す。云々と唸りながら教材と睨めっこしているのは疲れたのか、ペンは置かれた。

 目を丸くしてスピカは驚いてしまう。語学の習熟度が自分の予想よりも進行していたのだから当然だろう。これほど流暢に言葉を吐き出せるのならば、こんな簡単な教材など必要ではないのでは? と思ってしまう程である。

 

「貴女が実は優秀だった、って話ですわ」

「そんな、照れるなぁ」

「だから今日の宿題も増やして問題ありませんわね」

「ひゅぃ……」

 

 表情をコロコロと変化させ、空気が抜ける音がしてアサヒは机へと突っ伏した。書いていた教材の文字が涙で滲む。

 ディーナは溜め息を吐き出してはいるがその表情は柔らかい。

 ――ああ、その表情は本来自分だけに向けられていた筈なのに。

 

「どうかしましたか? スピカ様」

「……いえ、なんでもありません。お義姉様」

 

 笑みを作り上げて自分の心を隠す。どうしようもない独占欲であるし、度の超えた事は求めない。不公平で不平等であるが、それを唱えた所で意味などない。

 だからスピカは笑みを浮かべる。

 

「そうだ! ディーナさん。今日もお泊りしに来てもいい?」

「は?」

 

 ビシリと笑みが固まり、口から疑問になる声が出てきてしまった。自分らしからぬ低い声だったかもしれない。幸いな事に二人には聞こえてないらしいくスピカはホッと息を吐き出して、視界に映ったベッドを見ればお気楽メイドがコチラを向いている。目を細め、まるで猫が警戒するように、ジッと見られていたが数秒ほどで興味が失せたようにまたベッドへと突っ伏した。

 あとで彼女にも根回しをする事を頭の中に確りと刻み込みながら、スピカは笑顔で口を開く。

 

「アサヒ様? お義姉様はお忙しいのですよ。それと、今日"も"とはどういう事でしょうか?」

「え、えっと……夜の時間がある時に勉強の時間を作ってもらってるの」

「そうでもしないと間に合いそうにありませんし。それに私も今は嫌疑者ですし、時間はありますわ」

「な、なら、嫌疑者であるお義姉様の所に日中はまだしも夜半に訪れるなどと! アサヒ様も怪しまれますよ!」

「それはクロジンデちゃんが案内してくれるし……」

「人の目につくような道は通らせませんわ」

 

 そんな失敗をディーナがしない事はわかっている。それでも、それでもそんな羨ましい事を許せる筈がない!

 自分だってディーナと一緒に夜を過ごしたい! できるなら、一緒のベッドで眠り、撫でられ続けたい!

 そんな欲望を言える筈もなく、スピカは頭を捻る。

 

「な、なら私もご一緒したいです!」

「それこそ私は嫌疑者ですわよ。スピカ様ご自身がその不利益を一番理解している筈ですわ」

「人の目につかない道を通れば……」

「どのように?」

「えっと、えっと……! そう! そのメイドに私も案内してもらえば――」

「やだ」

「なっ!?」

 

 キッパリとベッドから聞こえた拒絶にスピカは狼狽する。持つ者であるスピカだからこそ、こうして頭ごなしに否定されることも拒絶される事もなかった。それを、このメイドはキッパリと言ってのけた。

 

「クロジンデ。相手はスピカ殿下よ」

「……だから?」

「断るにしてももう少し礼節ぐらい持ちなさいな」

「……わかった」

 

 クロジンデはディーナの言葉を受けてベッドから立ち上がり、頭を軽く下げる。

 

「面倒だからヤダ」

 

 そうして礼節なんて一切感じない理由付きの否定を吐きだした。

 冷ややかな空気が包む中、ディーナの溜め息だけがやけに大きく響いた。

 

「ね、ねえディーナさん。どうにかならないかな?」

「なりませんわね」

 

 おずおずとスピカへの助け船を出そうとしたアサヒの言葉もディーナにより撃沈した。

 

「スピカ様が私をよく想っていただけているのは――調度品で理解していますわ。ただでさえその事があって他の貴族から睨まれているのはご自身で理解されているでしょう」

「むぅ……むぅ!」

「そうやって頬を膨らませても、ダメなものはダメですわ」

 

 珍しくスピカの願いをキッパリと断ったディーナは左手でスピカの髪を撫でる。

 

「あまり、私を困らせないでくださいまし」

 

 他人が聴けばゲイルディアからの拒絶の言葉である。けれどスピカにはこれがどうしようもなく優しい義姉の忠言である事はわかってしまう。

 わかってしまうからこそ、否定などできないし、ディーナが自身を想って言ってくれているのは重々に理解できる。

 できる。

 できるけれど!

 

 どうしようない感情が瞳から溢れそうになる。それを我慢して、一つ息を吐き出す。心はともかく、表情は補う。

 

「わかりました」

「わかってくれたようで、何よりですわ」

「お義姉様の手を煩わさなければいいんですね」

「……ん?」

「では、私は失礼します」

 

 スッと椅子から腰を上げてスピカは部屋を後にする。頭の中には城の地図と恐らくの見回り経路、見張りの立ち位置予想が思い浮かび、情報が足りなさすぎる事に内心で舌打ちをしながら扉は閉じられた。

 

「……えっと、ディーナさん? 今のは無いと思うなぁ……」

「何がかしら? 私は当然の事を言っていたと思うのだけれど……」

「あぁ、うん、そういう所はすごく人間みたいだなぁって」

「失礼ね。まだ人間はやめてませんわ」

 

 肩を竦めたディーナは「さて、勉強の続きをしますわよ」と繋げて、アサヒは肩を落として指輪を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月は昇る。

 空の明かりで廊下は照らされ、静寂の中に金属の擦れる音が僅かに響く。

 従士に連れられて、スピカは堂々と廊下を歩きながらディーナの部屋を目指す。従士に「夜半にお義姉様の部屋に行く」と言った時はかなり顔を歪められたが、ここで否定されるような調教は施していない。

 辺りを警戒しながら進む従士の後ろを絹の寝間着を纏ったスピカは何の心配もなく足を進める。

 

 ああして否定と拒絶をしても、義姉は自分に甘い事をスピカは知っている。本当に拒絶をするのならば、回りくどい理由など言わずにスッパリと断るのが義姉である。スピカの印象として、ディーナという存在はそんな人間である。

 優しい人間だからこそ、今会いに行かなければならない。

 本当は駄々をこねていた時は連日押し掛ける事で一緒に寝る了承を得ようとも考えたけれど、それはやめた。それよりも聞きたい事が出来てしまった。

 

 誰にも見つかることもなく、従士とスピカは部屋へと到着して、静かに扉を開く。

 木の擦れる音と漏れる光。

 窓辺の椅子に座り、葡萄酒を飲む金髪の悪魔。

 

「ごきげんよう、スピカ様」

「ごきげんよう、お義姉様」

 

 来る事などわかっていたように、ディーナは扉の方も向かずに窓の外を見上げながら声を出した。

 従士に扉の外にいるように言い渡したスピカは扉を閉めて、ディーナの元へと歩みを寄せる。

 

「お義姉様。葡萄酒なんてどこから持ってきたのですか?」

「あら。どうしてここに誰にも見つからずに来られたとお思いですか?」

 

 意地の悪い笑みを浮かべたディーナは透明なグラスに注がれた赤い液体を揺らす。

 疑問を疑問で返してみせたディーナであるが、答えを示すようにスピカの背後へと視線を向け、つられてスピカも顔を後ろに向ければ昼時にキッパリと断りの言葉を吐き出してみせたメイドが立っていた。

 扉を開けた音もせず、視認できていなければ本当にいないような程希薄な存在感。けれども確かにここに立っている。

 

「ご苦労様」

 

 そんな労いの言葉に鼻を鳴らして返したメイドはそれ以降、音を鳴らすこともなくディーナの傍に仕える。

 そうしていれば確かにメイドのような佇まいではあるけれど、決定的に何かが違う。スピカが今まで見てきたメイドではないことは確かであった。

 ディーナ以外の命令は聞かない、と理解できる愚かなメイドを見ながらスピカはディーナの前へと座る。

 

「本当に来るとは思いませんでしたわ」

「お手を煩わせたようですけど」

「それは私が勝手にした事ですわ」

 

 赤い液体にディーナが口を付ける。少し赤くなるディーナが吐息を漏らし、さて、と口を動かす。

 

「それで、ただアサヒが羨ましくて来たワケではないのでしょう?」

「わかっていましたか」

「何年スピカ様を見ていると思いますの? 他の諸侯達よりも理解している、と言いたいですわね」

「それでも来るなんて思わなかったんですね」

「賭けに負けましたの。そこで寝てるアサヒの宿題が減りましたわ」

 

 尤も、勉強量は変化しませんけれど。と悪戯するように笑うディーナと一緒に笑う。

 どうやら見抜かれたのは元義姉ではなく、今の義姉らしい。少しだけは感謝してあげていいのかもしれない。と、スピカは心の中で彼女の評価を持ち上げる。同時にディーナのベッドで寝息を立てる羨ましい今の義姉の評価を下げた。

 

 ディーナの前へと座ったスピカは差し出された葡萄酒で口を潤す。普段口にするような甘美な味はなく、雑味が多く思わず眉を寄せてしまうような葡萄酒であった。

 その様子を微笑んでみていたディーナはその雑味の多い葡萄酒を楽しそうに飲み込んだ。

 

「先日、ここにイワル公爵夫人が訪問したようですが?」

「ご存じでしたのね」

「貴族では噂で持ち切りです」

「あら。こんな小娘の噂だなんて、よほど暇なのかしら」

 

 クスクスと悪のような笑みを浮かべて葡萄酒を揺らす。『こんな小娘』と自分を称するが、そうなるように仕向けたのもディーナ自身である。

 

「公爵夫人は私に感謝しに来ただけですわ」

「感謝?」

「ええ。これでも噂ではイワル公を殺したレーゲンを討ったのは私でしょう?」

 

 だから感謝された。というのは真実ではない。

 噂話の域を出ない、と言えば曖昧な情報である。けれどもディーナは噂を根底的に否定もしなければ肯定すらしない。自身に有利に働くから、という思惑ではない。それこそ、全ての噂に対してディーナは首を動かさない。

 ただ笑みを浮かべ、事実を口にするだけである。

 

「……お義姉様は、本当にレーゲン・シュタールを討ったのですか?」

「さぁ、どうかしら。アレを殺せるだなんて、私は思えませんわ」

「けれど、お義姉様は右手を怪我しているでしょう? それはどうして?」

「カチイ領から王都に来るまでに野盗に会いましたの」

「オークより強い?」

「ええ、オークより強い」

 

 それが答えである。何かを確かめるように中空を右手で緩く握り込んだディーナは目を細めた。

 それが答えだからこそ。スピカは言葉を吐き出そうとして、それを一度飲み込む。ディーナ自身もそれ以上は答えないであろう。

 

「なら夫人が来たのは?」

「アレは本当に感謝を伝えにきただけですわ。尤も、殺せるのなら私を殺したかったでしょうけれど。

 シュタール卿と同じですわ。公的立場と義理で考えれば殺せない。けれど、一人の人間としては殺したくて堪らない」

 

 葡萄酒を味わうディーナは吐息を漏らす。至極楽しそうに口角を上げ、漏れ出た酒精を味わう。

 そういった立場に彼らを落とし込んだのは彼女自身だからこそ、彼女はソレを楽しむ。他者を見下し、操り、陥れ、嗤う。形作られた悪の女。

 

 そうであるからこそ、スピカは飲み込んでしまった言葉を引き攣りそうになる喉を通して、吐き出す。

 

「お義姉様は――、どうしてそこまでするのです?」

「どうして、とは?」

「あの女にそこまで価値はないです」

「そうかしら?」

 

 ディーナはアサヒへ一瞥し、視線をスピカへと戻す。考える仕草もなく、ただ微笑みながら葡萄酒を揺らす。

 スピカにしてみれば、あの女に価値などない。雑多にいるその他大勢の一人でしかない。あえて言うならば、ディーナからリゲルを奪った事ぐらいである。その事実は何の影響も無い事をスピカは知っている。計画の上での婚約破棄であったし、それをわからない義姉ではない。だからこそ二人の関係性というのは表面上は変化しているが、スピカから見れば変化などない。嬉しい事に兄が義姉に近づかなくなったぐらいだ。

 だからこそ、ディーナがこの女を特別視している意味がわからない。彼女の後ろにいる音の無いメイドのように何かの才気に満ちているワケでもない。確かに語学の習熟率は目を見張る物があるが、ディーナは重要視していない。それは兄が義姉を形として切り捨てた時にわかっている。

 

「お兄様を想ってですか?」

「違いますわ。彼も大切ですけれど、リゲル様の為にここまでする義理はありませんわ」

 

 大衆の前で婚約破棄されましたし、と楽しげに付け足して葡萄酒を一口呷ったディーナは、ふと気が付いたように笑みを深めてスピカを見つめる。

 

「私がアサヒに対してここまでする理由がありましたわ」

「是非、お聞かせいただいても?」

「ええ。私がディーナ・ゲイルディア(悪役令嬢)だからですわ」

 

 微笑みながら、スピカを一点に見つめ吐き出された言葉。スピカは眉を寄せてしまう。

 アレとお義姉様の関係性は何もない。それこそ他人から見れば仇敵と言っても過言ではない。だから、納得などできない。腑に落ちる筈もない。

 けれど、ディーナ自身がそう断言してしまった。本当にそれ以外に理由など無いと言わんばかりに。

 

 他者を助けてしまう、慈悲深い義姉だからこそ。と考えれば納得もできてしまう。

 

「お義姉様は、優しすぎます」

「そうかしら? 世間的に見ても、私ほど優しくない人間を探す方が難しいと思いますわ」

「世間的に見れば、です」

 

 クスクスと優しくないと自称する女は葡萄酒を飲み干した。

 婚約破棄を言い渡されようが、恋人を奪った相手が窮地に陥ろうが、優しくないと自称する女は手を差し伸べる。

 きっとそれは、スピカが窮地に陥っても伸ばされる手であろう。

 

「……お義姉様は、わたしも助けてくれますか?」

「私がスピカ様を助けない理由がありませんわね。この身に代えても、命を賭してでも」

「つまり、今日はここで寝てもいいという事ですね」

「構いませんわ。ベッドはそこにある一つだけですが」

 

 スピカとディーナはお互いに同じベッドを見る。

 そこには横になっているアサヒの姿がある。貴族からしてみれば簡素な寝台である。それも一人用の。

 なぜあの女はここで眠っているのだろうか。スピカは至って真面目に考えた。当然、今すぐにあの女を部屋から蹴り出して義姉に抱きしめられながら眠りたいという気持ちでいっぱいであった。

 そんな事をすれば義姉から叱られるだろうから行動には移しはしないけれど。

 

「……次は長椅子も運び込ませます」

「ご自重なさってください、スピカ様。ここを豪華にしても得はありませんわ」

「お義姉様のそういう所は嫌いです」

「むぅ……」

 

 困ったように眉を寄せたディーナを見て、スピカは笑ってしまう。珍しい表情が見れたことで、良しとしよう。

 それはそれとして、どうすればあの女を蹴落として義姉と一緒に寝られるかは考えなくてはいけない。

 

「いつかの時のように、スピカ様が眠くなられるまでお喋りはできますわ」

「……あの時はわたしが起きたらいなくなっていたじゃありませんか」

「あの時とは逆で、今は私を城に留めておきたい人の方が多いので」

 

 悪い意味ではありますけど、とディーナが肩を竦めていうのが少しだけおかしくてスピカも笑ってしまう。

 

 こうして義姉と長く話すのもいいだろう。なんせ普段は邪魔が入っていたのだ。

 さて、どんな話をしようか。どんな話を聞こうか。そうだ、お義姉様の学園生活でも聞こうか。カチイでの生活はどうなのだろうか。

 

 スピカの楽しい夜は更けていく。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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