悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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61.悪役令嬢は数えたい!

 一月の拘束期間はそれなりに充実していたと言ってもいい。

 俺としてはもう少し貴族たちが煩くすると思っていたけれど、そうでもなかった。スピカ様から聞いた噂やクロジンデから聞いた話では随分と好き勝手言われていたらしいけれど、それは甘んじて受けるべき事である。

 貴族たちの追求がなかったのは陛下やお父様が根回ししてくれたと考えれば、順当かもしれない。詳しい部分は不明瞭であるが、俺を叩いた所でホコリも出る筈はない。出そうな埃は予め隠しているのだから。

 

 ともあれ、一ヵ月の拘束期間でアサヒへの基礎教育は終わった。終わった、といってもこれから先もアサヒはこちらの言葉を学び続けなくてはいけないが……。それでも学べるだけの下地は仕込んだつもりであるし、基礎教育の終わりによって俺の魔法理論もある程度出来上がった。

 そんな魔法理論を纏めてようやく俺が現状魔法を使えない理由に辿りつく事ができた。

 この目を手に入れてから纏めていた魔法式全てが間違っていた。それだけである。間違っていない部分もあるかもしれないが、ソレの真贋を確認する為にも()()()()()魔法式は一度捨てなければいけない。

 

「それで、陛下。一日も経たずに私を呼んだのにはそれなりの理由がありますのよね?」

「そう気を立たせるな。お前にとっていい話でもある」

「……陛下にとってもいい話であるなら聞きましょう」

 

 陛下にわかるように溜め息を吐き出してみせて、椅子に座る。

 俺は少なくない貴族から怪しまれていた嫌疑者であるのだから、あまり陛下と一緒にいるには好ましくはない。無実ではあったけれど、怪しいは怪しいのだ。それを言い始めれば『ゲイルディア家』がそもそも、という話でもあるのだけれど。

 

「ならば問題あるまい。お前の婚約相手を用意した」

「まあ! それはウレシイですわ!」

「下手な演技はやめろ。お前の心情はある程度理解している」

 

 それは非常に嬉しいことだ。きっと俺の婚約者は美人なお姉さんに違いない。スピカ様かもしれない。そうなると血涙を飲んで断るしかないのだが。

 顎に指を置いて"誰か"を思案する。ディーナ・ゲイルディアを嫁に貰おうとする貴族なんているのか……? 物好きだろう。そのくせ立場もある程度あって、俺を嫁に取っても問題なさそうな貴族……?

 

「ノスーキモ卿ですか?」

「アイツからも申し出もあった。クラウスが破り捨てたが」

「それはそれで拙いのでは……」

「その辺りはアイツ自身が上手くやっている」

 

 なら大丈夫か? それでも立場的にはゲイルディアよりも上だから、問題はあるかもしれない。かと言って俺が動いて変にノスーキモ卿に気があると思われても困るか。

 他に物好き貴族はいるだろうか。噂程度で奴隷を凌辱しているだとか、女癖が悪い貴族はそこそこいるけれど、ゲイルディアの娘を娶るような気概はないだろうし。

 そもそも陛下が用意した、と言っているのだから、貴族では無いか?

 

「外交でしょうか?」

「お前を外にやる程愚かでは無い」

「私程度、在野に幾らでもいますわ」

 

 それこそレイとか、フィアとか、クロジンデとか、ベガとか。ベガはまた違うだろうけど。

 そんな事を言ってると思いっきり溜め息を吐き出された。貴族社会の辛い所ですよね。わかります。

 

「……まあいい。婚約に関しては今すぐというワケでもない」

「ああ、今すぐではないのですね」

「今のお前と婚姻するのは好事家か阿呆だけだ」

 

 状況的に客観的にみれば俺は思いっきり嫌疑者であったし、他の貴族からの当たりも強いからなぁ。

 だからこそ、余計に相手の予想がまったくできない。腕を組みながら少しだけ深く思考しても、好事家は出てくるけれど、他の貴族などは思いつかない。

 俺と婚姻したい、という時点でだいぶ好事家でもあるのに、その好事家達の筆頭である変態ではない、と陛下自身の口から言われている。

 なにより、今の俺のとの婚姻なんて百害しかない。

 そこらも含めて今すぐではないんだろう。でも陛下が準備した、って言ってるから相手はそれなりの立場が、或いは俺をこの国に縛り付ける為の婚姻か? 陛下の狙い的にはあり得そうだけど、俺なんかを置いといても無意味だとも思う。

 

「それで、この一ヵ月の間にお前を調べたが、なんだあの研究は」

「あら、趣味の一環ですわ。シャリィ先生……オーベ卿との共同研究ですわ」

「オーベ卿とか……」

 

 陛下が顎を擦りながら唸る。

 魔法式に関してバレた事は俺におって僥倖なのかもしれない。売り込むに至るほどの研鑽は積み上げられていないが、それでも一手として悪くはないだろう。

 シャリィ先生に黙ってこういう行動をするのは申し訳ない気持ちもするけれど、相手は陛下だからいいだろう。どうせ発表する事であるし、陛下であるのならば信頼もできる。

 

「している事を簡潔に申し上げれば、現在の魔法を正しく技術として広げる為のものですわ」

「技術として?」

「誰でも、隔たり無く、学ぶことで使用可能とする為に」

 

 陛下が息を吐き出して、机を指で叩く。俺は彼の思考が終わるまでは声を掛けずに水を飲み込んだ。

 想像魔法だけで至れる場所は人によって違いはある。至高の到達点が"彼"であったのなら、魔法式でそこに至ることは凡そ不可能だろう。それでも平均化は可能だ。人に宿る魔力にも拠るから、そこは想像魔法と一緒の隔たりはあるが。

 

「軍事転用は可能か?」

「可能ですわ。現在の理論では想像魔法で出来ることのある程度は再現が可能です」

「唯一を全員に、か」

「そもそもの体内魔力量にも拠りますが」

「……お前がレーゲンを殺したのもその力か」

「オークもそうですわね。私は別の技法も使ってしまってますが、魔力量が少なくともある程度の魔法は再現可能ですわ」

「その技法とやらが、お前の右目と右腕の原因か?」

 

 惚ける(とぼける)にも、正直に言うのにも少し問題はあるから、俺は曖昧に笑う。

 たぶん、この一ヵ月で俺の行動を調べつくされているんだろうなぁ。変な動きはしていないけれど、それは国家として考えれば別だろうし。

 納得したように陛下は頷いて、今一度溜め息を吐き出した。寿命が縮みますよ……。

 

「ああ、うむ。ようやく繋がった。オーベ卿がエルフとの交友を繋いだ理由もソレか」

「あら、あの件は陛下は噛んでませんのね」

「公的に俺への許可を取った時は既に決定していた事項だからな。疑問にも思ったが、国としての問題は無かった」

 

 てっきり陛下も俺を騙していたと思っていたけれど、そうではないらしい。シャリィ先生、無茶し過ぎでは……?

 俺がたぶん言ってもシャリィ先生は思い切り眉間に皺を寄せて「結構、結構。貴女と比べてみましょうか?」と懇々と説教をするに違いない。アマリナ達に助けを求めても俺を助けてはくれないのだ。俺の味方はどこに行った!

 

「なるほど。俺としてはその技法とやらの方が気になるな」

「貴族間や現存の魔法使い達に流すにしてもお勧めは致しませんわ。間違った使い方をしなくても死ぬと思いますわ」

「そんなモノを気軽に振り回すな」

「運が良いことに、周りに恵まれましたの」

 

 俺個人としてもこの力には振り回されているのだ。お陰で俺の魔法式の構造欠陥が見つかってしまった。見つけなければ、俺はサイキョーになって勇者にでも成れただろう。願い下げだが。

 残念な事に俺は勇者でも賢者でもなく、単なる悪役令嬢でしかないのである。

 

「お前の予測ではどうなる?」

「無知な子供に魔法式を刻み付けて、他国へ侵入させて爆破などは可能かと」

「……その辺りはイザベラに似たのか」

「あら、今のお母様は社交界で笑顔で振舞っているでしょう」

「他貴族にはそれも余計に恐ろしく見られているがな」

 

 確かにお母様の笑顔は怖い。わかる。なんか、笑顔なのに怒ってる風にも見えるし、何より「ああ、この人何か企んでるんだろうな」って幼少の頃はずっと思ってた。実際はかわいい服をアレクや俺に着せようと迷っていただけだったのだが。

 幸いな事に俺とお母様とお父様の血の繋がりが確認できてしまって陛下と一緒に笑ってしまう。

 変化しようがない事実ではあるのだけれど、やはり俺が見ている、陛下が見ているだろうお母様とお父様の印象が他の貴族達とは懸け離れ過ぎている。そして俺もそこにカテゴライズされるのだが。

 

「それでその研究が形になるまでどれほど掛かりそうだ?」

「費用は私が賄える程度、期間に関しては……理論としては完成していますので、修正なども含めて早くて一年。遅くなれば陛下の死後ですわね」

「俺が未だに病床に伏していたなら、どちらも一年想定だったな。惜しいことだ」

 

 クツクツと笑っている陛下に俺は苦笑いをする。立場的には笑えねぇんだよ!!

 水を飲んで誤魔化して、乾いた口を潤してから改めて口を開く。

 

「理論証明はオークと戦った時に証明をしましたが、まだ詰め切れていない部分もありますわ」

「構わない。現在纏められるモノを簡潔に纏めて送れ。技術化に関しては期間に制限は掛けないが、俺が死ぬ前に頼むぞ?」

「微力ではありますが、尽くします」

「それと、掛かった費用や必要なモノがあるならベガに伝えろ」

 

 そこから陛下に伝わって、裏側で用意してくれるのかもしれない。ベガが陛下の子飼いであることは一月前に知ったけれど、ここまで援助されるとは思わなかったな……。

 費用に関しては俺が好き勝手していることだから実質無料であるし、魔石とかの購入資金にしておくか。街の発展に使うような金ではない。何かあるようなら貯金もしておくべきだろうし。

 

「……お前の婚姻に関してはその理論が完成してからでいい」

「と、言いますか、私と婚姻したい方が何方(どなた)かはわかりかねますが、私の立場をある程度上げておけ、という事ですわね」

「理解しているようで何よりだ」

 

 ニヤリと笑った陛下が立ち上がり、どうやら話はここで終わりらしい。しかし、婚姻か……誰だ? マジで思い当たるような人物がいないんだが……。

 誰にしろ、俺の立場的にも陛下の命令を拒絶する事はできないのは確定しているから、命令には従うつもりではある。これで陛下自身だったなら笑ってしまうな。

 扉へと手を掛けた陛下が振り返る。

 

「ディーナ嬢、お前は変な宗教に嵌まっていたりはしないな?」

「……宗教家が居ませんので言いますが。私、神という存在を信じておりませんの」

「そうか。ならばいい」

「それに何かあればベガから伝わるのでしょう?」

「その通りだ。いらぬ心配だったな」

 

 またクツクツと笑った陛下で出ていき、俺だけになった部屋で大きく息を吐き出す。

 緊張もそうであるけれど、最後の心配ごとも頭を悩ませる。陛下がソレを言うのも、イワル公が原因なのだろう。

 俺への接触はないから、どうしようもない。不確定要素でしかないし、何より透明過ぎて見えもしない。

 

 今一度大きく溜め息を吐き出して、俺も立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都にあるゲイルディア邸で俺を待っていたのは執事服のヘリオである。しかも、なんでか申し訳なさそうな顔をしてるし。

 

「何か問題があったのかしら?」

「あー、お嬢。その、だな」

「アナタが口籠るだなんて珍しいわね。ここ一月の動きはクロジンデに教えてもらっているけれど、大きな出来事はなかったでしょう?」

 

 カチイではシャリィ先生やフィア達が頑張ってくれているし、代官として任命していた人物も責任感はあるし変な問題は起こさない筈である。

「それはそうなんだが」と言いながら、ヘリオは俺から目線を外して、どこかへと視線を伸ばして、そして改めて俺へと向けて溜め息を吐き出した。

 

「その、すまん」

「何があったか簡潔に言いなさい。怒らないわ」

「あー、アマリナがな」

「アマリナに何があったのかしら? 早く言いなさい、怒るわよ」

「……まあ、見ればわかるか」

 

 頭を掻きながら、どうにも煮え切れないヘリオは俺を連れて歩き出す。

 アマリナに何があった? 俺がいない間に? どうして? 世界を壊すべきでは……?

 思考に没頭しながら到着したのは俺の部屋である。なんで俺の部屋なんだよ。

 え、なに、こわ……扉の下から黒い何かが漏れ出てるんだけど……。なにこれ、右目でも確認できるってことは魔力か。なんで魔力が俺の部屋から溢れてるんだよ。え、魔力が蠢くとかどういう現象だよ。シャリィ先生助けて。どこにいるんだ……! カチイじゃん!

 

「ねぇ、ヘリオ」

「なんですか、お嬢」

「一応、聞きますけど。アマリナはこの中にいるのよね?」

「そうですね」

「風も通らないのだけれど?」

 

 おい、目を外すな! ヘリオ! お前は俺のモノだろ! ちゃんと主人と目を合わせろ!

 少しだけ、ほんの少しだけ嫌な予感がしながら扉に手を掛けて、ゆっくりと開く。

 黒い何かがドロリと部屋から溢れ出し、広がる前に消えていく。部屋内で完結する事に少しだけ安心しながら、開いた隙間から顔を覗かせる。

 おっかしいなぁ……俺の部屋って貴族的にもそれなりに豪華な部屋だった筈だったんだけどな……。なんで全部黒塗りされてるんだ? 不思議だなぁ……。どうしてベッドであろう所が一番黒が濃いんだ? なに、なんか塊がある……?

 風を少し流して、扉を閉じる。

 

「……ヘリオ、一応聞くのだけれど、アマリナかしら?」

「まあ、はい。そうですね」

「なんであんな事になっているのかしら?」

「七日程度はまだ正気を保っていたんですよ?」

「逆に言えば、そこから先ずっとあの状態なのね」

 

 潜在魔力量的にもこれだけしても問題無いのはわかるし、アマリナの意思として魔法が発現されているから俺の部屋だけで済んでいるのだろう。

 それにしても、真っ黒だし、真っ暗なんだが……。

 

「これでも俺は頑張ったんですよ? お嬢が捕まってから三日目なんて王城に潜入するって言ってたんですから」

 

 四日も正気が保ててねぇじゃねぇか。いや、アマリナのことだから俺の従者としての仕事とか、こっちでの館の仕事とかはちゃんとこなしてたんだろう。七日ぐらいは。え、そこからずっと迷惑掛けっぱなし……? 何か差し入れいれとかないと……。

 改めて扉を見れば、隙間からやはり黒い魔力が溢れ出てる。これ見たら子供泣くだろ。いや、そもそも子供をゲイルディア邸に持ってきた時点で泣き出しそうだけど。

 

「じゃあ、お嬢。よろしくお願いします」

「アナタにも少しは責任があるとは思わないのかしら?」

「俺たちにこういう教育したのはお嬢でしょうに」

 

 それはそうか。

 ヘリオはヘリオでアマリナがしなくなった穴を埋めている筈だ。それに加えて自分の仕事と鍛錬も続けているから、それなりに疲れているだろう。

 そう教育したし、逆の状態であれば逆の事が行われていたことだ。

 俺は意を決して、扉を開き、黒に――影に塗りつぶされた部屋へと足を踏み入れて、扉を閉める。

 

 踏み入れた瞬間に影が蠢き、俺の脚を這っている。

 ゾワゾワとした感触があるけれど、受け入れる。

 

「――アマリナ」

 

 ベッドに蹲っている影の塊が波打つ。蠢くたびに波紋が広がり、部屋へと伝播する。

 羨ましい魔力量である。俺がこんなことしたらたぶんベッドシーツぐらいで限界だろう。

 体を這いまわる影は胸元を過ぎて、腕に伸び、首を這い、顔を確かめてくる。

 

「ディーナ、様」

 

 影の塊から顔を出した深い青の髪をした少女は確かめるように名前を呼ぶ。ドロリと髪に付着した影が落ちて、波紋を広げる。

 部屋が暗いから顔色はわからないけれど、俺にはそんな事関係無い。少しだけ細くなってるが、たぶんヘリオが上手いことご飯を食べさせてあげていたから、この程度の痩せ方で落ち着いている。

 つくづく優秀な従者だ。

 

「ええ、帰ってきた挨拶は無いのかしら?」

「ディーナ様!」

 

 影の塊ごと俺に向かって文字通り飛んできたアマリナを受け止める。

 すんすんと鼻を鳴らして泣いているアマリナをしっかりと抱きしめて、現実逃避のように疑問が頭に浮かぶ。

 えぇ、なんで全裸ぁ?

 まあいいんだけどさ。理由は、まあうん。考えない事にしよう!

 

「ディーナ様、ディーナ様、ディーナ様……」

 

 左手で彼女の髪を撫でながら、慰める。

 何度も俺の名前を呼んで影と一緒に俺の存在を確かめているから、悪い事をしたな、とは思う。それでもアマリナを俺の拘束に連れて行けば別の問題も起こっただろう。今度からはそれのフォローも考えないとな。

 

「ディーナさま……はぁ、はぁ……でぃーなさま」

「どうして私の腰を撫でてるのかしら? アマリナ?」

「はぁ……ハァ……」

「あの、アマリナ?」

 

 なんとなく、影の動きで理解していた。ついでに言うと俺よりアマリナの方が大きいし、力も強い。何よりそのアマリナよりも影の拘束力が強い。

 ははーん、ヘリオめ。こうなる事を知ってて言わなかったな? 許さないからなぁ……。

 

 

 

 俺は天井を見上げる。

 影一色に染め上げられた部屋の天井にはシミなど一つもないというのに。

 ボトリと落ちてきた影が、俺を覆いつくした。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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