カチイに戻ってきて最初にすることは書類の処理である。
そもそも俺が館の周りを着火したのも問題だ。あれはやりすぎた。それでもアレだけのことをしないと、騙せなかったという理由もある。お陰でカチイの人達からは領主の館が突然発火したと大騒ぎだったらしい。ホントゴメンネ……。
その事後処理で色々手間取ったようで。
暗殺者の襲撃があり、血液や人間だった物が辺り一面に広がっていたし。いや、廃棄物とかは全部一緒に燃やしたけれど。
それでも血液は残るし、館の周辺でも燃やす必要性もあったので館も僅かに被害があったり。
結構な数の人夫を雇って掃除や修繕なども行ったので労賃が発生した。それを踏み倒すつもりもなかったので、事前に割いていた予算を崩している。それの事後承諾書類もこの目の前の書類の塔のどれかにあることだろう。
正直に言えば、かなりゲンナリしている。これを死後の世界にいるであろう、イワル公爵に任せられないか?
だいたい俺の責任というか行動が原因であるが、そもそもその問題を作ったのは彼であるし、なんなら生きているリゲルとかに任せたい。任せようにも彼には彼の仕事があるのだけれど。
溜め息を吐き出して意思を固める。
仕事は行動しなければ終わらないのだ。悲しいことながら。
日も暮れ、カチイにある領主館の一室は灯る蝋燭に照らされる。
墨瓶に触れる羽筆の音と僅かに鳴る紙を擦る音が響き、一枚、また一枚と紙が積み重なる。
「ディーナ殿、よろしいですか?」
扉を叩く音が割り入り、開かれた扉にすら見向きもせずに部屋の主はまた一枚を重ねる。
扉を開いた白髪の優男は目を細め、改めて開いている扉を叩く。
「よろしく見えているのなら、手に持っているだろう書類をそこに置いておいてくれるかしら?」
「そう見えない場合は?」
「明日にでも持ってきてくださる?」
僅かに苛立ちを滲ませながら応えた部屋の主――ディーナ・ゲイルディアは小さく息を溢した。
羽筆を置き、首を動かして肩を伸ばし、眼鏡をずらして目頭を揉み、ようやくディーナはベガを睨めつけた。
「明日に持ってこい、と言わなかったかしら?」
「そろそろ休むべきかと」
「一月も公務に携われなかったのだから、これぐらいは当然のことでしょう?」
日も昇る前から仕事に携わり、既に日も落ちているというのに仕事に没頭している上司にベガはふむ、と唸る。
明日に持ってこい、と言い睨みながらも手を伸ばしているディーナにベガは持っていた物を渡す。
「……ベガ、私は書類を渡せと示した筈だけれど?」
「ええ、存じております」
「それで、これは?」
「グラスですね」
より一層ディーナの目が鋭くなるが、ベガは持っていた酒瓶ともう一つのグラスを持ち上げる。
小さく溜め息を吐き出してからディーナはグラスを自身の机の上に置いて額を手で支える。
「……アマリナかしら?」
「いえ、僕自身が望んできたんですよ」
「あら、そう」
全く信用していないと言外に伝えるように素っ気なく呟いたディーナをよそにベガは葡萄酒を注ぎ入れる。
赤い液体が躍るグラスを静かに一瞥し、笑顔のベガへと視線を戻す。
「随分と高い葡萄酒ね。アナタに出している給金では気軽に買えないような」
「おや、ディーナ殿は不正に対して寛容でしょう」
「ここまで露骨に示唆されては言いたくもなりますわ」
赤い液体が注がれたグラスを持ち上げて、鼻の傍で揺らしてからディーナはグラスを机へと置き直した。
「それで、私と一緒に飲むのだから何か面白い話があるのでしょう?」
「おや、飲まずに喋るおつもりで?」
「仕事中は飲まないようにしているの」
「不正に対して寛容であるのに、自身にはお厳しいようで」
「当然のことを当然として行う事に厳しいも何もありませんわ」
そうですか、と簡単にディーナの言葉を葡萄酒と一緒に飲み込んだベガを冷たく睨むディーナは視線を誤魔化すように今一度目頭を揉み込んだ。
特に咎める様子はない上司と僅かばかりの酒精に口角を持ち上げたベガが口を開く。
「さて、では。いくつかお聞きしたい事がありまして」
「酒を入れなければ聞けないようなことを求めていますのね」
「これでも内向的と親から言われましてね」
「親の目は節穴かしら?」
「ええ。そういう風に育てておいてよく言います」
ベガが頭を振り、呆れたような疲れたような息が吐き出された。
ベガの親は知らないがベガ自身を知っているディーナからしてみれば内向的という評価は随分と的外れに感じてしまう。
ディーナが拾い上げたフィアともそれなりに交流があり、彼の悪い話は聞かない。こうして主の前で飲酒をするあたりで評価を修正はしたけれど。
「僕の話はいいのです」
「あら、アナタの話も私は聴きたいですわ」
「御冗談を。つまらない話ですよ」
「冗談ではありませんわ。陛下の子飼いというだけで私からすれば聞きたい事は山のようにありますわよ」
「答えるかはわかりませんよ」
「それはお互い様でしょう?」
クスクスと笑いながらディーナは指を組んでベガを見つめる。
悪評に違わぬ冷たい視線を誤魔化すようにベガは葡萄酒を一口飲み込んで、酒気を孕んだ吐息を漏らす。
「では、王都から連れてきたあの娘に関して」
「クロジンデのこと? 金で雇ったわ」
何事もなかったかのように、まるで女中を一人増やしただけと言わんばかりにあっさりと答えたディーナであるが、ベガが聴きたい事はそんな事ではない。
「アレは、暗殺者でしょう」
「そうね。しかも腕利きの暗殺者ね」
「王城への軟禁前の、あの数日中でのディーナ殿にそんな暇など無かったでしょう」
「そうね。彼女、私を狙いにきた殺し屋の一人だもの」
「……ディーナ殿。普通は命を狙った存在を懐には入れませんよ」
「ええ。私も陛下がそんなことをしたのなら頭を抱えてしまうわ」
解決に向けて何かをする事もないでしょうけれど。と続けて言ってのけたディーナ。
そんなディーナを呆れたように見るベガの意識はまだ酒気に犯されてなどいない。ディーナはさらに悪びれる様子もなく口を開いた。
「彼女にはそれだけの価値があった。では答えにならないかしら?」
「価値?」
「才能、と言い換えてもいいですわ。あの日、私が意図せずに寝室にまで入り込んだのは彼女だけだったもの」
「だからと言って、自分の命を狙った暗殺者を懐に入れるのですか」
「ええ。魅力的な才能だったもの」
美しい物を集める蒐集家のように。あるいは綺麗な石を集める子供のように。そして非業の運命を辿る人間を笑う悪魔のように、ディーナは笑みを深める。
「私、才能という物が好きよ。私には無いものだもの」
「……ご謙遜を」
「あら、私はまだ一滴も飲んでませんわ」
目の前にあったグラスを指で弾きディーナはクスクスと喉を揺らす。
氷の魔女。黄金の化物。そしてその美貌をもってして王子を唆した悪女。そんな彼女に才能が無いなどとは冗談でもベガは口にできない。
「そういう意味では、私はアナタの事も好いているわ」
「ご評価いただけているようで」
「ええ。素晴らしい才能ですわ。私がどれほど調べてもアナタの正体は不明瞭である。陛下の子飼いでありながら実体がわからない。けれども執務官としても有能でありながら、誰にも悪評も好評も言われず徹底して影にいる。知っているかしら? 私がアナタをエルフの森に連れていくことを決めた時に『なぜベガを?』と聞かれたのよ」
誰もアナタの有能さを理解などできていない。とクスクスとその誰かを嗤う悪女。
人畜無害の優男。誰もがそう評するベガをディーナだけは違った目線で見ている。人を見透かすような青い瞳がベガを貫く。
「私の物にならないかしら?」
「おや、ディーナ殿は葡萄酒の香りだけで酔ってしまわれるようだ」
「冗談ですわ。陛下から奪おうだなんて」
綺麗に笑顔を浮かべるディーナであるけれど、彼女の評価を知る貴族が見ればその言葉を嘘と断じるだろう。
「私の番でよろしいかしら?」
「ええ、何なりと」
「正しく答えるつもりもないのでしょう?」
「僕が答えられる範囲であれば」
少しだけ驚いたように片眉を上げたディーナはコツコツと机を指で叩き、瞼を閉じて思考を深める。
数秒ほどで音は止み、瞼が開かれて青い瞳がベガを真っ直ぐに捉える。
「リゲル殿下とアサヒが婚約を公表したあの日。招待状を置いたのはアナタですわね?」
「おや、バレていましたか」
アッサリと答えを吐露してみせた姿にディーナの眉が寄る。
大きめの溜め息を一つ吐き出したディーナは額を抱えながら口を開く。
「目的は――いいえ、それよりも国章の偽造は法に触れているわ」
「そんな偽造だなんて。正式な王章ですよ、アレは」
「ならなおさらどうして、アナタがソレを使用しているかが甚だ疑問ですわね」
「陛下から許可は頂いておりますよ」
果たしてどこまでが真実であるかディーナにはわからない。そしてベガはそれをディーナに悟らせることもないであろう事をディーナ自身が理解している。
改めて瞼を閉じて、吐き出しそうだった言葉を飲み込んだディーナは別の言葉を吐き出す。
「私に恥をかかせたいから、なんて幼稚な理由ではないのでしょう?」
「あの場には貴女が必要だった」
「結果論ですわね。あの時点で私は何も知らなかったのも」
「けれど、あの場にいた貴女は全てを知ることができた。というが結果論の建前です」
「実際は陛下にエルフの飲み薬を届ける為の偽装かしら?」
「わかっておいでなら質問しなければよかったでしょう」
「事実の確認は必要なことよ。何にしてもね」
結果論としては筋が通る。そして建前であることもベガは認める。
あの時は緊急を要した。同時に彼女ならば、という期待も少しはあった事をベガ自身は認めるだろう。言いはしないが。
「イワル公に気付かれたらどうするつもりでしたの?」
「気付きはしませんよ」
「アナタがそこまで隠密に長けているとは思いませんわ。剣術はできるのでしょうけれど」
「僕自身が陛下に会いに行っていない、とは考えないのですか?」
「それでイワル公に――あの時点では誰かもわからない謀反人にバレてしまう危険性を増やすアナタでも無いでしょう」
「ご評価いただけているようで、嬉しい限りです」
人好みしそうな柔らかい笑顔を浮かべながらベガは葡萄酒を一口飲み込む。対したディーナは渋い葡萄酒を飲んだように眉間に皺は寄っているが。
そんなディーナを見ながらベガはさらに笑みを深めた。
「ディーナ殿は飲まないので?」
「溜まっている仕事を終わらせれば飲みますわ。今はアナタとの会話の方が重要ですもの」
「それほど重きを置いていただいてありがたい限りですね」
質問を投げかけ始めた辺りから彼女の手は動いていないし、視線はベガだけに注がれている。
彼女にとっては仕事は当然終わらせなければいけない義務であるが、それよりも比重が置かれている事はベガにも理解できた。
それだけ注目されている、というのは間者としては問題であるが、そんな段階はエルフの森に行った時から越えている。
「では、レーゲン・シュタールに関して」
「……特に言うことはありませんわ」
「貴女なら、シュタール家を取り潰して、イワル家にも打撃を与えられる立場であった筈です」
「そうですわね。それをしても得があったかもしれませんわ。興味はありませんけど」
これもまた当然のように吐き出したディーナであるが、ベガは首を傾げてしまう。一つひとつ、ディーナの言葉を砕いて、改めて確認をする。
「貴族としての大成には興味がない、と聞こえますが?」
「どうやら酔っても耳は正常なようですわね」
口がもう少し軽ければもっといい、と冗談にように付け加えたディーナにベガはさらに疑問を浮かべる。
女でありながら、誰の寵愛も受けずにただ一人として爵位を得た彼女だからこそ、出世欲や、野心がある筈だと思っていた。それはアッサリと裏切られる。
「ならば、なぜ魔法式というモノを陛下に?」
「私、この世界の魔法というモノが嫌いでしてよ。
なんでも思い通りに出来て、それが当然であり、けれども一般化されず、体系化もされず、ただ広がっているだけの神秘」
ディーナは自身の右腕をベガへと差し向けて確認するように握り込む。自身の右腕を見つめながら、ディーナは小さく息を吐く。
「嫌い、というのは訂正しますわ。魔法という技術は好きですわ。興味深いですし、知的好奇心という意味では非常に好みですわね」
「……本当にそれだけの為に?」
「それだけ? 私にとってはそれこそが重要ですわ」
だから体系化をする。だから一般化する。結果としてシリウス王へと、そして国へと捧げる。ディーナの言葉を鵜呑みにするのならばそれだけの話なのだ。
貴族としての意識もある。そして汚職を見逃しながらも、度が過ぎれば罰則を向ける秩序もある。それらを上手く扱えば私腹を肥やすことも、ある程度なら爵位も得られるだろう。
けれど、彼女にしてみればそれこそが副産物でしかない。
「そんな、この世界への憧れと嫉妬ですわ」
「……驚いた。貴女は以前から変だとは思っていましたが、僕の予想以上です」
「ご要望通り、私の爵位で出来うる最大限を行使してアナタの首を落としてもいいのよ?」
「失言をお許しください」
「ええ。ここはお酒の席だもの」
彼女が冗談で言っている事は理解していたベガであるが、首筋に冷えた視線が這えば冷や汗も流れてしまう。
酒の席、とは言いながらも彼女は一滴も飲んではいない。故に彼女自身は自分が狂人であることを少なからず認めてもいるのだろう。
クスクスと笑うディーナが思い出したように笑いを止めて口を開く。
「そもそも、リゲル殿下との婚姻を捨てた――いいえ、捨てられた私が貴族としての大成なんて笑い話にもなりませんわ」
「おや、そうですか? 大衆は好きそうな物語だと思いますよ」
「生憎と、私は
それにゲイルディア家の娘の物語なんて子供を怖がらせる御伽噺よ、とクスクス笑いながらディーナは吐き出した。
自身の評価をよく知っている彼女だからこそ、そうして冗談めかして言ってのける。
「イワル家で思い出したけれど。イワル公は何か特別なものでも信仰していたのかしら?」
「……夫人から何かをお聞きに?」
「いいえ。彼女は真実を知りはしなかったけれど、私に恨みの籠った言葉を吐いて頭を下げただけですわ。陛下が私に釘を刺してきたのよ」
「ふむ……。アンビシオ・イワルの元に何者かが来訪していたのはご存じで?」
「随分と抽象的で曖昧な情報ですわね。それが宗教家なのかしら?」
「詳しい事はなんとも。ただ遡って言えば、そこから彼が動き出したという推測でしかありませんね」
ベガのその言葉にディーナはまた机をコツコツと叩きながら思考する。
答えの出ない問題であるし、その思考はすぐに途切れてベガに言葉を促す。
「彼の邸宅に主教以外の経典もありまして、陛下が釘を刺したのもそれが原因でしょう」
「その経典とやらは手に入るのかしら?」
「……ご興味がおありで?」
「単なる好奇心よ。イワル公を狂わせた教えとやらがどれほど荒唐無稽なものかが知りたいだけですわ」
「根本としては主教と同じものですが、初代シルベスタ王……勇者を祀るものです」
「勇者を?」
ベガの言葉を確かめるように繰り返したディーナは眉を寄せて、頭を振る。
「あの楽観的な初代シルベスタ王を祀るのもどうかと思いますわね」
「おや? 解読されている古文書には厳格な聖人であったと書かれているらしいですが?」
「公的な見解ですわ。私の解釈が別なだけですわ」
「……是非、貴女の解釈もお聞かせいただきたいですね」
「あら。
「単なる好奇心ですよ」
先ほどしたやり取りを交代して二人は笑う。
ディーナは椅子に深く腰掛けて、緩く腹部で腕を組む。
「何にせよ、厄介そうな相手で陛下には同情してしまいますわ」
「貴女は我関せずを貫くおつもりで?」
「私の道を邪魔をするようなら、吹き飛ばすだけですわ」
レーゲン・シュタールをそうしたように。と言わんばかりにディーナは笑みを浮かべた。
そうできるだけの力量が彼女にはある。悪評の事実によって形成されているのだから。
「貴女の道とは? 貴族としての大成には興味もないのでしょう?」
「私が歩きたい道なんて、ありきたりなものよ」
「貴女にとってのありきたりや普通というものが一般的なものと認識しておいでで?」
「この短時間で随分と口が軽くなりましたわね」
咎めやしませんけど、と付け加えながらディーナは少しばかり口籠る。
僅かばかり、ほんの数秒だけ迷ってから、静かに吐き出す。
「平凡平穏平静な変哲のない日常ですわ」
「……御冗談でしょう?」
「あら、私は本気よ。好きな人とお喋りをして、信頼できる人を尊重して、尊敬できる人を敬って、ただ日常を謳歌する。それが私の願いですわ」
「随分と遠い位置に今はいるようですが?」
「そうね。それも
まるで普通の少女が夢を語るように。まるで純粋な人間が願いを吐露するように。そして諦めた理想のように。けれど諦められない夢のように。
悪と称され。化物と称され。魔女と称された女は言葉にする。
「それでも願い続けるのは変かしら?」
「いいえ。僕は貴女を勘違いしていただけかもしれません」
「世間に言う悪逆非道で冷徹な氷の魔女かもしれないわよ」
「確かにそれも事実でしょう。貴女はそれも否定しない」
「ええ。それも
ディーナ・ゲイルディアは微笑む。氷のように。人の悪寒を擽るような笑みを浮かべる。
間違いなく、彼女こそが悪の令嬢だと。誰もが言うだろう。そしてディーナ・ゲイルディアはそれを否定すらしない。
間違いなく、彼女こそが氷の魔女だと。誰もが言うだろう。それもディーナ・ゲイルディアは笑みながら否定しない。
ベガは目を細め、息を飲み込んだ。
「ああ、貴女は――」
小さく漏れ出た言葉はディーナの耳に届いてしまう。けれど次の言葉が続かない事にディーナは首を傾げる。
「私が、何か?」
「いえ。なんでもありません。よく似た人間を知っているので」
「あら、お父様とも面識があったのかしら」
「ゲイルディア卿と直接の面識はありませんよ」
ふむ、では誰だろうか? とディーナは記憶の中で出会った貴族達を並べてみたが、こうして悪評が際立っているのは血族しかおらず、苦笑してしまう。
そんな考え込むディーナを後目にベガはグラスに残っていた葡萄酒を飲み干して笑う。
「有意義な時間でした」
「あら。聞きたいことはもう無いのかしら?」
「あまり遅い時間までいると貴女の従士が睨んでくるので」
「あら、あげないわよ」
クスクスと笑うディーナは視線を僅かに足元に向けて、さらに笑みを深めた。
「この件は貴女の未来の婚約者殿も興味を持つでしょう」
「悪逆非道冷徹女に興味を持つなんて随分物好きな人ですわね」
「ええ。お似合いかと思います」
「……私を物好きと言いたいのかしら?」
「おっと、酒は口の滑りを良くし過ぎるようだ」
反省の素振りすら見せずにベガは扉へと体を向け、その背中に見ながらディーナはグラスを揺らす。
「ちょうどいいですわ。最後の質問をいいかしら?」
「どうぞ」
「アナタは、何者かしら?」
笑みを浮かべるディーナにベガも笑みを浮かべる。
答えなど、お互いに求めていない。答えない事を前提とした、答えられない質問。
ベガは口を開くこともなく、一礼をしてから退室をした。
一人になった部屋の中、羽筆を手に取って、息を吐き出して筆立てへと戻したディーナは背凭れへと体を預ける。
瞼を閉じて少しだけ思慮の世界へと身を投じていたディーナは机に残ったグラスへと目を向ける。
グラスを手に取り揺らせば、赤色の液体が波打ち、放置していたのにも関わらず香りを広げる。
グラスを傾けて、一口だけ飲み込み、喉を通せばほのかな酒精が鼻腔を抜ける。
少しばかり考えるようにグラスを眺めていたディーナは足元の影を見る事もなく、呼ぶ。
「……アマリナ」
「はい、ディーナ様」
ディーナが呼べば即座に、物陰から音も無く褐色肌の女中が現れる。
そんな信頼できるアマリナに自身が持っているグラスを手渡して飲むように促したディーナは、ジッとアマリナを見つめる。
少しだけ躊躇して、舐める程度にグラスに口を付けたアマリナにディーナは満足したように頷いて微笑む。
「美味しいかしら?」
「はい。普段ディーナ様と飲んでいるものより、甘く感じます」
「そうね。私が飲んでいるものよりも高いもの。正しい味覚ね」
アマリナの頭を左手で撫でながら、ディーナは微笑んだ。
今一度の振り返り。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん