悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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63.悪役令嬢は間違わない。

 バチリと、炎の中で草が弾けた。

 シャリィ・オーベは炎へと手を翳し、水を中空へと生成する。

 シャリィ自身の瞳で見える幾重にも重なる文字に光が巡る。

 幾度も操ってきた式に生成され、切っ先を尖らせた液体の槍は真っ直ぐに炎へと向かい、シャリィは咄嗟に手を返した。

 

「っ! お退きなさいッ! ディーナ・ゲイルディア!」

「咄嗟に攻撃性を消して単なる水球にする腕前。とても見事ですわ」

 

 惚れ惚れする。と笑い、拍手をするディーナ・ゲイルディア。正面からぶつけられた水球で濡らした体も気に掛けない。

 ポタリと落ちる水滴を青い瞳で見ながら、ディーナは自身の師であり、長く研究を共にしたヒトへと視線を伸ばす。

 珍しく呆れの表情ではなく、苛立ちと焦りを浮かべ、新しく水槍を出したシャリィを。

 

「お退きなさいディーナ! 貴女は自分が何をしているかわかっているのですか!?」

「ねぇ先生。私は間違いませんわ」

 

 濡れた前髪をかき上げながらディーナ・ゲイルディアは静かに言葉を吐き出した。

 炎に巻き上げられた紙片。そこに書かれた仮定の文字列。世界を構成している文字列。

 

 その一部が風に揺られて、ディーナの視界を横切った。

 

 

 


 

 

 

 

 

 カチイ領。領主館の書斎。

 現領主であるディーナ・ゲイルディアによる趣味の産物が所狭しと詰め込まれた部屋である。

 棚には綴じられた紙束が並び、幾つかは棚に入らずに床に積み上げられ、幾つかは乱雑に壁に貼られている。

 主である女の後ろには赤毛の少女が随分と疲れたような顔で立っていた。

 

「なあ。こういうのはフィアに頼んだ方がいいんじゃないのか?」

「フィアは別の仕事をしているもの。それに結果として力仕事になるのは目に見えていたからアナタに頼みましたの。それとも私の命令が聴けないのかしら?」

 

 パラパラと紙を捲りながらレイへと紙束を渡すディーナに不満を露わにしながら従うレイ。

 歯向かうわけじゃねぇけど、とぶつくさ言いながら渡されている紙束を乱雑に扱い、籠へと収める。

 レイ自身、ディーナに歯向かうつもりなど毛頭ない。

 こうして気安く接しているが自分とフィアを雇っている貴族であるし、自分でもわかるぐらいに恵まれた施しも受けている。

 多大な恩がある。それはレイにもわかっている。

 

 沢山の経験をさせてくれた。

 今まではわからなかった文字を読み書きする事もある程度できるようにはなった。褐色肌の兄妹従士も良くしてくれている。

 エルフの客人に話を聞くのも楽しいし、先生と慕うシャリィ・オーベの授業は難しいが、いつか返す恩の事を思えば苦ではない。

 

 ぶぅ垂れるフィアを見て、顔を穏やかに緩めてディーナは新しく紙屑になる紙束を渡す。

 

「魔法の授業はどうかしら?」

「それもフィアの方が上手いよ」

「私は貴女に聞いているのよ、レイ」

「……別に、ふつーだよ、ふつー!」

「あら、上手くいかないのかしら?」

 

 クスクスと笑みを漏らしながら手を止めることはないディーナにレイはムッとしてしまう。

 目の前の主はあらゆる事が出来るし、才能に溢れている。だから、これがちょっとした嫌味だと感じてしまう。

 

「そりゃぁ、アンタみたいにボクは優秀じゃないさ」

「……でも、魔力の把握はできるのでしょう?」

「そんな初歩的な事、とっくにできたさ」

「じゃあ私よりも優秀よ。私は魔力の把握もさっぱりできなかったもの」

「絶対嘘だね」

 

 やはりクスクスと笑いながらディーナは新しい紙束をレイへと渡さずに元の棚へと戻した。

 この優れた主人は人を揶揄うことも好んでいる。なんせ出会いがそうであった。

 

 訝しげに金色の髪を睨みながら、渡されていた紙の一枚を眺める。当然、何を書いているかなどはわからない。

 文字であったり、図形であったり、よくわからない矢のような線が別の場所に伸びていたりしている紙。そのくせ、その一部には幾つもの□が積み重なり、その中に不思議な文字が書かれている。同じ文字が複数見られるから規則性があるのかもしれないが、レイにはさっぱりとわからない。

 

「失敗も挫折もできる内にしておくのがいいわ。沢山の事を経験なさい」

「アンタは失敗なんてしなさそうだもんな」

「……そうね」

 

 ディーナは自身の口から出た言葉を誤魔化すように後ろにいた赤髪を左手で撫でる。

 少し強めに撫でられるレイは抵抗らしい抵抗もしない。こうして主人に撫でられることは、それほど嫌ではない。

 

「それで、さっきから分けてるけど、これって魔法の資料だよな?」

「ええ。棚に残しているのはそうね。シャリィ先生が主導した基礎の部分よ」

「それで、こっちは?」

「――もう必要無いものですわ」

 

 これもね。と新しい紙束を渡されたたレイは言われたディーナに言われた通りに、紙束を籠へと放り込んだ。

 

 

 そんな作業を数十回。溢れた籠が二つから三つに。四つ目を溢れさせる前に作業は完了したようで、満足気にディーナは棚を見つめて一息吐き出した。

 数刻前までは棚を圧迫するように詰まっていた紙は籠の中に入り、床に積まれていた紙も今は整頓されて棚に収まっているか、籠の中に詰まっている。

 乱雑に詰め込んだ紙は既に資料としての役割を放棄させられた。

 

「それで、コレはどうするんだ?」

「そうですわね……ええ、そうですわ。燃やしてしまいましょう」

 

 ディーナが籠を抱える姿を見て追随するようにレイも籠を持ち上げる。思ったよりも重い。それだけの量の紙がここに収まっており、乾いている筈なのにインクの香りが鼻をついた。

 

 

 

 

 

 

「燃やすなら火打石とか、火種がいるのか?」

「いいえ、そんな物はつまらないでしょう?」

 

 庭先に並べられた籠の周りをガリガリと木の棒で削るディーナに首を傾げるレイ。

 レイからしてみれば、ディーナが描くソレが何かはわからない。

 奇怪な文字とも呼べないような記号。それでも何かの法則があるのか、乱雑に描かれているワケではないことは理解できる。

 

「それは?」

「魔法式を描いてますわ」

「先生とアンタがべんきょーしてるヤツか」

「ええ。尤も、私の物は魔法式と言うのも烏滸がましい結果でしたけれど」

 

 自嘲するようにクスクスと笑いながら、ディーナは地面に描き続ける。

 カリカリと籠の周りに描かれた円の周りに文字を付け足し、一端を少し伸ばして、レイの足元へと伸ばす。

 

「……なぁ、本当に燃やすのか?」

「ええ。不必要なモノですし。こうして魔法式の研鑽に用いるのなら本懐でしょう」

 

 レイの足元で書き終わった式を眺めながら、ディーナは淡々と籠達を見やる。

 その視線を横目で見ながら、レイはどうにも眉間を寄せてしまう。よく遠くを見つめることがある主人であるけれど、その感情を読み取れたことは一度も無い。

 レイ自身、自分が勉学に長けているとは思わない。覚えるのにも苦労するし、ディーナやシャリィがしている魔法式なんてさっぱりわからない。

 けれど、そんなレイでも籠に入った紙達がどれほどの時間を掛けて書かれたのかは理解できる。いいや、きっと自分が思うよりも多くの時間が掛けられているだろう。

 

 それでも、この主とも呼べる存在が自分で決めたことなのだから、自分には覆すこともできない。

 

「それで、ボクは何をしたらいいんだ?」

「簡単ですわ。ここに指を置いて、魔力を流せばいいですわ。それほど魔力も必要としないように書きましたし、理論としては"間違っていない"筈ですわ」

「ふーん……」

 

 ディーナの言葉に少し考える所はあった。けれど、この主が自分を害する筈もない、という感覚は確かにある。

 だからレイは淡々と籠と資料だった物を見つめている主の言う通りに、膝をつき、指先を文字の先端へとつける。

 

 この魔法を行使すれば、きっと資料は()()()

 

「では、魔力を流しなさい。レイ」

「……わかったよ」

 

 思うことは色々とある。けれど、自分がこの主を言いくるめて、どうこう出来るとは思えない。

 

 レイは指先へと意識を集中させて、レイは自身の中にある塊を意識する。

 溜まっている水をただ流すだけの作業。シャリィ・オーベに師事し、親友であるフィアと共に磨いた技術。魔法を扱うにおいての基本的な感覚。

 レイは水を流す。強い水ではなく、川のようにせせらぎを。

 

 目の前にある文字たちが光を灯していく。魔力の流れを追うように、一節ずつ光が灯り、円を描く。

 こうして現実として魔法の在り方を認識したことが初めてのレイが見惚れるほど美しい現象であった。

 

 だから、レイはディーナへと視線を向けた。自身の中にあるこの感情をきっとディーナは言語化できるかもしれない。そう望みを向けた。

 

 けれど、ディーナの顔は酷く冷たく、まるで目の前で発生した火とは対極の表情であった。

 火は僅かに庭に生えた草と籠と紙束を飲み込んで、炎へと姿を変えていく。

 それでも、ディーナの表情は研究成果が出た喜びもなく、燃えている資料に対しての悲哀もなく、ただ淡々と冷ややかである。

 

「何をしているのです!」

「げっ、先生だ」

 

 指先を魔法式から離し、レイは激昂しているシャリィにバツの悪そうな顔をする。

 対して、ディーナは笑顔を浮かべる。

 

「おや、シャリィ先生。ただ、私の研究論文を燃やしているだけですわ」

「……なぜそんな事を?」

「なぜ? だって結果として間違えているモノなんて無意味でしょう?」

 

 舌打ちをしてシャリィ・オーベは炎へと手を翳して水の槍を中空へと顕現し、炎へと飛ばし、手を翻す。

 

「っ! お退きなさいッ! ディーナ・ゲイルディア!」

「咄嗟に攻撃性を消して単なる水球にする腕前。とても見事です。惚れ惚れいたしますわ」

 

 拍手をしながら水浸しになった顔をニッコリと歪める。

 そんなディーナの感嘆とも挑発めいた動作にシャリィは焦燥を隠さない。

 新しく水の槍を自身の傍へと発現し、真っ直ぐに共に歩き続けた者を見る。

 

「お退きなさいディーナ! 貴女は自分が何をしているかわかっているのですか!?」

「ねぇ先生。私は間違いませんわ」

 

 散る論文がディーナの顔を横切り、それを目ですら追わずしっかりとシャリィへと視線を向けられる。

 苛立ちと怒り。対して冷たく一切を受け付けないような表情。

 対象な二人を見ながら、炎が近いというのにレイは冷たいモノが背中を伝う感覚に襲われてしまう。

 

「なら、なぜ自身の研究結果をそのように扱っておられるのですか!?」

「失敗した結論を消すのは当然でしょう」

「まだ失敗したなどと、わからないではありませんか」

「いいえ、この理論は間違いですわ。少なからず、私にとっては塵以下の論文に成り下がりましたわ」

「――答えを急いているのですか?」

「いいえ、遅かったぐらいですわ。なんせ、こうして燃えていることが何よりの証明でしょう」

 

 ディーナとシャリィの視界には確かに世界を構成している文字が見えている。

 だからこそ、炎が魔法により発現し、そして資料を燃やしている事を理解することができる。

 

 だからこそ、結果としてディーナの理論が間違っていることをディーナ自身が証明できてしまった。

 

「地面に描いた魔法式は水を出すものでした」

「ならなぜ燃えているのですか!?」

「それは意志の力によるものですわ」

 

 燃える炎を背中に、そして炎を魔法として顕現したレイを背中にしながら、ディーナは言葉を繋げる。

 

「もしも、私の理論が正しかったのならば。この魔法式に魔力を流せば水が発現する筈でした」

「な、なぁ。でもアンタはコレを『炎が出る』って言ったよな?」

「ええ。そう言いましたわ。そうする事が私の実験証明でしたもの」

 

 水の出る魔法式でありながら、結果として炎が出た。

 それは紛れもない事実である。世界の構成文字を理解できるからこそ、正しくディーナは魔法式を描けた筈であった。

 

「けれど、結果は炎が出た。私の式は間違っていない。それは私達の()が証明してくれている。

 ならなぜ炎が出たのか。なぜ失敗をしたのか。

 私が扱っていた魔法式。それが未だに想像魔法の域を越えない間違えた理論に他ならない。意志が介在し、そして結果として現れた。

 ただ、それだけですわ」

「――、ディーナ、アナタまさか」

「ええ。先生が考えている通りだと思いますわ」

 

 ディーナの言葉に声が震え、出していた水槍が形を崩して地面へと落ちて広がる。

 

 ディーナは自身の手を見つめて握りしめ、両手を空へと捧げるように伸ばす。

 レイには何をしているかはわからない。神に祈るように、捧げるように掲げられた両手には何の意味があるかもわからない。

 けれどシャリィとディーナは違う。自身達で共有している世界に捧げられた瞳がその全てを見てしまう。

 世界を構成する文字がディーナの両腕を伝い上がり、魔力が正しく練り上げられる。そんな行為は幾億も繰り返した。

 けれど、それは顕現する前に霧散する。今まで()()()()()理論ではありえない、正しい理論である筈であった。

 

 空に挙げた手を握り、息を吐き出すと同時に脱力する。

 

「これが、今の私ですわ」

「……それでも、資料を燃やす事を良しとしているのは話が違うでしょう」

「違いませんわ」

「それはアナタが辿り、歩いた研鑽でしょうッ!」

「ええ。そうですわね。けれど、無価値で、無意味で、無駄な歩みでしたわ」

 

 ディーナ・ゲイルディアはそう断じる。燃えている自身の研究資料がそうであるように。

 塵は塵でしかない。そして答えを知っていても尚、理想と理論は一致しない。

 

「そんな、そんなことはありません。ディーナ、アナタの歩んだ道は無駄などでは――」

「無駄でしたわ。結果が出て、その結果が間違っている理論なんて。仮定(過程)としても無価値ですわ」

「無価値ではありません! アナタが歩んだ道が間違っていたとしても、それは――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 熱で揺られる空気の中でディーナ・ゲイルディアだけは冷めきっていた。

 そうあるべき、という義務(理想)責務(夢想)責務を発言(発現)する。

 

 ディーナ・ゲイルディアに失敗など許されない。

 多数存在するゲイルディアを恨む貴族達に隙を見せられない。

 過剰な自信によって失敗を認める事など自身が許せない。

 

 そんな理由ではない。ディーナにしてみれば、それらは後付けの理由でしかない。

 ディーナが()()()()である為の行為。

 彼女が彼であった時に求められ続け、彼女が彼女であり続ける為の宿運。

 

「それ以外に理由はありませんわ」

 

 隔絶された存在。斯くあるべしと定められた存在。

 出会った時のように、背筋が凍り付く。悪魔の子が、黄金の悪魔となった。

 ああ、なんと美しく、研がれているのだろうか。

 

 シャリィ・オーベはその輝きに見惚れてしまった。もしも、今初めて出会ったのなら、心酔していただろう。

 けれど、シャリィとディーナは数年も前に出会い、共に歩みを進め、幾度も否定し合い、そして理を論じた。

 

「そんな理由で、許せる筈がないでしょう」

「許す許さないの話ではありませんわ、先生」

「理想論だとはアナタ自身がわかっている事の筈ですよ」

「理想論であっても。いいえ、理想論だったからこそ、私はそうするしかありませんの」

 

 音も無く、炎の中で紙がまた一つ燃え尽きた。




あとがきで失礼致します。
感想、一言コメントなどの評価は全て目を通しております。本当に感謝でございます。
感想返しをしていないのは、猫毛布リソース削減の為ですのでご了承ください。
何? それにしては物語が……、って? ……。このまま突き進むぞっ!!

猫毛布

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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