悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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64.悪役令嬢は変われない。

「ディーナ様、少しはお休みください」

「休んでいる暇があればそうしているわ」

 

 新しく書ききった書類を一枚、積みあがった書類の塔へと追加したディーナは忠臣でもあるアマリナの忠言を聞き入れない。

 休んでいる暇が無い。と言うがディーナ自身が一ヵ月軟禁されて行えなかった事務仕事の類は既に完了している。それでもディーナは憑りつかれたように仕事と研究へと没頭している。自身が否定した魔法式への研究へと。

 

 魔法が使えなくなったから、という理由は正しいが正しくはない。

 

 魔法が扱いたいから魔法式の研究に没頭していたワケではない。

 事実として、ディーナ・ゲイルディアは魔法を扱おうと思えば扱うことはできる。

 それは同時にディーナにとっての敗北宣言であったし、そうして得た魔法にディーナは一切の魅力を感じる事ができない。

 好奇心と探求心。そして義務と責務。決意と言い換えても遜色ないモノをディーナ自身が折り曲げることはできなかった。

 

 こういう主を見たのは初めてである。

 いいや、そのきらいは以前からあった。それでも以前はまだ自分の言葉を聞いてくれた。

 今の主はそれすらできない。それほどに追い詰められている。

 アマリナやヘリオ、シャリィが見れば眉を寄せるであろうが、普段のディーナに変化はない。それほど僅かな差異である。

 

「アマリナ、レイはどうなっているかしら?」

「……落ち込んだ様子はありましたが、普段通りに振舞っております」

「そう。変に気負わなければいいけれど」

 

 そうした自分が言うのもなんだけれど、とディーナは自嘲を隠すこともせずに新しい書類を積み上げた。

 あれは仕方がなかった。とディーナの中で納得と理解はしているが、それでもしたことは主の研究資料を焼く行為である。

 レイ自身に罪などない。それはディーナの感覚と推察でしかない。

 レイ本人がどう感じるかなど、ディーナには分かる筈もない。

 その辺り上手く先生がフォローしてくれるだろう。と少しばかりの期待を抱きながら、ディーナは新しい書類を手に取った。

 

 

 魔法が扱えなくなった。

 魔法式としては正常に起動したにも関わらず、結果はレイに()()()()事象に繋がった。

 それは十分にディーナの新しい理論が成立した証明であった。

 ディーナがレーゲンと戦った時に感じた疑問の証明。『意志の力による想像魔法。その一端でしかない魔法式』。

 その疑問がもしも否定されていたのならば、自分も魔法が扱えただろう。そうして自分が魔法を扱えない事もまた、理論が間違っていた証明である。

 

 ならば、所詮はソコに属する事しか出来ないのか?

 断じて、否である。想像せずに事象が発現する事は今までの経験で理解している。

 新しい文字を紡ぎ調べていた、あの地道で人に言うこともない実験達が否定する。

 エルフの女王が作り上げた指輪が、否定する。

 

「……そんな物、俺が認められるわけないだろ」

 

 小さく吐き出した言葉に自ら舌打ちをして、ディーナはペンを置いた。

 眼鏡を外して、目頭を抑えながら、書ききった書類を新しく積み上げる。

 

「アマリナ。これをベガに届けてくれるかしら」

「……はい。お嬢様」

 

 どれほど自身が疲れていようが、主は歩みを止めることはない。

 止まれば死ぬと言わんばかりに、歩き続けてしまう。

 それを止めることがディーナはすることができない。

 

 アマリナは書類を手に取り、頭を下げて退出する。

 

 自身は主の隣にいられるだけで十分だけだったというのに。それ以上のことを願ってしまっている。

 けれど同時に、ディーナが隣にいるというのにアマリナには何もすることができない。

 魔法式という理論に対してもそうであるし、普段の生活においてもそうである。

 もしも、ディーナを助けることができるのなら、自身の命など簡単に放り投げてしまえる。けれど、ソレを許す主でないことも確かなのだ。

 

 

 アマリナは視線を壁に写る自身の影へと向ける。影の一点から波が広がり、自分と同じ肌の男がぬるりと姿を現した。

 

「お嬢はどうだった?」

「お変わりないわ」

「そっか。まあ俺たちができる事は傍にいる事だけだしなぁ」

「……ええ」

 

 そう育てられた。お互いにそのことは感謝もしているし、納得も、理解もしている。

 だからこそ、自分たちが主を動かすことができない事は納得できないながらも、理解させられている。

 目を伏せて籠るように返事をしたアマリナの頭に手を置くヘリオ。気安い慰めであり、そして二人ともが似た感情を持っている。

 

 自分ではどうにもできない。シャリィですら、動かすこともできない。

 

「……ディーナ様に何があろうと、私たちは私たちであり続けましょう」

「当たり前だろ。お互いに、そう育てられたからな」

「他ならぬディーナ様の為に」

「他ならぬディーナ様の為に」

 

 だから変化してはならない。

 それこそがディーナの願いであり、そう育てられ続けた二人の矜持でもある。

 

「そんじゃあ、見回りに行ってくるわ」

「ええ。私も書類を届けたらお嬢様の傍に……。所で、あの野良猫はどこに行ったのかしら」

「あー、そこらで寝てるんだろ」

「お嬢様に雇われているのに? 無断で? なるほど、なるほど」

「あーあー……」

 

 頭を抱えるようにして、件の野良猫に対して僅かながらの哀れみを抱きながらヘリオは妹の影へと逃げ込んだ。

 普段は無表情で淡々としていて主の事になると視界が塞がるような女中達の長は珍しくニッコリと笑みを浮かべながら廊下を音も無く歩く。

 ソレを見てしまった女中は息を僅かに飲み込んで、視界から外れるように息を潜めた。

 

 

 

「失礼致します」

「おや、アマリナ殿。ああ、ディーナ殿からの書類ですか」

「ええ」

 

 頂ましょう。と付け加えながら部屋の主であるベガが書類束を受けとった。

 アマリナは受け渡した書類とベガから視線を外して部屋の中を見渡し、頭の中にある候補から外す。

 

「どうかされましたか?」

「いえ、あの野良猫を探しているのですが……」

「野良猫……?」

「……お嬢様が新しく雇った、アレです」

「ああ、クロジンデのことですか」

 

 野良猫という形容詞に対してようやく人物を知ったベガは件の人物を頭の中に浮かべてなるほどと納得をする。

 敵意ではないだろうが、何かしらの感情を抱いているアマリナを見ればニッコリと珍しく笑ってもいる。

 

「どこにいるかご存じでしょうか?」

「いいえ。ボクは知りませんよ。猫のようですし、どこか日当たりのいい所で眠っているのでは?」

「……わかりました。それでは失礼致します」

 

 早々と頭を下げて、相変わらず音もなく立ち去る上司の従士に対してベガは苦笑する。

 どうにも面白い人物が集まるディーナ・ゲイルディアという存在であるが、ベガの中では自分もその面白い人物の一人であるし、何より集めている本人が面白い人物に他ならない。

 そう思い、笑みを深めて新しく届いた書類へと意識を向けた。

 

 

 

 

「見つけました。降りてきなさい」

 

 アマリナがクロジンデを見つけたのはあれから数分も経過せずにである。

 見つけた場所は庭先にある木の上なあたり、アマリナの言う『野良猫』という呼称に間違いらしい間違いはないのかもしれない。

 件の野良猫はそんなアマリナの声に反応して、薄く開いた瞼で自分と同じ服を着たアマリナの存在を確認してから、大きく欠伸をして、今一度夢の世界へと旅立とうとした。

 

「……」

 

 それに対してアマリナは怒声を出すこともない。慣れている、というわけではないが、半分ほどの諦めもあった。

 だから、アマリナは手の平程の大きさの短剣を自身の影へと投擲した。

 時間にして瞬く間。そんな短い時間であり、動作に音らしい音も無い。

 

 影から影へと渡った短剣はその勢いのまま、先ほどまでクロジンデが横たわっていた太目の枝へと突き刺さり、アマリナは思わず舌打ちを一つ。

 奇襲ともとれる攻撃に対して即座に反応し、音もなく木から降りたクロジンデは眉間を寄せてアマリナを睨みつけている。

 

「なに」

「その服を着ているからには。いいえ、お嬢様にお仕えしている身なのですから、仕事はしてもらいます」

「……やだ」

 

 思いっきり顔を顰めてアマリナの言葉を拒否してみせたクロジンデは女中服に着いた葉と土を払い、欠伸を一つ。

 アマリナはニッコリと笑みを浮かべ、手元で作った影から細身の剣を取り出して握る。

 そんな動作をジッと見つめながらクロジンデは小さく息を吐き出す。細く、細く息を吐き出して、肺の中を一度空っぽへ。

 一歩。音を鳴らして、右足を後ろへと下げる。

 短く空気を飲み込んで、地面を蹴り飛ばし、小さな体躯を弾き飛ばす。

 

 鋭く金属がぶつかる音が二人の鼓膜に響くが、お互いに視線を逸らすことはない。

 

「やっぱり普通の女中じゃない」

「お嬢様に育てられましたから」

「……そ」

 

 短いやり取りの間に幾つかの剣戟の応酬を挟み、クロジンデはやはり片眉を上げて訝しげにアマリナを見つめる。

 蹴りを腹部に入れようとしたけれど、軽々と避けられてしまった。その事は予測できていた事で問題も疑問はない。ただ少しだけ考えられる時間が欲しかった。

 僅かばかりの思考時間を経て、やはりクロジンデは眉間に皺を寄せて、刃毀れをしてしまった短剣を捨てて、新しくスカート内から短剣を握り直す。

 

「はしたない。ゲイルディアに仕える者として問題ですね」

「あの化け物に仕えてるだけ。ゲイルディアに仕えてるわけじゃない」

「ならば尚更です」

 

 ディーナ・ゲイルディアに仕えている。その事実はアマリナにとって重い。

 ハッキリと言ってしまえば、アマリナはクロジンデの事をよく思っていない。

 主を殺しに来た者であるにも関わらず、ディーナが抱え込んだ存在。

 ディーナが雇い入れた、という事実はアマリナも納得している。それこそディーナの言葉だからこそ納得した。ディーナ至上主義者と言ってもいいアマリナだからこそ、納得してみせた。

 けれど、納得できていない心があるのも事実だ。

 それは嫉妬で、恨みで、羨望である。

 

 アマリナは剣を構える。様々な感情を律するように。真っ直ぐに、教え込まれた剣を構える。

 

「構えなさい、野良猫。性根を躾けてさしあげます」

「……」

 

 クロジンデも小さく息を吐き出して構える。

 面倒な雑務よりも、楽しそうな()()に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてるか?」

「……ん」

 

 ヘリオの声に反応して、ガサリと音を鳴らしながら枝から落ちるように着地してみせたクロジンデ。

 日中にアマリナと戦闘してみせたが、既に太陽は落ちて辺りは暗いが、見えないほどではない。

 空に浮かぶ月を目を細めて眺めてからヘリオへと顔を向ける。

 

「なに?」

「あー、なんだ。珍しくアマリナが戦闘で負けたって言ってたからな」

「勝ってない」

 

 あんな戦闘など戦闘と言えない。だから勝ち負けではない。

 クロジンデからしてみれば、自分も相手も生きているのだから勝負の結果としては不十分であるし、何よりお互いに本気ではなかった。

 自分は短剣で打ち込みをしていたし、あの女も剣を使っていた。

 一度目で気付いた違和感は打ち込めば明確になり、予測を裏打ちした。

 

 アマリナは剣術家ではない。不得手、とも言えないのは化け物の教育だからだろう。

 とクロジンデはテキトウなあたりを付けている。

 

「それでもアマリナ相手に一撃も貰わないのは凄いと思うぜ? アレでもそこそこには強いからな」

「……でもアナタの方が強い」

 

 だからこそクロジンデはヘリオを目の前にして警戒を解かない。いつでも体を動かせるようにしているし、いつでも逃げられるように経路を考えている。

 自分よりも圧倒的な強者。ゾワゾワと背筋を這う嫌な感触。自分では殺せない相手。

 隙らしい隙はある。それこそ今目の前にいるのは戦闘へと意識を向けていない状態である。それでも、その隙を突いても殺せる気がしない。

 化け物と称するディーナに勧誘された直前よりも明確な差。

 

「そんなに警戒するなよ。お嬢が雇ってんだから、今すぐ俺がどうこうするつもりはねぇよ」

「自分を殺そうとする上位者には警戒する」

「まあそれもそうか」

 

 クロジンデを殺そうとしている。それをヘリオは否定しない。アマリナも同じ問いかけをされたら否定をしないだろう。

 

 今すぐ殺すつもりはない。ディーナが雇っている限り、殺さない。

 

 アマリナと対峙していた時には感じていた眠気も夜という環境と目の前にいるヘリオによって吹き飛んでいる。

 王城にいた時も幾人かに覚えた感覚。違いがあるのは明確に自分を知覚されていること。

 

「アンタのことはお嬢が言い始めた事だからな。俺たちにはどうする事も出来ねぇよ」

「ならよかった」

「次にディーナ様に噛みつこうとしたら殺すけどな」

 

 笑いながら言うヘリオであるが、クロジンデはその笑みを見て息を飲みこむ。

 それほどまでに化け物に心酔している。本気で殺し合えばクロジンデは死ぬであろうし、ヘリオも無傷では済まない。その事を理解してなお、ヘリオは明確な殺意を向けている。

 兄妹、よく似ている。と言うべきか。それとも化け物と共に歩んできたからか。

 どちらにせよ、クロジンデには理解しえない感情だ。

 

「なら、私への八つ当たりをやめて。面倒」

「その面倒に付き合ってくれたじゃねぇか」

「気まぐれ。次は無い」

 

 日中の行動はアマリナの実力を測る為のものだ。いつか自分が逃げ出す時の保険と指標に過ぎない。

 気まぐれと言ったのは目の前にいる対象もその指標にしなくてはいけない相手であるからだ。今すぐ逃げることもできないが、そうする必要性もない。

 あるとするのなら、居間の主があのままであった場合だ。

 

 人として逸脱している、化物である雇用主。

 決して力量として強くない筈なのに、底がわからない警戒対象。

 

「それで。アンタから見たお嬢ってどうなんだ?」

「……化け物」

「あー、そういう事じゃねぇけど。いや、そういう事か?」

 

 頭の中にいるディーナを思い浮かべながらヘリオは悩むように言葉を吐き出す。確かに一目見た時に思った事は悪魔であるし、している行動も化け物である。

 けれど、ディーナ・ゲイルディアという存在は単なる人間であった筈なのだ。それも装飾で着飾った、弱い人間であった。

 そうであったヘリオとアマリナは知っている。強くなろうと決めたのはそんな主を守る為でもある。

 

「……お嬢は元々は()()じゃなかったんだがなぁ」

「じゃあ戻せばいい」

「それでもディーナ様はディーナ様なんだよ」

 

 そう笑うヘリオを見ながらクロジンデは顔を歪める。

 わかっていてもソレを修正しないのは既に彼らが如何様な道であろうと彼女と歩むと決意しているからだ。

 だから、クロジンデは顔を歪める。理解できない者を見るようにヘリオを見る。

 

「……私は、嫌」

「ああ。だろうな。だから、ほどいい所で逃げ出したほうがいいぜ」

「逃げ出したら殺すくせに」

 

 ヘリオはその呟きには答えずに笑顔を浮かべた。

 溜め息を吐き出して、事実を流す。

 クロジンデに正確に意図が伝わったことを理解したヘリオは未だに明かりが灯る主の部屋を見てからクロジンデへと視線を戻す。

 

「アンタは……まあ動かないだろうなぁ」

「意味がない」

「御尤もで」

 

 クロジンデに助力は求めることができない。自分たちが動くことができない。

 加えて言えば、クロジンデもヘリオもアマリナもシャリィも理解している。

 ディーナ・ゲイルディアを止めることができない。

 クロジンデからしてみればディーナという化け物は元々がそうであった。少しばかり、人間から逸脱しようが、待遇と契約金の良い雇い主に他ならない。彼女が動くのはそれらが脅かされてからだ。

 

「アナタは……アレが本当に化物になればどうするの?」

「その時は一緒に地獄に落ちるさ」

 

 軽々しく、けれども固い意志を瞳に宿した言葉である。諦めではなく、惰性ではなく。

 クロジンデはゆっくりと言葉を咀嚼して、飲みこむ。これもまた彼女には無い感性であった。

 短く、切り捨てるように「そう」と言葉を返してクロジンデは溜め息を吐き出す。

 

「やっぱり、面倒な兄妹」

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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