「まず最初に。魔法とはこの世界の法則でしかないわぁ」
ディーナが書き写した写本を大事に胸に抱えたエフィの言葉にディーナは頷く。
世界の魔力を使い、瞳を穢されたディーナも見ることのできた答えであった。その通りにすれば、問題なく魔法式は完成する筈であった。
けれど、そうではなかった。
世界の法則を容易く捻じ曲げる想像魔法――人の意志という要素によって歪んでしまった。
「? んん? おっかしいなぁ。驚かれる場所だった筈なんだけどぉ? あの人はビックリしたのにぃ」
「
「……んんんん? じゃあなんでディーナちゃんは魔法が使えないのかしらぁ?」
「それを求めてここに来たのですが」
「うーん……。ディーナちゃんはさぁ、空を飛びたいのに鳥に「君はどうやって飛んでいるんだい?」って聞くのかなぁ?」
「……その写本、返していただいても?」
「もうわたしのだわぁ~」
もう手放すことはないように抱きしめた写本と潰された乳房を見ながら冗談を口にしたディーナは溜め息を吐き出す。
そもそもディーナにしてみれば写本に価値はない。初代シルベスタ王の日誌という点でいえば価値は出るが所詮は写本である。
日本語を理解できるディーナにしてみれば本書を読めば済む話であるし、何より他人の日誌を細部まで調べ上げる趣味はない。
国の歴史家たちが読めば卒倒するだろう内容もあるが、それも今を生きているディーナには必要のない情報である。加えて、ディーナ・ゲイルディアという存在が日本語の翻訳をしたという事実はあまり広めるべきではないだろう。
「ではこちらの質問に答えていただいても?」
「わたしが答えられる質問なら答えるわぁ」
「では一つ目。シャリィ先生が私の魔法……世界の魔力を用いた魔法をエルフの技法と言っていましたが、アレは間違いですわね?」
以前、ここでリヨースと決闘した内容を幾度か反芻して気付けた内容である。
彼女の魔法は間違いなく魔法式……世界の法則を利用したモノであったが、世界の魔力を用いたモノではなかった。
ディーナ自身が行ったのは世界の魔力――外部魔力を肉体に入れて出力したモノであったが、それとは別モノである。
そもそも体内の魔力――内部魔力が人よりも優れているエルフが外部魔力を使う意味はそれほどない。決められた式であるのならば全ては許容範囲であるのだから。
「うーん……さて、どこから話そうかしら」
「段階を追って。一つ、世界の魔力を外部魔力、体内の魔力を内部魔力と便宜上設定しますわ」
「そうだね、そうした方がお互いにわかりやすいかしらぁ」
「我々人間が行使している魔法、想像魔法は内部魔力で式を構成して、内部魔力で出力している」
「わたしたちエルフは、外部魔力で構成された式に内部魔力を通しているわぁ」
「……シャリィ先生が勘違いを?」
「いいえ、あの子はわたしの魔法ばかり見ていたものぉ。勘違いしてもしょうがないわ」
ニッコリと笑うエフィを見ながらディーナは眉を寄せる。
魔法式と魔力操作、そして外部魔力の危険を身をもって理解しているディーナからすれば、間違いなく目の前の巨乳エルフは化け物の類である。
いや、英雄と呼ばれた初代シルベスタ王と共にいた存在を普通という枠組みに入れる方が失礼であるが。
「わたしは外部魔力で構成された式に外部魔力を通しているわぁ」
「……自然現象では?」
「あら? 先にも言っているけれど、この世界の法則こそ魔法なのよ」
「鳥に飛び方を聞きに来たと思ったら竜種に聞いていたようですわね」
「うーん、わたしは羽根つきトカゲでもないんだけどなぁ」
「おとぎ話に出てくるような竜種をそう言えるのはこの世界でエフィ様だけですわ」
「えへへぇ」
目の前にいるエフィという存在に畏怖を抱きながらもディーナは溜め息を吐き出した。
魔法式、世界の法則に関しての否定はない。ディーナ自身も得ていた答えであるから、これは単なる確認でしかない。
加えて言うのなら外部魔力と名付けた世界の魔力と内部魔力と名付けた体内の魔力。それらがあることも否定されていない。
間違った式ではない。正しい式を解いて、正しい答えを得る筈であった。
けれど現実は異なった。
「さて、それでぇ。ディーナちゃんの状況を説明してあげるわぁ」
「是非」
「そもそも外部魔力と内部魔力は反発する要素がいくつかあるのよぉ」
「だから私が外部魔力を内部魔力として体内に通した時に不具合が発生した?」
「うん。それは外部魔力が強く働いたというよりはぁ、内部魔力が反発した結果だと思うわぁ」
「あくまで推測ですのね」
「だってぇ、魔力操作に長けるエルフはそんな愚かなことはしないものぉ」
そう言われればディーナは言い返すこともできない。
どうしようもなく愚かであった。外部魔力を見ることができても正しく使用することのできなかったディーナにとって無常とも言うべき事実である。
だからディーナは現状を反省しても、思考はしない。
歩みを止める理由には足りえない。
「内部魔力が外部魔力と反発するなら、エルフ達の魔法もまた同じ現象が起きるのでは?」
「うーん。この世界の法則だけれど、それらはより大きな力に引っ張られてしまうのよぉ」
「……内部魔力の方が強く働くのですわね」
「結構、結構。かしこい人間は好きだわぁ」
足を組み替えてディーナは思考へと埋没する。
より強くへと移動する魔力。魔法式を経過する際にそれが問題となってしまった。失敗の原因は理解できた。
あの時は自身が組んだ魔法式にレイが魔力を流した。内側同士での流れる魔力の相反はわからないが、レイの想像魔法が結果として出力されたことを考えれば自身が組んだ魔法式の構築が弱かった。或いは自身の魔力不足が原因である。
正しい式であった。けれど結果は違う。
「エルフ達が魔法を行使する時に内部魔力が外部魔力で作っている魔法式を壊す可能性は?」
「? ディーナちゃんは変なことを言うわねぇ。答えの見える私たちが答えを間違えるはずがないわぁ」
「それもそうですわね。忘れてくださいまし」
答えさえあれば全ては解決する。
それは人が持たざる瞳である。世界の法則を描いた辞書があれば人でも扱えるだろうが、それは膨大な時間が必要である。エルフがソレを手伝う利もない。
それらはディーナが目指す到達点ではない。
意志に関係なく行使される魔法。意志など介さず出力される正しい結果。
悩むディーナを見ながらエフィは柔らかく笑みを浮かべる。
「要求通り、ここで自由にしていいわぁ。今のディーナちゃんは魔法も使わないみたいだし、他の子にはみんな通達したからねぇ」
「感謝しますわ」
「うんうん。結構、結構。それにわたしも聞きたいことが沢山できたわぁ」
「……全て翻訳したはずですが?」
「あら? 彼が生きていただろう世界の話を聞くのは変なことかしらぁ?」
「……善処しますわ」
「主様が何を企んでいるか、ですか?」
「ああ」
アレクにしてみれば何もわからない状態である。姉であるディーナが何をするかも不明な状態だ。
善行をするにしても、悪行をするにしても。アレクにとってはそんなことは些細な問題でしかない。
あの褐色の女従士が言葉に出して「ディーナを止めてほしい」と願った。それだけの理由でしかない。
けれど、その理由こそがアレクを動かす理由となる。
自身がどれほど痛めつけて何も言わずに主のためを貫き通した。姉が信じる従士であるからこそ、ソレはアレクを重く突き動かす。
そんなアレクの顔を見ながら、木製の車椅子の上で顎に手を添えたフィアは思考する。
これは主であるディーナを庇うためではないし、その計画の全容を推理しているわけではない。
ただ単純に自身の計画に狂いが生じてしまった。
「ふむ……そうですね。まずこちらからお聞きしても?」
「必要か?」
「ええ。アレク様にとって都合が悪いでしょうから」
「……あの女従士に頼まれた」
「…………は?」
たっぷりとその意味を理解する時間を用いて、やはりフィアは呆気にとられた。続けてアレクが「褐色で給仕服を着ている姉貴の従士」というアマリナの存在を明確にする情報を得て、余計にフィアは混乱した。
アレク・ゲイルディアという人物が奴隷の頼みを叶えるために動いているというのも驚きであるが、アマリナという人物がディーナ・ゲイルディアにとって不利になるだろう発言をしたというのも驚きだ。
自身を思考の沼に落とし、たっぷりと十数秒掛けてからフィアは口を開く。
「そうですか。予定していたよりも早いですし、計画が狂ってしまいました」
「お前もなにか企んでるのかよ」
「はい。主様を止めるという結果は私も求めていたものですが、本当はアレク様をそそのかすつもりでした」
「……あの不正をオレに伝えたのもそういう意図か」
フィアはニッコリと笑うことで答える。
数日ほどアレクを見ていた結果として、ディーナの思惑はともかくとして不正に対して声をあげる人物であることはわかっていた。
そんなアレクを更に追い込んでディーナへとぶつけるつもりであったが、現状が好ましくないと言えば嘘になる。むしろ、フィアにとってはアマリナやヘリオが動かないと思ったからこその計画であった。
「アレク様は主様を追い落としたでしょう」
「……あの姉貴が素直にそうなるとは思えんがな」
「そこは私とベガさんが上手く動かします」
「姉貴の周りにはそういう奴しかいないのか?」
二日ぶりに同じ言葉を同じ口から吐き出したアレクは眉を寄せて溜め息とともにフィアに言葉を促す。
今重要なのはフィアの計画破綻ではなく、ディーナの計画だ。
「ではまず結論から。主様……ディーナ・ゲイルディア様は死ぬおつもりです」
「冗談……ではないな。続けろ」
「なぜか、という理由はわかりません。が、主様はシルベスタ国に殺されるおつもりです」
「国が姉貴を?」
不正内容は知っているがどれも死刑になるようなモノでもない。
陛下から怪しまれていることも知っているが、姉は上手くかわし続けている。それが原因で殺されるとも思えない。
「荒唐無稽なことを予想するなら、国家の転覆を主様をお考えです」
「本気か?」
「荒唐無稽と先に言ったはずです。それに主様が本気でそれを願っているのなら外側からの強行策ではなく、内部革命をするでしょう」
孤児であったフィアであるが、ある程度の教育は施された。加えてこのカチイの街を落とし、先の主導権を握るつもりであったフィアだからこそ、ディーナであるならば規模を大きく考えても可能であると判断できてしまう。
けれど、荒唐無稽である。
単なる孤児が貴族に立ち向かい街を一つ手中に収めるように。たった一人の人間が国家に立ち向かうなど。
「主様の計画がなにであっても。現状はまだ水面下で動かしていることでしょう」
「……まだ時間はあるか」
「いえ、それもありません。主様の性格などを考えれば、こうしてアレク様をカチイに残してご自身の自由な時間を作ったのも計画の内でしょう」
「オレの実績作りと本格的な準備か」
「……まだ推察の域は出ませんが」
推察の域は出ない。けれど、フィア自身はディーナ本人の口から「ディーナ・ゲイルディアは殺される」と聞いている。「ディーナ・ゲイルディアであるから」という呪いのような理由で。
自分が動く動かないを別にして、彼女は死ぬつもりである。
「そんな姉貴をどう止めるか」
「計画全てを壊すことはおそらく不可能でしょう。規模が不透明かつ膨大です」
「なら姉貴本人を止めるのが得策か」
フィアは頷く。
なにか決定的な出来事があれば、ディーナは止まる。少なからず自身のように計画が破綻すれば一度は止まる筈だ。
全ての計画の破綻はディーナ・ゲイルディアを先に殺せばいい。
けれど、それでは意味が無い。そんな未来に意味など皆無だ。
だからこそ明確に、フィアは言葉にする。
「アレク様。主様を倒してくださいますか?」
死ぬといいならが、フィアには殺されてあげないと言った主。まるで誰かに殺されることこそが自身の
ディーナ・ゲイルディアという存在は負けを許されない。外部の評価によって殺されるのならば、その評価を落とせばいい。
安直であるが、一番効果的な敗北という要素。国家転覆の神輿としての価値を消す。或いは神輿である人物からの評価を落とせいい。
「……お前は、姉貴のことをどう思ってるんだ?」
「今更なんですか」
「お前の計画ではオレはお前にそそのかされて姉貴を落としていただろう。最初は恨みがあると思ったが、そうではなさそうだからな」
「……私は元孤児です。主様が拾っていなければ孤児として死んでいたでしょう」
ディーナがカチイにやってきてからは孤児として生きづらい世界であった。明るい場所はより明るく。けれど暗い場所にも手を伸ばしてきたディーナ・ゲイルディア。あの時から数か月もすればカチイに暗い場所などなくなっていただろう。
けれど、そこに自分が生きていたかと言われれば否である。レイがどれほど頑張った所で限界はある。だからこそフィアは自身と他の孤児、レイのためにカチイの領主を落とす計画を立てていた。自分が死のうが、先に続くのだから。
ディーナに拾われて、文字通りに世界は広く、明るくなった。
歩けない自身のために車椅子を製作したのも彼女であるし、歩けない自身が不利とならないように魔法を教え、政務を教え、生きる術を増やしてくれた。
「私は主様――ディーナ・ゲイルディア様に返しきれない恩があります。だから彼女には生きていてもらわなくては困ります。平穏に生きていただきたいと考えるのは、恩知らずでしょうか?」
「……そうか」
フィアがどの程度の人生を歩んだのかはわからない。
けれど、彼女の言う"恩"という言葉が彼女にとってどれほど重いものであるかは理解できているつもりだ。
アレクはフィアへと真っ直ぐに視線を合わせる。
「わかった。オレが姉貴を倒す」
彼女の言葉をアレク・ゲイルディアは受け取った。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん