悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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70.白髪少女は転がしたい。

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 

 どれほど緻密に組み上げた理論ですら否定される。

 正しいと感じている式が世界そのものに否定される。

 何かを間違えている。何を間違えている。何が間違っている。

 一から百までを追い求めているはずが、零から一を追い求めている。

 基礎の理論は間違っていない。故に応えから導き出した仮定は正しい。それはエフィも保証をしている。

 けれど、算出されるべき解答は別解をはじき出す。

 

「酷い顔ねぇ」

「……元からですわ」

 

 睡眠から削り、紙に無意味な染みを作り続けたディーナを見て、エフィは一言そう漏らした。

 散らばった紙にはエルフ達が見れば理解できる文様が描かれ、雑に握られた紙から伝わる憤りは人間でも理解できるだろう。

 整っていた髪は乱れ、手に付いた墨汚れがディーナの苦悩を描いている。

 

「それに酷い臭いだわぁ」

 

 締め切られた部屋の中に充満した匂いは僅かなものだが、森に住むエルフにしてみれば許されざる空気である。澱んだ空気の主は持ち前の鋭い視線をエフィへと向けてしまう。

 苛立ちはある。それはエフィに対して抱くものではなく自身の能力不足に対して抱かれている。

 

「水浴びしていらっしゃい」

「必要ありませんわ」

「これはお願いじゃないわぁ。家主としてエルフの族長としての命令よ」

「……」

 

 必要ではない。そんな時間は自分には無い。

 粘ったところでエフィは自分を追い出すだけでいい。それは困る。この魔法に溢れた空間を手放す選択肢をディーナは持ち合わせていない。

 大きく、わかるように溜め息を吐き出したディーナは立ち上がり、手早く身を整えることもなく、澱んだ空気をまといながら怨霊がごとくエフィの横を通り過ぎた。

 少ししてエフィの耳に聞きなれた付き人の悲鳴が響き、エフィは深く深く息を吐き出した。

 

 

 

 

 森の中。

 エルフに恐る恐ると連れてこられた水場。涼やかな空気が素足が触れて、暫く震わせることもなかった鼓膜がせせらぎに揺れる。

 水面に写る顔を見て、変わらず整っているが数日分の疲労が色濃く出ている顔を見てディーナは納得したように笑う。水面に写る笑顔は随分と恐ろしいものであるが、これも元からである。

 冷たい水を両手で掬い、顔を濡らし意識を保つ。濡れた手で髪をかき上げて毛先まで指を通していく。

 

「……酷い状態だな」

 

 額まで露わになった顔を水面に写しながら、ディーナは崩れた口調で再度自身の状態を笑ってみせた。

 大きく空気を吸い込んで、緩やかに吐き出せば澱んでいた空気もいくらか入れ替える。

 簡単に髪を縛って、ドレスを脱ぎ近くの枝に放り投げる。下着も脱ぎ捨て、足先から水へ沈めていく。

 腹部まで浸かるやや深い水底。水流もそれほど強くはない。

 次第に冷えていく体と何も感じない右腕。

 一度体を水の中に沈めて、水をかき分け、力を抜く。

 浮遊感に任せて水面に浮きながら空を見上げれば、木々の腕から雲が垣間見える。

 

 浮かんだ感覚に体を任せて、ぼんやりと思考が揺蕩う。

 つい数分前の陰鬱とした否定的な思考ではなく、ただただ世界を見つめる。

 

 

 あらゆる紋様が描かれた世界。そのどれもが法則である世界。そして唯一の答えがある世界。

 この水はどこに流れていく。下流には海があるのだろうか。そういえばシルベスタで海鮮は見たことないか。鮮魚を運搬できる方法がまだないのだろう。

 氷でも作れば運搬にも役立つだろうが、それを魔法で作り上げる技術が無く、発想もない。技術としての発展も無い。

 こうして水を溜めてダムでも作れば治水関係も楽になるか。いやただ作るだけでは勿体ないな。何かしらのエネルギーを生み出した方が経済的であるし、そんな場所がカチイには無い。

 それに自分が生きている内にどこまで達成できるかなどわからない。ある程度まとめた案を草案としてどこかに隠しておけばフィアやベガあたりが見つけて達成してくれるだろうか。

 死んでしまう自分と他の評価を考えれば、あの二人なら上手く行動するだろう。その辺りは生きるのが上手い二人だからなんとかしてくれる。

 初代シルベスタ王には悪いことをしたかもしれない。でも、回り回ってエフィさんに届けられたのはよかったのかもしれない。恋人関係は適当に誤魔化しているから許してほしい。

 水の中で腕を動かせば水圧がおっぱいの弾力になるにはどれぐらいの速さで振ればよかっただろうか。そもそも魔法のある世界で正しく産出もできないだろうけど。

 

 乱雑でチグハグで混沌とした思考が流れる。

 無駄極まりない思考であることをディーナは理解しながら、そのまま思考の沼へと沈んでいく。

 無駄である。必要の無い思考である。

 そんな思考の中、ふと何かが思考の端に引っかかる。

 水底に足をつき、感じた思考の棘を探す。

 

「――……ダム? 一度溜めて……いや、内部魔力を溜めたところで意思の力に持っていかれる……なら変換できれば? 常時変換できるか? 無理だ。なら一括で変換……一回溜める場所を作って一括で変換できれば? 内部魔力を外部魔力に変換……いや、無理……じゃない。無理じゃない。逆はリスクがあったけど可能だった。だから、どうする……外部魔力への変換……いや、意思の要素だけ削除できればいい。疑似的な外部魔力として振舞わせれば……」

 

 自身の体から落ちる水滴も、風で冷える肉体も無視して、ディーナは空に思考内容を書き記す。指を動かす度に細く淡い魔力が文字を描き、世界を塗り潰していく。

 

 

 ブツブツとこの世界では難解な言葉(日本語)を幾つも吐き出しながら、ディーナは自身を乾かすこともなくドレスを乱雑に纏って、濡れた髪のまま足早に歩く。

 水場に行くときとは違った悲鳴のような怒声を無視して、あてがわれた部屋へと入り筆を握る。

 

 墨の汚れでしかなかった式の上から頭の中に浮かんでいた仮定をあてはめていく。

 乱雑に、けれど正しく。

 正しいだけの式が。

 間違っていないだけの式が。

 ディーナ本人の手によって変化する。

 

 それは美しい世界の法則ではない。

 それは正しいだけの式ではない。

 

 いびつで無駄のある式。けれど、これこそがディーナ・ゲイルディアが求めていた式である。

 

 

「――できた」

 

 紋様を乱雑に描いた羊皮紙の上にふわりと水泡が一つ浮かぶ。

 攻撃性もない、地面に触れれば跳ねるように動く水球。

 火を出そうと思考しながら出た、まったく別の現象。

 

 ぽつりと呟いた言葉を聞いた者はディーナ本人以外誰もいない。

 けれど、今ここに魔法式――後に魔術と呼ばれる技術の最初の一歩目が踏み出された。

 

 

 

 


 

「主様に勝つことはできますか?」

「勝たなければならんのだろう」

「意志を聞いているわけではないのですが」

 

 考えれば考えるほどにアレクにとってディーナ・ゲイルディアという存在は大きい。

 比べられる相手として常に存在しており、そして自分が劣っている側として評価され続けている。

 剣術においても、魔法においても、政務にしても。

 アレクは常に比較され、そして負け続けていた。

 

 フィアとしてはアレク・ゲイルディアの力量を情報でしか知らず、ディーナの強さを理解できていない。

 レーゲン・シュタールを倒した。自然災害ともいえる魔法を使うことができる。知謀もある。

 そんなディーナを倒すためには今しかない。何も張り巡らすこともできず、単純な力量だけで比べることができる現在こそが好機であり、それ以外はジリ貧になることをフィアは予測している。

 

「数値としてはいかがでしょう?」

「……戦闘を数値では出せないぞ」

「わかりかねます」

「そういう世界だ」

 

 理解できない世界である。

 溜め息を一つ吐き出したフィアにしてみれば戦力差という明確な数値だけで判断をしない。けれど、フィア自身にそれを測る能力などない。

 対して、測る能力を持ち合わせているアレクにしてみれば単純な数値としての戦力差で結果が推し量れないことを理解できている。

 

「ならば、主様に対して奇策を用いるべきでしょう」

「それであの姉貴が納得するか?」

 

 奇策、奇襲と言い換えてもいい意思の外からの策を用いればディーナとアレクの差があろうとある程度は無くなるだろう。同時にそれは汚点となり、貴族としての思考であるならば矜持を、意志を、心を折ることに繋がらない。

 ディーナに師事し、学んだフィアからみればそんな汚点など不必要極まりない些事でしかない。そんなものを重視したところで無意味だと断じることもできる。

 けれど、それは貴族の倫理に反するだろう。ディーナ・ゲイルディアという特殊な人間であろうと、貴族である。貴族離れしている思想であってもその根底が覆ることなどないだろう。

 

「……では、正面から主様と戦闘をしますか?」

「やりようは無くはない」

「聴きましょう」

「貴族としての矜持を逆手にとる」

「……具体的には?」

「決闘という名目にすれば、姉貴であろうとある程度の制限はされるだろ」

 

 貴族の決闘。

 戦闘でありながらも、矜持を賭ける行為。結果として命のやり取りが行われるだけであって、本質は別だ。

 そうすれば貴族としてのディーナ・ゲイルディアの意思を折ることはできる。勝つことができれば。

 決闘と口にしたアレクはその行為でディーナに心を折られた側である。

 

「自身の矜持を優先されるおつもりで?」

「……否定はしない。が、他に手もないだろう」

「主様が出払っている今、カチイを奪い、思惑を頓挫されることも可能でしょう」

「反乱として徹底的に準備をした姉貴に鎮圧されるな。文字通りの掃除になるだろう。……オレでもわかるような愚策を言うな」

 

 アレク自身も理解できている。準備のできない今こそが好機である。

 たとえ準備ができていたとしても制限はできる。

 そういったものが本心でありながらも、建前であることをアレクは否定しない。

 矜持を賭けるからこそ、譲れない。譲ってしまえばアレクはアレクとして生きていくこともできなくなる。

 

 愚策と言われたフィアは憤りすら感じない。当然、理解していることであったし、お互いの認識が一致していることを判断できた。

 元々の計画であった"愚策"は十全に準備を行い、実行に移す予定であった。

 好転した現状から考えれば愚策である。

 ディーナが動くよりも先に動く必要があり、ディーナに対して働きかけることができない。アレクの言う通りにディーナが本気であれば自分は力量という点においても、地位という点においても、全てにおいて、塵芥に等しい。

 

 軽く頭を下げて無礼を謝罪するフィアは思考を巡らせる。

 決闘という規則上の戦いにおいて、アレク・ゲイルディアがディーナ・ゲイルディアに勝つことができるのか。

 答えは出ない。出せないと言えば真実であるし、出したくないというのも事実である。

 

「おや、お二人で悩み事ですか?」

 

 キッチリと木製の扉を叩いてから開いた扉から現れたのは白髪の優男である。

 フィアとアレク両者の前に書類が無いこと確認しながらもベガはヘラリと笑う。自分の持っている書類束二人に見えるように執務室の机に置いたが、不満そうな顔はしていない。

 聞かれて拙い話をしていたことは否定できない。何よりアレクにしてみれば、ベガという存在の為人も知らず、ディーナからの監視者としての立場であろう。

 

 そんな硬直しながら眉間に皺を寄せて悪人顔に拍車が掛かるアレクを後目にフィアが口を開く。

 

「ベガさんは主様のことをどう思っていますか?」

「そうですね。魅力的な方でしょうか」

「……もしも、主様が死ぬとしたらどうしますか?」

「おい」

 

 フィアの質問に対してアレクは睨みながら制した。

 もしも、この時点でディーナとこの優男に繋がりがあれば全てが破綻する。

 繋がりが見えた時点で彼を止める必要が出てくるし、そうすれば準備の期間も短くなるだろう。

 

「随分と穏やかではない話ですね」

「可能性としては大いにある話です」

「ふむ……」

「おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ベガさんも主様の死は望んでいないでしょう」

「ええ。当然望んでなどいませんが、ディーナ殿が寿命など以外で死ぬというのは非常に考えにくいですね」

「国に殺される可能性があります」

「国に?」

 

 キョトンとベガはフィアの言葉を反復して、少しだけ笑う。

 

「ありえませんよ」

 

 ベガはハッキリと言葉を否定した。否定できるだけの要素はベガの中で揃っていた。

 そのベガの言葉を聞いてフィアは安堵したように、けれどアレクには気付かれないように息を吐き出して顔に笑みを貼り付ける。

 

「なるほど。ベガさんが言うのなら信じましょう」

「おや、木っ端役人の言葉ですが、ご安心いただけたようで」

「ええ。私程度では知りえない部分をアナタはご存じでしょうから」

 

 ニッコリと笑うフィアに笑みで帰したベガ。眉間の皺が更に深く刻まれたアレクは目の前の会話を半分も理解していない。

 

「けれど、そうですね……ふむ。ディーナ殿は何かをする予測があるのですね」

「それを止める為に主様と決闘をします」

「それはまた随分と直情的な」

「悪かったな」

「これは失礼」

 

 呆れたような、困ったような言葉を吐き出したベガは隣から聞こえた言葉に間髪入れず謝罪を吐き出した。

 ヘラリと人に好かれそうな緩んだ表情の謝罪であるが、アレクは怒るよりも先に「姉の部下の性質」に関して溜め息を吐き出してしまう。

 

「けれど、決闘は良い案だと思いますよ」

「ほら見ろ」

「勝てる見込みが薄いという一点を除けばですが」

「アレク様、何か仰いましたか?」

「勝つしかないだろう、元々」

 

 薄かろうと、これを逃せばその薄さすらなくなる。

 フィアとアレクを見ながら、ベガは少しばかり考えるようにひょろりと肩に乗っている自身の髪束を指でくるくると弄る。

 

「アレク殿は勝てる見込みがあると?」

「……そんなものがあるのならこうして悩んでいると思うか?」

「なるほど。では打てる手は打つ方がよろしいかと」

「アンタが鍛錬に付き合ってくれるのか?」

「いえ、僕は剣術をそれほど修めてませんよ」

 

 どうだか、とアレクは内心で呟く。

 立ち振る舞いでは感じないが、ベガの手には剣を長く握ったシコリがある。それほど、と謙遜している以上に実力はあるだろう。

 自分よりも弱いかもしれないが、木っ端役人というには無理がある。

 

「剣術、戦闘に関してはリヨース殿やヘリオ殿もいるでしょう」

「アレが姉貴を止めることに手を貸すと思うか?」

「何の為の地位だと?」

 

 まるで当然のようにベガが口にした言葉にアレクは眉間を寄せた。

 貴族である自分とヘリオという奴隷では隔絶とした差が存在する。それこそ命令することも可能であるし、強制力もある。

 それはヘリオにしてみれば不本意な命令であっても、ディーナがいない今、拒否するという選択肢が存在しない。過去に同じようなことをしたアレクはそれをよく理解している。

 眉を寄せるアレクを見ながらベガは笑む。

 

「そういう言い訳を用意すればいいんですよ。彼も本心ではディーナ殿を止めたい筈です」

「……気は進まないが、わかった」

「では次にディーナ殿の手段を削りましょう」

「決闘という名目ならある程度削れていると思うが?」

「保険ですよ。仮に決闘が拮抗したとして、あるいはディーナ殿が負けた場合。本気であるなら、考え難いですが()()()()ことにすることも可能でしょう」

「……つまり、何をする気だ?」

「アレク様を背後から殺すことです」

 

 眉間の皺がさらに深くなったアレクは唸る。

 考え難いことではある。が、姉であるならばしないという保証もないのも事実である。

 悪辣で矜持もない行為である。貴族として汚してはならない舞台である。

 

「主様がそうするとは思いません」

「ディーナ殿ならば、そういった手段も浮かび、例え地に伏していたとして可能にできるでしょう」

「あー……奴隷たちは決闘の場に呼ばず、ここに滞在してもらう」

「足りません。アレク殿は知らない手段をディーナ殿は握っておいでです。それに決闘ではなく戦闘、殺し合いという点においては彼女は知っていた方がよろしいかと思います」

 

 そう言いながらベガは執務室の窓辺へと視線を向け、フィアとアレクもつられるように顔を向ける。

 まるで当然のようにソレは居た。

 気怠げな瞳と隠そうともしない欠伸を一つ漏らして、支給された給仕服を着た肌の色素の薄い少女。

 

「なに?」

「……お前、いつからいた?」

「…………ディーナが死ぬ、あたりから?」

 

 思い出そうと眠そうな顔をコテンと傾けたクロジンデは聞いていた最初の会話を思い出そうとして面倒になってやめた。

 自身にとって、自身の雇い主にとって不利益になる要素はある程度覚えているが、それ以外はクロジンデにとってどうでもいいことだ。

 この世界を救う方法も壊す方法も語られていたとしてもクロジンデの記憶には留まらないだろう。

 

 最初からいた存在でありながらアレク自身は見つけることも、知ることすらもデキなかったことに警戒度を上げる。

 正しく危険であると認めた。腰に提げている剣をいつでも抜けるように腕に力が僅かに入る。こんな振舞いも雰囲気ですら警戒するに値しないメイドに警戒を露わにする。

 

「なんだ、お前」

「わたしはわたし」

「彼女はディーナ殿が雇っている暗殺者ですよ」

「……なに雇ってるんだよ、姉貴は」

 

 ご尤もである、とベガは口にしなかった。

 同時にそんな時間は無かったことを知っているフィアはクロジンデを雇った時期を悟って頭を抱え、当の本人は欠伸を一つ漏らして眠そうな瞳をベガへと向けた。

 

「で?」

「話を聞いていたのな僕よりも詳しくわかるでしょう」

「……わたしの雇い主はディーナ」

「そうですね。だからこそ、今の環境を良しとするアナタが彼女の為に働けば今の環境を壊すことになることも理解しているでしょう」

「…………条件」

 

 すっと指を二本立てたクロジンデの次の言葉を三人は待つ。

 クロジンデ本人は面倒そうに、眠そうに、居場所を守る自分として、契約を守る為に口を開く。

 

「一つ、わたしは関知しない。貴方達が負けようが勝とうが、わたしには関係ない。

 一つ、わたしは手伝わない。面倒。嫌。睡眠妨害。

 

 一つ、契約料はもらう」

「三つじゃねぇか」

 

 アレクの極めて冷静な正論に対して、クロジンデは悪びれることもなく立てた指に三本目を足した。

 アレクはここ数日で味わった「姉の部下」というクセのあり過ぎる存在にさらに一人足した。

 

「わかった。お前はこの問題に対して関知しない。何があろうとそれは貫かれるな?」

「契約は守る」

「……信じられるのか?」

「あの主様が雇っているんですよ」

「…………わかった」

 

 暫しの沈黙と思考の後にアレクは立ち上がり、扉へと向かう。

 

「オレは可能性とやらを上げてくる。ヘリオにも言わないといけないしな」

「よろしければレイとも鍛錬してあげてくださいね」

「姉貴の周りには……いや、もういい。わかった」

 

 頭を抱えながらクセのある人間に更に一人追加したアレクはわかりやすい溜め息を吐き出して執務室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「それで、どこまでがベガさんの想定通りでしょうか?」

「僕も決闘という手段に出るとは思いませんでした」

「クロジンデさんを配置しておいて?」

 

 ベガとフィアはお互いにニッコリと笑い相手を見る。

 アレクすら感知できないクロジンデを最初に見つけたのはベガである。けれど、アレク自身が感じていたようにベガにその実力はない。

 ならば必然として、クロジンデを差し向けたのはベガ本人ということになるだろう。

 

「もしもの為ですよ」

「それなのに既にヘリオさんやリヨースさんにも話は通しているのですよね?」

「はて? リヨース殿はともかく、ヘリオ殿に命令するのは彼の役目ですよ」

「……まあいいです。アナタも本気であれば私など塵芥でしょうし」

「僕なんてただの木っ端役人ですよ」

 

 よく言う、とフィアは口に出さなかった。

 フィアはフィア自身の目標を目指す為に思考を巡らしている。だからこそベガの事をディーナにも知らせていないし、ディーナがどこまで知っているかも知らない。

 ただの木っ端役人。それは事実であるし、フィア自身も認めている。

 

 僅かに溜め息を吐き出してから思考の向きをベガから逸らす。

 

「それでヘリオさんの反応は?」

「困ったみたいに笑っていましたね」

「あの人もアマリナさんも主様が好きですから」

「おや。フィア殿もでしょう?」

「恩人ですので」

 

 ニッコリと表情を被せたフィアをベガを微笑む。

 そんなベガの視線から逃げるようにフィアは話題を修正する。

 

「あとは先生への根回しでしょうか」

「そうですね。オーベ卿やリヨース殿を伝手にしてディーナ殿が戻る日付を知った方がいいでしょう」

「そちらは私がします。ベガさんは他貴族や王都への情報封鎖などをお願いしても?」

「お任せを。オーベ卿に関してはお任せします」

「はい。シャリィ先生もあれから研究で籠りきりなので心配ですし」

「師弟はよく似るようで」

「そうですね」

 

 ベガは目の前にいる少女も含めて言ったがフィアはそれに気付かない。

 こうして自分を使う様子は彼女を見るようだ。それでもまだフィアが少女であることは間違いないし、師のようになることもない。

 

「しかし、クロジンデさんが出てきた時は驚きました。報告があってもよかったのでは?」

「緊急でしたので。それに勝手に動いたのはフィア殿もでしょう」

「それは否定しません。思っていたよりも上手く転がってしまったので」

「ええ。純粋で直情的な人間を転がすのは心が痛みますね」

「ええ、本当に」

 

 お互いにニッコリと笑う。

 片方は人に好かれそうな笑みであるし、もう片方も純朴な男に好かれそうな笑みである。

 ()()()()()()クロジンデはそんな二人を見ながら「先ほど出ていった悪人顔の青年よりもこの二人の方が悪である」と思ってから、欠伸を一つ漏らして忘れることにした。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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