悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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71.悪役たちは否定したい。

 ディーナ・ゲイルディアが理論を完成させて三日。丸一日を睡眠で過ごしたディーナは久しくすっきりとした頭で理論を眺める。

 宙に浮かんだ淡い緑色の文字列。ディーナの魔力とエルフの森という特異な場所によって顕現している式。

 直線に描かれた文字列の周りに装飾のように小さな文字の文末が文頭に繋がり、囲い込んだ。

 

「不格好な魔法だわぁ」

「そうですわね」

 

 目を細めながら見えている文字列を分析しきったエフィはディーナの式をそう評し、ディーナもまた否定はしなかった。

 エルフから見れば不格好な魔法である。結果を得るためにエルフには不要な回り道をして到着している魔法は確かに不格好と評されて然るべきである。

 想像魔法を用いる人間が、その理論を理解できる人間が見ても「なぜその必要が?」と疑問を口にするだろう。

 想像魔法は結果を無理やり引き寄せることができ、エルフはそもそもの結果を知っているからこそ不格好であり、不要な魔法式だと言える。

 

「これは足掛かりでしかありませんわ。これで人間は技術として魔法を研鑽でき、エルフに迫れますわ」

「……そうかもねぇ」

「あら。同意してくださるのですね」

「無駄なことは好きだからねぇ」

 

 くすくすと笑いながらエルフの族長は人間の娘を笑う。

 無駄。と断じたことであるが、エフィ本人は人間の可能性を知っている。

 愛した男がそうであったように、人間という種族がこのままこの式を突き詰めればいずれエルフへと追いつく。魔法という世界の理論へと行きつくだろう。

 

 

「ディーナちゃんは未来を見てるのねぇ」

「ええ。私程度でできることはしますが、私以上の人間はそこらにいますわ。だからこれはただの足掛かりでしかない」

 

 ふわりと浮かした文字列の隣にもう一つ、内容は違えど似た文字列を並べ、装飾部分で接続する。

 魔法理論として矛盾なく、けれど不格好極まりない式。けれど、それは間違ってなどおらず、正しく結果を導くだろう。

 

「なるほどねぇ。複数個繋げても魔法として機能するんだねぇ」

「ええ。尤も、私個人としては別の技法を用いますけれど、基礎と結果は同じですわ」

「……ふふー。なるほどなるほどぉ」

 

 幾つもの魔法式を接続したディーナはそれを容易く霧散させた。これは未来の仮定であるし、おそらく人が行きつく結果となるだろう。

 繋げば繋ぐほど難解になり、齟齬が発生しやすく、消費も多い。そもそもの魔法量が少ないディーナにとってそれは不可能に近い。

 だからこそ、ディーナは自身でできる技法を流用する。

 

 ディーナは再度宙に式を描く。

 自身の僅かな魔力だけで、どんな魔法よりも消費を少なく、ただの魔力文字でしかない文字列。その文末と文頭を結ぶ。

 装飾のない文字列がぐるりと一周し、機能する。

 

「……ディーナ・ゲイルディア。ソレを世界に拡げるつもり?」

「いいえ。これは私とシャリィティア先生だけで留める技術にするつもりですわ」

 

 魔法を起動させずに、魔力文字を霧散させたディーナはエルフの族長であるエフィへと誓う。

 外部魔力を僅かに取り込み貯蓄するだけの魔法であった。ただ1を2にするだけの魔法。

 だからこそエフィはその危険性を即座に理解し、そもそもを理解して提示したディーナは口外しないことを誓えた。

 魔力のない自分だからこそ、

 転生した自分だからこそ、

 世界と契った自分だからこそ、

 辿り着けた答えであり、技術としての発展性もなく、ここで封じなければならない理論である。

 

「だからこそ、こうして他の答えも用意していますのよ」

「他者がそれに気付く可能性は?」

「無い、とは断言できませんわね。けれど、世界との契約。世界理論の理解。外部魔力と内部魔力の存在。その全てをある程度理解できなければ辿り着けないと想定はしております」

「……ならいいかしらぁ」

「想定外でそれらも理解できずに偶発的に辿り着く存在は発生する可能性もありますが、その為の魔法式の複雑性ですわ」

「なるほど、保険もできてると」

「それにもしも、それでも辿り着けて理解をしてしまう天才がいたならば――」

 

 もしも居たならば。これから先、幾年も続くであろう魔法式という歴史の中で、それが発生したならば。

 ディーナは口角を上げる。悪の令嬢のように、口を歪めて嗤う。

 

「とても面白いと思いません?」

「ふふふー。ディーナちゃんのそういうところ、好きだよぉ」

「嬉しく思っておきますわ。それにこれだけでは無意味ですし、それこそ魔法式を学べばコレに行く着くこともないでしょう」

 

 禁忌としているわけではなく、ただ単純に間違っているが故に。規定の魔法式の理論で考えれば間違えているからこそ。実行されない。

 仮に実行されたとして、その有用性を正しく用いる為には魔法式を学んでなければならない。

 

「そもそも教えるべき魔法式を明確詳細に分解できる人間は偏屈酔狂の奇人ですわ」

 

 未来において既存の理論を分解し、その全てを理解し、世界の一端へ触れるような人間を想定してディーナはクスクスと笑う。

 そんな自分を度外視し、棚に上げた偏屈酔狂な奇人と呼ばれるべき人間を見ながらエフィは納得したように頷いて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 剣同士がぶつかり火花が散る。

 動きやすいように設計された訓練服を着るアレクの頬に汗が流れる。

 相対する赤毛の少女はしびれる手からこぼれ落ちないように剣を強く握りこんだ。

 目の前にいるのは自分よりも強い貴族である。膂力も、技術も、鍛錬も、才能も自分以上の存在である。

 

「まだするか?」

「ッたり前ッ!」

「なら来い」

 

 蓄積された疲労と精神的負担を食いしばりながらレイは踏み出した。

 

 真っ直ぐな剣筋である。

 膂力が足りないながら補う為に速度を重視した剣術。我流と言うのは荒くなく、けれど正しい剣術ではない。

 基礎部分は貴族のそれだが、自身に合うように改められている。姉に似ていると言ってもいい。幾分も劣るが。

 アレクは繰り出される突きを容易く防御し、引かれる剣先へ下から自身の剣を振り上げて少女の剣を空へと弾き飛ばす。

 握っていた剣を弾き飛ばされたのにも関わらず、音を響かせるそれを目で追うこともせずにレイはアレクへの視線を外さない。繰り出されるであろう攻撃に備える。目は死んでなどいない。

 素早く身を屈めて横に振られる剣を避け、拳を握り敵の顔へと照準を定め、振るう。

 

「――ァ゛ッ」

「いい攻めだったな」

 

 握りこんだ右こぶしはアレクの頬を掠め、自身の腹部にはアレクの膝が突き刺さった。肺に入っていた空気が抜け、衝撃が突き抜ける。

 

 膝から崩れ落ちる。

 このままでは次の攻撃が来る。

 防御姿勢をとらなければならない。

 身に染みつけられた反射が次の衝撃に備える。

 体に染みついた感覚に従おうとし、頭は働く。けれど肉体は正しく動かない。

 

「ここまでだな」

 

 けれど攻撃は来ずにアレクの声が耳に届き、レイはそのまま地面へと突っ伏した。

 

「アレク様はお優しいですねぇ」

「嫌味か?」

「いえいえ。そんなまさか」

 

 普段の鍛錬であるならばもう一撃を叩き込んでレイの意識を刈り取っている褐色の従士は地面に転がっているレイへと声をかける。

 

「起きれるか?」

「―()んと、か」

「なら、木陰で休んでな」

 

 痛む体に鞭を打ち、息を大きく吸い込んで歯を食いしばったレイはよめきながら立ち上がり、近くの木陰へとよろよろと移動する。

 

「厳しいな」

「実戦で負ければ悔しさすらもねぇですからね」

「……そうか」

 

 ようやく木陰へと到着して、力が抜けたように倒れたレイを見ながらアレクは呼吸を整える。

 自身よりも劣る存在であった。自身の鍛錬と言うよりはレイの為の鍛錬であったかもしれない。

 僅かばかりの疲労。けれど充足感はある。

 

「で、どうでしたか?」

「仮想の姉貴としては足りんな」

「アレでもウチでは強い方なんですがねぇ」

「あの年齢にしては強い方だろ」

 

 カチイに来てから十数人と訓練と称してたたかったアレクとしてはレイの実力は十分だと言えた。それこそ彼女の年齢を鑑みれば優秀と言えるだろう。

 それでも目標としている人物と比較すれば足りない。

 練度も、魔法の使い方も。身のこなしは随分と鍛えられているが、それだけでしかない。

 

「おい! 次は私とだぞ!」

「……なあ、ヘリオ」

「なんです?」

「あー、彼女はエルフからの客人なんだよな?」

「ええ。そうですね」

「ディーナの弟! 構えろ! ヘリオも邪魔だぞ!」

 

 怒声とも捉えられる張った声であるが、リヨースの表情は楽しそうに笑みを浮かべている。

 エルフの客人という立場であるからこそ、戦闘に飢えている。強者との闘いに飢えている。

 対して、カチイにやってきてからある程度の立場と外聞を理解しだしたアレクにしてみれば困惑してしまう。ディーナであったならば溜め息の一つでも吐き出して「立場を理解してくださる?」と嫌味の一つでも吐き出しただろう。

 

 けれど、アレクはディーナではない。

 

 アレクは自身の意識を戦闘へともっていく。息を一つ吸い込んで、体内に力を灯す。

 

「魔法は使うか?」

「む……魔法を使ってもいいのか?」

「姉貴を相手にするからな。できる手段は全て試したい」

「そうか! 先に言うが、死ぬなよ!」

 

 ある程度の加減はするが、自身の実力全てを発揮できることに歓喜しながらエルフの戦士は魔力を練り上げる。

 エルフの体内に秘める膨大な魔力が世界へと浸透し、リヨースの周囲に風が渦巻く。

 土埃と契れた草を巻き上げて視認できる風。過去に戦った姉よりも暴力的とも言える魔法。

 

 アレクは一つ息を細く吐き出し、灯った力を意図的に解放する。

 あの時は偶発的に、感覚的に、本能として発動された魔法。

 体内に駆け巡る鋭い痛み。バチリと音を響くほど明確に顕現する魔力。

 

「よし。いくぞ」

「ああ、来い!」

 

 地を捲り上げ踏み込む。音を置き去りにしながら、稲妻が駆け、速度を維持しながら剣が振るわれた。

 

 

 幾つも響く剣戟の音を耳にしながらヘリオはジッとリヨースとアレクの戦闘を観る。自身が相対したらどうするかを思考しながら、そして自身の主であるならばどうなるかを思考し続ける。

 

「進捗はどうですか?」

「まあまあってとこですね」

「結構、結構。最初に思ったよりも勝ち筋もありそうで何よりです」

 

 緑色の外套に身に包んだ自分よりも幾分も小さな影の問いにヘリオは評価を応えた。

 シャリィとしては戦闘などからきしであるし、興味などない。魔法を評価することは可能だが、エルフと人間など比べるまでもない。

 

「そもそも剣の腕だけで言うならお嬢よりも強いですからねぇ」

「短期戦でなければ勝機もある、ということですか」

 

 魔力量が少なすぎるディーナを相手にするなら短期戦は愚かな選択である。

 内包されている魔力を使い果たせばディーナは戦闘不能となる。頭痛や貧血のような症状と安静を余儀なくされる。

 

「で、お嬢が魔法を使えない可能性は?」

「あの子の諦めの悪さと頑固さはご存じでしょう」

「ですよねー」

「……それでも今回の件は頑なに進めましたね」

「お嬢が何に追い詰められているかわかんねぇですけど、お嬢らしくなかったですから」

 

 ディーナらしくはない。と言いながらもヘリオは主を止めることは無かった。止めようと行動もしなかった。

 奴隷という範疇を越えなかったと言えばそうであるが、自分たちが止めれば彼女は独りで突き進むことも理解していた。

 

「アマリナには驚きましたけどね」

「アマリナがしてなければアナタがそうしていたでしょう」

「否定はしませんよ。肯定もできませんが」

「結構、結構。あの子と同じようにアナタ達のことも私は見ていましたからね。雛鳥の飛び方が親鳥に似ているのも仕方ないことでしょう」

「……褒め言葉として受け取っておきますよ」

「そういう部分はあの子に似ず素直に受け止めるのいいことです」

 

 淡々とした会話であるがシャリィは笑う。最初はさっぱりと分からなかった奴隷二人であるが、今となっては感情もよくわかるようになった。

 方や無表情で感情を表に出さず、方や表情豊かではあるが本心を語らない。

 それでも二人はディーナを慕い、敬い、心酔し、想っている。

 なんら自分と変わらない。

 

「それで、どこかに行かれるんですか?」

「ええ。エルフの森へ。ディーナの行動制限を頼まれました、あの子が勝手に帰ってこないように根回しを」

「……もしかしなくても、怒ってます?」

「当然です。あの子と関わってから呆れ果てたことは幾度とありますが、先日の件は許し難い行為でしたので」

 

 研究資料を破棄した件はシャリィにとって重罪とも言える行為であった。

 けれど、それも許そう。

 愛弟子であり、同類とおも呼べる共同研究者であるディーナの考えである。腹はたったが、ディーナの突拍子もない行為には毎度のことであるし、彼女自身に命の危険性が無い分普段よりもマシと言えた。だから許そう。

 けれど、たった一つ許せない。

 それは共同研究者だからこそ、愛弟子だからこそ、想い人であるからこそ、許すことができない。

 

「失敗が許されないなどと教えたつもりは無いのですがね」

「……まあお嬢ですからねぇ」

「あの子が急く理由はわかりませんが、誰にも、何の相談も無かったのは許しません」

「最近のお嬢はお嬢らしくなかったですから」

「ならば相談すればすればよかったでしょうに。今更あの子から何が出てきても驚きもしませんよ」

「フィアとアレク様の予想では国家転覆だそうですよ」

「仮にそうなら早々に言えばいいでしょう。非効率的であの子らしくない」

「あ、否定はしないんですね」

「ディーナ・ゲイルディアならばそれをしそう、という評判は解ります。が、あの子は荒事を嫌う人間ですよ」

 

 それはシャリィが今まで見ていたディーナという人間の評価だ。他者が思い描いたディーナ・ゲイルディアという存在ではない。

 幼少期からディーナを見てきたシャリィにしてみれば世間が言う「悪の女」や「金色の悪魔」、「氷結の傑物」という評価など鼻で笑ってしまう。

 結果的に荒事や面倒事に巻き込まれているだけで、ディーナの本質は努力家で研究者気質の人間である。

 けれど、ゲイルディアという血がそうさせないように、まるで呪いのように火の粉が降りかかるからこそ、ディーナは努力を重ねるし、対応し続けた。

 

「外聞があの子を今の状態にした。とも言えますか」

「……」

「言っておきますが、有力貴族を誰彼構わず殺したところで意味は無いですよ」

「ですよねー」

「結構、結構。かしこい子は好きですよ」

「もしも、全員殺してしまってお嬢が自由に生きられるならどうします?」

 

 シャリィはヘリオの荒唐無稽な問いに微笑む。

 答えは決まっている。

 外聞も無く、ディーナがディーナとして生きられるのならば。完璧を求める理由が無くなるのならば。

 それが根本的な解決ではないことを理解しながら、もしもという例え話として、シャリーティアは微笑んだ。

 

「躊躇の必要が?」

「無いですねぇ」

「それこそ国家転覆に繋がりますね」

「おっと、なるほど」

 

 悪の女と誹られるディーナ・ゲイルディアに仕える二人は外聞通りの笑みを浮かべた。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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