「明日になれば迎えがく来るみたいだけれど、ディーナちゃんは順調かなぁ?」
「ええ。理論は問題無く。国へ提出すべき論文に関してはシャリィ先生と纏めますわ」
自身で行った実験結果と過程を詳細に神を纏めて蔓紐で縛ったディーナは一息吐く。
基礎部分の展開も滞りはなく。エルフ達が扱う魔法を幾つか視ることで進展と納得もあった。
問題らしい問題はそもそもの文字を分析しなければならないことであるが、それも法則性があり、自身によって分析できる。
齟齬は無い。
当然、未来においてはそれが覆される可能性もあるが、現段階において基礎と応用は問題なく運用できている。
「結構、結構ぅ。ソレが私たちに到達するのを心待ちにしているわぁ」
「その時には私は生きていませんので、目撃できないことを残念に思いますわ」
「お? 届かないとは言わないんだぁ」
「ええ。人間は届きますわ。尤も、それがエルフの魔法の到達点たるエフィ様のお気に召すかはわかりませんが」
ディーナが予測する未来の結果を考えれば、正しく魔法式が予測通りに技術として発展するようならば、おそらくエルフはこの技術を毛嫌いする。
魔法という神秘を否定する技術である。だからこそエルフはソレを認めない。
少なくとも、今のエルフの思想がそのまま残るのであればだが。
そんなことをディーナもエフィも理解している。けれど所詮は不確定な未来のことでしかない。
蝶がどう羽搏くかは誰にもわからない。煌びやかな蝶でないかもしれない。艶やかな蛾かもしれない。それでも誰かが羽搏くためにディーナは風を起こす。
「おっと、そうだそうだ。ディーナちゃんにはコレを渡しておくよ」
「……開けてもよろしくて?」
「いいよぉ~。特別なものじゃないからねぇ」
エフィから手渡された両手程の大きさの箱を開きながらディーナは眉を寄せる。
乾いた葉が円柱状に巻かれた物が数十本。箱にきっちりと整列し並べられている一本を手に取ってエフィへと視線を向ける。
「森の葉を乾燥させた物ですわね」
「うん。友人が外で生きていく為におそらく必要な物だねぇ。ここの魔力が凝縮されているって言えばいいかなぁ」
「御友人が森の外に?」
「確か、前に確認した時はシルベスタの王都に居た筈だよぉ。偏屈でなかなか話を聞いてくれないヤツだけれど、それでも友達だからねぇ」
「……エルフでしょうか?」
「エルフではないよ。まあ似たようなものだけれどぉ。それに生きているかもわかんないし」
ディーナは眉を寄せる。
少なくとも王都にエルフに近しい存在はディーナの記憶にはない。同時にカチイにも存在せず、ゲイルディア領全てを見た事はないが、居たような噂すらない。
加えて、魔力を潤沢に保持しているような存在など、アサヒぐらいであるが、あれはエルフではない。
また長い期間をかけての頼み事であることを理解しながら、ディーナは匣へと葉巻を戻して閉じる。
人探しなども門外漢ではあるが、情報を取り扱っているボーグル辺りや商人に聞けばある程度絞れるかもしれない。
「御友人の特徴をお伺いしても?」
「頑固で偏屈かなぁ」
「性格面ではななくて外見的特徴ですわ」
「そうだなぁ………………」
「もういいですわ。とにかく探して渡せばよろしいのですね?」
「うん。よろしくねぇ~」
年齢を考えるのも億劫になるエルフの族長の記憶回路が正常に覚えているのは自分の好きな人間のだけらしい。
ディーナは溜め息を吐き出して、蔓紐をきつく縛った。
エルフの森の入り口。
外から見れば巧妙に隠され、正しい道を進まなければ到着もできない場所に馬車が停まっていた。
馬が喉を鳴らし、馭者にしては身綺麗な白髪の優男が笑顔を浮かべながら待ち人へと声をかける。
「お待ちしておりました、ディーナ殿」
「アナタが迎えだなんて、カチイに問題はないようでなによりですわね」
「僕が来たからこそ、早急な問題があるかもしれませんよ」
「急ぎ解決すべき問題があり、私だけにしか権限がないのならアナタかフィアがもっと早くに迎えを寄越しているでしょう。それに仮にフィアを残してベガだけが来ていても、馭者がアナタなら急用でもないでしょう」
これは失礼を。と笑う白髪の優男にディーナは溜め息を一つ吐き出してから、馬車の周りを見渡す。
「……本当にアナタ一人かしら?」
「何故?」
「アマリナは私を待つでしょうが、ヘリオ辺りが来てもおかしくないと思っていたのだけれど……」
「残念ながら、貴女の大事な奴隷達はカチイにいますよ」
「そう。ならいいわ。それと、
ベガの返しも聞かずにディーナは馬車へと乗り込んだ。
柔軟性のある座席がディーナの体重に歪みながら支える。しっかり背凭れに体重を預けたディーナが一息吐き出した所で馭者であるベガが馬車を走らせる。
牽制ではあるが、無意味な攻撃でしかないこともディーナは理解している。この世界の貴族常識として、奴隷は奴隷でしかない。愛妾であろうと、従士であろうと、奴隷は奴隷だ。
自身が生きている間は庇護下に入れられるが、それ以降は不明瞭だ。陛下へと預けることもベリル人の奴隷というのが問題になるだろう。一番楽なのはゲイルディア家に預けることだが、アレクとの関係を考えると避けておきたい。アレクもそこまで子供ではないが、それはディーナの意地みたいなものである。
残された少ない時間で何ができるのか。
魔法式のこと。カチイのこと。フィアやレイの未来の処遇。ベガの存在。そして、アマリナとヘリオ。
ある程度、自分でできることは根回しするつもりではあるが、どれほどの時間が残されているかがディーナにはわからない。
世界と契約をしたから、ではない。
世界との契約をしたところで、生き長らえようと思えば、魔法を使わなければ可能であるし、シャリィとの契約もあればそこそこの時間は稼げる。
数年以内に死ぬ要因足りえない。
エフィの見積もりで言うならば十数年。最低限、それだけは生きられるとエフィは計った。
けれど、ディーナは自身の死期を悟っている。
おそらくは数年。早ければ数か月後にでもディーナ・ゲイルディアは死に至る。
覆らない。覆すことができない。
あの時、最強である友人を殺したという事実が証明した定めでもあり、加えて言うならディーナが選んだ決断でもある。
「……」
死は怖い。
死期を悟ろうが、目の前に断頭台があろうが、一度味わった深い海底の如き虚無は恐ろしい。
それでも、そうであっても。
相応の理由があればディーナは身を捧げる。
ディーナ自身、これを覚悟とは言わない。これは逃げでもある。
足掻いても無駄であるから、ディーナは足掻かない。足掻く意味も無い。
「……それで、街道を外れたようだけれど?」
「ええ、頼まれ事がありまして」
「陛下から何かを言われているのかしら?」
「いえいえ、陛下からは何も」
街道を外れたことでうるさくなった馬車の中からベガに話しかけ、既にわかっていた繋がりを再確認しながらディーナは窓の外を眺める。
ひらけた草原。まだ整備の行き届いていない自然。馬車を走らせるには不相応な場所。
「誰からの頼み事かしら」
「もう間もなく見えますよ」
「楽しみですわね」
さっさとカチイに戻って纏めたい論文もあるというのに。ため息がディーナから漏れ出す。
焦りはある。自分がどれだけ残せるかわからないからこそ、時間を有意義に使いたい。
ディーナがディーナ・ゲイルディアとして生きていく為に。
そして、ディーナ・・ゲイルディアがディーナであったという証明の為に。
「見えましたよ」
「……」
ベガの声に反応して、ディーナが窓の外を見れば見覚えのある人影があった。
こんな場所にまで連れ出した本人は馬車が停まると同時に立ち上がり、馬車を睨んでいる。が、ディーナはよく知っている、あれはただ見ているだけで睨んでいるわけではない。
「……詳しいことはあとで聞きますわ」
「彼の口からお聞きください」
「…………はぁ」
対照的に、しっかりと眉間に皺を寄せたディーナは馭者として外にいるベガにも聞こえるように大きく溜め息を吐き出して、少しばかりの思考時間をおいて、馬車から緩やかに出た。
若草を踏み、場には不釣り合いな赤いドレスを風で揺らしたディーナは灰銀の髪をもつ青年を睨みつける。
「それで、どういう了見かしら?」
「姉貴、俺と決闘しろ」
ディーナの眉間にさらに深く皺が刻まれた。
こういう短絡的な部分は誰に似たかはわからない。父でもなければ、母でもなく、姉である自身でもない。
それとも考えた結果がコレであるのか。
何にせよ、ディーナの答えは決まっている。
「嫌ですわ。決闘する理由も無ければ利益も無い」
「……それは、そうか」
「そこで納得するようなら、そもそもやめておきなさいな」
むぅ、と唸る愚弟に溜め息を吐き出して頭を抱えたディーナは弟がなぜこの場にいるかを予想する。
学園時代に負けたことへの執着か。はたまた本気でカチイを取りにきたのか。彼の裏にいる人物が誰なのか。アレクと自分が決闘して利が出る人物は誰か。
ゲイルディアを毛嫌いする貴族は多いが、アレクの騎士団の評判を考えて御しやすいと感じたのか。そう考えるであろう貴族を幾人か選抜していきながら、「それにしては杜撰な応答だな」と他者の暗躍の線を捨ておく。
「俺はアンタの計画を止めたい」
「……何を言っていますの?」
「アンタが何かを企んでいることはわかったが、何かは知らん。少なくとも、姉貴のすることだから俺には理解などできん」
「……話になりませんわね」
ディーナ自身に計画などない。
あるとすれば魔法式の為の根回しをすることぐらいであるが、それはまだ計画段階にすらなっていない。
他者に何かを吹き込まれたのか?
ゲイルディアの嫡子としては風評に流されすぎではないだろうか?
理解できないことは誇るべきことでもないだろう。
と幾つかのツッコミと心配を愚弟へと向けてしまう。
「姉貴は死ぬつもりだろう」
呆れたように溜め息を吐こうとしたディーナがアレクの言葉によって停止した。
それは愚かでありながらも、ディーナの弟であるアレクが考えた結果の答えであった。
幾つもの要素を踏まえて、結果として導かれた結果でしかない。
あらゆる可能性の帰着。荒唐無稽の計画の決着。
そのどれもが、姉の死を否定しない。
だからこそディーナは静止した。
「そうなれば貴方はゲイルディア当主ですわね」
「違う。アンタが俺のために死ぬような馬鹿じゃないことは俺にだってわかる」
「……貴方にはわかりませんわ」
「ああ、だからアンタを止める」
わからない。
けれど、ディーナが本質的に求めていることは直感した。
国家転覆や、王子への復讐ではない。
だからこそ、アマリナは動いてしまった。
だからこそ、フィアは勘違いした。
だからこそ、アレクはただ直感した。
転生者であるから、ディーナは自由に振舞うことはできる。
その結果は未知である。だからこそディーナはその道を選べない。
自身が生まれた時から求めた物だ。
勇者になりたいとは思っていない。
魔王になれるとも思えない。
自分は
だからこそ。
「けれど、貴方の決闘を受ける義理も理由も私にはありませんわ」
「逃げるのか?」
「安い挑発ですわね。負けることがないのに受ける意味も無いと言っていますのよ」
踵を返してアレクに背を向けたディーナの視界にベガが映る。
陛下直属の部下であり、ディーナ・ゲイルディアの監視者。
しかし、ベガは口を出すことも手を出すこともしない。そのことをディーナはわかっている。
なんせ自分がイワル公とレーゲンを討つ時ですら事後報告であったのだから。
故に。ディーナは足を止める。
愚弟の挑発に乗ったわけではない。
たった一つの負け以外は負けることがない。慢心とも取れるその思想をディーナは自信とも慢心とも呼ばない。
魔法式の成果を見せる場面である。
ディーナが
ここで逃げ出すことも可能であるし、逃げた方がディーナとしては利がある。それはディーナ自身が理解している。
他者に言われたわけでもない。外聞として与えられたものでもない。
世界がそう望んでいる。
「――わかりましたわ。決闘を受けましょう」
「本当か?」
「ええ。ディーナ・ゲイルディアはたった一度の負け以外ありえないのだから」
定めた生き方。定めれた生き方。進むべき道。決められた
ディーナ自身、生まれてすぐに生き方を定めたわけではない。
それこそ運命など、神など、世界など、クソ食らえと言いたかった。
足掻いた。それこそ自身は自身であると運命というものに抗った。
他者はそれを許さない。
世界はそれを許さない。
最強であった友人を殺した時にディーナは諦めた。
全てが自分の手の平の上で、そして自分も世界の手の平の上であった。
転生者である。転生者であるからこそ、ディーナはそれを吐露しない。
完璧たる悪役令嬢。
美しい悪役令嬢。
それが堕ちる瞬間は決まっている。
だから、ディーナは
そうすれば、全てが上手くいくのだから。
そうすれば、全てが丸く収まるのだから。
そうすれば、世界は回るのだから。
「アンタを止めるぞ、姉貴」
「
世界がそう望んでいるのだから。
運命がそう決まっているのだから。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん