悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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73.ディーナ・ゲイルディアは。

 アレクの頬に風が触れる。

 たった一寸の違和感と危機感が肉体を動かし体勢を崩しながらもその場から離脱する。

 瞬きの間すら許さないようにまた風がアレクの髪を梳く。

 灰銀の髪を僅かに散らしながら地面を転がりアレクは体勢を立て直し、愚直に前へと進み剣を振るう。

 振るった先にいるのは剣先を地面へと向けた無防備な女。赤いドレスと金の髪を風に揺らして、女はつまらなさそうに、ただ無感情な瞳を剣を振るう愚弟へと向ける。

 

「貴方では届きませんわ」

「わかんねぇだろッ!」

 

 振るった剣はディーナに触れることも無く、ただ中空で止まる。硬い壁にぶつかったように。アレクがどれほど力を入れてもディーナに鋒すら届きもしない。

 それでもアレクは愚直にも剣を振るい続ける。

 愚かな行為だとディーナは想う。届かない結果を求め続けるのは愚かな行為である。賢い選択ではない。

 挑戦し続けることも。

 夢を追うことも。

 求め続けることも。

 何もかもが愚かしい。

 

「事実、貴方がどれほど頑張ろうが私には届かない」

「うるせぇッ!」

 

 振るわれた剣を風で受け止め、剣を握っていない右手をアレクへと差し向ける。

 体内に循環している魔力を右腕へと流し、正しい魔法式へと流し込む。数秒にも満たない動作。同時に起動寸前までに研ぎ澄ました魔法。

 ディーナが指を弾く。光の速さよりも遅く、けれど人間が近くできないほど早く、世界は魔法に従い、法則はディーナへと結果を齎す。

 無色透明の槌がアレクの頭上から振る降ろされる。地面を震わせ、僅かに地面を割るほどの力がディーナの目の前に寸分の狂いもなく振り下ろされる。

 巻き上がった土埃すらディーナを避け、ディーナが腕を振るえば風が起こり土埃を晴らした。

 その場に潰れた肉塊は無い。ディーナが視線をずらせば標的であった愚者がいた。

 

 荒くなった呼吸のまま、剣を杖にするようにアレクは立ち上がり、剣を構える。

 体力も損耗も、肉体の損傷もない。

 これがディーナの優しさか手加減か、はたまた自身の実力が拮抗しているのかはわからない。けれど届かない。

 ディーナ・ゲイルディアという憧れに、一寸すら届かない。

 それでも、アレク・ゲイルディアは挑み続けるしかない。

 

 僅かな隙にアレクは呼吸を整える。

 ディーナは余裕の姿勢は崩さず、挑んでくるアレクをただあしらうだけ。自身から攻勢にでるわけではなく、ただ反撃を繰り返す。

 それがディーナの戦い方であり、自身に合わせた戦闘方法である。少ない魔力量を補うための戦闘方法。攻勢に出続けることの出来ない自身の解答。

 故にアレク側に一方的に負担を強いる。挑み続けなければならないアレクといなし続ければいいディーナとの立場の差。

 

「貴方はレーゲン・シュタールのようにはなれない」

「関係ねぇだろ」

「いいえ。魔法すら斬れず、自身は最強であるととも思えない貴方が私に勝つ道理は無い、という話ですわ」

「……それでも、俺はアンタを越える」

「無理ですわ。貴方はレーゲン・シュタールではないのだから」

 

 彼のように魔法を斬れれば。

 彼のように自身を信じ続ければ。

 レーゲン・シュタールに成れない弟。

 レーゲン・シュタールではない愚弟。

 主人公ですらないアレク・ゲイルディア。

 

 ディーナは挑み続けるアレクを蔑む。

 無意味な行為の繰り返し、無駄な労力を割き続ける。何の意味がある。

 与えられた役割を全うすればいい。そうすれば世界は巡る。そこに意味など必要ない。

 必然を必然として。偶然や奇跡などという不確定要素を求め続ける意味などそこには無いのに。

 

「俺は、レーゲンさんじゃねぇ。俺はアレク・ゲイルディアでしかねぇ」

「そうですわ。だから私に勝てない」

「それでも、俺はアンタを越えたい」

 

 アレクにとってディーナ・ゲイルディアという存在は常に憧れであった。

 間違いなく自身の根幹にある影は目の前の超然的な女である。

 だからこそ、アレクは剣を構える。

 未だに剣を構えすらしない憧れへと鋒を向ける。

 無駄な行為と断じられようが。

 無意味な挑戦だと説かれようが。

 そんな物はアレクにとって既にわかっていた事でしかない。

 遠すぎる影を追った。

 追いつくと決意した。

 越えたいと願った。

 純粋な願いがアレクを動かしていた。

 姉を止めるというのは、アレクにとっては都合のいい名分にすぎない。

 姉に死んでほしくはないという感情はあるが、今この場においてアレクにとってそれは些事であった。

 

 アレクは自身へと力を巡らせる。

 このままでは姉に届きすらしないから。姉の消耗と自身の損耗。思考すらしない騎士としての直感。経験則と才能がアレクを突き動かす。

 アレクの耳に何かが弾けた音が響く。触れそうになった塵が焼ける。

 もっと、もっと。

 まだ足りない。

 思考が遅い。動きが遅い。何もかもが遅い。

 ――追いつけない。

 もっと早く。

 もっと速く。

 もっと疾く。

 頬を触れる風すら置き去りにするほど。

 髪を撫でる空気すら触れられないほど。

 目の前の女に追いつくために。

 憧れへと迫るために。

 姉の視界に入るために。

 

 アレクの肉体に光が灯される。

 淡い光がアレクから発せられ、ディーナは僅かに目を細めて魔法を視る。

 杜撰で整いもしておらず、歪にも法則を捻じ曲げられた魔法。

 過去に一度だけ見た雷光。

 

「……意識は保っているかしら?」

「ああ」

「それは重畳。以前は無意識下でしたのに」

 

 才能と想像に後押しされた魔法。

 ディーナにとって唾棄すべき神秘。

 そして美しいと称賛する魔法の極地。

 肉体から塵へと走る小さな稲妻。無意識で、本能で、才能で、想いで顕現させた魔法。その本質をディーナは理解する。

 自身の魔法よりも強力で凶悪な魔法。

 騎士としての誇りと人間としての倫理を捨てた瞬間にアレクを殺しきらねばならないと理解してしまう。

 けれど、その必要も無いであろう。そんな人間であったなら、こうして目の前にはいないだろう。

 

 ただ純粋に自身に勝ちにきている弟をようやくディーナは視る。

 自身が編み込んだ魔法式を正しく起動させ、魔力を循環させる。

 より強固に。より鋭く。より速く。

 

 ディーナの視界からアレクが消える。僅かな初動すら視認が難しいほど一瞬で消え、閃光が奔る。

 自身の左右に響く空気が弾けた音。ディーナを困惑させるための虚実。

 

 背後に大きく音を鳴らし、ディーナが振り返ったと同時にもう一度だけ閃光が地を蹴る。

 構えた剣とアレクの視界には振り返ったことで舞う金色の髪と赤いドレス。ディーナの瞳はアレクには見えない。

 剣を振るう。一閃。横薙ぎに振られた剣はディーナの肉体へと迫り――停止する。

 強固な風の壁が阻む。

 

「惜しいですわね」

「わかってたことだよ」

 

 この程度で越えられる壁だとは思っていない。

 ディーナの視界から消えた所で効果はない。ディーナは視界情報で敵を察知していない。ディーナが得意とする風の魔法は空気を扱う魔法であり、そしてディーナ自身の手によって最適化され、世界との契約により半強制的に発動してしまっている。

 風は、空気は、世界はディーナの味方をする。

 この世界に物質として存在し続ける限りディーナの感知領域からは逃れることが出来ない。たとえ優れた戦闘者であろうと。音すら無い暗殺者ですら。光の速度で動こうが。ディーナは感知し続ける。

 

 そんなことはアレクは知っていた。

 ディーナに負けた時に体感している。素早く動こうがディーナには感知される。

 そんなことはわかっていた。

 だからどうした。

 それが諦める理由になどならない。

 自身よりも優れた憧れの影を追いかけない理由にはならない。

 自身よりも前に進む完璧な姉に向かない理由になり得ない。

 そんなちっぽけな差など、自身には関係ない。

 

「行くぞ、姉貴」

 

 相手が感知し続けるのなら。

 相手が防御し続けるなら。

 自身がその防御を破る武器を持っていないのなら。

 どうするから。

 簡単で単純な行動でしかアレクは答えを出せない。

 けれどそれこそがアレクにとっての最適解であり、現状の手札で出せる最高の役である。

 

 踏み込みも構えも一瞬。振られる剣は無数。馬鹿の一つ覚えのような攻勢。

 袈裟斬り、斬り下ろし、横薙ぎ。

 正面から、横から、背後から。

 自身の速度と膂力をかけた全方位攻撃。防御されると理解さしているからこそ全て全力で叩き込む。

 馬鹿らしいほど単純な力押し。

 

 ディーナは内心で舌打ちをする。その一瞬すら惜しいというのに。

 どこから来るかわかっている。どういった攻撃が、どの速度でくるかも感知できている。

 それは無意識であろうと風が答えを提示してくる。

 けれど風壁は違う。全て自己の判断によって起動している物であるし、だからこそ効率良く運用できている。アサヒやシャリィとまでは言わないが、ディーナに一般人程度の魔力さえあれば常に展開もできていただろう。

 けれど、ディーナにはその程度の魔力すら無い。

 

 剣を強く握りしめて、ディーナは防ぎきれないと判断してしまった最後の攻撃を止める。

 甲高い鉄がぶつかる音が世界に鳴る。

 

「ようやく剣を使ったなッ」

「貴方が可哀想だから使ってあげたのよ」

 

 弱者への慈悲と嘯く。

 圧倒するつもりであった。そうして当然であった。

 負けない悪役令嬢。完璧な悪役令嬢。ディーナ・ゲイルディアとして当然の行為であった。

 けれど、アレクはディーナへ一歩近づいた。

 そんなものが許される筈がない。

 世界はディーナ・ゲイルディアを望んでいる。

 人間程度が世界を覆される筈がない。

 そうでなければ、自分の軸がブレる。

 そうでなければ、用意されている筈の線路が消える。

 そうでなければ、なぜ自分は最強に勝てた。

 なぜ友人を殺さねばならなかった。

 なぜ人を殺さねばならない。

 なぜ、なぜ、なぜ何故なぜ。

 

 幾重にも迫る攻撃を弾き、防ぎながらディーナは否定する。

 否定されそうな自分を守るために。自分が死ぬ理由を守るために。自分が生きてもいい理由を守るために。

 だからこそ、ディーナ・ゲイルディアは脅威から身を守るために攻勢へと出る。

 否定させない。

 否定などさせない。

 

 アレクの突きが不可視の壁にも阻まれずにディーナの頬に傷をつける。今まで一切の傷を負わなかった姉から鮮血が溢れる。

 喜びよりも先に警鐘が脳に鳴り響く。

 肉体が反射的に行動する。優れた才能だとディーナは賞賛しよう。けれど、一寸遅い。

 振り切った剣。伸びきった腕。ディーナは一歩前へと踏み込む。魔法を使うために空いた右手でアレクの胸元へと手を押し当て、ただ押した。

 軽く、平時であるなら。なんてことのない力で。攻撃とは決して言えない、成人男性など倒せない力。

 優れた才能だからこそ、天から与えられた恵みだからこそ、ディーナが攻撃してくると感じ、アレクは下がろうとした。

 正しい判断である。けれど、間違った答えであった。

 音の速度を超えようが、移動の手段が脚であるのは変化がない。浮遊しているわけでなく、地を蹴っている。

 だからこそ、体勢が崩れることが彼の魔法で対応できない。

 光に変化しているわけではないアレクは引く筈だった体をディーナの手によって余計に崩す。

 たった一瞬。一秒にも満たない瞬間。アレクの脚が地面から離れた。

 

 音が響く。

 ディーナの指が弾かれた事実をアレクは現実ではないように遅く感じとる。思考が巡る。たった一瞬の出来事だというのに情報量が津波の如く叩きつけられる。

 

 頬を風が撫でた。

 

 

 

 

 

 

 目の前で仰向けに倒れた弟をディーナは見下す。

 息はある。時間を置けば起きるだろう。外傷もある。空気で潰したことから内傷もそこそこあるだろう。

 強かった。それは間違いなく感じたことである。

 けれど、自身は負けないのだから、意味は無い。

 

 踵を返して馬車へと歩く。ディーナにも魔力不足の症状が出ている。

 ハッキリ言えば、さっさと寝たいがディーナの本心である。

 故にディーナは立ち止まり、溜め息を吐き出した。

 

「どうして立ち上がり、剣を構えているのかしら?」

「まだ、終わって、ねぇ」

「終わりよ。貴方は私に負けた」

「俺はアンタに、勝つため、に、ここにいるんだ」

 

 諦めが悪いことを美徳とも美談ともディーナは言わない。

 アレクを突き動かしているのが何なのか、ディーナは理解できない。するつもりもない。だからこそ、徹底して目の前にいる愚か者を倒すことを決めた。

 

「勝って何が貴方に齎されるのかしら。栄誉も、利益も貴方にはないですわ」

「関係、ねぇよ……俺が、アンタに、姉貴に勝ちてぇ、だけだ」

ディーナ・ゲイルディア(悪役令嬢)は負けませんわ」

「知る、かよ、そんなこと……アンタがディーナ・ゲイルディア、なんて、関係、ねぇ……姉貴に勝ちてぇ」

 

 理解できない。

 立ち上がったことも、向かってくることも、ディーナ・ゲイルディア(主人公以外に負けない者)に勝とうとしていることも。

 

「世界とか、国とか、貴族とか、知らねぇ……俺は、アンタに、認められてぇ」

 

 このまま、ただ一度、指を弾き魔法を行使すれば倒れるであろうフラフラな体。

 けれど魔法を行使せずに、ただ見つめる。

 

 否定する。

 脳裏に過ぎった事実を否定する。

 わかっていた事。理解していた事。事実。理想。現実。

 

 人は世界に勝てない。

 それはディーナが論じた人生である。

 

 世界にヒトは勝てない。

 それはディーナが根底にもった思い違いである。

 

 世界は人に勝てない。

 それはディーナが解いた法則でもある。

 

 

 矛盾が頭を支配する。

 もしも、自分が間違っていたのなら。

 悪役令嬢という役柄ですら思い込みであったなら。

 けれど、それでは自分が最強に勝てた理由にならない。

 けれど、けれどである。

 

『魔法とは世界の法則でしかないわぁ』

 

 間延びしたエフィの言葉がディーナの脳裏に叩きつけられる。

 理解していた魔法の理論と世界の法則の関係。

 わかっていた筈の証明。

 だからこそ、ディーナは魔法式へと辿り着いた。想像魔法という暴論を否定し、魔法という神秘へと挑戦した。

 より大きな力に寄る魔力。想像という、想いという、感情によって法則は容易く変化してしまう。

 魔法と世界の関係がそうなのである。

 それは事実であり、現実であり、証明済の理論である。

 

「……」

 

 想像魔法は魔法法則を塗り替える。

 魔法理論は想像魔法に塗り替えられる。

 頭を悩ませていた事実。だからこそエルフからは遠回りだと言われる理論と式を立てた。

 その行為がなければ、法則が捻じ曲げられ、魔法は行使される。

 だから。

 故に。

 

「……ふふ、あははははははは!」

 

 なんて簡単な答えだったのだろうか。

 答えが既に出ていたというのに思い違いをして、勘違いを盲信して、勝手に言い逃れをしていた。

 馬鹿らしい。愚かだと断じた行為を自分もしていたと言うのに。自分を棚に上げて、他者を見下した。

 ディーナ・ゲイルディア。その名前は今は自分の名前である。

 悪役令嬢、ディーナ・ゲイルディア。それは自分が信じた()()である。

 ようやく見つけた道程(チャート)を信じた。信じてしまった。

 だからこそ世界はそれを叶えようとしたのかもしれない。

 けれど、自分はその道程(チャート)を信じながらも世界を否定したのだ。

 馬鹿らしい。実に馬鹿らしい矛盾だ。笑ってしまう。答えが出ていたというのに間違った答えを信奉した。

 

「はー、笑ってしまいますわ。ごめんなさい、アレク・ゲイルディア。貴方を馬鹿にしたわけではないの」

「……じゃあなんだよ」

「自分の愚かさに笑っただけよ」

 

 愚かであった。

 極めて愚かである。挑戦もせず、友人を殺した事実から逃げ、勝手に言い訳を作り出して、逃げた。

 逃げたことを認めてはいたが、仕方がないことだと言い訳を建前にした。

 完璧で理想の悪役令嬢たるディーナ・ゲイルディアという幻影を追っていた。そんな者は存在しない。

 この世界で生きている。

 この世界で生かされている。

 こうして理想には劣る自分を追いかける者がいる。

 理想は理想でしかない。目指すことを言い訳にして自分を否定する意味などない。

 悪役令嬢というレッテルを自ら貼る意味もない。

 世界が望んでいても、人の想像に負けてしまう世界など、そんな淡く細い世界の法則など人は簡単に塗り替えられるのだ。

 

 わかっていた。

 けれど否定して勝手に言い訳を作った。間違いである。

 生き方を間違えた。それを否定はしない。

 いつだって人間は間違える生き物である。その間違いを誇る生物でしかない。

 

 自分こそディーナ・ゲイルディアであり、そしてディーナ・ゲイルディア(悪役令嬢)という女は元男魂の入れ物でしかない。

 自分は自分である。この世界に一人しかいない、自分なのである。

 道程(チャート)が欲しいと願った自分も、勝手に道程と定めて信奉した自分も、こうして生きている自分も。全てディーナであり、自分なのだ。

 

「……ふふ」

「なんだよ」

「いえ、ごめんなさい。貴方が貴方でよかったですわ」

「……貶してるのか?」

「褒めているのよ。素直に受けなさいな」

 

 釈然としてなさそうなアレクに笑みながら、意図せず起こしたアレクの隙をディーナは見逃す。

 これは戦争ではなく、決闘である。

 

 容易く生き方を変えることはできない。

 まだ暫く、言い訳を並べ立てて生きていくだろう。

 それは認めよう。

 道程(チャート)を捨てるのは怖い。たまらなく、怖い。死ぬよりも怖い。暗中を歩くのは恐ろしい。

 

 けれど、人はそういう生き物なのだ。

 

「さて、まだ戦えるかしら?」

「当たり前だろ」

「見たところ、あと一撃でも振れば貴方の限界でしょうに」

「うるせぇよ、それでも越えるんだよ」

「そうね」

 

 笑ってしまう。

 きっと悪辣な笑みではなく、ただ微笑めた。

 弟の狙いは達成している。姉の死という計画を、目的を閉ざすことには成功した。

 ディーナ自身、負けていることは認められる。

 けれど、それでも、ディーナ・ゲイルディア――

 

 

――いいや、俺はコイツの姉のなのだ。

 追うべき背中なのだ。

 

 だから素直に負けてやらん。

 

 指を弾いて自分とアレクの両側に風の壁を作る。これで直線しかない。

 そのことにアレクも気付いただろう。わかりやすく結構な魔力を使って荒い風を作ったのだ。

 

「来なさい、アレク・ゲイルディア。私の弟。貴方の追うべき背中を見せてあげるわ」

 

 俺が剣を構えればアレクも剣を構える。

 こうして前に立ち続けるのは悪役令嬢としての義務でも、ディーナ・ゲイルディアとしての権利でもない。

 単なる俺の意地だ。

 他の誰でもない。単なるプライドでしかない。

 

 

 アレクの身に雷光が宿る。さっきよりも弱く、けれどしっかりと。

 俺から攻めるのではなく、相手を待つ。

 アレクが息を吐き出し、一歩目を踏み込んだ。視認できたのはそこまで。あとは風で知覚するしかない光速に近い動作。

 けれど風は動く。空気は流れる。

 正面から来るように仕掛けた。だからアレクは正面からくる。

 振り下ろされる剣を自分で握っている剣で防ごうと横に構え、衝撃が抜ける。

 甲高い鉄がかち合う音。折られた剣が回転しながら日の光を反射し続ける。

 アレクと視線が合う。しゃがみ、次の一撃の為に構えたアレクの瞳が、自分と同じ深い青の瞳が見える。

 油断は無い。俺は討ち取ろうとする意志も見える。

 

 刹那の時。アレクは渾身の一撃を振り上げる。俺の伸びた右腕が狙われている。

 指が弾かれる前に。魔法が行使する前に。

 

「ッ!?」

 

 剣が腕へと届く前に、何かにぶつかる。

 そこには何も見えない。けれど剣は止まった。止めた。

 指を弾くことが発動の条件だと思わせ続けた。これは自分にクセづけた意志のトリガーでしかない。

 だから、壁は既に完成している。

 

「まだ甘いですわね」

 

 不可視の風の壁。

 幾度もアレクの攻撃を防いだ魔法。

 静止した、静止させたアレクへと視線を向ける。

 こちらも油断は無い。慢心もない。だからこそ、式を完成させる。

 ただ魔力によって完成させた式によって発動する魔法。理論に沿った魔法。

 透明の風の槌を無動作で振り下ろす。

 いつかと同じように、けれど今回は一度だけ。

 

「クソ、が……俺の……」

 

 絶え絶えになった声が無くなる。意識も刈り取れた。

 地に伏して気絶している弟を見下す。

 気絶している癖に剣だけはしっかりと握っていること苦笑してしまう。

 きっとアレクは起きてから悔しがるだろうし、自分は負けたと言うのだろう。

 

 才能とは恐ろしいものである。

 そして同時に素晴らしいものだ。

 

「何がクソよ」

 

 感覚の無い右腕を見つめる。

 痛覚も何も無い腕。

 そして、二の腕の半ばから先が無い腕。

 赤い液体が落ち、地面と落ちた腕を汚していく。焼けた肉の臭いが鼻につく。

 最後の一撃は完全に防いだ。それこそ物理的な干渉は風によって防いだ筈であった。

 けれど、光は届いた。焼け落ちた腕の切り口を見ながら笑ってしまう。

 

 気分は良い。色々と背負うことも自覚したけれど、同時に荷は軽くなった。

 

「貴方の勝ちよ。アレク・ゲイルディア(悪役子息)

 

 世界に望まれた役柄なんて簡単に覆るらしい。

 越えられない壁を越えた弟が証明してくれた。

 ならそれでいい。

 主人公以外に負けない悪役令嬢。それは俺の理想で、悪役令嬢というキャラクターだ。

 

 俺はディーナ・ゲイルディア。

 勇者(主人公)にもなれず。

 魔王(ラスボス)にもなれず。

 悪役令嬢(キャラクター)にもなれない。

 

 単なる人間でしかない。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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