よく眠れた。やはり抱き枕はいいものである。
フィアをシエナにした事に関しては館にいる従士、執務官、給仕達全員に通達をした。当然、裏側の事情なんてものは一切伝えていない。
伝える必要性も無かった。それこそ、『ディーナ・ゲイルディアという人間が罰として彼女を奴隷に落とした。』という内容は
フィアという少女は消えたし、俺にはシエナという新しい奴隷が増えた。奴隷に落としたという内容を深堀したところで元々『フィア』という名前の少女などどこにも存在していなかったのだからそこで情報は潰えるだろう。というか、俺が潰す。
その辺りは奴隷商であるゲビスに安くない金を払って操作してもらっている。彼が他に情報を売る可能性はあるが、そうなっている時点で商人側からの俺の利用価値も無くなっているし、ゲビスも商人として生きていくのならば売ることもないだろう。
シエナに関しては色々と仕込むつもりであるけれど、それが正しいかなどもはや分からない。俺がただそうしたいだけである。
少なからず、以前であったならば迷う必要も感じなかった事だろう。シエナに仕込むことに関してではなく、俺自身の行動にだ。
悪役令嬢であるのだから、悪役令嬢であるべき。そういう思想で動いていれば迷う必要もなかった。必要性が出てきたことは……前進と考えよう。
悪役令嬢であれ、そうでないにしろ、抱えた問題の解決方法が明瞭でなくなったし問題が解決したわけではない。
面倒だ、と投げ出してやりたい気持ちはある。責任なんてものは無ければ無いだけいい。俺個人としての考えではあるし、俺は他者に対して責任を課す側でもあるのだから口には出さないけれど。
「ディーナ、少しだけいいですか?」
「……あら、シャリィ先生」
珍しく俺を叱る以外で執務室へとやってきたシャリィ先生は俺の言葉に少しだけ目を細めてから「なるほどなるほど」と呟いて言葉を続ける。
叱られるようなことはまだしてないぞ……。思い出す限りであるけれど。
「では、ディーナ様。エルフの森で幾らか成果は出ましたか?」
「ええ。まだ清書なども終わってませんが、ある程度は」
エルフの森で書いていた内容を仕事の合間で適当に纏めただけである。
国に出すにしては随分と杜撰であるし、前提的な知識を必要としたものだからまだ詰める必要はある。コレを出せば質問責めに遭うことは目に見えているし、あらゆる説明を書いたとしても質問責めはされるだろう。
俺がやろうとしている事は現在いる魔法使い達にとっては好ましくない。なんせ学べば万人が現在の魔法使いと同等の位置に立つことができる。利権やら地位を脅かす論文であるには違いない。
シャリィ先生の名前を論文に出さないのはそういう意図もある。罰として「俺の手柄です!」とはしているけれどシャリィ先生にはバレているし。
「まだ纏めきれていませんが――」
「是非」
言い終わる前に手を出された……求められれば出すけどさ。
纏めきってはいないけれど、シャリィ先生相手なら別に問題はない筈だ。わかりにくい所は自分でわかるように注釈いれているし。
論文とも言えない初稿を渡せばパラパラと捲られる。人の読む速度じゃねぇぞ……。計算だけじゃなくて読むのまで早いの何……?
「そういえば先生。エルフは木工技術にも長けているのですか?」
「ええ、まあ……エルフの戦士はそれなりに長けているでしょう」
「……先生自身は?」
「手慰み程度で人の誇る程ではないですが……何故です?」
「義手の製作を頼もうと」
先の失った右腕を軽く持ち上げて意図を伝える。
別に無ければ無いでいいのだけれど。他者に見える範囲で隙になるものはなるべく潰しておきたい。
義手があれば見える範囲ではなくなるし、アレクへの追及も減るだろう。
「義手……失った腕の代わりですか」
「ええ。魔力での身体操作自体は以前で慣れましたし。魔力の道を刻める木製ならある程度の操作もできるかと」
「……
「……」
ヤベ……そういえば感覚無くなったとか言ってなかったっけ……。怒られる内容が増えたな!
でもほら、魔力通して普通に動いてたし……。今はもう無いし……。実質無罪では?
「はぁ……。どうせ無くなっているものへの罪は無いとかお考えでしょう」
よくお判りで!
クソデカ溜め息吐かれたし。これはもう諦め混じりに違いない。つまり、怒られないという事だ……。セーフ!
「話を戻しますが、腕の作成は私には出来かねます。細かな木工技術はありませんので」
「そうですか……」
「ですが、リヨースならできるでしょう」
「……あのリヨースが?」
ほんとぉ? 先生以上に出来なさそうだけど?
いっそエフィさんに頼むのも視野に入っていたから、もしもリヨースが作ってくれるのなら御の字であるけれど。
普段の様子のリヨースを思い出すと、レイに訓練を積ませてあげてたり、悠々と訓練をしたり、やはり訓練をしたり、遠乗りをしていたりする。なんて羨ましい……。
見ればだいたい剣を振っている彼女を思い返しながら顔を顰める。
「アレでもエルフの戦士です」
「そこは一度戦った事もあるので知っていますわ」
だからこそ顔を顰めているわけだが。
どちらにせよ、本人から聞かなければどうしようもない話でもある。
呼ぶか……。この時間ならヘリオやレイと一緒に訓練してるだろ。
「いいぞ」
思った以上にあっさりと了承を得れたことに驚いてしまった。
これでも結構な作業量の頼み事をしている自覚はあるんだけどな。
「なんだその顔は」
「いえ、思ったよりもあっさり承諾されたものなので」
「む……これでも食客であり続けている自覚はあるぞ」
フンと鼻を鳴らして態度と胸のデカいリヨースは俺の右側へと視線を向ける。
何も無いんだが? 何かがいるのは左後ろだし。
「右腕を失ったお前と戦ってもつまらんしな」
「あら、勝てる要素はある方が嬉しいでしょうに」
「負けた時の言い訳があった方が都合がいいか?」
喧嘩は売るし買われる。右腕一本程度失って負けるような要素はない。ないと思う。
リヨースの性格を考えての結論ではある。エルフの馬鹿魔力量で圧殺されようものなら右腕なんて関係ない。何にせよ。義手製作が完了しても何かと理由をつけてリヨースとの戦闘などゴメンである。勝ち逃げさせてもらおう。
「要望はあるか?」
「魔法式を仕込むぐらいですが、これは自分で出来るから製作に集中してもらって大丈夫ですわ」
「……いや、それもしよう。なんだその顔は」
だってお前魔法式毛嫌いしてるじゃん。
エルフとしての魔法と魔法式は似ているだけで、元々はエルフの魔法を学問として学べるように落とし込んだだけである。エルフの魔法の方が出力も効率も上だ。
エルフのみにしか扱えない、というのはエルフ達の持つ瞳や感覚が要因である。だからこそ、リヨースならしないと思っていた。
「私だって学んではいる。お前やあのハー……シャリィが導き出した答えとやらに興味が無い訳ではない」
「……建前はわかりましたわ」
「レイをもらいたい」
「嫌ですわ」
あげるなんて嫌だが……。というか、なんでレイが出てきた。確かにお前とは仲良いだろうし、結構訓練とか付き合ってもらってるけど。
「レイを所有物として扱っているわけではないし、何より私の奴隷というわけでもありませんわ」
「わかっているが、お前の許可は必要だろう」
「何にせよ。貴女にあの子を譲るなんて保護者としても嫌ですわ」
「……? 別にお前が保護者なのは変わらないだろう」
「……ああ、預かって鍛えるという事ね」
「最初からそう言ってるだろう。アレはいい戦士になるぞ」
言ってたかなぁ?
リヨースに預ける、か。コイツから言い出したから本当に見込みがあるんだろうな。
ドヤ顔でレイの才能を褒めてるし。リヨースを詳しくは知らないけど、人間を褒めるエルフというのは新鮮に見える。
「貴女からのお墨付きならレイも喜ぶでしょうね」
「……飼い殺す気か?」
「そこまでは考えてませんわ」
「百年もあれば今の私に匹敵するだろう人間だぞ」
「エルフの時間感覚で言わないでもらえます?」
育成予想期間がエルフすぎる。
百年も研鑽を積めばそりゃぁそうなる。いや、リヨースを侮ってる訳じゃないけれど。
どちらにせよ、そんな時間感覚の持ち主に預ける気にはならない。飼い殺しにする気も無いけれど、それは別の話である。
「レイ自身が言ってるわけでもないのでしょう」
「それは、まあそうだが……だがな」
「レイ本人が望むのなら預けることも考えるけれど、戦士として育てるのはあまり考えたくはありませんわね」
それでもレイ本人が望むのならば、である。俺やシエナのように貴族に対して正負のしがらみを抱えているわけでもない。わざわざこちらの面倒事に絡ませようとするのはシエナも何かを言うだろう。
「何にしても、本人が望む選択肢があの子にはあるべきよ」
「……お前、ちゃんとレイのことを考えてたんだな」
「馬鹿にしてますの? 身内のことを考えない人間じゃないわ」
身内と言っても血の繋がりはないけど。それでも拾った責任はそれなりに感じている。放り出したいとも思ってもいない。
魔法式実験に付き合わせてしまったのは必要だった……というのは俺の言い訳でしかない。
「レイに関しては把握しましたわ。この後にでも話す予定を作りますわね」
「戦士がいいぞ」
「あの子が選ぶのなら。義手製作の報酬は別途で用意しますわね」
「む……必要ないが」
「必要性の問題ではなく、これは正当な報酬であり、貴女への責任よ」
金銭を要求される方がまだ楽だった。
エルフが欲しがるようなものってなんだよ。コイツ、嗜好品に興味ないし……実用性重視の剣でも渡すか?
「……なるほど。ではお前と再戦させろ」
「わかりましたわ」
「先に言うが、開始早々に降参などするなよ」
バレたか。
再戦するのはいいけれど結果は目に見えている。決闘であるのなら、リヨースが勝つだろう。クソデカ魔力でゴリ押しされても負ける。何が問題って手を抜けばバレるだろうし、本気でもよーいドンで殺し合いが始まれば俺は死ぬ。
苦い顔をしてたらリヨースが勝ち誇ったような顔をする。この野郎。
「……腕が上手く出来れば飲みましょう」
「任せろ! お前が戦いたくなるようなものを作ってやる」
「……期待はしないでおきますわ」
戦いたくなるような義手などまっぴらゴメンだ。負けるような勝負など受けたくなどない。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん