悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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79.悪役愚姉は与えたい!

「怪我の調子はどうかしら?」

「もう違和感もねぇけど」

「それは重畳。何か違和感があればすぐに言いなさいな」

 

 ディーナ・ゲイルディアに呼び出されて、唐突とも言える問いに対してアレク・ゲイルディアは自身の様子を率直に伝えた。その答えに満足そうに頷きながら、未だにアレクの調子を心配そうな言葉をディーナは吐き出した。

 その言葉が純粋な心配でないことをアレクは理解している。それこそ、この姉にとっては実験の経過報告に似たものだろう。欠片も心配していない、と言うのは嘘になるけれど。

 

「貴方を呼んだ理由はわかっているわね?」

「あ? ……経過報告じゃねぇのか?」

「それだけなら私が出向いて貴方を視るだけで終わるでしょうに」

「そんなこと知らねぇよ」

「それもそうですわね」

 

 呆れたように口にしたディーナに反論すれば、ディーナはそれに容易く同意した。こうして話を飛ばそうとするのは姉の悪癖である、とアレクは思う。同時にそれに着いていくことのできるシエナやオーベ卿に同情と尊敬、そして畏怖の念を抱いてしまう。

 

「呼んだのはそもそもの発端である、あの村での不正に関してですわ」

「……あぁ、あれか」

「忘れていたようなら……いいえ、これは貴方にとっては必要ですわね」

 

 思い出したように呟いたアレクに対して少し呆れたように頭を抱えながら、一度溜め息を吐き出してディーナは気を取り直す。

 必要でなければ見逃していたのか、という点に関してアレクは言及すらしない。それもまたディーナからすれば必要であったから見逃すのだろうことは理解している。

 

「不正、正確には私があの村に対して多めの金銭を与えているですわね。当然、許されることではありませんわ。為政者としては罰すべき対象ですわ」

「でも姉貴はそれを良しとした……意味はわかんねぇけど」

「色々と計画はあるけれど、私自身、アレを正しいとはいいませんわ。私としての精一杯の政策の一部ですわね」

「不正がか?」

「返す言葉はありませんわ」

 

 不正は不正である。どれほど言葉を飾ろうが、為政者としては正しくない。

 アレクは姉の行動に対して少しばかり悩むように唸り、疑問を口にする。

 

「思惑はなんだ?」

「思惑だなんて。私はただ民が少しでも裕福になればいいと思っているだけですわ」

「嘘だろ」

「本心ですわ」

 

 クスクスと笑みを浮かべるディーナにアレクは苦い顔をする。そんな慈愛で姉が動かないことなどわかりきっている。

 本心でそんな事は考えてなどいないだろう。

 これでもかと眉間にシワを寄せている弟を笑ってしまい、ディーナはコホンと一つ咳払いをした。

 

「先に伝えておくけれど、あの村だけではありませんわ。私が管轄することになった村全てに同じような支援はしてますわ。形は様々だけれど」

「余計にわからん」

「一つは村に金銭を充分に回すこと。今回で言えば金銭を多く渡すことでそれを無理矢理行っていますわね。あまり褒められた行為でもありませんけど」

「姉貴になんの得がある?」

「私財を崩して行っている分、目に見えての得は一切ありませんわ」

 

 ならばなぜ。私財を崩してもそれを行う必要がある。と姉ならば言葉にするだろう。

 その必要性がアレクには理解できない。貴族らしからぬ姉であるが、自身が損をするような行為をするとは考えられない。けれど、得は無いとそんな姉が言う。

 

「……そもそも、私達貴族の役割は何かしら?」

「あ? ……そりゃぁ、国へ上納金を納めることだろ」

「……まあいいですわ。では、どうして国に上納金を?」

「領地を預かったり、地位を貰ったりしてる義務じゃねぇのか?」

「そうね。では、国はその上納金をどうするのかしら?」

「国を良くする為だろ」

「なら、国を良くする為には?」

 

 ディーナの問いにアレクは言葉に詰まる。貴族としての考えは教えられていたつもりではあった。それこそ、ディーナの問いは国家が考えるものである、と半ば思考を放棄していたと言ってもいい。

 そんなアレクにディーナは呆れもしない。この世界はディーナから見れば歪だ。封建国家を悪いとは言わない。自分もその利点を得ている側である。

 

「民が富めば、国が富むわ」

「……姉貴がしてることはソレだって言うのか?」

「規模も小さければ、成果が出るには地盤も制度も仕組みも、時間も必要だわ」

「……まあ、わかった。姉貴がまたよく分からんことをしてるのは理解した」

「ダメよ。貴方にはこれを正しく理解して貰わないと困るわ」

「なんでだよ」

「貴方がゲイルディア領主になる故に」

 

 眼鏡越しの視線がアレクに刺さる。

 ディーナが言わんとしていることはわかる。ゲイルディア領主を辞退した姉であり、少し前まではこの国転覆でもしようとしていた人間だとアレクは思っている。

 そんな姉から出てきている言葉は領地を良くするための言葉であり、国を良くする為の言葉でもある。慈善と呼ばれる、自己犠牲的な政策でしかない。

 国が良くなる為ならば。

 領地が良くなる為ならば。

 民が幸福であり続ける為ならば。

 

「高貴たる者には相応の義務が発生しますわ」

「矜恃と義務の為に身を削れって言うのか?」

「素晴らしい慈愛溢れる政策でしょう? ゲイルディアには似つかわしくないかしら?」

「……そうは言ってねぇよ」

 

 悪の女などと呼ばれている姉。ゲイルディアという悪の代名詞である血筋。そんな噂とは反対の政策。義務と矜恃の自己犠牲。

 アレクにもそれが素晴らしく映る。映りはする。けれど、そんな自己犠牲など長続きはしない。私財には限りがある。

 

「と、ここまでが綺麗事を耳障り良く言った言葉ですわね」

「はっきり言うんだな」

「当たり前ですわ。陛下から頂戴した身分には感謝しているけれど、矜恃で食べ物は賄えませんわ。矜恃で民が肥えるのなら折る必要もありませんもの」

 

 クツクツと喉を震わせて悪の女と呼ばれるに相応しい笑いを漏らしたディーナ。

 本心としては綺麗事など無意味だ、とディーナは言うだろう。数値上でそんなものは無意味で、無価値で、単なる欲望や願望でしかない。

 高貴たる者の義務。それは今の世界ではまるで貴族らしくない心構えであるが、民を少しでも思うのならば必要なことである。

 同時に、現実とするには難しいことでもある。

 

「ゲビスという商人は覚えているわね?」

「ああ、姉貴が抱えている商人だろ。俺が勝手に入った時にいた」

「奴隷商で、ゲイルディア領で商売をしている男ですわ。そのゲビスと結託して幾つかの計画を企ててますわ」

「……そんな状態で死のうとしてたのか」

「私の命なんて些事でしかありませんわ。死んだあとも問題なく運営できる想定ですわ」

 

 死のうとしていた事を否定もしないディーナは一つだけ溜め息を吐き出してから改めて口を開く。

 

「そもそも村に多めに金銭を渡しているのは村自体に金銭を残す為ですわ。私がカチイに就任した時にはカチイは商業街としてある程度発展していたけれど、村では物々交換が頻繁に起こっていたわ。税も生産品である麦や葡萄酒であったけれど、村の先を考えればあまり良くはありませんわね」

「問題は無かったんだろ」

「今は、ね。先の話をしているのよ、アレク。税収の話になるけれど、生産品での税収は安定しませんわ。強制的に一定以上の税を求めれば村は潰れ、結果として税収が落ちる。だから、村に金銭を流してある程度の商売を成り立たせたかった、というのが村側での私の目論見ですわね」

「村側での? 民が富めば税収は上がるんだろ?」

「ただ金銭が溢れている状態は不健全なのよ。だからこそ、外からくる商人が必要なんですわ」

「ああ、商人からも税を取るのか」

「ええ。ただ取りすぎては商人が村で商売をする時に値段を釣り上げて、村が貧しくなる可能性もある。税の支払いと利益の釣り合いが取れなければ村に行かない可能性も出てくる」

「……そこでさっきのゲビスとかいう商人か」

「値段設定を一律し、健全なる商売が行い続けられれば、あとは利益だけが残るわ。貴方に引き継ぐ部分はこれだから、私財を崩す必要もあまりありませんわ」

「……親父はコレを学べって言ってたわけか」

「否定しておきますわ。ゲイルディア領が特別優れて商業を行えている訳でもありませんし、そもそもそうであるなら私がこんなことをせずとも仕組みは出来上がっているはずだもの」

 

 故に、これはディーナ自身が組み上げた仕組みと言ってもいい。

 ディーナとしては「専門でもないし、何とか形にしようとしているだけ」と自信なさげに言うだろうが、それを弟に見せたりなどしない。

 

「さて、話は商人側に移りますわ。民の為の健全なる商売で商人に利益は出るかと言われると、商人の腕にもよるけれどあまり出ませんわね」

「じゃあなんで協力してるんだ?」

「それ以上の利益を与えればいいのよ。簡単に言えば特定の商人に対しての減税。村の市場の優先権とか」

「……貴族側が損をしないか? それ」

「一人の商人にそうすればそうね。他の商人からも反発があるでしょうし、見え方も悪いわ。ならどうするかしら?」

「……複数人の商人を囲い込む?」

「正確には組織を作って、そこに援助する、ですわね。仮に商人組合とでも呼びましょうか。減税するとはいえ、税収は多くなりますわ」

「……ああ、国と貴族の関係を貴族と商人でするのか」

「商人組合には後進の育成、売値の一律……この辺りは私とゲビスの仕事ですわね。アレクにしてもらうことは商人が安全に、十全に商売を行える環境作りですわ」

「それだけか?」

「それだけ、という仕事を普通の貴族は行えてませんわ。せいぜい野盗の征伐ぐらいかしら。それも不十分に」

「……頭が痛くなってきたな」

「民が富めば野盗も少なくなりますわ。非常に遺憾だけれど、貴族の罪の形と言ってもいいですわ。野盗のほとんどは食べられなくなった、明日を安心して過ごせない民の形よ。だからそうならないように安心を与えるのが貴族の根本的な仕事であり、役目ですわ。搾取し続けて反発されて困るのは貴族ですもの」

「……まあ、なんとなくは理解した」

「先に言うけれど、商人組合と癒着すればするほど利益は上がりますわ。おすすめはしないけれど」

「なんでだ?」

「全ての決定権を商人組合が持つからよ。最悪の結果は商人達が民を貪って体制崩壊ですわね。それも癒着し始めて最低五年以上は掛かるでしょうけど」

 

 専門外の目算でしかないけれど。と加えてディーナは呟いて溜息を吐き出した。どれほど制度と仕組みを築いたところで運営するのは人間でしかない。

 それでも経済を回すためには必要なことである。少なくとも自分が生きている間、自分が管理している間はそういった問題を起こすつもりは無い。

 

「……俺がゲイルディア領主になったとして、姉貴の言う仕組みが十全に回り始めたとして、姉貴に利がないだろう」

「私に税収の一部も入らなければ、商人組合への援助で損ばかりしているように見えるわね」

「実際そうだろ」

「形ある利益は……まあ研究や教育機関の為に教会にでも投資できる程度でいいですわ。これでも大きい金額ですけれど、上がった利益からみれば少額になるでしょうね」

「損じゃねぇか」

「形あるものはね。商人組合は有用なのだから国内で拡がるし、拡げるわ。私が本当に欲しいのは情報という形のない利よ」

「商人が知れる情報なんてたかが知れてるだろ」

「そこから推察できることは沢山あるわ。物流を考えれば、誰しもが商人という職業に依存しているもの。だからこそ、この仕組みは私にとってとても有用で、国にとっても悪いことがなく、貴族達は依存するわ。貴方が癒着するのは許さないけれど、他の貴族に容赦なんてするつもりはないもの」

「……ほかの貴族が真似する事は?」

「むしろそうしてほしい、が本心かしら。様々な組合が建てば競争にもなりますし、私の手間も減りますわね」

「……改めて姉貴が恐ろしいわ」

「あら、貴方もゲイルディアじゃない。それに他の領地が貧しくなれば、必然的に貴方の仕事も増えるわよ」

「……逃げてくる領民の保護か?」

「ええ。それに加えて『我が領民を返せ』とか言ってくるだろう馬鹿の相手かしら」

 

 ゲイルディアの噂に違わぬ笑みをディーナは浮かべる。その笑みにやや引きながらもアレクは溜め息を吐き出す。

 目指すべき目標ではあるが、姉のようにはなりたくはない。

 

「形は話したけれど、まだ時間が掛かるような計画よ。安定するには数年を要するでしょうし、お父様にも進言はするから貴方の代で安定を目指す、ぐらいの期間かしら。商人組合はもっと早く作れるでしょうけ」

「そんなもんか」

「そんなものよ。無理に動かそうとするなら動かせるでしょうけれど、もう焦る必要もありませんわ」

「……そうか」

 

 焦る必要がない。という言葉にアレクは少しだけ安堵する。その様子にディーナは「信用されてねぇな」と思いはしたが口には出さない。

 身から出た錆、というべきか。そもそもは自分の思想で焦っていたのだから。

 

「貴方に詰め込めるものは出来る限り詰め込みますわ。当然、それら全てが正しいとも言わないし、言えませんわ」

「……姉貴でもか?」

「あら。完璧であったディーナ・ゲイルディアを倒して、完璧でなくしたのは貴方でしょう?」

 

 中身が詰まっていない右袖を動かして嫌らしく笑う姉。弟は改めて、さらに深く眉間へとシワを刻んだ。

 そんな弟を少しばかり愛おしく見ながら、完璧ではなくなったディーナ・ゲイルディアは口を開く。

 

「信じるのもいいけれど、選択は自分でなさいな」

「……領主としての心構えか?」

「愚かな姉から愛する弟への小言みたいなものですわ」

「愛するなんて思ってもないこと言うな寒気がする」

「あら。照れる弟を見れるのは姉の特権でしてよ」

 

 弟はまるで怖い物を見るように姉を見たが、姉はやはり楽しそうに、悪役のように笑みを浮かべた。

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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