悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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82.悪役令嬢は下ろしたい!

 お茶会をしたい。というスピカ様の願いはすぐに行使された。

 当然、断る理由もなければ断れる立場でもない俺は参加することになる。

 城に仕えるメイドさんに案内されたのは手入れの行き届いた庭の一角である。

 

「ようこそお義姉様!」

 

 笑顔が眩しい! 可愛い! 

 愛らしさを体いっぱいに表しながら迎えてくれるスピカ様が可愛すぎて生きるのが辛い。

 スピカ様の後ろに控えるメイド服を着た女性もまた可愛い。天国か? 

 でもこのメイドさん、動き的には護衛の意味もあるんだろうな。ゲイルディア家である俺に対しての警戒心がある。

 戦う気など毛頭ないけれど、戦闘技術は俺よりも高い。俺より高い人間なんて両手の指以上にいるけど、スピカ様の護衛という面で考えれば平均以上だろう。

 

「どうぞ座って下さい!」

「ありがとうございます」

 

 スピカ様から促されるまま椅子に座れば、向かいに笑顔のスピカ様も座る。もう可愛い。ずっと可愛いな……。

 そんな子を貴族の黒い部分に触れさせたくはないんだよなぁ……。陛下の決定だから覆ることは難しいけど。どうにか触れさせずに後ろ盾として機能させないといけない。

 

 メイドさんによって煎れられた紅茶を少し飲みながら考える。

 

「いい茶葉を用意させました!」

「ええ、とても香りもいいし、美味しいですわ」

 

 どうしようかな。

 お飾りとしての後ろ盾をスピカ様に納得させないといけない。そうすれば触れられるものを俺が選別出来るし。

 でも、ゲイルディアの後ろ盾という見え方がそもそも悪すぎるんだよなぁ。

 

「このお茶菓子は城の料理人に作ってもらいました!」

「ええ、とても美味しいですわ」

 

 手っ取り早いのは後ろ盾からの辞退である。それが叶わないから悩み所なのだけれど。

 他の貴族を間に挟めば……いや、魔術論文を提示する為という理屈を覆すのならシャリィ先生を間に挟むことになるし、それはシャリィ先生を政治の場に呼ぶことになる。

 シャリィ先生は認めてくれるだろうけど、そもそも俺がそういう場から遠ざけたんだよな……。八方塞がりか? 塞いだのは俺自身だけど。

 

 給仕してるメイドさんも助けてくれないか? 

 いっそスピカ様に対しての悪意を見せてメイドさんを暴れさせるか? いや、陛下の決定を覆させる程の暴れ方をさせるのって悪意を見せる所かスピカ様を害してるか。

 

「……下がっていいですよ」

「……はい」

 

 逃げ道が逃げてしまう! 

 スピカ様の一言に渋々した様子で下がるメイドさん。主人の命令であるから従うあたり、従順ではある。

 凄い睨まれたけど、理解はできる。ゲイルディアとかいう悪の貴族と可愛い主君が二人きりだもんな! 

 話が聞こえない程度に離れているが、何かあった時にすぐに動ける場所にいるあたり至極真っ当な警戒をしている。つまり……スピカ様を抱えて撫でくりまわしたらメイドさんから折檻されるということか……。折檻で済めばいいけど。

 

「お義姉様」

「なんでしょうか、スピカ様」

「何を悩んでいるのですか?」

「悩みなんて、そんな」

「お義姉様のことがわからない私だと思いますか?」

 

 そう言われると困る。困るけれど、悩みの種であるスピカ様に対して言えるものではない。変な所で頑固なのも知ってるから、「お飾り後ろ盾になってね!」と言っても拒否されるだろう。

 だから折れさせる為にはキチンとした理屈が必要だけれど、何をどう考えても論理が通らない。

 

「まだ私が後ろ盾になったことに納得してませんか?」

「理性の部分では納得していますわ」

 

 後ろ盾が俺にとって必要であるのは理解しているし、王族であるスピカ様が後ろ盾になるのに理屈としての不満は無い。陛下には頭が上がらないほど整えられた環境だとも理解できる。

 理解しているだけで、納得など到底できる筈がない。この可愛らしい天使を政治関係の世界に放り込むなんて許せる筈がない。

 さらに言えば、ゲイルディアという血はありもしない罪を押し付けられるのが常であるし、それを逆手に行動している節もある。だからこそ悪い噂は絶えないのだけれど。

 そんなゲイルディアの後ろ盾なのだ。それを分からない陛下ではない。それ以上の利益を見初められているのは理解しているが、スピカ様を誘導したのは俺としては納得できない。

 黒い部分に触れさせたくはない。というのは俺個人としてのスピカ様への願いである。その程度で王族としての決定は覆りはしない。

 

 どうにかしたい。という気持ちはエゴである。間違いなく、俺のエゴだ。

 

(わたくし)個人としてはスピカ様を巻き込みたくはありませんの」

「お義姉様が私を大切に想ってくれていることはとても嬉しく思います」

 

 なら退いてほしい。

 リゲルとの婚姻が破棄されて尚、俺のことを義姉と慕う少女に人間や貴族の黒い部分を好んで見せようとは思わない。

 必然として見る必要があることもあるだろうけど、それは今じゃなくていい。見なくて済むのならば見ない方がいい。

 

「──侮らないでください」

 

 先ほどまでのお茶会の和やかな雰囲気が霧散する。

 普段は笑っている表情も、愛らしさを見せてくれる瞳も、どちらも大きな変化がないというのに、たった一言だけでその雰囲気が、仮面を脱いだように一変する。

 

「お義姉様は、私がただの王女だから、守らなければならないと思っておられるのでしょう?」

 

 瞳に飲み込まれそうになる。

 純然たる威厳をもって、王女である彼女が俺の心を言い当てる。

 

「何も知らぬ王女として、優秀に見えるお兄様と多く比較され、貴族からの誹りの酷さはわかっています。お義姉様が、ゲイルディア家が受けている誹りは私も知ってはいるつもりです。その後ろ盾となる私が受ける誹りもわかっています」

 

 今まで見ていた愛らしい少女とは違う、確固たる覚悟を宿した瞳。

 背筋を震わせるほどの威厳と覚悟。俺には持ち得ない才能の片鱗。

 そのどれもが悦楽と歓喜となって溢れそうになる。

 

「お義姉様の後ろ盾となってどのような誹りであろうと、私は笑顔で流してみせましょう。

 お義姉様がその手を汚すというのなら、私もこの手を汚しましょう。

 お義姉様が何かを犠牲とするのなら、私がその代償を支払いましょう。

 ……それがお義姉様の未来を見るために必要なら、私は迷いません。

 お義姉様のお言葉をそのまま返しますが、これは私の選択です。

 与えられた選択肢であろうと、お父様に選ばされたとしても、私は選んだのです。

 だから、私は進むのです。お義姉様がどのような道を作るのか、それがどんな未来に続くのか、私はこの目で見たいのです」

 

 見損なっていた。見誤っていた。見違えた。

 ただの可愛らしい、天使である少女だと思っていた。賢くても少女はただの少女であると思っていた。

 けれど、正しく、間違いなどなく。

 地位としての称号ではなく。

 スピカ様は王女であった。

 

「……()()()()()

「? なにか言いましたか?」

「いいえ。そうですわね。考えていたことが無駄になっただけですわ」

 

 無駄になった。お飾りの後ろ盾など考えるべきではなかった。

 何より、それはスピカ様の覚悟と選択への侮辱であり、汚す行動でもあった。

 守りたいという俺のエゴなど、もはや些事でしかない。

 どうしてか清々しい感覚もある。嬉しさもある。考えていた事は無駄になったけれど。

 笑みが浮かぶ。ディーナ・ゲイルディアとしての、悪役令嬢としての仮面ではなく、心の底から湧き出る歓喜が笑みを浮かばせる。

 

「スピカ様が思うよりも、もっと素晴らしい未来を見せますわ」

「ええ。それに、こうしてお義姉様とお茶会をしたい、というのも私の本心ですよ」

「……そういう冗談を言う所も陛下によく似ておられますわ」

「皮肉ですか?」

「さあ、どうでしょうか」

 

 陛下に似ていると言われてムッとしているスピカ様を笑ってしまう。

 肉親からも皮肉扱いされている事は陛下には黙っておいてあげよう。

 

「ところで——」

「?」

「そちらが素ですか?」

 

 俺の問いに対してスピカ様はきょとんとして、何度か瞬きをして、少しだけ取り繕おうとして、諦めたのか弱弱しい声が出てくる。

 

「その……お嫌いになりましたか?」

「いいえ。どのスピカ様も美しくていいと思いますわ」

 

 意図はわからないけれど、俺の前で演じる必要はない。

 どのスピカ様も美しく思うのは本心である。可愛くもあるから実質二倍である。

 他者の前で演じ続けるのは苦しいからね。必要であるならすべきとも思うけれど。

 

 ようやく味がわかるようになった紅茶を一口飲む。

 香りも良ければ、味もいい。普段飲んでる安い茶葉など比較にならないな。これを常飲しようとは思えないけど。

 

「あ、ディーナさんだ!」

「……」

 

 アサヒの声で一気にスピカ様の顔が歪んだ。

 さっきまでの超然とした王としての威厳や理知的な雰囲気などが一気に消えて、アサヒに対しての嫌悪が表に出ている。まあアサヒから顔は見えていないから、ちゃんと隠すんだろうけど。

 

「ご機嫌よう、アサヒ。ご機嫌麗しゅうございます、リゲル殿下」

「ああ」

「こんにちは、ディーナさん」

 

 近くに来たアサヒとリゲルに対してキチンと立って挨拶を交わす。相変わらずなアサヒであるし、リゲルもいるから護衛兼給仕をしてくれているメイドさんが非常に困ったような顔をしている。

 俺が催しているお茶会ではないし、苦言を呈すのは領分を越えている。主催であるスピカ様は歪めていた顔をいつもの天使のような笑顔に変えているけれど、その雰囲気は見事な嫌悪である。

 

「私たちも座っていいかな?」

(わたくし)ではなくてスピカ様に聞くべき事ですわね」

「えっと、スピカちゃん。いいかな?」

「……ええ、どうぞお座り下さい」

 

 口元がヒクリと動いたけれど、飲み込んだらしい。嫌悪していると言っても兄であるリゲルの婚約者であるアサヒを邪険に扱うことはしない。

 俺としては仲良くしてほしいけれど、所詮は俺の意志である。アサヒに絆されれば、とも考えるけれど……。

 というか、なんでアサヒに対してこんな嫌悪してるんだ、スピカ様は。たぶんアサヒが何かしたんだろうけど。でもアサヒが何かスピカ様にするとは思えないんだよなぁ。構いすぎで嫌がられてるだけか? 

 

 給仕として改めてお茶を淹れてくれたメイドさんに目配せして確認してみても反応はない。メイドさん自身もスピカ様に仕えてるから何かしらアサヒに対して反応があると思ったけど、彼女はリゲルを意識しているし、それは立場上のものだろう。

 つまり、何かがあって嫌っている訳ではない。つまり……どういうことだってばよ……。

 

「何の話をしてたの?」

「アサヒ様にご関係が?」

(わたくし)の魔術に関しての後ろ盾にスピカ様がなっていただいたので、その件ですわね」

「お義姉様……?」

 

 別に隠すようなことでもなければ素直に言ったところでアサヒに関与できる話ではない。

 公に後ろ盾になった事は知られるだろうし、言わない事での不信感を買う方が印象が悪い。

 スピカ様に睨まれる事は役得であるけれど、嬉しさは紅茶を飲むことで誤魔化そう。

 

「ディーナさんに後ろ盾……?」

「魔術という新しい方式を今の魔法使い達に伝える為のものですわね」

「へぇ……ディーナさん一人でも大丈夫じゃないの?」

「私をなんでも出来る完璧人間とでも思っているのかしら?」

「え? うん」

 

 以前なら「そうですわ」とでも答えていただろうけど、今の俺はそんなものでは無い。完璧にはなれなかったのだ。

 不出来という烙印でもあるが、相応の評価でもある。間違いはないし、理想でもない。

 

「なら私もその後ろ盾になるよ」

「結構です! お義姉様の後ろ盾は私だけで充分です! アサヒ様の出る幕はあるません!」

「私だってディーナさんの友達だもん! 後ろ盾がどういうのかは分からないけど、たぶん大丈夫だもん!」

 

 どうして張り合ってるんだよ。後ろ盾とかいう面倒事を抱え込もうとするな。スピカ様にも退いてくれって思ってたのにお前までそれに参戦するな。

 あと、お前の現状で俺の後ろ盾は無理だゾ……。政治的立場が薄いのと、リゲルとの繋がりをあんまり公にするのも良くない。

 リゲルも止めろよ。お前の妹と婚約者だぞ。

 おい、なんで視線を逸らした。

 

「リゲル殿下。まさかとは思いますが、殿下も後ろ盾に?」

「お兄様はお父様に拒否されていましたよ」

「……」

 

 あのさぁ!! 

 そもそもなんで立候補してるんだよ! お前と俺は元婚約関係で、お前がこっぴどく公の場で振ってるんだぞ! 

 確かに「忠臣でいさせてくれ」とは言ったけどさぁ! 

 それにわかりやすすぎるのも問題だろ! せめて隠せよ! 俺が気付かないようにしろ! 

 

「リゲル殿下。もう少し腹芸を覚えるべきですわね」

「この場でする必要があるのか?」

「……はぁ」

 

 こいつ……。信頼している人間しかいないのに、みたいな言い方しやがって。

 少なくとも俺とお前は客観的には距離あるんだから。メイドさんを見てみろ! ちょっと驚いてるじゃないか! 

 こういう所は兄妹で似なかったんだな。スピカ様がこれなら俺は徹底して政治に触れさせなかっただろうけど。

 

「話を戻しますけど、アサヒが後ろ盾になる必要性はありませんわ」

「そうなの?」

「貴女の立場的にも弱いですし、対外的には私と貴女はやや敵対関係に見えているでしょうし。何より、淑女教育や妃教育もある貴女にそんな余裕があるとも思えませんわ」

「う……確かに」

 

 普通は貴族としてある程度教育されて嫁ぐんだけど。アサヒは経歴が特殊だし、それを公表していないにしろ、教育係達からは厳しく接されているだろう。

 貴族から見て隙になれば、それは王子の恥となるし、リゲルとしてはそんな事しなくていいとか思ってるだろうけど、必要最低限はある。

 

「そうです。だからお義姉様の後ろ盾は私だけで十分です!」

 

 少し胸を張っているスピカ様は非常に愛らしいのでずっと見ていたい。

 見ていたいけれど、そうはいかない。何よりあんまりこの二人と俺が一緒にいる姿を見せ続けるのも良くない。

 ある程度アサヒやリゲルと距離を置いている方がいい。完全な敵対関係ではないけれど、リゲルやアサヒに対して嫌悪を抱く貴族が釣れる可能性もある。

 

「さて、私はそろそろお暇致しますわ」

「えぇ、もっとお話しようよ」

「そうしたいけれど。魔術関係での議会がありますの」

 

 非常に面倒な事ながら、お歴々を納得させて魔術を広める為の最初の一歩である。必要なことだからどれほど面倒であろうとしなくてはいけない。

 頭の凝り固まった、地位に執着する貴族共との会話なんて非常に面倒である。

 新しい魔術という技術を開発しました。おめでとう! で終わりたいのが本音であるが、そんな事ある筈もない。

 

「ディーナさん、大変そう」

「そうですわね。けれど、必要だからするのですわ」

「……ディーナさんは、いつもそんなふうに割り切れるの?」

「割り切ってなどいませんわ。ただ、やるべきことをやっているだけですわ」

 

 そう。やるべき事をしているだけなのである。

 必要だからしている。それだけなのだ。

 当然とは、当然たらしめるべきであり、それこそが当然である。

 だからこそ、俺は当然を当然のようにしているだけなのだ。

 割り切る必要性など無い。

 面倒だろうが、苦痛だろうが、快楽だろうが、なんだろうが。

 

 

 当然であるのだから。

 

 

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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