悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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83.悪役令嬢は愚痴りたい!

 唾棄すべきものであった。

 定例会では口を開けば自身の栄光を語り、口を閉じればまた誰かが栄誉を語る。

 臨時会で新しい魔法使いが論じれば皮肉と嫌味を込めた言葉が飛び交う。その魔法使いが賄賂を有すれば肯定的にとり、否定の言葉で「私は賄賂を受け取っていないぞ」と嫌らしい笑みを浮かべる。

 実に貴族的である。辟易とする。

 それこそが魔法議会というものである。

 唾棄すべきものである。

 変化を求めながらも、何も出来ず、ただただ受け入れるだけの自分に対しても。

 

 書記として任命された時は心が踊った。誉ある魔法議会に関われることに喜びだって得た。

 最初の一年でその幻想は叩き割られ、理想は粉微塵に、予想は地面に倒れ付した。

 自分というものが如何に弱く、そして相手達がどれほど大きいのかを理解した一年と言い換えてもいい。

 はや、数年。未だに自分はこの席に座り、虚栄に満ちた文字を綴っている。論議も討議も、その形をなしていないこの議席の端に。

 

 そんな中、あの女は突如として魔法議会に申請を出した。新たな魔法の技術、『魔術』なる代物の認可を求めて、である。

 理論を学べば誰でも使用でき、魔力の有無すら適応の仕方次第で乗り越えられるという。凡庸な者にも扱える魔法。まるで工芸品のように、知識と努力で形になる“手順”の魔法だという。

 確かに、技術としては面白い。実に革新的だ。だが、それと同時に、なんと滑稽で、愚かな女であろうか。

 この議会が、革新を歓迎する場だとでも? 違う。ここは、自分たちの地位と既得権益を守ることを最優先にした連中が、古びた論文を盾に互いの腹を探り合う腐臭の温床だ。

 誰が発案したか──それが全てだ。どれほどの価値がある理論だろうと、貴族の家系、出自、賄賂の有無、それに“誰にどれだけの得があるか”が最も重視される。

 賄賂を包み、過去の栄光にすがる老害の賛同を取り付け、名門の推薦状でも添えれば話は別だが、その様子もない。

 あの女は、正論を盾に、誠意と正道で議会を動かせるとでも思ったのか? もしそうなら、なおのこと滑稽だ。

「まこと論文としては立派だが。戦場の泥に足を取られても、理論で戦えるとでも?」

 

 グレヴェ侯爵。軍靴の音と共に歴史を刻んだ男。だが、今はただ己の名誉を盾に他者の功績を切り落とすだけの老人。声は大きいが、響く言葉を持たぬ老将。

 戦うことをやめた剣は、ただの鉄塊だ。

 

「ええ。魔力操作という基本さえ可能であれば。実地でも効果は立証していますわ」

「卿の理論、どこかで見た気がするな……ああ、オーベ卿の論に酷似している」

 

 フォルン侯爵。己の知識を誇示するが、理解する意志は持たない。反論できぬ理論を“似ている”と切り捨て、己が知の頂に立つと信じて疑わぬ滑稽な山の主。

 高みに居るつもりで、ただの盆地に留まる。

 

「それは当然ですわ。我が師、シャリィ・オーベの理論を基にした、共同研究ですもの」

「ふむ……しかしその論文には、オーベ卿の名が見当たらないが?」

 

 クレルナ男爵。規則と形式を崇め、実態なき正しさに酔う男。帳面の上では厳格だが、目の前の真実には盲目。文書と印と慣例だけを信じ、人の意思や熱意などという“曖昧なもの”を最も嫌う。墨と印だけで世界を測る、融通も胆力も持たぬ紙の番人。

 矜持まで紙の如くである。

 

「師をこの場にお呼びすることも可能ですが、私と師の間で合意の上ですわ。名が必要とは思えませんわね」

「お若いのに、ずいぶんと“準備”がよろしい。何人の後ろ盾がいらっしゃるのです?」

 

 トルメ子爵。若さを侮り、伝統を神と崇める盲信者。新しきを憎む理由を“秩序”と取り繕い、実のところはただの臆病者。

 金の装飾と古い慣習に頼るその姿は、貴族の劣化標本に他ならぬ。

 

「ええ、まるでお歴々が変わらずにその席にいられるのと同じように、私も学びと縁でまいりましたの」

「で、卿の魔術なるものは、どれほどの魔力を必要とする? 魔力に恵まれぬ者はどうするのかね」

 

 ノール伯。力なき者は声を持たず、民は支配されるためにある──そんな時代の残滓。魔力という血の資格にすがる姿は、もはや痛々しさすらある。

 己の価値が魔力にしかないと信じて疑わぬ哀れな男。

 

「必要なのは高い魔力ではありませんわ。魔力操作という基本があればどなたでも」

「……」

 

 エレッセ卿。黙して語らず、ただ銀の指輪を弄ぶ老獪な観察者。言葉を交わさぬことで矛を交えず、責も逃れる。風の向きを見ることにかけては抜きん出ており、その沈黙はただの無言ではない。“沈黙という武器”を振るう狡猾な生存者。

 口を閉じてなお、最も空気を濁らせる存在である。

 

 ……これが、この六人こそが現在の魔法議会というものである。

 実に素晴らしく、虚栄に彩られた、空虚で、無意味で、唾棄すべき集まりである。

 墓穴を片足に履きながら、花ではなく金を求める腐り堕ちた墓地そのものである。

 さながら自分は墓石だろうか。

 

「そもそも魔法、魔力とは万物に宿されているものですわ。今は特権的に使えるからこそ、より強く統治すべきと申し上げているのです」

「魔術は誰にでも扱える? それは危険ではないか。暴徒にすら力を持たせる気か?」

「現状でも同じことが言えますわ。魔力を持たぬ者は、特権の傘の下に黙しているだけ。魔術を学ぶ者は選別可能であり、危険性はより排除できます」

 

「誰でも使える」などと耳障りの良い言葉に耳を傾ければ、貴族の威信は損なわれる。

 だが、確かに”悪の女”の語る理論には”理”があった。

 議員達は眉をひそめ、言葉を選ぶように沈黙する。否定の論拠を探すが、突き崩せる論理など誰も持ち合わせてなどいない。

 議場が静寂で満たされる。

 

「魔術という理論を持ち出してきたところで、所詮は机上の空論ではないのかね。まるでオーベ卿が過去に提出した論文のように。妄想と幻想の類いをこの議会に持ち込まれても困るのだよ」

 

 ノール伯の一言でほんの一瞬、今まで笑みを浮かべていた"悪の女"の表情が変化した。

 余裕を持ち合わせていた笑みは消え、敵愾心に満ちたように鋭い瞳が議員達へと向け、"悪の女"は小さく息を吐き出し、表情を戻した。

 ほんの一瞬の出来事。些細な変化であった。けれど、矮小なる貴族たちは牙城を崩したことに歓喜している。隙を見せた、と言ってもいい。

 さらなる攻勢を仕掛けようと口を開き──その口から言葉が発せられる前に、机にソレは置かれた。

 

「幻想、妄想、机上の空論でなければよろしいのでしょう?」

 

 ゴトリと音を鳴らし机に置かれた人の腕。いいや、精巧な木造の腕。

 つい先ほどまで"悪の女"の右腕であり、動いていたソレは今は机の上でその在り方をまざまざと見せつけている。

 

「これは幻想の類いではなく、現実の成果ですわ」

 

 これこそが魔術である。これこそが魔術の証明である。これこそが”悪の女”ディーナ・ゲイルディアという女なのか。

 

「この右腕は魔術を刻み、私の腕として動かしていたのはお歴々が見ていた通りですわ。……私の魔力はお歴々よりも、そこらの魔法使いよりも少なく、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。これが魔力が多くなくとも使える証明と言えるでしょう」

 

 自身の肉体すら犠牲に、その成果を見せつけた。

 誰もがその意味を理解し、ディーナという女に畏怖を抱き、言葉と息を飲み込んだ。

 

「改めてですが、魔術とは魔法の下位互換でしかありませんわ。当然、皆様の"領分"を脅かすものではありませんわ。むしろ、理論によって、民が暴走する危険を排除し、使える者を選り分ける術なのです」

 

 場は支配された。この狂った女ディーナ・ゲイルディアに。

 ディーナ・ゲイルディアは悪女のように美しい笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「この場で”魔術を認める”というお言葉を頂ければ、それ以上を望むつもりはございませんわ」

 

 頭を垂れ、礼を尽くすこの場の支配者は笑みを深める。

 もう誰もが否定の言葉も、皮肉を口にすることはない。

 

「……ほう。下位互換、とはよく言ったものですな。ならば貴族の特権を侵すこともあるまい」

「……理屈と現物を突きつけられては、否定もできぬ。だが、勘違いなさるな」

「ええ。先ほども言いましたが魔術は魔法の下位互換ですわ。それは私が最もわかっております」

 

 この場でこの女を糾弾することなど容易い。自身を無知として振る舞えば、理を武器とするこの女の喉元に刃は届くであろう。その刃は彼らのように錆、調度品にすらならない。

 折れた刃が返ってくるのが自身であることを、頭脳が腐り落ちていても彼らは類稀なる利己意識が染み付いている。

 

 故に、既にこの場は決着している。

 

「……では。異論もなきようですので、魔術の存在を“学問として”ここに認めましょう」

「感謝いたしますわ」

 

 改めてこの場を支配した女は笑う。

 この場に朗らかな雰囲気などない。あるのは敗北を期した醜悪なる貴族たちの怨嗟だけである。腐っていても厚い面の皮は健在のようだが。

 

 正論と誠意と正道で、この魔法議会という澱んだ水を本当に動かしてしまった──。

 正しく愚かで、しかし誰よりも愚かでなかった女。

 これが、その偉大なる愚か者・ディーナが提唱した『魔術』という技術が、ついに国に正しく記された瞬間であった。

 

 

 


 クソジジイ共がよォ!! 

 さっさと認めてしまえばこんな苦労も、思いすら必要なかったというのに! 

 墓穴に片足突っ込んでる頭の固い老害共が。

 

 飲み干したエールを追加で頼みながら息を吐き出す。

 王都まで来て、酒場で管を巻く貴族。それが俺である。男装してるから外見で貴族とは思われないだろうけど。

 

 それにしてもクソだった。予想通りと言えばそうだけど、実にクソである。

 いっその事幾らか賄賂でも送れば違ったかもしれない。後の祭りであるし、アレらに金銭を渡すのなら市井に流して経済を回す方がよっぽど有意義である。

 組合設立のために金銭は必要であるので、それほどの余裕も無いけれど。

 それにしたってクソである。シャリィ先生をあの場に出さないのは正解だったな! 

 

 シャリィ先生のことを引き合いに出された時は危なかった。全員殺してしまった方が早くないか? とか考えてしまった。害は排除すべきだし、国にとっても良くはない議会である。

 消し飛ばしたら消し飛ばしたで、魔法関係の利権の奪い合いが発生して余計な混乱を招くし、良くはないが存続させるべき議会であるのは間違いない。良くはないが。

 

 魔術は魔法の下位互換。これに相違は無い。

 想像魔法とかいう神秘を分解して、効率性と利便性を上げて理論化したものなのだから。

 想像魔法の頂きには到底及ばないが、誰しもが魔法式さえあれば頂きに届きうる。それが魔術である。

 議会を通して認めさせたから、それを言質に好き勝手できる。通さずに異端扱いされて妨害される方が面倒だっただろう。

 

 理論と実験だけで証明できてるのは論文に書いてるが、義手を証明に使わされるとか思わなかった。

 老害共がさっさと認めてくれれば切らずとも良かったカードではある。

 義手がないと魔法が使えない、とは言ったけれど。そこまで手札を晒す必要性もないだろう。

 実際に魔力は少ないし、小規模な想像魔法ですら俺にとっては困難であるのは事実であるし。

 

「お隣、よろしいかしら?」

「……美人の頼みとあらば。断る理由がそもそも無いね」

 

 かけられた声に顔を向ければ美しい人がいた。整った顔立ちに肩口辺りで揃えられた白い髪。指先も整えられている。

 胸部は慎ましいけれど、女性らしい格好をしている。いい所の商人の娘さんかな。

 

「なにか?」

「いいや、綺麗だから見惚れていただけだよ」

「あら。口が上手いのね」

「正直者と言ってほしいね」

 

 見ていたことを咎められたので素直に返す。嘘は言っていない。真実として正直者でもないけれど。

 届いたエールを呷りながら隣に座る美人を変わらず横目で観察する。

 王都民が集まる酒場ではあるが、商人の娘が来るにしては珍しい。貴族の女である俺がそう評価するのも中々に変ではあるが

 

「ジロジロ見て、言いたいことがあるのなら言えばいいでしょ」

「美人を見て酒を飲むのは美味しいだけさ」

「人を肴にするのは構わないけれど、あまりいい気分ではないわ」

「それはご尤もだ。それじゃあ聞くけれど、どうして有力商人の娘がこんな場所に?」

「有力商人の娘? 私が?」

「違うのかい?」

「……なぜそう思ったか聞こうかしら」

「まずは手が綺麗だね。指先まで手入れしているのは流行に乗ってると言ってもいい。あとは所作だね。そうして料理を食べる時の礼節の節々に教育を感じる」

 

 貴族ではないだろう。貴族、ましてや淑女がこんな場所に来るはずもない。俺は棚に上げておこう。

 消去法的に彼女は商人の娘だ。それも貴族に対して商売をしているような有力商人の。

 学ばさせられたテーブルマナーが実に見事だ。骨の髄にも染みている。

 

「……仮にそうだったとして、貴方はどうするのかしら」

「特には。俺としては美人が見れて幸運だ、以外の感想はないね」

「そう……じゃあ貴族の息子である貴方はどうしてこんな場所に?」

「俺が貴族の?」

「違うのかしら。商人にしては髪が綺麗すぎるわ。それに、その手袋の材質もいい物でしょう」

 

 右手を隠すためにしていた手袋と髪質ね。所作と声は誤魔化せても確かに誤魔化せない。手袋は誤魔化せただろうけど、市に出てるような物だと関節が噛むんだよな。

 

「素晴らしい観察眼だ。感服に値するよ」

「自分に言っているのかしら?」

「まさか! これでも変装はバレたことがなかったからね。素直に驚いてるよ」

「私も同じよ」

 

 本当に驚いた。

 お父様はヘリオと一緒にいたのが原因だし、シャリィ先生にバレたのも魔力の都合である。

 こうして外見だけで貴族だとバレたのは初めてだ。アレクにもバレなかったんだけどな……。

 

「はじめまして、美しい人。俺はディン。君の予想では貴族の息子だ」

「はじめまして、胡散臭い正直者。私は……エルタ。貴方の予想では商人の娘よ」

「有力商人の、だろう?」

「そうやって出会ってすぐに探り出そうとするのから胡散臭いとも言ったのよ」

「なるほど一理ある!」

 

 この美女、面白いな。

 貴族だと予想してるくせに対等に喋ってくる。この世界の価値観ではなかなか無い価値観をしてる。

 ふーん、おもしれぇ女じゃん。

 何より会話が実に理性的である。魔法議会の爺共に見習ってほしい部分だ。

 

「それで、貴族様がどうしてこんな酒場に?」

「俺は放蕩息子だからね。酒を飲む以外に何がこの場所でできるんだい?」

「……私の口から言わせる気?」

「おっと失礼。戸棚にも品書きにも見当たらなかったから非売品かと思ったよ」

「よくご存知で」

 

 お互いに酒を飲みながら笑う。

 色街のようにちゃんとした場所ではなく、こうして体を売ろうとする人間は王都であっても存在する。国としての暗い部分であるが、今は冗談の材料だ。

 そういう冗談もしっかりと理解して、笑っているあたり、本当に価値観が有力商人の娘らしくない。実に欲しい。

 どうにかして囲えないだろうか。いや、決めるのは彼女自身だから変に手を回すことはないけど。

 

「そもそも貴方の予想では有力商人の娘なのでしょう?」

「そうだね。そんな娘さんが遊ぶ金欲しさに体を売るかもしれないだろう?」

「ぷっ、そんなことある筈ないじゃない」

「……それもそうだね」

 

 吹き出して笑う彼女を見ながら同意する。

 複雑な気持ちを酒で流し込んで、次の会話へと口を開く。

 楽しい夜が始まる。

 




エルタを欲しいとか言ってるディーナだけど、この姉にしてあの弟あり。です。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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