悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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85.悪役令嬢は作りたい!

「よく来たな! ゲイルディア準男爵!」

「この度はお会いいただきありがとうございます。ハウメル侯」

 

 でけぇしうるせぇ。

 恰幅の良さに比例するように声がデカい。

 座っているハウメル侯の後ろに立っている細身の男も耳を塞ぐことはないが眉間に皺が寄ってる。

 俺の後ろに立っているアマリナは普段通り涼しい顔の無表情だけど、音圧でびっくりはしてる。

 

 組合設立前に筋を通さなければいけない相手であり、珍しい利益を重視するような貴族である。

 社交界で目にした事はある。離れたところだというのに笑い声がよく響く男という印象であったけれど、王国西部にある商業都市の主であり、軍事と交易で成り上がった傑物である。

 

「侯の若かりし頃、商人へ直接交渉をされて軍費を抑えられたというお話。耳にした時、息を飲みましたわ」

「ガハハ! よく知ってるやがる! それで国の財務監の奴には今も睨まれているがな!」

 

 メルツ卿からしたら予算計画が崩されるし、自分勝手に動いたハウメル侯に対して罰則を施したいだろう。残念ながらこの傑物がその予測を越えて成功を収めているから睨むだけに留まっている。

 だからこそ、この傑物に筋を通す必要性がある。

 

「だが、あれは過去の事だぞ、ゲイルディア準男爵!」

「過去であれ、侯の先見の明には学ぶところがございますわ」

「ガハハ! 口も上手いな! 俺を褒めたところで何も出せんぞ!」

 

 褒めても何も出ないのは事実だろう。

 別にその為に褒めている訳でもないし、貴族としての形式である事はハウメル侯も理解している筈だ。筈だよな? 

 こういう手合いは情とかに訴える方が効率良さそうだけど、残念な事にそういうのは苦手だ。それに筋が通らない。

 

「で、要件はなんだ? 世辞を言うためだけに来たわけではあるまい。それだけでも気分はいいがな!」

「……アマリナ」

「はい、お嬢様」

 

 後ろに控えていたアマリナから組合草案を受け取って、直接ハウメル侯へと手渡しする。

 組合という組織の草案であり、ある程度現実に即したものに整えてはいる。教育機関のことは伏せているけど、将来というのは遠すぎるし、絵に描いた餅を巡って利権争いなど面倒極まりない。

 

 ハウメル侯は受け取った資料をパラパラと捲ってから後ろにいる彼の部下へ。おい、ちゃんと読め。

 

「で、細かいことはいいが、具体的なことはどうだ?」

「では具体的な事を。組合が発足すれば市場が安定し、安定した税収を見込めますわ。同時に商人個人からの献金や賄賂、便宜などは撤廃し、正式書面による契約を基礎とします」

「ほう。それでは俺の懐は寂しくなりそうだな!」

「短期的にはそうでしょう。けれど長期的に見れば一商人からの賄賂よりも、市場成長と安定による継続的で拡大する利益を得られますわ」

「なるほどな。で、どうだ?」

「……税制などは実務上問題ありません。ただし利益回収までの期間は留意すべきでしょう」

「だそうだ! 細かい数字のことはコイツに任せているからな!」

 

 ホントに実務丸投げしてんのかよ……。

 それならそれでこっちとしてはやり易いし、こうして面と向かってくれている時点で筋は通せているからいいけど。

 執務官を説得すれば、とも思う。そっちの方が効率がいいけれど、あくまで交渉相手はハウメル侯である事は間違ってはいけない。

 

「ふむ。では俺からは幾らか献金してやろう!」

「感謝致します。けれど、正式な契約書には融資と致しましょう。利息も正規でお支払いいたしますわ」

「献金であるなら利息なども必要ないぞ!」

「組合の内政における権限への介入は、お断りしておりますわ。バルド・ハウメル侯爵」

 

 しっかりと釘は刺させてもらおう。

 献金という形で貸しを作ればそこにつけ込まれる。融資という形にすれば正規の手順を踏めるから組合が発足した時に内政に触れさせないようにもできる。

 というか、抜け目ねぇな。油断したら食われそう。まあこっちは理論武装してきてるからある程度の要求想定はしてる。

 

「……ガハハ! 全名で呼ばれるなど陛下と財務監から叱られる時以来だな! なるほど、要求は飲んでやろう! 契約書はあるか? ゲイルディア準男爵!」

「こちらに」

 

 叱られるようなことをするなよ。とは現状で口が裂けても言えない。

 あの陛下が叱るなんて相当なことだけれど、この人はやるんだろうな、という嫌な想像ができる。たぶんした事は成功しているだろうけど、そこに至るまでの過程がメルツ卿からすれば怒髪天物だろう。軍費節約の為に商人に直接交渉なんてその筆頭である。

 

 スラスラと羽根ペンを走らせて契約書へ署名してくれるハウメル侯を見ながら、一息つく。問題なく筋は通せたし、こうして融資も貰えた。

 組合という制度発足は近くなった一方で、払わなければいけない利息と借入が増えているあたりは悩ましいけれど。

 

「でだ、この組織にはある程度商人も必要だろう! 俺から数人紹介してやろう!」

「ご配慮、感謝いたします。ですが、組合運営上の事情もありますので、最大でも二名までに留めていただきたいですわ」

 

 メルツ卿も1人寄越してくれるし、政治的なバランスもあるからあんまり多く紹介されると瓦解しそう。

 それにハウメル侯の紹介商人が多ければ多いほど組合としては安定するけど、公平性とかを主張できなくなる。本当は一人も紹介されたくはないけれど、受け入れないと後が怖いし。

 

「ほう、受け入れるか」

「侯がお選びになる方であれば、さぞかし優秀な商人でしょう。ただし、組合内での扱いは他の有力商人と同等の立場とさせていただきますわ」

「構わん構わん! 難しいことは任せるぞ、ゲイルディア準男爵!」

 

 政治とかわかってんのか? いや、わかんなかったらハウメル侯はこの立場にいないだろうから理解はしてるんだろうけど。

 利益を最大化しようとしてる動きかな。俺はそれを受け入れはするけど、咎めもしなくてはいけない。

 だいたい予想通りの交渉ではあるし、交渉としての主導権はこっちが持ってる。

 ハウメル侯の後ろに控えている執務官をちらりと見ても頷いてるから大丈夫そうか。

 

 俺が主張してる貴族に対しての公平性も理解してくれているし、こちらとしては痛い腹はそれほどない。

 これで横暴に要求を通しに来るなら断ればいいだけだし。それでも組合を上手く回すことは出来る。前途多難ではあるだろうけど。

 

「では、契約も纏まりましたわね」

「ああ! しかし、ゲイルディア準男爵。市場の安定を目指すというのならば()()()()()()()()()()()!」

「っ……」

「なに、安心しろ! 俺が代わりに教育機関を作ってやろう! ディーナ・ゲイルディア準男爵!」

 

 こいつ……! 

 気付いてやがった! 封建制度内の貴族は気付かないと想定した俺の落ち度ではあるけど。

 草案には書いてないからとぼけて誤魔化すことは出来る。ただそうすると将来的な筋が通せなくなる。認めればハウメル侯に商人教育の利権全てが譲渡されて将来的な組合将来性に亀裂が入る可能性が捨てきれない。

 どちらの回答も詰んでる。

 

 油断させられた俺の落ち度ではある。執務官からの言葉であるなら誤魔化せたけれど、ハウメル侯本人からの、しかも善意での発言だからこそ誤魔化しも否定も、肯定すらできない。

 上手くやられたっ! どうすればいい? ハウメル侯を信じて任せるには信頼も信用もない。

 顔を歪めてしまったのも問題だ。教育機関を作ると言っているようなものだ。クソが。

 

「ガハハ! 冗談だ! 稚魚を育てるより成魚を食う方が性に合ってる! 草案には無かったが、作るのだろう?」

「……ええ。今はまだ、草案にも記せない代物ですが」

「面白ぇ。土地は俺が貸してやろう!」

「……断れば?」

「俺が作ることになるな? ゲイルディア準男爵。お前の頭なら、俺とお前の競うことになるとわかっているだろう?」

 

 そしてどちらが勝つのかも理解してしまっている。

 冗談とか言いながらもしっかりと利権を取ろうとしているあたり老獪だな、このジジイ。

 図星を突かれた俺も悪いが、相手を見誤ったことが根本的に問題であった。

 油断したというよりは、慢心していたな。

 

「……はぁ、謹んで、お受けいたします」

「おう! まだまだ若いな! ディーナ・ゲイルディア!」

 

 その言葉を返したくもある。意味はまったく別の物になるけれど。

 将来の無形利権に投資をされるとは思わなかった。草案として形にしていれば投資される可能性もあったから削ったけど、それが裏目に出たな。

 わざわざ爵位を外して呼んだ辺りも厄介だな。

 

「他の馬鹿貴族共が教育機関に気付けば、俺の名を出していいぞ! 俺を敵視している連中もいるが、ゲイルディアよりも少ないだろうからな!」

 

 ガハハ! と笑いながらゲイルディア家を貶めるような言葉であるが、事実である。というか、ゲイルディアよりも敵貴族が多い家門はないと思う。

 だいたい裏で何かしら暗躍してると思われているからな、お父様……。俺もその例に漏れないが。

 それにハウメル侯の後ろ盾は非常にありがたい。

 他の貴族が教育機関に気付いてもハウメル侯を盾にして逃げれる。そういう意味でも土地を貸してくれるのはありがたい。

 けれど——

 

「——土地は貸すが、口を出すつもりはない。運営も方針もお前の好きにしろ」

「……本当によろしいのですか?」

「構わん! この組合とやらを考えれば、俺の名で縛る気はねぇ! 俺の執務官は渋い顔をしとるがな! ガハハ!」

 

 ……。どうにもやりにくい。

 こちらが言論として負けているのは理解しているけれど、ある程度譲ってくれている。

 手の平の上というか、一歩先を歩かれてるというか、知られている感じがする。陛下あたりが伝えているか? 

 そう考えるのが自然ではあるけど……。陛下がハウメル侯に利権の塊である商人教育機関に関して伝えるか? 考えにくいな。

 

「……相応の金額はお支払いいたしますわ。善意をお借りするわけには参りませんわ」

「当たり前だ! 無料で貸せば俺の面子も立たんからな! ガハハ!」

 

 それはそう。執務官も安堵の息を出してるし。

 善意に甘えて支払わないなど筋が通らないし、ハウメル侯に利益が入らないのは問題でもある。せっかく譲ってもらった利権問題を再燃させかねない。

 

「一応、お伺いするのですが。どうして草案にもない教育機関にお気付きになったのですか?」

「勘だ! 俺の勘はよく当たるからな!」

 

 じゃあ無理だ! 

 理屈の通じないそういう原理は無理! 閉廷! 解散!! 

 まだ陛下に聞いてる方が理解できたわ! 考えても無駄! 

 この人はこういう人で納得するしかない。そりゃぁメルツ卿も睨むわ。

 

 思わず溜め息を吐いてしまう。

 思い通りにいかなかったけれど、納得はできた。

 俺個人としては完敗であるけど、組合という立場で見れば最善と言い換えてもいい。

 ハウメル侯を教育機関の後ろ盾として。さらには融資と商人の紹介まで受けている。落とし所で考えれば最善であるし、これ以上はない。

 それを俺主導で行えなかったのは落ち度でもあるけど、それはそれである。

 

「それで、そいつはベリル人だろう」

「ええ。とても優秀な、私の従士の一人ですわ」

「……なるほどな! ガハハ! 面白れぇことをしようとしているな! ゲイルディア準男爵! だが、人はそう簡単に変われんぞ。首輪を外しても、痕は残る」

 

 ニヤリと笑いながら、俺のしようとしている事を理解し、注意をしてくれる。

 なんとも優しい人である。こういう人物だからこそ、彼の部下達は渋い顔をしていても彼に付き従うのだろう。

 準男爵の小娘がベリル人を連れ歩いている程度の認識だと思ったけど。まあ、教育機関に関しては何手か譲るけれど、コレに関しては譲れない。譲るつもりもない。

 

「ええ、重々に存じております」

「……そうか! なら俺から言う事は何もねぇな!」

 

 そう選択したのだから。相応の責務と苦労があるのは理解している。

 ハウメル侯の言葉はありがたいけれど、これは運命とかクソみたいな物ではなく、俺自身が選択したことなのだ。

 

 後ろにいるアマリナはきっと何の話かはわからないだろう。

 この辺りは説明していないし、たぶん言えばアマリナは納得はするだろうけれど、嫌な顔をするし。

 けれど、これは長期的に考えれば必要な事である。

 組合を発足しようとしている今、貴族たちと相対する今だからこそ、必要なのだ。

 

「他の貴族が俺のようだと思うなよ! ゲイルディア準男爵!」

「他の貴族が侯のようなら、国はこうなっておりませんわ」

「違いない!」

「それに、侯ような方がもう一人でもいたなら、メルツ卿の眉間はもっと深くなってしまいますわ」

「ガハハ! それはいかんな!」

 

 他の貴族もこれほどの人物だと考えれば頭を抱えるが、こういう人物が過半数なら俺は組合なんて作る必要性がなかった事が証明である。

 それにハウメル侯が複数人も存在すれば、メルツ卿は胃と頭を抱えて、眉間にもっと皺を寄せるだろう。

 悲しい事に、メルツ卿の胃と頭は守られてしまったのだ。

 

 

 

 


 貴族という地位の者たちは利己的で、自身の欲求には忠実であり、こちら——商人という職業、あるいは貴族ではない者全てに対して理解をせず、そして我らには利益を求めてくる。

 散々に苦渋を飲まされた。けれど切っては切れない商売相手である。

 貴族を相手にするようになって腹芸も上手くなった。大きな利益も得た。同時に貴族たちに命を常に握られている。握っているソレを命だと思わせない為の腹芸でもある。

 

 商売の仕組みも、原価も、何もかもを知らずに、まるで当然の如く利益を口にする。

 彼らの一言で、気まぐれで、容易く吹き飛ぶ。そんな商売仲間を何人も見た。明日は我が身である、と自分を律しもした。

 律した所で、貴族という存在の気分を損ねれば全てを容易く取り上げられる。

 大きく成功を収めれば妬まれ、小さな失敗をすれば切り捨てられる。

 

 生き残る為に様々な事をした。

 賄賂、裏金、贈り物は当然の出資。

 どの貴族に切り捨てられても問題ないように、複数の貴族との関係を持った。

 大きな利益を得れば、貴族様のお陰だと口にし、小さな失敗を隠蔽する努力も施した。

 正直者であった自分が随分と腹芸も上手くなり、耳障りのいい言葉を吐くようになったものだと、感嘆してしまう。貴族様々だ。まったくもって、不愉快極まりないが。

 

 

 そんな貴族たちの中でもバルド・ハウメル侯爵は特殊であった。異端と言い換えてもいい。こちらの事情を知りながらも、些か無理な注文をする事もあるが、筋は通してくれる。腹芸を看破してくる点は煩わしいが、理と利で会話ができる。

 信用しきることなどないが、特異であり、脅しもなく取引のできる大事な商売相手である。

 特異であり、異端であり、端的に言えば横柄であるが、横暴ではない。実に貴族らしく、決して貴族らしくもないバルド・ハウメル侯爵は例外に置くとして。

 

 

 ディーナ・ゲイルディア準男爵という貴族が現在の問題である。

 名と噂はよく耳にする。良評は少ない。少ないと言うのも世辞となるだろう。

 そのような悪評によって塗り固められたディーナ・ゲイルディア準男爵が自分に会いたいと申し出をしてきたのにも驚いたが、その内容もまた驚く内容であった。

 

 組合という組織を立ち上げる。

 単なる商会の延長ではなく、共通の利益を保つための調停機関である。

 草案は既に用意している。理念や機能、費用、分担、それらの草案を持ってきた。

 判断を急がずに、一考いただきたい。これは強制ではなく、可能性の提案でしかない。

 一月後、王都の外れにある売りに出されている館に。興味があれば。

 

 要約すればその程度の内容であったが、実に面白い()()であった。

 草案を渡した後も申し訳なさそうな顔を一瞬して、足早に商会から出て行ったのも印象的である。

 貴族達が語る悪評を加味せず、自分にある貴族像を重ねれば、ディーナ・ゲイルディアという女は実に厄介な貴族だと言えた。

 現実を理解し、商売という物をそこらの商人たちよりも理解し、金の流れを理路整然と草案として持ってきた。そして草案は今も私の手にある。脅しか、それとも信頼への一手であるのか。一介の商人である自分が実行できるか否かは度外視すれば、この組合草案は宝石よりも価値があった。

 

 厄介である。地位と権力で呼び出し、横暴に従わせてくる貴族と違う。貴族であるディーナ・ゲイルディア準男爵が自ら足を運び、頭を下げる事はしなかったが、選択を一介の商人である自分に委ねた。

 断る事もできる提案。断る事も惜しい提案。

 

 貴族の道楽にしては現実的すぎる。

 貴族の言葉にしては理想的すぎる。

 貴族らしい利益の独占が目的であるのならば、自分に会いに来たのも矛盾だろう。

 

 王都の外れにある館が彼女の物となったのならば、貴族の道楽である事を否定し、机上の空論を現実のものにしようとしている証明となるだろう。

 

 

 そして一月後の今。

 私はあの館の前にいる。

 

「ようこそおいで下さいました」

 

 褐色肌——ベリル人の給仕に案内されたのは、殺風景とも呼べる部屋であった。

 王都の外れではあるが、少なくとも貴族が住まう館という印象など受けない。調度品もそこそこに、忙しなく動き回る給仕人達が目立つ。

 貴族らしい見栄などない。あるのは円卓と複数の椅子。何人かは既に座り、他にも幾つか空席がある。

 そして、ディーナ・ゲイルディアの姿は無い。

 

 空いている席に座れば、僅かに椅子が音を鳴らす。よい椅子、という程ではないが、安物でもない。

 座っている商人達は各々が思い思いの顔をしている。何度か話した事もある商人もいれば、一度も会った事のない商人もいる。バルド・ハウメル侯爵と太い関係を持つ商人もいれば、オットー・メルツ卿と繋がりのある商人もいる。

 その誰もが、商人として成功を収めている。

 

「……ディーナ・ゲイルディア殿が利益の独占を狙っているのでは? 書面だけでは意図が測れん、という声も聞く」

 

 その懸念を口にしたのは、別の都市から来た老舗の織物商だった。

 書面だけ、という言葉を口にする時に私へと視線を向けたのは、私がディーナ・ゲイルディアと会ったという情報を掴んでいるからだろう。

 

「確かに、腹の内までは読めませんな」

 

 懸念には同意をする。

 慎重に言葉を選びながら、紅茶で唇を湿らせる。

 

「ですが、実際にお会いした限りでは、そういう印象は受けませんでしたな。むしろ……儲け話を語るというよりは、構造と筋の話をされる方でした。感情を見せぬ分だけ、却って誠実に見えた、というのが私の印象ですな」

 

 嘘を吐く必要などない。けれど、あくまで私は彼女と会い、組合草案を渡されただけ。これが重要であった。

 他の数人も私の言葉に注視していた事も考えれば、彼女は特定の商人にしか出向いていない。直接会談の機会を得た商人は多くない。その多くない商人の一人が私であった。

 

 ——特別扱いされる立場に酔ってはならない。

 

 表情に出さずに戒める。

 なぜ彼女が自分を選んだのか。その理由を断定することはできない。商圏か、発言力か。はたまた”ただ王都にいたから”かもしれない。

 だからこそ、必要以上に近づかず、離れ過ぎず、冷静に利益の秤を保たなければならない。

 

「まあ、慎重である越したことはありませんな。ですが、書面を読むだけでなく、読ませてきた意図もまた、ゲイルディア殿の計算の内でしょう」

 

 幾人かが考えるように唸り、視線を私から離す。

 この貴族の応接間とも言い難い部屋に入って来た時に感じていた敵意染みた視線は和らいだ。

 

 腹の内が見えない、と言ったのは本心である。

 こうして館を少しだけ見てわかる範囲もある。

 貴族の道楽などではない。彼女は——本気である。

 慎重にならなくてはならない。選択をする前に気取られては意味がない。

 信じているようには見せない。これが最善である。

 

 談笑という名の腹の探り合いは続き、その間にも名のある商人たちが部屋へと入り、そして椅子を僅かに鳴らす。

 誰もが同じ椅子であり、そして一つだけ空いた椅子もまた同じ椅子である。

 

「ごめんなさい、遅れましたわ」

 

 ふわりと金色の髪を揺らし、赤の服装をした女へと視線が集中する。

 その視線にも物怖じせず、堂々と歩き、彼女は空いていた椅子へと腰を降ろす。椅子が僅かに鳴った。

 その後ろには出迎えをしてくれたベリル人給仕ともう一人、同じくベリル人の男が控えている。

 

「どのような選択をするにしても、まずは集まってくれた事への感謝を。本来は皆様に直接お会いすべきでしたが……」

 

 そう口にしてから小さく息を吐き出したディーナ・ゲイルディア殿は僅かに目を伏せてから、その鋭い視線を我々へと向ける。

 

「建設的ではありませんわね。この場で語る意味もない。さて、アマリナ、ヘリオ」

「はい、お嬢様」

 

 彼女の後ろに控えていた二人が我々の前へと書簡を置いていく。

 ゲイルディアの家紋の封蝋がされた書簡が全員に行き届いたのを確認してから、ディーナ・ゲイルディアが口を開く。

 

「書簡をお開け下さい」

 

 封蝋を解き、書簡を開く。

 今はありもしない、そして今から作られる組合の憲章草案。規約、条文。

 大きな枠組みは組合の草案として全員に既に配られている。そして、今はその枠組みの中身が書かれている。

 沈黙の中で紙が擦れる音が響く。

 誰もが商人だ。この沈黙の中で動いているのは目と頭。どれほどの利益が出るか、どれほどの得があるか。そして損失になる可能性を算出していく。

 

「憲章草案を読みながらで構いません。まず私が提示できることは既に王都周辺の領地を持つ貴族達には交易、売買の許可をいただいています」

「領地の税はどうする?」

「憲章草案に記している通りに、発足した組合が請け負いますわ。ある程度は商人の皆様の利益からの運営資金として徴収致しますが、領主の税よりは安いでしょう」

「将来的に徴収率は増えるのか?」

「現状増やす想定はありませんが……改定するのなら、評議会での決定後、組合員の多数決に準じてもいいですわね」

「領主とした交易契約は口約束か?」

「文書での契約ですわ」

「その交易契約は一時的なものですかな?」

「一時的な契約ではありますが、組合が発足すれば長期的な利益となることは領主である貴族に説明しています」

「許可を貰ったというが、領主との利害関係は? 組合が利益を出し始めた途端に領主の態度が変わるかもしれんだろう」

「関係としては()()()対等ですわね。政治的な妥協もありませんわ。お互いに利益のある契約ですし。領主の態度が変わる可能性は否定しませんが、組合が利益を出し始めた段階で損失が大きくなるのは領主側ですわ」

「組合は傭兵団を持つ予定はあるのか?」

「将来的には。けれど直近としてはあまり考えていませんわ。契約傭兵を交代制として雇う方針ですわ。あまり大きな武力を持てば貴族から睨まれるので」

「王都周辺はいいが、他地域にまで商売を拡げた場合の護衛はどうする気だ」

「護衛に必要な最低限でしか動かす気はないけれど、その辺りの平均人数などは他地域の治安にもよりますし。それこそ詳しいのはあなた方商人でしょう。意見は聴き入れますし、当面は商人の安全確保を優先したい、というのが本音ですわね」

「帳簿の提出頻度の詳細はどうする?」

「最初期は七日毎で。価格推移や市場調査が主なので。ある程度の調査が済めば各月としますわ」

「個人名義や顧客情報は秘匿されるのか?」

「帳簿の写し作成時に秘匿とします」

「しかし、閲覧できねば不透明となりますなぁ」

「そうね。……組合加入者であるならば、名義や顧客情報を秘匿した写しは要申請で閲覧可能としましょう。評議員なら原本を。当然、申請はしてもらうけれど。口約束となりますが、憲章草案にも追記致しましょう」

「……将来的に王命や貴族会議などで解体される可能性は?」

「解体される可能性が無いとは言い切れないですわ。が、その頃には組合という組織は市場を掌握しており、市場崩壊との天秤となりますわね。陛下や貴族が愚かでないならば、存続の可能性の方が大きいでしょう」

 

 理路という言葉が人間となるのならば、この金色の悪魔と呼ばれる女となるのだろう。

 口にする言葉の一つひとつに後退の余地はなく、()()()()()()()ように代案も用意されている。

 信じ切るには、若すぎる。

 疑い切るには、整いすぎている。

 恐ろしい程に整然としている。

 まるでそれが()()のように。

 

「……ディーナ殿が不正を働くという可能性は?」

「不正などしない、と明言する事は容易いですわ。その言葉に何の意味もないからこそ、憲章草案には、組合長兼評議長となる私を罷免する手続きも明記していますわ。それが不十分というのでしたら、今この場で追記しても構いませんわ」

「罰則を死罪とする、も構わないと?」

「勿論。ただし、同様の責を問われる覚悟がおありでしたら」

 

 冗談のように声に出した商人が口を噤む。

 この場にいる誰もが手を汚している。そして隠蔽し、さらに手を汚している。

 誰もが口を噤んだ商人とディーナ・ゲイルディアから視線を逸らし、沈黙を貫く。

 

 

 ディーナ・ゲイルディアは少しばかり不思議そうに首を傾げてから、他の誰も追記事項を語らないのを確認して、口を開く。

 

「私は己を疑うことを前提に草案を作っております。私を信じろ、とは申しませんわ。制度を信じていただければ十分ですわ。それに、商人であるあなた方が組合を監視し、私を排する力を持つ。その状態が正常であるとも思っていますもの」

 

 笑みを浮かべ、そんな理想が当然のように。ディーナ・ゲイルディアは言葉を紡いだ。

 悪評をひっくり返すような言葉であった。だからこそ、ディーナ・ゲイルディアに対しての疑いの目はより強くなる。

 彼女の言う通り、彼女自身を信じる必要性はない。制度としての組合を信じればよい。その制度は彼女が作り上げたが、同時にこの場で組合へと加入をすれば変更もできる。

 そして彼女自身がそれを是としている。

 

 実に厄介な人だ。

 

「しかし、これだけの構想。膨大な金が動いているように見受ける。その資金の出処は……?」

 

 水を差すような問いであった。

 これまで即座に問いに答えていたディーナ・ゲイルディアの言葉が止まる。

 ほんの僅かに視線を落とし、溜め息を一つ。しかしすぐに目を上げて、その鋭い視線が声の主を貫く。

 

「この場でお答えすることは可能ですわ。けれど、そうすれば、あなた方は退けなくなりますわ。今この瞬間、選択の自由を失うことになりますわよ」

 

 それでも良いのなら、と笑みを浮かべて付け加えたディーナ・ゲイルディア。

 資金の出処を言えば、選択権が無くなる。故に言えない。裏があるから牽制をしてきたようにも取れる言葉である。

 貴族がここまで商人側に譲歩しておいて? 答えは否であろう。

 言葉通りに受け取ればいい。商人側の選択権が失われるのを嫌っている。そう考えるのが自然にも思える。貴族が? この人をただの貴族の枠組みに嵌める方が難しい。

 

「これ以上の質疑応答はありませんわね。では、組合に()()するのならば、この場でご署名を。そうでなければ、ご退室を。憲章草案は回収させていただきますわ」

 

 憲章草案の下部には、彼女の署名が既にされている。彼女は既に選んでいる。

 

「選ぶのはあなた方ですわ」

 

 そう。選択権はこちらにある。

 この組合という物を知ってから、ずっと。

 

 椅子が床を擦る音が響く。

 何人かの商人は立ち上がり、開いていた書簡を扉前にいたベリル人の給仕に渡して部屋を出ていく。

 彼らを臆病者だとは思わない。愚かだとも言わない。

 ただ静観を選んだだけである。彼らには彼らの計算がある。

 ディーナ・ゲイルディアを()()()()()と見て、その覚悟を読み違えたか、読み取れなかったか。あるいは、読んだ上で関わるのを避けたか。

 それもまた商人としての選択である。正否は、数年後に市場が答えを出すだろう。

 

 私は——グォル・イシュナーは筆を取る。

 

 この選択が誤りならば、私がこの()()()()()の覚悟を読み違えただけの話だ。

 商人稼業にはよくある事である。

 けれど、これがもし、本物だとしたら? 

 あの冷徹な青の瞳と、平坦にも整然とした言葉の奥にある熱量が、演技でなければ? 

 

 貴族の道楽だと、誰かは笑うであろう。

 読み違えていたのなら、見届けて、私も笑ってやろう。

 

 

 

 未だに座っている商人たちの前から二枚ある憲章草案の片方が回収された。

 

「片方は自身で管理を。反故にする気はありませんが、そうした方が武器にも盾にもなるでしょう」

「ちなみに、組合の事務方……記録管理や報告の取りまとめは、いかがなさるおつもりですかな?」

「それについては……そうね。評議員の皆様の中から信頼できる方を推薦していただければ、そちらを優先したいと考えていますわ」

「おや、我々に任せると?」

「監視の目を内側からも持つべきですもの。いかがかしら?」

 

 誰も否定をしなかった。

 回収された憲章草案を見ながら、やはり当然のように答えたディーナ殿は厄介な人間であり、自分を信じるな、と口にする人らしい判断であった。

 残った私を含めた六人の評議員となる商人たちを見ながら、ディーナ殿は少し考えるように唸り、口を開く。

 

「こういう時、あなた方商人を鼓舞し熱狂させた方がいいのだろうけど……そんな物は利益にもなりませんわね。だからこそ、言葉にしますわ。市場に規律と平等を。そして組合は利益と経済を回しましょう。その為に、私はあなた方商人を利用するわ。だからあなた方も存分に私を利用なさい」




組合憲章草案は活動報告にでも投げときます。

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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