「組合とやらは上手くいっているようじゃないか」
「ええ。まだ発足したての組織ですが、幸いなことに加入していただいている商人も多くて助かっていますわ」
紫白の長い髪。煙管の先から燻る紫煙。気だるげに、けれど細く開いた瞳が俺を愉快そうに見ているが、このボーグルという女がそういう人物である事は知っている。
こうして会うのは二度目になるが、初見で「随分と面白い」などと口にするような女である。おっぱいが大きくなければ許さない所であった。
紫煙の香りを嗅ぎながら、紅茶を一口。
組合が発足してそろそろ一月程経過するけれど、予定よりも順調に進んでいる。有力商人側——評議員達から事務方を捻出してくれたのは俺としてはありがたい申し出であったし、その事務方達も湯水の如く溢れる帳簿整理を手伝ってくれている。
職人の何人かも加入してくれたし、評議員以外の商人達も加入してくれている。あとは組合を安定させれば勝手に増えてくれるだろう。
「ボーグル、貴女も組合に入らないかしら?」
「ワタシがかい? ふむ……お断りさせてもらおうか」
「そう、残念ね」
「残念とも思っていない言葉をどうも」
盗品を扱っている商店を組合にいれてしまうのは問題が起こる。当然、組合長である俺としては参入させる事は容易いけれど、組合に入ってくれた商人たちに示しがつかない。
そういう部分を理解しているから断ってくれているのだろうし、これが冗談だと理解してくれている。
ボーグルは煙管を咥えて、細く紫煙を吐き出す。
俺の顔に掛かるように吹き出したのは、冗談への些細な反抗と受け取っておこう。
「それで、そんな冗談はどうでもいいのだけれど。ワタシに用があるのだろう?」
「ええ」
「今回は何かな? 君が組合という組織を作り上げて、市場を掌握して国を乗っ取ろうとしているから、それの手伝いと言ったところかな」
「まさか。私はただの貴族で、商人たちが自由に商売をできる基盤を作っているだけにすぎませんわ」
国の乗っ取りなんて考えてない。面倒だし。
以前までは、計画の一部ではあったけれど、それでも完璧な乗っ取りなどしなかっただろう。
それに組合なんて組織構造は誰かがきっと作り上げたものだし、俺でなくてもよかった。今必要なのが俺で、誰も作っていなかったから作っただけである。作ったからには相応の責任も付随するのが非常に厄介だけれど。
「ほう……つまらなくなったね」
「以前の私の方が面白いと?」
「比較するとね。今の君も実に面白いけれど、以前の君は実に、素晴らしく、愚かで面白く見えた。カチイの魔女……おっと、今はシエナだったか」
「その情報を徹底して消してくださる?」
「……ふむ、なるほどね。ふむふむ、報酬さえあれば。話の分かる奴隷商人でもいれば期間は短く済むだろうね」
「用意しますわ。具体的な期間は?」
「短く、と言っただろう? 君の希望はどうなんだい?」
「二年以内に」
「……報酬は高くなるよ」
「ええ。勿論」
言い値で払うつもりなので報酬関係はそれほど問題ない。話の分かる奴隷商人——元が付くけれどいる。
本当はゲビスを組合長に仕立て上げたかったのに、「なんか組合計画が思ったよりでかくなっちゃったテヘペロ☆」って言ったら顔を青くして単なる加入商人になってしまった。優遇するつもりはない事も言ったけど、なんでか頭を下げられてまで組合長という一番利益を享受しやすいポジションから逃げられた。なんでだよ。
それはそれとして。
ゲビスなら融通も利くだろうし、危ない橋は渡り慣れているし。その橋を俺も一緒に渡ってるので、叩いても壊れない石橋である。
それでも二年以内は短い期間らしい。もう少し前には出来ると思ったが……まあハッタリで値段を釣り上げてる可能性もあるけど、俺には出来ない仕事なので任せるしかない。
「ふむ、ついでにとある貴族の情報も集めてあげよう」
「あら。気前がよろしいですわね」
「勿論。ただし一つ条件があるけれどね」
「私の隣で良ければ席を準備しておきますわ」
「話がわかるね」
クツクツと喉を震わせて笑うボーグルを見ながら溜め息を吐き出す。話していてわかることはこの美女が他者を観測して、愉悦を食べている事ぐらいである。趣味の善し悪しを語る口など持っていないが、いい趣味とは言い難いだろう。
そんな相手に最前席を用意すると言っている俺も似たようなものだけれど。
「さて、では本題を聞こうか? 尤も、君の求める答えが返ってくるかはわからないけれど」
「人探しを頼みに来ましたの」
「……人探し。君ならすぐに見つかるだろうに、ワタシに頼むとはなかなかに面倒そうな依頼だね」
「私に出来ることなんて限られていますわ。組合も新設組織ですし、情報網も広いとは言い難い。それに事前情報が限られているので」
「ふむ……まあいいさ。受けよう。暇つぶしにはちょうどいいだろうね」
「では特徴を。頑固で偏屈だそうです」
「外見的な特徴は?」
「依頼者がこれだけしか言わなかったので」
俺のせいじゃないよ! エフィさんが悪いよ!
エフィさん曰く、生きているかも死んでいるかも分からない。けれど、俺に依頼してきたという事はエフィさんの中では生きているのだろう。死んでいたのなら、死んでいた、という報告も必要だろうし。
「随分な依頼者だね。そんな依頼、断れば良かったのでは?」
「丁度良かった、というのは随分ですわね。エルフの女王からの依頼ですもの、断りもできませんわ」
「エルフの女王? あの引きこもりのイカレ女が? 人間に依頼? いや、確かに君は人間というには随分と特殊だが」
「御友人とも言っていましたわね」
俺の追加した一言でボーグルはどうにも難しい顔をして、溜め息を一つ吐き出す。
引きこもりだと評価したと言うことは、ボーグルはエフィさんの事を知っているし、人間に依頼をしているのを疑問として口に出したので、エルフとしての価値観も理解している。エルフとしての価値観なのか、エフィさんの価値観であったかは置いておくとして。
「……それで、探してどうする気だい?」
「エルフの女王から受け取った物をお渡しするだけですわ」
「……呪いか何かか?」
「どういう関係でしたの」
「そういう関係ではあったよ。遠い昔の話だけれど」
そんな遠い昔の話を思い出しているのか、少し微笑んで、また難しい顔へと戻る。
仲はよかったのだろう。エフィさん側も悪くは思っていない。たぶん。
「貴女が件の探し人、ということでよろしいかしら」
「何をもって証明すべきか迷うところではあるけれど。エフィの真名でも言おうかい? 君の命は知らないけれど」
「エフィ様のお名前を聞けただけで十分ですわ」
エフィさんに殺されてしまうのでやめてほしい。
エルフの真名はそれだけの意味があるし、それの文化をしっかり理解している辺り、エルフに精通もしているのだろう。
「で、何を渡されたんだい?」
「森の葉を乾燥させた物です。御友人には必要な物、とは言っていましたわね」
「必要、と言っているわりには届けるのが遅すぎるけれどね」
匣を開き、中から一本の葉巻を取り出したボーグルは先を指先で切断し、指を押し当てて熱する。
ふわりと香る甘い匂いと煙が漂う。切断した方とは逆を咥えて、熱された先が赤く灯る。
「ふぅ……ようやく生きた心地がしたね」
「興味本位ですが、貴女はエルフではありませんのよね?」
「そうだね。君の瞳にはどう映っているかな?」
どうもなにも。葉巻のお陰か、それとも元々保有していたのかは不明だが、エルフと同等……いいや、普通のエルフよりも多い魔力量が見えている。
王都の危険にもなり得る魔力量である。討伐した方がいいと判断もできるが、殺すとなれば王都が廃墟にもなるかもしれない。
ニヤニヤと笑うボーグルは挑発的にこちらを見ているし、自分がどう見えているかも理解しているだろう。
「安心するといい。君が心配するようなことは起こらないよ」
「それはよかったですわ」
「何より、彼の遺したものだからね」
懐かしむように紫煙を吐き出したボーグルの感情を推し量ることはできない。
彼、と呼ばれる存在が彼女にとっては相応に大きいものなのだろう。
「ワタシは、そうだね。君にわかりやすく言えば魔力を糧にして生きている存在だよ」
「生物全てがそうなのでは?」
「そうだね。違いない。けれど、それよりももっと根源的なモノさ」
「……そんな存在がどうしてこの国に?」
「人は面白いからね。というのは、建前だね。本音でもあるけれど。言ってしまえば、単なる約束だね。契約でもなければ、命令でもなく、単なる約束だよ。約束した相手も遠い昔に死んでしまったけれどね」
頑固で偏屈。とエフィさんに称されているボーグル。どうしようもない見えない鎖が彼女を捕まえ続けているし、その状態から解放されようと思えばできるのにしないボーグル。
「彼の言葉通りに人を救おうとは思ったけれど、人は愚かだよ。見ていて面白いのは否定しないけれど」
「人は愚かですが、それ以上に可能性を秘めていますわ」
「そう。だから面白い。彼の思想を遺そうとは思ったけれど、変に転がってしまったのはワタシが人ではないからなんだろうね」
「……否定も肯定もしませんわ。人であっても予想通りなんて無理ですもの。人である限り無理ですし、神にでも無理ですわ」
運命であっても、神であっても。
どう転ぶかなど予想などできない。そう転んだ結果を運命と称することはできる。ただそれだけなのだ。
細く吐き出された紫煙が広がる。
短くなった葉巻を掌に押し当てて先を潰し、炎へと変換したボーグルは大きく呼吸する。
「確かに受け取ったよ。エフィにはワタシから伝えておこう。と言っても魔力も十分になったからあの引きこもりは気付いているだろうけど」
「エルフの住んでいる森からはかなりの距離がありますが?」
「あの女が耄碌してなければ気付くだろうね。それこそエルフなんて存在は知っている魔力があれば気付くものさ。引きこもりではあるけれど、あれでもエルフの長でもある」
だから、と言えばいいのか。シャリィ先生も俺の魔力に気付いたわけだし。血なのか、エルフという種族がそうなのか。リヨースがそんなに繊細だとも思えないのがネックではある。
「依頼に関しても受けようか。相応に金銭も要求はするけれど……そうだね。二年後の君が破産して路頭に迷う姿でも構わないよ」
「そういった予定はありませんわ」
「それは残念だね。とても残念だ」
残念とは言いながらも嬉しそうに煙管を咥えて笑うボーグルに眉を寄せる。
愉悦を食らう存在。魔力を糧に生きる根源的生物。右目で視える情報を整理しながら頭を抱える。
コレを御していた初代シルベスタ王は何をしたんだよ。契約にしても、約束にしても、あまり想像したくはない。如何なる代償を支払ったのかなど、考えたくもない。
筆を走らせる音と苦悶の声が響く。
組合と称される組織の事務として、元上司である商人から命じられた女性は優秀であった。
優秀であったから命じられた、と言い換えてもいいだろう。
優秀な者を集めた事務員たちである。誰もがそれを自認していたし、他者に対してもそう認識をしていた。同時に互いに監視目的もあり、誰もが抜け駆けしないよう——そして、いつでも組合から脱せれるように。
そんな事務員だからこそ帳簿整理を命じられたときは侮るなとも思った。
そんな物は今までもしていたことであるし、何より優秀である自分達にとっては簡単すぎる作業と言ってもよかった。
その簡単と思われた作業をかれこれ一ヶ月。
ある程度は慣れた。けれどもある程度である。
以前行っていた事務作業のなんと平和なことか。
整えられた数量。取引の内容。すでに整っていたものを確認する。それが帳簿整理だと思っていた。いや、そうであった筈である。
そして目の前にある帳簿整理と称された複雑怪奇な書類の山は何なのだ、と頭を抱える。今の上司であり、貴族である組合長は淡々と「帳簿整理」と言葉にするのだろう。
取引内容が書かれた帳簿は隔日で組合に加入している商人から届けられる。
当然として、所謂有力商人や、それに劣るがある程度の商才を開花させ商人として一人前と呼ばれるような商人達だけではない。それにすら劣る商人ですらこの組合に加入をしている。
事務員である女性はその事実の重要性、或いは厄介さを認識していなかった。
これが一月前の話である。
不揃いな単位。幸いなことに価格は恐らく正しく書かれているが、取引内容が見事なまでの主観である。
果実の個数であり、箱の数であり、麻袋の数であり、両手いっぱいである。
頭を抱える。これが少数の商人であったならば悩みの種でしかなかったが、残念なことに大多数の商人が帳簿の書き方という物を知らなかった。知る必要性が今までは無かった、と言い換えてもいいだろう。
そんな事務員としては非常に頭を抱える仕事が山のようにあり、山を崩せばまた山が増える。おかしい。減らしている筈なのに減っていない。
組合に加入した商人が増えている証明なのだが、この仕事量に対して人手が足りなすぎる。
優秀である事務員の女性は幾つかの紙束を抱えて席を立つ。
まだ仕事の山の半分程度しか終わってはいないが、区切りはついた。頭の中で残りの仕事を自分に割り振りながら、余白部分を作り上げる。
この一ヶ月で慣れてしまった作業であり、自分に課せられた仕事と自身の処理能力を考える。
一つ、息を吐き出して、新しい空気を体に送り込む。
扉を軽く叩き、応答を待つ。
「入っていいですわ」
扉の向こう側からの声に反応して、事務員は扉を開ける。
息が詰まるような空気。長椅子と机。その奥には重厚な造りの机があり、その上には自分と同等とも思える紙の山。
部屋の主である組合長は羽筆を走らせ、開かれた扉へと鋭い瞳を向けて、小さく息を吐き出してから穏やかに取り繕った言葉を紡ぐ。
「ご苦労様。受け取りますわ」
「どうぞ」
持っていた紙束を組合長である女貴族へと渡して、事務員は息を飲み込む。
見えてしまっている仕事量が自分よりもあることは即座に理解した。この一ヶ月で何度も見た光景でありながら、未だに慣れない。
女性は優秀であったが、天才でもなく、そしてこの組合長である女貴族のような常識外れでもなかった。
ディーナ・ゲイルディアはまさしく化物であった。
自身でもこの難解なる帳簿整理をし、事務員達から上がってきた帳簿を全て確認し、訂正し、間違いを伝え、更に事務として見ても頭を悩ませる数字の羅列を描き、組合長室として宛がった部屋には大きな羊皮紙に線が描かれている。
少なからず優秀だと自負をしていた事務員の矜持があっさりと粉々になったのは懐かしくも思えてしまう。
ほんの一ヶ月しか経っていないのに。
この化物はこれらの作業をさも当然のようにこなし、涼しい顔で余裕を見せている。
「組合長として当然の事をしているだけよ」とは組合長の発言である。貴族という皮を被った化物である。侮っていたのは我々の方であったし、敬意をもって接していたのはこの女貴族であった。
「組合長、少しだけいいですか?」
「ええ、整理しながらでも問題ない話なら」
「もう少し、人手を増やしませんか? 幸いなことに加入者も増えてますし、加入申請を捌ききるのも難しくなってきてます」
「そうですわね。市場価格の推移と予測も出来ましたし、帳簿整理は今より楽になりますわ。他者を教える時間も余裕も出来るでしょう」
「……」
市場価格の予想?
事務員は眉を寄せて首をかしげた。
おかしい。なぜそれがわかるのかが理解が出来ない。それもまたこの女貴族は「当然の事を当然としているだけ」と答えるのだが。
羊皮紙に新しく点を打ち、線を伸ばし、点を中心に上下に追加で線を描く。事務員からすればさっぱりわからない図であったが、ディーナ・ゲイルディアは目を細めてから次の書類へと手を伸ばす。
「人員を増やすことには賛成だけれど、どんな人間を増やしたいかの要望はあるかしら?」
「数字に強く、ある程度の処理を任せられる人材でしょうか……」
「無理ですわ。少なくとも、あなた達よりも優秀な人間が在野にいる可能性は薄いですし、貴女の言う数字に強い人間はあなた達と同等が要望でしょう? どこかの貴族の財務官を引き抜くなんて角が立ちますし、貴族に対して貸しを作るのも問題ですわね」
「……」
一ヶ月ほど顔を合わせて気付いたことがある。
この組合長はあまり表には出さないが自分たち事務員を信頼しているし、力量も認めている。
少なくとも今の言葉も、自分たちがそこらの貴族の財務官と同等の力量を持っている、と言われているようなものだ。
「他の事務員からもどんな人材が欲しいかを聞いておいてくださる? 全てとは言えないけれど、ある程度は要望に沿いますわ」
「わかりました」
「あと、幾つか計算がおかしい場所がありましたわ。処理が早くて助かっているけれど、正確さも必要ですわ」
「……はい」
会話をしながらも確認が終わったのか組合長は淡々と修正点を口にする。
書庫に戻しておいて、と改めて渡された紙束は自分が渡した物よりも多く、新しく任された仕事を作っていた予定の余白部分に差し込む。
「夜にはちゃんと帰るように。今日は私がずっといるわけではないので」
「新しい販路契約ですか?」
「……エレーナ・フィアデル侯爵夫人からのお茶会への呼び出しですわ」
ややげんなりした顔で組合長が口にして、事務員はああ、と納得する。
他領地への契約へ出向くときは淡々としながら感情をあまり表に出さないが、こうして嫌そうにしている所は実に人間らしく思えてしまう。
「新しく入った職人が持ってきていた香水がありましたわね。纏まった数を持っていきますわ」
「手続きをしておきます」
「……ええ、お願いしますわ」
左手に持っていた羽筆を置いて、ニヤリとまるで悪の女のように笑うディーナ•ゲイルディアは満足そうに立ち上がる。
「私への仕事は積んでおいて構いませんわ。人員補充の要望は早めにお願いしますわ。空いた時間に協議しましょう」
「伝えておきます」
事務員を一瞥して、ディーナ・ゲイルディアは赤いドレスを揺らしながら部屋から出る。
当然の事を当然として熟す化物。貴族からの噂で悪評が塗れている悪の女。
ディーナ・ゲイルディアという貴族がどういう者であるかを実感する。けれども、それが本性であるとも思えない。
事務員は一つ、深呼吸をして、仕事へと意識を向ける。見限るにしても、まだ期間はある。
まだ一ヵ月しか経っていないのだから。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん