悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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87.悪役令嬢は帰りたい!

 馬車が揺れる。

 色々と起こることを想定していると眉を寄せたくなる。はっきりと言えば、非常に面倒くさい。行かなくていいならば行きたくない。

 とはいえ、俺を招待したのがエレーナ・フィアデル侯爵夫人なのが問題である。

 

 準男爵である俺が断れば、向こうの面子も潰れるし、潰した俺にも責任が問われる。

 組合が設立してなければ適当な理由……主にリゲルとの婚姻破棄問題とかを引き合いにして逃げたが、組合長という立場がそれを許さなくなった。

 貴婦人たちを見るだけならいいが、その貴婦人たちの大半はゲイルディアを毛嫌いしているし、俺という突く所の多い人間は話題の的にしかならない。慣れているが、好き好んで嘲笑の的になどはなりたくない。

 

 さらに言えば、お母様側……ゲイルディアの所属する派閥なら嘲笑も幾らかは鳴りを潜めるだろうけど、エレーナ侯爵夫人の派閥は見事に敵対派閥である。あまり社交界に精通してない俺でも知ってるぐらい、お母様とエレーナ侯爵夫人の不仲さは噂されている。

 お母様は普段怖い顔でぽやぽやしているが、エレーナ侯爵夫人の話になると怖い顔が大変恐ろしい顔になる。笑顔ではあったけれど。

 

 何にしろ、エレーナ侯爵夫人がどんな人物かは会わなければわからないし、他人の評価で決めつけるのも変な話である。正しい人物評が俺にできるとは思えないが、正しくなかろうとそれはそれである。

 

「で、ヘリオ。何度も言っているけれど」

「へいへい。オレは邸宅に入らない。積んでる箱を運んで馬車で待機。お嬢の影にも入らない」

「よろしい」

「……アマリナでも良かったんじゃ?」

「アマリナは黙って私の影に入るでしょうし、お茶会で私が嘲笑されたら怒って出てきそうでしょ?」

「オレなら我慢できるみたいな言い方ですねぇ」

「貴方のそういうところ、好きよ」

「……はぁ」

 

 なんでため息をつくんだよ。遠い目するな。ちゃんと前見て馬を操縦しろ。

 貴族らしい馬車には似つかわしくない木製の飾り気のない箱と一緒に俺は揺られる。

 箱の中に入っている香水は職人が作った物だし、毒物が入っていないことは自分で確認済み。

 俺としての今回の目的は香水の営業である。というか、そういう目的がないと社交界など真っ平ごめんである。断れないなら断われないなりに理由を作ればいい。

 魔術で減圧した乾燥させた花弁を緩衝材として詰め込んだし、生花同等の香りはあるし、保存もきく。乾燥自体は上手くいっているけど、エレーナ侯爵夫人がそれを好ましいと思うかは別である。

 要は他の貴婦人も巻き込めるインパクト欲しさでもあるし、嘲笑の的以外の話題提供もすべきだろう。

 

 思い付きとはいえ、減圧とかいう労力も割いてるから、緩衝材という名目でエレーナ侯爵夫人の使用人とかが上手く使ってくれれば御の字である。処分されるなら処分でかまわない。

 香水瓶をそのまま贈れればいいのだが、使用人と主が同じ物を使っているとわかればこれまた貴族的な面子が……。

 面倒すぎる……面倒すぎるぞ貴族社会……いや、知ってたけどさ。

 

 なので、これは単なる緩衝材である。ディーナ・ゲイルディアは他所様の使用人に贈り物などしないし、ただ緩衝材を上手く使った使用人が凄いのである。そうだよなぁ! 

 

 

 


 

 

 花の香りと紅茶の匂い、厚い絨毯が足音を飲み込む。

 貴婦人たちの談笑が囀ずり、笑みが笑みを映しては広がっていく。

 エレーナ・フィアデルはそれを笑みを湛えたまま眺めていた。

 華やかに笑う女ほど、心の中で誰かを値踏みしていることを知っている。自分がそうであるように。

 

 茶会には、敵対派閥の婦人たちも招いている。

 対立を避けるためではなく、己の立場を示すために。どの派閥も一人は顔を出しており、その中で誰が誰と手を取り、誰が沈黙をするのか。

 それを見るのが、この催しの本当の目的であった。

 すべてが退屈な政治の縮図だった。

 けれど、その退屈こそがエレーナの庭であり、彼女の武器だった。

 

 旧知であり、求敵であり、共栄であるイザベラ・ゲイルディアがいれば、一層この場も()()()()だろう。

 

 内心でエレーナは溜め息を吐き出した。

 

 

 貴婦人の囀りが、”何か”を見つけ、ざわめきが波紋のように広がる。

 囁き声がいくつも重なり、エレーナの耳へと届く。

 

 赤の衣服が目に映る。

 ——商人の真似事をしている下賤な貴族。

 囀りが嘲笑へと変化する。

 

 金の髪が揺れる。

 ——淑女らしくもなく魔法へと傾倒した悪女。

 嘲笑が重なり、絨毯に広がる。

 

 青い瞳がエレーナを捉える。

 ——王子から捨てられた女。

 あの女を幻視する。

 

 囀りが一瞬、止む。

 

 イザベラに似た、美しい金髪。

 イザベラのように、完璧な笑み。

 イザベラとは違う、冷たく澄んだ鋭い青。

 イザベラと重なるが、確かに違う。

 

「お招き頂きありがとうございます、エレーナ侯爵夫人」

 

 ディーナ・ゲイルディアは、美しい所作で一礼をした。

 エレーナ・フィアデルは、緩やかに立ち上がり、胸の奥の笑みを華やかな微笑みで覆い隠した。

 

「ええ、ようこそ。ディーナ様。こうした場にお姿を見せるのは、久しぶりのことですわね。だからこそ、お越しいただけて嬉しいですの」

「まさか。私がエレーナ様の誘いをお断りなどしませんわ」

 

 エレーナから見ても、ディーナは見事に笑顔である。

 ディーナ・ゲイルディアを招いたと聞いて、何人かは顔を見せなかった。

 エレーナにとって、それは予想の範疇であった。

 社交界においての腫れ物。リゲル殿下に捨てられ、魔術という新しい物を作り、そして組合を興した女。

 

 そんな女へと視線を向けているのはエレーナだけではない。

 他の貴婦人たちも、同じように視線を向け、囁きを交わしていた。その囁きが、わざとディーナの耳へ届くように流されていることも、エレーナにはわかっている。

 

 口々に囁かれるそれらは当然ディーナを目の前にしたエレーナにも聞こえている。

 ディーナが動く前にエレーナは咳払いの一つでもして止める事もできる。

 庇護などという善意で動けば、すぐに肩入れと勘違いされてしまう。

 

 だからこそ、エレーナはディーナを注視していた。

 この茶会の主として。均衡を守る貴婦人の一人として。

 

 けれど、ディーナは笑みを浮かべるだけである。

 視線はエレーナだけしか見ていない。 囀ずりなど聞こえていないように、口が開かれる。

 

「ご招待に預かりましたので、心ながらのお礼をお持ちいたしました。運ぶには少し手がかかる品でしたので、エレーナ様のご厚意をお借りいたしました」

 

 身に覚えのない厚意にエレーナは眉を寄せる。

 だがすぐに、自身の使用人がディーナの後ろから出てきた事で納得をした。

 

 使用人が持ってきたのは女性が抱えられる程度の箱。この貴婦人のお茶会においては不釣り合いな無骨とも言える木製の箱。

 囀りが強くなる。やはり下賤であると。商人の真似事だと。

 失笑にも似た囀りが聞こえるが、それでもディーナは一切の反応を見せることはない。

 

 ディーナが箱へと手を掛け、蓋を開ける。

 

 甘い香りが、箱の縁からこぼれた。

 花園を思わせる濃密な香気が、風に乗るように広がっていく。

 囀りが止み、視線が、息が、香りへと奪われた。

 

 ──たった一つの箱が、場を支配した。

 

 ディーナは箱の中からひとつの瓶を取り出し、卓上へとそっと置いた。

 透明な硝子の中に淡く揺れる液体。光を受けて、瓶の表面に彫られた繊細な模様がきらりと煌めく。

 花弁を象ったその意匠は、見る角度によって印象を変える。

 

「……これは?」

「……、組合に所属している職人が作った香水ですわ。とてもいい香りでしたので、お持ちいたしました」

 

 僅かに何かに詰まったディーナ・ゲイルディアをエレーナは静かに観察する。

 そう、()()が目的だったのだろう。嘲笑すら計算し、この場を香りで支配してみせた。

 自身がどのような立場であるかを理解し、それすらも覆す準備をした。計算高い女——母であるイザベラ・ゲイルディアを思わせる振る舞いである。

 微笑みを携え、まるで自然を装い、場を支配してみせた。

 

「まだ幾つか、同じ箱がございます」

 

 使用人からの耳打ちにエレーナは目を細める。

 この女(ディーナ)はこの茶会を支配し、この香水を売りつけに来た。

 これは商談だ。

 茶会を、まるで市場のように扱う。

 ……けれど、ここは貴族の庭。主は自身である。

 主導権を奪われたが、それは悪手でもある。下賤である、と自ら喧伝しているような物だ。

 

「他の方もお気になるようですし……お配りして差し上げたら?」

 

 笑顔を強く浮かべて、エレーナはディーナへと()()をする。

 自身が主催である事を忘れるな、と牽制を言葉に置き換える。

 そんな牽制も分かっていたように、計算され尽くしていたのか、ディーナは言葉を返す。

 

「全て、エレーナ様へとお贈りした物ですので、ご随意に」

 

 完璧な一礼であった。最初からそうするつもりであったように。

 譲られた。会話の主導権も、この場の主導権も。あっさりと。容易く。

 

「──皆様にも、少しお分けいたしましょう。ディーナ様のご厚意ですわ」

 

 使用人へと合図を送り、幾つかの香水瓶を貴婦人たちへと配るように指示する。

 先程まで嘲笑を映していた口元は香水への興味へと変化していく。

 一礼をした後のディーナは興味が無いように広間の端の席へと座り、中心から離れている。にも関わらず、ディーナの元へ、香水の入手方法を訪ねる貴婦人も幾人か。

 その何人かは嘲笑を口にしていたというのに、臆面もなく、ディーナへと声をかけている。

 

 どの派閥に与するのか。

 ディーナの言動を目の端で捉えながら、エレーナは思案する。そんな心配をよそに、ディーナは「組合を通していただければ」「詳しいことは、商人紛いですので」「融通することはできませんわ」と、どの派閥に対しても同じ返答を行っている。

 イザベラ・ゲイルディアが所属している派閥であっても。

 

 エレーナは表面に出さないように安堵する。

 意匠の施された香水瓶も素晴らしい。扇に移した香水の香りも、素晴らしい。

 けれど、この場でディーナが提示した価値は物品ではない。物品など、買えばいいだけの物だ。

 この茶会で自分以外に何人が気付いているのか。片手で数えられる程度であるだろうし、本質を手にする事ができるのは自分だけである。

 

 箱に詰まった、花を取り出す。

 乱雑に詰められていたはずなのに、形が保たれている花。香りも残っている。しかし、生花ではない。

 そして乾燥した花ならば香りは飛び、触れれば崩れる。そうでもない。

 

 生花では腐る。乾燥させれば崩れる。けれど、これはそうではない。

 長く、美しさは残り、香りも残る。

 それがどれほどの影響力を及ぼすか、エレーナは即座に理解できた。

 これが社交界に出回れば、贈答の常識は塗り替えられる。

 誰が最初に手にし、誰に贈るか。その順番すら、力になる。

 そんな恐ろしい物を容易く渡してきたディーナであるが、自分に平服した訳ではない。

 あくまで平等を謳い。公平に装い。中立を貫いている。

 

 どう育てれば、娘をこうできるのか。エレーナはイザベラに直接問いただしたくもあった。

 頭に中のイザベラ・ゲイルディアは変わらぬ底冷えする笑みを浮かべながら「普通に育てただけ」などと宣うのだけれど。

 そんな頭の中にいる女の影は、現実に存在しているディーナに重なることはない。

 華やかな香りへ、エレーナは目を細めた。

 

 

 貴婦人たちの興味が、香りから別へと移り変わる。

 好奇な笑みがクスクスと広がり、エレーナの耳へと届く。

 

 淡い黄色の衣服が含み笑いに押し出されるように、エレーナの前で揺れた。

 エレーナを瞳に写して、慌ただしく自身の黒髪を直し、アサヒ・ベーレントはたどたどしく、取り繕った礼をした。

 

「お、お招きいただき、ありがとうございます。エレーナさ、様」

「ようこそおいで下さいました。ふふ、歓迎いたしますわ、アサヒさん」

「はい!」

 

 汚れも知らない笑みをアサヒは浮かべ、エレーナもつられて微笑む。表面上は。

 所作や言葉の辿々しさは理解できないが、納得できる。仮にも貴族の令嬢であるなら、仮にも王子の婚約者であるなら、とも思うがエレーナにしてみれば、些事であった。

 

 誰が呼んだ? 

 少なくとも自身は呼んではいない。何かしらの思惑が働いている。アサヒ・ベーレントという人間はそれに関与していない。

 これはエレーナの単純な人物鑑定でしかなく、間違っているかもしれない。けれど、関与しているのならば、随分な演技であった。

 

 問題は、広間の端で紅茶を嗜んでいる女である。

 香水によって場を支配しながらも、末席へと自ら移動した女、ディーナ・ゲイルディア。

 ディーナとアサヒの仲が険悪なことなど、貴族の端くれで所作も言動も辿々しい人間ですら知っている。

 

 エレーナの視線がアサヒの肩越しにディーナを捉えた。同時に、ディーナの視線がエレーナへと向けられる。

 アサヒを自身と同席させるなんて、という咎めている視線ではない。何かを観察するような、怒りすら、憤りすら、何もない視線がエレーナへと向けられ、逸らされた。

 ディーナはエレーナに見られながら、アサヒへと視線を向けることもなく、静かに紅茶を嗜む。

 

 問題を起こすつもりはない。

 目の前に婚約者……リゲル殿下を奪った相手がいようが、感情を露にして茶会を潰すつもりはない。

 計算高さを裏打ちするように振る舞っているディーナを見つめてエレーナは笑みを扇で隠した。

 そうであるならば、なにも問題はない。

 この純真で無垢な少女に社交界の手解きをするのも悪くはない。

 

 エレーナはアサヒを自身の近くの席へと促して観察する。

 会話の主導権など、他の貴婦人たちに委ねてしまえばいい。口々に向けられる好奇の問いは噂好きな貴婦人たちの餌にもなるだろう。

 

「アサヒ様は普段どのようにお過ごしになっていらっしゃるの? 王宮での生活にはもう慣れましたの?」

「え、えっと……その、まだわからないことが多くて、王宮の方が色々教えてくれて、助かってます」

「王子殿下はとてもご多忙と伺っておりますけれど、お隣で支えておられて何かお分かりになったことはありまして?」

「いや、その……えっと、リゲルのしていることは私は、あんまり……。そ、その、詳しくはわからなくって」

 

 言葉は随分と選ばれていたが、用意されていたであろう言葉であった。それにしても稚拙とも言えたが。

 いい淀みはしたし、答えとしては問題にはならない程度。王子殿下を呼び捨てにしたのも、彼女の純真さや無垢さが原因であろう。

 エレーナは彼女の教育係にわずかに同情の念を向けた。向けるだけで言葉にもしないけれど。

 

「ですが、王子殿下の婚約者として、アサヒ様ご自身はどのような目標をお持ちなのかしら?」

「え、えっと……」

 

 目標、目標、とアサヒが呟いている姿を愛くるしい物を見るようにエレーナは見つめる。

 元婚約者であるディーナとは真逆と言ってもいい。明るく柔らかく。そして無垢である。

 

 準備されていた言葉ではなく、今ここで急いで準備したのか、アサヒはようやく口を開けた。

 

「その……わたし、まだ難しいことはよく分からないんですけど……。でも……リゲルと一緒に、もっと……たくさんの人が笑って暮らせる国にしたいんです。困ってる人がいたら助けられるような……えっと……たとえば……奴隷の人たちみたいに“本当は自由に生きたい”って思ってる人たちが、ちゃんと自由になれる国にしたいと思ってます!」

 

 アサヒ・ベーレントは真っ直ぐに質問をしてきた貴婦人へと瞳を向けて、答えた。

 出てきた言葉が、声が大きくなるにつれて、広間は静まり返り、誰もが口を閉ざす。

 耳がいたくなる程の沈黙が広間を支配し、空気が凍りつく。

 

 

 

「ぷっ、アハハハハ!」

 

 凍りついた空気の中、たった一人だけ臆面もなく笑う。広間の端で、金の髪が揺れ、笑う。

 

「ふふ、失礼、けれど、フフフ、アハハハハ!」

 

 集まった貴婦人たちの視線へ謝罪を口にするも、ディーナ・ゲイルディアはまた思い出したように笑う。

 広間の端の席から立ち上がり、伸びた背筋をそのままにアサヒが座る席へと歩く。

 

「失礼しましたわ、アサヒ様。随分な理想……いえ、理想というにも憚られる夢物語を口にしていましたので」

 

 形だけの謝罪であるのは誰もが理解した。

 アサヒが口にした目標を理想だと、夢物語だと否定してみせた。

 小馬鹿にするようにクスクスと笑い、鋭い青の瞳がアサヒへと向けられる。

 

「奴隷たちを解放して、どうするつもりかしら?」

「それは、自由に生きて……」

「自由というのは責任が伴いますわ。……仮に彼らがそう願い、叶えたとして。その後はどうするのかしら?」

「それは」

「彼らの住む家は? 彼らはどうやって金銭を稼ぐのかしら? 彼らはどうやって生きていくのかしら?」

 

 アサヒが言葉を整える前に、ディーナは淡々と言葉を吐き出した。小馬鹿にするでもなく、怒りを伴っているでもなく、ただ淡々とした事実を口にしている。

 アサヒは真っ直ぐにディーナへと視線を返し、口を開こうとした。

 

「それは国が」

「──―国が全てやる、などとは言わないことですわね」

 

 声は重ねられるように封じられた。

 ディーナは咎めるようにアサヒを睨み、気が済んだのか周りの貴婦人たちへと視線を流し、この茶会の主催であるエレーナで視線を止め、美しいまでの礼をし、頭を下げる。

 

「茶会で政治の話をしてしまい、申し訳ございませんわ」

「……ディーナ様も、組合などでお疲れなのでしょう。少し休まれては?」

「……、ありがとうございます。失礼いたしますわ」

 

 僅かばかりに言い淀んだが、ディーナはエレーナに再度一礼をし、踵を返した。

 

 さて。とエレーナは去るディーナの背を見つめる。

 噂話と事実で飾られたディーナ・ゲイルディアという女であったならば、ただ単純に気に食わないアサヒ・ベーレントを説き伏せ、優位に立った。同時に茶会の節度を壊しかけた事への形だけの謝罪である。

 実際に感じたディーナという女であったならば、気に食わないアサヒを放置していただろう。自分がなにもしなくとも勝手に評価が落ちるのだから。けれど、わざわざ否定し、嘲笑し、衆目を集めて説き伏せた。結果として茶会は壊れずに済んだ。

 

 エレーナは扇で口元を隠し、今しがた閉じられた扉へと視線を向ける。

 どちらにせよ、結果としてディーナ・ゲイルディアに借りができてしまった。

 何を要求されるのか。彼女の動向を調べ、先手を打たなくてはならない。繋がりを絶たれる方が問題であった。

 

 そう思考しながら、エレーナは今にも飛び出していきそうなアサヒに声を掛ける。

 

「アサヒ様、ディーナ様はご自身の非を認めてご退出されましたの。主催として、これ以上の混乱は避けたく思いますわ。どうか、この場は私にお任せください」

 

 笑みを携えて、決して断れないようにエレーナはアサヒを止めた。彼女の教育係に、同情ではなく叱責の言葉を吐き出したくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「予定より早かったですね」

「出してちょうだい」

「へいへい」

 

 馬車に乗り込んだディーナは自身の従者へと端的に指示を出す。

 

 

 暫くして、ようやく、ディーナは両手を天板へと向けて伸びをする。

 

「アサヒのお陰で早く帰れるわ」

「……お嬢、また何かしたんですか?」

「なんで私がする側なのよ」

 

 そりゃぁ、お嬢ですし。とヘリオは悪びれもなく答えたが、ディーナはそれに対して怒りもしない。

 流れる街を見ながら、ディーナは口を開く。

 

「ヘリオ。もし奴隷から解放されたら、どうしますの?」

「お嬢の側にいるのは変わんないでしょうね」

「そう。愚問だったわね」

 

 ヘリオの答えにディーナは口元を緩める。

 確認のような質問であった。ヘリオにとっては当然の答えであるし、何度でも同じように答えられる。

 

「それでお嬢。あの緩衝材に使ってた花、凄い香りでしたね」

「ええ、そうでしょう。徹夜で減圧乾燥用の箱を作った成果ですわ。減圧箱と便宜上言いますけど、仕組みは単純でも組んでいる魔術が実に繊細で──」

「そういう部分は先生寄りなんですよねぇ」

 

 長々と続く説明をため息混じりに聴きながら、ヘリオは前を向いて愛しの主を館へと送る。

 この語りをさせなければ働き者すぎる主は仕事場へと向かうことをヘリオはわかっている。

 悲しいことながら、自分はこの主に頼まれると弱いのだ。

 長々とまだ終わるようすのない語りを聴きながら、ヘリオは適当な相槌を打ち、馬を操縦するのであった。

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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