この円卓はディーナ・ゲイルディアの理想の体現であった。
平等。公平。彼女が理想とする組織。我々に求めている物。
以前の会話で見えたディーナの根元の片鱗。探りを入れたが、それでも読み切ることはできていない。
あるいはアレが全てであったか。
どちらにせよ、グォル・イシュナーはディーナ・ゲイルディアという存在を買っている。
思想も、理想も、その思考も。
言葉だけではなく、行動も伴う彼女に僅かばかりの疑念はあるが、敬意もある。
利他的な人間を信用できないと言いながら、利他的に行動をしている自己矛盾の女。或いは商人の為というこの組合という組織も彼女にとっては利己的な組織であるのか。
そんな利己が利他となるディーナを横目に見ながらグォルは渡された資料へと目を落とす。
フィアデル領の自由交易許可。
ディーナ・ゲイルディアが組合へともたらした朗報。
以前は懐疑的な視線や苛立ちであった視線は彼女を歓迎する物へと変化した。
随分と現金なものだとも思う。人によっては嫌悪すらする変化であったが、当事者であるディーナがそう感じない事をグォルは理解していた。
言葉で聞けば「商人だから当然」と返してくるだろう。ディーナという女はそういう人間であるとグォルは理解している。
自由交易許可という商人にとっては実に好ましい朗報を喜んだのは、カルダ・メースとラネー・フォージの二名。
普段は怒鳴り散らすベルデン・ドレトスですら口端を上げた。
「イシュナー殿、何か言いたいことでも?」
「⋯⋯まさか。とても喜ばしく思っておりますよ」
「年寄りは何でも疑う。あのイシュナー殿も例に漏れず、というわけだ」
「ふむ、ドレトス殿ほど精悍な男と比べられても困りますな」
ドレトスからの売り言葉は買うこともせず、グォルはディーナへと向けていた目を細める。
自由交易許可。商人から見れば垂涎物であると同時に、多大なる制約が付き纏う。
ただの喜ばしい朗報は表向きである。同時に貴族社会というものの片鱗を知るグォル自身とエルノ・グリュン、カロリナ・カレントはディーナへの観察を強めてしまう。
ディーナ・ゲイルディアは何を支払って、これを勝ち取った?
自分たち商人には見えない部分。見ることなどできない部分。恐らく何かを支払った筈である。
そうでなければ、準男爵でしかないディーナという存在に対して裏側で大きな力が働いている。
そう思わなければおかしすぎる。
裏側で大きな力が働いているのならば、それらが商人や市場安定を重視している事になる。だが、今までの貴族社会によって否定されている。
ディーナ・ゲイルディアはフィアデル家へ何かを支払った。その代償を言わずに、結果だけをこの場で伝えた。
だからこそ、何も言うことはない。聞くことはない。
彼女自身が、組合長であるディーナ・ゲイルディアが言わないのだから。
「それにしても、もう少しこの税額はどうにかならなかったのか?」
「⋯⋯私もそう思うわ、ゲイルディア様」
ディーナを非難するように口にしたドレトスに次いで、よく彼と言い争うカルダですら、嫌な顔はしていたが同意を示す。
自分が矢面に立たないが故にベルデンは軽々とディーナへと言葉を叩きつけられる。
確かにフィアデル家が提示してきた税額は高い。他の交易許可を出している領主よりも高い。
けれど、自由交易の許可であるならば実に妥当な金額だ。
フィアデル家の財務担当は正しくコチラを見ている。
「そうね。確かに⋯⋯税額に対してはフィアデル家へお伺いをたてるわ」
「ああ、是非そうし――」
「あまりにも安すぎるもの」
ディーナの一言でグォル自身を含めた評議員の空気が凍る。
ディーナはディーナで数秒の沈黙に気付いたのか不思議そうに顔を上げる。
噴き出したのはベルデンである。
「何を考えているゲイルディア卿!」
「ゲイルディア様は組合の味方ではないのですか!?」
「組合の味方であるのは当然ですわ。ただ貴族が敵ではなく、商売相手だからこそよ」
吠えたベルデンとカルダを窘めるように、ディーナは言葉を紡いだ。
ディーナの様子に溜め息を吐き出してから、静観していたカロリナが口を開く。
「それでも安い、とまではいかないわ」
「そうかしら? 今の組合の規模でも安く見積っていると思いますわ」
「⋯⋯フィアデル家へはなんと? 高い、と言うのは顔に泥を塗るでしょう」
「この税額で問題ないかの確認だけですわ」
少しだけ考えてからカロリナは「よろしいかと」と同意して資料へと視線を落とした。
片眼鏡を布で拭いていたエルノ・グリュンはディーナへと視線を向けずに言葉を並べる。
「組合長殿は高くする必要があると、そうお思いで?」
「ええ。それ以上に利益が出れば、フィアデル家への利得が減るもの」
「ならば組合として献金などをすればよろしい。わざわざ制度として渡さずとも容易ですな」
「不正は不信を抱かせ、不信は腐心を育みますわ。そうなれば、あなた達を含めた商人は組合を利用すらしなくなる。信じる意味がなくなりますもの」
エルノは目を細めてディーナを見続け、鼻を鳴らしてから言葉を続ける。
「貴女は腐らないと?」
「私が腐ったと判断すれば切り捨てられる制度は既にありますわ」
ディーナの言葉にエルノは片眼鏡の位置を手で直し、ほんの少し思慮へと潜ってから口を開く。
「ふむ⋯⋯。では、フィアデル家へは税額計算方法も確認すべきですな。税を納める際、同様の計算で再算出した額を渡せばよろしい」
「なるほど⋯⋯そうね。そうしますわ」
恐らく、それでも組合としての利益は出る。
自由交易という恩は正しく返される。組合とフィアデル家は対等になるだろう。
「フォージ殿はどうお考えで?」
「僕は⋯⋯自由交易は喜ばしいとも思います⋯⋯。ただ、税額に関しては高くも思えます」
「そう⋯⋯他にはあるかしら?」
短くではあるが、自身の意見をディーナへと伝えるラネーはディーナの再度の問いに困ったように火傷痕の残る手を擦る。
「職人たちにとっても⋯⋯材料が市場に安定するのは、いいことですから」
「けれど、税額は高いと」
「はい⋯⋯自由交易の良さは理解しているつもりです」
「わかりましたわ、ありがとう」
ディーナの一言に安堵の息を吐き出したラネー。
まるで自分の意見が正しくなければ首でも切られそうな緊張を帯びていたが、ディーナは間違っていたとしてもそうはしなかっただろう。
「各々、自由交易は歓迎ではあるが、税額は高い、或いは妥当な額と感じている。間違いは無いかしら?」
「安いと感じているのはゲイルディア卿だけだな」
「そうね。貴族側として⋯⋯というよりは私個人の価値観の問題ですわ。フィアデル家へお伺いする点に否定はあるかしら?」
「もしも不当に税額をつり上げられれば?」
「そうはならない、と思っているけれど、不当であるなら与する意味もなくなりますわ」
「自由交易を蹴ってでも?」
「フィアデル家が自由交易許可を与えようとした。この事実ですら価値があるわ。正当な理由で断れば、尚更ね」
「貴族相手にそれが通用すると?」
「させるわ。これでも悪評の使い方は理解していると思っていますもの」
理解しながらも自身の悪評を覆すことはない。覆す意味がないと考えているのが妥当だろうか。
グォルは隣に座るディーナを横目で見ながら彼女の評価を正していく。
当然それら全てが正しいとは思えないが、少なからずこの女の言動は筋が通っている。
「それに不当にはつり上げられませんわ」
「ゲイルディア様は自信があるのですね」
「自信ではなく、フィアデル家を信じているからかしら」
「フィアデル家を?」
「他者を信じなければ何も始まりませんわ。それに双方に益のある話を提示してきた側が覆すこともしないでしょう。どちらにせよ、話はすべきですわ。お互いの信の為にも」
明確な自信。或いは人心すら加味した計算の結果であるのか。
グォルにしてみれば他者に信用を置きすぎているとも言える。ただそれは一商人の感覚にすぎない。
ディーナの中で決定的な確信がある事だけはグォル自身を含めた評議員全員が理解できた。
「採決として、フィアデル領の自由交易は受ける。税額に関してはフィアデル家へと問い合わせを行う。税額算出の内容も確認するけれど⋯⋯他にあるかしら?」
異論は出ない。
ベルデンやカルダは顔を顰めてはいるが、否定はしない。感情として否定できるほど、ディーナの意見は脆くもない。
異論が出ないことに頷いたディーナはさらに口を開く。
「自由交易は大きな利得を生むわ。組合には責任も伴う。組合に所属せずに受給しようとするバ⋯⋯不届者は現れますわ」
「不正に組合だと名乗る者が? ゲイルディア卿⋯⋯貴族を敵に回す行為だぞ?」
「出ますわ。そう名乗るだけで享受できるのであれば。貴族⋯⋯この場合は私だけれど、私がそこまで末端を見ないと思っていれば」
「ゲイルディア様は見ますよね」
「ええ。けれど、それは組合に所属している者からしか判断できない。情報がなければ人は都合のいいように推測しますわ」
それがたとえ貴族を敵に回す行為であっても。
何より彼らはバレないと思いながら行動するだろう。この人の皮を被った化物を相手にしているとも思ってはいない。
「⋯⋯つまり、ゲイルディア卿は他者から見える形で組合の証が出来ればいいと考えているのだな」
「ええ。私には時間も技術も伝手もありませんので、任せる形になるわね」
「ならばこの私、ベルデン・ドレトスに――」
「ラネー・フォージ殿。お任せできるかしら?」
「ぼ、僕ですか?」
突如の任命に対して狼狽するラネー。ディーナは重ねるように同意の返事を口にした。
当然、進言者であるベルデンは拳を机に叩きつけて噴き上がる。
「なぜこんな若造に任せる!? 私では不満があると言うか!」
「不満はありませんわ。ただ彼の方が適任だからよ。貴方よりも職人への伝手はあるでしょうし」
「私とて職人の伝手はある!」
「そうかもしれない。けれど、ドレトス殿には別件を任したくもありますの」
「別件?」
「自由交易に際して、フィアデル領へ一番早く向かってほしいの」
「⋯⋯組合長としての命令か?」
「ええ。だから責任を取るのは私ですわ」
吹き上がった怒りは沈み、顎肉を指に乗せていやらしく笑うベルデン。
組合長の命令であれば、誰からも邪魔をされることはない。少なくとも組合内からの競合は消える。
手付かずの市場を自身の物にできる好機でもある。
「ドレトス殿に任せるのは不服です」
「メース殿の不服を聞きましょう」
「コイツは市場を荒らすに決まってる!」
「そうかしら? ドレトス殿は自分の利益には忠実ですわ」
「だからです。ゲイルディア様」
「そんな馬鹿な真似はせん!」
「ただ少しばかり利益を多く取るだけ。そうでしょう?」
図星であったのか、ベルデンは眉を寄せるが反論はしない。
ベルデンという男の人間性はグォルもよく理解している。そういう面だけで言うのならば、カルダの進言通りにベルデンに任せるべきではない。
しかし。それは人間性に限った話である。
「あら。否定してもらえれば援護もできたのに」
「⋯⋯以前に揚げ足を取られましたからな」
「そうね。ドレトス殿を一番先に向かわせる理由は貴族に対しての理解に深いからですわ。商材である調度品も富裕層向きではありますし」
「わかってるではないか」
「一応、釘は刺しますが。組合員は貴方の辿った道を歩きますわ。フィアデル領での地固めはベルデン・ドレトス、貴方次第ですわ」
「ふん。この私が誤るとでも?」
「そう思えないようにさせるのは貴方の結果次第ですわ」
ニヤリと笑うディーナに対して嫌らしく笑みを浮かべたベルデン。
ベルデンを向かわせる理由は言葉にしている部分も本心ではあるのだろう。同時に彼女がベルデンに命じているのはフィアデル領への試金石となれ、である。
ベルデンが歩いた足跡に他の商人たちも倣う。これは組合側の建前であるのだろう。
自由交易許可は取っているが、末端である衛兵まで通達が行き届いているのか。これもディーナとしては知りたい情報である。
だからこそ必需品などではなく、娯楽品や調度品に長けているベルデンに向かわせる。
グォルとて自分であったならば、と思考もするがディーナの選択を論理的に否定することはしない。
「それで、話を戻すけれど。フォージ殿はよろしくて?」
「その⋯⋯本当に僕でよろしいので?」
「理由は既に言ったと思うけれど。不服かしら?」
「いえ、不服とかではなく⋯⋯その、もしも⋯⋯仮にですが、失敗した場合の職人達の責任は?」
「職人達を矢面に立たせる気はありませんわ。失敗⋯⋯というのが何を指すかは理解できませんが、例えば納期⋯⋯そうね。まずは条件から言いましょう」
ふと思い出したように、ディーナはラネー――職人達に向けての条件を提示する。
「仮の組合証である程度の量が必要ですので材質は木。組合都合ではありますけど、早急に必要ですわ。長くて一ヶ月程度ですわね。意匠に関しては一任しますが、納期が短いので凝った意匠は不必要ですわ。
これは職人達の技量を侮っているわけではなく、納期の短さと、仮の組合証であることも起因していますわね」
「⋯⋯なるほど」
「納期が過ぎれば自由交易の動きが遅くなりますが⋯⋯そもそも算段を立てず、行動が遅かった私の責任ですわ。組合としては早ければ早いほど嬉しいですけど、その責任を職人達や貴方に取らせる気はありませんわ」
ディーナはラネーの様子を見ながらもハッキリと言葉を口にした。
責任は自身にあると。
断る理由は潰れた。
この依頼において、失敗という文字は存在しない。
しかし同時に、組合証という象徴を任せられる期待と重圧がある。
火傷痕のある手を握りしめて、ラネーは真っ直ぐにディーナへと視線を返す。
「⋯⋯わかりました。お受けいたします」
「ありがとうございますわ。さて、当事者の了解は取れましたが⋯⋯評議員の皆様に異論はありまして?」
誰からも声は上がらない。
声を上げる必要性もない。
カルダだけは、些かベルデンの役割に不満そうであるが、感情論でディーナを御せないことなどわかっている筈だ。
誰からも声が上がらないことを円卓を見渡して確認したディーナは一つ頷いてから、改めてラネーへと顔を向ける。
「フォージ殿、貴方の信じる職人達が作る組合証を楽しみにしていますわ」
ニッコリと笑みを浮かべた悪の女⋯⋯我らの組合長は容易くも人へ信を置く。
それが理解できるからこそ、ラネーは背筋を正し、指輪を弄ることもなく噛みしめる。
当のディーナはそういった認識はしていないだろう。
彼女に問えば「当然では?」とも返ってきそうだ、とグォルは想像して苦笑する。
他者の心を鼓舞する言葉を容易く吐き出す癖にその自覚が薄い。
他人を縛るつもりもなく、ただ信を与えるだけで人を縛ってしまう。
噂通りに、ディーナ・ゲイルディアという女はまさしく悪女のようであった。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん