悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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93.悪役令嬢は癒されたい!

 まだ肌寒さを感じる早朝。

 太陽が少しだけ顔を覗かせて、王都には馬車の行き交う音や誰かの足が石畳を打つ。

 組合の館を開けて、溜まっていた空気を外へと流すために窓を開いていく。

 冷たい空気が館を循環し、吸い込めば肺に冷たい空気が入り込む。

 

 事務員の机にあるインク瓶や貯まっている帳簿書類を確認しながら頭の中で予定を組み込んでいく。

 魔力が潤沢にあれば気にせず風を流して掃除もできるが、俺の魔力は貧弱である。

 アマリナとかを巻き込んで掃除してもいいが、組合の業務として俺の奴隷や従者を使うのは俺だけで完結してしまうのでよろしくはない。

 俺だけで早朝の清掃しているのもよくはないが、既に慣れてしまった事でもある。

 

 いっそのこと清掃員とかを雇った方がいい。

 給金を出せばそれだけ市場は巡るし。ただ外部委託とかになると組合の業務内容的に秘匿事項もあるから外部委託するのも苦労するよなぁ⋯⋯。

 奴隷を雇い入れる、という事も可能ではあるけど。組合として奴隷を雇い入れるならある程度の準備も必要だし、彼らの衣食住の確保もしなくてはいけない。

 あれば嬉しいが、今すぐ必要というわけでもない。

 

 ⋯⋯。

 こういう部分を一人で勝手にやってしまうのも俺の悪癖だろう。

 いや、悪癖を自覚したところで治ることもないんだけど。

 

 ぼんやりと考えながら掃除をしていると、開いていた玄関から誰かが入ってくる。

 この時間に誰かが出勤するのは珍しい。だいたい掃除が終わって、俺が組合長室で紅茶を飲んでる辺りで出勤してくるのに。

 

 玄関ホールに顔を覗かせれば、本当に珍しい顔があった。

 

「おはようございます。ラネー・フォージ殿」

「おはよう、ございます。ゲイルディア評議長」

 

 変わらず弱々しい雰囲気ではあるが、やや血走った目が俺を捉えて、頭を下げてくる。

 怖いんだが? 

 

 

 

 組合長室に通して、紅茶を出す。

 俺好みの渋めの紅茶だからか、ラネーが飲んで眉を寄せている。

 砂糖とかが安価に手に入ればいいが、そうするだけの市場はない。砂糖なんてものは貴族御用達であるし、組合として仕入れるには高すぎる。

 

「それで、組合証の件かしら?」

 

 既に十四日ほど経過した。

 デザイン画とかの確認だろう。好き勝手していい、とは言ったけれどラネーや職人としても俺の許可はあったほうが都合もいいのだろう。

 実際、作ったあとに「これではダメ」と突き返されれば苦労が増える。

 とはいえ、普通は貴族相手にそれが通じないからなぁ。仮にも俺は貴族だし。

 

「これを」

「⋯⋯」

 

 ラネーが俺の事務机の上に置いたのは木製の六角形。外周に円が描かれ、中央に支柱。支柱を挟んで右に金槌。左に分銅。それらの意匠が彫られている。

 手の平よりも大きいが、俺の手が小さめでもあるし、大きさとしては問題ないだろう。

 左手で触れれば滑らかな凹凸を感じ、精巧さと丁寧さもある。

 

「凝らなくてもいい、と言わなかったかしら?」

 

 問題として挙げるならその程度である。

 凝り過ぎである。

 短期間で出来たことは非常に喜ばしい事ではあるが、彫刻であれば労力も多い。これほどの丁寧さを持続するならさらにである。

 大量生産には向かない。

 これで通したい気持ちもあるけど。

 

「これは試作として、組合長であるゲイルディア評議長だけに。他は焼印として製作致します」

「なるほど⋯⋯」

「生産体制も、問題はありません。予算内ですし、期限としても、問題はありません」

 

 じゃあ何の問題もないな! 

 否定できる材料はない。デザインも問題ないし、焼印なら遠目で見てわかる。

 

「ならいいですわ。予算内、ということはある程度残りもあるのかしら?」

「仔細は書類として⋯⋯」

「余っているなら、もう少し多めに出すわ。それで携わった職人を労いなさい」

 

 早すぎることへの称賛と報酬はあるべきである。

 粉飾されては困るから、俺個人として出したほうがいい気もするが⋯⋯まあ組合の予算に私財を突っ込んでるからそこから出すか。

 

「よ、よろしいのですか?」

「出来栄えも、出来の早さも、素晴らしいわ。その分の報奨はあるべきですし。ああ、私から、と言うと変に勘繰られるから適当に濁しておいてくれるかしら」

「は、はぁ」

 

 なんで信じられないような顔で見るんだよ。

 当然の事を言っているつもりではあるんだが? 

 俺からって言うと「あのゲイルディア卿が?!」ともなるのも理解しているつもりではある。

 

「それと別途で組合として報酬は出しますわ」

「別途、ですか?」

「ええ。労いとは別に、成果の対価としてですわね」

「⋯⋯労いだけでも、いいのですが」

「受け取りなさい。私の名や組合の面子を軽く見られるのも問題ですもの」

 

 良い成果には正しい対価を支払うべきである。

 馬の骨を買うわけでもないし、未来として考えても職人へは成果報酬を渡している方がいいだろう。

 貴族として渡せば勘繰られるし、個人として渡すよりも組合として対価を支払ったほうがいい。

 

「⋯⋯わかりました。職人たちも、喜ぶと思います」

「? 貴方への報酬もあるので安心なさい」

 

 お前も評価されるべき仕事をしてくれている。

 なんで除外してるんだよ。

 今回の根回しやらを短期間で行っているのはラネー本人の力量と関係値合ってこそである。

 思った以上の成果を挙げたのだから、当然報酬も渡すべきである。

 

「僕も、ですか?」

「当然ですわ。貴方と職人との関係がなければこれほどの早く完了しなかった。同時に貴方にも責任自体はあったのだから、組合が報酬を出すのは当然でしょう?」

「は、はぁ」

 

 なんで釈然としてないんだよ。

 無理にでも受け取ってもらうぞ。評議員であることもそうであるし、組合からの仕事は稼げない、と噂されるのも組合として不利益だからな。

 

「あと、これは出来ればだけれど。中央上部に穴を開けれるかしら?」

「穴、ですか?」

「吊り下げ用の穴ですわね。染物職人も製作に入れて染色した紐も準備したいわ」

「⋯⋯これでは不十分ですか?」

「不十分ではないけれど、染物職人への仕事の斡旋ですわね。出来れば毎年色を変更して⋯⋯いえ、まあ、私がただ心配性なだけですわ」

 

 盗難やら偽作への対策としては考えているけれど。俺の杞憂であることは確かである。

 定期的な組合からの仕事として割り振りたいという気持ちも本心ではある。

 仮の組合証でもあるし、凝った対策はしないにしても、この程度はしておくべきだろう。

 

「頼めるかしら?」

「⋯⋯職人に相談してみます」

「現場の判断に委ねますわ。私の意図通りではないからと言って罰する事もありませんので」

「は、はぁ⋯⋯」

 

 なんで訝しげに見るんだよ。

 貴族相手だからか? 実際そうなんだけど。

 出来ればもっと職人も囲い込みたいが⋯⋯。現状、職人側としては庇護下なだけなんだよなぁ。利益的な関係が結べない。

 

「では、僕はこれで」

「⋯⋯あと一つあったわ」

「⋯⋯何か?」

「睡眠はちゃんと取りなさい。職人への通達はその後からでも遅くはありませんわ」

 

 血走った目と普段の雰囲気とは違いすぎる。

 結構無理しているだろうから、命令として出しておこう。

 寝れば疲労がとれるとも思えないけれどある程度は軽減できるだろうし。

 ぐっすり寝てからでも遅くはない。むしろ早すぎたから寝ろと言えるんだけど。

 

「わ、かりました」

「ご苦労さま。いい出来よ」

「⋯⋯職人たちにも伝えておきます」

 

 一礼してから組合長室から出ていったラネーを見送る。やっぱり疑問符を顔に浮かべていたが⋯⋯そこまで俺が怖がられているという事なのだろう。

 悪役令嬢という役割であったから当然と言えば当然であるし、特段覆そうとも思えない評価ではある。

 

 少しだけ冷めた紅茶を一口飲んで、渋い液体を嚥下する。

 出来栄えのいい仮の組合証を手で遊ばせ、口元が緩む。

 

「本当、良い出来ですわ」

 

 組合証を机の端に置いて、昨日に残していた書類へと手を伸ばす。

 羽根ペンは昨日よりも軽く感じた。

 

 


 

 エドヴァルド・ノール伯爵からお呼びがかかった。

 

 ノール邸へと向かう馬車の中でぼんやりとノール伯を思い出す。

 魔法議会で一度顔を合わせただけの関係であるし、俺自身が社交界にあまり出ていなかったのもあって対話らしい対話はしたことがない。

 現状の印象は、魔法議会で魔術を否定した人物であること。魔術への印象は悪いだろう。

 魔法議会という利権にしがみつく、典型的な伝統派である。既得権益を守りたいという感情も理解はできる。貴族としては当然でもあるし。

 

 伝統派だの、保守派だの、穏健派だのと軽めの分類はしているけれど⋯⋯程度の問題でもあるし、他者からの評価や事実から作った目安でしかない。

 実際に話してもないから、評価を下すのも尚早である。

 

 そんな人物からの呼び出しであるから⋯⋯まあ、組合関係での呼び出しだと思う。

 凝り固まった貴族だと思ってはいたけれど、組合の動きに気づいたのだろうか。

 釘を刺されるにしても咎められるようなことはしていない。

 交易の打診が一番考えやすいかな。

 

「ディーナ様、着きました」

「ありがとう、アマリナ」

 

 同行させているアマリナの声に意識を思考から引き戻す。

 実際は何を言われるかはわからないが。あたりは適度につけておく方がいい。

 

 軽く自分の肩を揉んでから、馬車を降りる。

 ゲイルディア邸と同等以上に豪華な邸宅である。魔法議会の収益を勘繰ってしまう⋯⋯下世話なことだな。

 

 

 

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございますわ」

「よく来た、ゲイルディア卿」

「ご機嫌麗しゅうございます。ノール伯」

 

 給仕さんに案内されて、部屋に通されたそこには長椅子に座り、こちらを睨めつける初老の男性。

 華麗に一礼をして、笑みを浮かべながらエドヴァルド・ノール伯爵へ視線を返す。

 兵士というには些か線が細く、魔法使いらしいといえばらしい体躯。既に老齢⋯⋯とも言えないが、頭の白さと顔の皺がある程度のお年を召していることを周知させている。

 五十だか、六十だか⋯⋯お父様よりも年上である。

 

「不躾で申し訳ございませんが、後ろにいる私の従者も同席させることをお許しいただけますか?」

「⋯⋯ほう? 構わんが、護衛か?」

「侍女のアマリナですわ。私が好んで連れ回しておりますの」

 

 アマリナがいることへの許可はもらえた。

 こういう場にアマリナを同席させる事への意味は薄いが、あるにはある。

 布石でしかないし、無駄に終わる可能性もあるが。

 まあ、可能性は広げておく方がいい。

 

 ノール伯の視線はアマリナの頭から顔へ、顔から首元へ、胸元、腹部へと滑る。

 ねっとりとした視線はそのまま足元へと落ち、ゆっくりとまたアマリナの顔へと戻っていく。

 

 アマリナは反応もせずに変わらず無表情を貫いている。

 反応しないのはとても偉い。

 あとで褒めよう。

 

「座ってもよろしいでしょうか?」

「⋯⋯うむ。それで、魔術とやらの研究はどうだ?」

 

 座らせてすぐの世間話にしては随分な話題である。

 嫌悪しているだろう魔術の研究進捗を聞くのか⋯⋯。

 

「ええ、進んでおりますわ。組合の仕事と同等に力は入れております」

「⋯⋯組合? あのような遊びと同等と?」

 

 ⋯⋯ほーん。

 組合関係の話が目的じゃないのか。まあ貴族らしく見下されている。

 実際、他の貴族から見れば俺は悪の道楽令嬢であるだろうし。間違いじゃないか。

 露骨に見下してきてるのは⋯⋯こっちの失言狙いかな。

 

「私が未熟なだけですわ。ノール伯には、どちらもお遊びに見えるのでしょう」

 

 乗らずに肯定にも取れる言葉を吐き出しておく。

 この場で失言したところで、俺の悪評に重なるだけなので大差ないけど。

 邪魔は邪魔である。

 

 わざわざ呼び出して失言引き出そうとする辺り、随分な性格をされていらっしゃる。

 

「いや、すまんな。どうにも腹の探り合いのようになってしまう。許せ」

 

 少しだけ張り詰めていた空気が弛緩した。

 ノール伯は皺のある顔を歪めながら謝罪を口にする。

 魔法議会とかいう、貴族社会よりも捻じれている場所に長く居座っているから、そういう言葉使いなどが染み付いているのだろう。

 

 笑みを浮かべて、謝罪を受け取る。

 組合を見下したことへの訂正を求める意味もない。本心も混ざっているだろうし。

 探り合いにしては随分とお粗末であったし、魔術に関しての探りではあったけど、組合に対しての印象は()()()である。

 

「本題だが⋯⋯魔術、という分野を作ったゲイルディア卿の知見が聞きたくてな」

「未熟ながら、お力になれればよいのですが」

 

 ハッキリ言えば、力にはなりたくはない。

 魔術も組合も見下した相手であるから、さくっと帰りたい。というのが本音である。

 手を貸した所で利益が出るとも限らないし。手を課さなければ不利益になる、という点を考えれば利益的とも言えるけど。

 

「これを見てほしい」

「⋯⋯拝見いたします」

 

 手渡されたのは巻かれた羊皮紙。いい素材である。

 開けば、そこに描かれたのは、潰れた文字が螺旋状に散っている⋯⋯魔法陣か? 

 文字が潰れてて分かりにくいし、発散⋯⋯いや、内側に集められるような⋯⋯。何より、杜撰すぎる。正確な物ではない。エルフやそれに連なる存在が作った物ではないし、俺みたいに視える人間が作った物でもない。

 読み取れる部分だけで推察するなら、何かを呼び出す為の物だろうけど、現実的な魔法ではない。

 

「⋯⋯これは?」

「四年ほど前にとある場所で見つけた物の写しだ」

 

 ヒント無しね。

 ノール伯もわからない部分なのだろう。

 何かを呼び出そうとした。想像魔法が主流であるのにも関わらず魔法陣を描いた。

 魔術として見れば下の下であるし、魔法として考えれば消費魔力的に現実的ではない。

 

「私が解るのは、何かを呼び出そうとした事。それの為に膨大な魔力が必要だった事ぐらいですわね」

「そこまでわかるか」

「⋯⋯予測でしかありませんわ。何を呼び出そうとしたかもわかりませんし。少なくとも膨大な魔力が必要である時点で現実的な物ではありませんわ」

 

 整えれば、とも思うけれど。実際に見てみないことには判断もできない。

 少なからず、ノール伯は何かを知りながらそれを言わずに俺に聞いている。

 何を呼び出そうとしたかを知ってるのか? 

 

「⋯⋯言い忘れていた。おい、入ってこい」

 

 ノール伯の声に扉が開き、少女が入ってくる。

 給仕服を着てはいるが、随分と短い丈である。

 活発に動けば足の付け根も見えてしまうかもしれない。非常に残念なことに動きは緩慢としているから見えることはない。

 

「彼女は?」

 

 ノール伯は一瞬だけ少女へと視線を向けて俺へとすぐに戻す。

 

()()はそれの周りで死んでいた奴隷達の唯一の生き残りだ」

 

 なるほどね。

 大量の魔力を奴隷で補ったのか。

 魔法陣を描いて魔力を補ったと考えるよりは、大量の魔力を用いたから魔法陣が形成された、と考える方が筋が通るな。

 

「⋯⋯彼女に触れても?」

「構わん」

 

 許可も貰ったので、少女に近付いて膝を曲げる。

 顔の高さを合わせて視線を真っ直ぐに向けば返してくれるが、焦点が合っていない。

 手を軽く握りながら、魔力の通りを確かめる。

 ものの見事にズタボロである。外部魔力を大量に入れたらこうなるのは自分で実証したけど、これは逆かな。

 魔法の為に搾取されて、運よく生き残った。強制的に徴収されたから魔力路がボロボロになった、が妥当な推察かな。

 

 加えて、真新しい痣もある。

 こっちは魔法とか関係のない物だろう。首にも痕が残っているし。

 虚ろな灰色の瞳は瞬きすらほとんどせずに、少女はなすがままである。

 

 ⋯⋯趣味が悪いな。

 俺も人の事を言えた口ではないが。

 

「ありがとうございますわ」

「⋯⋯」

 

 細い手を離して礼を言っても少女は反応を示さない。

 ただぼんやりと灰色の瞳がこちらを捉えているだけである。

 

「で、何かわかったか?」

「運よく生き残った、ぐらいですわね。彼女自身に魔力は殆ど残されていませんわ」

「やはりそうか。⋯⋯生き残ったのは奇跡というものかもしれんな」

 

 奇跡というよりは偶然だろう。いや、結果論だけで語れば必然と言ったほうがいいか。

 殆ど残っていない、というのは事実ではあるけど間違いでもある。

 人間の魔力なんて休息を取ればある程度は回復する物なんだけど、それでも魔力が殆ど残っていない状態なのは異常である。

 魔力路が歪な状態だから、正しく巡っていない。放出し続けてなお、彼女は生きている。

 生き残った理由もそれに繋がっているだろうけど、別に言う必要はない。

 

 虚ろな視線を向ける少女に俺は何もできない。

 変な希望を与えるような事も立場的にできない。

 

「⋯⋯随分とそれが気に入ったようだな」

「愛らしい物を愛でるのに理由はありませんわ」

「ふむ。ゲイルディア卿であるなら、それを譲ってやってもいい」

「⋯⋯よろしいので?」

 

 欲しいか欲しくないかで言えば欲しい。

 貰えるなら貰う、程度の欲求ではあるけど。愛らしくはあるし、魔力路を正せば使い道も出るだろう。

 使い道はさっぱり思いつかないし、思いつくまでは普通に育てるつもりだけど。

 

「構わん。コレは調べ尽くした。実験は一通り終えている」

 

 ⋯⋯調べ尽くした、ね。

 想像魔法での研究が自分を賛美する以外にあったとは、寡聞にして知らなかった。笑いそうになる。

 それに随分と欲求に従った調べ方である。否定する気も起きない。

 

「では――」

「代わりにその奴隷を貰おう」

「⋯⋯」

 

 ⋯⋯は? 

 アマリナを? 

 

 コイツに? 

 

 

 ――殺す。

 

 ⋯⋯ダメだな。落ち着け。

 コイツは伯爵で俺は準男爵でしかない。

 静かに息を吐き出して平静を装う。

 

 ノール伯は変わらず俺と後ろに控えているアマリナを視界に入れて、口角を上げて歪に笑う。

 

「ベリル人というものを調べた事はなくてな。どれほど丈夫なのか興味がある」

「⋯⋯そうですか。けれど、彼女をお譲りする事はできませんわ」

「ほう?」

 

 笑みを貼り付けながら応対する。

 下卑た視線をアマリナに向けられていることすら今は腹立たしいが、感情的に否定はできない。

 爵位の差もある。魔法議会の一員でもある。

 不利になるような言葉は出せない。

 

「彼女には魔術研究として色々と仕込んでおりますので。お譲りするわけにはいきませんわ」

「色々、とか」

「ええ。色々と」

 

 手前(テメェ)みたいな事は⋯⋯してなくはないが。

 アマリナの肉体に魔術を刻んでいるので嘘ではない。バレた所で不利益はないので、感情論を無理やり論理展開しているだけでしかないが。

 

 同じ穴の狢ではある。否定はしない。

 感情としては拒絶であるが、俺も大概である。

 

「コレはいらないと?」

「アマリナの対価としては不足がありますわ」

「⋯⋯ふむ。たかが奴隷だぞ。代わりはいくらでもいるだろう」

「奴隷であっても有益かどうかは見るべきですわ」

「道理ではあるな。⋯⋯今日は退いてやろう」

 

 感謝の言葉を吐くべきではあるが、言う気も起きない。

 頭の中でこの男をどうすれば合理的に殺せるかを考えてしまうが、無意味でもある。

 手出しもできないし、会うのを極力避けるべきだな。出来れば、ではあるけど。

 

「要件は以上でしょうか? 申し訳ありませんが、組合という遊びにも時間は必要ですので」

「⋯⋯ふむ。まあ構わん。ご苦労だった」

「いえ。それではノール伯、ご機嫌よう」

 

 次が無いことを願う。あれば俺は貴族殺しで極刑にでもなるだろう。

 

 

 

 馬車の中で苛立ちを隠しもせずにアマリナを抱き締めて癒される。

 相変わらず無表情で無口であるけど、喜んではいる。尻尾があればブンブンである。

 

 

 自分の想定の未熟さがあった。

 最近会っていた上流貴族達が俺の思惑を察知したり、人道的であっただけでしかない。

 普通の貴族はアレである。奴隷の扱いなどわかっていた筈である。

 理解していた筈だったが、どこかで油断していた。

 

 こうなればどうするかな。

 アマリナを連れ回すのに不利益が生じる。主に俺がブチギレて全てが破綻する。それはいけない。

 護衛を兼ねた奴隷解放の為のデモンストレーションではあったけど。

 クロジンデ辺りを使うのが良さそうではあるけど。アレはアレで気難しいというか、頼み事を聴いてくれるかがわからない。

 命令なら従うだろうけど。

 

 

 問題は他にもある。

 感情は一旦置いておいて。

 ノール伯が知っていた情報を隠していた事が引っ掛かる。

 

 あの魔法陣の周りにあった死体を見て()()であると断定した。

 死体から身分など普通はわかりはしない。

 

 具体的な年数で魔法の発動を知っていた。これは運が良かっただけかも知れんが。

 

 俺が言った魔法陣の効果に対して、すぐに納得を示した。魔術を見下していたのにも関わらず、である。

 

 ノール伯は少なからずあの魔法陣に関わっている可能性が高い。

 

 なら、アレは何を呼び出そうとしていた? 

 情報が足りなさすぎるな。

 もう関わりたくもないから、聞くこともしたくない。

 

 

 ともあれ、アマリナの頭を撫でることに専念する。

 癒しはいくらあってもいい。

 今日ぐらいは、特に。

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

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