悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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96.悪役令嬢は契約したい!

 意識が覚醒する。

 どうやら生きているらしい。

 吐き気もすれば、頭痛もする。

 生きているだけで御の字とも言えるけど、気分は最悪である。

 

 小さく溜め息を吐き出して状況を確認する。

 土の匂いと埃の香り。暫く俺が身動ぎしていなかったのか、頬も痛い。

 薄く開いた視界は地面が近く、松明に照らされた穴が幾つか。人工的っぽいから廃鉱山のどこかか? 

 風は通っているし、数十人ほどの人の気配もある。

 

 縄で左腕を後ろに回された挙句に縛られている。

 幸いなことに衣服は破られていないから、純潔は守られているらしい。

 ご丁寧なことに義手である右腕は切断されている。壊されている、というよりも斬られてるな。リヨースから文句を言われそうだ。

 

 おおよその状況は把握した。

 頭痛と吐き気以外は問題ない。荒い縄で縛られているし、義手もないけど。

 呼吸を整えて、身を捩って座る。

 記憶も、問題ない。クロジンデは上手く動いてくれているだろう。

 

 さて、生きている。

 殺される可能性もあったけれど、その可能性はなくなった。

 幾つも問題は残っている。

 最悪なのは体調だけではない。

 

「⋯⋯起きたか」

「あら、可愛らしい監視者ね」

「⋯⋯」

 

 俺を睨む女⋯⋯いや、背丈から見れば少女と言ってもいいか。

 褐色の肌が松明の光に照らされて、鋭い瞳が俺を睨んでいる。

 声からして、俺が踏みつけていた人間なのだろう。睨むだけで食って掛かってこないのは、手を出さないように厳命されているのかな。

 

「随分と手厚い歓待ですわね。こんな習わしがベリルにあるなんて知らなかったわ」

「⋯⋯ふん、もう挑発には乗らない」

「そう。主である貴族に逆らわないのは殊勝ですわね」

「お前っ!」

 

 感情的だ。煽っている俺も悪いが。

 どうしてこんなやつを襲撃に加えたのか理解に苦しむが、アチラの事情など知ったことではない。

 

 問題は彼女達がベリル人であったことだ。

 影での転移をしている時点であたりは付けていた。実際に確認をすれば、なお悪い。

 殲滅すれば奴隷解放を主張した時に筋が通らない。

 なによりも目的が見えない。

 

「それで? 私を攫った目的を聞いていいかしら?」

「⋯⋯ふん」

「あら、お可愛いこと」

「⋯⋯お前が奴隷を蔑ろに扱って、反抗しただけだ」

「⋯⋯私が? 奴隷を?」

 

 初耳である。

 俺のことなんだが、初めて知った。噂としてはありそうだけど⋯⋯貴族達がそう噂をする理由は無さそうだ。貴族にとって奴隷を悪く扱おうが特に悪評にはならない。

 アマリナやヘリオを悪く扱おうとも思えない。いや、不満はあるかもしれないけど。

 

「どこでそれを?」

「知ってるぞ。貴族が集まってる所で、奴隷解放を否定したんだろう」

「⋯⋯あぁ、なるほど」

「だからだ! お前を脅せば、私たちは自由になれる!」

「⋯⋯随分な主張ですわね」

 

 お茶会でアサヒに言ったことが響いたか。

 アレはアレで、別に奴隷解放を否定した訳でもない。時期が悪いし、準備も無かったから否定しただけだ。

 

 俺を脅した所で彼らが自由の身にはならない。

 そこまでの権力を俺は持っていない。持ってはいないが、そんな事を奴隷階級である彼らは知りはしない。

 

 彼らの後ろにいる貴族にそう言われたから、今回の行動に至った。そう仮定するのが自然か。

 ゲイルディア家が邪魔なのか、俺個人が邪魔なのか。どちらにせよではあるか。

 邪魔であるなら、殺さずにこうして連れ去った理由がわからない。

 

「連れ去った理由は大方わかりましたわ。それで? 貴方達はこれからどうするのかしら? 私を脅して言質でも取る?」

「それは⋯⋯」

「無意味ですわ。この場で何を吐こうがそれを履行する理由が私にはありませんもの」

「反故にするのか!?」

「貴族を相手にしてるのよ」

 

 自由にする、と口にしても守る道理が貴族にはない。

 所詮は奴隷だ。貴族にとっては取るに足らない存在であるし、対等などではない。

 

「⋯⋯何をしている」

「ヴィクラム!」

 

 声が聞こえたのか、ぞろぞろとこの場にやってきたベリル人達。

 少女に声を掛けたのは声からして、あの場を取りまとめていた男である。こうして視界にちゃんと映せばしっかりと鍛えられている印象がある。

 ヴィクラムと呼ばれた男は溜め息を吐きながら俺へと視線を向ける。

 

「⋯⋯目が覚めたか、ディーナ・ゲイルディア」

「ええ。随分な歓待を受けていましたわ」

「⋯⋯」

「なんだよ」

 

 ジロリとヴィクラムは少女へと視線を向け、少女は少女で罰が悪そうではあるが、言葉を返した。

 わかりやすく溜め息を吐き出してからヴィクラムは俺へと視線を向け直す。

 

「⋯⋯非礼は詫びよう」

「非礼を詫びると言うなら、この縄も解いてくれれば嬉しいのだけれど?」

「それは出来ない」

 

 それはそうか。

 縛られている不満はあるけど、それはこちらの事情でしかない。解こうと思えば解けるけど、必要性も無いか。

 

「なら、この縄を魔法で切ってもよろしくて?」

「⋯⋯ハッタリはやめろ。右腕が無ければ魔法は使えないのだろう」

「⋯⋯あら。残念」

 

 使えなくはない。ハッタリではない。

 けれどヴィクラムはそれをハッタリと断じた。そう思えるだけの確信があるのだろう。

 そう考えれば、非常に頭が痛くなる。

 彼らを扇動した貴族が絞られる。

 なら俺を生かす理由はなんだ? 恩を売って従わせるつもりか。俺に利用価値があると思っているのだろう。

 予測は立てられる。確定ではない。無限が有限になって、両手で数えられる程度になった。

 

「まあ縛られたままでもいいですわ。あの場で私以外に手を出してないみたいですし」

「⋯⋯約束は守る」

「そう。殊勝な心がけね」

 

 エッケルト子爵に危害を加えていた場合が最悪ではあったけれど、そうはしなかったらしい。

 危害を加えた時点でクロジンデが動いてくれていただろうし、お互いにいい結果にはなっている。俺が縛られている点は置いといて。

 

「それで、貴方達は自由を求めているから私を攫った、という認識なのだけれど?」

「……ああ」

「私を攫ったところで貴方達の状況は好転しないでしょうね」

「そんな事はない! だって、あの貴族はすぐに自由に出来るって」

「……そうか」

 

 俺の言葉に反論する少女。それに対して、わかっていた事なのか受け入れる様子のヴィクラム。

 少女を落ち着けるように頭に手をおいたヴィクラムは瞼を閉じて小さく息を吐き出した。

 

「わかっていたのに襲撃を実行したのね」

「……わかっていたからこそだ」

「そう」

「理解していても、手を伸ばさずにはいられんこともある」

 

 欲しているのが自由であるなら。

 ヴィクラム自身は理解していたのだろう。それでもチラつかせられた自由へと手を伸ばした。

 その結果が今である。

 

「理解はするわ。けれど、愚かだったわね」

「……否定はしない。だが、俺も賢者ではない」

「……勿体ないわ」

 

 勿体ない。本当に勿体ない。

 奴隷の立場でありながら、状況をしっかりと理解できている。ある程度の武力もある。

 他者を取りまとめるだけのカリスマ性もある。

 勿体ない。

 

「何が愚かだ! 現にお前は攫われているじゃないか!」

「そうね。けれど、貴族としては私は末席ですわ。政治に関与するほどの権利もありませんわ」

「じゃあ、なんで……」

「利用されただけですわ」

「誰に!?」

「貴族に。私がさぞ邪魔なのでしょうね」

「それでもっ! その対価が自由な筈だ!」

「死ぬことが自由だと言うなら、対価は正当に支払われるでしょうね」

 

 淡々と言葉を吐き出す。

 一番可能性があるのは、彼らを消すことである。

 予測出来る範囲の貴族が命令しているなら、今頃騎士団がここへ向かっているだろう。

 あとは俺を救助して、ベリル人を殲滅して終わりである。自由だ、おめでとう。

 

 現実をようやく見たのか、少女は絶句している。

 それでも、違う、と何度か呟きながら俺を睨んでいる。

 

 何にしろ、時間は限られている。

 郊外といえど王都にある貴族の館を襲撃した事実があり、その事実は王都を護る騎士団にとって痛恨の事実である。

 騎士団は血眼になって探しているだろうし、見つかるのは時間の問題だろう。

 

「縄を解いてくれるかしら?」

「無理に決まってるだろう!」

「貴方達に言ってませんわ」

 

 もう出てくる情報も無ければ、彼らの事情も把握できた。

 故に、こうして縛られている理由も無い。

 

 俺の背後、壁に写った俺の影からズルリと人型が二つ現れ、俺の前へと立つ。

 一つは男。褐色肌の偉丈夫。腰に携えた剣の柄へと手を置いて鋭くベリル人を睨みつける。

 もう一つ。影である。肌すら見えない。黒の影をそのまま肉体へと纏い、背に俺が描いた魔術式が淡く光を灯している。

 

「な、だ、誰──」

「黙れ」

 

 冷たく、鋭く、短く、少女への敵意を隠すこともなく、影は言い放つ。

 影の感情に呼応するように、背の魔術式は強く輝き、影によって作られた長く鋭い爪が獲物を討たんと動く。

 

「お前達は我らの主を害した。それ以上の罪など無い。死ね」

 

 明確な敵意。大きな殺意。怒りが込められた言葉にベリル人達は思わず武器へと手を伸ばす。

 同時に影の足元が意志に呼応するように蠢き、魔術式が光る。

 

「アマリナ、止めなさい」

「……はい、ディーナ様」

 

 俺の言葉には即応である。

 影はドロリと溶けて、普段の給仕服が見える。

 

「ヘリオもよ」

「……へいへい」

 

 ベリル人達を強く睨んでいたヘリオにも静止を掛けておく。

 一応、彼らは同胞なのだから、少しは落ち着いてほしい。

 俺も生きてはいるし、アマリナ達がそこまで怒るようなことではない。

 

 アマリナに縄を解いてもらい、軽く左手首を回す。少し痺れるが問題はない。

 

「なんで、なんでだ! お前らもベリル人じゃないか!」

「それ以前に、彼らは私の従者よ」

「どうして……っ!」

「やめろ」

「でも、ヴィクラム!」

 

 狼狽するベリル人の少女をヴィクラムは静止する。

 アマリナとヘリオは少女に対して反応はしない。俺の命令に従って動きはしないけれど、敵意だけはしっかりとベリル人へと向けている。

 

「ディーナ・ゲイルディア。それで我らを制圧できると?」

「試したいのかしら?」

「……」

 

 答えはない。

 抵抗してもいいけれど、あまり好ましくはない。

 アマリナもヘリオも、俺の許可があればすぐにでも動くだろうし、制圧は容易いだろう。

 それがわからないのであればそれだけである。

 個人的には好ましい展開ではないけれど。

 

「それで、貴方達はどうしたいのかしら?」

「……我々は今すぐに自由の身になりたい」

「不可能ね。いえ、可能ではありますわ」

「本当か!?」

「今すぐに。この場で国家に反逆なさい」

 

 一番早く、最も自由へと手を伸ばせる手段。

 奴隷という立場でありながら、国家へと反旗を翻す。実に素晴らしい選択肢だ。

 

「そう決めたのなら、私は貴方達を殺さなくてはならないわ。貴族故に、国への反逆を見逃す訳にはいかない」

「……」

 

 これは俺が貴族である限り絶対である。

 殺したくはない。面倒であるし、ベリル人を殺す事は有益にはならない。

 

「私たちを殺すのか?」

「反逆するなら。あまりおすすめはしませんわ」

「……逃げ出せばどうなる?」

「私は追いはしませんわ。ただし、貴方達は郊外とはいえ、王都への襲撃を行った。騎士団は血眼で貴方達を追うでしょうね」

 

 仮初の自由である。

 尤も、一番自由かもしれない。

 食糧をどうするか、住むところをどうするか、様々な問題を抱えるし、騎士団に見つかれば自由は失われる。

 

「三十人ほどかしら。非戦闘員も含めて逃げられるかしら?」

「……無理だろうな」

「そんな事ない! ヴィクラムやみんなもいるっ!」

「……」

 

 叫ぶ少女の頭を撫でるヴィクラム。彼はある程度の先を想定出来ている。

 そもそも仮初の自由を選び、それに無理が生じたから今回に至っている。

 彼らに選択肢などそもそも無い。

 それでも彼らは選ばなくてはならない。

 

「もう一つ。私に投降なさい」

「それじゃあ奴隷に逆戻りじゃないかっ!」

「否定しないわ。私に貴方達の自由を保証する義理なんて無いもの」

「そんな……」

「それと、貴方」

「……なんだ」

「私に投降するというなら、貴方の命を貰う」

「ヴィクラムを!? そんなの認められるかっ!」

「襲撃の責任は取ってもらわないといけませんわ」

 

 誰でもない、ヴィクラムと呼ばれる男の命は支払ってもらわなくてはいけない。

 他の死体で肩代わりなど、許される訳がない。

 逃げるのならば見逃せる。投降するなら代償を支払ってもらう。

 優秀だから殺したくはない。これは俺の感情でしかない。

 殺さなくては道理も通らない。

 彼も含めて保護をすれば俺の負い目になるだろう。

 

「……投降した場合、他の者はどうなる?」

「私が作った商人達の組織、組合で雇い入れますわ」

「……奴隷としてか?」

「体裁として。雇うからには最低限の住居や賃金も支払うわ」

「……」

 

 俺が出来るのはその程度だろう。

 彼らを正規の人間として雇い入れれば貴族側から問題を提唱されるし、商人達からも不満は出る。

 特別扱いなど出来ない。

 

「不義を行わない限りは見捨てないわ」

「そんなの信じられるかっ!」

「ええ。貴族の言葉ですもの。私が提示した選択肢以外にも選べる物はあるかもしれませんわ」

 

 逃げ出したあと、彼らは存外上手くいくかもしれない。

 ここで反逆を決めて、俺達を殺せるかもしれない。

 だからこそ、俺は彼らに選択肢を提示するだけである。

 選ぶのは彼らであり、俺ではない。

 

「……それで自由は得られるのか?」

「わかりませんわ。貴方達の働き次第ですし、保証出来るものではありませんわ」

「……得られるとして、何年掛かる?」

「少なくとも数十年」

「私たちは今すぐに自由になりたいんだっ! そんなに待てないっ!」

「なら反旗を翻しなさい。この場で決めれば私が貴方達を殺しますわ」

 

 自由になりたいという感情は理解できる。

 けれど、無理だ。現実的ではない。

 どうしようもないのだ。彼らが今を甘んじるか、それとも俺に投降するか、或いはこの場で死ぬかである。

 

「……俺の命だけでいいのか?」

「頭領っ!」

「ヴィクラムっ!?」

「この場を取り纏めている貴方の命以外では足りませんわ」

「……そうか」

「ヴィクラム! 逃げよう! 逃げれば、次がある!」

 

 賢い選択だとは思う。

 けれど、次はない。

 この場を見逃しても、彼らに次など訪れない。

 これが最初で、最後である。

 次など起こさせる訳にはいかない。

 組合として彼らと取引を行う商人は淘汰する。仲介をする者は彼らにより多くの金銭を求めるし、彼らはそれを支払えない。

 奇跡的に利害が一致すれば、とも思うけれど……。危険な橋をベリル人と共に渡ろうとする輩など少ないだろう。

 

「時間はそれほどありませんわ」

「……」

 

 ヴィクラムは少女の頭を撫で、自分に着いてくれていたベリル人達へと視線を向ける。

 過去か。現在か。未来か。

 どれを選択するにしても、それは彼らの選択である。

 

 才能も、人材も、十二分にあるというのに。

 俺に大きな権力があったならば。他者を騙し続けるだけの能力があれば。全てを隠蔽出来るのならば。

 けれど、俺にそんなものは無い。

 禍根を残してでも、彼は殺す。

 

「……わかった。俺の命をやろう」

「ヴィクラム!」

「彼らの意見はいいのかしら?」

「……問題ない。決めたのは俺だ」

「問題しかない! 私は嫌だっ! なあ、お前は貴族で偉いんだろう? どうにかしてくれよ!」

「……貴族だからこそよ」

 

 偉くはないが、貴族ではある。

 だからこそ、俺はこの男を殺す。殺さなくてはならない。

 どれほど優秀な人間であろうと。どれほど俺が欲しても。どれほど魅力的な能力を持っていても。

 

 出会い方が違えば。

 彼らが貴族の館を襲撃などしなければ。

 俺がもっと早くベリル人を囲い込み始めていれば。

 

 ヴィクラムは叫ぶ少女を無視するように、一歩、また一歩と俺へと足を進める。

 武装もない。ただ一人のベリル人として。

 アマリナもヘリオも、彼に対して敵意は向けていない。警戒はしているが、最低限だけである。

 

「最期に願いはあるかしら?」

「……あの娘を頼む」

「なぜ? とは聞いておくわ」

「……彼女はベリルの希望だ」

 

 ヴィクラムの視線はベリル人達に取り押さえられながらも暴れる少女へと向いている。

 言葉である程度の想定はする。氏族か、豪族か。血筋がそうなのか。

 考えられるのはその辺りではあるけれど、確定させれば追及しなくてはならない。

 

「その言葉は聞かなかったことにしますわ」

「……そうか」

「ただ、この場にいる彼らのことは、任されましたわ」

 

 これが俺の限界だ。

 貴族としての最低限である。命を賭す彼の願いを叶えるための詭弁でもある。

 俺の言葉にヴィクラムは口角を少しだけ上げる。

 理解が早くて助かる。

 

「待て! ヴィクラムを殺すなら私も──」

「……彼女を止めろ」

「頭領……」

 

 ヴィクラムの命令にベリル人達は従って、少女の肩を掴む。

 この結論にお互いの利点など無い。

 俺にも、ヴィクラムにも、そしてヴィクラムを失う彼らだって。

 

 左手へと魔力を通す。

 術式を組み上げ、魔力を編み込む。

 俺の手で殺さなくてはならないが、剣によって彼を殺せるほどの膂力はない。

 かと言ってヘリオに殺させる訳にもいかない。

 これは儀式であり、契約なのだ。

 

「貴方の名は英雄としても、罪人としても扱わない。肉体はただの死体として扱うわ」

「……そうか」

「最低限の尊厳は守って差し上げますわ」

「……十分だ」

 

 その程度は無償で請け負おう。

 力の足りない俺が出来る償いでもある。

 

「……私を恨んでもいいですわ」

「……」

 

 ヴィクラムは応えない。

 ただ俺へと笑う。答えは出ている。

 

「待って、ヴィクラムっ! 待ってよっ!」

「……」

 

 ヴィクラムは俺から背を向けて、少女へと向き直る。

 言葉はない。

 

 俺は、左手の指を弾いた。

 

 不可視の刃が音もなくヴィクラムの頸を落とす。

 拘束を抜けて駆けた少女は落ちそうになっていたヴィクラムの頭へと手を伸ばし、大事そうに抱える。

 溢れる血でその身を染め、俺へと強く視線を向ける。

 

「──殺してやるっ! 絶対にっ! 殺すっ!」

「ええ。そうね。許さなくてもいいですわ」

 

 彼女とヴィクラムの関係など知らない。

 勘繰るつもりもない。

 ただ彼女が俺へと怨嗟を吐き、アマリナとヘリオが反応する前に止める。

 

「貴女……この場にいる人達には、私を殺す権利がありますわ。彼の命を、願いを無駄にしたければ今この場で殺せばいい」

「……っ!」

「今でなくとも、私は逃げませんわ。隠れもしない。願いが不履行だと思えば、剣を私へと向けなさい」

 

 だからこそ、今は命令に従ってもらう。

 卑怯者と罵られた方が気が楽だな。

 

 頭の無い身体は地面に伏した。溢れる血が地面に広がっていく。

 名もない襲撃者の男。

 誰でもない、誰か。

 

「……ディーナ様」

「問題ありませんわ。他の方々も、それでよろしくて?」

 

 文句など言わせるつもりはないけど、意思確認だけはしておこう。

 まだやるべき事は残っている。

 小さく息を吐き出して、痛む頭を少し抑えた。

 

 

 

 

 

 

 洞窟から出た俺達を迎えたのは騎士団である。

 どうやら間に合ったらしい。

 ベリル人達には武装解除を命令しているし、歯向かう相手はいない。

 

「無事だったか、ゲイルディア卿」

「……これは、シュタール騎士団長自らとは」

 

 馬から降りて俺の前へと来た壮年の男性を見ながら頭を下げる。

 騎士団長自ら俺の救助とは、ご苦労なことである。

 それだけ今回の件が騎士団の面子に関わっている事の証左でもあるけど。

 

「ここへは……どなたの報告を受けて?」

「エッケルト子爵の報告を受けてだ」

「そうですか」

 

 尻尾は掴めないか。想定内ではある。

 エッケルト子爵も義務で動いているからおかしな行動はしていない。むしろ王都襲撃を見過ごして騎士団へ報告していない方が問題か。

 

 シュタール卿からすれば、俺が攫われたという事実は都合が良かったのだろう。

 レーゲンの件での貸しがある。騎士団にとっての汚点は雪ぎたいだろうし。

 

「……どうなっている?」

「襲撃の頭領は死にましたわ。彼らは囚われていた奴隷ですわね」

「そんな詭弁が通ると?」

「事実を口にしているだけですわ」

 

 結果として俺は個人で解決をしているから、汚名は雪げないし、王都襲撃によって面子も潰れている。

 騎士団としてはどうにかして面子を守りたいだろう。

 

「彼らは私が保護しますわ」

「全員連行するのが妥当であろう」

「頭領の死体だけでは不十分と?」

「……それも事実かはわからん」

「自分に不利になるような嘘は吐きませんわ」

 

 全員連行して、強制的に犯人役を作り上げる方が騎士団としての面子は守られる。

 そんな事を許しはしないし、ヴィクラムの願いでもある。

 

「頭領の名は?」

「さぁ? 彼は私に名乗りもしませんでしたわ。それに、死体を検めるのは騎士団の仕事でしょう?」

「……ゲイルディア卿。騎士団は貴殿と事を構えたくはない」

「ええ。私も騎士団を相手にはしたくありませんわ」

 

 ニッコリと笑みを作ってシュタール卿へと向ける。

 騎士団側も俺に負い目があるから強くは出れないし、この点に置いて俺は妥協するつもりはない。

 かと言って、騎士団側が俺の言葉を鵜呑みにすればそれはそれで面子が潰れる。

 

「シュタール卿、貴殿には貸しがありましたわよね?」

「……それは騎士団には関係のない事だろう」

「ええ。ご尤も。ただの確認ですわ」

 

 レーゲンの件で脅しはするけれど、それは騎士団と関係のない事でもある。

 折れてくれれば話が早かったけれど、それも叶わない。

 俺としても騎士団の面子は守られている方がいい。潰したいわけでは無い。

 

「そうですわね。代わりに王都襲撃を計画した者。その身柄と証拠をお譲りしますわ」

「……誰かわかると?」

「この場では言えませんわ」

 

 絞られてはいるし、奴隷商や他の帳簿も含めて調べれば証拠は出てくるだろう。

 この場で言えないのは、確定したわけでは無いし、内通者がどこにいるかわからないからでもある。

 

「騎士団に内通者が?」

「……いないと断言できると?」

「……」

 

 いるかいないかは大して重要な問題ではない。

 重要なのは俺が予想している相手が内通者を騎士団に紛れさせる事が可能という点である。

 ベリル人に全ての責任を取らせるよりも、内通者を出せるような相手を捕まえる方が騎士団としての面子は守られる。

 

「確実に捕らえられるのだな?」

「捕らえられなければ、適当な理由で私を捕らえればいいですわ」

 

 都合のいい事に捕まえる為の理由には事欠かない。いいや、都合は悪いのか。

 どちらにせよ、騎士団にとってはベリル人よりもより大きな手柄となる。

 俺自身が捕まったとしても、それはそれで仕方がない。彼らを今見捨てる理由にはならない。

 

「貴殿と交渉など、金輪際無いと思っていたが」

「あら。あの場に私はいなかったのですから、これが初めてですわ」

「……そうであったな」

 

 レーゲンを殺したあの日。

 彼を殺したのは親であるシュタール卿となっている。

 交渉など、ありはしなかった。

 

「……取り逃がせば我々は貴殿を捕らえるだろう」

「ええ。勿論ですわ」

 

 交渉は成立した。

 騎士団には申し訳無いが、今は見逃してもらう。

 

 ベリル人へと視線を向けて、変わらず俺を睨む少女を見る。

 怒りはわかる。恨みもわかる。彼女達の自由は今はない。

 俺が失敗すれば、今後も無い。

 ベリル人達からシュタール卿へと視線を向け直す。

 自然と口角が吊り上がる。

 気付けば笑みが浮かんでいた。

 

「ご心配なく。たとえ地の果てに逃げようが、追い詰めて差し上げますわ」

 

 俺の持てる全てを以て。

 それこそが、命を支払った彼との契約なのだから。

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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