黒幕……或いはベリル人達を扇動した者が誰であるかは、思ったよりもすぐに判明した。
奴隷商達の帳簿を精査し、ボーグルに件の人物への調査を依頼し、些細な取引ですら調べ尽くした。
当たりをつけていたから判明が早かっただけで、何も疑念がなければかなり時間は掛かっただろう。
時間が掛かるだけで、追い詰めはしたが。
一つはあの娘がエレーナ様のお茶会で俺が放った言葉を知っていたこと。
貴族の間で噂になっていたことではある。当然、貴族と繋がりの深い商人にも伝わっていただろう。
けれど、奴隷であるベリル人は知る事はない。
けれど、知っていた。
選択肢は絞られる。
一つはヴィクラムが俺の義手を切断し、魔法が使えないと断言したこと。
思想魔法であるならば、腕など必要がない。これが一般論である。俺だって出力と時間を気にしなければ使用は出来る。
問題は「魔法が使えない」と断言した事であった。
義手は術式を刻んで発動を簡素化したものでしかない。これは事実だ。
義手がなければ大掛かりな魔法は使えない。これもまた事実である。魔力に乏しい俺は魔法を使うのに向いてはいない。
義手が無ければ魔法が使えない。
これはたった一度しか言葉にしていない。証明の為にたった一度だけ晒した。
魔法議会。その議員達。そして書記をしていた彼女だけだ。
書記が書いた議事録の中にはその出来事は書かれていなかった。
書記である彼女には今回の事件を起こしうる権力もない。除外される。
選択肢は絞られた。
そこからは簡単である。
無数にいる貴族ではなく、議員達、六人。
それに関係性のある貴族たち。
王都を護る騎士団の動きを察知できる者。
エッケルト子爵の妻子を連れ去り、脅せる者。
ベリル人達との接触、扇動出来る者。
そして、それらを命令出来る者。
「ご機嫌よう、エドヴァルド・ノール伯爵」
目の前に座っている白髪が生え揃った初老の貴族。
俺が影から執務室に現れた事で驚きの表情をしているが、すぐに眉間に深く皺を寄せて口を開く。
「……これは、ディーナ・ゲイルディア準男爵。使者も寄越さず、夜更けに来るとは。歓迎出来んな」
「ええ、構いませんわ。ただノール伯と会話をしたかっただけですもの」
「世間話をするのに、執務室で隠れていたと?」
「あら、彼らを扇動したのに彼らの技能を知らないと?」
「……何のことかわからんな」
能力のことを言っているのか、扇動していることを言っているのか。
白を切られていてもどうでもいい事だけれど。
彼の前にある長椅子に腰掛けて、影からヘリオにカップを出してもらい一口。実に俺好みの味である。
「騎士を呼べば、侵入者として卿を捕らえさせることもできる」
「あら、怖い脅しですわ」
紅茶を飲み終えて空になったカップを床へと落とす。
静かな夜だから、館に音は響くだろう。普通であるなら。
この執務室には空気の壁を作って、音が外に漏れないようにしている。ノール伯が叫んだところで誰も来ない。
眉にさらに深い皺を作ったノール伯を見ながらクスクスと笑う。老人の顔を見ても面白くも何ともないけれど、余裕は見せていなければならない。
「……私を捕らえにでも来たか?」
「不思議な事を仰られますわ。私にはノール伯を捕まえる権限はありませんわ。害するような事も致しません」
「なら何故ここに」
「先ほども言いましたわ。ノール伯と会話がしたい、と」
ただそれだけでしかない。
俺にはノール伯を罰する権利も権限も無い。
殺す理由も、害する理由もない。恨みもなければ利益にもならない。
けれど、聞きたい事はある。
「……理解できんな」
「だから、会話をするのですわ」
「……綺麗事だな」
「ええ。けれど必要なことですわ」
人と人が分かり合う為に。などという綺麗事を言うつもりは無い。会話した所で人と人は分かり合えない。
分かり合えないにしろ、ノール伯の真意は聞かなければならない。
「私が嘘偽りを言うとは考えんのかね」
「ノール伯の真意がそうであるなら、そうなのでしょう」
嘘でも偽りでも構わない。
綺麗事を並べられ、美しい論理を展開されても。自己防衛の為に異なる事実を並べ、素晴らしい虚飾を見せられても。
ただ、そうであった。それだけである。
これは俺が納得するだけの行為である。
大きく息を吐き出したノール伯は俺へと視線を強く向けて、口を開く。
「ゲイルディア卿はどこまで知っているの?」
「私が知ることは、ノール伯が今回の事件……ベリル人をけしかけ、王都郊外にあるエッケルト子爵の別邸へと襲撃をかけたこと。その程度ですわ」
「……卿は本当に私を捕縛するつもりはない、と?」
「ええ。先ほども言いましたわ。私にはその権限も権利もない、と。ただ話をお伺いに来た。それだけですわ」
物的証拠は無い。
あるのは彼に関する取引情報と他の商人達の聞き取り。あとは直接関与したノール伯の部下に関してだけだ。尤も、この部下は消息が掴めないが。
獣か魔物の餌にでもなっているのだろう。知らないけど。
「あとは、そうですわね。貴殿の不正な取引や献金……国家へと申し立てていない税収などでしょうか」
「……」
「そう怖い顔をされると震えてしまいますわ。それに、私にとってはそれらは些事でしかありませんわ。貴殿が如何なる不正をしようが、誰かを消そうが」
実にどうでもいい事実である。
俺にとって、それはそれほど重要な事ではない。俺だって貴族の端くれであるし、理解はあるつもりだ。理解があるだけではあるけど。
ニッコリと笑みを作り上げながら、ノール伯へと向ける。
「……何を聞きに来た、ディーナ・ゲイルディア」
「私が聞きたいのは二つ。なぜ彼らであったのか。そしてなぜ私だったのか」
どれだけ調べようと、その二点だけはわからない。
少なくとも、俺を生かして捕らえようとしていたのだから、俺が何かしら必要であったのだろう。
ただなぜ必要であったかもわからなければ、あのような強行手段を用いたのかもわからない。
だからこうして対話の場を作った。誰か伝いに聞いてもいいが、事実は往々にして歪められるものだ。
俺の視線から逃れるようにノール伯は天井を仰ぎ見て、椅子に深く腰掛ける。
「……ヒトは救われるべきと思わんか、ゲイルディア卿」
「答えになってませんわ」
はぐらかすのが目的なのか、そもそも答える気が無いのか。
天井からコチラへと視線を向け直したノール伯は静かに言葉を続ける。
「ヒトは導かれ、救われねばならん」
「……貴殿が導くと?」
「私ではない。私も導かれるヒトに過ぎんよ」
喉を震わせて笑うノール伯を訝しげに見ながら眉を寄せてしまう。
導き手が必要だというのなら、自らが行うのが道理だろう。人を救うというのならば。
けれど、そうではない。彼も導かれる側であるらしい。
「では、誰が?」
「──勇者だよ」
「……」
何を言っている?
勇者など、いない。少なくとも、今は生きていない。
それでもこの男の瞳の奥に灯る光はそれを信じて止まない。
「我々では及ばぬ理想。我々では届かぬ希望。我々を導き、救ってくださる、勇者」
「……話になりませんわ。初代国王をそう持て囃すお伽噺でしょう」
「いいや、違う。違うぞ、ゲイルディア卿。勇者は確かに存在し、ヒトを救った。それは紛れもない事実だ」
お伽噺、というには事実でありすぎる。
実際に初代国王であった彼は世界を救ったかもしれない。それを誇ったりもしていなかった。それはあの日誌で吐露していた事だ。
けれど、勇者という幻影に取り憑かれている。この男……いや、彼ら、と言うべきだろう。
勇者を求めることを悪とは言わない。
救えるのなら俺だって救ってほしい。しかし、そんな者がいればの話でしかない。
「……勇者であれ、死人ですわ」
「そう、ならば新しい勇者を求めればいい」
ノール伯の奥に灯る光がより強くなる。
求めて止まない存在を手中に収める為に。
嫌な感覚が頭に響く。
点と点が繋がっていく。最悪の想定よりもより最悪が現実として突きつけられる。
ノール伯達は勇者を召喚しようとしていた。
それが事実とすれば、あの日見せられた魔法陣が意味を成す。
「あの魔法陣がそうなのですわね」
「ああ、そうだ。我々が求めた理想の魔法。我々の導き手。それを召喚しようとした」
「……けれど、勇者など現れなかった」
「口惜しいが。それもまた事実だろう。五年前も二十年前も。しかし、次こそは成功させてみせる。卿の力さえあれば、成功させることができる」
あの魔法陣を見て、改善案が幾つか湧いたことは事実である。
あんな現実的じゃない術式を見れば、目的が解らずとも改善は出来る。
召喚は出来なかった。
──これは恐らく、彼らの思い違いだろう。
失敗したのではなく、気付いていないだけかもしれない。
勇者という存在がこの世界で生まれず、転移して来た者を示すのならば、異世界転移は間違いなく成功した。
黒髪の彼女の姿が脳裏に過ぎる。
恐ろしいほどの魔力。
稀有な治癒という魔法。
心優しき少女。
彼女を勇者として祭り上げると?
彼女に縋り、彼女に背負わせると?
無垢で純真なあの娘に望まぬ責務を押し付けると?
小さく息を吐き出して、感情を鎮める。
何にせよ、五年前が彼女だったにしても、二十年前にも誰かが召喚された可能性はある。
その人物はどこかで野垂れ死んだかもしれないし、召喚そのものが失敗していたかもしれない。
少なくとも、同じ召喚であるならば、二十年前に成功していたならば、アサヒが五年前に召喚されることはなかった筈だ。
「だから私を狙ったと?」
「些か強引であったと謝罪しよう。だが、我々ヒトには勇者が必要なのだ」
ノール伯の真意は理解した。理解などしたくはない真意であったけれど。
俺が攫われて、俺を救ったのならば恩は出来る。何も語らずとも、俺は彼らに加担していたかもしれない。
実に貴族らしい道理だ。
反吐が出る。
「……人を救う。なるほど、実に美しい思想ですわ」
「そうだろうそうだろう!」
同意を得たようにノール伯は力強く気持ちを吐き出す。
人を救うという思想であるなら。本当に人を救いたいという真意であるなら。
もう一つの質問が矛盾してしまう。
「ですが、なら何故ベリル人達を扇動されたので?」
「不思議なことを言うな、ゲイルディア卿」
心底不思議そうに、その瞳は狂った光を宿しながらノール伯は続ける。
「彼らは貴族ではないではないか」
……なるほどね。
彼らの言うヒトとは貴族なのだ。
救われるべきは貴族であるし、貴族でない者たちはヒトですらない。
ベリル人であろうと、シルベスタ王国に生きる民であろうと。貴族でなければヒトではない。
そう考えれば彼の真意に矛盾はない。
救済も何もかもを勇者へと押し付けて、自身たちはそれを享受するだけ。
実に楽な選択だ。その選択を求めて努力することを否定はしない。
選択を放棄していた俺が何かを言う権利もない。
「実に素晴らしい御高説ですわ、ノール伯。けれど、私は貴方……いえ、あなた方、と言うべきですわね。あなた方へ与することはありませんわ」
「何故だ?」
「勇者が導いてくれる。実に楽な選択だと思いますわ。私もそんな者がいるのならば導いていただきたいぐらい」
「では──」
「けれど、人は勝手に救われますもの。導かずとも、勇者に頼らずとも、自分の力で歩けますわ」
人は勝手に救われる。理想論でしかないけれど。
飢えた者も、病に倒れる者も、努力だけではどうにもならない。それでも、自ら選び、自ら歩こうとすることだけは誰にも奪えない。
「それが愚かだと言うのだっ! それが何故解らぬっ!」
「ええ。けれど、勇者という存在に頼るあなた方よりも、よっぽど責任をもって選択していますもの。私はその選択を尊重しますわ」
自身の選択が愚かであっても、間違いであっても。
人は生きる。生きるしかないのだ。
誰かに委ねた選択に責務などない。その責務は誰が負うのか。
苦しい選択であっても。愚かな選択であっても。間違った選択をしたとしても。
それは人が人であり続ける為に必要なことだ。
「愚かであってもか」
「愚かであっても。不出来な魔法式にすら頼らなくてはいけないあなた方よりは」
故に、俺が彼らに加担することはない。助力すらすることはない。
彼らの選択を否定する気はない。ただ、俺と考え方が根本的に違うだけなのだから。
楽な選択肢を取り続けようとする彼らを間違いだとは言わない。
誰かに責任を押し付けて、享受する彼らを糾弾することもない。
「……やはり卿に恩を売り、コチラに着かせるべきであった」
俺を引き込めないことを嘆息し、ノール伯爵は天を仰ぐ。
恩があれば、変わっていたかもしれない。
根本的な思想が違うが、どうなったかなどわからない。
そうはならなかったのだから。
「……対話をしていただいた感謝を込めて、一つだけご助言いたしましょう。ノール伯」
「……なんだ」
しっかりと真意を語ってくれた彼に隠す必要はない。
嘘は言っていないが、言っていない情報はある。
「私には貴殿を捕らえる権限も権利もない。貴殿の全ての情報は私にとっては些事。これらは事実ですわ」
何度も言った言葉を今一度繰り返す。
嘘も偽りもない言葉である。
気付けないノール伯の為に、何度も重ねて口にする。
「だから……貴様っ」
ようやく気付いた。
焦りで表情を崩すノール伯を見ながらニッコリと笑ってみせる。
「ええ。既に騎士団に通達済みですわ。陛下の前で先程の御高説を仰られることを切に願いますわ」
「ふざけるなっ! 騙したのかっ!」
「騙すだなんてそんな……。ただ言葉にしなかっただけですわ。私、聞かれたことへは素直に返していますもの」
聞かれなかったから言葉にはしなかった。
これはノール伯への敬意として言葉にしたのだ。他意はない。
焦りから怒りへと表情を染めて、強く俺を睨んでくる。
「右腕すらない貴様をこの場で殺してもいいのだぞっ!」
「お忘れでしょうか? この場は私の魔法の中。伯が動く前に防ぐことは造作もありませんわ」
「──っ」
彼がどのような魔法を行使したところで、全て問題はない。
彼が俺を害そうとしても、ヘリオが俺達よりも速く動く。俺はただ魔法を視て、消すだけである。
俺がここに来たのは、ノール伯の真意の確認だけでしかない。
罰することも、害することもしない。
「エドヴァルド・ノール伯爵。次に会うときは……いえ、次など貴殿には望めませんわね。
では、ご機嫌よう」
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん