悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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98.悪役令嬢は知りたい!

 黒幕……或いはベリル人達を扇動した者が誰であるかは、思ったよりもすぐに判明した。

 奴隷商達の帳簿を精査し、ボーグルに件の人物への調査を依頼し、些細な取引ですら調べ尽くした。

 当たりをつけていたから判明が早かっただけで、何も疑念がなければかなり時間は掛かっただろう。

 時間が掛かるだけで、追い詰めはしたが。

 

 一つはあの娘がエレーナ様のお茶会で俺が放った言葉を知っていたこと。

 貴族の間で噂になっていたことではある。当然、貴族と繋がりの深い商人にも伝わっていただろう。

 けれど、奴隷であるベリル人は知る事はない。

 けれど、知っていた。

 選択肢は絞られる。

 

 一つはヴィクラムが俺の義手を切断し、魔法が使えないと断言したこと。

 思想魔法であるならば、腕など必要がない。これが一般論である。俺だって出力と時間を気にしなければ使用は出来る。

 問題は「魔法が使えない」と断言した事であった。

 義手は術式を刻んで発動を簡素化したものでしかない。これは事実だ。

 義手がなければ大掛かりな魔法は使えない。これもまた事実である。魔力に乏しい俺は魔法を使うのに向いてはいない。

 

 義手が無ければ魔法が使えない。

 これはたった一度しか言葉にしていない。証明の為にたった一度だけ晒した。

 魔法議会。その議員達。そして書記をしていた彼女だけだ。

 書記が書いた議事録の中にはその出来事は書かれていなかった。

 書記である彼女には今回の事件を起こしうる権力もない。除外される。

 

 選択肢は絞られた。

 そこからは簡単である。

 

 無数にいる貴族ではなく、議員達、六人。

 それに関係性のある貴族たち。

 王都を護る騎士団の動きを察知できる者。

 エッケルト子爵の妻子を連れ去り、脅せる者。

 ベリル人達との接触、扇動出来る者。

 そして、それらを命令出来る者。

 

「ご機嫌よう、エドヴァルド・ノール伯爵」

 

 目の前に座っている白髪が生え揃った初老の貴族。

 俺が影から執務室に現れた事で驚きの表情をしているが、すぐに眉間に深く皺を寄せて口を開く。

 

「……これは、ディーナ・ゲイルディア準男爵。使者も寄越さず、夜更けに来るとは。歓迎出来んな」

「ええ、構いませんわ。ただノール伯と会話をしたかっただけですもの」

「世間話をするのに、執務室で隠れていたと?」

「あら、彼らを扇動したのに彼らの技能を知らないと?」

「……何のことかわからんな」

 

 能力のことを言っているのか、扇動していることを言っているのか。

 白を切られていてもどうでもいい事だけれど。

 彼の前にある長椅子に腰掛けて、影からヘリオにカップを出してもらい一口。実に俺好みの味である。

 

「騎士を呼べば、侵入者として卿を捕らえさせることもできる」

「あら、怖い脅しですわ」

 

 紅茶を飲み終えて空になったカップを床へと落とす。

 静かな夜だから、館に音は響くだろう。普通であるなら。

 この執務室には空気の壁を作って、音が外に漏れないようにしている。ノール伯が叫んだところで誰も来ない。

 

 眉にさらに深い皺を作ったノール伯を見ながらクスクスと笑う。老人の顔を見ても面白くも何ともないけれど、余裕は見せていなければならない。

 

「……私を捕らえにでも来たか?」

「不思議な事を仰られますわ。私にはノール伯を捕まえる権限はありませんわ。害するような事も致しません」

「なら何故ここに」

「先ほども言いましたわ。ノール伯と会話がしたい、と」

 

 ただそれだけでしかない。

 俺にはノール伯を罰する権利も権限も無い。

 殺す理由も、害する理由もない。恨みもなければ利益にもならない。

 けれど、聞きたい事はある。

 

「……理解できんな」

「だから、会話をするのですわ」

「……綺麗事だな」

「ええ。けれど必要なことですわ」

 

 人と人が分かり合う為に。などという綺麗事を言うつもりは無い。会話した所で人と人は分かり合えない。

 分かり合えないにしろ、ノール伯の真意は聞かなければならない。

 

「私が嘘偽りを言うとは考えんのかね」

「ノール伯の真意がそうであるなら、そうなのでしょう」

 

 嘘でも偽りでも構わない。

 綺麗事を並べられ、美しい論理を展開されても。自己防衛の為に異なる事実を並べ、素晴らしい虚飾を見せられても。

 ただ、そうであった。それだけである。

 これは俺が納得するだけの行為である。

 

 大きく息を吐き出したノール伯は俺へと視線を強く向けて、口を開く。

 

「ゲイルディア卿はどこまで知っているの?」

「私が知ることは、ノール伯が今回の事件……ベリル人をけしかけ、王都郊外にあるエッケルト子爵の別邸へと襲撃をかけたこと。その程度ですわ」

「……卿は本当に私を捕縛するつもりはない、と?」

「ええ。先ほども言いましたわ。私にはその権限も権利もない、と。ただ話をお伺いに来た。それだけですわ」

 

 物的証拠は無い。

 あるのは彼に関する取引情報と他の商人達の聞き取り。あとは直接関与したノール伯の部下に関してだけだ。尤も、この部下は消息が掴めないが。

 獣か魔物の餌にでもなっているのだろう。知らないけど。

 

「あとは、そうですわね。貴殿の不正な取引や献金……国家へと申し立てていない税収などでしょうか」

「……」

「そう怖い顔をされると震えてしまいますわ。それに、私にとってはそれらは些事でしかありませんわ。貴殿が如何なる不正をしようが、誰かを消そうが」

 

 実にどうでもいい事実である。

 俺にとって、それはそれほど重要な事ではない。俺だって貴族の端くれであるし、理解はあるつもりだ。理解があるだけではあるけど。

 ニッコリと笑みを作り上げながら、ノール伯へと向ける。

 

「……何を聞きに来た、ディーナ・ゲイルディア」

「私が聞きたいのは二つ。なぜ彼らであったのか。そしてなぜ私だったのか」

 

 どれだけ調べようと、その二点だけはわからない。

 少なくとも、俺を生かして捕らえようとしていたのだから、俺が何かしら必要であったのだろう。

 ただなぜ必要であったかもわからなければ、あのような強行手段を用いたのかもわからない。

 だからこうして対話の場を作った。誰か伝いに聞いてもいいが、事実は往々にして歪められるものだ。

 

 俺の視線から逃れるようにノール伯は天井を仰ぎ見て、椅子に深く腰掛ける。

 

「……ヒトは救われるべきと思わんか、ゲイルディア卿」

「答えになってませんわ」

 

 はぐらかすのが目的なのか、そもそも答える気が無いのか。

 天井からコチラへと視線を向け直したノール伯は静かに言葉を続ける。

 

「ヒトは導かれ、救われねばならん」

「……貴殿が導くと?」

「私ではない。私も導かれるヒトに過ぎんよ」

 

 喉を震わせて笑うノール伯を訝しげに見ながら眉を寄せてしまう。

 導き手が必要だというのなら、自らが行うのが道理だろう。人を救うというのならば。

 けれど、そうではない。彼も導かれる側であるらしい。

 

「では、誰が?」

「──勇者だよ」

「……」

 

 何を言っている? 

 勇者など、いない。少なくとも、今は生きていない。

 それでもこの男の瞳の奥に灯る光はそれを信じて止まない。

 

「我々では及ばぬ理想。我々では届かぬ希望。我々を導き、救ってくださる、勇者」

「……話になりませんわ。初代国王をそう持て囃すお伽噺でしょう」

「いいや、違う。違うぞ、ゲイルディア卿。勇者は確かに存在し、ヒトを救った。それは紛れもない事実だ」

 

 お伽噺、というには事実でありすぎる。

 実際に初代国王であった彼は世界を救ったかもしれない。それを誇ったりもしていなかった。それはあの日誌で吐露していた事だ。

 けれど、勇者という幻影に取り憑かれている。この男……いや、彼ら、と言うべきだろう。

 

 勇者を求めることを悪とは言わない。

 救えるのなら俺だって救ってほしい。しかし、そんな者がいればの話でしかない。

 

「……勇者であれ、死人ですわ」

「そう、ならば新しい勇者を求めればいい」

 

 ノール伯の奥に灯る光がより強くなる。

 求めて止まない存在を手中に収める為に。

 嫌な感覚が頭に響く。

 点と点が繋がっていく。最悪の想定よりもより最悪が現実として突きつけられる。

 

 ノール伯達は勇者を召喚しようとしていた。

 それが事実とすれば、あの日見せられた魔法陣が意味を成す。

 

「あの魔法陣がそうなのですわね」

「ああ、そうだ。我々が求めた理想の魔法。我々の導き手。それを召喚しようとした」

「……けれど、勇者など現れなかった」

「口惜しいが。それもまた事実だろう。五年前も二十年前も。しかし、次こそは成功させてみせる。卿の力さえあれば、成功させることができる」

 

 あの魔法陣を見て、改善案が幾つか湧いたことは事実である。

 あんな現実的じゃない術式を見れば、目的が解らずとも改善は出来る。

 

 召喚は出来なかった。

 ──これは恐らく、彼らの思い違いだろう。

 失敗したのではなく、気付いていないだけかもしれない。

 

 勇者という存在がこの世界で生まれず、転移して来た者を示すのならば、異世界転移は間違いなく成功した。

 

 黒髪の彼女の姿が脳裏に過ぎる。

 

 恐ろしいほどの魔力。

 稀有な治癒という魔法。

 心優しき少女。

 

 彼女を勇者として祭り上げると? 

 彼女に縋り、彼女に背負わせると? 

 無垢で純真なあの娘に望まぬ責務を押し付けると? 

 

 小さく息を吐き出して、感情を鎮める。

 何にせよ、五年前が彼女だったにしても、二十年前にも誰かが召喚された可能性はある。

 その人物はどこかで野垂れ死んだかもしれないし、召喚そのものが失敗していたかもしれない。

 少なくとも、同じ召喚であるならば、二十年前に成功していたならば、アサヒが五年前に召喚されることはなかった筈だ。

 

「だから私を狙ったと?」

「些か強引であったと謝罪しよう。だが、我々ヒトには勇者が必要なのだ」

 

 ノール伯の真意は理解した。理解などしたくはない真意であったけれど。

 俺が攫われて、俺を救ったのならば恩は出来る。何も語らずとも、俺は彼らに加担していたかもしれない。

 実に貴族らしい道理だ。

 反吐が出る。

 

「……人を救う。なるほど、実に美しい思想ですわ」

「そうだろうそうだろう!」

 

 同意を得たようにノール伯は力強く気持ちを吐き出す。

 人を救うという思想であるなら。本当に人を救いたいという真意であるなら。

 もう一つの質問が矛盾してしまう。

 

「ですが、なら何故ベリル人達を扇動されたので?」

「不思議なことを言うな、ゲイルディア卿」

 

 心底不思議そうに、その瞳は狂った光を宿しながらノール伯は続ける。

 

「彼らは貴族ではないではないか」

 

 ……なるほどね。

 彼らの言うヒトとは貴族なのだ。

 救われるべきは貴族であるし、貴族でない者たちはヒトですらない。

 ベリル人であろうと、シルベスタ王国に生きる民であろうと。貴族でなければヒトではない。

 そう考えれば彼の真意に矛盾はない。

 

 救済も何もかもを勇者へと押し付けて、自身たちはそれを享受するだけ。

 実に楽な選択だ。その選択を求めて努力することを否定はしない。

 選択を放棄していた俺が何かを言う権利もない。

 

「実に素晴らしい御高説ですわ、ノール伯。けれど、私は貴方……いえ、あなた方、と言うべきですわね。あなた方へ与することはありませんわ」

「何故だ?」

「勇者が導いてくれる。実に楽な選択だと思いますわ。私もそんな者がいるのならば導いていただきたいぐらい」

「では──」

「けれど、人は勝手に救われますもの。導かずとも、勇者に頼らずとも、自分の力で歩けますわ」

 

 人は勝手に救われる。理想論でしかないけれど。

 飢えた者も、病に倒れる者も、努力だけではどうにもならない。それでも、自ら選び、自ら歩こうとすることだけは誰にも奪えない。

 

「それが愚かだと言うのだっ! それが何故解らぬっ!」

「ええ。けれど、勇者という存在に頼るあなた方よりも、よっぽど責任をもって選択していますもの。私はその選択を尊重しますわ」

 

 自身の選択が愚かであっても、間違いであっても。

 人は生きる。生きるしかないのだ。

 誰かに委ねた選択に責務などない。その責務は誰が負うのか。

 苦しい選択であっても。愚かな選択であっても。間違った選択をしたとしても。

 それは人が人であり続ける為に必要なことだ。

 

「愚かであってもか」

「愚かであっても。不出来な魔法式にすら頼らなくてはいけないあなた方よりは」

 

 故に、俺が彼らに加担することはない。助力すらすることはない。

 彼らの選択を否定する気はない。ただ、俺と考え方が根本的に違うだけなのだから。

 楽な選択肢を取り続けようとする彼らを間違いだとは言わない。

 誰かに責任を押し付けて、享受する彼らを糾弾することもない。

 

「……やはり卿に恩を売り、コチラに着かせるべきであった」

 

 俺を引き込めないことを嘆息し、ノール伯爵は天を仰ぐ。

 恩があれば、変わっていたかもしれない。

 根本的な思想が違うが、どうなったかなどわからない。

 そうはならなかったのだから。

 

「……対話をしていただいた感謝を込めて、一つだけご助言いたしましょう。ノール伯」

「……なんだ」

 

 しっかりと真意を語ってくれた彼に隠す必要はない。

 嘘は言っていないが、言っていない情報はある。

 

「私には貴殿を捕らえる権限も権利もない。貴殿の全ての情報は私にとっては些事。これらは事実ですわ」

 

 何度も言った言葉を今一度繰り返す。

 嘘も偽りもない言葉である。

 気付けないノール伯の為に、何度も重ねて口にする。

 

「だから……貴様っ」

 

 ようやく気付いた。

 焦りで表情を崩すノール伯を見ながらニッコリと笑ってみせる。

 

「ええ。既に騎士団に通達済みですわ。陛下の前で先程の御高説を仰られることを切に願いますわ」

「ふざけるなっ! 騙したのかっ!」

「騙すだなんてそんな……。ただ言葉にしなかっただけですわ。私、聞かれたことへは素直に返していますもの」

 

 聞かれなかったから言葉にはしなかった。

 これはノール伯への敬意として言葉にしたのだ。他意はない。

 焦りから怒りへと表情を染めて、強く俺を睨んでくる。

 

「右腕すらない貴様をこの場で殺してもいいのだぞっ!」

「お忘れでしょうか? この場は私の魔法の中。伯が動く前に防ぐことは造作もありませんわ」

「──っ」

 

 彼がどのような魔法を行使したところで、全て問題はない。

 彼が俺を害そうとしても、ヘリオが俺達よりも速く動く。俺はただ魔法を視て、消すだけである。

 

 俺がここに来たのは、ノール伯の真意の確認だけでしかない。

 罰することも、害することもしない。

 

「エドヴァルド・ノール伯爵。次に会うときは……いえ、次など貴殿には望めませんわね。

 

 

 では、ご機嫌よう」

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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