同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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11話

 

 ライブの連絡をしやすくするために着拒を解除してって言われたが、もちろんそんなことはしない。そもそもライブが決まってるのなら、日程を聞くだけでいいからな。そんなんで俺を引っ掛けられると思ったら大間違いだ。不貞腐れる牛込から日程を聞いてそれを覚える。メモもしない。忘れたらその時はその時だ。

 

 

「覚えてたわけだが……」

 

「そんなとこでボサッとしてないで入るなら入りな。客じゃないなら帰ってくれ」

 

「相変わらず毒舌だな。ばあさん」

 

「オーナーだ。……ふんっ、あんたは見ないうちに捻くれたね。それに、あの子がいないのに来るとはね」

 

「……ま、それは会うことがあれば謝るさ」

 

 

 このライブハウス"SPACE"のオーナーこと都築詩船さん。俺の家のことを細かく知ってる数少ない人物の一人だ。オーナーの性格上あまり首を突っ込んでこないが、こっちに引っ越してきたばかりの頃に世話になった。

 

 

「悪いがアタシはあんたらのことを助けられないよ」

 

「いいよ。俺が自分でなんとかする。高望みなんてしないで堅実的なやり方でな」

 

「そうかい……。何かあったらいいな。できることならしてやるよ」

 

「どうしたオーナー。変なもんでも食ったか?」

 

「黙りな。口の減らない子だね」

 

「ははは、……ありがとうオーナー。その時があれば頼む」

 

「ふんっ。最初からそう言いな」

 

 

 オーナーに料金を払ってカウンターから離れる。まさかオーナーがあんなことを言ってくるなんて思ってなかったが、事情を知ってる人にそう言われると気持ちが幾分か楽になるな。こんなことを言ったらまた文句を言われそうだが、伊達に長生きしてないな。

 ライブが始まるまでもう少し時間がある。ほとんどの客はもう奥に入ってるようだが、俺は今日出演する全バンドを聞きたいわけじゃない。飲み物でも買っといて、壁にでも寄りかかりながらライブを観させてもらうとしよう。オーナーも受け付けを他の店員と交代して中に入っていってた。照明やら音響やらの指示を全部飛ばすらしいし、自分でも調整するらしいからな。

 

 

「オーナーの基準は技術じゃない。……ま、どのバンドも聴いてて損することはないだろ」

 

 

 今日は全部で4バンドするらしい。牛込たちがやるのは3番目なんだとか。どのバンドも2曲するようだから、交代の時間も多めに考慮してだいたい30分後か。時間にして考えると短いが、ライブは時間を忘れさせるものだ。時間じゃ語ることのできないものを披露してくれるだろう。

 

 

『大きくなったらここに来ようね! 抜けがけしちゃ駄目だからね!』

 

『観客としては?』

 

『うーん……それも駄目! 一緒にここでステージに立つの!』

 

『えぇ〜。でも、──がそう言うのならそれでいいよ』

 

『うん! 約束!』

 

『指切りしようか』

 

(ごめんな──。約束破っちまった)

 

 

 一つ目のバンドの演奏が始めるのを見ると、こっちに来たばかりの頃に交した約束を思い出した。小学6年生の時だったかな。オーナーと母さんが仲良くなって、母さんが一度だけステージに立った時に交した約束だ。あいつが歌って俺がギターを弾きながら時にコーラスを入れる。そんなことまで決めて、そして今になっては叶わない約束だ。

 

 

(オーナーに弟子入りなんて言ってギターの話を聞いてたっけな)

 

 

 弦一本一本の説明、チューニングのやり方、押さえ方に弾き方。初歩中の初歩をしつこく頼んで教わった。オーナーのギターは当時の俺からすれば大きくてまともに弾くことができなかった。ギターを買うことはできなかったから、オーナーの時間がある時にサイズの合わないギターで基礎だけを練習した。それに対して、あいつはどこでも練習できるから、はっきりと分かるほど次々と上達していった。焦ったりもしたが、楽しそうに歌うから焦ることがバカバカしく思えた。

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

「っと、一つ目のが終わったか」

 

 

 過去を思い出して感傷的になっている間に一つ目のバンドの演奏が終わったようだ。はっきり言って全く聞いてなかった。さすがにこれは演奏してる子たちに悪いな。過去を振り返るのはやめて、次のバンドからはちゃんと聞くとしよう。

 しばらく待っていると、二つ目のバンドの準備が終わったようで、簡単なMCをしてから演奏を始めた。俺はライブなんて母さんのを観たあの日以降観たことがない。バンドの演奏も分からない。だから今演奏してる彼女たちのレベルなんて分からない。だが、全力でやっていることだけは分かる。趣味と言えばそれまでなんだろう。それでも、趣味と一言で言い表せる程度のものじゃない。これまでの積み重ねをぶつけていることが伝わってくる。

 

 

(それが俺に響くかは別としてな)

 

 

 彼女たちの全力、練習してきたその量。それは素直に賞賛する。彼女たちも誇ることができるものだ。観客も盛り上がってる。これは良いライブなんだろう。しかし、俺の心は冷めきっていた。そこには、嫉妬もあるのだろう。俺が約束を果たせず、破ってここにいることが関係しているのだろう。まだまだ子供の証だ。

 拍手は送るが、心が冷めてしまっている。幸いなのは近くに他の客がいないことだ。今の盛り上がりに水を指すようなことにはなっていない。次が俺にとっては本命と言える牛込たちのライブだ。果たしてどんなライブをするのか。

 これは嫉妬も他所にして聞かないと勝負にならない。公平も何もあったものじゃないが、とりあえずは邪魔な感情をどけるしかない。感情をコントロールしたところで、思いがけないことが起きた。

 

 

──出演の順番が入れ替わった

 

 

 大したことじゃないと思う人もいるだろう。現に観客の大半は気にしてる様子がない。しかし、俺からしたらたまったもんじゃない。この日にケリをつけたいのにこのまま出てこないなんてことがあったら困るんだ。もしかしたら単純に入れ替わっただけなのかもしれない。しかし、あのオーナーがそんなことを容易く認めるとも思えない。だから俺は部屋を出た。向かう先はただ一つ。スタッフの静止なんぞ無視だ。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「ゆり大丈夫?」

 

「ごめん……みんな、ごめん……」

 

「そんなのはいいから。ゆりちゃんが最優先だから」

 

「できそうならこの後やらせてもらお」

 

 

 今の自分が情けなくて、膝を抱え込んで顔も俯かせる。萩近くんにわざわざ来てもらってるのに、私たちの全力をぶつけるだけなのに、それなのに順番が回ってきたら足が動かなくなった。言葉も発せなくなってとうとうその場に膝をおって座り込んじゃった。急遽トリの予定だった人たちが演奏してくれて時間を稼いでくれてる。このまま私が何もできなければあの人たちがアンコールとしてもう一度出るらしい。

 でも、そんなことになれば私たちはもうこの場でライブをやらせてもらうことができなくなる。なによりも、このまま何もできなくてライブをしなかったらもう二度と萩近くんと話せなくなる。それだけは嫌なのに、ライブをしたいのに、なんで……なんで……。

 

 

「やっぱこうなってたか」

 

「……ぇ」

 

 

 こんな場所にいるはずがない人の声。自分から私に話しかけるなんてことがないはずの人の声がした。

 

 

「萩りゃんにゃん」

 

「殴られたいのか二十騎」

 

「きゃあ〜暴力はんたーい」

 

「……」

 

「え、無視? ショックなんだけど」

 

 

 顔を上げたら目の前に萩近くんがいた。座り込んでる私に合わせてしゃがみ込んでるけど、彼のほうが高いから少し見上げる形になる。怒ってるわけでもなくて、心配してきてくれたわけでもなさそう。彼は相手の考えを読み取れちゃうけど、私は仲良くなってたくさんの時間を過ごした人じゃないと無理。だから萩近くんが今何を思ってるのかは分からない。

 

 

「お前の負けでいいのか?」

 

「……よくない

 

「ならなんで演奏しない。緊張にでも負けたか」

 

「……分かんないよ。何も分かんなくなって……」

 

「はぁ〜。立てるか?」

 

 

 呆れてるわけでもない。本当に彼は何を考えてるんだろう。何も分からないけれど、彼の質問には答えられる。今は立てられないって首を横に振ったら、私の腕を掴まれた。

 

 

「よっと」

 

「ひゃぁっ!」

 

「ほら、立てたじゃねぇか」

 

「これは君が引っ張ったから!」

 

「立てないって言うなら、俺が引っ張り上げた後にまた座り込んでる。でも牛込はそうならなかった。自分で立つ気があるからだ」

 

 

 萩近くんに急に引っ張り上げられたことで、立ち上がったもののバランスが崩れた。彼に持たれかかることでなんとかバランスを取って、自分の足で立ててるんだけど、彼の顔が凄く近い。でも彼はそんなこと気にしてない。

 

 

「やる気がないやつ。できないって決め込んでるやつには何もできないさ。でも、できるって思ってる奴はそうじゃない。成功するかは別として、挑むことはできる。牛込は今挑むことすらやめてるんだよ。このままでいいのか?」

 

「やだ……けど…………」

 

「ならやるしかないだろ。……もう引退しちゃったけど、俺が素直に尊敬できる人がいてな。その人が言ったらしいんだよ

 

──『ステージに立てば私たちが世界で一番カッコいいバンドだから』ってよ」

 

 

 その人がいったい誰なのか私には分からなかった。だけど、きっとみんなに愛された人だと思う。そして、同じバンドの人にもスタッフさんにもお客さんにも、みんなに負けないだけ愛した人なんだろうって思った。その言葉は不思議と私の胸に響いた。優しくて温かい言葉で、力が湧いてくる。

 

 

「このライブハウスに来た人達はライブしてるお前たちを見に来たんだ。他の誰でもないステージに立ってるお前たちを。だからやってみせろ。全力でやり抜いてみせろ」

 

「萩近くんは? 萩近くんは見ててくれる?」

 

「そりゃあな。そのために今日は来たわけだし、牛込を観とくから、俺を魅せてみろ」

 

「! ……うん! ありがとう。もう大丈夫だから。みんなもごめんね」

 

「いいのよ。最高のライブにしましょ?」

 

「七菜……、うん!」

 

 

 萩近くんに背中を押されて私は前に進むことができた。彼は他のお客さんと同じ場所に戻って、一番うしろで壁に持たれながらだったけど私を見ていてくれた。本当はお客さんみんなに向けて歌わないといけないって分かってる。

 でも、今日だけは萩近くんに向けて歌った。私たちの演奏が終わったら萩坂くんがすぐに出て行っちゃって、私は慌てて控室に戻って携帯電話を回収した。画面は彼からのメッセージを表示してる。

 

『着拒を解除しといた』

 

 それだけの一言だったけど、すっごい嬉しかった。支えてくれたお礼を言いたい、ライブの感想を聞きたい、話したいことがいっぱいある。だから着替えを後回しにしてライブハウスを出た。彼はまだライブハウスの近くにいて、話しかけようと側に行ったら電話してた。だから電話が終わるまで待つことにしたんだけど、彼の声は聞こえてて耳を疑う言葉が聞こえてきた。

 

 

「……は? 仕送りをやめる(・・・・・・・)? 本気で言ってんのか?」

 

「……ぇ?」

 

 




 分かる人には分かるあのお方の言葉。エモ過ぎだよ。これを出したかったがために主人公に珍しい行動を取らせました。

もし作者が書く気が出た場合

  • 海外編(単発デート)
  • グリグリ全員との絡み
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