終業式も終わり夏休みが始まった7月。
家から学校に行くまでの間に汗をかくことが当たり前となった気温。
甚だ鬱陶しいのだが、気温に文句を言ったところで何が変わるわけでもない。それでも文句は言うわけだが、そんな日々とはひとまずお別れだ。これからは学校ではなくバイト先に通う毎日となるのだから。
あまり変わってない気もするが、学校に行ってからというワンクッションを挟むことがなくなったから大きな変化と言える。
──なによりも稼ぎ時だ
今まで土日祝でしか朝から働けなかったが、学校が休みになったから平日でも朝から働けるようになった。まだ比較的涼しい時間に通勤するために、余裕を持って家を出るようにしてる。
それでもウザったい日も来たりする。面倒な客とか、口先だけのマネージャーとか、責任転嫁する応援の奴とか。
そういう奴とは少し違うが、今日も厄介な奴が来た。
「お〜、萩ぽん今日はレジなんだ? 珍しいね」
「出口はそちらとなっております」
「今来たとこなんだけどなー」
「相手したくないから帰れ」
「私お客さんなんだけど? まぁ気にすることでもないけどさ。他に買う人もいないみたいだしちょっとくらい話そうよ」
「二十騎の相手は疲れんだよ」
そう二十騎だ。
掴みどころもなく、何を考えてるのかもわからない。一見ただの馬鹿で、実際馬鹿なとこもあるのだが、これでいて
それだけならまだいいんだが、俺の過去を知っている人物でもある。
──やりづらい
それが二十騎に抱く印象だ。
何が楽しいのか上機嫌にメニューを眺めてるが、一人だけで来たということは何か話があるんだろう。今日働いてるオバちゃんが二十騎と知り合いだから、俺がこれから休憩だということも把握してるんだろうな。後ろを見たらサムズアップされたし。
「このセットかな。お金は任せた!」
「払えよ」
「ちぇー。萩ぽんと私の仲だからいけると思ったんだけどなぁ」
「ただの知り合いだろ」
「冷たいね〜。ゆりちゃんぐらいじゃないと駄目ってことか」
「よかったな。永遠にサービスなんぞしねぇぞ」
なんで牛込をそこで出してくる。アイツに頼まれてもサービスなんぞしないし、むしろケチるわ。
そんなこっちの思いを理解しているのかしていないのか、二十騎は笑みを浮かべている。基本的に笑顔の奴だから、捻くれた考えしかできない俺にはその真意を知ることが難しい。だからやりづらいんだ。
レジを打って料金を表示させ、二十騎から代金を預かる。またレジを操作して精算を済ませ、おつりを二十騎に渡したら本題に入る。話を早く終わらせたいからな。
「お、このひなちゃんの考えを見抜くなんて、萩ぽんはもしかして「話がないなら俺は休憩室から出ないぞ」えぇー。……遊びのお誘いだよ」
「行かない。これで話は終わりだな」
「終わってませーん。ちゃんと客席の方来てよー? 待ってるから」
「メンドクセ」
〜〜〜〜〜
「あ、萩近くん来てくれたんだ!」
「誰のせいだと思ってやがる」
「へ?」
集合場所の駅前にいると、萩近くんが不機嫌ながらも来てくれた。けど私が萩近くんを呼んだわけじゃないから、そう言われてもなんのことか分からなかった。
そんな私の反応から察したのか、彼はあからさまにため息をついた。今の状況がどういうことか理解したみたい。私には何も教えてくれないけど。
「……他に誰が来る?」
「グリグリメンバーだよ」
「グリグリ? 頭大丈夫か? ……あぁ、元から駄目だったな」
「勝手に変なこと言って納得しないでよ! 私たちのバンド名『Glitter*Green』の略称!」
「そういうことか。面白くねぇな」
「何か言った?」
「他のやつがまだ来ないなってだけだ」
彼はスマホで時間を確認してそう言った。今は集合時間の5分前。たしかに他に誰も来てないのは不思議。七菜とか10分前にいそうなのに。リィとひなも遅れたりはしないはずなのに。
呼ばれるだけ呼ばれて他に来ないとかはないよね。それ絶対萩近くんが帰って今日がお流れってことになっちゃうし。せっかくみんなで遊ぼうって話になったのに、それが無くなるのは寂しい。
「ごめんなさいゆり。待たせちゃったわね。萩近くんもわざわざありがとう」
「あ、七菜! よかった〜、てっきりみんな来ないのかと思っちゃったよ〜」
「そしたら帰れたんだけどな」
「そういうこと言わないでよ」
「ふふっ、途中ちょっと、ね」
「……あ〜、二十騎か」
七菜がなんのことを言っているのか分からなかったんだけど、萩近くんは理解したみたい。なんでそう簡単に分かるんだろ。それに七菜が言ったことをすぐに分かっちゃうとこに嫉妬する。私の方が七菜と仲がいいのにって。
どういうことか聞こうと思ったら、ひな本人とリィが一緒に来た。噂をすればってやつだね。一緒に来た二人の様子を見て、やっと私もどういうことか分かった。
まだ眠たそうにしてるひなを、どこか疲れた様子のリィが引っ張ってる。
リィが一番ひなの家に近いからよく一緒になってる。だから今日も一緒に来ることにしてたらしいんだけど、ひなが朝起きなかった。ご両親は先に家を出てたみたいで、リィが起こしに行くことになったけど、なかなか起きない。
そこで、どうしたらひなを起こせるか七菜に相談してたみたい。七菜が何個か案を出してもひなは起きなくて、それで他に案はないかと考えてたら、七菜も時間ギリギリになったんだとか。それでどうやってひなを起こしたんだろ。
「可愛い子がいるって言ったら起きたんだろ」
「お、正解! さすが萩近。昔からの付き合いは伊達じゃないね〜」
「付き合いなんて全くねぇよ。小6の時もたまに話す程度だったしな」
「ありゃ? そうなんだ? むしろそれでよく一発で当てられたね」
「二十騎はそこだけ単純だからな」
……なんか疎外感あるんだけど。これってもしかしなくても、萩近くんって私以外の子とはそれなりに仲良いよね。思い当たることがないってわけじゃないけどさ。でも、それならひなも萩近くんに距離を取られたっていいじゃん。
他にも理由があるのかな。考えたらすぐに分かるけども。だって私がダントツで彼と連絡取ってるから。返事を貰えなかったら貰えなかったで文句言うし。
「んで? 今日の予定はどうなってんだよ」
「あら? ひなこから聞いてなかったの?」
「興味ないからな」
「はぁ。……今日は水着を買いに行くのよ」
「帰る」
「だめ!」
今日彼が来るなんてどうしたんだろって思ってたけど、ひなは今日の予定話さなかったんだね。しかも彼は彼で聞かないし。その結果今から帰ろうとしちゃうし。
せっかく来てくれたのに何もせずに帰るなんて認められない。私はすぐに踵を返した彼の手を掴んだ。帰ってほしくないから。リィとひなが何故かニヤニヤしてるけど、今は気にしてられない。彼を帰らせないことが最優先。
「手を離せ」
「今日付き合ってくれるならいいよ」
「なんで俺が同行しないと行けないんだよ。水着買うなら女子だけで行けよ。それとも何か? 俺に選べってか?」
「…………たしかに。今思うと恥ずかしいね」
「それいいね! ゆりちゃんのは萩ぽんが選ぶってことで! それじゃあ出発!」
「ちょっ! ひな!?」
さっきのニヤつきはそういう事だったんだ……。ひなは警戒しないといけないってことだね。これからは気をつけよ。
ところで本気で言ってるのかな。そんなの恥ずかしくって嫌なんだけど。でもひなはもう歩き始めてるし、リィも面白がってひなの味方してる。最後の砦の七菜に助けてもらいたかったけど、七菜は萩坂くんとの手を離さないようにって言って、二人の後を追いかけて行っちゃった。
「どうする気だ? 俺は帰らせてもらえるほうが嬉しいんだが?」
「…………選んで」
「は?」
「わ、私の水着を選んで!」
「はぁ!? お前正気か!?」
「だ、だって……こうしないと萩近くん帰っちゃうじゃん!」
「いやそう言われたところで嫌なもんは嫌だから帰りたいんだが」
「いいから行くの!」
恥ずかしくてちょっと赤くなっちゃってるであろう顔を伏せながら、彼の手を引っ張って歩く。彼の方が力が強いけど、私は全力で彼の手を握った。
彼がその気になったら簡単に振りほどけるんだろうけど、彼はそんなことしなかった。言葉は荒いけど、不用意に他の人が傷つかないようにする人だからかな。
先に歩いていった三人に追いつくように早歩きして合流。七菜はともかくひなとリィの目線が変に生暖かくて、そんなんじゃないって怒った。全然分かってくれなかったけど。
ショッピングモールに入って早速私たちの水着を買いに行く。プールとか海とか行こうって話をしてるからね。せっかくだから萩近くんも誘いたいし、彼も水着を買ってくれたらいいんだけど……。
「お前らが水着買ったら帰っていいよな?」
「んー、ご飯食べに行ってから解散だからそれまではいてよ」
「黙れデベ子投げるぞ」
「やめて!?」
「ファミレスぐらい付き合ってくれないかしら。安いとこに行くし、夏休みの予定を合わせたいから」
「予定? バイト」
「休みを作りなさいってことよ。グリグリのサポーターさん?」
「……チッ。わーったよ」
七菜って萩近くん丸め込むの上手いね。今度やり方教えてもらおっかな。ひなに聞いても参考にならないし。
それでそのひなはって言うと、すでに水着を物色し始めてる。先陣を切るというか、集団行動できてないレベルじゃないかな。遊びに来てるわけだからそれぐらい気にしないけどさ。
……ところでさっきから選んでるのが、過激なやつばっかりな気がするんだけど。まぁひなの感性は独特だから、なんてツッコめばいいか分からないし、そこはリィに任せようかな。
「とりあえずこんなとこかなー!」
「5着て……。しかも全部過激だし。ひなってこういうの着るタイプだったのか〜」
「何言ってるのリィちゃん? これ
「え?」
「よくやったひな! 流石だな!」
「いやいやおかしいでしょ!?」
「ゆりちゃん試着して〜。それを萩ぽんに見てもらおうよ♪」
「嫌や! そんなん着たない!」
思わず関西弁出ちゃったけど、そんなこと言ってられない。あんなの着てられないよ。布面積少なすぎるし、それを萩近くんに見られるって……。何もしてないのに罰ゲームやらされてる気分。
さすがにこれはふざけ過ぎってことで、七菜が二人に説教を始めた。ひなとリィは文句言ってたけど、七菜の笑顔が怖いって言ってすぐに水着を戻した。それからは水着を物色し始めたんだけど、いつの間にか萩近くんがいなくなってた。
「なんで外で待ってるの?」
「俺があの場にいる必要があるか?」
「私の選んでよ」
「馬鹿だろお前。プールとか海行って男釣りたいのか?」
「そんなわけないじゃん。ただ異性の意見もあったらいいかなって」
「だからそれが釣りに繋がんだって」
「そうなの?」
「そうなの」
そんなこと言われちゃうとたしかにって思うけど、こういうことを教えてもらえるだけやっぱり参考になる。萩近くんは私が無意識にやり過ぎちゃう時にストッパー役になってくれる。
本人は否定気味に文句言ってるだけのつもりだろうし、実際に棘のある言い方ばっかりだけど、それでも助かってることは事実。
だから萩近くんの手を引いて中に入った。試着してるとこなんて見せられないから、「こういうタイプならどう思うのか」ってことを言ってもらうことにした。あくまで本人の主観だけど、それでも異性の意見に変わりはないからね。
これは別にデートじゃない。だってお互いにそんな気持ちが全く無いから。でもリィとひなはデートだねってからかってきた。まず男女比がおかしいと思うんだけどな。
萩近くんは二人のことを完全に無視して、私が聞いたことにずっと答えてくれてた。そのおかげもあってか、私も二人のからかいがそこまで気にならなくなった。水着もこれがいいって思えるのを見つけられたしね。
──店員さんに「彼氏ですか?」って聞かれたのは解せない。
ショッピングモールの中にあるファミレスで五人でお昼を食べて、夏休みの予定を合わせた。みんな萩近くんの事情を知ってるから、萩近くんにも来てもらう日は最低限の日数だけ。それ以外を全部バイトにしようとしてた萩近くんを、さすがに四人全員で止めた。体が休まらなくて倒れちゃうからね。
ファミレスを出たらその場で解散。七菜は本屋に行くらしくて、リィは後輩の子と予定があるみたい。ひなはセンサーに従うなんてよく分からないこと言ってた。私はこの後特に予定がないから、彼と一緒に帰路につくことに。
「改めて今日はありがとう」
「……どういたしまして」
「? 今日は素直だね」
「疲れたからな」
女性用の水着コーナーにずっと居させられたってことを考えると、たしかに精神的に疲れちゃうよね。帰ってほしくないってことだけが頭にあったから、その事までは考えられなかった。
その事を謝ったんだけど、気づいてないことなんて分かりきってたって言われちゃった。その言い草にムッとなったけど、事実だから何も言い返せなかった。お詫びに喫茶店かどこかでデザートでも奢ろうって思った。でも、彼の目線は前にも私の方にも向いてなかった。
「どうしたの?」
「いや、
「へ? えーっと、あの男の子のこと?」
「正解。……帰るぞ」
「ううん。声かけてみるね」
「は?」
「なんか困ってそう
その男の子は公園の木陰に入ってるベンチに座って無表情で上を眺めてた。何を思ってそうでもない。ただボーッとしてるだけなのかもしれない。
萩近くんみたいに自分から考えを読まれないようにしてるわけじゃない。だって彼以上に何を考えてるのか分からなかったから。その無表情はわざととかじゃなくて、黄昏れてるとかでもなくて、それがその子にとって当たり前らしい。
「何か困り事かな?」
「……誰ですか?」
「いきなりごめんね。私は牛込ゆり。こっちの男の人は友達の萩近玲音くん」
「友達になった気はないんだが?」
「それについては後で詳しく話そうか? ってごめんね。君が困ってそうに見えたから声をかけたんだけど」
「俺って困ってるんですか?」
「へ? えっと、勘違いだったかな……。少なくとも私にはそう見えたんだけど」
「そうですか。……そう見えたのならそうなんでしょうね。自己紹介してませんでしたね。
すごく奇妙な自己紹介だった。名字が無いなんて聞いたことがないからね。でも、事情があることは私でも分かった。萩近くんはどこかこの子を面白がっちゃってるけどね。
この子──雄弥くんとの出会いは、間接的に私たち……特に萩坂くんに影響を及ぼすことになる。あんな事になるなんてこの時の私は微塵も思ってなかった。
なんか既視感のあるキャラが出ましたねー。今後全く出ることありませんけどね!
出会いだけは書かないといけなかったので登場させました。
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