鰐部から話を聞いたが、具体的なことは牛込本人に聞かないと分からない。分からないのだがぶっちゃけどうでもよかった。牛込から何か言ってくるなら話は聞く。相談があるなら受けはする。だが俺から動くことはない。
──このままいけば俺が当初に望んでた状態になれそうだからだ
人でなしとでも言われるだろうな。人情が無いと。だが周りになんと言われようと知ったことではない。今までの方が、俺が望んでた生活から離れているのだから。望みが叶えられるかもしれないのだから。
そんなわけで特に俺から動くことなく日々を送っていたのだが、俺を放っておいてくれる人はそうそういないのが現実だ。こいつにバイト先に突撃かまされるのはこれで二度目だな。
バイト終わりに合わせて来られるのは牛込ぐらいだったが、こいつもやるようになったのか。
「何しに来た鰐部」
「私が何をしに来たのかはあなたなら分かりきってるんじゃないかしら?」
「牛込のことだろ? 俺はどうする気もないぞ」
「なんでそんなこと言うのよ……。なんとも思わないの?」
「わかりきってることを聞くなよ。
「……!」
いったいどういう思考をしたら俺が牛込のことを気にかけてるなんて思うんだよ。常日頃から非協力的だったじゃねぇか。仕方なく合わせてただけって分かるだろ。
俺の返答が全くの予想外……なんておめでたい思考を鰐部はしていない。予想の範囲内だが外れてほしかった。そんな反応だな。俺への失望でもあるのか、唇を噛んだ鰐部だったが、簡単には引き下がらないらしい。
「手を貸してよ……」
「俺が何かしたところで何も変わらないだろ。俺一人の力なんて無いにも等しい。お前たちのほうが牛込と過ごしてる時間が多いんだからな」
「
「嘘臭え話だ。俺は何もしてないんだぞ?」
「してるわ。ゆりは萩近くんといる時、少し違う表情で楽しんでるもの。だから……お願いだから手を貸して! 今まで何もしなかったわけじゃないわ! 三人で話し合ってできる限りのことをした! それでも好転してないのよ! だからもうあなたに頼むしかなくて……!」
道端でこんな深々と頭を下げられてもな。俺が悪いみたいなことになっててうざったいんだが。それに、さっきも言ったがメンバーで出来ないことをなぜ俺なら出来ると思ってやがる。演奏のことで躓いてるなら尚更だ。
だがまぁ、頭を下げられてここまで頼み込まれるとな──
──嫌気が差す
「視点を変えて考えて見るんだな。今のお前らは視野が狭まってるだけだ」
「え……、それってどういう……」
「一旦頭をリセットして状況を整理しろ。牛込がどういう状況に合ってそうなったかは知らないが、そこも改めて踏まえてみろ。それでも無理ならもう諦めるんだな」
「萩近くんは!?」
「手を貸すわけ無いだろ。面倒だし。ま、せいぜい頑張るんだな」
鰐部の頼みを断って家に帰る。だいぶ文句を言われたが、残念ながらそんなの俺には届かないんだよ。
──なんせ本人の口からは何も聞いてないのだから
だから俺は他の奴になんと言われようと行動する気はない。本人の口から必要なんだと言われたいだけ、なんて思う奴もいるだろう。否定したところでそんなことを言う奴らは聞く耳を持たない。決めつけてかかるのだから。
だがまぁ、一つだけ言わせてもらうとすれば
──勝手に出しゃばって善人気取りでもしたいのか?
と、なるわけだ。頼まれるか頼まれないか。違いはそこしかないってことに気づかずに口出しされてもな。全員がそうとは言わない。そのことを分かっていてそれでも言ってくる奴もいる。
だが俺の考えは変わらない。本人に頼まれたら最低限の協力はしてやる。ただしそれだけだ。今回の場合なんて尚更な。演奏できなくなったなんて、どう考えても本人が乗り越えるしかないんだ。周りにできることは支えてやるだけ。
担いではいけない
引っ張り上げてもいけない
やっていいことは、一人で歩めるように支えるだけだ。崩れそうになったら掴んでやる。立ち上がることすらできない今なら取っ掛かりを用意してやる。それだけだ。それ以上は本人のためにならない。それが俺の考えだ。
そうやってグリグリから離れた生活を送ることにしたのだが、鰐部がバイト先に来た一週間後。正門で見たことがある光景が広がっていた。放課後に男子たちが群がるということは、他校の女子が来たということだろう。
あいつらも飽きないなって思い、素通りしようと思ったがそういうわけにもいかなくなった。今回絡んでる男子たちが普段素行の悪い奴らだったことと、絡まれてる女子が知り合いだったからだ。
「どけ」
「ア? なんだよ萩近」
「何しに来たんだ。こうなるから来るなって言っただろ」
「あ……萩近くん…………うん。……ごめん」
「……はぁ。用があるんだろ? 移動するぞ」
「おい待てよ萩近ァ! 何かっでぇ!?」
「うるせーな。今虫の居所が悪いんだよ。死にたいなら付き合ってやるが?」
「……チッ」
突っかかってくる馬鹿の腹にジャブを入れて怯んだところで髪を掴む。速攻でここまでやると向こうも実力差が分かったようだ。大人しく引いてくれたところで牛込の手を掴んで移動する。場所は……喫茶店でいいだろう。
こんな状態のくせしてなんで来たのかは分からないが、それは話せば分かることだろう。謝ってくる牛込にそこまで気にしてないと伝え頭を撫でる。これくらいで調子が戻るなら鰐部たちも悩んでない。とりあえず謝るのは止めてくれたから、改めて手を引いて喫茶店へと入っていった。
「で? お前は何しに来た?」
「…………助けて」
「……自分で乗り越えられないのか? 鰐部たちも手を貸してくれてるだろ?」
「うん。でも……わたし……もうどうすればいいか……分からなくて…………」
顔を伏せた牛込は、涙声になってそう訴えてきた。だからなんで鰐部も牛込も俺ならなんとかできるなんて思い込んでんだよ。そんな前例なかっただろ。
どうしたものか思考するために頼んでおいたミルクティーを飲む。そうしてる間にも牛込はさらに思い詰め、自分を責めてるようだった。顔を伏せている牛込から涙が溢れたのが見えた。
「まったく……手を焼かせてくれる奴だな」
「ぅぇ? 萩近……くん……?」
「そう泣くなよ。できる限りのことはしてやる」
「ぁ……う、うぅぁぁー」
「だから泣くなって……」
牛込の隣に移動して涙を拭って声をかけてやる。たったそれだけのことなのに牛込に泣かれた。それを受け止めてやって、片手は牛込の背中に回して、もう片方の手で牛込が落ち着くまで髪を撫でる。
こういう奴じゃないと思ってたんだがな。知れば知るほど子供な奴だよ。
──さてと、なんとかしてみるか
〜〜〜〜〜
11月に入って最初の土日。私は萩近くんに言われて二日間とも予定を空けた。聞けば七菜たちはその事を知らないみたい。つまり二人でどこかに行くってことになるんだよね。
萩近くんがそんな急に予定を空けられるのか疑問に思ったけど、そこは教えてくれなかった。たぶん強引に空けてくれたんだろうね。私のせいで悪いことさせちゃった。そう思った途端頭を軽く小突かれた。顔を上げたらそこには彼がいて、とても呆れた顔してた。
「迷惑だと思ったらこんなことしねぇよ」
「……でも」
「でもじゃない。それよか電車乗るぞ」
「うん」
萩近くんについて行って電車に乗る。今から向かう所は都会から離れてるみたいで、彼は都会よりそういうとこの方が好きみたい。椅子に並んで座ってから気づいたんだけど、こうやって彼から誘われるのは初めてなんじゃないかなって。
そう思ったら気恥ずしくなっちゃって、気を紛らわせるために外を眺めることにした。でも窓側は彼が座ってるから結局彼の顔を見ちゃうことになっちゃう。
「ん? どうかしたか?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「そうか? だいぶ電車に乗ることになるから寝ててもいいぞ?」
「え、それは悪いよ……」
「気にしなくていいのにな。俺は寝るし」
「え?」
「おやすみ」
「えぇ……」
彼はどこでもすぐに寝付けちゃう人みたいで、目を瞑ってしばらくしたら静かに寝息が聞こえてきた。普段はあんなのなのに、寝顔は穏やかだよね。
(いつも文句ばっか言うのに、こうやって気にかけてくれる。本当に優しい人だよね)
瞼に掛かってる前髪をそっと横に流してみる。いつも話に振り回されてたけど、こうやって落ち着いてみたら整った顔立ちで人の良さそうな感じなのにね。……見てたらこっちも眠たくなってきちゃった。
「ここから10分くらい歩いたら目的地に着くわけだが、……どうしたんだ?」
「なっ、なんでもないから!」
(お、起きたら目の前に彼の顔があったんだもん! ビックリしすぎて変にドキドキしちゃった……! 恥ずかしぃ!)
「……なんでもいいか」
彼の横に並んで一緒に歩く。いつの間にかこの距離間が当たり前になってる気がするし、こうして並んでると落ち着いてられる。隣りに居てくれるだけなのにね。
海が見えるし、反対側にはすぐ近くに山がある。海と山に挟まれたとこだけど、不思議なことに窮屈な感じがしない。地元と違って自然が溢れてるからなのかな。それに、ここに来てから彼の表情がどこか嬉しそうになってる。この場所が好きなのかな。
──『明星館』
それが彼と一緒に来た場所の名前。和風の旅館で心が安らぐ空間が広がってる。そんな館なんだけど、ここは彼のお婆ちゃんが経営してる旅館みたい。特に手続きすることなく部屋に案内されたんだけど……。
「もしかして同じ部屋?」
「宿代を支払わないからな。それくらい我慢しろ」
「それはありがたいことだし、文句なんて言わないけど……」
「あー大丈夫大丈夫。お前が横で着替え始めても欲情しねぇから」
「それはそれで傷つくかな!」
「面倒なやつ」
なんでそんなこと言われないといけないんだろ。女性としての魅力がないって言われてるようなことだから反論しただけなのに。というかそんなこと絶対にしないんだからね。
荷物を置いてお昼をいただいたらすぐに旅館を出ることになった。彼に手を握られて山に入ること十数分。途中から整備されてない道を歩いたりして、ちょっと苦労してたどり着いた場所が凄かった。
──紅葉が広がっているのだから
「紅葉狩りってとこだな。ま、ここは他に誰も来ない穴場なんだが」
「……すごい。……ここは萩近くんが見つけたの?」
「まぁな。この地域が好きだからよく散策しててな。その時に見つけた」
「ふふっ、腕白な時もあったんだね」
「うるせ」
「……ぁ」
彼が見つけた秘密の場所。その中でも彼のお気に入りのポイントがあるみたいで、彼はその場所に移動した。それを見て私は言葉を失った。
──彼がそこにいるとすごい絵になるから
元々綺麗な空間だったのに、彼がその場所にいるとそれで完成されたような光景になる。鮮やかな状況で、私がいるのはこの場を汚してるんじゃないかって思うぐらいだった。
でも彼は私を手招きして、私はそれに従ってゆっくりと隣に移動した。肩に手を回されて、彼が見ている景色を見るように促される。今度はもう息を呑むしかなかった。広がる紅葉の隙間から見える海が幻想的だったから。間に人工物も見えないし。
「誰にも教える気はなかったんだがな」
「……ぇ」
「牛込がこんな状態にならなかったら教えてなかった。……歌かギター、あるいは両方を誰かに否定されたか?」
「……! なん、で……」
「それぐらいしか思いつかなったから」
彼に全てのことを話した。私がグリグリの魅力を消してるって話を聞いてしまったことを。歌と同時にギターを弾く。初めての挑戦でギターだって練習してる段階。うまくできてないのなんて分かってた。分かってたけど、いざそんな話を聞いてしまうとショックだった。現実を突きつけられてるように思えて。否定されてるようで。
「──気づいたら何もできなくなっちゃってた」
「そうか。……牛込はなんでバンドをしてる?」
「え?」
「やりたいからやってるんだろ? 『やりたいこともやらないといけないことも両方やる』って言ってただろ。客のことなんていちいち気にするな」
「君みたいにそうやって割り切れないの! お客さんにも……楽しんでもらいたいんだもん……」
肩に回されてる腕を解いて彼の胸を思いっきり叩いた。いくらなんでもこんなのしちゃいけないはずなのに、それでも彼は何も返してこなかった。腰に手を回されて、反対の手で頭を撫でられる。引き寄せられるのに逆らえなくて彼の胸に頭を預けることになった。
いつもなら恥ずかしいことなのに、彼の雰囲気が違うからかな。そんな気持ちが出てこなかった。
「歌を歌いたいなら歌えばいい。ライブをしたいならグリグリとしてライブをしたらいい。傷つくことがあるなら俺を呼べばいい。話ぐらい聞いてやるし、場合によっちゃあ動いてやる。一人で抱え込もうとしなくていい。頑張り過ぎるな」
「ぁ……ぅぁ……」
「俺だけじゃないだろ? グリグリをちゃんと拠り所にしろよ。……これは牛込の心の問題だ。結局自分の力で乗り越えてもらわないといけない。でも、それは周りを頼っちゃいけない理由にはならない。友達って助け合うもんだろ?」
「うん……うん……!」
彼に縋りついていっぱい泣いた。家族にもみんなにも心配かけたくなかったから、今まで溜まってたものを吐き出すように泣いた。迷惑をかけたくない。その思いがむしろみんなと距離を作っちゃってたんだ。それも辛かった。そんなのみんなを信じてないのも同然なんだから。
私が泣きやんだら、彼が一曲だけ歌を歌ってくれた。歌うのは好きじゃないって言ってたのに。
最初は寂しい曲に思えたのに、聴いてるとどこか暖かみがある。そんな不思議だけど綺麗な曲を。
聴き入ってたんだけど、それを聴き終わったらとても不安な気持ちになって彼の背中に腕を回してギュって抱きついた。こうしないといなくなっちゃいそうだから。そんなふうに思えたから。
「牛込? どうした?」
「いなくならないで」
「ん?」
「いなくならないで!」
「いきなりどうしたよ」
彼に返事をできなくて、代わりに腕の力を強めた。そうしたらまた彼は頭を優しく撫でてくれた。でも、それだけじゃあ私には何も分からなくて、頭を左右に振った。
「言葉がほしいってか……。そんな心配しなくていい。お前らが活動してる間はグリグリのサポーターとして側にいるから。ま、今回みたいに止まりかけたらどうするか分からんがな」
「絶対にいなくならないで……。ずっとずっと支えて……!」
「つくづく我儘だな。ま、お前に彼氏ができてもサポーターは続けてやるよ。高校を出たらどうするか分からんがな」
一言余計なのは止めてくれないけど、そのほうが彼らしかった。だからかな、その方が荒れてた心も落ち着くのが早かった。
夕暮れまでここでずっと一緒にいた。話をいっぱいしたわけじゃない。でも、無言の状態も全然苦じゃなかった。心地よかった。
夜、我儘を聞いてもらって距離を詰めて寝させてもらった。今日だけは彼に甘えたい気分だったから。
彼が歌ってくれた曲が心にずっと残ってて、誰のなんて曲なのか聞いた。誰の曲かは教えてくれなかったけど、曲名だけは教えてくれた。
──『
それが歌ってくれた曲名。
いつか歌ってみたいな。
次回はクリスマス回を予定してます
それまでは更新ストップです
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