同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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第1部 高校1年生
1話


 

 春、卒業する人は卒業して、入学する人は入学する。進級だったり入社だったりと忙しない時期だ。出会いの季節とも別れの季節とも言う。俺はそのへんのことを意識したことないし、虫が増える嫌な時期だと思ってる。花見してたって毛虫が嫌というほどいるわけだしな。夏になれば蚊と蜂が増えるし、頭がおかしくなるんじゃないかというほど暑くなる。やっぱり秋がいいんだよ、秋が。冬は寒いからダメ。2番目に好きだけど。

 さて、朝食も軽く済ませたし、家の掃除もできた。戸締まりも確認したし、ブレザーの袖に手を通して学校に向かうとしよう。独り暮らし用の安いアパートを後にして通学路を歩く。アパートの隣にはマンションがあって日照権はどうした、と思ったが、アパートの隣といえど北側だから問題ないらしい。

 

 

(…なぜ女子はスカート丈が短い方が好きなんだろうか。みんな変態としか思えない)

 

 

 通学時間はたいてい似た時間になるから、すれ違う他校の生徒だったり、方向が同じ生徒だったりを見てそう思う。学校が用意した制服が元から短いなら仕方ないと思う。それはもう作った人と、それを変えない教師陣の性癖が出てるだけだろう。捕まればいい。

 関東では短いスカートが多いとは聞いたことがある。だから仕方ないわけだし、実際に女子が気にしてないから変わらないのだろう。嫌がる女子もいるとは思うが、民主主義は数の暴力を振りかざせるから結局変わらないな。

 

 

(自分からスカートの裾を折って短くする奴は、ただの変態だろう。それで興奮する男もいるから需要と供給が成り立ってるわけだが)

 

 

 自分が今日から通う学校はどうか変態の集まりであってほしくない。そんな残念なことを願いながら歩いていて気づいた。どうやらまた(・・)チンピラにつけられているようだ。原因はちゃんと覚えているが、あれは平和的解決を拒まれたんだよな。逆恨みもいいところだ。そしてお前らも学校行くかバイトするかしろ。入学式の日にチンピラと絡んでいた、なんて目撃情報はあってほしくないから、俺はわざと道を変えてひと目がつかない場所に移動する。

 

 

「ここならいいだろ?」

 

「話が早いこった。今日こそ借りを返させてもらうぜ?」

 

「貸しを作った覚えはないから返さなくていいぞ?」

 

「うるせー!こっちの気がすまねぇんだよ!」

 

「そんなの知らねぇよ」

 

 

 目の前のこいつの他に四人か。暇な奴らめ。入学式に行かせろ。変に目立ちたくないんだよ。俺を囲むように広がったチンピラたちの位置を頭に叩き込む。正面に一人、左右に二人、斜め後ろに二人。後ろのは視覚外か、誰しもが考えるやり方だな。時間もかけてられないことだし、正面の奴をふっ飛ばして強行突破。それで学校に向かうとしよう。

 そう決めた俺は、鞄を持ち直して全力ダッシュ。まさか俺から仕掛けると思ってなかった、という顔で反応が遅れたそいつの腹に飛び蹴り…はさすがにダメージが酷そうだから、そうすると思わせて横をすり抜ける。その際にスネを蹴るのも忘れない。

 

 

「いでっ!」

 

「じゃあなー」

 

「クソ!逃がすな!今日こそ絶対に借りを返させるんだ!飯を奢るんだー!」

 

「まじで!?借り返すってそっち!?スネ蹴ったこと謝るから飯奢ってくれね?」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 今まで話を聞かなかったせいだな。俺が勘違いしてずっと逃げ回っていたから、あいつらもずっとつけまわっていたらしい。悪いことをしてしまった。でも飯を奢ってくれるのはありがたい。クソ親父からのギリギリの仕送りだけじゃあ生活が厳しいからな。

 中学を卒業できたからバイトを始められるわけだが。…バイトはどこでやろうか。やるなら飯食えるとこがいいか…、でもああいうのって面倒な客も相手しないといけないよな。イラッとして殴り飛ばしそうだから向いてない気がする。でも生活が…。とりあえずバイトのことは後で考えるとするか。

 チンピラ(良い奴)と連絡先を交換して、俺は急ぎ足で学校に向かう。俺は早めに行動するタイプだから、時間はまだ大丈夫。ギリギリになりそうだけど遅刻にはならない。何事もなければ。

 

 

「フラグって回収すんのこんな早いもんだっけ?」

 

 

 道路を挟んで反対側にいかにも困ってますよオーラを出している黒髪の女子がいた。あの制服はたしか花咲川女子の制服だったかな。中学の時に女子たちがパンフを広げて話してるのを聞いたことがある。制服が可愛いという感覚は分からないが、人気があるらしい。同じく女子校の羽丘はブレザーだしな。学力レベルは似たもんだから、制服で選んでる奴が大半だったな。真面目なやつは別の高校、共学のとことかも検討してたっけ。

 さて、あの子がどう困っているのかは少し様子を見てたらわかった。あの子は迷子のようだ。手には学校の地図でも乗っていそうなパンフがある。でもあの子は辺りを見渡しては地図を見て、また辺りを見ては地図を見て、を繰り返していた。そして、迷っていても仕方ないと思ったのか、止めていた足を動かし始めた。行動するのはいいことだよな。そう思いつつも俺は横断歩道を渡ってその子に近づいた。

 

 なぜなら─

 

 

「そっちじゃ花咲川には着かないぞ」

 

「え?」

 

 

 反対方向に歩いていたからだ。

 

 背中に届くぐらいの長い黒髪に赤い目に整った顔立ち。拗らせてるやつじゃなければ誰しもが美少女もしくは可愛いと言うだろう。俺だってこの子は可愛いと思う。別にタイプというわけでもないが。

 突然見知らぬ人、しかも異性に話しかけられたら驚きもするよな。今の位置関係はこの子の距離感に合わなかったのか、一歩下がってこちらの様子を見てくる。話が進まないと俺は入学式早々遅刻になってしまう。だからすぐに話を済ませるとしよう。

 

 

「その制服ってたしか花咲川女子のだろ?…違ったか?」

 

「い、いえ、そうですけど…」

 

「あ、敬語いらないから。今日制服着てるってことは1年だろ?俺も1年だから」

 

「そうなんで……そうなんだ」

 

「順応が早くて助かるよ。俺もそんな時間があるわけじゃないし」

 

「君も入学式だよね?どこの高校?」

 

「教えない」

 

「なんで!?」

 

「時間ないんだよ。お前が迷子になってそうだから声かけただけ。場所教えるから一回で覚えろよ」

 

 

 なんか言いたそうにしてるが、何度も言わせてもらおう。時間がないんだと。だから、ここからどうやったら花咲川に行けるかを口で説明した。道を曲がるときに目印となる場所も教えたから、間違えることはないだろう。説明を終えて俺も自分の学校に向かおうと思った時に気づいた。急に黙り込んだ俺を不審に思ったのか、少し顔を覗き込むようにしながらどうしたのか聞かれた。相変わらず距離があるが。

 

 

「方向一緒だったわ」

 

「え…」

 

「しかも俺のほうが遠いから、学校まで送ってやるよ」

 

「それはさすがに悪いよ!時間ないんでしょ?寄り道になっちゃうだろうし」

 

「大した寄り道にもならん。言い合ってる時間のほうが無駄だから、さっさと行くぞ。嫌なら俺を見失わないように付いて来い」

 

 

 これでさらに距離を開けられたらさすがに思うとこもあるんだが、どうやらそこまでは気にしてないらしい。斜め後ろを歩いていたが、会話がないのも嫌なのか、少し距離を縮めてきた。

 

 

「それで、どこの学校なの?」

 

「教える必要があるか?」

 

「私だけ知られてるのってなんだか不公平」

 

「俺は聞いたわけじゃない。知ってたからわかったんだ。だから不公平じゃない。…それに、この辺の高校って制服の見分けがつきやすいから分かるだろ?」

 

「私中学までは関西にいたの。だからこっちのことは全然」

 

「なるほど、それで地図持って迷子か」

 

「うっ」

 

 

 ただの迷子なら別にいいんだよ。いや、よくないけどさ。この子は地図を持っていて迷子になったんだ。地図を読めない人ってやつのようだが、それならそれでスマホでも使えばいいだろうに。…もしかしたら、携帯を持ってきてはいけないなんて校則でもあるのかもしれない。てっきり俺の高校だけかと思ったが、どうなのだろうな。

 

 

「…関西か。大阪風お好み焼きの」

 

「お好み焼きや!大阪風はいらん!広島のがパクリやねん!」

 

「すげー反応したな。ま、そのへんはどっちでもいいけど、急に関西弁になったな」

 

「…ぁ、いや、あのこれは…」

 

「気にすることなのか?話しやすい口調でいいと思うが」

 

「…でも、こっちに馴染みたいし」

 

「話し方を変えるのが馴染むってことやないやろ」

 

「え…関西弁?」

 

「まぁな。小6でこっちに来たらなんか染まったけど、関西弁に違和感もないし、極々稀に使うこともある」

 

「そうなんだ…」

 

 

 話し方なんて人それぞれなものだし、その土地の文化でもあるんだから良いも悪いもないんだよ。馴染みのない話し方に珍しがるのは仕方ないが、からかうものでも、ましてや馬鹿にするものでもない。ちなみに、馬鹿にしてきた奴は絞め上げてる。

 そうそう、お好み焼きのことも過敏になってるのは当事者達だけだよな。広島の方は広島焼きって言われるのが嫌らしいし、かと言って広島風もあまりよくないみたいだ。だから、どっちもお好み焼きでいいんだよ。会話で「どっちの?」ってなった時にどっちのかを言う。そんなんでいいじゃないか。

 

 

「ほら見えてきたぞ。あそこが正門な」

 

「あ、着いたんだ。ホントにありがとう!」

 

「気にするな。ただの気まぐれだから。じゃ、俺も急ぐから」

 

「ううん。それでもお礼は言うよ。ごめんね、時間取っちゃって」

 

「だから気にするなって」

 

「あ、私牛込ゆりって言うんだ。改めてお礼したいからよかったら名前と連絡先教えてくれない?」

 

 

 へー、そんな名前なんだ。珍しいような珍しくないような。あ、でも「ゆり」って名前は珍しくないか。なんでもいいけど。それで、お礼をしたいから名前と連絡先を教えてほしい、ね。

 

 

「やだ」

 

「……え……えぇ!?なんで!?」

 

「牛込はもっと男を警戒しろよ…。思春期はもちろん、思春期を終えた男だってみんな狼だから。簡単に名前も連絡先も教えるな。嫌な目に合うぞ」

 

「でも君はそういう人じゃないでしょ?優しいもん」

 

「疑うことを覚えろっての…。とりあえず何も教えてやんねーし、一回優しくされたからって心を許すな。騙すための罠の可能性を考えろ」

 

「…君もそういう目で見てたの?」

 

「それ本人に聞くか?…別にお前をそういう目で見ねぇよ。可愛い部類だとは思うが、残念だったな。俺にはときめかない」

 

「…複雑」

 

「知らんがな。じゃあな牛込。もう会わねぇだろうが」

 

「ま、待ってよ!せめて名前だけ!私だけ教えて君が教えてくれないのは不公平!」

 

「不公平でけっこう!遅刻したくないんだよ!」

 

「あ……行っちゃった。……バカ

 

 

 思わぬタイムロスをしてしまったが、走ればまだ間に合うかもしれない。そんなことを思っていましたとも。だが残念、歩道橋を上がろうとしてるヨボヨボの老夫婦を見かけてしまった。あんなんほっとけないからな。順番におぶってあげましたよ。

 

─遅刻したが、あの理由なら全然いい

 

─ただし牛込お前は駄目だ

 

 あ、昼飯はチンピラ共と食べました。バイトも紹介してくれた。良い奴だわホント。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 私はベッドに寝転んで、枕に顔を埋めながら今日のことを思い返してた。高校までの道を完璧に覚えてるって自信がなかったから、地図が書いてあるパンフレットを片手に家を出た。でもパンフレットの地図は学校周辺しかないから、家からの道がすべて分かるわけじゃない。それで困ってたとこに、赤みがかった茶色の髪をした男の子が助けてくれた。私と同じ赤い目をしてて、ちょっと怖い雰囲気があったけど、優しい人だった。

 学校の近くまで案内してくれたし、そこまで歩いてる間も会話を繋げてくれた。ちょっと意地悪っぽいとこもあるけど、それは彼なりの愛嬌なんだろうなって伝わってきた。そう感じ取れたのも、彼の目がまっすぐだったからかな。

 彼にお礼がしたいし、名前も知りたかったから、先に私の名前を言って彼の名前と連絡先を聞いた。先に言っておけば、公平性を保って言ってくれると思ったから。でも彼は教えてくれなかった。

 

 

『もっと男を警戒しろ』

『疑うことを覚えろ』

『優しくされたからって心を許すな』

 

 

 彼の言ってることは別に間違ってることじゃない。それに、初対面の人にそんな忠告をするってことは、やっぱり彼は優しい人なんだ。そのことを裏付けるのは彼自身の発言で、それが分かるからこそやっぱりお礼がしたい。

 

 

名前ぐらい教えてくれたっていいじゃん

 

 

 10分ぐらいだったかな。彼と歩いて、話してたのは。そんな短い時間だったけど楽しかった。同じ関西出身ってわかったのもなんか親近感が湧いた。そうだというのに、向こうは全然距離感を詰めようとしなかった。好感を持てることだけど、だけど─

 

 

「お礼ぐらいさせてよね!」

 

「お姉ちゃんどうしたの!?」

 

 

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