5月のある日。俺は花咲川学園に来ていた。女子校に男子が来るなんて逮捕案件か、二次元話の中でしかないだろう。ただし、日によっては入れてもおかしくないのだ。例えば今日──学園祭の日とかがそれに当てはまる。それ以外だと体育祭やら入学式やら卒業式だな。身内なら入れるから。
そしてこうやって一般開放するということは、サルが集まってもおかしくない。そのために警備員の数が増えている。不埒な真似は許さないということがヒシヒシと伝わってくる。この体制でも手を出そうとする奴がいるから救いのない話だ。それで、なんで俺がこんな場所にいるのかというと──
「お待たせしました萩近先輩! 来てくださってありがとうございます!」
「ほんとめんどいんだがな」
「はうっ! で、でもきっと楽しんでもらえます!」
「いや、丸山も今回が初めてだろ」
そう、このおっちょこちょいでよくトチるバイト先の後輩、丸山彩に呼ばれたからだ。走っては転けそうになるドジっ子にな。
集合場所は分かりやすく正門付近。人がぞろぞろと通るから邪魔にならないように少し横に逸れてる。今日は母さんの墓参りに行きたかったが、電話が来たときのゴタゴタのせいでこっちに来ないといけなくなったんだ。
ーーーーー
牛込があっさりと合コンで男を作り、中間テストが終わったあたりで電話がかかってきた。相手はいつものことながら牛込だった。
バンドのことで連絡があるのなら電話じゃないようにしている。話し相手なら男ができたんだからそっちにすればいいはず。何を考えているのやらと思ったが、一応出ることにした。出ないと煩いから。
『もしもし、今大丈夫?』
「手短に。雑談なら彼氏とやれ」
『……怒ってる?』
「別に。ただ他の男と長電話って人によっちゃ許容できないだろ。だから用件だけ言え」
『なるほど。たしかにそうだね。用件は、今度ある花咲川の学園祭に来ないかなって話なんだけど』
「断る。彼氏を誘え」
なんでそれで俺を呼ぼうって話になるんだよ。去年……のこの時期は大して交流も無かったか。ともかく今年は彼氏がいるんだ。彼氏を誘わないでどうする。こいつの場合馬鹿な案を考えてそうだが。
『もちろん誘うよ。というかもう誘ってOKもらったし。良い人だから会わせてみたいし君もどう──』
「ふざけるな!!」
『っ!!』
「彼氏が来るなら彼氏と二人で遊べ! そこに俺を混ぜようとするな! 俺をコケにしたいのか!」
『ご、ごめ……そういうわけじゃ……!』
「じゃあどうしたらそういう発想になる! 人の気持ちってもんを考えてみやがれ! 俺は学園祭行かないからな。……母さんの墓参りもあるし」
荒ぶる心に任せて言うだけ言って通話を切る。ここが家の中だったらこっから祖母との喧嘩になってそうだったが、俺は寝る以外で家にいないようにしているからその心配はない。
今いるのは近くの公園だし、周りに人もいない。それで大声を出していい理由にはならないが、近所迷惑になるほどの声量ではないはずだ。……こんなに荒れるなんてらしくない。ストレスが溜まっているのだろうか。少し冷静にならないと──
「……電話? ……チッ、いい加減にしろ! 学園祭には行かないって言ったろ!」
電話がかかってきた。ただそれだけで俺は相手が牛込だと思い、苛ついていることもあって怒鳴り散らした。誰からかかってきているのかも確認しないで。
『ふぇぇ!? ご、ごめんなさい! わ、私……』
「……丸山? ……やばっ! ごめんごめん! 丸山だと思ってなくて怒鳴っちまった! 本当にごめん」
『い、いえ……。その……何かあったんですか? 先輩がそんなに荒れてるの珍しい気がするんですけど』
「ちょっとな……。それは別にいいだろ。どうしたんだ? 丸山が電話をかけてくるなんて初めてだと思うんだが」
『は、はい。凄い緊張しちゃってます。えへへ』
声を聞いてるだけなのにな。不思議と丸山の今の様子が伝わってくる。分かりやすいということなのか。これも一種の個性だろうな。丸山の純粋な心が声だけでこっちにまで届くのだから。
芽が出ないのは残念だが、本人が諦めていないからチャンスも来るだろう。可能な限り話は聞いてやろう。そう思いながら公園から自宅へと足を向ける。話しながら落ち着けるだろうし、そろそろ帰って風呂に入って寝るとしよう。
『あの、お願い……というわけでもないんですけど』
「言ってみ? 内容次第だ」
『えぇー。そこは了承してくれるんじゃないんですか?』
「ははっ。冗談だよ。さっきトバッチリを食らわせちゃったし、お願いを聞いてやるよ」
『いいんですか? やったー!』
いったい何をお願いする気なのかは知らないが、凄い喜びようだな。バイトで初めて褒めた時並みの喜びようだ。元々感情表現は豊かな子だから珍しいことでもないんだろうけどな。
たしか妹もいるんだっけな。妹まで似てたら親も大変だろうな。主に将来の心配で。
丸山がなんでこんなに喜ぶのか。それは勿論のことながら丸山がお願いする内容が内容だからだ。そしてその内容は、俺にとってはいろいろと面倒なことになりそうな内容だ。
『うちの学校で学園祭があるので、一緒に回りましょ!』
ーーーーー
牛込には絶対に行かないと拒絶したというのに、こうして丸山に呼ばれて花咲川に来てしまっている。一般開放だから人も多い。これなら人混みに紛れて遭遇することもなく終えそうだが、一応周りは気にしておくか。
会ったら気まず過ぎる。俺のせいなんだが。しかも墓参り行くって言って電話切ってるのに、言った本人がこの場にいるんだからな。
「先輩どうかしました?」
「なんでもない。丸山は行きたいところあるか? 俺パンフとか持ってないから何があるか分からないんだよ」
「あ、私パンフレット持ってますよ! 行きたいところはありますけど、先輩の行きたいとこからでいいですよ!」
「変に遠慮するなよ。丸山の行きたいとこがあるならそこから行こう。どうせ並ぶことになるだろうから、その間にパンフに目を通しとく」
「分かりました! では行きましょう!」
丸山からパンフレットを預かり、表紙を軽く眺める。誰かが絵を書いたんだろうな。デジタルでもできるだろうに、手書きでやってるよ。でもこういうのは手書きの方が良いと思ってしまう。なんでだろうな。思い込みなんだろうが、その理由には皆目検討もつかない。
パンフレットから目を放して前を歩く丸山の後ろを付いて行く。どうやら今日は校内も土足でいいらしい。汚れは極力落としてから入るように大きく注意書きがされてたがな。
さっきも思ったが、人が多い。うちの学校は一般開放しないからここまでの人は集まらない。学校周辺の住民は来れるようになってるんだけどな。誰でもOKなところとは規模が違う。
これは回るところを絞り込んで効率的に回らないと無理そうだな。そう考えながらついて行っているが、時折丸山が後ろを振り返って俺がついてきているか確認する。逸れたら合流にも一苦労だもんな。だから俺はそうならないように手を打つことにした。
「せ、先輩!?」
「
「そ、そうですね。びっくりしちゃった」
手を繋いで歩くなら前後でいるとしんどいな。そんなわけで丸山の横に並ぶことにした。二人横に並んで歩くと邪魔になるだろうけど、見た感じ特に問題もなさそうだ。他の奴もやってたらいいよね精神でいることにしよう。
俺は牛込と手を繋いで歩くことがあったから、こうして丸山と手を繋いだところで特に思うことはない。でも丸山はそうでもないらしい。ほんのりと頬を赤く染めてるし、顔を伏せて歩いている。人にぶつかる心配を無くすために横に並ぶようにしたんだけどな。本末転倒だぞ。
「丸山。俺はどこに行くのか分からないし、教室の場所とかもさっぱり分からない。だからそうして顔を伏せて歩かれても困るぞ」
「ご、ごめんなさい。こういうの慣れてなくて」
「いや謝ることじゃないけどさ。俺も勝手に手を繋いで悪かったな」
「い、いえ! なんかドキドキしちゃって楽しいです。付き合ったらこんな感じかなって。えへへ」
「……そうだな」
「否定してくださいよ。勘違いしますよ」
どうやら俺の返しに不満があるらしい。なんて言ったのかは聞こえなかったが、少し機嫌を損ねてしまったようだ。
そもそも俺はまともに返事をしているのだろうか。いつも以上に思考していない気がする。それはそれで本心をさらけ出していることと同義だから悪いことでもないと思うんだがな。
「この教室です。すごい列ですけど」
「もっと早く来ておくべきだったか。ごめんな」
「いえいえ! 先輩が来たのも早い方だと思いますよ?」
「開門から20分経ってたがな」
「ですから早い方ですって」
丸山が行きたがっていた所か確認して、列が間違っていないかも確認してから並ぶ。この列の長さだと間違えた場合の時間のロスが大きいからな。
列に並んでいる間にさっき言ってた通りパンフレットを見てこの後の予定を決めることにしよう。最初に目次があって、何ページ目に何が書かれているかを記してくれている。最初は校内の構図を頭に叩き込むために地図を見ることにした。その地図の中にどのクラスがどこで店をしているかも書いてあるからな。何をしているかは後ろのページで紹介されているらしい。
俺が地図を頭に叩き込んでいると、隣に並んでいた丸山が首を伸ばして覗き込んできた。手を繋ぐのには抵抗あったくせにこうやって、お互いの距離が縮まることには抵抗ないってどういうことだ。まぁ無自覚なんだろうが。
「地図見ても分からないですよ?」
「どこでどのクラスがやってるかを頭に入れてるんだよ。行く場所を決めた時に効率よく回れないと損だからな」
「なるほどー。私にはできないです!」
「無い胸張って言うことじゃないだろ」
「デリカシーないですよ! それに私は成長途中です!」
「希望ほど儚いものはないよな」
頬を膨らませて肩をバシバシ叩いてくる丸山に声を抑えながらも高笑いを返す。反応が面白いからついつい揶揄ってしまうが、さっきの発言はノリに任せ過ぎたな。丸山はデリカシーがないと言うだけで済ませてくれたが、どう考えてもセクハラだ。摘み出されてもおかしくない。
痛くないがずっと叩かれても仕方ない。誠意を持って謝罪して、ここのを奢るということで手を打ってもらおう。
「物で釣ろうとしてませんか? 私そんな軽い女じゃないですよ?」
「え、実は太ってるのか?」
「そうじゃないです! スタイルには気を使ってますから! それとさっきからデリカシーなさ過ぎです!」
「ははは、ごめんごめん。なんか丸山相手だとこうなっちゃうんだよ。なんでだろうな?」
「知りませんよ。……私にだけですか?」
そっぽを向かれてしまって、取り付く島もなくなってしまったかと思った。どうしたらいいかすぐに対策を考えねばと焦ったところで丸山から話を振ってくれた。
それにしても丸山にだけ……なんだろうか。揶揄う事自体はそれなりに打ち解けた相手によくするんだが、内容的にはどうだろう。
「……揶揄う事自体は丸山だけじゃないかな。発言にデリカシーが無くなるのは丸山だけな気がする」
「それって私を女の子として見てくれてないからですか?」
「それはないぞ? そこまで落ちぶれてはいない。ただ丸山はなんでか思ったことをスッと言えちゃうんだよ」
「ゆりさんよりもですか?」
「なんでここで牛込? まぁいいけど。……あいつもわりとスッと言うかな。どっちが上とかは分かんない」
「同じくらいってことかな……。分かりました。それなら許します。でもデリカシー無いのはどうにかしてくださいよ?」
「大丈夫だ。さっきも言ったがデリカシー無くなるのは丸山だけだから」
「複雑です!」
複雑って……。いや、そうなるのも仕方ないか。本心で話しているということを伝えられているのに、同時にデリカシーなく話されると宣言されてしまっているのだから。一応気をつけるようにするが、気づいたときには言葉が発されてるのだから無意味な気もする。
話が一区切りしたところでパンフレットに目を戻す。飲食だけじゃなくてアトラクションもあるようで、なかなか本格的な学園祭になっているようだ。うちのなんちゃって学園祭とはワケが違う。目を通して何個か候補をピックアップしたから、後は丸山と照らし合わせてお互いに行きたいところを効率的に回れるようにしよう。
「ところで今並んでるやつは何やってるんだ?」
「クレープですよ」
「クレープ!? レベル高いなぁおい! 3年生か?」
「2年生ですよ」
「2年生でクレープて……。ちなみにクラスは?」
クレープはやろうとしても簡単にできるものじゃない。ましてやこの前評判だ。これだけの客数に対してクオリティを下げることなく出せたら、本格的に店でも開いたらいいんじゃないだろうか。
しかも2年生がこれをやるって。女子校ってこんなレベルの奴がゴロゴロしてるのだろうか。なんて思って天井を仰ぎながら丸山にクラスを聞いてみた。
「A組ですね。ゆりさんのクラスですよ!」
──こいつ実は腹黒いんじゃないか?
ヒロインは当初の予定から変わりませんからねー
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