丸山は俺と牛込が電話でどういうやり取りをしたのかを当然知らない。だからこれは偶然なのだろう。牛込たちのクラスがクレープ屋をやり、丸山がそれを食べたがっている。ただそれだけのことだ。偶々起きた出来事なのだ。
だから丸山を責めることはできないし、そもそも責めてはいけない。俺が撒いた種なのだから。自業自得なのだから。
俺が無言になったからか、丸山が小さく首を傾げる。アイドル志望なだけあって丸山は可愛い部類だ。こういう仕草も狙っているのではなく、自然とそうなるだけ。それがあざとさもない。ちょろい奴ならイチコロだな。
「先輩どうかしました?」
「丸山って動物に例えると犬だよなって思っただけ」
「え、犬ですか?」
「自覚はないだろうし、むしろしないでくれ。自覚した途端俺は見限るから」
「なんでですか!?」
なんでも何も、自覚して行動するようになるってことは、狙ってさっきみたいな仕草をするってことだろ。そんなのあざといを通り越してウザい。俺はぶりっ子とか嫌いなんだよ。
とはいえ、丸山はそうなることもなさそうだけどな。人間性というか、その人の本質って変わらないものだから。よっぽどのことがない限り変わらない。そして丸山はめげない女の子だ。自分を曲げることもない。自覚していないことでも無意識下で真っ直ぐに整える。
むしろそうであってくれ。牛込がいたらどう話をするか、そもそもどの面を下げてって話でもあるが。纏まらない思考に耽っていると丸山に手を引かれる。前が進んだらしく、俺達も進まないといけないようだ。そう、教室内へ。
「……ふぅ、牛込はいない、か」
「ゆりさんいないですねー。いたら二人がどんな感じで会話してるか見てみたかったんですけど」
「なんでそんなの見たがるんだよ」
「内緒です!」
「……今度あの二人しばくか」
「やめてあげてくださいね?」
「おろろー? ゆりを袖に振っといて何してんのかなー?」
しくじった。グリグリメンバーのことを全く考慮してなかった。だがこいつならまだ救いはある。鰐部ならキツかった。二十騎は違う意味でキツイな。そして牛込本人だったら終わってた。
さて、目の前にいるこの鵜沢はどうしたものか。こいつはあのメンバーの中で一番柔軟思考というか、人のゴタゴタへの関わり方が巧い。放置するわけでもなく、踏み込みすぎない。そんな奴だ。ただ今回は身内でもある俺と牛込の問題だ。多少は踏み込んでくるだろう。
その前に、なんの話か分かっていない丸山が、俺達の会話を理解しないようにさせないとな。頬を引っ張ったりつついたりするとしよう。丸山はリアクションが良いから、こうしてたら話は耳に入らないだろうし。
「……ずいぶんと仲いいんだね」
「バイトが同じだからな」
「それだけでそうなるかなー。まぁいいや。それよりゆりちゃんと何したの? 正確には何を言ったの?」
「学祭なら彼氏と回れってだけだ。言い方が荒くなったのは俺の失態だが」
「なるほどね。ま、黙っといてあげるけど、もしゆりちゃんに会ったら話してよね。
「会ったらな」
いい加減頬で遊び過ぎたようで、丸山が隣で不機嫌になる。頬を膨らませて頑なに目を合わせようとしないあたり間違いないだろう。分かりやすい。本当にわかりやすい怒り方だ。
出来上がったクレープを俺が
「クレープいるのか?」
「いりますよ! 私が食べたくてここに来たのに……」
「そうだな。それじゃあ中庭のベンチがまだ空いてるし、そこで食べるか」
「はい!」
「やっぱ犬っぽいなぁ。それはそうと丸山。怒るのはやめたのか?」
「あ」
自分のクレープを両手で大事そうに持ち、見ている側も和ませるほど純粋な笑みを浮かべる丸山を揶揄うように言ってみる。やはりさっき怒っていたのは演技のようだった。演技とはいえ、俺自身やり過ぎたと思っているから謝罪はするんだけどな。
丸山に許してもらい、ベンチに腰掛けてクレープを齧る。高校生レベルのクレープのはずなのに普通に美味しい。誰が仕込みをやったのだろうか。そもそも仕込みをきちんとできていたところで、作る際にも出来が左右されるはずだ。どうやってここまでの物に仕上げたのやら。
食べたがっていた丸山の反応はどうなのか。女子はこういうスイーツには目がないし、わりと細かく検証するらしい。はたして丸山の判定は……、気にする必要はなかったか。丸山はチョロいんだから。幸せそうに頬張っているのを見ればそれだけでどうなのか分かる。そんな丸山の頬に手を伸ばす。今度はつつくわけでも、引っ張るわけでもない。
「クリームついてるぞ」
「ふぇ?」
「ん、取れた。頬張るのはいいが、気をつけろよ」
「ぁぅ……」
「……なにを見せつけてるんですか?」
丸山の頬についたクリームを取ってやっただけだというのにこの言われよう。しかも見せつけてるわけでもないし、俺と丸山は先輩と後輩というだけの関係だ。聞こえた人に誤解されるような言い方はやめていただきたい。それと丸山。クリームがついていたことか、俺がそれを取ったことか、それとも今言われたことか、どれに反応して顔を伏せている。
俺からはその顔は見れないが、耳が赤いことから赤面してることはわかる。指摘しない方がいいんだろうな。
「今日はツッコミの気分じゃないからスルーさせてもらうぞ」
「私には辛口じゃないですか?」
「そんなことはないぞ。松原のタイミングが悪いだけだ。それより一人なのか? 誰か友達と回ってないと迷子になるぞ?」
「心配ご無用です。友達と一緒ですから」
「その友達は?」
「……あれ?」
やっぱり駄目じゃないか。何が『心配ご無用です』だ。相変わらずの迷子になる速さと異様さだな。友達と一緒に行動しといて迷子になるってどういうことだよ。しかもここは中庭だぞ。人も少ないことだし、はぐれる方が難しいだろ。
周りを見渡す限り人はそれなりにいる。この中に松原の友達がいるのかと思ったが、松原が涙目になって心細そうにキョロキョロしてるなら友達はいないのだろう。せめて特徴を教えてくれたら俺も探しようがあるんだが……。
そう思いつつ松原を落ち着かせていると、こっちに駆けてくる少女を見つけた。きっとあの子が松原の友達なんだろう。
「花音!」
「ふぇ? ち……千聖ちゃん? よかった〜」
「よかった〜、じゃないわよ。突然いなくなるから心配したじゃない」
「ご、ごめんね……」
「でも合流できてよかったわ。ところでそちらの男性は?」
「あ、紹介するね。バイト先の先輩の萩近玲音さん。ちょっと意地悪だけど、良い人なんだよ」
「あなたが……。私は白鷺千聖です。いつも
あー、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのか。どうりでなぜか既視感があったわけだ。それにしてもあの金髪って染めてるんじゃなくて地毛だったのな。普段の言動からして染髪だと思ってたんだが。まぁそれはいいや。それよりもあいつ妹が元子役て。なるほどな。それなら
それは置いとくとして、差し出された彼女の手は握り返すべきだな。牛込の時と違って、わざわざ印象を悪くする必要もないし。そんなわけで、その柔らかく女性らしい手と握手を交わす。少しひんやりしているな。平温は低いのか、末端冷え性なのか。
「千聖ちゃんってお兄さんいたの?」
「はぁー。花音が気づいていないとは……、あなたのバイト先にいる金髪の男性。それが私の兄よ」
「金髪の……ぁ……え、ええ!? 名前が一緒だなって思ってたけど、そうだったの!?」
「名前が同じなら真っ先にその可能性考えるだろ」
抜けてるよなぁ。松原ってとことん抜けてるよな。さすが小動物系女子。そうやって男を釣るんだろうな。無自覚で。なんて質の悪い。といっても松原がアイツ以外の男に靡くこともないんだろうけども。
「その話はいいとして、私達はそろそろ次の店に向かいますね」
「ああ。俺が言うのもなんだが、楽しめよ」
「ふふっ、ありがとうございます。花音、行くわよ」
「うん。でもちょっと待ってね」
松原が丸山に近づいて小声で何やら話しかける。何を話しているか分からないが、丸山のリアクションが面白いから良しとしよう。ところで、せっかく赤面が収まっていたのに、またほんのりと頬を赤くしているように見えるんだが。松原って実は畜生なんだろうか。ふんわり笑顔で畜生とか怖いな。
「それじゃあ彩ちゃんまたね」
「う、うん……」
手を振っていなくなる松原と白鷺をその場から見送り、姿が見えなくなったところで丸山に視線を向ける。どうやら丸山はこっちを見ていたらしく、バッタリと目があった。目があった途端丸山の目は泳ぎ始めたけどな。
「なんだよ」
「な、なんでもない……わけでもないです」
「どっちだ」
「頑張れ私……あ、あの! お願いがあるんですけど!」
……またか。さてさて、今度はどんなお願いをしてくるのやら。まぁ、それを聞いてやるかは内容次第なんだけどな。
〜〜〜〜〜
高校二回目の学園祭。今年が去年と違うのは、去年は七菜と回っていた学園祭を今年は彼氏と回っていること。
数合わせでいいからって頼まれた合コンに参加してみて、そこで出会った人。見た目だけじゃなくて、話してみた感じでも誠実さが伝わる人。いろいろと話題を持っていて話をしてくれるし、話を聞いてくれる。萩近くんみたいに捻くれてないのも好感を持てるとこかな。
彼氏と言っても今は『仮』。今回の学園祭を一緒に過ごしてみて、それでどうするか決める。今のところ有りかなーって感じ。私もクラスのとこに行って店番しないといけないから、それが終わったらまた少し一緒に回る。私達グリグリはライブをするから、その前には分かれないとだけどね。
「萩近くんも会ってみたら友達になれるかもしれないのに」
「どうかした?」
「ううん。なーんでも。私そろそろクラスのとこ行かないとだから、また後でね」
「うん。頑張ってきてね。終わったら連絡して」
「わかった!」
彼は私が店番してる間、展示とか見て回るんだって。できるだけいろんなとこに行きたいんだとか。いつも通ってる私には分からない感覚だけど、反対の立場になったら分かるのかな。
彼の学校の学園祭はいつなんだろうか。ふと疑問に思ったけど、もう別れて姿も見えなくなっているから、あとで聞いてみるとしよう。萩近くんの学校はもう終わってるらしいけど。
中庭を通ったほうがスムーズにクラスのとこに行ける。だから私は中庭を通ることにした。
でも──
「
「
「わかった」
──私の目に映ったのはいないはずの萩近くんが女の子と仲良くしてる光景
──私の耳に聞こえてきたのは萩近くんと女の子がお互いに呼ぶ下の名前
──私にはダメって言ってたのに
──全然許可をくれないのに
なんでだろうね。彼がどうしていようと彼の勝手で、私には彼氏がいるのに。
──なんでこんなに心が苦しいんだろう
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