同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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 えー、……いや、やっぱ何も言うまい。どうぞ……。


7話

 

 中間テストやら学祭やら検定試験やらがあった5月はすぐさま過ぎ去り、今や6月中旬だ。祖母によって俺の貯金は消え去った。不幸中の幸いとも言えるかはわからないが、給料が入る前だったからまだマシだろう。祖母が家にいるせいで最近は取り組めていない副業は別の口座にお金が入っている。厳しい生活であることに変わりはないが、なんとか食いつなげている。

 世の中捨てたものでもなくて、学校に行くと事情を知っている数少ない人物の一人、売店のオバちゃんが俺の昼飯を提供してくれる。何もお礼できないのにな。礼はいらないって言われるが、礼儀を守るべきだ。毎度必ずお礼を言っている。夜もバイトに行けばバーガーやらポテトやら、他にも店にあるものを食べさせてもらえている。実質食費は朝と祖母の分だけだ。

 

 

「……ふぅーー」

 

「玲音さん大丈夫ですか?」

 

「ピークがエグかったからな。でもま、あとは落ち着くだろうし、大丈夫だろ」

 

「あ、私最近マッサージの練習してるんですよ! よかったらしてあげますよ!」

 

「彩のマッサージて……大丈夫か?」

 

「なんでそこで心配になるんですか! 妹にもお姉ちゃん上手って言われたんですよ!」

 

「……へー。ならお願いしようかな」

 

「はい!」

 

 

 一緒にピークを回していたはずなのに、彩は全く疲れを感じさせない笑顔を浮かべていた。そんな彩の笑顔につられてこっちも自然と笑顔になる。心に安らぎを与えてくれる。なんの曲かは分からないが、鼻歌を付きで肩を揉んでくれる。彩はいつも妙に自信を持ってやるが、今回はそれに見合ったものだった。

 

 

「どうですか?」

 

「驚いた。彩上手いんだな」

 

「えへへ、練習しましたからね〜」

 

「練習の成果が出ることもあるんだな。……彩痛い」

 

「玲音さんが一言余計なのが悪いんです」

 

 

 今は完全に主導権を握られているから、下手に彩をイジることもできないな。いつも彩をイジるのを楽しんでいるというのにな。でも、たまにはこういうのもいいかもしれない。彩といて無言で過ごすなんてありえない。そんな考えもあったが、それも捨てないとな。無言でも居心地がいいのだから。

 

 

「彩もういいよ。ありがとう」

 

「え、もうですか? せっかく練習してきたのに」

 

「これだと彩の休憩にならないだろ? 十分休めれたから、彩も椅子に座って」

 

「でも……」

 

「俺の気持ちが休まらない」

 

「うぅ、意地悪です」

 

「知ってる」

 

 

 俺を休ませようとしてくれている彩にこの言葉はズルいよな。それぐらい分かってる。分かってるからこそ言わせてもらった。彩が気を使ってくれているように、俺もまた彩に気を使うから。休憩は休憩なのだから、休んでほしい。

 諦めて椅子に座った彩が不満そうに頬をふくらませる。それをついてみると彩の口の中に溜まったいた空気が漏れ出す。子供みたいなやり取りに、彩は頬を赤くして睨んでくる。でも全然怖くない。

 

 

「そんなんで睨まれてもな」

 

「玲音さんには罰を受けてもらいます」

 

「ええー」

 

「ええーじゃないですよ。それにそんなにしんどいやつじゃないですよ?」

 

「分からんぞ? 基準は人によって違うからな」

 

「またそんな屁理屈言って……。今度の週末はお互い休みですから、一緒に遊びましょってだけです。その時にわがまま聞いてもらうだけです」

 

「あーね。うん。いいよ」

 

「やった!」

 

 

 罰を受けてもらうって言っておきながら、俺が断ったらその予定をなくすつもりだったのだろうか。半端ない喜びようだ。金銭的には手痛いことになりそうだが、それでもこの笑顔を見られるのなら安いものなのかもな。

 ところでさっきから聞き耳立てては狂ってる連中はどうしてやろうか。

 

 

 

 それから時が経って週末。俺は集合場所である駅前に来ていた。正確には改札前。電車に乗って移動するらしいから、集合場所もここだ。女子と出かけるからといって特に着飾ったりするわけでもない。そもそも服のレパートリーは皆無だ。使い回しだ。

 時計を確認すると集合時間の5分前。俺にしては珍しく時間より前に来ている。いつもなら時間ピッタリに来るのにな。彩は先に来ているのだろうか。それともまだだろうか。連絡を取ってみるのもいいかもしれない。そう思って携帯を取り出そうとポケットに手を入れたところで、見覚えのあるピンクの髪を見つけた。顔を見て確信した。あれが彩だ。

 

 

「あ、玲音さん! お待たせしました!」

 

「そんなに待ってないぞ。俺も今着いたとこだから」

 

「そうですか? よかったー。誘ったのにお待たせしてたらどうしようって思ってたんですけど」

 

「気にしなくていいのにな」

 

 

 眉を下げる彩にどこに向かうかを聞き、切符を買う。案内するために先を歩いてくれているが、場所を聞いてる以上俺にも分かる。ただまぁ彩が張り切っているのだし、ここは任せてみるとしよう。トチりそうになったらフォローすればいいだろう。

 

 

「この電車に乗りますよ」

 

「おっけ」

 

 

 電車に乗り込み、ドアの側に立つ。他に乗る人もいないから邪魔にならないし、二駅先が目的地だ。今日の目的は彩の買い物に付き合うこと。お互い昼飯は済ませているから、どこかで食べることもない。買い物が終わればカラオケに行くらしい。俺には無縁な場所だと思ってたんだけどな。人生何があるか分からないものだ。

 

 

「今日買いに行くのはアクセ類だったか」

 

「はい。ネックレスとか欲しいなーって」

 

「なるほどね。その服に合うやつとかか?」

 

「この服もですけど、他のにも合うようなのがいいなーって。……そ、それより、服……似合ってます、か?

 

「ん?」

 

「い、いえ! なんでも……ないです」

 

 

 これは俺が聞き取っていなかったと受け取られたということか。別に聞こえてたんだけどな。服のことを細かに見てたわけじゃないから、いきなり話を振られても答えられないってだけだ。まぁ電車の中でジロジロ見てたら通報もんだし、パッと見て答えるとするか。

 

 

「……大丈夫。似合ってるよ」

 

「へ?」

 

「似合ってる。可愛いぞ」

 

「ふぇ……ありがとう、ございます

 

 

 細かい評価はできないが、彩の質問には答えられただろう。似合っているか似合っていないかの質問だったしな。で、答えたら答えたで彩は顔を伏せるのか。もう少し自身を持ってもいいと思うんだけどな。彩はファッションのことも自分なりに研究しているのだから。でも他人の評価が気になるのも分からなくはない。彩が目指してるアイドルって他人にどう映るかだしな。

 

 

「駅についた。降りるぞ」

 

「は、はい」

 

 

 立場が逆転して俺が彩を先導するようになる。彩は褒められ慣れていないんだろうな。嬉しいけども恥ずかしい。そんな反応をしているわけだし。

 改札を出てしばらく歩き、彩が行きたがっているショッピングモールへと入る。どこか既視感があるなと思っていたが、ここは去年牛込と来たところだったな。遠い記憶に思えるが、まだ一年しか経っていないのか。

 

 

「店の場所は分かるか?」

 

「あ、はい。3階です」

 

 

 さすがに復帰した彩がまた先導し始める。俺はそれについていき、二人でアクセサリーショップを目指す。休日ということもあって人も多いが、建物自体が大きい。逸れる心配はないだろうから、今回は学祭のときみたいに手を繋ぐ必要もないな。そう考えていたが、彩が明らかに挙動不審だ。何度もこっちを見ては前に視線を戻している。分かりやすいな。

 

 

「これでいいのか?」

 

「あ……ありがとうございます。……迷惑じゃないですか?」

 

「迷惑なら俺からはこうしてない。それに、やりたいことは言えばいい。それに応えられるかは別として、聞くだけ聞いてやるから」

 

「……はい!」

 

 

 やっぱり犬だ。子犬だ。感情表現が豊かで、ちょっとしたことでも心から嬉しそうにする。明るい雰囲気を出すワンピースタイプのその服も相まってか、その笑顔がより栄えて見える。

 上機嫌になった彩に腕を引っ張られて、急かされるように店に入る。男子でもワンポイントのアクセ類はつけるらしいが、俺はその気がないからこういう店に来ない。店の雰囲気や置いてあるもの。それらを俺みたいな奴が見ているのはどこか場違い感がある。どうにも落ち着かないから店内を見るのを止め、彩が見て回る物を一緒に見ていく。こうする方が、まだ落ち着いていられるから。

 

 

「これ可愛いですよね! あ、こっちのもいい!」

 

「いろいろあるな」

 

「それはそうですよ〜。あ! こっち側のも可愛いですよ!」

 

「全部可愛いって言ってないか?」

 

「そ、そんなこと、ないですよ?」

 

「目をそらすな。疑問形になってるし」

 

 

 これは店員にカモられる典型的なタイプだな。たぶん素人に毛が生えた程度の店員でも彩を丸め込めるぞ。今回は俺がどうこうしてるから、店員の思惑通りにはならないようにさせよう。彩が気に入ったやつなら見逃すけども。

 

 

「うぅー。いいのがいっぱいあって迷っちゃうな〜」

 

「彩は優柔不断だもんな」

 

「はい……。玲音さん、選んでもらっていいですか?」

 

「……俺が、彩のをか?」

 

「はい。玲音さんに選んでもらえたものなら何でもいいので!」

 

 

 責任重大だな。彩なら間違いなく今日選んだやつを日常的に使うだろうからな。下手なやつを選んだら彩が恥をかいてしまう。難しいのは、彩がどんな系統の私服を持っているか全く知らないということだ。おそらく今日着てるものをベースに考えて選んでも問題ないはず。となると自然と色は決まってくる。……色が決まってもたいてい変えられるから意味ないんだっけか。ネックレスタイプに絞るとして、目立ち過ぎず、それでも服に負けない程度の存在感があるもの。ほんと難しいものを頼んでくる奴だ。そこまでは言われてないけども。

 

 

「これ……とかはどうだ?」

 

「これですか? 私もこれいいかなーって悩んでたやつなんですよ!」

 

「悩んでるやつは総数が多そうだけどな」

 

「で、でもこれはすぐに候補に入れたやつですよ?」

 

「へー」

 

 

 候補に入れても決められなければ仕方ないだろ。なんてツッコミを入れてもよかったんだが、これ以上時間をかけていると店員が絡んできそうだ。めんどくさいことには関わりたくないし、さっそく会計をお願いするとしよう。

 店員を呼び、会計をお願いする。選んだやつはさっき自分でハードルを上げたやつをクリアできてたと思う。それにありがたいことに値段もネックレスの中では安い方だ。見た目が安物感ないし、わりと優良物件だったのかもな。会計は彩の自腹。俺が出してやりたいところだが、生憎とそんな余裕はない。彩の支払いが終わり、一緒に店を出る。この後の予定はカラオケだったな。

 

 

「玲音さん。ちょっといいですか?」

 

「どうした?」

 

「あの、玲音さんが良ければなんですけど……今つけてもらってもいいですか?」

 

「……ははっ。今日はお願いが多いな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いいさ。つけるからネックレス貸して?」

 

 

 そう言って彩からネックレスを預かり、丁寧に箱を開ける。上品に仕舞われているネックレスを取り出し、箱は彩に返す。こういうのって前からするもんじゃなかったはずなんだがな。彩がすでに目を瞑って待っているから四の五の言っていられない。慣れてもいないが、彩の髪を巻き込まないように気をつけてつける。つけ終わったことを伝えると、彩がゆっくりと瞼を上げ、視線をネックレスへと向ける。

 

 

「ネックレスつけたらさらに可愛くなったな。というか、綺麗なったよ」

 

「! そ、そうですか? えへへ、ありがとうございます♪」

 

 

 これ以上はないというほど弾ける笑顔を彩が浮かべる。何度も思うが、本当にこの子は感情表現が豊かだ。感受性も高い。アイドルデビューができれば自ずと好かれるようになるだろう。本番に弱いせいでオーディションの段階で潰れてしまっているのだろうけども。それさえ突破すれば可能性は広がっているはずだ。

 そのうち踊りだすんじゃないかと思わせるほど機嫌がいい彩を連れてカラオケへと向かう。さすがにこの状態の彩を店員と話させると、店員が可愛そうだから手続きはすべて俺がした。初めてだから何も分からなかったが、とりあえず彩には頼らなかった。それで少し機嫌も悪くなったようだが、それでもまだ上機嫌と言える状態だったからセーフだ。

 

 

「カラオケってこんな部屋でやるのか」

 

「今日は二人なので、部屋も狭めなんですよ」

 

「なるほど」

 

「これを操作して曲を入力するとカラオケスタートです。時間制ですから、さっそく歌いましょう!」

 

「なら彩から歌ってくれ。俺は彩の歌を聞きながら曲を探しとくから」

 

「分かりました!」

 

 

 彩が端末を操作してすぐに曲を入力する。手慣れているからわりと来てるんだろうな。曲が流れ始めるのに少し時間がかかるらしいが、その時間も活用して曲を探すとしよう。あればいいんだけどな、アレ。ところで、いくら部屋が狭いからって肩が触れ合うほど距離を詰めなくてもいいと思うんだけどな。

 

 

「聞いていてくださいね」

 

「入力が終わったら集中して聞く」

 

 

 彩の可愛らしい歌声で歌い上げられているのは、明るいポップ調の歌。実に彩らしい選曲だ。さて、聞くのに集中したいが、その前に俺も曲を選ばないとな。カラオケには全部の曲が入ってるわけでもないから、あるのか不安だな。マイナーだし。なかったらなかったで別の曲すればいいんだけどな。見つけられたけども。

 

 

「玲音さんどうでした?」

 

「綺麗な歌声だったぞ。歌って踊るアイドルになれるんじゃないか?」

 

「やったー。褒めてもらえたー!」

 

「俺の評価は甘いけどな」

 

「それでもいいんです。玲音さんに褒められたのが嬉しいんですから」

 

「……そっか」

 

 

 こうしてやり取りしてる間に俺が入力した曲が流れ始める。僅か数年の活動期間だった人の歌だが、俺はこの人の歌が好きだ。その中でも男でも歌いやすいものを選んだ。歌うことには慣れてないが、下手に見栄を張らずに歌えばいいだろう。

 

 

「ふぅー。なんか緊張した」

 

「あはは、慣れてないと緊張しますよね。でも玲音さんの声カッコよかったですよ!」

 

「ありがと」

 

 

 どうにも妙な緊張が抜けなかったが、聞いている彩が不快に思わなかったのだから良しとしよう。また歌うのを交代して彩が歌い始める。その後はまた俺、と交互に歌い、たまにデュエットもする。

 途中からは彩が練習している歌と振り付けを俺が評価するという訳のわからないことが始まった。狭い場所ですることでもないと思うが、彩もその辺りは弁えて、手振りや軽めに体を動かす程度にしていた。

 

 そうしていたのだが、テンションが上がったらしい。やはり足も動かし始めた。そしてこれまた予想通り机に足をぶつけていた。その後は予想外だった。足をぶつけて痛がった彩がバランスを崩し、俺の方へと倒れる。

 それが予想外だったから受け止めることもできず押し倒される。漫画とかでよくあるこれによる事故のキス、なんてことにはならずにすんだ。頭突きは食らったけどな。

 

 彩が今日みたいに俺を遊びに誘うのは、最近俺の調子が悪いからだ。働き過ぎ、というのもあるだろう。学校の課題も簡単とはいえ多い。そして家は心を休められる場所ではない。肉体的には問題なく生活している。

 だが、精神的には疲労が抜けていないのだろう。困ったことに楽しかったことがあったら、帰りに独りになっている時に病んでくることが増えてきている。

 彩の存在は、たしかに俺にとって安らぎなのだ。それでも疲弊している心が完全に癒やされるわけでもない。

 

 だから俺は最近らしくない(・・・・・)言動を取るのだろう。花咲川の学祭の時もそうだった。そして今も(・・)

 

 

「ご、ごめんなさい玲音さん! 大丈夫です、か……玲音さん?」

 

「彩……ごめんな」

 

「え? んっ……!?」

 

 

 今の俺を支えてくれているのは、間違いなく目の前にいる彩だ。俺を慕ってくれて踏み込んでくることなく側にいてくれる。

 そんな彩を利用してしまっているのか。さらなる安らぎを求めて、離れようとした彩の頭を抑えて引きつけた。きっと彩を裏切っている行為だ。

 だが、そんなことまで頭が回らなかった。ただ求めて強引に唇を奪った。

 

 




 

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