同じ景色を見られたら   作:粗茶Returnees

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9話

 

 朝起きれば『なんで家にいる!』と怒鳴られる。

 

 学校やバイトに行く時、あるいは遊びに行く時は『勝手にどこ行く! 許してないじゃろ!』と怒鳴られる。

 

 家に帰れば『出ていけ! お前なんぞいらん!』と怒鳴られる。

 

 飯を食って帰ることのほうが圧倒的に多く、飯が家で用意されてることもないのだが『作った飯を食わんか!』と怒鳴られる。

 

 

 俺の家で

 

 俺の金で生活していて

 

 俺の居場所じゃない

 

 

 何なんだろうな。いったい何がしたくてここに来たんだろうな。邪魔しかしないくせに。俺にストレスしか与えないくせに。居場所を奪って。金も奪って。疫病神もいいとこだ。

 そして今日もまた酷いもんだ。学校も休みで、バイトも社員に止められて入れることができなかった。休めと言われても休める場所などないし、そんな余裕がある生活でもない。だから最近できていなかった副業をすることにした。そのためにはパソコンが必要だった。カバンにパソコンを入れて家を出ていこうとした時、今日もまた祖母は発狂した。

 

 罵詈雑言だけなら無視したら終わりだ。そしていつもそうだ。だが今日は物を投げられた。最初投げられたのは裁縫道具が入っている箱だった。それは狙いが逸れて家の中で散らばるのみ。針は危ない。怪我をする。

 だが俺はそれを片付ける気は無かった。勝手に怪我でもしてろという気分だった。次に投げられた物はテーブルだった。筋力も衰えているはずなのに、どこにそんな力があるんだ。そう思ったが、それは危険過ぎる。俺はそれを咄嗟にカバンで防いだ。

 

 ──防いでしまった(・・・・・・・)

 

 カバンの中にはパソコンが入っていたというのに。嫌な音が響いた。カバンを開けて確認したら案の定だ。パソコンが壊れてしまった。データ自体はUSBメモリにバックアップを取ってあるが、パソコンが壊れてしまっては副業ができない。テーブルは上手いこと散らばっていた裁縫道具の上に落ちたから、針の心配は消えた。

 だが、そんなことはどうでもよかった。俺は床に転げてるテーブルに足を思いっきり踏みつけその勢いに任せて怒鳴り返した。なんて言ったかは自分でも分からない。怒鳴り散らして壊れたパソコンが入ってるカバンを投げつける。勢いよく祖母の横をそれが通り過ぎ、大きな音を立てて壁にぶつかる。

 

 怒りが収まらなかった俺は、そのまま家を飛び出した。最後に見た祖母の顔は、当然のことながらこんな行動を取る俺にさらに逆上したもの。鬱陶しいことこの上ない。

 

 

「クソッタレが……! あーウザってぇ。どこかで憂さ晴らしできねぇもんかな。……あーアソコ(・・・)行くか」

 

 

 こんなに荒れてるのはいつぶりだろうか。なんて考えるのも馬鹿馬鹿しい。あぁよく覚えているとも。母さんが亡くなって、クズが妹を連れ去った時以来だ。荒れに荒れた時期だ。何もできなくて、悲しみの処理をする時間も与えられなかった。ある意味今と似ているな。心を落ち着かせる時間が与えられないのだから。

 牛込たちと過ごしていた(・・)時間は休まっていたさ。自覚している。あの時間に文句を言いながらも感謝していたから。彩と過ごしている(・・)時間も心が休まる。だが彩はアイドルの研修生だ。そもそも会う時間も少ないし、何より彩を縛りたくない。

 あの子にそんなことをしてはいけない。すでに唇を奪ってしまったが、もうあんなことはしないようにしなければいけない。あの華奢な少女に背負わせるような、負担をかけるようなことをしてはいけないんだ。夢の邪魔を俺がしてどうする。応援すると言った俺が。

 

 

「は、萩近!? な、なんでテメェが今さらここに……! な、なな、何しに来やがった!」

 

「そんな怯えて言うなよぉ。寂しいじゃねぇか。憂さ晴らしのための遊び(喧嘩)。付き合ってくれよ?」

 

「ふざけるな! 俺達はそんなために生きてんじゃねぇ!」

 

「チンピラが随分とご立派に高説するじゃねぇか。なんて言おうが同じ穴の狢だ。仲良く殺りあおうぜ?」

 

「く、くるな! 俺達はもうこんなのやめるんだ!」

 

「……チッ。じゃあまだ喧嘩大好きな馬鹿の居場所言え。それで見逃してやる」

 

 

 胸ぐら掴んで強制的に喧嘩を始めようかと思ったが、脱却するというのであれば仕方ない。見逃してやるしかない。俺だって足を洗って出ていった身だ。気持ちはわからないでもない。ただまぁ、こうして戻ってきているのだから、抜け出したとは言えないんだろうな。

 自分の甘さと弱さに苛立ちながら、目の前で声を震わせつつも場所を教えるチンピラからメモを受け取る。住所と簡易的な地図が書かれていたが、筆跡が震えていてまともに役に立たない。

 言葉でも説明してもらって俺は路地裏を後にする。目指すは別の路地裏。ここの奴らはガラが悪い上に性格が腐ってる。今の俺にはちょうどいい相手になるだろう。

 

 

「何してるの? なんでそんなとこから出てきたの?」

 

「……牛込か」

 

 

 俺がどこから出てこようと俺の勝手だし、俺はわりとこういう道を通る。いつもなら見かけられてもこんなことを言われないだろう。

 ではなぜこんな質問をされているのか。簡単なことだ。ここは前に牛込が連れ込まれた場所だ。いい思い出ではない場所は人の記憶に残りやすい。牛込も覚えていたのだろう。

 諌めるように厳しい目をする牛込は、俺が何をしようとしてたのか察しているのだろう。無傷で服装も乱れていないから、ここでは何もなかったとわかっても、これから何かあるとわかっているんだろう。

 

 ──邪魔な奴だ

 

 俺は牛込を無視して横を通り抜けようとした。だが牛込に腕を掴まれて通り抜けることができなかった。強引に振り払ってもいいが、この位置はすでに人目に触れる場所。面倒事は避けたいところだ。

 

 

「離せよ。お前には関係ないだろ」

 

「あるよ。君はグリグリのサポーターで、今の君は普通じゃない。放っておけないよ!」

 

お前が……何も知らないお前が首を突っ込んでくるな! 迷惑なんだよ!」

 

「っ! 私は君を心配して──」

 

「心配? 馬鹿なこと言うなよ。お前は何もしてないだろうが。男ができたらそいつに夢中になってるだけだろ。普段何もしないで、たまたま見かけただけの今日は心配ってか。ふざけるのも大概にしろよ」

 

「それは……でも、それは彼があんまり他の男の子と連絡取らないでほしいって!」

 

「はっ! それをお前は忠実に守るってか? 器の小せぇ男に引っかかっておきながらそれに気づかずに素直にケツ振りやがって。ま、お前の勝手だがな」

 

 

──パシン!

 

 

 さすがにここまで言えば温厚な牛込でも怒るか。当然だな。自分の彼氏を馬鹿にされた上に、自分まで馬鹿にされたんだから。いや、こいつの性格ならやっぱり彼氏を貶されたほうが許せないのか。睨んでくる牛込に視線を合わせる。言いたいことがあれば言えってな。

 

 

「私のことはまだ許せる。彼のことを君がどう評価するのも勝手。でも、君が(・・)人をそうやって貶すことは許せない!」

 

「は?」

 

 

 こいつはいったい何を言っている。俺を許せないことは分かる。だがその理由が理解できない。俺が人を貶すことが許せないってなんだ。こいつの思考はどうなってる。……牛込とこれ以上話すのはやめとくか。変なことに思考が割かれる。無駄に疲れる。だから、黙らせるとしよう。

 

 

「来い」

 

「へ? え、ちょっと!」

 

 

 牛込を連れて路地裏に引き返す。さっきの奴らはもういないようだな。都合がいい。ここは牛込にとって嫌な記憶がある場所。黙らせるには持ってこいだ。

 フラッシュバック、というほどではないが、顔色はさっきより悪くなってる。場の力が多少は働いてくれてるようだ。牛込を壁に押し付けて動きを封じる。

 

 

「な、なんで?」

 

「俺がこうしない保証があるのか? お前さっき自分で言ったじゃないか。今の俺は普通じゃない(・・・・・・)ってよ」

 

「で、でも……君はこういうことが嫌いなんじゃ……!」

 

「あぁ嫌いだね。だが、お前を黙らせるためなら我慢するさ。安心しろ。愉しませてやるから」

 

「やめ……ぁ……っ……」

 

 

 相変わらず極端に弱いな。軽く耳を責めるだけでこれなんだから。ほんと、サル相手に引っかかってたら初日で食われてるな。だがまぁ、どうやらまだ手をだされてるわけでもないらしい。

 アイツの底は見た時に理解したが、器が小さいだけのようだな。それはそれでよく牛込を彼女にできたものだ。

 

 

「俺なんかでこんなんになってていいのか? ゆり(・・)

 

「やっぁ……耳元で……いわないで」

 

「言ったろ? 愉しませてやるからって。それより答えろよ。彼氏じゃない男相手にこの調子でいいのか?」

 

「ふっ……ぅ、これは……きみ、だから(・・ ・・・)……だもん」

 

「チッ。興ざめだな」

 

「ぇ?」

 

 

 ほんとにこいつの頭がおかしいとしか思えない。俺だからってどういうことだ。ほんのりと頬を上気させ、呼吸を乱れさせながら牛込が見つめてくる。黙らせるのは成功なんだが、これは何か違うな。

 やりにくい。本当にやりにくい。もうどうでもいいか。とりあえずこいつは放置して──

 

 

「離せ」

 

「や……。きょねん、言ってくれた。……わたしの……側にいて、くれるって」

 

──ブチッ

 

お前が……お前がそれを口にするのか!!」

 

「きゃっ!」

 

 

 完全に頭に血が上った俺は、牛込の首に手を添えて再度壁に叩きつける。さっきとは違って強くやったから頭を打ったようだ。だがそんなこと全く気にならない。呼吸ができなくなる程は握らないが、多少は首を絞めている。

 苦悶の表情を浮かべる牛込に俺は怒り(言葉)を叩きつける。制御なんてしない。理性なんて軽く飛んでいる。

 

 

「お前が言ってるのは紅葉見に連れて行ったときの事だろ? 俺も覚えてるさ! 覚えているからクリスマスも年が明けてからも予定を合わせてやった! それが約束(・・)だったからな! それを先に反故にしたのはお前だろうが! 彼氏を作るのはいい! だがそれで俺の精神を削ってくるな! 今さら側にいろだなんて調子のいいことを言うな!」

 

「ぁ……ごめん

 

「今頃謝って……クソがっ」

 

「ケホッケホ……! ま、待って!」

 

「待たない。じゃあな」

 

 

 その場に崩れ落ちた牛込を無視してここを後にする。影に隠れてた奴らも俺の機嫌が悪いことを察して逃走してたから、牛込が襲われることもないだろう。……いや、逃げた奴らは潰しに行くか。憂さ晴らしっていう目的がまだ達成できてないからな。いっそ教わった場所も行けばいいだろう。この際だ。知ってる限りの奴らを片っ端から殴り倒そう。

 

 

 

 久々に暴れた。ここまで喧嘩するのも懐かしい。トータルの人数は多かったが、場所を転々としてたから一回一回は少数相手。強い奴らは軒並み足を洗ってるらしく、完全に不完全燃焼だ。不完全燃焼なんだが、どうやら目の前のこれ(・・)は完全燃焼らしい。

 

──家のあるアパートが燃えて潰れてる

 

 正確には半分で、俺の部屋は完全燃焼だな。

 

 今の時間は既に日が沈んで二時間ほど経ってる。八時か九時ってとこだな。そしてアパートの消火も終わってて、今じゃ警察やマスコミが多い。野次馬の馬鹿どももな。

 

 

「萩近くん!」

 

「……俺が言うのもなんだが、どの面さげて来た。それと何のようだ」

 

「そのことは後でいっぱい謝る。ううん。いっぱい謝らせてほしい! けど、その前に……君の家(・・・)が!」

 

「っ!?」

 

 

 なんでこいつが俺の家がここだと知っている。牛込にはバレないようにしていたはずだというのに。最近もそこだけは抜かりないようにしていた。そうだというのになぜだ。どうやってこいつは。

 

 

「りみが知ってたの。火事になった時に、りみがこのアパートに君が住んでるって」

 

「あー、なるほどね」

 

 

 りみは警戒してなかったな。というかあの子の活動時間がさっぱり分からないから、警戒のしようもなかった。

 それにしても家まで燃えたか。全く、俺はこれからどうしたらいいっていうんだ。勉強道具類も燃えたな。バイトの制服とかはまた貸してもらえるだろ。でも、家がなくなったとなれば俺はどこで寝ればいいんだろうな。クソ親父のとこはごめんだし、野宿か。

 全く働いてくれない頭で考えても大したことを決められない。そうしてると警察がやってきた。牛込が俺の名前を呼んだから、ここの住人の一人と分かったとのことだ。

 

 半分も働かない頭で警察の話を聞く。どうやら出火場所は俺の部屋かららしい。その原因もわかったのだとか。その部屋に焼死体があったから。つまり祖母が燃えて死んだ。そしてその原因は料理を作っていて、火を消し忘れている間に燃え広がったらしい。脳の障害もあるし、何か発作でもあったのか。それは分からないが。

 

 で、警察から渡されたのは一つの日記と通帳だった。祖母のものらしい。なんでこれが残っていたか。それは、俺が知らない間に買った金庫の中にあったからなんだとか。俺はあんな祖母の日記を読む気などなく、破り捨てようとした。

 しかしそれは牛込に止められた。だから牛込に渡した。俺には興味がないからな。だが、やっぱり牛込は声を出して俺に聞かせるように読み始める。

 

 

『脳に障害があると分かってから、こうして日記を書くことを心がけてます。脳を使って少しでも物事を忘れることを抑えていきたいから』

 

 

 日記はそんな始まりだった。牛込の声で語られる日記の内容。祖母が俺の家に来たのは、俺の助けになりたかったかららしい。クソ親父が何をしているか知った祖母は、俺が孤独にならないようにしたかったらしい。

 施設の人に頼み込んで、何度もお願いして許可を得たのだとか。定期的に施設の人が検診に来ることが条件でそれが許されたのだとか。

 

 

『玲音くんの助けになりたかったのに、私の口からでることはなぜか正反対なことばかり。どれだけ傷つけてるのか分からない。許されないとも思ってる。玲音くんに料理を作ってあげたかった。玲音くんにおかえりって言ってあげたかった。母親代わりにもなれないけど、それでも家族として接したい。玲音くんはよく一人でも遊びに来てくれてた。遠いのに一人で頑張って電車に乗って。小学3年生の時に来たときはびっくりしたし、心配して怒っちゃったのを覚えてる。でもそれ以上に、その何倍も嬉しかった。笑顔で遊びに来たって言ってくれて、私が作る料理に美味しいって言ってもらえて。だから、いつ死んでしまってもおかしくないような状態になったこの体でも、私が生きている間に、あの馬鹿息子のせいで苦しんでいる玲音くんに少しでも安らぎを与えたかった。もう一度だけでいい。料理を作って、それで玲音くんに美味しいと言ってもらいたい。そうだ。今度は玲音くんによく作っていた肉じゃがを作ってみよう。これならできるはずだから。これなら玲音くんに食べてもらえるはずだから。きっと美味しいと言ってもらえる。頑張れ私。玲音くん。独りにならないで。お友達に頼ることを覚えて、支え合って生きて。そうすればきっとあの子とも再会できるはずだから──』

 

「うっ、うぅー」

 

「……ったく。なんで牛込が泣くんだよ」

 

「ごめ、でも……だってぇ……」

 

「お前に泣かれたら俺泣けねぇだろ……」

 

 

 あと警察の兄さんや。あんたも貰い泣きしないでくれるかな。まるで俺に心が無いみたいなことになってるから。牛込の頭を抱えるように抱き寄せ、静かに泣かせてやる。その状態で涙ぐみながら他のことを話してくれる警察に耳を傾ける。一応後日また話を聞くことになるらしいけどな。

 

 

『おばあちゃん! きたよ!』

 

『まぁ玲音くん一人で来たの!? 大変だったでしょ? ほら、中に入って。今日は玲音くんが来てくれたことだし、肉じゃがにしましょうか』

 

『ほんと? やったー!』

 

『どう? 口に合う?』

 

『うん! 美味しいよ! おばあちゃん!』

 

 

 あぁ、覚えてるよ。俺も覚えてるよばあちゃん(・・・・・)

 

 俺も謝らないといけない。朝のことを。でも、もうそれはできないのか。

 

 ……なぁ、ばあちゃん。肉じゃが作ってくれるのは嬉しいけどさ、炭になってちゃ食えないよ。

 

 

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