知らない天井だ。なんてテンプレなセリフを言ってみたい。などと思ったことは欠片もない。知らない場所で目が覚めたら普通混乱するからな。それにここは知っている場所だ。この天井は去年に一度だけ見た。どうにも記憶が曖昧だが、とりあえず部屋から出れば分かるだろう。
「あ、萩近さん……。よかったー。おはようございます」
「やっぱ
「あ、はは、すみません。昨日のこともありますし、塞いじゃってたらどうしようって心配してて……。お姉ちゃんは今日朝から出ちゃってますし」
「……そうか。心配かけたな。ごめんな」
「い、いえ!」
この子は本当に牛込の妹なのだろうか。なんて疑いたくなるぐらいこの子が眩しく見える。まだ中学生ってのもあるだろうが、姉以上に汚れの知らない生活を送っているんだろう。まぁ姉がそういうのを知るようになったのは半分以上俺のせいなんだろうけどな。反省はしてない。
リビングへと案内されると、牛込たちの母親が朝食を用意して待っていてくれた。父親の方は休日出勤らしい。代わりに来週の平日のどこかが休みになるんだとか。一応代わりがあるならいい、のか。そこは本人次第でもあるか。
ところでりみってもっとおどおどするんじゃなかったっけ。なんで平然と隣座ってるんだろ。
「前より近くね?」
「あ、ごめんなさい。萩近さん、前となんか雰囲気が違う気がして」
「まぁ、そうなんだろうな。でもま、そんな気にしないでいい」
「はい……」
心配性なところは同じだな。りみの方が引き下がるのが早いから、俺としては楽だ。特に今はそんなに聞きこまれたくもないし。
てっきり冷めてるかと思ったが、まだ温かいな。ということは、起きる時間を予想してたのか。他人の子の起きる時間を予想できるってどういうことだよ。ハイスペック過ぎるだろ。しかも料理が超上手い。
さすがに親子なだけあって味付けは似てるな。前も思ったが。牛込もそのうちこれぐらいできるようになるんだろうな。俺がそれを食べることもないんだけどな。
「美味しいです。ありがとうございます」
「そう? 褒められて嬉しいわ〜。でも、私よりゆりの料理のほうが食べたいんじゃない?」
「いえ別に」
「ほほー。彼氏の余裕ってとこかしら?」
「俺あいつの彼氏じゃないですよ?」
「え?」
「お姉ちゃんの彼氏って萩近さんちゃうん!?」
「え、なにそれ」
思わず箸を動かしていた手を止める。目の前にいる二人の母……もうおばさんでいいや。おばさんの顔を見ると目を丸くしてる。それから隣にいるりみに視線を移すと、やっぱりりみも目を丸くしていた。りみの方が驚いているな。
驚きたいのはこっちだ。いったいどういうことなんだ。彼氏ができたことは伝えているのか、伝えていない可能性もあるな。伝えていたとしたら名前は言ってなかったと。そうだとしてそれで相手が俺ってのは分からないけどな。去年に何回も牛込と一緒に否定しているというのに。
「えーっと。整理しましょうか。まず牛込…………わかりました名前言います。ゆりさんが彼氏できたっていうことは、聞いてるんですか?」
「さん付けも外してほしいところだけど、それは今は置いとくわね。ゆりってこういうこと恥ずかしがるから直接は聞いてないわよ。ただあの子って分かりやすいでしょ?」
「なるほど。理解しました。それで相手が俺って勘違いされるのは理解できませんけどね」
「一つは単純にゆりの男友達を君しか知らないから。もう一つは、ゆりが君の話をする時楽しそうだったから。それで彼氏ができたって分かった時に相手が君かなって。……違ったみたいだけど」
牛込はなにも話していないのか。というか、付き合ってもいない俺の話はするのに、彼氏の話はしないって。どういう感覚でそうなるんだろうな。相変わらず訳のわからないやつだ。
ともかく、勘違いされてた理由もわかったところで食事を再開させてもらおう。よかった。まだ冷めてない。りみさんや、ぼそっと「面白くない」なんて言うな。付き合ってるほうが俺からすれば面白くないんだよ。
「はぁー。私としてもゆりの相手は萩近くんの方がよかったのだけど」
「あなたまで何を言ってるんですか……」
「だって知らない子よりも知ってる子の方が安心して娘を任せられるでしょ? 今の子って手が早いって言うし、君なら信用できるけど、ゆりの彼氏がどうかは分からないし。あの子も疎いし」
「お母さん。手が早いってどういうこと?」
「りみはまだ知らなくていいことよ〜」
「え〜」
なるほどな。こうやって知識が乏しくなるのか。知らないままでいてほしいって想いなんだろうな。学校でも教育自体はあるから、
そのへんは乏しくてもいいわけだし、それに人の家の教育に首を突っ込むことでもない。脳内でそう締めくくって食器を片付けるために席を立つ。おばさんに速攻で回収されたから俺はその場に立ち尽くす羽目になったけどな。
「萩近くん。昨日の話覚えてる?」
「昨日の話……ですか? えーっと……」
「覚えてないのね。無理もないけども。……ゆりから聞いたわよ? あなたの家庭のこと」
「っ!?」
話されたのか。……いや、話したことをとやかく言う気はない。牛込の性格から考えて、俺のことを何も話さずに一晩泊めさせるなんてことはしないだろうからな。りみの方を見ると気まずそうに目を逸らされる。
ということは、りみも含めて牛込家全員が知ったということか。俺が言葉に詰まっていると、おばさんが慎重に、それでいて優しく包み込むような口調で言葉を続ける。
昨日の話、というのはぼんやりとは覚えている。なにやら必死に牛込が頼み込んでいた。それから考えられたことと、おばさんの口から出た内容が一致した。
──牛込家で世話になる
それが昨日の話の内容だ。親からの援助などなく、祖母も死んだ。片方は生きているが、あちらは経営に手一杯。俺に力を貸す余裕などない。つまり俺は孤立している。オーナーにも頼めないしな。
そしてそれは牛込家だって同じだ。この年の子供をいきなりもう一人養うなんて負担が大きい。だから断るしかない。俺にはそんな甘えなど許されない。のうのうと温かい家庭に混ざるなんて。妹を差し置いてそんなこと許されない。
「私も主人も許諾したわ。聞けば通ってる学校には特待生制度があって、君は特待生でしかも主席。授業費が免除されるだけじゃなくて学費も半額以下。これなら大した負担じゃない」
「……っ」
先に潰された。負担も大きいでしょうから、なんて尤もらしい理由をつけて断ろうとしたのに。牛込が必死に話していた内容の中には、親を説得させるに足るものまで含まれていたか。俺はどうやら牛込に対する評価が甘かったらしい。
「私も大丈夫ですよ? お兄ちゃんができるみたいで嬉しいですから」
「……緩くね?」
「へ? そうですか?」
俺はその許可の出し方は緩いと思うな。おばさんも苦笑してるし、絶対緩いんだよ。なんでそう言われるのか分からない、みたいな顔されてもな。こっちの方が分からないぞ。牛込の妹って考えたらどこか納得できてしまってる自分もいるのが怖いとこだが。感覚がおかしくなってやがる。
「……年頃の男を大事な娘さんが二人いる家庭に置くんですか?」
「あら、そういう目で見てないって去年に言ってたじゃない」
「はぁ。大人はズルいですね」
「ゆりからは君もそうとうズルいって聞いてるけどね」
「……考える時間をください。さすがに納得できないまま流されていいことではないので」
「ふふっ。もちろんいいわよ。返事は直接聞かせてね」
言葉を返して牛込家を出た。どこに行くかなんて決まっている。携帯には大量の電話やメッセージが飛んできてるんだから、送った人たちに直接会いに行くだけだ。
件数の半分以上が彩なんだけどな。それにほとんどがバイト先の人達だ。なんの偶然か、全員今日シフト入ってるから店に行けば会える。社員もいるから制服のこととかも話せるし。
「おはようございます。家が燃えた萩近でーうおっ!?」
「よかった……玲音さんが無事でほんとに……わたし、心配で……」
「……ごめんな彩。メッセージだけでも返したらよかったんだけど、落ち着いてきた時には店の近くだったし」
「いいんです……! 玲音さんが無事ならそれで……」
「彩……」
「おーーいお二人さーん? 私も部屋にいるんだけどー」
社員に話しかけられた途端彩がバッと離れてその勢いで頭を打つ。彩が打った場所を労るように撫でながら社員に話しかける。そもそもいたんだなって。なんか憤慨してるけど、それはスルーして用件を伝えないとな。
「あー制服? それぐらい新しいの渡すから気にしないでいいよ。……それと、お婆さんのこと。お悔やみ申し上げます」
「……はい」
「これからいろいろと手続きというか、お葬式やらなんやらってドタバタするだろうけど、一人で背負い込まないで。私も力になるから」
「ありがとうございます」
「玲音さん! 私にもできることがあれば遠慮なく言ってくださいね!」
「そうだな。何も頼まないでおく」
「えぇー! 何でですか!」
何でって言われてもな。彩は見ていて危なっかしい子だし、すぐにトチるし、頼んでも見守っておかないと不安で仕方ないんだよな。とまで言いたいところだが、分かりやすく頬を膨らませてバシバシ叩いてくるから、これは控えておこう。
しばらく彩の好きなようにさせて、叩くのをやめてくれたら頬を突いて空気を出させる。また叩かれたけどもこれは彩が悪い。まぁでも程々にしないとな。彩の休憩時間を削るわけにもいかないし。
「彩は側にいてくれるだけでいい。それだけで俺は助かるから」
「そ、そうですか? それならできるだけ玲音さんのお隣にいますね!」
「自分の都合を優先してくれよ」
「えー」
「えーじゃない。そうじゃないならわざとシフトずらす」
「わーわー! ちゃんと自分の生活優先しますから! だからシフトズラさないでください!」
「……君たちいつから付き合ってるの?」
「「付き合ってません」」
牛込相手でも言われてたのに、今度は彩でも言われるようになったのか。まぁ付き合ってないから付き合ってないって断言させてもらうんだけどな。
社員よ。疑いの目を向けてくるな。牛込の時と同じパターンだぞ。ワンパターンは飽きられるから気をつけろよ。そして
「付き合ってないにしても距離近すぎない? 手繋いでるのもびっくりなんだけど。最近の子の距離感ってそんな感じなの?」
「さぁ?」
「私もよくわかんないです。女子校なので男の子いませんし」
「そっかー。私的には近いと思うなー。それなら付き合えばいいのにってぐらい。それに丸山さん今日ずっと上の空だったし」
「おい玲音! ゆりちゃんどうする気だ! それと無事でよかった! 困ったことがあれば遠慮なく頼れ! 受験勉強なんぞ放り投げて助けてやる!」
「若! 俺にもできることがあればなんなりと!」
「牛込は関係ないでしょ。それと二人は受験勉強集中しろ」
そう言ってもらえることは嬉しいんだけどな。それで二人の進路に影響を出したくないし。それと青葉先輩よ。あんたそれで第一志望落ちたら彼女にブチのめされるぞ。完全に尻に敷かれてるんだからよ。
「萩近くーん。ご飯に困ったら家に来てくれていいからね〜」
「ありがとうございます。……彩はそろそろ休憩終わりか。俺もそろそろお暇するわ」
「え、でも……」
「他にも連絡返せてない人がいるしさ。大丈夫だから、な?」
「……はい」
名残り惜しそうにする彩を送り出して俺も店から出る。グリグリメンバーはまぁ後回しでいいだろ。それより先に行かないといけない場所がある。
母さんの墓に行ったら今日一日潰れちゃうし、もっと落ち着いて話す内容が決まってから行くことにするとしよう。行かないといけない場所は、なにかと世話を焼いてくれてる人物の場所だ。
「……なんだい。思ってたより早く来たんだね。まさかここが最初とは言わないだろうね?」
「それはないよ。ただまぁ生存報告はいるかなって。それに最近
「あんたはここに来たがらない……というか、避けてるからね。あの子との約束を今も気にしてるんだろ?」
「まぁね。今日来たからって何か話を持ってきたわけでもないし。顔を出しに来ただけ」
「そうかい。……玲音、生きててくれて安心したよ」
「……まさか婆さんにそんなことを言われる日が来るとは」
「アタシにも人の心ってもんがあるんだよ。それとオーナーだ」
いつもの軽い調子にすぐさま戻れる。オーナーはさすがに人付き合いが豊富だからな。やりやすい距離感でいてくれる。一度だけ飲み物を注文して、すぐにSPACEを出た。
俺がおいそれと来れる場所ではないというか、自分から来ないようにしてる場所だし。面倒な性格をしていることなんてとっくに自覚してる。でもこれが俺の性分だ。
この後は連絡をくれてたクラスの連中と落ち合った。ファミレスでひとまず話せることだけを話し、ニュースでどう報じられていたのかを教えてもらう。こいつらが俺の家が焼けたって知ったのもニュースで報じられていたかららしい。
それにしても、俺からすれば薄っぺらい関係だと思って接していたのに、こうして連絡してくれる奴がいたんだな。さすがに申し訳ない。態度を改めることを心に決めて、クラスの奴らとゲーセンやらカラオケやらで馬鹿してから別れる。
わりと楽しんでいたようで、時間はすでに夕方。皮肉にも綺麗に赤く染まった空に舌打ちをして、牛込家へと向かっていると途中で牛込と合流した。
どうやらグリグリメンバーで練習してたらしい。チラチラと様子を伺うように見てくるのが鬱陶しいから、一言大丈夫だと告げて今日あったことを聞かせてもらう。彩だけじゃなくて牛込も集中できてなかったんだとか。途中から意識を切り替えれたらしいけども。さすがにこれは謝ろう。
「おかえり〜。ってあらあらー。仲良く帰ってきちゃって〜。待ち合わせでもしてたの?」
「してませんよ。たまたま会っただけです」
「お母さん。萩近くんのことなんだけど……」
「それは本人の答え次第ね。答えは決まったみたいだけど」
「……どこまで見抜いてるんだか。ご厚意に甘えさせていただきますよ。すみませんが、お世話になります」
「いいのよ〜。自分の家だと思ってくれたら」
「はい」
こうして俺が牛込家に厄介になることが決まった。ところでおばさん。部屋の模様替えが無駄にならなくて良かったってどういうことですかね。
もし作者が書く気が出た場合
-
海外編(単発デート)
-
グリグリ全員との絡み
-
陽だまりをくれる人とのリンク回
-
結婚式