合宿場となる鰐部の友人の別荘。去年借りたところでも十分の広さだった。部屋の数は余り、大浴場があって、防音完備の練習場所もあったのだから。今年もそこでの合宿になる。そう思っていたんだがな。
「……なにこれ」
「別荘らしいわよ」
「これが……大富豪って怖いな」
「見てみて! プールもあるよ! 今年はここで海とプールの両方ができるね!」
「ひなは目的忘れてない? 私たちは合宿に来たんだから」
「けど遊ぶでしょ?」
「まぁね」
結局遊ぶんじゃねぇか。予想通りだけども。そして二人がかりだろうと鰐部の監視を抜けられるわけでもないし、予定が予想外に崩れるってこともないだろう。俺は今年も海の家でバイトさせてもらえるらしいから、関係ないんだけどな。
それにしてもデカイ。二階建ての家だが、ここもやっぱり海を眺められるテラスがある。さっき二十騎が言ったみたいにプールもあるし、大浴場もあるんだとか。どんな大富豪なのか会ってみたいものだが、会って何を話すわけでもないな。生活が違いすぎる。
鰐部が鍵を開けて中に入ると、玄関でも五人が横に並べる広さがあった。一階はほとんど部屋がないらしい。脱衣所や大浴場、トイレと書斎ぐらいで、残りのスペースにキッチンもリビングもダイニングも纏められている。二階には部屋が多く、そこが寝室となるようだ。使わない部屋の方が多そうだな。
「食料も一通り用意されてるのか」
「これはまた萩ぽんの料理が食べられるパターンかな?」
「そうなるんじゃないか? シンプルなもんしか作れないが」
「今年はチーズカレーで!」
「そうやって指定されてる方がやりやすいな」
自分で考えて作ってもいいんだが、リクエストに応えるほうがこちらとしても気が楽だ。こいつらが作られた料理を拒むことはないと分かってはいるが、気にかけるものは気にかける。チーズカレーを作るのは夜になるんだけどな。今年も昼に海に行くから、昼食もそっちになる。
さて、そうなると海に行く前にやることが一つだけあるな。俺はそれをやってから海の家のバイトに行くとしよう。
「あれ? 萩近どっか出かけんの?」
「チーズがないから買ってくる。お前らは気にせず海に行きゃいいよ」
「いやさすがにそれは悪いというか……」
「買うもん少ないのに何人かで行っても仕方ないだろ。それに、俺の役回りがこうなんだしよ」
鰐部にスペアキーを借りていくことを伝えて俺は一人で外に出た。鰐部も何か言いたげだったが、それでも何も言わなかった。それに甘えてしまっている気もするし、今度なんかお返しでもしよう。覚えていたら。
鵜沢はなんだかんだで全員が一つの輪になる状態を望んでる。距離感を間違えないように気を使いながらそう感じさせない言動。さっきのももっと強く言えばいいものを言葉を止めていたし。
二十騎のやつは未だに何考えてるか分からないから放っておくとして、今面倒なのは牛込だな。二十騎に言われたとおり俺が名前呼びしたらいいんだろうが、俺が折れてやる必要性がない。拗ねてりゃこっちが折れると思わないでほしいね。
〜〜〜〜〜
私……何しちゃってるんだろう。なんでこんなに彼の前だとわがままになるんだろう。こんなに子供じみた言動とって、困らせて。
困らせてるぐらいならまだマシかもしれない。もしかしたら表に出してないだけで、怒ってるのかもしれない。だから一人で買い出しに行ったのかも。私がこんなで、みんなも私の機嫌を治させようと彼に話しかけるから。
でも違う。彼は何も悪くないんだ。私がこんな面倒なことになっちゃってるのがいけないんだ。名前を呼んでもらえないからって。
彼が言ってることは間違ってない。呼び慣れてる呼び方がいいって言うのは分かるもん。それが家の中だとややこしいから、家の中だけ名前で呼ぶ。外なら今まで通り名字にする。何もおかしなことじゃない。おかしなことじゃないんだ。
──なのになんでこんなに切ないんだろ
「ゆ〜りちゃん!」
「ひゃぁっ!? ちょっ、ひな!?」
「ほれほれ〜」
「ひな、やめっ……! 変なとこっ触らないで、よ!」
「変なとこってどこー? くすぐってるだけじゃーん」
「それをっ、やめてってば!」
リィと七菜がひなを引き離してくれて、それで私は解放された。私って敏感だからくすぐられたりしたら全然抵抗できないんだよね。だからこうして助けてもらわないといけない。
乱れた息を整えながらひなを軽く睨むけど、ひなはヘラヘラ笑ってるだけだった。そういえば前に言われてたっけな。私が睨んでも怖くないって。普段はそれでいいやって思うけど、こういう時は残念だね。それはともかくとして、ひながなんでこんなことしてきたか聞かないとね。予想はつくよ。私のせいだよ。
「ゆりちゃんが暗いからさ〜。せっかくみんなで合宿来たんだから笑っていかないとね!」
ほら。やっぱりそうだった。
ひならしいよね。暗い顔してる人を笑わせるためにくすぐる。人によってはもっと怒るだろうけど、ひなはこれでいて人を選ぶから。私がそこまで怒らないって分かってての行動。
「ひなには敵わないね。……うん、それじゃあみんなで海行こっか」
「ゆり……」
「七菜も行こ?」
「分かったわ。一回部屋に行ってくるから」
「私も着替えは部屋に置いてるから、一緒に行こ。リィとひなは……もういないね」
「あの二人はさすがね」
部屋で着替えて、必要なのも用意して七菜と一緒に海に行く。別荘からそんなに離れてないからすぐに海に着くし、先に行ったリィとひなともすぐに合流できた。ちゃんと日焼け止めクリームも塗って、海で遊ぶ。きれいな海で海水が透き通ってる。こういう所で彼とも遊べたらいいのにね。
みんなでしばらく遊んでから海の家に行ったら、その彼が絶賛バイト中だった。いつの間に来てたのか分からないけど、そんな遠くないところにスーパーがあるし、時間もかからなかったんだろうね。歩くの速いもんね。
彼のバイトが終わったら私達の遊びも終わり、一回お風呂に入って体を洗って、それからバンドの練習。練習時間の前半ぐらいはいてくれたんだけど、途中から彼は退室しちゃった。
晩御飯の用意をしてくれるからなんだけど、せっかくならやっぱりもっと練習を見てほしかったかな。普段の練習も来てくれる頻度が減ってたから余計にそう思った。
晩御飯はひなのリクエスト通りチーズカレー。簡単なものしかできないって言うわりには、その作れる料理が美味しい。この晩御飯もそうだし、家で彼がお母さんの手伝いをしたときもそうだった。晩御飯の片付けは私達がして、彼はリビングのソファでテレビを見ながら休憩。お風呂も後でいいんだとか。
──あぁ、やっぱり駄目だ。今日彼とまともに会話できてないや。わがままばっかり言ってたことを謝りたかったのに。
「あ~温泉気持ちいい〜」
「アタシの家のお風呂も源泉出るようにならないかな」
「リィ。だいぶ無茶苦茶なこと言ってるわよ」
「鰐ちゃんは真面目すぎるな〜」
みんなとお風呂に入って疲れを癒やしてるけど、やっぱり頭の中が休まらない。ウジウジ考えるほうがいい案も出ないというのに。みんながいてくれてるのに。
「ゆりちゃんは考え過ぎだと思うな〜。一回スタート地点に戻りなよ」
「スタート地点?」
「うん。まずは気持ちの確認。ゆりちゃんは萩ぽんのこと好きでしょ?」
「なぁっ!? そ、そんなことないってば!」
「あ、そのネタまだやるんだ」
「ネタって何!? そもそも私が彼のこと好きなら、神木くんと付き合ってないよ!」
ひなはいったい何を言っているの。私のそういう対象での好きな人は彼じゃないのに。もしそれならもうすでに告白……できてるとは思えないけども。でももっと力になろうとするはず。
それなのにひなはヤレヤレって感じで首を横に振るし、七菜とリィは無言で目を瞑ってる。わけわかんないよ。
「はぁ。ゆりちゃんがそうだって言うならそれでいいよ。でも、それならなんでそんなに萩ぽんのことで悩むの? ゆりちゃんにとっての萩ぽんって何? どういう人? なんでゆりちゃんもゆりちゃんで萩ぽんのことを
「そんなの……」
そんなのが分かってるなら苦労なんてしない。こんなに悩まない。でも、言われてみればたしかに、私にとって萩近玲音くんはどういう人なんだろう。分からない。何も分からないや。
「……ごめん。先に上がるね」
「考え過ぎでのぼせたのかな?」
「そうさせたのはひなでじょうに……。ゆり、ちゃんと休んでね」
「うん。ありがとう七菜」
「あ~、これだけは今言っとかないとね」
何か一つだけ言っとかないといけないことがあるみたい。話の流れからして分かる。彼に関係するものなんだ。七菜とリィも興味があるみたいで、私達の視線がひなに集まる。それを受けてひなの表情が引き締まった。重たい内容みたい。
「ゆりちゃんが気づいてないのもどうかと思うんだけどさ──」
頭の中を整理できたわけじゃない。でも、それでもわがままをいっぱい言ってることは謝らなくちゃ。そう思って、なんとか決心をつけて寝る時間になってから彼の部屋に行った。もしかしたら寝てるかもって思ったけど、まだ電気が付いてた。
ノックして中に入ったら、彼は通話中だった。誰かなんて聞かなくても分かった。スピーカーにして通話してたから。相手は丸山さん。邪魔になるからまた後にするって言ったけど、今日の通話も終わる流れになってたみたい。
……今日の通話……。
「どうしたんだ? 明日の予定で変更でもあるのか?」
「ううん。そうじゃないけど、ねぇレオくん」
「うん?」
「
「そう言われてもな……」
「私の時には鬱陶しいから頻度を減らせって言ったのに! なんで丸山さんはそうじゃないの!? なんでいっつもいっつも丸山さんに甘いの!? なんで私にはずっと厳しいの!?」
──違う、こんなのを言いに来たんじゃない
頭がグチャグチャだ。やろうとしてたことと今取ってる行動が一致しない。彼を押し倒して襟を掴んで叫んでる。こんなのをしたいわけじゃないのに。しちゃいけないのに。
「それは──」
「面倒くさいからだよね? そりゃそうだよね! 私は私のことしか考えてないもんね! 鬱陶しいもんね! もういいよ私は──」
「──
「っ! なんで……優しく……するの」
──拒んでよ。私を本気で拒んでくれたらお互いそれで楽になれるじゃん
バッと体を起こした彼に抱きしめられる。こうやって優しくされるから私はきっと離れられないんだ。彼に言われた通り軽い女だよね。でも、なんでそんな私にこうして優しくしてくれちゃうの。
「電話のことは謝る。あの時は余裕がなかったんだろうな。今もないが、今以上に。それと前にも言ったとおり、俺は外では名前呼びしない。お前の彼氏に知られると面倒だからな」
「……うん」
「でも、こうして二人だけの時なら外でも呼ぶことにする。知られる心配がない時だけだから、機会は少ないだろうけども。それでもいいか? ゆり」
「ぁ……うん。……ありがとうレオくん」
「どういたしまして。わがままなお姫様」
「ぅぅ……ごめん」
「はは、いいさ。ゆりなら別に」
あぁ、そういうところだ。そういうところがあるから私は彼に甘えてしまうんだ。勝手に怒って不満をぶつけて、彼を困らせて妥協させる。きっと私は彼にとって重荷になってる。彼のストレスの原因になってる。それなのに赦されてしまうから、彼に依存しちゃうんだ。
──これは駄目なことなのに
『ゆりちゃんが気づいてないのもどうかと思うんだけどさ
──萩ぽんは今
──私が壊しちゃうかもしれないのに
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