私はなんてことをしてしまったのだろう。してはいけないことだと自分で決めていたのに。望んではいけないことだとわかっていたのに。それなのにどうして私はあんなことをしてしまったのだろう。
玲音さんの心は弱っているのに。そんな時に逃げ道を作ったら、玲音さんが流れてしまうことなんて分かっていたのに。
回復傾向にあることも分かってた。少しずつ玲音さんが出会った頃みたいに、強い人に戻りそうになっていたのも。だから大丈夫かなって思ってしまったのかもしれない。玲音さんなら自分を保っていられるって。そう思ってしまったのかも。
実際に玲音さんは、私が不安になってたほど後退はしなかった。普段の様子に変化なんてなくて、私との接し方にも変化はなかった。だから他の人に何かがあったと勘づかれることもなかった。
むしろ私の方が駄目だった。玲音さんとどう向き合えばいいか分からなくなって、しかもバイトも全然被らなくなった。どうしたらいいか分からなくて、電話もしてない。いつも私の方から電話をしてたから、私から電話をしないと玲音さんと話すこともできない。玲音さんは私に気を使って電話をかけてこないから。
「はぁ〜〜」
体の中の空気が全部抜けるんじゃないかってぐらい深いため息をつく。今日もバイトだけど玲音さんとはシフトが被ってない。花音ちゃんとは被ってるから、また花音ちゃんに相談しようかな。花音ちゃんにしか言えない弱音もあるから。そう決めたけど、まだ花音ちゃんは来てない。
話し相手がいないと考えちゃうのは玲音さんのこと。そしてやっぱり駄目な方に思考がいっちゃって憂鬱になる。またため息をついて、机に突っ伏す。
昔から何をやっても駄目で、いっぱい努力しないとできない。努力してもできないことが多い。そんなの分かってるのに。分かりきってることなのに、なんとかしたいと思ってる。私がしっかりしなきゃって。
でも──
「玲音さんに会いたい。またお話して、遊びに行きたい」
腕で口元を隠しながらそんなことを呟いてしまう。私の方から駄目なことしちゃって、私から勝手に距離を取っているのにね。理性ではしっかりしなきゃって言って、心は玲音さんへの甘えを求めてる。蓋をして隠してる本音は、玲音さんともっと関係を発展させたいってことなのに。
──駄目だよ。それは私が望んじゃいけないことなんだから。だって私は……
「おはようございまーす。お届け物でーす……って彩どうした? 元気ないのか?」
「ぇ……」
裏口のドアが開けられて、そこから聞こえてきたのは私が悩んでいた人で、そこに見える姿は紛れもなく本物で。
「玲音さん? え、だって今日シフト入ってないんじゃ……」
「入ってないぞ。迷子になってる松原を見つけてここまで送ってきただけだし。まぁ、ついでに顔出すくらいはしようかなって。それより彩大丈夫か? 元気なさそうだが」
「ぁ」
私の隣の椅子に座った玲音さんが私の頬に手を添える。視線を合わせてちょっと心配そうに見つめてくる。私がこうなってるのはあなたのせいなんだけど、でもそんな文句なんて出てこない。本当は何も変わらず接してくれる玲音さんに甘えたい。飛び込みたい。
だけどそれは駄目なんだと頭の中で警告が鳴る。我慢しないといけないのだと。胸が苦しい。もう耐えたくない。でも耐えないといけないから。
だから私は笑顔を作って話を逸らすことにした。アイドルになりたいんだから、笑顔の練習はいっぱいしてる。それに私はよく笑う子だって言われてるから気づかれない。
「大丈夫ですよ。ちょっとレッスン頑張り過ぎちゃって」
「そうなのか? 俺が言うのもなんだが、無理すんなよ?」
「あはは、本当に玲音さんには言われたくないことですね。それより玲音さん。花音ちゃんがいませんよ?」
「はぁ!? 店の前まで連れてきて迷子になるってどういうことだよ!? ちょっと探してくるわ!」
「さ、さすが花音ちゃん……」
着替えの時間を考えたらすぐに見つけ出さないといけない。だから玲音さんは大慌てで裏口から出て行った。玲音さんが花音ちゃんの捜索をするのは偶にあること。それがどこか日常みたいに思えて、私は自然と笑みを溢せた。気持ちも少し楽になる。
玲音さんが出て行って二分も経たずに裏口のドアが開かれる。玲音さんが花音ちゃんを連れてこれたのかな。そう思っておかえりなさいって言おうと思ったけど、予想の斜め上をいかれた。
「彩ちゃんおはよ〜。時間ないよね。すぐに着替えるね!」
「お、おはよう花音ちゃん。それより玲音さんは? さっき花音ちゃん探しに出て行ったんだけど」
「ふぇ? そうなの?」
「そうなの。というか、最初玲音さんと来てたんじゃ……」
「う、うん。でも途中ではぐれちゃって。フラフラしてたらなんとかつけたんだけど……ど、どうしよう」
「じゃあ私の方から連絡しとくから花音ちゃんは着替えてて」
「う、うん。ごめんね彩ちゃん」
花音ちゃんが更衣室に入っていって、私は携帯を取り出して玲音さんに連絡する。今までなら電話でするのに、今も通話ボタンを押そうとしてるのに、私はそのボタンを抑えられずにいた。花音ちゃんには私から連絡すると言った手前、花音ちゃんが着替えてる間に連絡を済ませないといけない。だからその葛藤から逃げて私は文章で伝えることにした。
20秒ぐらいで既読がついて、『えぇー』という戸惑いが返ってきて、そのすぐ後に『安心した。俺は帰る』って短い文が返ってくる。その文に『わかりました。お疲れ様です』って私も短い文とスタンプを送り返す。
全然やらなくなってた文章でのやり取り。トーク画面には通話のマークがいっぱいだったのに、数ヶ月ぶりに送られた文章は呆気ないものだった。
通話だったらもう少し言葉が多かったはずなのに、文章にするとこれだけになってしまうなんて。その事実に寂しさを感じてると花音ちゃんが着替え終わったみたいで、二人で一緒にタイムカードを打つ。
「彩ちゃん」
「なに? 花音ちゃん」
「ピークが過ぎたらお話聞かせてね? 何かあるんでしょ?」
「え……。あはは、花音ちゃんは何でもお見通しだね」
「結構鈍感って言われるんだけど、こういうのだけは気付けるんだ〜」
「そ、そうなんだ」
たしかに花音ちゃんはおっとりしてるというか、鈍感なところがある。でも悩んでる人にはすぐに気づくよね。しかも内容まで当ててきたりするし。
私が分かりやすいっていうのもあるのかもしれないけど。でもこれ話せるかな……。内容が内容だし、話したとしてもバイト中はちょっと話したくないかな。他の人に聞かれて嬉しいものでもないし。
「バイトが終わったらちょっと移動した方がいいのかな?」
「う、うん。そこまで分かっちゃうんだ……」
「えへへ、彩ちゃんは大切な友達だもん。結構見てるんだからね?」
「……! ありがとう花音ちゃん!」
「どういたしまして」
私が思ってた以上に花音ちゃんが私のことを友達として大事に見ててくれてた。そのことに反省しながら、私は花音ちゃんの手を取ってお礼を言う。ちょっぴり涙が出そうになってるけど、それも仕方ないよね。社員さんに仕事してって注意されたのも笑い話、かな。
私たち高校生組は10時までに店を出ないといけない。だから早めに退勤して、ささっと着替えて店を出る。花音ちゃんに話を聞いてもらうけど、時間も時間だからお互いの家の間ぐらいにある公園に行った。ちょっと怖いから手短に話さないとね。本当はいっぱい聞いてもらいたいけど。
「えっと……どう話そうかな……」
「うーん……。彩ちゃんは先輩のこと好きなんだよね?」
「ふぇっ!? ……うん」
「じゃあ話は進展……とかじゃないか。何か躓いてるの?」
花音ちゃんの口調は優しくて、表情も柔らかいんだけど確信をズバズバついてくる。予想で言ってるはずなのにその予想が的中してて、私は口篭ってしまう。でも花音ちゃんは先を促してこない。当たってるって確信を持ったからか、私が話し出すのを待ってくれる。
話出せるのに数分かかって、唇も震えちゃってるけど、私は言葉を発することができた。掻い摘んで話そうと思ってたのに、ほぼ全部話しちゃった。話し終わったら花音ちゃんに優しく頭を撫でられる。
「そっか……。彩ちゃんは抱え込んじゃってたんだね。ごめんね、そこまで気づいてあげられなくて」
「ううん。私が勝手にこうしてたから……」
「それでもだよ。……彩ちゃんはなんで彩ちゃんの気持ちを抑えるの? 辛いでしょ?」
「だって……私が抑えなかったら……」
「先輩の逃げ道になっちゃうって? たしかにそうかもしれないね」
花音ちゃんは「でもね」って一旦区切って、私の頬を挟んで顔を上げさせた。花音ちゃんの目はさっきまでと違って厳しいものになってる。ううん、厳しいと言うより、怒ってる目だね。初めて見たけど、でも花音ちゃんが怒ってるのはわかる。
「彩ちゃんは先輩のこと低く見過ぎだよ。たしかにあの火事まで凄い辛そうだった。彩ちゃんだけを頼りにしてた。でも、あれがあった後玲音先輩は周りの人に目を向けるようになってたよ。彩ちゃんはそれに気づいてた?」
「……っ」
「彩ちゃんが玲音先輩の心に敏感に気づけるから、だからそこにずっと意識が向いてたのかもしれないね。でももっと信じてあげて? 回復傾向にあるのは彩ちゃんの言うとおりだと思うよ。だからこそ、彩ちゃんがもっと信じてあげなくちゃ。大丈夫。あの人は彩ちゃんが思っている以上に強い人だから」
「かのん……ちゃん……」
「だからね。彩ちゃんは彩ちゃんの好きにしていいんだよ? それでもまだ様子を見るって言うなら私は止めない。抑えないようにするなら私は応援する。何があっても私は彩ちゃんの味方だから」
「う、うぅぅ……うわぁぁぁん!」
私は花音ちゃんにしがみついて泣き叫んだ。私が一人で玲音さんを支えなきゃって思い込んでて、誰にも助けを求めないでいたのがいけなかったんだ。玲音さんには周りを頼るようにしてほしいって思いながら、私自身が頼らないでいた。
だから花音ちゃんの言葉が心に刺さって響いた。どれも図星で、玲音さんを低く見ちゃってた。頼りにされることがないから、だからそんな自分に酔っちゃってて、余計に自分を追い込めてた。勝手に間違えて空回りして。でも花音ちゃんのおかげで気づけたから、私は私に正直になっていいんだって。
でも──
「でも……もう、遅いよ……! いまさら……むりだよぉ! ……いまさら、気づいたって……すすめてなくて!」
「そんなことないよ彩ちゃん。私もよく悩むことがあるけどね、私の大切な人がその度に教えてくれるの。『気づけたならその時点で一歩前に進んでるんだ』って。遅いなんてことないよ。彩ちゃんは前に進めてるんだから」
「気づいた……時点で……」
「うん。だから、彩ちゃんは諦めないで。頑張ってみよう?」
「……うん。ありがとう花音ちゃん」
(
頼りになる花音ちゃんだって悩む。私みたいに弱いとこがある。でもその花音ちゃんでも今笑っていられてるんだ。私だってきっと諦めなければ。
──でも、それでもね花音ちゃん
──私はこの気持ちの真意が自分で分からないの
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