難産でした
一年の終わりも近づいてきた。来週には12月に入る。怒涛のように過ぎ去った一年という印象があるが、まだ今年が終わったわけじゃない。そして俺が抱えている問題も何も変わってない。
妹のことは、まだ進展どころか一歩目も踏み出せていないし、そのタイミングでもないから仕方ない。準備は着々と進めておいて、始まれば一気に解決へと走り抜けるだけだ。
それに関連はしているが、俺の経済面の問題もある。婆ちゃんの残した資産があるが、それは緊急時用だ。最後の砦だ。だから俺の稼ぎがどこまで貯まるかだな。
そして人間関係……というか、彩への答えは未だに決まっていない。そういうことを気にして生きてきたわけじゃないから、さっぱり分からない。好きか嫌いかで言うと、好きだと断言はできる。その好きがどういうものなのかが分からない。難しく考えなくてもいいのかもしれないが、俺は彩に真剣に向き合いたいから、明確な答えを見つけたいんだ。年内に。
「レオくんまだ起きてる?」
「ゆり? 起きてるが何か用か?」
「うん。ちょっとね」
さっきリビングにいた時に話せばよかっただろって思ったが、部屋で話をしたいってことは誰にも聞かれたくないってことなんだろうな。そうなると俺も身構えておく必要がある。
俺はゆりに中に入るように伝え、寝間着姿のゆりが静かに中に入ってくる。何か重要な話だと踏んでいたが、ゆりの様子を見る限りそうでもないらしい。そんな雰囲気を一切感じられない。俺がベッドに腰掛け、その横にゆりも座る。定位置とも言うべきか、ゆりは自然と隣りに座るようになった。俺もそれを気にすることがなくなった。というか、その方が落ち着いている自分がいる。
「こてーん」
「はぁ。そういうのは彼氏にやれって何度も言ってるだろ」
「いいじゃん。落ち着くもん」
「横暴だな」
瞼を閉じたゆりが、俺の肩に頭を預けてくる。彼氏でもない男にするもんでもないだろうにな。特に彼氏持ちの奴は。押し返さない俺も俺なんだろうけどな。ゆりってわりと面倒なとこあるから諦めてもいるんだけども。
こういうのがバレてないから未だに関係が続いてるんだろうな。あの男がこんなのを許すわけがない。電話にさえ口出ししていたぐらいだからな。
今はほとんど電話なんてしてないから、何も言われることはないらしい。俺が居候してることが知られてないし、同じ家にいて電話なんてする必要もないからな。
「そういやゆりは
「どこまでって、学校の授業の話?」
「ちげーわ。馬鹿か」
「むっ。馬鹿って言わないでよ。成績良い方なんだから」
腕を強く握りながらゆりが頭を離して睨んでくる。ゆりに睨まれても全然怖くないし、ゆりが大して怒ってないのもわかる。それにしても今の話の流れで学校の授業を連想するのは、やはり馬鹿だと言わせてもらいたい。黙っておくけども。
「はいはい。成績の良い馬鹿じゃないことを祈っとくよ」
「酷い言い草。それで、レオくんが言いたかったのは何の話?」
「彼氏との関係だよ。キスぐらいはしてるだろうけど」
「それは……あははー」
誤魔化そうとしているな。ということは俺の最初の予想が珍しく綺麗に外れたということになる。驚きだな。付き合って半年ぐらいは経ってるはずなのに。
「マジか、キスすらしてないのか」
「うん……だって……」
だって何だよ。そこでチラチラ俺の方を見てくるな。俺は一切関係ないだろ。アイツとゆりの付き合いに俺が口出ししたことなんて一回ぐらいしかなかったはずだ。しかもその一回だってほぼアイツは関係ない。実質零回だ。
「それにしても、お互いにその素振りがないのか、拒んでいるのか。それは知らないが──」
「あ、私がやんわり拒んでるかも」
「お前は……はぁ」
「なんでそこでそんな目をして呆れるの!」
呆れるしかないだろ。彼氏とそういう展開になっても彼女が拒むて。それでいて関係は続いてるなんて聞いたことがねぇわ。そしてやっぱりゆりは馬鹿だ。本物の馬鹿だ。面倒なことに発展しそうだな。知ったことではないから関わらないが。
「ゆりは酷い女だってわかったからな」
「君ほどじゃないよ?」
「無自覚は質が悪いんだよ」
「えぇ……」
えぇ、じゃねぇよ。彼氏を無自覚で生殺しにしてる彼女。これほど質が悪くて酷い女はいないだろ。言ったところでゆりが変わるとも思えないし、本人たちの問題だ。傍から眺める程度でいさせてもらおう。
「それで? ゆりの用はなんだよ」
「あ、そうだった。たしかレオくん今週末は予定空いてたよね?」
「まぁな。練習に参加すればいいのか?」
「ううん。また
去年仕方なしで連れて行ったあの場所か。たしかにまだ紅葉が残ってるはずだが、また連れて行かないといけないのか。俺としてはあそこを独占したいぐらいに気に入っているんだが……。
「……他に誰か連れて行く気か?」
「ううん。だってあそこ秘密にしたい所なんでしょ? 二人で行こうかなって。誰にも言わないし……駄目?」
「はぁ。絶対に誰にも言うなよ」
「うん! ありがとう! 大好き!」
「それは彼氏に言ってやれ」
満開の笑顔を咲かせたゆりは、スキップでも始めそうな軽やかさで部屋から出ていった。俺もあの場所が好きだから承諾したが、知られたら修羅場だな。俺はまともに相手にする気もないが。
「ゆりのやつ、卑怯なのはどっちだよ……。上目遣いで頼み込みやがって」
〜〜〜〜〜
断られるかなって思ってたけど、レオくんがオッケー出してくれた。去年連れて行ってもらって、私も好きになったからまた行きたかったんだ。行くのが今から楽しみなんだけど、彼はあの場所を知られたがらないからバレないようにしないとね。
ベッドに入って目を閉じる。思い出そうとすれば簡単にあの時の光景が思い出せる。辺り一面が紅葉でいっぱいで、それだけでも凄かったのに海も見えた。まるで絵に描いたような光景だったけど、あれは紛れもない現実。大切な私達の想い出。……彼がそう思ってくれてるかは微妙だけど。
「楽しみだなぁ」
土曜日を迎えるまでがいつもより長く感じられた。それだけ私が楽しみにしてたってことなんだけど、誰にも気づかれてないかは不安かな。グリグリのみんなには何かあるって気づかれてそう。でも私が話さないから、みんなも聞かないでいてくれた。だからセーフ。
「ゆり。準備できたか?」
「ごめん。もうちょっと待って〜」
「……先に行って切符買っとくから。ゆりは自分のペースで駅に来たらいい」
「えー。一緒に……って行っちゃった」
彼が先に行っちゃった理由って切符じゃないよね。切符が建前で、本音は別行動の方がリスクがないから。合宿の時みたいに、他にも人がいるなら一緒でもよかったんだろうけど、今回は二人だけ。彼は警戒してくれてるんだろうね。私はそういう意識が薄いんだけども。
「これでよしっと」
「お姉ちゃん、レオ兄ちゃんとデート?」
「え? ううん。小旅行かな」
「それってデートと変わらない気もするんだけど……」
「デートじゃないの。それじゃあ行ってきます」
りみは可愛いな〜。すぐにデートって考えちゃうなんて。私はレオくんと二人で紅葉を見に行くだけなのに。……あれ、これって周りから見たらやっぱりデートなのかな。そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。
ダメダメ。意識を切り替えなきゃ。こんなの彼が知ったら心底シラケちゃうだろうから。彼もお気に入りの場所に行くってことで楽しみにしてるはずなんだし。
「えーっと、どの辺りに……あ! いたいた!」
「思ってたより早かったな。ほら切符。すぐに電車乗るぞ」
「うん。ありがとう」
彼から切符を受け取って改札口を通る。先々行くように見えて、私が見失わないように止まってくれたりするから、素直じゃないな、なんて思っちゃう。本人に言ったら機嫌が悪くなっちゃうんだけどね。
「これに乗って、五駅先で乗り換えな」
「うん。あそこ席空いてるけど座る?」
「俺はいい。牛込が座りたかったら座ってきたらいいぞ」
「うーん。一人なら別にいいや。それより名前」
「向こうに着いたら変えてやる」
外だからって違和感なくサラッと呼び方を変えられちゃう彼に、私は頬を膨らませて指摘した。元々そういう話だったから仕方ないんだけど、やっぱり名字で呼ばれるのは寂しいや。でも、電車に乗ってる間だけの我慢。向こうに着いたら名前で呼んでもらえるんだから。
乗る電車だけじゃなくて、路線も変更だから降りたら改札を出て移動。今度は歩くペースを合わせてくれたけど、手は繋いでくれなかった。まだ知り合いの人がいるかもしれないからね。
特急券を買って次の電車へと乗車する。指定席だから、私達も決まってる席に座った。私が窓側に座って、彼が通路側。私は景色を眺めるのが好きだから。
「40分くらいだっけ?」
「そうだな。寝ててもいいぞ」
「寝てる私にイタズラする?」
「置いていく」
「それはもっと酷いね」
彼なら置いていくわけもないし、イタズラなんてしない。彼の冗談に頬を緩ませて、こういうのいいなって思う。私は景色を見ながら彼と話しようかなって思ったんだけど、彼が仮眠取るみたい。いつも忙しいからね。私は駅に着いたら起こせるように、起きとこうかな。
「寝るまで早いよね〜」
五分ぐらいしたら寝息が聞こえてきて、顔を見たらリラックスした表情だった。私はそんな彼の無防備な寝顔を覗き込む。この旅行で彼が少しは休めれたらいいかな。
「おやすみ、レオくん」
次が目的地の最寄り駅だとアナウンスで分かったら、私は彼を起こした。すぐに起きてくれた彼は、快眠できたみたいで寝る前よりも雰囲気が明るくなった。一安心だね。
「それじゃあゆり、宿まで行くぞ」
「案内よろしくね」
駅に着いたらちゃんと名前呼びしてくれて、手を繋ぐのも許してくれた。指を絡ませようと思ったんだけど、それは許してくれなかった。これは私が妥協しないとね。
のどかな場所。まずは海岸線を目指して歩いて、そこからは浜に沿って歩いていく。浜辺を歩いてるわけじゃないけど、喧騒とかもないから穏やかな波の音が聞こえてくる。それで心が休まっているのを実感して、そして彼と一緒にいるという事実で幸福感が胸を満たす。
「着いたな」
「あ、もう着いたんだ」
「……さては前見て歩いてなかったな?」
「え、えへへ、気持ちいい場所だからつい」
「まったく……」
旅館の中に入ると、去年も出会った女将さん──彼のお祖母ちゃんに迎えられて、部屋の場所を教えてもらう。去年と同じ場所を確保してくれたみたい。ということは、今年も彼と同じ部屋だね。
彼は鞄から一枚の写真を取り出して、お祖母ちゃんに渡していた。少し見えたけど、あの写真は今年亡くなったお祖母ちゃんのだね。お祖母ちゃんはそれをもって、静かに黙祷を捧げてた。お葬式に来られなかったことを気にしてたみたい。
「……玲音、持ってきてくれてありがとね」
「ううん。これぐらいしか出来ないから」
「あなたって子は……。ふぅ、湿っぽいのはこれぐらいにしようかね。さ、上がってちょうだい」
靴を棚にしまって部屋に荷物を置く。お昼ご飯をご馳走になって、部屋でしばらく休憩してから紅葉を見に行くって流れに決まった。味も変わらず美味しくて、思わずどうやって作ってるのか聞いちゃった。
「歩きやすいが、滑り落ちるなよ」
「じゃあレオくん手を握ってよ」
「我儘な奴だな……ったく」
彼に手伝ってもらわなくても一人で歩けるんだけど、私は彼に甘えちゃった。彼しか知らない道を抜けたらそこには私たちの目的の紅葉が視界いっぱいに広がってる。やっぱりまだ残ってたんだね。
「定位置にでも移動するか」
彼がこの場所で一番のお気に入りのポイント。そこに一緒に移動する。そこからは海も見える。綺麗な青い海と真っ赤な紅葉。本当に鮮やかな景色を私たちは独占できてる。
私はこの景色が本当に好きになって、思わずうっとりしちゃう。彼の腕に両手を絡ませて抱きしめる。いつもなら何か言われるのに、この時は言われなかった。特別な場所だからかな。
私たちは本当に何時間でもそこにいれちゃいそうだった。夜になって山を下りるのは危険だから、日が落ちる前には戻ったけど、それまでずっとこの場にいられたし。日が傾き始めて、海も空も赤色に染まる瞬間を目に焼き付けてから下りたよ。
私たちは旅館に戻って、先にお風呂に入ってからご飯をいただくことにした。私は長風呂しちゃうんだけど、彼が待ってくれるって言ったから気兼ねなくお風呂に入れる。
「……露天風呂もあるんだっけ。ちょっと寒いかもだけど行こうかな」
タオルで体を隠しながら扉を開けて露天風呂の方へ。思ってたとおりやっぱり寒くて、私は駆け足気味に湯船に近づいて、すぐに肩まで浸かった。温度もバッチリで、体の芯から温まる。
「レオくんも露天風呂入るのかな?」
「絶賛満喫中だな」
「そうなんだ。……へ?」
「よっ、ゆり」
「な、ななななな……なん──むぐっ」
「予想通りのリアクションだな。ちなみに俺がここにいる理由は、この露天風呂が
頭を強く殴られたうな衝撃だった。私が大声で叫びそうなったのを、口を手で抑えることで防いだ彼に告げられたことは。私の確認不足だったのがいけないんだけどね。
私の混乱が落ち着いたところで彼が手を離したんだけど、「ゆりの唇柔らかいな」なんて言われて、顔を真っ赤にして彼を叩いた私は悪くないと思う。
「ちなみに混浴だからタオルを湯船に浸けるのもオッケーだぞ」
「あ、そうなんだ」
「……だからタオルで体隠せよ。晒したいならそれでいいけど」
「え? ……ぁ、〜〜〜〜っ!!」
さっきから彼がずっと目を逸らしてたのってそういう事だったんだね。私は恥ずかしさでおかしくなっちゃいそうになりながら、急いでタオルで体を隠した。今日は今年で一番恥ずかしい思いをした日だね。これ以上恥ずかしい思いはもうしない気がする。
「レオくんは混浴でも露天風呂入るんだね。……それとも混浴だから?」
「そんなサル共と一緒にするな。ここは田舎だから、星がよく見えるんだよ」
「……ほんとだ」
地元じゃ全然見られない星々を、ここならいっぱい見ることができる。レオくんってロマンチックなとこあるのかな、似合わなさそうなのにな。なんて思いながら距離を詰めて肩をくっつける。お互い肌同士が当たるなんて今回が始めてかな。海の時もなかったよね。
いつもと違う感覚にドキドキしながら彼の方を見てみる。驚いてたけど、すぐに呆れ顔になった。また「彼氏がいるだろ」って言うんだろうね。
「彼氏がいるのに何してんだゆり」
ほらやっぱり言った。彼の言葉を予想して当てられたことが嬉しくて思わず笑みを浮かべる。ますます不審そうな顔されたけど、今はいいの。
「今だけは特別なの」
「なんだそりゃ」
彼にとって大切な場所で、私にとっても思い出ができた好きな場所。また訪れることができて嬉しい。混浴は予想外過ぎてパニックになったけど、この星空を見ることができたのが嬉しい。彼と一緒にいられることが本当に嬉しい。
私は引き寄せられるようにさらに彼との距離を詰めていって、彼の顔に自分の顔を近づけていく。鼻と鼻が当たりそうなくらい近づいてから瞳を閉じて、少し顔を傾けて最後の間を埋める。
──ことはできなかった
──レオくんに肩を抑えられてそれ以上近づけられなかったから
「……なんで? なんで駄目なの?」
「彼氏じゃないやつにすることじゃないだろ?」
彼の言ってることは正論だ。全然間違ってない。だけど私はその言葉の
「……嘘つき」
「嘘つきって何がだよ」
「私が知らないと思ってた? 私……知ってるんだよ?
──
「っ!? ……な、にを……」
「カラオケでキスしてた! 君が丸山さんを引き寄せてキスしてた! 花火の時もそうだった! 君は丸山さんが離れないように手を回してた! 丸山さんと付き合ってないのに! 彼氏じゃないのにキスしてたのに、なんで私は駄目なの!? いっつもそうだよ! 私には駄目って言って、丸山さんにはすぐオッケー出してる! ねぇ、なんでなの!? 私の何がイケないの!?」
「ゆり……ひとまず落ち着いて──」
「落ち着いてられないよ! 私は……っ! ぅぅっ……もう……丸山さんと付き合っちゃえばいいよ……」
おかしいよね。私なんでこんなヒステリックなことになっちゃったんだろうね。わからないよ。何もわからない。
でも、
──私が最低な女だってことだけはわかるよ
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