冬休みも終わり、三学期に入ったが三学期は体感的にすぐ終わる気がする。今はもう二月中旬となり、半分は終わっているのだから。そして来年はさらに早く感じるんだろうな。高校三年生となれば人生の中でも指折りの分岐点だ。就職を選ぶのか、進学を選ぶのか。大きく分ければこの二択になる。
俺は先のことを決めてはいるが、今はそのことが頭を占めているわけではない。今俺の頭に大きくのしかかっているのは、正月の時に鵜沢と二十騎に言われたことだ。あの二人、何があったのかは知らないはずなのに的確に言ってくるんだからやりづらい。曰く、『分かりやすい』らしいのだが、詳細まで把握はできないはずだろ……。
「はいこれ。萩近くんにも渡しとくね〜」
「……ん? あぁ……何これ?」
「何ってチョコだよチョコー。今日はバレンタインだからね、大量に作ってみんなに配ってるんだよ」
「そういえばそんな日だったな。ありがとう」
「どういたしまして〜」
学年でもよく知られている女子。つまりは人気者の女子なんだが、今日はチョコを配布してるらしい。裏がありそうだよなって疑ってかかってしまう俺なのだが、クラスの男子たちが言うには裏はないらしい。
残念ながら俺はそれを信じられていない。でもチョコは貰う。渡してきた本人がすでにいなくなってるのだから返しようもないしな。溶けないように丁寧に保冷剤入り。教室は暖房がかかってるし、寒いロッカーにでも入れておいたほうがよさそうだな。
そう思って席を立ち、廊下に出たところでクラスの馬鹿代表に捕まる。こいつたしかチョコを配ってる子に貰いに行くって言ってなかったっけ。こんなとこで何してんだろうな。
「どういうことだ萩近ァ!」
「何がだよ」
「なぜプリンセスからチョコを貰っている!」
「席でぼうっとしてたら貰っただけ。配ってるらしいから頼めば貰えるんじゃないか?」
「マジで!?」
「マジ」
「ヒャッホゥ!!」
態度が180度変わった馬鹿は、その場で急に踊りだした。喜びの最上級なのだとか。はっきりと言おう。こいつは馬鹿なのだと。
教室へと跳んで入っていった馬鹿を放置して俺はロッカーへと足を運ぶ。教室から女子たちの悲鳴が聞こえてきたということは、馬鹿がやらかしたらしい。あれは絶対にチョコを貰えないな。購買に行けばオバちゃんが用意してるからくれるだろうけども。……あ、オバちゃんに受け取りに来いって言われてるんだった。それもロッカーに入れるべきかもしれないが、二度手間だ。オバちゃんのは受け取ってその場で食べよう。
「日直号令してー」
「センセー。キョウハキブンジャナイノデゴジブンデオネガイシマス」
「……なんで燃え尽きてんの?」
昼休みにやらかして女子からチョコを貰えなかったからですよ先生。オバちゃんからの慈悲であるチョコを渡したら泣きながら食べてた。それをオバちゃんに見られてたらぶん殴られてたな。だいぶ美味いチョコだというのに。あれを手作りというのだからオバちゃんは侮れない。
女子は全員が無視し、男子が「そっとしてあげてください」と頼み込んだところで先生は自分で合令してHRを始めた。男の先生だから察して同情したみたい。自慢気に嫁さんのチョコは美味いと言い出した時は鬼畜だと思ったが。
「萩近くんちょっといい?」
ロッカーに行き、カバンにチョコを入れて、教科書類も整理して靴を履き換えたところで人気者プリンセスに声をかけられた。早々と帰る俺に声をかける女子は何気にこの子が初めてかもしれない。男子はノリで絡んでくるからな。何の用かは考えてみてすぐに思い至った。チョコの感想だろう。だが生憎と俺はまだ食べてないんだよな。
「チョコならまだ食べてないから感想は言えないぞ」
「あ、そうなんだ。それもあったけど……、今からバイト?」
「まぁな」
「ねぇ、バイト先行くまで一緒でいい? チョコ以外でも話したいしさ」
「それぐらないなら」
「やった! すぐ準備するからちょっと待ってて」
「急がなくていいぞ。まだ時間に余裕あるから」
その言葉は届かなかったようで、忙しく帰り支度を始めだした。そして案の定教科書やらノートやらを落としてる。急がなくていいと言ってるのにな。それを拾うのを手伝い、もう一度急がなくていいと伝える。帰り支度が終わったところで一緒に歩き、バイト先へと向かう。
俺は話すネタなど持っていないのだが、さすがは人気者。話のネタは何個も持っているらしい。しかもネタ一つで長く会話を繋げられている。コミュ力のバケモノかな。バイト先まであと半分くらいとなったところで話題が変わる。チョコの話へと。
「あのチョコなんだけど……」
「え、なんか混ぜたの?」
「そんなことはしてないよ!? そうじゃなくて……本命なの」
「ふーん。……は? え、なぜに? 関わり今までなかった気がするんだが」
「あはは、萩近くんにとっては大したことじゃなくても、私にとっては大きなことがあったんだよ?」
「……ごめん。覚えてなくて」
「ううん。いいの」
首を横に振って微笑む彼女だが、申し訳ないものは申し訳ない。彼女にとって大きな出来事を俺は全く覚えていないのだから。そもそも俺は学校での出来事をほとんど記憶に残していない。キザに言えば灰色の景色を見ていただけだ。学校にいる間に景色が色づくことなど滅多にない。
そして、だからこそ俺はその気持ちに応えることなどできないのだ。
「やっぱり駄目だよね……」
「悪いな。それに、俺は最低な人間だからさ」
「そんなことないよ。どう受け取るかは受け手次第だもん。私は最低だと思えないから、だから好きになったの」
「……強いんだな」
「虚栄だよ。気を抜けば泣きそうで、体が震えそうだもん」
「そっか……。ありがとう、俺なんかを好きになってくれて」
俺には彼女が眩しすぎる。"向き合う"っていうのは、きっと彼女みたいな行動をすることなのだろう。弱さを認めて、怖くても自分の心を見る。彼女は本当に強い人間だ。きっとこの先、もっといい出会いがあるだろう。
バイト先に着いたところで彼女とは別れた。彼女が見えなくなるまで見送ろうかと思ったが、彼女は俺が中に入るまで見送るらしい。だから俺は中に入った。入ったらそこには頬を膨らませてジト目で見てくる彩と、困り顔と呆れ顔を半々にしてる花音がいた。
「どうした?」
「ふんだ」
「……花音」
「ついさっきまでのことを思い出してください」
「……え? 待って、花音ちゃんいつの間に名前で呼ばれるようになったの? 私それ知らないんだけど?」
「あ、彩ちゃん落ち着いて……」
俺が名前呼びに変わっていることに気づいた彩が花音に詰め寄る。俺はその間に着替えを済まし、花音に言われた通りさっきまでのことを思い返した。思い返すも何も女子と一緒だっただけなのだが、……なるほど。それが駄目だったのか。
更衣室から出た俺は荷物をロッカーに入れ、目を回してあたふたしてる花音に詰め寄る彩を止める。バイト先で自分だけが名前で呼ばれていることを特別に思っていたらしく、今度は俺が彩に詰め寄られることになった。隠すことでもなく、名前呼びでいっかってなったからだと教えたらさらに機嫌を悪くされた。
「私は頑張ってお願いしたのに……」
「だからこそなんだけどな?」
「どういうことですか?」
「彩のことを彩って呼ぶようになったから、少しずつ抵抗が無くなったんだよ。彩が勇気をだしてくれたから。つまり彩のおかげってわけだ。ありがとう」
「……ぅぅ、ズルいですよ、玲音さんのばかぁ」
彩に胸をポカポカ叩かれるが、本気で叩かれているわけじゃないから痛くない。むしろ可愛らしく思える。彩の髪をそっと撫でてると彩も叩くのをやめてそっと頭を預けてくる。そうしたところで花音がわざとらしく咳払いし、彩が慌てて離れる。ジト目でこっちを見てくる花音に二人で頭を下げながら反省。俺は彩の好意を断ったのにこんなことしちゃってるわけだし。
「そうだ玲音さん。さっきの方誰なんですか? 私を振ったのにゆりさんでもなくあの人に靡いたんですか?」
「違います。あの子とも付き合ってません。そしてなぜそこで当然のようにゆりの名前を出す」
「だって仲いい女の子って他にいないじゃないですか」
「……たしかに」
「違うと分かればそれでいいんですけどね。玲音さんへ私からプレゼントです!」
彩が笑顔を弾けさせて渡してきたのは、可愛らしくラッピングされた袋に入っているチョコ。まさか振った相手からチョコを貰うとは思ってなかったが、受け取るべきだろう。俺は礼を言って彩から受け取る。チョコの形がハートで、LOVEと書かれているのは見なかったことにしよう。
〜〜〜〜〜
「……なんで」
お正月の時に、七菜のおかげでレオくんに少しは向き合えるようになった。好きだってことを自覚してるのもあるし、気まずいのもあって、前ほど近づけないし話せない。でも、少しは会話が増えた。
だから、今回も会話のきっかけとして、レオくんとの関係を修復するためにも今日という日を活用しないわけにはいかない。私の気持ちを言えるわけじゃないけど、恥ずかしいし、怖いし。でも、せめて
──渡し……たかった……
一緒の家にいるんだから渡そうと思えば簡単に渡せる。だけど、家族がいる場所では渡したくなかった。お母さんに揶揄われそうだし。だから外で渡すしかない。学校があるし、レオくんはその後バイトに行く。渡せるチャンスがあるのは放課後とバイトの後。でも、バイトの後だと時間も遅いし、レオくんに怒られるかもしれない。
だから放課後しかなかった。
渡せるチャンスは放課後だけだった。
それなのに──レオくんは女の子と一緒にいた。
綺麗に顔が整ってて、笑顔が可愛くて、スタイルも良くて。私が勝てる要素なんてどこにもなくて、誰にでも好かれるような人なんだって見ただけで理解した。
いつもなら正門で待ってるのに、恥ずかしさもあったから影に隠れてレオくんを待ってた。それでレオくんを見た時に声をかけようとしたら、そこにはその子がいて、ショックで、声をかけられなくて。レオくんは楽しそうに話してたから余計に嫌で、でも目をそらせなくて。
他の人からしたら分からないだろうね。レオくんはぶっきらぼうだから。でも私は分かるもん。レオくんが楽しそうにしてたのが、分かっちゃったもん……。
「わたし……なんで……」
なんでこんなに遅すぎるんだろう。きっとこれは私への罰なんだ。報いなんだ。こんなに苦しいのも、胸が張り裂けそうになるのも、それを処理できないのも、全部全部全部! 全部が私への罰なんだ……。
「ゆり? どうしたんだ俺の部屋で」
「っ!」
直接渡せないから、怖いから。だからレオくんの部屋にチョコを置いとくだけにしようって思って部屋に来てたら、レオくんが帰ってきてた。時間はまだ22時を回っていないのに。いつもならまだ帰ってこない時間で、バイトしてるはずなのに。
「暇すぎたから早上がりすることになってな。それで帰ってきたんだが、ゆりは何か用があるのか?」
「ぁ……ぅ……」
言葉がうまく発せない。レオくんの顔をまともに見れない。だって怖いんだもん。レオくんの瞳にはきっとあの子が映ってて、私は見られてなくて。
──いやだいやだいやだいやだいやだ!
そんなの嫌。レオくんに見られてないなんて嫌。それは確かめたら分かるけど、それも嫌。だって怖いから。だから、渡すだけでいいや。言葉も聞きたくない。押し付けるように渡してすぐに自分の部屋に駆け込もう。
そう思って後ろ手に隠してたチョコを、レオくんに押し付けるように渡そうとする。全然そんなふうにはできなかった。手が震えて、そっと押し当てるぐらいになっちゃって。レオくんには私の手ごとそっと包まれる。
「
「っ!」
「っと、ゆり?」
その言葉が胸に突き刺さって、息ができなくなった私はレオくんに抱きついた。両手をレオくんの胸に当てて縋りつくように服を握る。チョコは足下に落ちちゃったけど、今それを気にしてる余裕なんてない。
苦しくて、辛くて、悔しくて、情けなくって。胸に渦巻いて締め付けてくる感情に耐えられない。ぽっかり空いちゃったような胸にはそれ以外何もない。これを片付けるには、もうこの気持ちと別れないといけないんだ。私は諦めるしかないんだ。
スタート地点に立ったときにはもう試合は終わってた。滑稽だよね。
「彼女……できたんだね。……今日一緒に……歩いてた子、なんだよね?」
確かめるように言葉を絞り出す。自分の言葉で胸がさらに締め付けられる。気が狂いそうになる。
「何言ってんだゆり。そんなわけないだろ」
「……ぇ?」
だからレオくんのその言葉が意外すぎて私は耳を疑った。見上げてレオくんの視線と合わせると、レオくんが嘘ついてないことがわかった。つまり、私の勘違い?
「で、でも楽しそうにしてて……! あの子すっごい綺麗で、可愛くて! だからレオくんも……!」
「違うってば。たしかに話すのは楽しかったし、可愛いけども」
「なら──」
「でも断った。だから彼女じゃない」
わけがわからなくなる。パニック状態で、何か言葉を発しようとしても発せなくて。そんな私にレオくんがそっと腕を回す。そのまま頭も撫でてくれる。二か月ぶりぐらいで、温かくて胸が満たされるのがわかる。自然と涙がこぼれてきて、それを隠すようにレオくんの胸に頭を押し当てる。
「……馬鹿だな」
「れお……くんの……せい」
「あ~違う違う。
「え……?」
「ゆりはゆりの好きにしてたらいい。迷惑なんて考えずにさ。俺は俺の好きにする。今まで通り、な?」
「うん……うん……!」
倒れ込むようにレオくんに体を傾ける。レオくんはそれを受け止めてくれて、ギュってしてくれる。私は、まだ頑張れるんだ。チャンスがあるんだ。
落ち着いたらレオくんにチョコを食べてもらって、美味しいって言ってもらえた。レオくんは他の子にも貰ってきてて、丸山さんから渡されてるやつにLOVEって書かれてるのには詰め寄った。そしてこの時に初めて丸山さんも断ったって知ってビックリした。
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